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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 8-タビノカオリ-
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第31話『VIP』

 まさか、七実ちゃんのお母さん……氷高さんが、20年前に水代さんをいじめた中心人物だったなんて。


「水代さんの話を聞いた直後に、そういう方と出会ってしまうなんて。何というか運命みたいなものを感じてしまいますね」


 直人さんはそう言うけれど、私はどっちかというと宿命という方が合っている気がする。まさか、これも水代さんの霊が仕組んでいたりして。


「でも、娘の七実ちゃんはとても素直そうで可愛い子でしたよね、直人さん」

「そうですね」


 海で泳ぐことに夢中になっちゃったり、直人さんに一目惚れしちゃったりして可愛かったな。

 そんな七実ちゃんのお母さんが、水代さんをいじめていた中心人物だったなんて。七実ちゃんが素直に育っているところを見ると、20年の間に氷高さんの心が変わったのか、学校など周りの環境がいいのか。それとも、七実ちゃん本人の性格がいいのか。


「娘さんが真っ直ぐに育ってくれていて私も安心しています」

「……そう言ってしまうほど、氷高さんは悪い方だったんですか? いや、悪い方ですよね。女性が好きだという気持ちが気持ち悪い、ということを口実にして何年も水代さんのことをいじめていたんですから……」


 遥香と付き合っていることもあって、結構尖った言葉を相良さんに言ってしまった。

 しかし、相良さんは穏やかに微笑み、


「そう言って頂けると、円加も喜ぶと思います。実は彼女……円加が自殺したあの日にすぐそこの浜辺で出会った女子生徒のことです」

「そうだったんですか。何というか……悪い意味で巡り逢ってしまったんですね」

「藍沢様の仰る通りです。本当にあの瞬間、それまで楽しかったことが崩れ去ってしまった感じがしましたから。神様はまだ私達を不幸にしたいのかと思いました」


 海で氷高さんと出会ってさえいなければ、水代さんがこのホテルで自殺することはなく、20年経った今も相良さんは水代さんと付き合っていたかもしれない。

 どうやら、氷高さんは相良さんと同じくらいに、水代さんが亡くなったことに深く関わっているみたい。


「円加が自殺したことを受けて、2学期になってすぐはさすがに動揺していました。しかし、彼女はその動揺を晴らすかのように私をいじめてきました」

「そうですか。しかし、そんな氷高さんがどうしてこのホテルに? いじめていた生徒ですが、知っている人が自殺した場所です。20年も経ったら水代さんの自殺を何とも思わなくなってしまうのでしょうか」

「いえ、むしろ……円加の自殺が氷高さんをVIPとして扱わなければいけない理由となっているんです。本当は彼女にそういう扱いはしたくないのですが……」


 どうやら、水代さんの自殺が絡んだ不当な理由で、氷高さんと彼女のご家族をVIP扱いしなければならないみたい。そして、相良さんは今も氷高さんのせいで苦しみ、彼女を恨んでいるということも分かった。


「10年前、私がこのホテルの名前を現在のアクアサンシャインリゾートホテルに変えて、リスタートをしたことは先ほどお話ししたと思います」

「そうですね。遊泳施設を充実し、地元と連携することでこのホテルを復活させたと」

「ええ。このホテルに名前を変えてから1年ほど経ったときでしょうか。ホテル経営が安定し始めたところでテレビの取材を受けたんです。有り難いことに、今、藍沢様が仰ったようにこのホテルを復活させたという理由で」

「そうですか。あっ、もしかして、それがテレビで放送されたことで……」

「ええ。氷高さんはその時の放送を観ていたそうなんです。そして、私がこのホテルの経営陣の一人であることを知られてしまいました。その放送があった翌日、彼女から連絡が来ました。円加の自殺したホテルで働いるなんて今まで知らなかったと。このホテルで最高のおもてなしをしろと言ってきました。さもなければ、私が円加を自殺へと追い込んだと世間にばらすと。そう脅してきました」

「そんな……」


 水代さんを追い詰めたのは氷高さんの方なのに。彼女の自殺を利用して、相良さんになすりつけようとしているなんて。しかも、10年。


「当時、彼女は結婚して間もない頃でした。毎年夏に家族で滞在してあげるから、数日ほど、このホテルに滞在させろと。最高級の客室を用意し、格安で提供しろと」


 水代さんの自殺と相良さんの気持ちを利用して、相良さんを脅迫することで、自分が良いように過ごしているなんて。絶対にしっぺ返しがくるよ。


「自分の過去を知られることも恐かったですが、もしかしたら私の過去が世間に公表されることで、またこのホテルが経営難の危機に陥るかもしれない。何よりも、円加や彼女のご家族が非難の声を浴びることになってしまうかもしれない。それを考えたら、断ることはできませんでした」

「相良さんはそう考え、氷高さん一家がVIP扱いされている状況が現在まで続くということですか……」

「酷いですよ! それって、相良さんや水代さんに対していじめをしていたことを反省していない何よりの証拠じゃないですか! 七実ちゃんや悠太君のためにも、このままにしていてはいけないと思います」

「絢さんの言うとおりですね」


 母親はこんなにもひどいことをしているのに、七実ちゃんはよくあそこまで素直に育ったな。旦那さんが相当いい人なんじゃないかな。

 ただ、2人の子供のためにも今の状況を変えなきゃいけない。できれば、氷高さん一家がこのホテルに滞在している間に。


「ちなみに、相良さんが20年前の事件に関わっていることを知る方が、ホテル関係者の中にはいるんですか?」

「……上層部の人間と、年配のスタッフは存じております。20年前のあの日もスタッフとして働いていた者もおりますし」

「そうですか……」

「氷高さんのことについては、高校時代の知り合いということでVIP扱いということにしております。ただ、中には20年前の事件と関係があるのでは、と気付く者もいましたが本当のことは一切話しておりません」

「では、本当に俺と絢さんに話すのが初めてだったんですね」

「ええ……」


 今までの話を聞いていると、きっと既に亡くなっている水代さんへの世間からのバッシングを恐れて、氷高さんのことを未だにVIP扱いしているんだと思う。

 それに、水代さんには今、高校生の妹さんがいる。水代さんのご家族に迷惑はかけられないと相良さんは考えているのかも。


「初めてVIPとして迎えたときは怒りを抑えることに必死でした。ですが、家族が3人、4人と増えて……お子様を喜んでいる姿を見て、今はこの子供達に楽しい思い出を作ってもらうためにVIPとして来てもらっていると割り切るようにしました」

「氷高さんの子供達には何の罪もないから、ですか……」

「ええ。最初は円加を散々いじめていたのに、自分は結婚し、2人の子供にも恵まれたことに怒りを覚えていました。ただ、それでも2人のお子様は氷高さんが旦那さんと愛し合ってできた幸せの象徴。そんな子達を傷つけるようなことなんてできるはずがありません。幸いなことに、今のところ……七実ちゃんも悠太君も素直に育っているようですから。私の顔も覚えてくれていて、可愛いですよ」

「2人に会えるから、ということでVIP扱いすることを我慢していると」

「ええ。ですが……いつまでもそうするわけにはいきません。それは分かっているんです。もしかしたら、円加は藍沢様や原田様達を信頼して、入れ替わりを起こしたのかもしれませんね。都合の良い解釈かもしれませんが……」


 と、相良さんは苦笑いをしながら言った。

 ただ、彼女の言うことは意外とあるかもしれない。何が理由かは分からないけれど、私達がこの状況を変えることができるかもしれないと思って、20年前の事件を知らせるために遥香と彩花ちゃんの体を入れ替えさせた。


「水代さんの本心は分かりません。ただ、生きている相良さんや、昨日からここに来ている俺達ができることはきっとあると思います。ちなみに、氷高さん一家はいつまでこのホテルに滞在する予定ですか?」

「火曜日にチェックアウトの予定です」

「俺達と同じですか。まだ丸々2日間くらいありますし、何かできることはあるでしょう。それに、遥香さんと彩花の体が元に戻るには、このことについて何らかの決着を付けなければならないような気がしてきましたし」


 やっぱり、直人さんも私と同じようなことを考えていたんだ。


「大変申し訳ございません。楽しい旅行になるはずが……」

「……真意は本人達に訊かなければ分かりませんが、すぐ側にいる自分から見た限りでは2人とも入れ替わったなりに楽しんでいると思いますよ」

「直人さんの言うとおりです。それに、入れ替わりがなければ、直人さんや彩花ちゃんと仲良くなれなかったかもしれませんし」

「俺も同感です。起きてしまったことはもう仕方がありません。重要なのは、起きたことに対してどう向き合っていくかだと思っています」


 直人さん、何かを思い出しているように見える。相良さんのように、昔、親しい人を亡くしてしまったのかな。


「……あのとき、お客様のような方が側にいたら、何か変わっていたかもしれませんね」


 相良さんは微笑みながらそう言った。彼女がそう思えるのなら、20年経った今からでも氷高さんと決着を付けるチャンスはきっと見つかるはず。


「すみません、お時間を取らせてしまいまして」

「いえ、重要なことを教えていただきありがとうございます」

「後で遥香達にこのことを話すつもりですが大丈夫ですか?」

「ええ。ただ、彼女達以外には話さないでいただけると幸いです」

「分かりました。それについては気をつけます」


 私と直人さんに初めて話してくれたことだ。そこはきちんと守っていかないと。遥香達なら大丈夫だとは思うけど。


「それでは、私はこれにて失礼いたします。楽しい時間をお過ごしください」


 相良さんはそう言うと、ホテルの方へと戻っていった。


「直人さん、これからどうしましょうか」

「まずは、4人に今の話をしましょう。まだ2日間ありますから、何かできることがあると思います。それを考えていきましょう」

「そうですね」


 20年前には生まれていなかった私達に何ができるのか、全然思いつかないけれど。

 私は直人さんと一緒にビーチに戻るのであった。

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