第3話『美しい人』
お兄ちゃんの運転疲れもあって部屋に着いてから小一時間ほど経ってから、私達は海とプールで遊ぶことに。
部屋で水着に着替えることはせず、更衣室で水着に着替えてから海やプールへと向かうことになった。
「よし、じゃあ……着替え終わったら、プールの方へ行けるあの入り口のところで待つことにしよう」
お兄ちゃんが指さした先にはプールで遊んでいる人達の姿が。ウォータースライダーで楽しむ人達も見受けられる。奈央ちゃん、お兄ちゃんを連れて絶対に一度は滑りそうな気がする。
「じゃあ、また後でね、隼人」
「ああ」
そして、お兄ちゃんは男子更衣室の方へと姿を消していく。まだ疲れが残っているからかいつもよりも顔が白かったな。ちょっと気に掛けておくことにしよう。
私、絢ちゃん、奈央ちゃんは女子更衣室へと入る。
午後3時前というチェックインが始まってから1時間ほどしか経っていない時間だからなのか、女子更衣室の中には人はほとんどいなかった。
「遥香、あの子……」
「……絢ちゃんも? 私も見とれちゃった」
人がほとんどいないこともあってか、赤いセミロングの髪の女の子に思わず目を奪われてしまったのだ。私や絢ちゃんと同じように高校生かな。でも、黒いノースリーブのタートルネックを着ている姿が大人っぽく見える。
「何だか綺麗な女の子ね」
「綺麗ですけど、可愛いですよ、奈央さん」
「……綺麗で可愛い、が正解なんじゃないかな」
綺麗さと可愛さが上手く融合しているというか。まるで、天使のような。一言で言い表すと言えば、美しい人……かな。
「あの……私の体に何か付いていますか?」
私達が見ていることに気付いたのか、赤髪の女の子がそんなことを言ってきた。声も可愛らしいな。
「いえ、何でもありません。ただ、あまり人がいないなぁ……と」
「ふふっ、そうですか」
笑った姿も美しい。彼女みたいな人はきっと、恋人と一緒にこのホテルに泊まりに来ているんだろうな。
「さっ、絢ちゃん、奈央ちゃん。私達も着替えようよ」
いつまでも、赤髪の女の子のことを見ていては彼女に申し訳ないので、私達も水着に着替え始める。
しかし、一度目を奪われると、どうも赤髪の女の子のことが気になってしまう。時折、ちらっと彼女のことを見ると、スタイルのいい体が視界に入った。奈央ちゃんくらいに胸が大きいけれど、心なしか赤髪の子の方が体のラインが綺麗な気がする。
「……私と比べないでくれるかな、遥香ちゃん」
「ご、ごめんね」
奈央ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしている。赤髪の子の方は……良かった、私達がジロジロ見ていることには気付いていない。彼女は赤いビキニにパレオを付けているんだ。大人の雰囲気だなぁ。
そして、赤髪の女の子は着替えが終わったのか、更衣室を後にする。その途中、私達の横を通り過ぎたけど、
「……それでは、お先に」
そう言って軽く頭を下げると、私達に向かって優しい笑みを見せてくれた。多分、学校では誰かから絶対に天使って呼ばれているはずだよ。
「何だか天使みたいな女の子だったね、遥香」
「私も同じことを思ってたよ、絢ちゃん」
「……ただ、私にとっての一番の天使はここにいるけどね。あの子にも負けないくらいに可愛い天使が」
絢ちゃんはそう言うと、私の頭をポンポンと軽く触れてくれる。
「もぅ、絢ちゃんったら……誰かが聞いているかもしれないじゃない。こんなところで言われたら恥ずかしいよ。嬉しいけれど」
「ははっ、そうか。それなら、早く着替えて遥香の可愛らしい水着姿を見せてくれる? 下着姿も可愛いけど」
「……もぅ」
そんなことを言われたら、絢ちゃんのためにも高速で水着に着替えちゃうよ!
「おっ、瞬きしたら水着姿になってた!」
「大げさだよ。それで、どうかな? この水着……」
この旅行のために、ちょっとフリルが付いている白いビキニを買ってみた。お店で散々迷った結果、シンプルなこの水着にしたの。
お互いに、旅行のときに買った水着を初披露っていう約束だから、絢ちゃんが似合っているって言ってくれるかどうかドキドキしている。
「……遥香」
「う、うん……」
絢ちゃんは私の両肩をしっかりと掴んで、
「凄く似合ってるよ。本当に……可愛い」
爽やかな笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
「こんなにも可愛らしい水着を遥香が買ってきていたなんて。私も緊張しちゃうな」
そう言いながら、絢ちゃんは水着に着替えていく。絢ちゃんの水着は……黒いビキニか。ちょっと布の面積が小さめのように思えるけれど、セクシーさと格好良さが兼ね備えられている。絢ちゃんの魅力を更に引き出している。
「どうかな、遥香」
「凄く似合ってるよ。黒い水着だからか、大人って感じで……かっこかわいいね」
「ははっ、かっこよくて可愛いってことかな。遥香にそう言われると、この水着にして良かったって思えるよ」
絢ちゃん、とても嬉しそうだな。あの赤髪の子もスタイルがいいけれど、長身の絢ちゃんも結構スタイルはいいと思うけれどなぁ。
「2人とも似合ってるね。私も実はこの旅行のために新しい水着を買ったの」
そう言う奈央ちゃんは赤いビキニを着ていた。
「奈央ちゃん、よく似合ってるよ」
「大人な魅力が溢れているというか。これなら、お兄さんのことを悩殺できるんじゃないですか?」
「そ、そうかな?」
「ええ。こんなにも谷間があるんですから」
と、絢ちゃんは奈央ちゃんの谷間付近を指でツンとする。ちょっと厭らしいけれど、奈央ちゃんが羨ましい。
確かに、絢ちゃんに比べると奈央ちゃんの胸の谷間は凄いけれど、果たしてそれでお兄ちゃんが悩殺されるかどうか。奈央ちゃんに対しては全然発症していないけれど、最近まで女性恐怖症だったから。
「お兄さんに見せるためにも、早く行きましょうよ」
「えっ! う、うん……緊張するなぁ」
新しい水着姿を恋人に披露するのは誰でも緊張するか。
「奈央ちゃんの水着姿が可愛いのは私と絢ちゃんが保証するから安心して。さっ、行ってみようよ」
「そうだね」
女子更衣室を出ると、お兄ちゃん……水着姿の3人の女性達に絡まれていた。女性達の笑顔を見る限り、1人でいるお兄ちゃんに興味を持って話しかけたって感じかな。多分、女性恐怖症の症状は出ていなさそうだけれど、お兄ちゃんは苦笑いを見せている。
「お兄ちゃん!」
「あっ、遥香! 家族と一緒に来ていて面倒見なければいけないんで、ごめんなさい」
お兄ちゃんがそう言うと、3人の女性はプールの方へと向かっていった。
「……ふぅ、助かった」
「隼人、大丈夫? 体調とか」
「ああ、大丈夫だよ。ただ、彼女達の押しが強かったから、遥香達がいなかったらやばかったかもしれない。さっきまでは歳の近い男の子と一緒だったからまだ良かったけれど……付き合っている女の子と先に海の方へ行っちゃったからなぁ」
「もしかして、その女の子って髪の赤い女の子じゃなかった? 赤い水着を着ていて」
「ああ、そうだったよ。その子も女子更衣室から出てきたから、遥香達とは中で会っているのかな」
やっぱり、あの女の子……彼氏がいたんだね。勝手なイメージだけれど、その子の彼氏はとんでもないイケメンのような気がする。
「それよりも、お兄さん。奈央さんの今の姿を見てどう思いますか?」
「あ、絢ちゃん……」
話題が自分に振られた瞬間、奈央ちゃんは顔を真っ赤にする。
お兄ちゃんは水着姿の奈央ちゃんを舐めるように見る。
「……初めて見る水着姿だな。よく似合ってるよ」
「あ、ありがとう。これ、今回のために新しく買ったの」
「そうだったんだ。持病のせいで久しく海やプールに来ていなかったから、こうして奈央の水着姿を見るのはひさしぶりだけど……何というか、大人になったな」
お兄ちゃんは奈央ちゃんの頭を優しく撫でている。
「……あ、ありがとね」
奈央ちゃん、デレデレしている。お兄ちゃんを悩殺するどころか、お兄ちゃんに悩殺されてるよ。
「遥香も絢さんも似合ってるよ、可愛いね」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「この旅行のために新しく買ったんですよ、これ」
「絢さんもか。みんな買ったんだったら、俺も買っておけば良かったかな。これ、高校生の時から穿いてるんだよ」
お兄ちゃん、高校生になったときぐらいから全然体型が変わっていないもんね。
「まずは海とプール、どっちに行きたい?」
「海がいいな、隼人」
「私も海の気分です」
「私はどっちでもいいかな、お兄ちゃん」
「分かった。じゃあ、まずは海に行こう」
ということで、まずは海に行くことになった。あの女の子も今頃、彼氏さんと一緒に海やプールを楽しんでいるのかな。2人の姿をちらっと見てみたいな。そんなことを思いながら、海へと向かうのであった。