第9話『ぐるぐるモーニング』
8月25日、日曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、私の腕を枕にして可愛らしく眠っている遥香の姿があった。遥香のおかげで顔は涼しく、体は温かいという私好みの環境の中で眠ることができた。そのおかげで今はとてもスッキリしている。
「絢ちゃん……」
遥香が起きちゃったかと思ったけど、寝息が聞こえるのでどうやら寝言を言っただけのようだ。遥香の夢の中にも私がいるのかな。ていうか、寝返りしたのか遥香の浴衣が結構はだけちゃっているな。
「遥香……」
遥香が起きないように、彼女とより体を密着させる。遥香の肌、とても優しい温かさで、柔らかくて心が落ち着く。
「絢、ちゃん……?」
起きちゃったか。遥香の目がゆっくりと開いた。遥香は私のことを見るとにこっ、と笑顔を見せる。君は宮原さんにも負けない可愛らしい天使だよ。
「おはよう、絢ちゃん」
「うん、おはよう、遥香」
そして、遥香と目覚めのキス。キスをする中、遥香はゆっくりと私の背中に両手を回した。
「絢ちゃん……」
ちょっとの間、遥香と抱きしめ合って体を温める。本当に……幸せな朝を迎えることができているな。
すると、突然、遥香は唇を離して、
「あ、絢ちゃん……」
私の名前を口にすると、彼女の顔色が段々と青白くなっていく。彼女の体の震えが肌を介して私にも伝わってくる。
「ど、どうしたんだ? 遥香」
「……お、お腹痛い。昨日の夜ご飯、食べ過ぎちゃったのかな」
「私にはそう見えなかったけどなぁ。もしかしたら、クーラーをかけながら寝たのがまずかったのかも」
今、お腹の辺りまで布団をめくれているけれど、私も浴衣がはだけていることもあって、結構寒い。慌てて首元までふとんを掛け、遥香のことをそっと抱きしめる。
「どう? 少しは痛みが治まってきたかな」
「……ちょっとは治まってきたけど、う~ん……お腹がぐるぐる鳴ってきた。ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「分かった。無理はしないでね」
「うん」
遥香はベッドを降りると、浴衣を着直してお手洗いへと姿を消した。ああいうことができるくらいだから、物凄く悪いわけではないんだろうな。
「私も浴衣着直すか……」
いつ、お兄さんや奈央さんがこちらの部屋に来るか分からない。お兄さんはもちろんだけれど、奈央さん相手でも裸のままではちょっと恥ずかしい。
私も浴衣を着直す。昨晩は大浴場から戻ってきてすぐに遥香とベッドでイチャイチャしちゃったのであまり気にならなかったけれど、浴衣姿だと結構寒いな。
リモコンか操作パネルがないかどうか確認すると、お手洗いの近くにある冷房の操作パネルを見つけた。
「24度で風の強さが中、か……」
極端に強いわけではないけど……結構寒いな。まずは風の強さを『弱』にして、設定温度は『27℃』にしておこう。これで、浴衣姿でも快適に過ごせるだろう。
そうだ、せっかくお手洗いの近くにいるんだから、遥香にお腹の調子を聞いてみよう。
「遥香、お腹の調子はどう?」
『……お腹を壊したわけじゃないからまだいいけれど、痛みが時々やってきて……お手洗いから出るのがまだ不安かな』
ああ、周期的に痛みが来ると、ずっとお手洗いに籠もりたくなるよね。出るタイミングが分からないというか。今の遥香の気持ちはよく分かる。
「そっか。私はお兄さんと奈央さんの泊まっている方のお手洗いを使えばいいから、私のことは気にしないでゆっくりしてて」
『うん、お言葉に甘えるね』
「そう。それでいいんだよ」
『……でも、周期的にお腹に痛みが襲ってくるなんて、もしかして……イチャイチャしてできちゃった? 私と絢ちゃんの子供が。お腹を蹴飛ばしてる?』
「それが本当なら、世界が震撼するんじゃないかな」
『あははっ、そんなわけないよね。ただ、そうだといいなって』
そうだといいな、って遥香は言っているけど……私も遥香も女の子同士なんだから、絶対に子供はできないでしょ。でも、遥香と私の子供ができたとしたら、どんな子だろう。遥香の血を受け継いでいるから可愛いことは間違いないか。
ただ、こうした冗談を言えるってことは……遥香の体調も少しずつ良くなってきているってことかな。そう思っておくことにしよう。
ただ、午前中は海やプールで泳ぐことは避けた方がいいかな。もしかしたら、昨日、海やプールで遊んだことで体が冷えたことも一因かもしれない。
――コンコン。
隣の部屋に繋がる扉からノック音が聞こえる。
「はーい」
すぐに、扉の方に向かい、扉を開けてみると、そこには浴衣姿の奈央さんが立っていた。
「おはよう、絢ちゃん」
「おはようございます、奈央さん」
「浴衣姿、可愛いですね」
「ありがとう。絢ちゃんも可愛いよ。あれ、遥香ちゃんは? お手洗い?」
「昨日の夕ご飯を食べ過ぎたみたいで、腹痛でお手洗いに籠もっています。私が覚えている限りでは、そこまで食べてなかったと思いますけど」
「そっか。周りが思っている以上に、本人にとっては多く食べちゃっているときがあるからね。でも、昨日の夕ご飯、美味しかったから……私も気を付けないと」
私も気を付けないとな。ホテルの朝食と夕食は全てバイキング形式だから。
「まあ、後は冷房の効きすぎのせいかな、と。浴衣姿でも結構寒くて。花火大会から戻ってきたらすぐに大浴場に行って。戻ったらすぐに寝ちゃったのでなかなか気付かなくて」
昨日の夜のことを話したら、奈央さんとお兄さんの会話を思い出してしまった。ちょっと知りたい気持ちもあったけれど、奈央さんが悶絶するかもしれないのでそのことについて訊くのは止めておこう。
「なるほどね。こっちは隼人が夕食から戻ってきてすぐに寒いって言って、冷房を弱めていたわ」
「そうですか」
そういえば、隼人さんと奈央さんは夕食後すぐに、テレビを観るために部屋に戻ったんだよな。だから、早いうちに寒く感じたというわけか。
「そういえば、お兄さんは起きているんですか?」
「ううん、ぐっすり。昨日、免許を取り立てなのにずっと運転してくれて、海やプールでもたくさん遊んだからね。ウォータースライダーにも付き合わせちゃったし。朝ご飯は午前10時までOKだから、ゆっくりと寝かせてあげたいなって。だから、私がこっちの部屋に居させてもらってもいいかな?」
「もちろんいいですよ。それに、2部屋を4人で使っていると思っていただいて構いませんから。気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ、お言葉に甘えて」
奈央さんが1501号室に入り、椅子に座ったところで、遥香がお手洗いから出てきた。
「遥香、お腹は大丈夫?」
「うん、何とか痛みは治まった。けど、まだ不安かも。あっ、奈央ちゃん、おはよう」
「おはよう、遥香ちゃん。朝ご飯は様子を見ながら食べた方がいいね」
「うん、そうだね。海やプールもちょっと考えた方がいいかも」
「そうだね。それで冷えたかもしれないし。とりあえず、クーラーは弱めておいたけれど、ベッドに入って体を温めたほうがいいよ」
「うん、そうする」
そう言うと、遥香はベッドに入って、頭だけ布団から顔を出すという状況。寂しいのか、私や奈央さんが座っている椅子の方に枕を動かし、私達の近くで布団から顔を出している。凄く可愛い。
「ごめんね、体調崩しちゃって」
「気にしないで。いつもと場所も違うし、環境も違うからね。それに、いつもよりたくさん食べたいと思うし、たくさん遊びたいとも思う。今回のことを教訓にして、楽しい旅行にするために気を付ければいいんだよ」
遥香の頭を撫でると、それまでちょっと悲しげだった彼女の顔にも笑みが戻った。このまま遥香のお腹の調子も良くなっていけばいいけれど。体を温めて、朝食を控え目にすればきっと大丈夫だろう。