第2話『見送り』
午前9時55分。
私と絢ちゃんは天羽女子高校の正門前に到着した。
集合時間の5分前だからか、陸上部の生徒の人が既に集まっていた。もちろん、合宿に参加する人達は全員制服で、見送るために私服姿で来ているのは私くらい。
「何だか恥ずかしいな……」
何人もの生徒さんから見られてるし。ううっ、制服で来れば良かったかも。
「きっと、遥香の私服姿が可愛いから見てるんだと思うよ」
「みんながいる前で恥ずかしいこと言わないで」
「あははっ、可愛いな、遥香は」
絢ちゃんはそう言うと、私の頭を優しく撫でてくれる。恥ずかしい気持ちの中に幸せな気持ちが大きくなっていく。
「君達はラブラブだねぇ。噂では聞いていたけれど」
黒髪のセミロングが印象的な女子生徒さんが私達の方にやってくる。爽やかな雰囲気でちょっとボーイッシュな感じ。絢ちゃんと似ているかも。
「絢、彼女が君の彼女なのかな?」
「はい。私のクラスメイトの坂井遥香といいます」
「そうか。坂井さん、初めまして。私、2年2組の黒崎悠。今ここにいるから察しがついているとは思うけれど、陸上部に所属しているよ」
「初めまして、坂井遥香です。絢ちゃんがお世話になってます」
陸上部の先輩さんなんだ。今の感じだと、部活関連の上級生の中では絢ちゃんと一番関わりのある方なのかな。絢と呼んでいるところからして。
黒崎先輩は爽やかな笑みを浮かべて、
「こちらこそ。絢には世話になってるよ。彼女からはいい刺激を受けているし」
「そうですか」
「坂井さんは絢の見送りに来たのかな?」
「はい」
「……絢は愛されてるなぁ。さすがは坂井さんが恋人です、って君が宣言したほどだね」
「私は幸せ者ですよ」
絢ちゃんと黒崎先輩は笑いながら普通に話しているけれど、私は結構恥ずかしい。
「絢ちゃんは100mと200mに出場するみたいですけど、黒崎先輩は何かの種目でインターハイに出場されるんですか?」
「私は女子400mリレーの選手として出場するよ。一応、絢には補欠としてメンバーには入ってもらっている」
「そうなんですね」
私の予想通り、短距離走がメインの方なんだ。ということは、今回の合宿でも絢ちゃんと一緒に練習していくんだろう。
「絢ちゃん、黒崎先輩のいうことはしっかりきくんだよ」
「もちろんだよ。これまでも黒崎先輩に色々なことを教わっているし。本当に頼りになる先輩ですよ」
「あははっ、そう言われると照れるなぁ」
口ではそういう風に言うけれど、爽やかな笑みは絶やさない。1つしか学年は変わらないけれど、黒崎先輩がしっかりとした大人の女性に見える。
「そういえば、今回の八神高校との合同合宿って黒崎先輩が発案したと聞きましたけど」
「ああ、八神高校の陸上部には私の知り合いが何人もいるからね。他校の生徒と一緒に練習することで得られることもあると思って」
「そうだったんですか」
「八神高校にもインターハイに出場する生徒が何人もいるから、すぐに合同合宿の話は進んだよ」
「八神高校にはどんな選手がいるんだろう。楽しみだなぁ」
「その気持ちは大切にしておいた方がいいよ、絢。他校にいる全国レベルの選手と一緒に走ることも重要だからね」
「……はい!」
こうして見ていると、絢ちゃん……後輩なんだなぁ。私と一緒にいるときはしっかりしているように見えるんだけれど。絢ちゃんの可愛らしいところをまた1つ見つけることができたような気がする。
そういえば、八神高校か。確か東京にある高校だ。中学までに出会った友達の中で、何人かがあそこに進学したなぁ。スポーツが好きな子もいたし、もしかしたら絢ちゃんと出会う……なんてこともあるかもしれない。
「坂井さんと5日間も離れることになると、絢もショックなんじゃないのか?」
「確かに会えないのは寂しいですが、会えないからこそ頑張れますしね」
そう言うと、絢ちゃんと私は頷き合う。まあ、実際は……行きたくないと言っていた絢ちゃんを説得し、キスをして行く気にさせたんだけれど。
「……そっか。絢は恋人の存在があって、より頑張れるってことかな」
「ええ、自慢の彼女ですから」
「ふっ、羨ましいね。絢にはそんな存在がいるなんて」
「まあ、これまで色々とありましたけれどね」
絢ちゃんと付き合い始めて約3ヶ月。色々なことがあって、何度も絢ちゃんと離れてしまうかもしれない状況にもなったっけ。それを乗り越えることができて、今……絢ちゃんと一緒にここに立っている。
「なるほど。絢と坂井さんは信頼し合っているということか。さすがは天羽女子一のカップルと言われるだけのことはある」
「……そうなの? 絢ちゃん」
「初耳だよ、遥香」
雨宮会長の一件で私と絢ちゃんの関係は校内中で知られていることを知ったけれど、天羽女子一のカップルと言われているとは思わなかったなぁ。
そして、1台の大型バスがやってくる。
「合宿場所へ行くためのバスがやってきたみたいだね」
ということは、そろそろ出発するんだ。
「坂井さん。絢のことは責任を持って面倒を見ていくよ」
「よろしくお願いします」
「……私、まるで遥香の子供みたいだなぁ」
でも、黒崎先輩と一緒なら大丈夫だと思う。彼女には安心して絢ちゃんを任せられる。
「絢ちゃん、怪我だけには気をつけてね。あと、今は暑いし……無理はしないこと。体を壊したら、元も子もないんだから」
「分かった」
「うん、じゃあ……行ってらっしゃい」
そして、私は絢ちゃんにキスをする。黒崎先輩がすぐ側にいるけれど、そんなことは気にならなかった。
「頑張ってくるよ」
絢ちゃんはいつもの爽やかな笑みを浮かべながら、力強く言ってくれた。
陸上部の部員と思われる生徒が、正門前に到着した大型バスに続々と乗っていく。
「行ってきます、遥香」
「いってらっしゃい! 絢ちゃん」
絢ちゃんは黒崎先輩と一緒に大型バスに乗っていった。窓側の席に座ったのか、中から私のことを見て手を振ってくる。私も絢ちゃんに手を振る。
陸上部を乗せた大型バスは学校を後にしたのであった。