第13話『Girls Date ③-ジェットコースター-』
「じゃあ、どこから行こうか。たくさんあって迷っちゃうと思うけど」
「もう、さっそく迷ってるよ」
入場ゲートでもらったパンフレットには、シャンサインランド全体の地図と様々なアトラクションの簡単な説明が載っている。どれも楽しそうで、全てを廻ろうとすれば1日ではとても足りなそう。
「まずは絢ちゃんの行きたいところに行こうよ。ここに来られたのも、絢ちゃんがくれたフリーパス券のおかげなんだし」
「それを言うなら、私だって遥香がクッキーをくれたから一緒に来ているんだけどね。遥香はそれでいいの?」
「うん、いいよ。それに、本当は色々ありすぎて迷っているの。ちょっと考える時間も欲しいなって」
「なるほどね、分かった。私がどうしても行きたいアトラクションが幾つかあるから、まずはそこから行ってみてもいいかな?」
「いいよ」
ということで、まずは絢ちゃんの行きたいアトラクションに行くことに。私もどこに行きたいか考えておかないと。
「ちなみに、どこに行きたいの?」
「まずは、絶叫マシンかな。その中でも遊園地の王道とも言えるジェットコースター」
「い、いきなり乗っちゃう?」
「これに乗らなきゃ始まらないよ」
心なしか、絢ちゃんが何時になく興奮しているように見える。この言い方だと絢ちゃんは根っからの絶叫マシンファンだな。
「絶叫系は苦手だったりする?」
「ううん、大丈夫だよ。じゃあ、ジェットコースターに乗ろうか」
「決まりだね」
いきなりジェットコースターに乗るのはハードな気がするけど、絶叫マシン系の乗り物は嫌いではないのでたぶん大丈夫だと思う。
私達はさっそく絶叫マシンのアトラクション『シオハマシーサイドコースター』のある場所まで向かう。
「混んでるね、遥香」
絢ちゃんがそう言うのも、シオハマシーサイドコースターの入り口前には長蛇の待機列が既にできていたからだ。今から並ぶと50分待ちらしい。
「どうする? 並ぶ?」
「うん、50分待ちなら大丈夫だよ。私、待つのは全然苦じゃないし。それに、パンフレットによると一番人気のアトラクションらしいから、50分待てばいいならそれは結構ラッキーなのかもよ?」
「……そう言われると50分も短いかもね。じゃあ、並ぼうか」
私達は待機列の最後尾に並んだ。
パンフレットによるとシオハマシーサイドコースターは、海上に飛び出したコースが他の遊園地の絶叫マシンにはなかなかない最大の魅力らしい。
そういえば、お兄ちゃんって絶叫マシン系のアトラクションが苦手だったっけ。家族で行っても、お兄ちゃんだけは下で待っているってこともあったな。
「どうしたの、遥香。急に笑ったりして」
「いや、お兄ちゃんって絶叫マシンが駄目だったなって」
「遥香のお兄さん、か。ICカードの話で出ていたね。どんな人なの?」
「お兄ちゃん? 妹の私でも認めるイケメンで、頭も良くて優しくて……」
「完璧なお兄さんだね。是非、一度会ってみたいな」
「それは……多分無理だと思う」
「ど、どうして?」
「お兄ちゃん、女性恐怖症なんだ。本人曰く、昔よりはまだマシになったらしいけど、私が見る限り家族と幼なじみの女の子以外は全くダメで」
それさえなければ、今頃お兄ちゃんはどうなっていたことか。大学生になったから女の子と遊びまくり、朝帰りなんて当たり前になっちゃうのかな。いや、奈央ちゃんが絶対にそんなことはさせないか。
絢ちゃんは私を見てクスッと笑った。
「そんなお兄さんでほっとしているってことは、お兄さんのことが好きなのかな?」
その質問に私はどきっ、としてしまった。
確かに絢ちゃんのことを相談したときにお兄ちゃん、凄く優しかったし……兄妹じゃなかったら絶対に結婚するとまで思っていた。けれど、
「……どうなんだろうね。でも、相談にも乗ってくれるし……彼女とかできて離れて欲しくないなとは思ってる。だから、ほっとしているんだと思う」
「遥香がそう言うくらいだから、素敵なお兄さんなんだろうね」
「お兄ちゃんに興味があるの?」
「遥香のお兄さんだし、遥香自身が絶賛しているからね」
絢ちゃんも女子だから、異性に興味を持つのは当たり前か。
普段はクールな絢ちゃんがお兄ちゃんを前にしてどんな反応をするのか、っていうのは結構興味があるな。いつか、私が絢ちゃんの彼女になったときには、お兄ちゃんと会わせることにしよう。
その後、意外にもお互いの兄弟の話で盛り上がって、あっという間に私達の順番まで来てしまった。
「ああ、緊張するなぁ……」
「乗っているときも手を繋いでいるから大丈夫だよ」
「……うん。絶対に離さないで」
何だか今のやりとり、恋人同士みたいでいいな。
アトラクションの中に入る前、たった今降りてきた人達が出てくるけど……すっきりとした人から凄く気分の悪そうな人まで色々いる。こういうところからも緊張感を招く。
私達はアトラクションの入口をくぐった。
係員に案内され、私達はマシンの先頭の席で隣同士に座った。1列に2人分の席しかないので、私と絢ちゃんが先頭になる。
「先頭に座れるなんていい順番で回ってきたね」
「そ、そうかなぁ……」
「だって、先頭なら先が見えるし……きっと綺麗な海の景色が観られると思うよ」
絢ちゃんはそう言うけど、正直、周りの景色を楽しむほどの余裕は私にはない。きっと、絶叫して目を瞑っちゃう気がする。
でも、ここまで楽しそうにしているということは……絢ちゃん、相当な絶叫マシンファンなんだと思う。一気に駆け抜ける短距離走の選手だからか、疾走感のあるものには目がないのかもしれない。
そんなことを思っている間に安全バーが下ろされる。
絢ちゃんが私の右手を今一度強く握り、私のことを見ながら頷く。絢ちゃんの顔を見てちょっとは安心するけれど、やっぱりもうすぐ発信する怖さの方が優に上回る。
でも、今から逃げ出すことはできないんだ。覚悟を決めなきゃ。
『それでは、発車します。シオハマシーサイドコースターをお楽しみください!』
というアナウンスと共に、マシンは前進し始めた。
最初は水平に進むものの、すぐにマシンは上へ登り始める。見えるのは雲一つない空だけ。
再び動き出したかと思ったら、水平になったところで再び静止する。絢ちゃんの言う通り正面には綺麗な海が見える。
「と、止まるなんて卑怯だよ……」
「一気に行ってくれた方が良いよね。大丈夫、私が手を握ってる――」
絢ちゃんが喋り終わらないうちにマシンは急降下し始めた!
「きゃあああっ!」
絶叫マシンの存在意義を守るかのように、私は絶叫しまくった。
途中、目を瞑ろうかと思ったけど、そうする暇さえないと感じさせるくらいに物凄いスピードでコースを駆け抜けていく。
お決まりの1回転の部分では下に落ちるんじゃないかという恐怖を抱き、このコース最大の特徴である海上コースの部分では、1回転のときに抱いた恐怖を上回る恐ろしさを抱いた。下に水しかないとどんどんと不安が増大していく。
私がこのように絶叫マシン本来の恐怖を味わい尽くしている中、絢ちゃんは物凄く楽しそうに笑っていた。
「うわああっ!」
と叫んではいるものの、これは絶叫マシンに乗っているときのお約束として叫んでいるようにしか思えない。今もなお、笑顔だし。
数分の間、ジェットコースターは暴走とも言えるスピードで走り続けた。
元の場所に戻ったときにはもう、意識が飛びそうになっていたのであった。