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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 8-タビノカオリ-
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第36話『心霊の思惑』

 遥香の体の中に入り込んだ水代さんは、直人さんと何かあったようで……とてもご機嫌ななめの様子。彼女が泣き止むまで10分くらいかかり、泣き止んでからも不機嫌な表情で私達のことを見ている。


「き、気分は落ち着きましたか? 水代さん」

「……さっきよりは落ち着いたけれど、本当に直人君って真面目すぎて馬鹿だよね」


 水代さんは低い声でそんなことを言ってくる。ここまで言われてしまうなんて、彼女にとって気に食わないことを直人さんから言われたんだろうな。


「とりあえず、俺達も話を聞いてみましょう。藍沢さんにはその旨のメッセージを送っておきました」


 水代さんは何を考えていて、そして直人さんに何を言われたんだろう。まあ、直人さんがどんなことを言ったのかは、今の不機嫌な水代さんを見ればおおよその想像はつく。


「水代さん。その……あなたはどうして遥香と彩花ちゃんの体を入れ替えたんですか?」

「……あの女に復讐しようと思って」

「あの女というのは、氷高裕美さんのことですね」

「……その通りよ」


 20年前、自分を虐めた中心人物であり、自殺した後も恋人である相良さんのことをいじめていた。そして、10年前からずっと彼女に脅迫している。


「氷高さんに復讐したいと言っていますけど、具体的に何をしようとしているんですか?」


 お兄さんがそう問いかけると、水代さんはふふっ、と笑った。


「……これまで平和に生きてきた君達には想像できないよね。あの女がやってきた罪を世間に暴露して、その上で殺害するのよ」


 殺害、という言葉に寒気を感じてしまった。遥香の声で言うからか尚更。


「私は女性を好きになったことを馬鹿にされ、気持ち悪いと言われ、長い間虐められてきたのよ。悠子ちゃんにも別れようと言われ、孤独な中、自殺する道を選んだ。同じようなことをあの女にも味わわせてやるのよ。彼女の悪行を世間にばらし、家族にも見放され、孤独になったとき……あの女を自殺に追い込む」


 最終的には氷高さんに自殺させるつもりらしいけれど、その前に精神的に殺害するということかな。

 すると、水代さんは急に鋭い目つきになって、


「同じことを直人君に言ったら、どんな理由でもそんなことをしちゃいけない。あの女を殺害したら、あの女と同等になってしまうって否定したのよ!」


 なるほど、直人さんは同じことを言われて、氷高さんへの殺害計画を否定したということか。そして、水代さんはそのことに怒っていると。


「藍沢君がそう言うのは当たり前だと思うけどな」

「俺も同感だ」

「……何よ、あなた達も直人君と同じ意見だっていうの? 原田さんはどう思ってる?」

「……私も直人さんと同じ意見ですよ。どんなに恨んでいても、やってはいけないことがあると思います。その一つが殺人なのでは?」

「……みんな私の意見を否定する」


 ちっ、と水代さんはあからさまに舌打ちをする。このままだと、直人さんの時と同じように怒って遥香の体から抜け出てしまうかもしれない。


「でも、私達も氷高さんとは何らかの形で決着を付けなければいけないと思っています。相良さんと話し合って、何とかやってみようって決めたんです」

「あの女は極悪人なのよ! その証拠に、私が自殺して10年も経ってから、私の自殺をネタにして悠子ちゃんのことを脅迫してる! そんな人間に何を言っても、改心するなんてあり得ない! だったら、恐怖心を味わわせて殺すしかないのよ! あの女はそのくらいに酷いことをこの20年以上の間でやってきてるの!」


 何を言っても改心する可能性がなさそうだから、死に導くしかない、か。そう思う水代さんの気持ちも分からなくはないけれど、それでも殺人をしてはいけない。


「……極悪人も人ですからね。水代さんが自殺して相良さんが悲しんだように、氷高さんが自殺したら悲しむ人がいるのでは? 彼女には旦那さんと2人のお子さんがいますし。それに、死んだらそこで終わりですが、生きていればずっと……と、水代さんに言っても説得力がないかもしれませんが……」


 亡くなっても、水代さんは心霊としてこのホテル周辺に彷徨い、色々な想いを抱いてきたみたいだからなぁ。


「水代さん。氷高さんを殺害したいのなら、何故、あなたは……遥香と彩花さんの体を入れ替えたのですか」

「そ、それは……」


 お兄さんの問いかけに、氷高さんは声を詰まらせる。


「氷高さんのしたことを世間にばらすのであれば、今のように誰かに憑依してマスコミに伝えればいいし、氷高さんを自殺させたければ、彼女に憑依して高いところから飛び降り、地面に激突する直前に抜ければ痛みを味わわずに済む。なのに、あなたはそれを今になってもしていないじゃないですか」


 お兄さんの言うとおりだ。氷高さんのやってきたことを世間に公表し、彼女を殺すなら、生きている人に憑依できる水代さんには幾らでもやり方は存在する。


「私はっ、あの女を殺したいと……思ってる!」

「その気持ちを抱いているのは確かかもしれませんが、どこかに殺人をしてはいけないと思っている気持ちもあるのでは? そして、別の方法で何とかならないかと望み、それを生きている人間に託そうとしているのでは? だからこそ、遥香と彩花さんの体を入れ替えたのではありませんか?」

「……な、直人君と同じようなことを言うのね……」


 さすがは直人さん。水代さんに対して、今、お兄さんが言ったようなことをちゃんと言ってくれたんだ。


「相良さんと私達のことを信じてくれませんか。信じてくれなくても、私達がこのホテルに滞在している火曜日までの間……氷高さんの殺害を思い留めてくれませんか。チャンスをください」


 きっと、水代さんは氷高さんを殺害せずに、現状を変えることができる可能性を探っていたんだ。そして、このホテルにやってきた私達を見つけ、何がきっかけかは分からないけれど、私達なら何とかしてくれると思ったんだ。


「いいよ、あの女への殺害を一旦保留しても。まあ、あなた達をあの女と接点を持たせるために、七実っていう子に憑依したし」


 そういえば、七実ちゃん……気付かない間に知らないところまで泳いでいたって言っていたな。


「そうしてくれると嬉しいです」

「でも、一つだけ条件があるの」

「何ですか?」


 すると、水代さんは私に顔を近づけて、


「……私とキスしてくれない?」

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