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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 7-ナツノカオリ-
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第29話『実は私も』

 昨日と同じように、400mリレーで優勝したことでマスコミの対応に追われ、ようやく自由になれたときには夕方になっていた。


「絢、ちょっと付き合ってくれないか」


 天羽女子のメンバーが泊まっている宿に戻ろうとしたとき、黒崎先輩に声を掛けられる。


「どこに行くんです?」

「……八神高校のメンバーが泊まっている宿だよ」

「そうですか。……もしかして、草薙さんのことですか?」


 会場となっているトラックから去るとき、草薙さんはとても悔しそうに泣いていた。それから彼女の姿は見ていない。


「まあ、な。それに……告白しようと思っているんだ。だから、恋愛マスターの絢についていてほしいんだ」


 真面目な顔をしてそう言われるので、黒崎先輩がとても真剣に草薙さんのことを考えていることが伝わってくる。しかし、私のことを恋愛マスターと言ってほしくないんだけれど。恥ずかしい。自分でそう称してないから尚更。


「なあ、いいだろ? 恩田さんの告白も見届けたんだろう? 恋愛マスター!」

「……分かりましたから、恋愛マスターと呼ぶのは止めてください」


 まったく、いつから先輩の中で私が恋愛マスターになったんだか。合宿では恋愛の先輩って言っていなかったっけ?

 私は黒崎先輩と一緒に八神高校の泊まっている宿に向かう。

 入り口の近くの休憩所で休んでいた八神高校の生徒に訊いてみると、400mリレーに出場したメンバーはつい先ほど宿に戻ったとのこと。草薙さんを呼んできましょうか、と言われたので私達はそのご厚意に甘えることに。


「緊張してきたな……決勝のレースのときよりも緊張してるぞ。こんな感じなのか、告白する前って」

「想いを伝えるっていうのは結構勇気のいることですからね。あと、意外と先輩って緊張するタイプなんですね」

「何だよ、馬鹿にしているのか? 私にだって緊張するときはあるんだよ」


 黒崎先輩は頬を赤くして視線をちらつかせている。いつもはクールで表情もあまり変えないからか、今の先輩がとても可愛らしく見える。


「……悠ちゃん」

「果歩……」


 1人でここにやってきた草薙さんの目元はとても赤かった。レース後、相当泣いたことが伺える。


「ごめんね。悠ちゃん。レースが終わった後から今まで話すことができなくて」

「いや、別にいいんだよ。気にしないで」

「……うん。あと、優勝おめでとう。悠ちゃん、原田さん」


 彼女らしい優しい笑顔で私に称賛の言葉を贈ってくれる。

 さあ、さっそく告白するんですよ、黒崎先輩。肘で先輩の脇腹をつっつく。


「お、おい――」

「今年はどうしても優勝したかったんだ」

「えっ?」

「……去年の今頃には自覚できなかった想いがあって。だから、今年のインターハイの悠ちゃんが出場する400mリレーで優勝したら、悠ちゃんに想いを伝えようと思っていたんだ。でも、優勝できなかった。だから、会場であんなに泣いちゃったんだ」


 草薙さんには黒崎先輩に伝えたい想いがあるようだ。優勝したら伝えたい想いというのは何なのだろうか。予想はだいたい付いているけど。


「でも、ここに戻ってきて、1人になってよく考えて。優勝できたからとか、そういう理由じゃなくて、伝えたい想いはちゃんと自分から動いて伝えなきゃいけないって思ったの」

「果歩、も、もしかして……」


 どうやら、黒崎先輩にも草薙さんの伝えたい想いがどんなことなのかが気付いたらしく……頬だけにあった赤みが顔全体に広がっていった。


「私は悠ちゃんのことが好きです。……私と付き合ってください」


 そう言うと、草薙さんは黒崎先輩にキスをする。こ、こんなに近くでキスシーンを見てしまうとは。でも、私と遥香も主に2人きりのときにキスばっかりしてるんだよな。


「……ダメ、かな?」


 草薙さんの目は潤んでいる。

 すると、黒崎先輩はゆっくりと首を横に振る。そして、草薙さんにキスをした。


「……これが果歩の告白に対する私の返事だよ、果歩。私も果歩のことが好きだ。それを伝えるためにここへ来たんだけど、まさか果歩に先を越されちゃうとは思わなかったなぁ……」


 そう言って、黒崎先輩ははにかんだ。

 草薙さんは黒崎先輩と恋人同士になれたことがこの上なく嬉しいからか、たくさんの涙を流しながらも笑顔を見せる。


「……ありがとう、悠ちゃん」

「中学のときからずっと好きだったんだけれど、果歩と一緒にいたら陸上が疎かになってしまうかもしれない。だから、果歩が八神高校に進学するって決意したときに、私は天羽女子に進学するって決めたんだ。けれど、絢とか恩田さんを見ていると、果たしてこの選択が正解だったのか、果歩と一緒の高校に行けば良かったのか……今でも分からないよ」


 黒崎先輩が本音を打ち明けると、草薙さんはふふっ、と笑った。


「分からなくてもいいんじゃないかな」

「えっ……」

「でも、今の悠ちゃんはこれまでの中で一番楽しそうに陸上をやっているように見えるよ。そこにいる原田さんのおかげなのかもね。何だか悔しいな。……私も、思い返せば悠ちゃんのことが中学の時から好きだったんだなぁ。天羽女子に進学するって悠ちゃんから言われたときはとても寂しかったから」

「……そうか」


 寂しかった、か。私も遥香と急に離れなければならないことになったら、とても寂しく思うんだろうな。5日間の合宿でさえも寂しかったもん。


「でもさ、一緒の高校には行かなかったけれど、一緒の大学に進学するとか一緒に……住んでみるとか。中学を卒業してから今までなかなか一緒にいられなかった時間を取り戻すことは、これからいくらでもできるんじゃないかな?」

「……そう、だな」


 さてと、ここにいても2人の邪魔になりかねないので、私はそっと立ち去ることにしましょうか。


「絢」

「な、なんでしょう!?」

「そういうことで果歩と私は付き合うことになった。今まで……その、色々と言ってしまってすまなかったな。坂井さんっていう恋人がいて羨ましいとか妬ましいとか」

「気にしないでください」


 草薙さんのことが好きだってことが分かってからは、全ては遥香という恋人がいるのに陸上もやっている私が羨ましいんだって勝手に解釈していたんで。先輩に嫌悪感を抱いたということはない。


「あっ、そうだ」


 すると、黒崎先輩は私の耳元で、


「これからも色々と教えてくれよ。例えば、その……キスより先の上手いやり方とか。恋愛マスター」


 今までの態度で私が気を損ねていると思っているのだろうか。恋愛マスターと呼ばないで、って言ったばかりなのに。まったく。


「そんなことを私に訊くなんて、草薙さんと別々の高校に進学して正解だったんじゃないですか? あと恋愛マスターと呼ばないでください」

「本当にごめん!」


 黒崎先輩からここまで本気に謝られると……ちょっと切なくなってしまうのは何故だろう。


「そういえば、原田さんはどうしてここにいるの?」

「えっと……んんんっ!」

「リレーに出たメンバーの代表として一緒に来てもらったんだよ。な? 絢」


 草薙さんに告白をするから側にいて欲しい、と言おうとしたんだけれど、それを彼女に知られると恥ずかしいのか。


「……そういうことです」


 しょうがない、ここは黒崎先輩のためだ。本当のことは伏せておこう。きっと、草薙さんも大体の予想はついているんだろうけれど。

 何はともあれ、2日連続で私の周りで新しいカップルが誕生するという結果になったのであった。

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