第34話『漣』
夕ご飯は昨日と同じでホテルのバイキング。今日は6人で食べた。
そして、日曜日ということもあって、今夜もホテルのすぐ目の前の海岸で夏休み限定の花火大会が行なわれた。昨日は絢ちゃんと2人で見たけれど、今夜は海岸まで足を運び6人で花火を見た。大勢で見る花火もいいなぁ。
花火を見た後はこれまでと同じように、直人さんと2人きりになって10階の部屋に戻る。
「花火、とても綺麗でしたね。直人さん」
「そうですね」
思い返してみたら、花火を見ているとき……ずっと直人さんと手を繋いでいたっけ。その代わり、絢ちゃんは彩花さんと手を繋いでいたけれど。
そういえば、すっかりと直人さんと手を繋ぐことが自然になっていた。というか、絢ちゃんよりも直人さんの隣にいる方が自然になってしまっている。落ち着くから、かな。
「直人さん、あの……先にお風呂に入ってきてもいいでしょうか?」
外で花火を見ていたから汗を掻いちゃって、その状態で涼しいこの部屋に帰ってきたから体が冷えてきちゃった。
「いいですよ。そうだ、着替えは確か彩花のスーツケースの中に……」
そう言うと、直人さんは彩花さんのスーツケースを開けた。
「この中に下着や寝間着はあると思いますから……あとは遥香さんが見てくれませんか。さすがに、男の俺が物色するのは良くないので」
「分かりました」
それじゃ、失礼して。彩花さんのスーツケースの中を物色し始める。
彩花さん、やっぱり服のセンスがいいような。ただ、彩花さんだからこそ似合う服のような気がする。
そんな中、ようやく彩花さんの下着を見つける。
「すごーい! おっきい……」
彩花さん持参のブラジャーを持って思わずそう言ってしまった。やっぱり、カップが私よりも大きい。
赤、黒、白、水色……彩花さん、たくさん下着を持ってきている。どれも大人っぽい気がして。これはいわゆる……しょ、勝負下着ってやつなのかな?
「直人さん、彩花さんって寝るときにはブラジャーはするんですか?」
「えっ、えっと……気分次第でしょうかね、たぶん」
さすがに、彼氏でも彩花さんの下着事情はあまり知らないみたい。
「遥香さんの習慣に合わせればいいと思いますよ、そこは」
「じゃあ、付けましょう」
彩花さん、絶対に夜は付けないというわけじゃないそうだし。
「下着と寝間着、ありました」
「そうですか、良かったです」
「では、お先にお風呂に入ります。もし、直人さんさえ良ければ……一緒に入ってもいいのですが」
「えっ」
何だか、もっと直人さんと一緒にいたい気分になっている。入れ替わった直後よりもその気持ちは比べものにならないくらいに大きくなっていて。
「俺が一緒だとゆっくりできないでしょう。それに、姿は彩花ですから……何をしてしまうか分かりません。俺のことは気にせずにゆっくりと入ってきてください。慣れない彩花の体で過ごして疲れたでしょうから」
直人さんはちょっとだけ困った笑みを浮かべながらそう言った。そうだよね、見た目や声が彩花さんでも心は私だもんね。私を坂井遥香として接してくれることは嬉しいけれど、ちょっと寂しかった。
「……分かりました。では、お言葉に甘えて」
小さくお辞儀をして、私は必要な物を持って脱衣所へと向かう。
「ふぅ……」
服を脱いで、鏡越しに入れ替わった彩花さんの体を見つめる。顔も可愛くて、私よりもスタイルが良くて。触ってみるけれど、汗を掻いているのにスベスベしていて柔らかい。劣等感をあまり抱くことはなく、ただただ羨ましいと思う限り。
「直人さん……」
けれど、彩花さんの体を見ると、なぜか直人さんの顔を思い浮かべてしまう。直人さんともっと一緒にいたいと願ってしまう。心も体も。
「……ダメダメ。ダメだよ……」
直人さんは私を坂井遥香だと思って接してくれている。直人さんは優しいから、私がどんな気持ちを抱いても真剣に向き合ってくれると思うけれど、抱いてはいけない気持ちだってあるんだから。それが直人さんの彼女である彩花さんの体に入っていても。
「お風呂に入って気分転換しよう」
髪と体を洗って、湯船にゆっくり浸かって……気持ちを落ち着かせよう。
浴室に入り、私は髪と体を洗う。彩花さんの体なので優しく丁寧に。彼女が元の体に戻ったときになるべく違和感を抱かないようにしないと。
いつもよりもちょっと時間がかかったけれど、髪と体を洗い終えて、湯船に浸かる。思ったよりも広く、1人で入る分には脚を伸ばしてゆったりとすることができる。ぬるめに設定しておいたお湯も気持ちがいい。ちょっと長めに入って心を落ち着かせよう。
「ふぅ……」
ぬるめだと気持ちいいけれど、気持ち良すぎて段々と眠くなってくる。溺れないように気を付けないと。
こうしていると、直人さんがお風呂に入ってきてほしいって思ってしまう。きっと、恥ずかしくなるだろうけど、嬉しい気持ちの方がずっと大きいと思う。こんなことを自然に考えちゃうってことは本当に、私――。
「あれ……」
眠らないようにしなきゃいけないのに、急に強い眠気が襲ってくる。まるで、誰かに強制的に眠らされているような。
何もできずに、気付けば視界も暗くなっていて、意識を失ってしまうのであった。