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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 7-ナツノカオリ-
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第18話『黒崎悠』

 ――果歩のことが好きなんだよ。

 その言葉を黒崎先輩から言われたとき、照れている彼女を初めて見た。


「果歩、って……草薙さんのことですよね」

「……ああ。多分、前に話したと思うけれど、彼女とは同じ中学で……一緒に陸上をやっていたんだよ」

「そう……でしたね。その繋がりがあって、今回の合宿ができているんですよね」

「ああ。もちろん、互いの部を高め合うことが目的だけれど、いつしか……私と果歩が互いにどれだけ成長できたのかを見せ合う場にもなっていたんだ」


 そういえば、今回の合宿よりも前に八神高校とは何度か一緒に合宿を行なったと言っていたな。その目的には黒崎先輩の個人的な理由もあったわけか。


「……あの、先輩の想い、草薙さんには伝えているんですか?」

「いや、一度も伝えたことはないさ。中学の時から好きだけれどね。けれど、果歩なら既に気付いているかもしれないな……」


 黒崎先輩はあまり感情を表に出すような人ではないから、草薙さんのことが好きだと聞いたときには驚いた。想像もできなかったから。けれど、中学生のときから一緒に陸上をやっていた草薙さんなら、黒崎先輩の想いに気付けるのかもしれない。


「草薙さんのことが好きなら、八神高校に進学することは考えなかったんですか? えっと、八神に受験して落ちてしまったのなら謝りますが……」

「あははっ、そんなこと気にしなくていいさ。絢ならきっと一緒の高校に進学しなかったのか訊くと思ったよ。進路を考える時期になったとき、果歩が先に八神高校を受験するって言ってきたんだ。八神も陸上の強豪校だからね。当然、私も八神高校の受験も選択肢の一つとして考えていた。けれど、実際には……八神高校には受験せず、天羽女子にスポーツ推薦で入学したんだ」

「どうしてですか? 天羽女子も強豪校だからですか?」


 私もスポーツ推薦で入学したんだ。天羽女子高校は陸上の強豪校で、そこからスポーツ推薦を打診されたので受験を決意した。もちろん、八神高校のことも知っていたけれど。黒崎先輩も同じような理由なのかな。


「……天羽女子が強豪校だから、というのは一つの理由かな。でも、一番は……果歩と一緒にいることで、陸上に向き合えなくなるかもしれないことが怖かったんだよ。だから、八神には進学せず、天羽女子高校に進学したんだ」

「そうだったんですか……」


 だから、黒崎先輩はさっき、今の恩田さんのようになるのが怖いと言ったんだ。人を好きになることで、陸上と向き合えなくなってしまうかもしれないから。


「ただ、こうして天羽女子に進学して陸上をすると、この選択が正しかったのかどうか分からなくなってくるよ。たまに、果歩のことを考えちゃうときもあるし、こうして恋人がいるのに頑張れている絢のような人間が目の前に現れるとね……」

「だから、私のことを羨ましくもあり、憎たらしくもあるんですね」

「……すまないね、そんなことを言っちゃって。ただ、絢のようになることができれば、どれだけ良かっただろうって思うよ」


 草薙さんのことは好きだけれど、草薙さんの側にいたら陸上が向き合えなくなる。当時の黒崎先輩はかなり悩んだと思う。恋愛を取るか、陸上を取るか……という感じで考えていたんだろう。


「確かに、黒崎先輩は陸上を取る……つまり、天羽女子に進学する道を選びましたけれど……今からだって草薙さんと付き合うことはできると思います。もちろん、草薙さんが他の誰かと付き合っていなければ、ですけど……」

「……絢ならそう言うと思ったよ」


 そう言って、黒崎先輩は乾いた声で笑う。


「お二人を見ていると、互いに信頼し合っているように見えて……私にはお似合いだと思えますけど」

「そういう風に見えているのか」

「黒崎先輩が草薙さんを上手く引っ張っているようにも見えました」


 きっと、中学のときにはこういう風にしていたんだろうな、と思ったほど。


「……まあ、昔、果歩から私達が結婚したら、私が旦那さんで自分が奥さんだねって言われたことはある」

「……それ、脈ありなんじゃないですか?」


 私が遥香にそんなことを言われたら絶対に、自分に気があるなって思ってしまう。私か遥香、どっちが旦那さんっていったら……私なんだろうなぁ。


「おい、今……自分と坂井さんだったらどうなんだろうって想像したんじゃないか?」

「バレました?」

「こういう話をしているんだ。絢の考えることくらいすぐに分かるさ」


 苦笑いをする黒崎先輩。


「それで、実際のところ……どうなんですか? 草薙さんは自分のことが好きなんじゃないか、って思える場面はあったんですか?」

「……どうなんだろうなぁ。あいつ、いつも笑顔だからなぁ」


 黒崎先輩、腕を組んで考え込んでしまった。思い当たる節が本当にないのか、それとも黒崎先輩が鈍感なのか。


「……でも、私は恩田さんと同じなんだろう。本当に好きな人に想いを伝えられずにいる。伝えることを……恐れている」

「草薙さんに好きだと伝えるつもりはないんですか?」

「……向こうから伝えてくれるといいのにな、って思うこともあるよ。でも、自分から動かないと前に進めないこともある。絢を見ていてそう思えるようになってきたよ」

「じゃあ、いずれは……」


 草薙さんに告白するつもりなのかな。


「……そのタイミングがいつになるのか分からない。インターハイが終わった後かもしれないし、高校を卒業した時かもしれないし。互いに陸上を辞めたときかもしれない。ただ、いずれは……伝えられるようになるといいな」

「……伝えることができたときには、その結果を教えてくださいね」

「その前に、近々告白するつもりなんだけどどうしよう、って相談するかもしれないけどね。絢パイセン、って」

「……そのときは相談に乗りますよ。恋愛の先輩として」


 そう言っても、黒崎先輩の場合は自分で考えて草薙さんに告白すると思う。そう感じる理由はないけれど、そう思うんだ。

 そんなことを話していると、当の本人である草薙さんの姿が見える。恩田さんの姿は確認できない。


「果歩、どうだった?」

「ううん、何を訊いても答えてくれない。ただ、体調が悪いって言っていたから、熱を測ってみたら38℃近くあった。だから、今日はゆっくり休むように言っておいたわ」


 精神的な不安によって、体に影響が出てしまったのだろう。


「じゃあ、今日はもう恩田さんは練習に参加しないということですね?」

「ええ、そうね。無理に練習して、インターハイに出られないくらいに体調が悪化したらまずいからね。あと、今は恩田さんを一人にしておいた方がいいと思って」

「事情が後で私が説明する」

「うん、分かった。悠ちゃんと原田さんは練習の方に戻って。私は月岡さんの様子を観に行くから。大丈夫そうだったら、月岡さんと一緒に後で合流するわ」

「分かった。先生には私の方から説明しておく。絢、練習に戻ろう」

「分かりました」


 草薙さんの言うとおり、今日はもう恩田さんとは一切話さない方がいいな。今は一人にしておこう。

 黒崎先輩と一緒にグラウンドに戻り、練習を再開する。しかし、恩田さんがいないと程良い緊張感がなくなる。そんな物足りなさが残る中、4日目の練習は淡々と進んでいくのであった。

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