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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 8-タビノカオリ-
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第24話『死者の気持ち』

 10分ほど経ち、相良さんは直人さんと私のところに戻ってきた。


「すみません、遅くなってしまって」

「いいえ、気になさらないでください」


 よく見ると、相良さんの目尻がちょっと赤くなっていた。お手洗いでかなり泣いてしまったのかな。恋人である水代さんの自殺について話したから……だよね。


「あの日のまでのことを話しましたが、他にも何か訊きたいことはございますか?」

「自殺当日から現在まで20年の歳月が流れています。訊きたいことは幾つかあります。そうですね……水代さんが自殺して間もなく、2学期が始まりました。水代さんが投身自殺した日、彼女をいじめていた女子生徒が泊まっていましたが、彼女の様子はどうでしたか?」

「……報道で円加がいじめられたことが明らかになったので、自分達が円加を死なせてしまったかもしれないと恐れていました。しかし、あの日、海で会った子が私と一緒に旅行に来ていたことを明かし、私の例の証言が報道されたので、私が円加を殺したと思い込むことで不安を無くしているようでした。現に、円加を死に追いやった人間という理由で私のことをいじめてきましたから」

「そうだったんですか……」


 自分達のやってきたことをごまかすために、相良さんをいじめて、全てのことを彼女に追わせようとしていたなんて。本当に許すことができない。


「最初は仕方ないと思っていましたが、耐えられなくなって、両親と高校側に相談して転校しました。転校した先の高校ではいじめもなく、普通に高校生活を送ることができました」

「そうですか。ところで、水代さんのご家族はどのような感じでしたか?」

「もちろん、円加の死にショックを受けていました。特にお母様の方は。お父様の話では、円加は一人っ子で希望を失った、とお母様は暫くの間、泣き続けたそうです。それでも、私のことは責めなかった。むしろ、これまでいじめられていたこともあって、円加に優しくしてくれてありがとうと感謝の言葉まで言ってくれました」

「水代さんの御両親は相良さんに怒りや恨みの感情を抱くことはなく、感謝の気持ちでいっぱいだったんですね」

「ええ。その言葉があったからこそ、私は今もこうしているんだと思います。そうじゃなかったら、きっと……天国で円加に謝ろうと自殺していたでしょうから」


 水代さんのご家族が相良さんのことを分かってくれていたことが、彼女の心の支えになっているんだ。


「そうだ、円加は一人っ子だったけれど、自殺してから2年後に妹が生まれたんです。名前は確か……晴実ちゃんだったかな」

「20年前の事件から2年後ということは、俺や遥香さんと変わりない歳なんですね。俺は高校2年で、遥香さんは高校1年なんです」

「そうなんですか。それなら晴実ちゃんと歳はあまり変わりありませんね。確か、一昨年か去年に高校へ進学した話を円加のお母様から聞きましたので。ようやく、円加が亡くなった悲しみを乗り越えて、もう一度子供を育てたいということで、子供を作ったそうです。何度か、晴実ちゃんとは会っていますね。円加によく似た大人しい雰囲気で」

「そうですか……」


 20年前の事件の2年後に生まれたということは……晴実さんは18歳か。高校3年生か大学1年生。亡くなったお姉さんよりも長い時間を生きているんだ。晴実さんはどんな想いを抱いて過ごしているんだろう。


「このホテルで働くようになったのは、円加が自殺を遂げた場所だったからです。そして、私がこのホテルに就職した頃、ホテルの経営がかなり危なかった時期でした。売上が下がり始めたのは円加が自殺した直後から、ということは分かっていました。あの事件で売上が下がったのなら、原因は自分です。このホテルを復活させようと決めたんです」


 それが、水代さんへのせめてもの罪滅ぼしになると思っているのかも。


「確か、10年ほど前に遊泳施設を充実、この地域との連携、そしてホテルの名前を白海リゾートホテルから現在のアクアサンシャインリゾートホテルに変えたんですよね」

「よくご存知で。それらは私が提案したものです。それもあってか、今は総支配人という役目をいただいております」


 ということは、水代さんの自殺がなければ今も白海リゾートホテルのままだった可能性もあったわけか。


「そうですか。ただ、業績が回復してからも、夏を中心に心霊写真は撮影されています。それについてはどのように考えていますか?」

「噂は聞いていましたし、ネットに上がっている心霊写真も見ました。写っている霊は円加かもしれない。ですから、ホテル側からは一切コメントを発表したことはございません。心霊関係が好きな方にも人気であることを知り、特に心霊写真を撮影しやすい夏休みの時期には多くの方にお越しいただいております。それは、円加がくれたプレゼントなのだろうと前向きに考えるようにしました」


 確かに、毎年夏に多く心霊現象が起こるスポットとして、多くのブログで公開されているし、その手のマニアにも人気があるみたいだ。それに対してホテル側のコメントはないけれど、それは今のこの状況を好意的に受け入れているからだと思う。


「……失礼ですが、相良さんは今、ご結婚をされていたり、付き合っていたりしているのですか?」


 直人さんが相良さんにそんなことを訊く。今の相良さんのことも気になる。30代半ばだと結婚して子供もいるイメージがあるけれどどうなんだろう?


「いえ、そのようなことは全くありません。大学生の時に男女問わず何度か告白されましたが、全て断りました。20代の頃にお見合いも進められましたけれど、それも全て。私にこういうことを言える資格はないのかもしれませんが、私が好きになれる人は円加しかいません。彼女が亡くなってしまった今、私はこのホテルに身を捧げて、誰とも結婚しなければ付き合うつもりはありません」

「それだけ、水代さんのことが好きだということですね」

「……はい。あの夜、円加に謝り、再び付き合おうと決意してホテルに戻りましたから。ですから、円加に謝れなかったことが今まで生きてきた中での一番の悔いです。そして、一生消えることはありません」


 このアクアサンシャインリゾートホテルで働き続けることが、相良さんにとっての生き甲斐なのかもしれない。おそらく、その想いが変わることはないんだろうな。


「……まさか、20年の間にこのホテルに色々なことが起きていたなんて」

「そうですね……」


 まだ、はっきりと断定はできないけれど、幾つかの心霊現象からここまで深い過去が明らかになった。一人の少女の自殺があり、その背景には女性同士の恋愛があり、それを口実にした酷いいじめがあった。それは20年前の自殺で終わっておらず、現在も続いていると考えた方がいいかもしれない。


「もし、坂井様と宮原様の入れ替わりに円加が関係していたとしたら、おそらく自分が体験した孤独や寂しさを分かって欲しかったんだと思います。入れ替わってしまうことで、恋人との決定的な溝が生じると考えて。もしかしたら、私に対して復讐しようと考えているのかもしれないですね。お客様が20年前の事件について、私について訊くことまで想定して……」


 自分のせいで、20年前には生まれてもいなかった人達が不幸な目に遭っている、と分からせたいということなのかな。相良さんの考える水代さんからの復讐というのは。


「そんなことないです! 水代さんはきっと相良さんのことを……」


 好きだったはずだし、許していると……信じたいよ。


「……ただ、私の側にいたくて心霊としてこの近辺に彷徨っているのならいいですけどね。それも、本人に訊かなければ分からないことです」


 今となっては、水代さんの気持ちは闇に葬り去られた。生きている私達には、こうだったんだろう、と想像するしかない。


「……とりあえず、今、相良さんから聞いた話を纏めて絢さん達に伝えましょうか」

「そうですね」


 相良さんからたくさんお話を聞いたから、一度、部屋に戻って文字に書き起こす形で纏めた方がいいかも。


「相良さん。お忙しい中、20年前のことを話してくださり――」

「直人先輩!」


 私の声で直人さんを先輩、って呼ぶということはまさか。

 声がした方に顔を向けると、そこには絢ちゃん、彩花ちゃん、お兄ちゃん、奈央ちゃんがいたのであった。

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