第1話『合宿の前に』
7月22日、月曜日。
夏休みに入ってから、初めての平日は絢ちゃんとちょっとしたお別れの日でもある。
今日から金曜日までの5日間、絢ちゃんの所属する陸上部は私立八神高等学校との合同合宿を行う。来週から開催されるインターハイに向けての最終練習、というのが大きな目的とのこと。
午前9時半。
午前10時に天羽女子高等学校の正門に集合と言われている絢ちゃんは、学校に行く前に私の家に顔を出していた。まだ時間に余裕があるので、私の部屋で2人きりの時間を過ごしている。
「今日から5日間も遥香と会えないのか……」
はあっ、と絢ちゃんはため息をついている。
「……私も絢ちゃんと金曜日まで会えないのは寂しいけど、金曜日になったらまた会えるから! ね!」
絢ちゃんの頭を撫でて励ます。こういうことにはあまり影響ないかと思ったんだけれど、意外と寂しがり屋さんなんだね。
「ううっ、遥香と5日間も会えないのは嫌だぁ」
と言って、絢ちゃんは私の胸に頭を埋めてすりすりしてくる。何だか甘えた猫ちゃんみたいで可愛いな。
「そんなこと言わないで、合宿頑張ってきて。とても大切な合宿なんだから」
「それは分かってるけど……」
「インターハイが終わったら、私と一緒にいようね8月になったらお兄ちゃんや奈央ちゃんと一緒に旅行に行くんだし、楽しいことが待ってるよ」
「……そうだね。私、遥香のために頑張る」
絢ちゃんは元気な表情を見せてくれた。何というか、楽しいことを糧にして目の前にあることを頑張らせるっていうのが小学生っぽい。
「インターハイで優勝する絢ちゃんの姿が見たいから、合宿頑張って。インターハイで優勝したら、絢ちゃんにご褒美あげるからさ……」
「……ご褒美?」
「うん……」
「それって、なに?」
「……ゆ、優勝しないと考えないから」
勢いで言っちゃったけれど、絢ちゃんが凄く食いついてくる。
「……じゃあ、優勝したときには私からお願いしていいかな」
「……うん。何でもいいよ。ただし、1つだけね」
「ありがとう、遥香。あと、さ……」
すると、私は絢ちゃんに押し倒される。
私の視界には制服姿の絢ちゃんしか見えない。とっても幸せで、金曜日まで絢ちゃんの姿が見えないとなるとちょっと悲しい。
絢ちゃんはにっこりと笑って、
「合宿に行く前に、遥香から力が欲しい」
そう言って私にキスをしてくる。それも、積極的に舌を絡めて。
「……このために、学校へ行く前にここに来たんじゃないの?」
「ばれちゃった、か。でも、遥香もそうならない? 夏休みだっていうのに、5日間も会えない状況になったら恋人に会いたいって」
「もちろん会いたいけど、私ならそっとキスするくらいだよ。絢ちゃんはその……えっちだよ」
キスしているときに、胸やお腹をさすってくるんだもん。
「……じゃあ、止めようか」
「えっ……」
「だって、遥香はそっとキスをするくらいなんでしょ? 私は遥香に合わせるつもりだよ。それに、インターハイで優勝したらもっと――」
「いいよ」
「ん?」
絢ちゃんは私の心を動かすのが上手すぎるよ。絢ちゃんにディープなキスをされて、胸やお腹をさすられて……とっても気持ち良かったんだもん。止めるなんて、嫌だよ。
「もっともっとして。絢ちゃん……」
私は絢ちゃんのことを抱きしめる。絢ちゃんの温もりと絢ちゃんの匂いを5日間も感じられなくなるのは寂しい。
「遥香、可愛いよ。大好き」
「……私も大好き、絢ちゃん。その、浮気しないでね」
恋人らしくそんなことを言ってみる。絢ちゃんなら大丈夫だとは思うけど。でも、絢ちゃんはかっこいいから、特に八神高校の女の子達が言い寄ってきそうで。
「遥香も浮気しないでね。まあ、遥香なら大丈夫だと思うけれど」
「……うん」
「……遥香」
私達は抱きしめ合って、再びキスを始める。
「んっ、んっ……」
気持ち良くて、声が、漏れちゃう。お母さんとお兄ちゃんが家にいるのに。聞こえてないよね?
「ひゃあっ!」
太ももの内側を触られ、思わずそんな声が出てしまう。
「もっと早く来れば良かった。そうすれば、もっとできたのに」
「えっ……」
部屋の時計で時刻を確認してみると、時計の針は午前9時45分を示していた。集合時間のことを考えたら、そろそろ出発しないといけない。
「お楽しみは合宿が終わってからにとっておこうかな」
「……合宿に行く気になったんだね」
「遥香と会えないことを除けば、ね」
そして、私達はもう一度、キス。
「遥香のおかげで元気が出たよ、ありがとう」
「……絢ちゃん、無理はしないでね。怪我とかには気をつけて」
「分かった。休憩の時間とか、夜になったら連絡するから」
「うん」
「……じゃあ、学校まで一緒に行こう。遥香と少しでも長く一緒にいたいから」
「そうだね」
5日間会えなくなるのは寂しいけれど、インターハイに出場する絢ちゃんにとってとても大事な5日間なんだ。一緒にいたいっていう私の我が儘を通すわけにはいかない。だから、せめても合宿に行く前までは一緒にいたい。
私は絢ちゃんと手を繋いで、一緒に天羽女子高校へ向かうのであった。