第27話『永遠に近くに』
優勝した私、準優勝した恩田さんにマスコミが続々とインタビューをしてきた。その対応に追われたので、自由になったのは夕方になってからだった。顧問の先生に許可をもらって、恩田さんと一緒に遥香と沙良さんが泊まっているホテルへと向かう。
ロビーの横にある休憩スペースで遥香に会うと、遥香はすぐに私の方へ駈け寄ってきて、
「絢ちゃん! 優勝おめでとう!」
ぎゅっ、と私のことを抱きしめてきた。
「ありがとう、遥香」
私も遥香のことを抱きしめる。遥香の温もりや匂いを感じると、今日の疲れが一気に抜けていく。
「本当に遥香と原田さんはラブラブなのね」
やれやれ、と言った感じで恩田さんは私達のことを見て笑っている。
「真紀ちゃん、準優勝おめでとう」
「……ありがとう、沙良。200mでは優勝できるように頑張るわ」
「うん。応援するね」
沙良さんが笑顔でそう言うものの、恩田さんは準優勝の悔しさもあるのか沙良さんのことをちらっと見る程度だ。
その後、お互いに何も離さない時間が続いて、
「……あのさ、沙良」
真剣な表情で恩田さんが沙良さんの名前を口にする。
「うん、何かな?」
「ちょっと早いんだけどさ、あたしの気持ちを聞いてくれないかな」
「……うん」
沙良さんは頬をほんのりと赤くする。
いよいよ……恩田さんが自分の本音を沙良さんに伝えるのか。私達がこんなに近くにいていいのだろうか。
恩田さんは沙良さんの手をぎゅっと掴む。
「あ、あのね……沙良」
「うん」
「あ、あたし……沙良のことが、す、す、す……」
す、まで言えているのにあと1文字がなかなか言えないようだ。あんなに強気な恩田さんも沙良さんにいざ告白しようとなると、本当に恋する女の子なんだな、と思う。その証拠に恩田さんの顔は真っ赤っか。
「……す?」
あまりにも「好き」という言葉が出ないことを見かねたのか、沙良さんは問いかけるようにして恩田さんに助け船を出す。
「……す、きです……」
今、小さな声で恩田さんが「好きです」って言ったように聞こえたんだけれど、それは気のせいだろうか。もし、本当にそうだとしたら、それが沙良さんに届いているのか――。
「もっと大きな声で言ってくれないと分からないよ」
「えっ、そ、そうなの……? 頑張って言ったのに……」
どうやら、好きだと言ったのに沙良さんには聞こえなかったようだ。もしくは、聞こえたけれどもっとはっきりと言ってほしいのか。
さあ、恩田さん。もう一度、沙良さんに想いを伝えるんだ!
「……あ、あううっ……」
恩田さんは涙目で私達の方を見てきた。まさか、さっきの告白で勇気を使い果たしてしまったのだろうか。私達に助けを求めているように見える。
「恩田さん、頑張って」
「頑張って、真紀ちゃん!」
私達が出ていい場面なのか分からないけれど、恩田さんに向けてエールを送る。気付かれないように遠くから見守っていたことはあったけれど、こうして本人達の目の前に立って、しかも告白のエールを送るなんて初めてだ。
「……よし」
覚悟を決めたのか、恩田さんは再び沙良さんと向き合う。
「すー、はー、すー、はー」
気持ちを落ち着かせているからか、恩田さんは何度も深呼吸をしている。
「沙良のことが好きです。あたしと付き合ってください!」
誰もが待っていたその言葉が、ようやく恩田さんから聞くことができた。それはとてもはっきりとした声で。
「……はい。よろしくお願いします」
「ありがとう、沙良」
沙良さんに感謝の気持ちを伝えると、告白できたことの達成感なのか、沙良さんと恋人同士になれた嬉しさなのか……恩田さんの眼からは涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「よく頑張ったね、真紀ちゃん」
「……緊張し過ぎて死ぬかと思った……」
「……実は最初に好きだっていう言葉も聞こえたんだけど、もっとはっきりと言ってほしかったの。ごめんね」
「……もう! 本当にもう!」
そう言うと、恩田さんは沙良さんのことを抱きしめて、彼女の胸に顔を埋めた。
これで、恩田さんは沙良さんと付き合うというゴールに辿り着くことができたわけだ。とても長い回り道をして。そして、これからは沙良さんと一緒に二人三脚で遥かに長い道を歩いて行くのだと思う。
「おめでとう、恩田さん、沙良さん」
「真紀ちゃんの告白を見てたら、私までドキドキしちゃったよ。絢ちゃんから告白されたことを思い出すよ」
遥香は私の手をギュッと握る。私の方から告白したんだよなぁ。今とは違って、観覧車の中で遙かと2人きりだったけど。遥香はあの時の私を重ねて、恩田さんの告白を見ていたのだろうか。
「……本当に、あ、ありがとう……」
泣いていることで、恩田さんの表情も崩れてしまっているけど……それだけ、沙良さんに告白できたことが嬉しいんだろう。
「ほらほら、真紀ちゃん。これ以上泣いていると、200mで優勝したときに泣けなくなっちゃうよ」
「……だって、沙良と付き合えることはインターハイで優勝することと同じくらい……ううん、それ以上に嬉しいんだもん……」
「……もう。恋人だけじゃなくてお姉ちゃんとしても真紀ちゃんを守っていかないといけないね」
沙良さんは優しい笑みを浮かべながら、恩田さんの頭を優しく撫でた。この様子なら2人で何とかやっていけるだろう。