第15話『心霊スポット』
スマートフォンでさっそく、私達が泊まっているアクアサンシャインリゾートホテルの噂について調べ始める。まずは素直に『アクアサンシャインリゾートホテル 噂』というキーワードで検索してみよう。
すると、奈央ちゃんが言っていたことは本当だったようで、心霊現象や心霊写真といったことを紹介するブログやニュース記事がヒットする。
画像検索すると、肩に乗った知らない人の手や、赤い光、ぼんやりと浮かんでいる女性の顔が写った写真が表示される。
「うわあっ……」
直人さんのそんな声が聞こえる。
「どうかしたんですか? 直人さん」
直人さんはちょっとだけ顔を青白くさせている。心霊系はあまり得意じゃないのかな。
「……一発目に心霊系のページがヒットしたので驚いちゃって」
「こっちもヒットしました。画像検索をすると、このホテルやその周辺で撮影された心霊写真が結構出ますね」
これだけ写真の数が多いと、このホテルは心霊スポットとしてその手のマニアには人気なのかも。
「写真も複数あるってことは、それなりの心霊スポットなんですね」
「もしかしたら、私が今朝になってお腹を壊してしまったことも、彩花さんが寒気を感じてしまったことも……先ほど、直人さんが言ったように幽霊やお化けの仕業かもしれませんね」
「……急に寒気を感じてきたんですが、気のせいかな」
そう言うと、直人さんは気持ちを落ち着かせようとするためか、カップに残っているホットコーヒーを飲み干す。この様子だと心霊系はむしろ苦手、っていう感じかも。彩花さんはこのことを知っているのかな。知らなかったらちょっと嬉しい。
怖い物見たさなのか、直人さんは引き続きスマートフォンを見ている。
「肩に乗った知らない人の手や、赤い光、ぼんやりと浮かんでいる女性の顔……」
「色々ありますね。私は今、ここに旅行に行った人のブログ記事を見ているんですが、私達のように、突然体調が悪くなった日があったとか書いてありますね」
「ネット上には色々な情報が載っているんですね」
私も検索してヒットしたブログを見ているけれど、結構前から心霊写真が撮れるホテルとして有名らしい。今度から、旅行に行くときはホテルの公式サイトだけじゃなくて、一歩踏み込んだところまで調べた方が良さそう。
「表ではプライベートビーチがあって、プールの種類も多い人気のリゾートホテルですが、知る人ぞ知る心霊スポットでもあるらしく、その類が好きな人にも人気らしいですよ。夏に多く出るそうです」
「そう……なんですね」
そう考えると、お父さん……よく2部屋も予約が取れたと思う。お父さんならそれを見越して結構前から予約していたかもしれないけれど。
「ただ、心霊系スポットって、ほとんどの所が幽霊やお化けが出る理由があると思うんですよね。ここは心霊スポットであることは分かったので、次はこの地域で過去に何があったのかについて調べてみましょうか」
「分かりました!」
何だか、直人さんと一緒にこうして調べていることが楽しく思えてきた。2人きりだからというのもあるかもしれないけれど。
こうした心霊現象が起こる場所で過去に何かあったとすれば、真っ先に思いつくのは誰かが亡くなることだよね。亡くなった人の霊が、手や、赤い光や、ぼんやりと浮かぶ顔になって写真に現れるんだと思う。
今度は『アクアサンシャインリゾートホテル 事件』というキーワードで検索してみる。すると、『女子高生』や『自殺』という言葉が使われたブログ記事が幾つもヒットした。
試しに1件目にヒットしたブログ記事にアクセスしてみる。このブログも心霊系が好きな人が運営しているんだ。年齢は30代半ばか。
そして、ヒットした記事の中身を見てみると、20年前『白海リゾートホテル』という名前のホテルで1人の女子高生が投身自殺したという事件について記されていた。
「直人さん、気になるページを見つけました。ブログ記事なんですけど……」
「どれどれ……」
直人さんにスマートフォンを渡す。直人さんは真剣な表情をして画面をじっと見ている。
「自殺、か……」
「このブログの管理人さんも心霊スポットが大好きで、年齢は30代半ばらしいです」
「なるほど」
きっと、このブログを管理している人は20年前の事件を知っているから、興味を持ってブログ記事にしたんだと思う。当時のニュースで話題になって今も覚えている、という旨の言葉も書かれているし。
もちろん、私は20年前には生まれていないので、この記事を見つけるまでは事件のことは知らなかった。
「ええと、8月中旬、白海リゾートホテルの15階の客室から、この日宿泊していた16歳の女子高生が飛び降り自殺をした。プールサイドに転落して即死。亡くなった女子高生の体から流れた血がプールの水を血の色に変え、事件捜査のため1週間ほどプールの利用が禁止となった」
「想像しただけでも胸が締め付けられます。同い年の女の子だから……」
「遥香さんも高校1年生なんですね。彩花と同じですか」
つまり、絢ちゃんとも同い年なんだ、彩花さんは。凄いなぁ、同い年なのにこんなにも綺麗な体で、胸が大きくて。大人らしいというか。
「プールの水の色が赤くなった、って相当血が流れたんでしょうね」
それにしても、私と同じ高校1年生の女の子が自殺か。自殺するほどだから、何かこの子にとって大きな事があったに違いない。
「でも、自殺をするなんて……何があったんでしょう」
「その記事に書いてあるんじゃないでしょうか」
そう言うと、直人さんはブログ記事を読み進めていく。すると、突然ため息をついて、
「いつの時代にもいじめってあるんですね」
やっぱり、いじめ……なんだ。その子が自殺してしまった原因は。
「そうですね。しかし、いじめによる自殺となると……その子の霊が20年経った今でもこのホテル周辺に彷徨っている可能性は高そうです」
きっと、悲しい想いはもちろんあるけれど、悔しい想いや、いじめた人に対する怒りもあったんだろう。それらの想いがまだこのホテルの周りに彷徨っていて、例の心霊写真が撮影されるようになったのかもしれない。
直人さんの持つスマートフォンを覗き込んでみると、
「直人さん、まだ……続きがあるようです」
「えっ?」
いじめがあった、という文章にはまだ続きがあるみたい。
続きを読んでみると、当日、自殺した女の子はクラスメイトの女の子の家族と一緒に白海リゾートホテルへと旅行に来ていた。クラスメイトの女の子は『いじめも理由の1つだけれど、一番は飛び降りる直前に彼女を手放してしまったから』と証言していたみたい。
「彼女を手放してしまった、とはどういうことなのでしょう?」
「自殺した女の子はいじめを受けていたみたいですね。証言をした女の子は、自殺した子の唯一と言っていいほどの友人だったのかもしれません。何かの理由で喧嘩をしてしまったんじゃないでしょうか」
唯一の友人、か。そんな子と喧嘩をしてしまったら、孤独感に苛まれて……身を投げてしまうのも分かる気がする。
「……そう、でしょうね。じゃあ、もしかしたらその女の子に対する想いを伝えたくて、自殺した女の子は霊となって、20年以上もこの周辺で彷徨っているのかもしれないんですね」
「まあ、心霊写真に写っている霊がその子かどうかは分かりませんが。でも、可能性はかなり高そうですね」
もし、20年前のその事件が心霊現象に関わっていて、私と彩花さんの体が入れ替わったことにも関わっているなら、
「証言した女の子、今……どこにいるのでしょうか」
その女性と会って、一度、話してみたい。
「生きていれば30代半ばですか。よほどのことがない限りは生きていると思いますが、その方を探すのもほぼ無理だと思いますし……」
確かに、直人さんの言うとおり、年齢的には生きている可能性は十分にあり得るけれど、どこにいるか全く分からない。名前すら分からない人と会うことは無理と言っても過言ではない。しかも、今日を含めて残り3日間で。
「ただ、この事件が関わっている可能性は十分にありそうですね。とりあえず、俺がこのことを坂井さんに電話で伝えますか」
「お願いします。あっ、コーヒーのおかわりを淹れましょうか?」
「じゃあ、ホットコーヒーをお願いできますか」
「分かりました」
直人さんが彩花さんや私のためにこんなにも頑張ってくれているんだ。せめてもコーヒーを淹れることくらいはしたい。
直人さんのカップを持って、入り口の近くにあるポットのところまで行く。彼の姿を見えないことを確認してこっそりとカップの匂いを嗅いでみた。コーヒーの匂いはあまり好きじゃないけれど、こういう匂いもたまにはいいのかもと思うのであった。