第32話『カルマ』
直人さんと一緒にビーチに戻ったとき、4人が海でビーチボールを使って楽しそうに遊んでいるのが見えた。
「4人とも、楽しく遊んでいますね」
「そうですね。今から氷高さん親子の話をすることに気が引けてしまうほどに」
直人さんの言う通りかも。4人に話したら、あの楽しそうな雰囲気が一瞬にして吹き飛びそうだ。特に遥香はかなり怒るんじゃないかな。
「あっ、遥香と彩花ちゃんがこちらに気がつきましたよ」
「そうですね」
さっきと違って、遥香も彩花ちゃんも笑顔でこちらを見ている。直人さんと一緒に4人へ手を振ると、それに答えるかのように手を振って、私達の所に駈け寄ってきた。2人を追いかけるように、坂井さんと香川さんもこちらにやってきた。
「先輩！ 絢さん！ 随分と時間がかかりましたが、あの女の子のご家族がなかなか見つからなかったのですか？」
「プールの方に行ったらすぐに見つかったけれど、その後にちょっと相良さんと話をしていてね」
「相良さんと？ いったい、何を話したのですか？ 直人さん」
「それは、サマーベッドに戻ってから話すよ、遥香」
そして、私達は先ほど確保したサマーベッドへと戻る。その間に氷高さんや七実ちゃんの姿を見かけることはなかった。
「坂井さんと香川さんと会った後、ホテルのプールの方に行ったら七実ちゃんのお母さんと相良さんが一緒にいました。そこで一悶着あったんですが、七実ちゃんはお母さんと一緒に海の方へ戻っていきました」
「その後に七実ちゃんのお母さん……氷高裕美さんのことで、相良さんと話していてここに戻ってくるのが遅くなってしまったんです」
そして、私は直人さんと一緒に4人に対して、さっき相良さんから話された氷高さんのことについて話す。
予想通り、4人の表情は段々と曇っていく。
水代さんの自殺を理由にして相良さんを脅迫している、と話すと遥香、奈央さん、彩花ちゃんが怒りを露わにする。その中でも遥香はかなり怒っているように見える。また、全てを話し終わったときに冷静な様子を見せていたのはお兄さんだけだった。
「なるほど。そういうことだったんですね。これまでのことを振り返ると、まるで水代さんが巡り合わせているように思えますね」
「俺も……そういう風に考えてしまいますね」
20年前に起こった水代さんの自殺。現在まで度々発生する心霊現象。氷高さんの相良さんに対する脅迫。彩花と遥香さんの入れ替わり。私達と20年前の水代さんの自殺に関わる人達との出会い。全てこのアクアサンシャインリゾートホテルで起こっている。さすがに、20年前の自殺した水代さんの霊の仕業だと思ってしまう。
「仮に、全てが水代さんの霊が仕組んだことなら、彼女は俺達に……託したのかもしれません。託せると思ったからこそ、事件から20年経って、入れ替わりという今までにないことが起きたのかもしれませんね」
「なるほど……」
お兄さんが言ったように考えれば、水代さんが自殺してから20年経って初めて入れ替わりが起きたことも納得できる……かな。遥香や彩花ちゃんなら、自分の味わった気持ちを分かってくれて、2人と一緒に行動している私達と協力し、今の状況を変えることができると考えたのかも。
「真っ先に思いつくのは、相良さんに対する氷高さんからの脅迫を止めることですよね。直人先輩」
「そうだな……」
脅迫を止めること。
そうするためには、私達が氷高さんに相良さんへの脅迫を止めさせる。もしくは、20年前の事件に自分が関わっていることを公表されても大丈夫だということを、相良さんに信じてもらう必要があると思う。どちらも一筋縄ではいかなそうだけど。
「さっきの相良さんの話を聞く限り、氷高さんは改心する可能性は低そうです。相良さんの心にある不安の種を取り除く方がまだ可能性が高そうですよね、直人さん」
「そうですね、絢さん。相良さんは20年前の事件に自分が関わっていることを公表されることで、ホテルが再び経営難に陥ること、そして水代さんのご家族に何かしらの迷惑が掛かってしまうことを恐れています」
「でも、一部の方ですが相良さんのことをホテル関係者は知っています。10年前に一度、復活できた経験もありますし、ホテルの方は大丈夫なんじゃないかと思います。おそらく鍵となるのは水代さんのご家族。特に……妹さんです」
「確か、ホテルのロビーで直人さんと一緒に聞いた話では、妹さんは私達と同じ高校生ですよね。相良さんは自分のせいで水代さんの妹さんに、辛い目にはどうしても遭わせたくないと考えているのかもしれません」
「遥香の言う通りかもしれないね」
やっぱり、相良さんを説得するときに鍵となるのは水代さんの妹さんだよね。生まれたときには既に亡くなっていたお姉さんのことで何か言われたら、妹さんの心を深く傷つけてしまうと相良さんは考えているんだろう。
「じゃあ、もしかして……水代さんが遥香ちゃんと彩花ちゃんの体を入れ替えさせたのは、私達に妹さんを守って欲しいっていう想いがあったからなのかな」
「奈央の言うとおりかもしれないな。自分が亡くなった後に生まれても妹ということには変わりない。妹さんを守ることができると確信すれば、相良さんも氷高さんからの脅迫に対抗できるようになるかもしれないな」
もしかしたら、氷高さんは水代さんの妹さんを心配する相良さんの気持ちを逆手にとって、彼女を脅迫したのかもしれない。もしその通りだとしたら、本当に……2人の子供を育てる親として、それ以前に……人としてどうかしている。
どうやら、解決に向かうための1つの道を見つけることができたかな。いや、やるべきことを見つけることができた、という方が正しいのかも。相良さんを説得して、水代さんの妹さんを守ること。
まずは私達の考えを相良さんに話すことにしよう。
