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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 7-ナツノカオリ-
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第25話『ふたり』

 真紀ちゃんの気持ちが落ち着いたところで、彼女と一緒に廊下に出る。廊下には絢ちゃんと沙良ちゃんが待っていてくれていた。こんなにも暑いのに、今まで待っていてくれたんだ。2人の顔は汗ばんでいる。


「恩田さん。体の調子はどうかな」

「……だいぶ治ったわ。あと、その……合宿の時は色々とごめんなさい。その……遥香のことを奪い取るようなことはしないし、その……インターハイでは全力で戦いましょう」


 気恥ずかしいからなのか、真紀ちゃんは頬を赤くして、絢ちゃんのことをチラチラと見ながらそう言った。


「そっか、分かった。私も全力で戦うよ」

「……ありがとう。あと、彩葉にも謝らないと……」



 彩葉っていう子は、高校のお友達なのかな。陸上の合宿に参加していたのかも。

「真紀ちゃん、今から謝りに行くの?」

「……まあ、とりあえず電話で謝るわ。明日、ミーティングがあるからその時にも謝ろうと思っているわ」

「そっか。仲直りできるといいね」


 沙良ちゃんは優しげな笑みを浮かべながらそう言った。


「あと、さ……沙良」

「うん? どうしたの?」

「……インターハイが終わったらさ、その……あたしの気持ちをちゃんと伝えたいと思っているから、それまで待っていてくれる? インターハイさえなかったら、今でもいいのかもしれないけど」


 どうやら、まずはインターハイに集中したいようだ。それに、今すぐに告白するにしても勇気がまだ持つことができないのかもしれない。

 ただ、真紀ちゃんの本音を知っている私には、今の言葉は実質的な告白なのは分かっている。それを沙良ちゃんも真紀ちゃんの気持ちを察したのか、嬉しそうに笑って、真紀ちゃんの手を握る。


「うん、待ってるね」

「……あたし以外の誰かのところに行かないでよね」

「行かないよ」


 もう、告白しているのと一緒な気がするけど。


「あー、ますます暑くなってきちゃったね。絢ちゃん」

「そうだねぇ、私達はそろそろ帰ろうか。2人の邪魔をしちゃ悪いし」

「邪魔じゃないけれど……まあ、インターハイが終わったら、小学生の時みたいに沙良と一緒に遥香の家に行くわ」

「うん、待ってるね」


 そのときは沙良ちゃんと真紀ちゃんが恋人同士になっていることを祈りつつ、私は絢ちゃんと一緒に家を後にした。


「良かった、恩田さんも元気になって」

「そうだね。これでインターハイも楽しみになったんじゃない?」

「うん。合宿で一緒に練習しているとき、凄くインターハイが楽しみになったんだよ。100mと200mの両方に出場するから、どっちも恩田さんに勝った上で優勝したいな」


 絢ちゃん、インターハイで優勝するためには必ず恩田さんに勝たないといけないんだよ。たまにこういう天然な発言をするから絢ちゃんは可愛い。


「そういえば、真紀ちゃんが彩葉って言っていたんだけれど、その人って誰なの?」

「八神高校の陸上部の人だよ。私達と同学年で、彼女も恩田さんのことが好きだったんだよ。合宿中に告白したんだけど振られた。そのときに恩田さんが攻撃的な言葉を月岡さんにぶつけたから、彼女にも謝るって言っていたんだと思う」

「そんなことがあったんだ……」

「彼女は……恩田さんへの愛が凄い子でさ。一緒に練習していたから、恩田さんが私のことが好きになったら殺すとか言われて……」

「……絢ちゃん、陸上以外のことで色々なことがあったんだね」

 彩葉っていう女の子、俗に言うヤンデレさんなのかも。真紀ちゃんに振られたとき、相当ショックを受けたんだろうなぁ。

「ねえ、彩葉って子は大丈夫だよね? 変な行動は起こしてないよね?」

「振られたっていう事実を受け止めて、最終日の練習には参加してたよ。告白する前に比べたらもちろんあまり元気はなかったけれど……」

「そうなんだ。良かった……」


 好きな人への想いが発端で命を絶とうとした人を知っているから、彩葉さんのことが心配になった。けれど、大丈夫そうで良かった。


「月岡さんとも仲直りできると思うし、月岡さんならきっと恩田さんが沙良さんと付き合うことを受け入れることができると思うよ」

「そっか……」

「……さあ、これでお互いにインターハイに向けて集中できる。恩田さんが元気になったから本当にインターハイが楽しみになった」


 絢ちゃんは今からワクワクとした表情を浮かべている。おそらく、合宿で恩田さんという最良のライバルを得られたからだと思う。


「真紀ちゃんはきっと強いと思うよ。本気で走らないと負けちゃうかも。……まあ、それは絢ちゃんが一番分かっているよね」

「ああ、彼女はとても強い選手だ。全力で挑むつもりさ」


 やる気に満ちている絢ちゃんはとても頼もしい。


「……ところでさ、遥香。インターハイで全力を出せるように今夜……いいかな」

「そんな風に言わなくても……ね」


 もう、絢ちゃんったら。普通にしたいって言えばいいのに、何かと理由を付けて言ってくるんだから。付き合い始めたときよりも変態さんになっているような気がする。


「遥香と5日間も会えなくて寂しかったんだよ?」

「それ、昨日から何度も聞いている気がするよ」

「……遥香は寂しくなかったの?」

「私だって……寂しかったに決まってるよ。毎日電話をして声は聞けたけれど、絢ちゃんのことをこの眼で見て、触れて、温かさとか柔らかさとかを感じられないと……寂しさはどんどん溜まっていったよ」


 絢ちゃんの合宿をしている場所を聞いて実際に行きたくなったくらい。5日間も会えなかったことが今までなかったから、本当に寂しかった。


「だからさ、絢ちゃんがその……誘ってくれなかったら、私の方から誘ってた。絢ちゃんのことを感じたかったし、絢ちゃんに私を感じて欲しかったから」


 我が儘というか、本音というか。胸に抱いていたことを絢ちゃんに伝えると、絢ちゃんは急に立ち止まってキスをしてきた。


「……今夜は寝かせないよ」

「もうすぐでインターハイなんだからそれはダメだよ。明日だってインターハイ直前の練習があるんでしょ?」

「それはそれだけど、そこはうん、ってキスくらいしてくれても……」


 絢ちゃんは不満げに頬を膨らませる。しょうがないなぁ、もう。


「……インターハイが終わったら絢ちゃんを寝かせないよ」



 絢ちゃんにお返しのキスをする。これで絢ちゃん、納得してくれるかな。

「……約束だよ、遥香」


 すると、絢ちゃんは再度、キスをしてきた。2人きりだったら私の方からもキスするんだけれど、さすがに外ではもうこれ以上キスをする勇気が出ない。


「……絢ちゃんには恥ずかしさとかはないの?」

「周りに全然人がいなかったからね。遥香は恥ずかしい?」

「……当たり前だよ。それに、キスをするんだったら……2人きりのときがいいの」

「じゃあ、遥香に恥ずかしい想いをさせちゃったんだね。ごめんね、遥香」

「気にしないでいいよ。しちゃったものはしょうがないし。ただ、今後は……キスをするならなるべく2人きりのときがいい、ってだけで」

「分かった、気をつけるね」


 その気持ちの表れなのか、私と繋ぐ手の力が若干強くなった。

 インターハイの出場が決まり、八神高校との合同合宿に行ったことで、絢ちゃんという存在が遠くなりがちになっていたけれど、こうして手を繋いで一緒に歩いていると絢ちゃんは普通の女の子で、私の彼女なんだなって実感できる。

 今のように、いつまでも絢ちゃんと同じ速さで歩いていきたいな。そう思う夏の午後なのであった。

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