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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 7-ナツノカオリ-
145/226

第28話『インターハイ-4×100m-』

 8月1日、木曜日。

 今日は400mリレーが行なわれる。4人1チームの学校対抗戦だ。

 私は補欠のメンバーとして登録されていたけど、参加選手として登録されていた1人が今朝になって急病となってしまったため、私が正式な選手としてレースに参加することになった。


「すまないね、絢。急なことで」

「いえいえ、合宿でもたくさん練習しましたし。むしろ、試合が始まってから参加することが決まっても良かったくらいですよ」


 チームのためになるなら何でもするつもりだった。それに、個人的にはインターハイという場でより多くのレースに参加できることが嬉しいのだ。


「そう言ってくれるとこっちが嬉しくなるよ。絢は第3走者ね。覚えておいて」

「分かりました」


 第3走者ということは……バトンをアンカーの黒崎先輩に渡すのか。


「先輩、バトンパスの確認しておきましょう」

「そうだな。今のうちにパスの感覚を思い出しておこう」


 リレーにおいて重要となるバトンパス。前の走者から受け取ったバトンをちゃんと黒崎先輩に渡せるよう、タイミングを念入りに確認する。


「よし、いいね。本番でもその調子でやっていこう」

「分かりました」


 そして、私の前に走るメンバーともバトンパスの確認を行なった。こっちでは受け取る立場であるけれど、順調にできた。

 会場に向かうと、そこには八神高校のリレーメンバーがいた。その中に走者として参加する草薙さんがいるのは分かるけれど、何故か恩田さんの姿もあった。


「恩田さん! どうしてここにいるの?」

「原田さんこそ。あたしは補欠だったんだけど、走者の1人が練習中に足をくじいて参加できなくなったから急遽、正式メンバーとして参加するのよ」

「そうだったんだ! 私も出場することになったんだよ。こっちはメンバーの1人が急病になったから」

「そうなの……」


 まさか、恩田さんも400mリレーに出場することになるなんて。これも何かの運命なのだろうか。


「原田さんは何番目に走るの? あたしは第2走者なんだけれど」

「私は第3走者」

「そっか。一緒に走れないのは残念だけど、今回はチーム戦だものね」

「うん。今日はチームのために走るつもりだよ」


 恩田さんは第2走者か。同じところだと下手に彼女を意識してしまうかもしれないから、順番が別だったことは個人的に良かった。


「アンカーは悠ちゃんなの?」

「ああ、私だよ。そっちのアンカーはやっぱり果歩なのか?」

「……うん」

「今年は負けないからな」

「どうかしらね。2連覇目指して頑張るわ」


 そう、去年の優勝校は八神高校で、天羽女子高校は準優勝だった。そのこともあって、400mリレーは八神が2連覇するのか、天羽女子が優勝するのか注目が集まっている。昨日の100mで優勝・準優勝した私と恩田さんが、急遽参加することになったことも注目される一因に。

 400mリレーは100mと同じように、予選、準決勝、決勝が行なわれる。

 まずは予選。全8組で各組の上位2校とそれ以外の高校の中でタイムの上位8校が準決勝に進出できる。うちは第2組、八神は第6組で走ることに。

 まずは第2組。

 天羽女子は終始安定した走りをして、この組の第1位となって準決勝に進出が決定した。私もちゃんとバトンパスが上手くいった。タイムは45.95で、昨年決勝並みの結果だったためにどよめきが。

 次に第6組。

 八神もさすがは昨年の優勝校だけあって、他の高校を圧倒して第1位でゴールをし、準決勝に進出した。それは予想通りだったんだけど、驚きだったのはタイム。45.70とこれまでのチームの中で最速のタイムを叩き出した。


「さすがは八神って感じだね。元々、バトンパスが上手くて上位だったけれど、補欠で入った恩田さんがとても足の速い子だからさらに伸びた感じだ」

「なるほど。0.25の差ですか。うちの方もバトンパスを改良してタイムを縮めることはできませんかね」

「……そうだね。ちょっと変えてみよう。あと、絢も思いっきり走っていいから」

「はい」


 リレーが不慣れであることや、他の選手の走力を考えてしまい、100mのときのように全速力で走ることができなかった。

 私達は走り出すタイミングなどを話し合って、準決勝ではこれまでとは少し違うタイミングでレースに挑むことに。

 そんなことを話していると、全ての予選が終わり、準決勝の組み合わせが発表される。天羽女子は第3組で、八神高校は第1組のレースで走る。



 準決勝は全3組で、各組の上位2校と、それ以外の高校の中でタイムが上位の2校が決勝に進出する。

 まずは第1組。

 八神高校は準決勝でも安定した走り、バトンパスを展開して第1位で決勝に進出することが決定した。タイムは予選の疲れもあってか、予選よりも落ちて45.85。これでも昨年の決勝でトップクラスの成績。さすがだ。

 そして、第3組。

 次の選手が走り出すタイミングを変えたり、予選よりも力を出して走ることができたりしたので、天羽女子は予選よりもタイムを縮めて第1位でゴールをすることができた。タイムは45.70。八神高校が予選の時に出したタイムよりもいい。


「作戦成功だね。絢も予選よりいい走りができている。この調子で決勝戦も走って」

「はい!」

「向こうもこっちがタイムを上げてきたから、きっと焦っているはずだ。でも、今の私達なら絶対に八神に勝つことができるはずだ。みんな、準決勝と同じようにいい走りを、そして楽しい走りをしよう!」

『おー!』


 天羽女子メンバーは円陣を組んで一致団結。準決勝の勢いをそのままに、いや……さらに加速させた状態で決勝に臨みたい。



 そして、運命の決勝戦。

 ここにきて、初めて八神高校との直接対決が実現する。タイム的に、警戒すべき相手は八神高校だけ。準決勝のタイムは落ちたけれど、私達が準決勝でタイムを大幅に上げてきたことで、どこか調整をかけるかもしれない。準決勝で良いタイムを出せたからといって、決して油断してはいけない状況だ。

 グラウンドに出て、メンバーと早々に別れて、私は第3走者のスタート位置に向かう。前方には黒崎先輩や草薙さん、後方には恩田さんの姿が見える。

 ――バンッ!

 スタートの号砲が鳴り、学校対抗なこともあってか会場は早くも盛り上がる。

 第1走者の時点では他の高校との差はなく、横一線という感じだ。同じくらいのタイミングでバトンパスを行なう。

 そして、第2走者。やはり、ここで恩田さんが頭角を現す。

 うちの第2走者が迫ってきたところで、私は勢いよく走り出す。


「原田さん! はい!」


 合宿で何度も練習してきたアンダーハンドパスでバトンを受け取る。この時、既に八神高校のバトンパスが終了していたのが分かった。

 ここで挽回しないといけない。最低、八神と同じタイミングでバトンを渡せるようにしないと。私は黒崎先輩に向かって夢中で走った。

 私の足の速さを信頼してくれているためか、黒崎先輩は予選よりも大分早いタイミングで走り出す。


「先輩! はい!」


 少しも速度を落とすことなく、黒崎先輩にバトンパスを行なった。八神高校よりも速くバトンパスをできたはずだ。


「任せろ!」


 黒崎先輩はゴールに向かって走って行く。

 しかし、八神のアンカーである草薙さんも負けていない。黒崎先輩と同じくらいの位置で走っているように見える。

 そして、黒崎先輩と草薙さんはほぼ同時でゴールする。

 昨日の100mと同じだ。どっちが優勝したのかがすぐには分からない。


「黒崎先輩!」


 私は走り終えた黒崎先輩のところへと向かう。


「……正直、果歩と私のどっちが速かったのか分からない。絢にバトンを渡されてから、ずっと真横に果歩がいたから」

「そうですか……」

「……でも、みんな最高の走りとバトンパスだった」


 私が見ていた感じだと、天羽女子と八神がほぼ同着。この2校のどちらかが優勝したことは間違いないけれど、どっちが優勝しているかは本当に分からない。優勝校のタイムが45.66というタイムであることだけが分かっている。

 そして――。


『1位 天羽女子 45.66

 2位 八神   45.69』


 電光掲示板にはそう表示されていた。天羽女子が1位で、八神が2位であると!


『やったああっ!』


 天羽女子のメンバーは一斉にそう叫んで、互いに抱きしめ合った。


「やった。やったよ……!」


 そう言う黒崎先輩の目には涙。そして、こんなにも晴れやかに笑っている黒崎先輩を見るのは初めてだった。去年、八神の前に準優勝という悔しさを味わったからこその今の笑みなんだろう。


「みんながいなかったら、きっと勝てなかった。絢もよく、急に出たのにいい走りをしてくれたね」

「……みなさんのおかげです。合宿での練習もありましたから」


 すると、黒崎先輩は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、


「本当に絢はかっこいい奴だなぁ。間違いなく、うちのトラック競技の次のエースはお前だよ」


 エースか。高校初めての夏だから、そういうことは全然意識していなかったけれど……今後もいい走りをみんなに見せることができるように頑張ろう。


「……200mも頑張りますね」


 でも、まずは明日の200mを優勝することだ。3冠を狙いたい。


「果歩も凄かっ……あれ? 八神のメンバーがいない」

「あっ、あそこにいますよ」


 私が指さした先にいたのは、グラウンドを去ろうとする八神のメンバーだった。草薙さんは涙を流しており、それを恩田さんが慰めているようにも見えた。


「……向こうが落ち着いたら、果歩と話すか」


 その言葉を口にしたときの、黒崎先輩の穏やかな笑顔がとても印象的なのであった。

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