第1話『初めての旅行』
8月24日、土曜日。
今日から3泊4日で絢ちゃん、お兄ちゃん、奈央ちゃんと一緒にアクアサンシャインリゾートホテルというところへ旅行に行く。
本当だったら坂井家4人で旅行に行く予定だったけれど、お父さんがどうしても外せない仕事が前から入っていた。お父さんが行かないのであれば、とお母さんも行かないことに。そこで、お父さんのアイデアで絢ちゃんと奈央ちゃんの4人で行くことになった。2組のカップルが一緒に旅行だなんて、ダブルデートならぬダブル旅行だね。
奈央ちゃんとは幼なじみということもあって、何度か一緒に旅行へ行った経験があるけれど、絢ちゃんとは今回が初めての旅行。この旅行がとても楽しみで、楽しい旅行にしたくて絢ちゃんと一緒に頑張って夏休みの宿題を全て終わらせた。
そして、今日、8月24日を迎えて、念願の旅行がスタートした。免許を取得して間もないお兄ちゃんの運転でホテルに向かっている。ノンストップで行けば、私の家から高速を使って3時間ちょっとで到着する。
ただ、実際には、高速道路の大きめのサービスエリアでご当地グルメを堪能したので、出発してから数時間くらい経っている。
「さっきのラーメン、美味しかったね、遥香」
「うん、そうだね」
後部座席に私と絢ちゃんが隣同士に座っているので、前方の景色よりも絢ちゃんの後ろに広がっている景色を見ている方が多い。いや、一番多く観ているのは景色じゃなくてワイシャツ姿の絢ちゃんなんだけどね。
「どうしたの、遥香。そんなにニヤニヤしちゃって」
「えっ? 私、顔に出てた? 恥ずかしいなぁ」
「……もっとニヤけてるよ」
そう言って、絢ちゃんはいつもの爽やかな笑みを浮かべている。もう、そんな笑顔を見せられたらどんどんニヤけていっちゃうよ。
「だって、絢ちゃんと初めての旅行なんだもん。楽しみで仕方ないよ」
お互いの家に行って泊まったことはある。その時には2人きりで色々なことをした。それでも、旅行というのは心が躍って。しかも、初めての旅行は今回しかないから、凄く特別なもので。だから、楽しくて素敵な思い出にしたいと思っている。
「……私も、この旅行が凄く楽しみだったよ。だから、普段はこのくらいの時期から焦って何とか終わらせていた夏休みの宿題も、昨日までに全て終わらせることができた。遥香がいなかったら、こうはならなかったんじゃないかな……」
ありがとね、と絢ちゃんは私の頭を優しく撫でてくれる。この旅行の思い出、また1つ増えちゃったみたい。
「ねえ、隼人も絢ちゃんみたいに頭を撫でてよ」
助手席に乗っている奈央ちゃんが運転中のお兄ちゃんにそんなお願いを。
「……運転中だからなぁ。今は高速だから、一般道みたいに赤信号にぶつかったら……ってことはないし。この先、渋滞があるっていう情報もないそうだ」
「ううっ……」
奈央ちゃんに同情するけれど、高速を走っている今は運転しているお兄ちゃんに頭を撫でてもらうのは無理じゃないかなぁ。
「じゃあ、奈央がホテルまで運転してくれるなら頭を撫でるよ。ただ、5kmくらい先のパーキングエリアに着いてからだけれど。そこからなら、あと30分くらいで着くんじゃないか?」
「……高速道路を運転するの怖い。駐車苦手」
奈央ちゃんの声の高さがいつもよりもだいぶ低い。
「急に元気がなくなったな。でも、高速はスピードを出すけど、歩行者や自転車がいないから一般道よりも気が楽じゃない? 駐車が苦手なのは……じゃあ、ホテルが見えたところで俺と交代してもいいから」
「ホテルが見えたら、ってきっとそこはもう一般道ってことでしょ? 一般道は歩行者や自転車がいて怖い」
「……そっか。よく、免許が取れたなぁ」
「だって、その時は教官や一緒に教習を受けている子がいたもん」
「なるほど。俺が逐一助言してもダメか?」
「……隼人は運転が上手だと思うけれど、まだ頼りにはならない」
「お互いに免許取ってまだ日にちも経ってないもんな」
ははっ、とお兄ちゃんは笑っている。
車の運転は……最悪、人の命を殺める事態にもなりかねないもんね。運転技術だったり、知識だったり、それが一定の水準に達していると認められたから免許を取得できたんだろうけど、それでも怖いものは怖いよね。
「分かったよ、ホテルまで俺が運転するから安心しろ。あと、頭を撫でてほしいんだったら、俺が撫でやすいようにちょっと頭をこっちに出してくれないか」
「……うん!」
そう言うと、奈央ちゃんはすぐにお兄ちゃんに頭を差し出す。まるで……飼い主のことが大好きな犬みたい。
「はい、よしよし」
「ふふっ」
奈央ちゃんの後ろ姿しか見えないけれど、きっと、とても嬉しい表情をしているんだろうなぁ。
すると、気付けば絢ちゃんも私の方に頭を傾けてくる。
「……わ、私もしてほしいなぁ。遥香」
もう、絢ちゃんったら。奈央ちゃんに影響されて頭を撫でてほしいなんて。可愛い!
「絢ちゃん、昨日までに宿題を終わらせることができて偉いね。あと、インターハイ3冠は立派だったよ、おめでとう」
「……うん!」
甘えた声で返事をしてくるところも可愛い。普段がかっこいいだけに、こういう可愛いところのギャップにキュンときてしまう。そんなことが数え切れないほどに。
「お兄ちゃん、あとどのくらいで着くんだっけ?」
「渋滞がなければ30分くらいで着くと思う。チェックインができるようになる2時過ぎに着くんじゃないかな」
「そっか」
今は午後1時半過ぎだから、確かにホテルへ着く頃にはチェックインできる時間帯になっているか。
「早めに到着してホテルの部屋でゆっくりするのもいいし、プールや海とか遊泳施設も充実しているから、たくさん遊ぶのもいいかもな」
「そうだね。どうしよっか、絢ちゃん」
「海やプールで遊ぶのもいいけれど、結構いいホテルらしいから、ホテルの中を探検してみるのもいいかもしれないね。ちょっと調べたんだけれど、ホテルの近くに、美味しい甘味処があるみたいだから、そこに行ってみるのもありかも」
絢ちゃんにそう言われると、色々としたいことが湧き上がってくる。この4日間、どんな風に過ごすのだろう。ただ、よほどのことがない限りは、楽しい4日間になるのは間違いないと思う。
ただただ楽しみで、絢ちゃんの手をぎゅっと握るのであった。