第6話『ひさしぶり。』
絢ちゃんのいない5日間をどうやって過ごそうか迷っていた。
夏休みの宿題をしてもいいんだけれど、始まったばかりだからまだしなくていいかという想いに負けてしまって進捗ゼロ。ここで1人で宿題を進めていたら、後で絢ちゃんが「宿題見せて」って言ってきそうだから、合宿が終わったら一緒にやることに決めた。
宿題は後で、と決めたのはいいけれど、だから何をするかは全く決められず。結局、好きな音楽を聴くだけで1日が終わっちゃった。何回か絢ちゃんに連絡しようと思ったけれど、練習中だったり、ミーティング中だったりしたら悪いと思って一度も連絡できなかった。
夜になり、LINEで絢ちゃんからメッセージが送られてくる。一緒に練習している八神高校の生徒さんの中に、とても足の速い子がいるみたい。
『じゃあ、より一層頑張らないとね。でも、無理はしないようにね』
というメッセージを絢ちゃんに送る。
私の送ったメッセージはすぐに既読と表示され、
『ありがとう』
シンプルな言葉が返ってきた。
その直後に、
――プルルッ。
スマートフォンが震える。私の声が聞きたくなったのか、と胸が躍る。
しかし、発信者を確認してみると。
『恩田沙良』
と表示されていた。正直、若干の残念さもあったけれど、その想いも消えてとても懐かしい気持ちになる。
電話に出ると、
「はい、坂井です」
『……遥香ちゃん、だよね。私、恩田沙良だけれど、覚えてる?』
「当たり前だよ。小学校を卒業したとき以来だから、3年は経ってるよね」
『良かった……』
沙良ちゃんはそう呟く。電話越しだけれど、きっと、ほっと胸を撫で下ろしているのは容易に想像できた。
恩田沙良。同じ小学校に通っていた友達。しかし、学区の影響で別々の中学校に進学することになってしまったため、小学校を卒業して以来、まともに連絡をしていなかった。たまにアドレスが変わったというメールが来たくらいで。こうして、彼女の声を聞くのは小学校を卒業した後の春休み以来だ。
「久しぶりだね、沙良ちゃん」
『うん、久しぶりだね。小学校を卒業したとき以来だからなのか、電話の向こうの遥香ちゃんが小学生にしか思えないよ』
「あははっ、そうだよね。私も同じこと考えてた」
私も、電話の向こうにいる沙良ちゃんを思い浮かべても、小学生の時の姿しか思い浮ばない。温厚でのんびりとした性格だったけれど、今の声を聞いた感じではその性格は今も変わっていないように思える。
『高校生になった遥香ちゃんってどんな感じなのかなぁ』
「顔だけなら……小学校を卒業してから特に変わっていないと思うけれど」
体つきは……さすがにこの3年ちょっとで大人になったと思う。
『そっかぁ。ところで、遥香ちゃんはどこの高校に通っているの?』
「天羽女子高校だよ」
『へえ、そうなんだ! 遥香ちゃんは天羽女子かぁ。あそこの制服可愛いよね』
「うん。沙良ちゃんはどこの高校に進学したの?」
『私は八神高校に。真紀ちゃんと一緒にね』
恩田真紀ちゃんは沙良ちゃんの双子の妹。顔は瓜二つだけれど、沙良ちゃんはおさげの髪型で、真紀ちゃんはショートヘアだったから、初めて双子だと知ったときはむしろ驚いたくらい。あと、沙良ちゃんはおっとりしていて、真紀ちゃんは活発な女の子だった。私の部屋でよく3人で遊んだなぁ。
「そっか。真紀ちゃんと一緒に八神に進学したんだ」
八神……ってことは、絢ちゃんと一緒に合宿をしている高校だ。真紀ちゃん、小学校の時から運動神経がとても良かったし、陸上部に入って今、一緒に絢ちゃんと練習……っていう巡り合わせがあるかもしれない。
「ねえ、沙良ちゃん。変なことを訊いてもいい?」
『うん? 何かな』
「真紀ちゃんって、もしかして陸上部に入ってたりする?」
『うん! そうだけど、どうして分かったの?』
「……実は私と付き合っている人が陸上部に入ってて、今日から八神高校の陸上部と一緒に合同合宿をしているの」
『そうなんだ。……って、恋人? 確か天羽女子って女子校だよね。もしかして、遥香ちゃんって女の子と付き合っているの?』
「そうだよ。まだ、付き合い始めて3ヶ月ちょっとだけれどね」
といっても、絢ちゃんと付き合い始めた後に色々なことがあったから、3ヶ月よりも長く付き合っている感じがするけれど。
そっか。真紀ちゃんが天羽女子との合宿に参加しているんだ。あとで絢ちゃんにLINEメッセージで送っておこう。
『あのさ、遥香ちゃん。明日……久しぶりに遥香ちゃんのお家へ遊びに行ってもいいかな? 遥香ちゃんに会って、色々とお話がしたくて』
「うん、いいよ。楽しみだなぁ」
『あのときから引っ越してないよね?』
「うん」
『じゃあ、明日……遥香ちゃんのお家に行くね』
「分かった。楽しみにしてるよ」
そして、沙良ちゃんの方から電話を切った。
3年ぶり、か。沙良ちゃんはどんな女の子になっているんだろう。私の中の彼女は小学生時代のままだから。別人になっているかもしれない。そんなことを考えていると、彼女との再会がとても楽しみになってきたのであった。