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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 8-タビノカオリ-
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第19話『コーヒーブレイク』

 私がコーヒーを淹れている間に、直人さんはお兄ちゃんと電話をして、これからは20年前の事件を中心に考えていくことにしたそうだ。

 それにしても、コーヒーを飲む直人さんの姿は大人っぽい。1歳年上とは思えないくらいの落ち着き。こういうところに彩花さんは惹かれたのかな。


「遥香さんは紅茶を飲んでいますけど、コーヒーと紅茶ならやっぱり紅茶派なんですか?」

「そうですね。コーヒーはカフェオレがやっとです」

「俺もコーヒーを飲み始めるときはそんな感じでしたね」


 直人さんは優しい笑みを浮かべながらそう言う。


「彩花さんはどちらの方をよく飲まれるんですか?」

「彩花も紅茶の方を飲みますね。たまに、俺のコーヒーを一口飲んでみるんですけど、苦すぎるみたいなのか、毎度眉間に皺を寄せてますよ」

「ふふっ、そうなんですか」

「俺が口を付けたコーヒーなら飲めるかもしれない、って」

「へえ……」


 彩花さん、やっぱり可愛いな。直人さんが飲んだコーヒーなら飲めるって。でも、そう思う気持ちは分からなくないなぁ。


「直人さんが口を付けたコーヒーなら飲めるかもしれません」


 そんなことは言ってみたけれど、私……何てことを直人さんに言ってしまっているんだろう。うううっ、顔が熱くなってきたよ。

 しかし、直人さんはそんな私のことを変な眼で見ることなく、あくまでも普段通りの優しい笑みで私のことを見てくれる。


「じゃあ、一口飲んでみますか? ただ、遥香さんが淹れてくれたので分かっていると思いますが、砂糖やミルクは全く入っていませんよ」

「分かっています。でも、直人さんの唾液は入っているでしょう?」

「……そ、そうですね。俺、何回か口を付けていますからね」


 さすがに唾液が入っていると言ったら苦笑いをした。でも、砂糖やミルクが入っていなくても、直人さんの唾液が入っていればブラックじゃない……はず。きっと、まろやかになっていると妄想してみる。


「じゃあ、一口いただきますね」

「どうぞ」


 直人さんのマグカップを持つ。まだまだ温かいので、コーヒーの匂いが香ってくる。匂いは大丈夫なんだけど、苦い味がどうも。色々な意味でドキドキするな。コーヒーを飲むのはいつ以来だろう。

 そして、勇気を出して温かいブラックコーヒーを飲んでみる。すると、


「苦い……です」


 すぐに口の中に苦味が広がっていく。やっぱり、この苦味はまだダメだぁ。


「ははっ、ブラックですからね。彩花もそういう反応をいつも見せていたんですよ」

「そうなんですか。コーヒーを飲めるなんて大人ですね。兄も好きですが……」


 お父さんもコーヒーが大好きな人だ。男の人って、ある程度の年齢になるとみんな好きになっていくのかな。

 そして、口直しに自分のアップルティーを飲む。


「はぁ、アップルティーは甘くて美味しいです」

「そうですか」


 そんな私の横で直人さんはコーヒーを飲む。コーヒー好きだからか、ふぅっ、と息を吐くときの彼の笑みがとても素敵だった。

 そういえば、今まで全然気付かなかったけれど、私と直人さん、このコーヒーで、


「……間接キス、しちゃいましたね」


 彩花さんの体だからなのかな。直人さんと間接キスをしたことがとても嬉しく思えて。温かい気持ちになる。

 ていうか、どうしてそんな恥ずかしいことをさらっと言っちゃうの!


「そ、そういうつもりで直人さんのホットコーヒーを飲ませて欲しいと言ったわけじゃないですよ!」

「分かってますって」


 と、直人さんはそれ以降、間接キスのことは深く追求しなかった。優しいお方。


「遥香さん。彩花の体には少しずつ慣れてきましたか?」

「はい。声もちょっとずつ慣れてきましたし。でも、ちょっとだけ体が重いですかね。えっと、その……胸のあたりがちょっと」

「そ、そうですか」


 今は慣れつつあるけど、彩花さんの体になってから最も違和感があったのは胸部だった。羨ましいけれど、大きいなりの苦労があるとちょっと分かった。


「あと、お腹が痛くないのっていいですね。寒気もなくなりましたし」

「そういえば、今朝になってから遥香さんはお腹が痛かったんですもんね」


 ということは、今頃、彩花さんがお腹の痛みと戦っているかもしれないんだ。何だか悪いことしちゃったかな。


「ちょっと彩花にメッセージを送ってみますね」


 そう言って、直人さんはスマートフォンで操作している。LIMEかメールでやり取りしているのかな。

 私も絢ちゃんと連絡したいけれど、さっき、直人さんと2人きりがいいって言っちゃったから何だか連絡しづらいな。今はまだ……いいかな。


「彩花の方は大丈夫ですね。遥香さんと同じように温かい紅茶を飲んでいるって」

「そうですか。良かった……」


 温かいものを飲んでいればお腹にも優しいし。


「じゃあ、そろそろ20年前の事件について詳しく調べてみましょうか」

「そうですね」


 私と直人さんは20年前の事件について更に詳しく調べてみる。

 けれど、新しい情報はあまり掴めない。自殺した女の子も、そしてその友達の女の子も未成年だから名前も書かれていないし。まあ、当事者のことを考えたら、そっちの方がいいんだろうけれど。

 ただ、当時のマスコミ関係者が色々と調査したのか、2人の通っていた高校が私立斑目高等学校であることは分かった。名前、聞いたことがないな。


「あまり新しい情報が見つかりませんね、直人さん」

「そうですね……」


 20年前の事件ということもあって、情報が少ない。当時はまだインターネットがあまり普及していないというのが情報のなさの一因かも。


「動画サイトに当時のニュースがアップされているかどうか見てみましたけど、20年前の事件だからなのか1件もありませんでしたね……」

「そうですか。心霊系が好きな方がアップしていそうな気がしますけどね」


 心霊現象が起こるホテルとして紹介し、そのきっかけということで20年前の事件についても書いてある記事もそれなりにあった。だから、1人か2人くらいは当時のニュース映像を動画サイトにアップされていると思ったのに。


「直人さんと私でこれ以上調べることは無理なのかな……」

「ネットで調べることは難しいかもしれませんが、事件は20年前に起こったことです。このホテルで働いている人の中では、事件当時も働いている人がいるかもしれません」

「聞き込み調査をするんですね」


 ベテランのスタッフなら、当時から働いている人もいるかもしれないもんね。事件が起こったのは20年前だし。


「そうですね。ただ……時刻も正午を過ぎているので、まずはお昼ご飯を食べに行きましょうか」

「分かりました」

「絢さん達も誘いますか? それとも2人で行きます?」


 絢ちゃん達と6人で食べれば楽しくなるかもしれないけど、彩花さんと入れ替わってあまり時間も経っていないので微妙な空気になってしまうかも。

「……さっき、私が直人さんと2人きりがいいと言ってしまったので。ちょっと、気まずいっていうか。もちろん、直人さんと2人きりでお昼ご飯が食べたいっていうのが一番の理由ですけど」

「分かりました。じゃあ、2人で食べに行きましょうか」


 そして、椅子から立ち上がったとき、


「きゃっ」


 よろめいてしまい、ベッドの方に倒れそうになる。


「おっと」


 すると、直人さんが私のことを優しく抱き留めてくれた。そのことでベッドへ倒れずに済んだ。


「大丈夫ですか、遥香さん」

「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」

「良かった」


 直人さんの温もりと匂い。とても心地よい。どうしてだろう、抱かれるのは初めてなのに安心できるなんて。


「でも、もうちょっとだけ……こうしてもらってもいいですか? 彩花さんの体だからですかね。今、気持ちがとても落ち着いているんです。直人さんの温もりと匂いが感じられて」


 彩花さんと入れ替わって不安だった気持ちが、時間を掛けて消えていって。むしろ、直人さんとこうしていられることに愛おしささえも感じられるようになってきて。もうちょっとこうしていたくて、私は直人さんのことをそっと抱きしめるのであった。

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