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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 6-キオクノカオリ-
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第8話『会いたくて』

 悲しみや切なさが絢ちゃんに会いたい気持ちへと昇華されていく。何時しか、それは絢ちゃんのいる天羽女子へと私を走らせていた。


「絢ちゃん、絢ちゃん……!」


 何故なのかは分からないけど、絢ちゃんが私の側から離れてしまうような気がした。それがとても嫌で、今すぐに会わないとどうしても気が済まなかった。だからかもしれない。とても蒸し暑くて、運動慣れしていないのに、一度も立ち止まることなく天羽女子まで走ることができた。


「はあっ、はあっ……」


 天羽女子に到着すると途端に疲れが襲ってきた。気付けば、体全身から取り留めもなく汗が出ている。私の下だけ雨が降っている。とても苦しくて、辛い。まるで、間違ったことをしようとする人間に対する罰であるかのように。

 けれど、ここで引き返すわけにはいかない。私は絢ちゃんに会いたくてここまで来たんだから。

 土曜日で部活動しかないためか、敷地を歩いていても生徒や教師とはすれ違っていない。私服で来ちゃったけれど、外に摘まみ出されることはないと思う。

 そして、2、3分ほど歩いて陸上グランドの横のベンチまで辿り着く。思えば絢ちゃんと話すことさえできてなかった時期には、グラウンドで走っている絢ちゃんのことをここから見ていたっけ。

 あのときと同じように私はグラウンドに絢ちゃんがいるかどうか探す。そして、体操着姿で走っている恋人の姿を見つける。


「絢ちゃん!」


 絢ちゃんへの想いが溢れ出し、思わず、彼女の名前を叫ぶ。

 その瞬間、グラウンドを絢ちゃんは驚いた表情で立ち止まって、私の方を見てきた。


「遥香、どうしたの?」


 私に聞こえるように、絢ちゃんは大きな声で私に言ってくる。


 ――あぁ、やっぱり安心する。


 絢ちゃんの声を聞いた瞬間、体から力が抜けていく。そして、安心した気持ちが生まれて自然と涙が流れ出す。


「今、そっちに行くから!」


 そう言って、絢ちゃんはグラウンドから姿を消す。

 私は近くのベンチに座って、絢ちゃんのことを待つ。


「遥香、どうしたの! 私服でここまで来て……」

「絢ちゃん……!」

「うわっ!」


 絢ちゃんの胸に飛び込んで、思い切り泣いた。絢ちゃんがそんな私のことをそっと抱きしめてくれる。その時に香る絢ちゃんの汗の匂いがとても落ち着く。

 何でだろう、涙が止まらない。

 お父さんを説得できなかった悔しさ。

 どうして、女の子との恋愛を認めてくれないんだというわがまま。

 突然、現れた私のことを抱きしめてくれる絢ちゃんの優しさ。


「……ダメだって言われちゃったよ。お父さんに絢ちゃんと別れなさい、って」


 泣き始めてしばらく経ってから、お父さんが帰ってきてからのことを唯一言に纏め、絢ちゃんに伝える。


「……そっか」


 声を漏らすようにそう言うと、絢ちゃんは私の頭を優しく撫でてくれた。


「まあ、同性同士で付き合うことを快く思っていない人も少なからずいるからね。それに、遥香のお父さんは遥香の将来を考えて言ってくれたんだと思うよ。厳しい言葉だったかもしれないけれど」

「親としての言葉も感じたけれど、お父さんからは……どうしても、女の子同士で付き合うことに対する憎しみみたいなものを感じるの」


 まるで、自分自身がその苦しみを体験したかのように。お父さんが私に言った言葉には一個人としての否定的な気持ちが込められているように思えた。


「どうすれば、お父さんに分かってもらえるのかな」


 何を言ってもお父さんには分かってもらえないような気がして。


「……遥香が頑張ってお父さんを説得するしかないよ。自分の気持ちをちゃんと伝えることが一番だと思うよ」

「でも、ちゃんと伝えたよ! それでもダメだったんだよ!」


 思わず、声を荒げてしまった。答えになっていないような答えを言われたような気がしたから。


「……ごめん、強く言っちゃって」

「気にしないで。それに、遥香がどれだけ頑張ってきたのかが、今の遥香を見て分かったから。ここまで、遥香1人でよく頑張ったね」


 よしよし、と絢ちゃんは再び私の頭を優しく撫でる。そのことで、悲しさや怒りが段々と収まってゆく。


「でも、ここからまた頑張ろうよ。今度は私と一緒に」

「絢ちゃん……」

「遥香1人でダメだったなら、今度は私と一緒に頑張ってみようよ。それって、全然恥ずかしいことじゃないよ。それに、遥香と私は恋人同士なんだから。こういう話を2人で一緒に話しても、何にもおかしくないでしょ」


 1人でダメなら、2人一緒で……か。そう考えると、急に救われた気がした。

 絢ちゃんが1人で言ったから私も1人で、っていうのはただの強がり。絢ちゃんが1人で私と付き合っていることを御両親に伝えたのだから、私も一人で伝えられなきゃいけないんだって勝手に思ってた。それができないと、恥ずかしくて、絢ちゃんと同じところに立てない気がして。絢ちゃんに何て言われるのかが怖くてたまらなかった。


「1人で言ってみて、結局親にダメだって言われて、そのことに泣きじゃくって。情けなくて、とてもわがままだよね、私」


 お父さんに大嫌い、なんて言っちゃって。本当に自分のことしか考えることができていない。だから、私は今、ここにいるんだと思う。


「……確かに、遥香は私にはわがままなところがあるかもね」

「うっ……」

「でも、私は嬉しいんだ。遥香は周りのことを第一に行動するから。問題があると、どうやって一番幸せな道に歩めるかを一生懸命に考えて。そんな遥香に私は救われた」

「絢ちゃん……」

「だから、今度は私の番。私が遥香のことを救いたい。わがままを言うなら、遥香と一緒に幸せな道を歩んでいきたい。私は遥香のことが大好きだから。だから、一緒に頑張ろうよ」


 絢ちゃんは私のことをじっと見つめると、優しくキスをしてくる。


「私も絢ちゃんのこと、大好きだよ。お父さんに別れろ、って言われても好きだって言う気持ちは全然変わらなかったよ」

「それだったら、きっと大丈夫だ」


 そして、今度は私から絢ちゃんにキスをする。

 キスってとても素敵な魔法。好きな気持ちがどんどんと膨れ上がってゆく。それが留まることを知らない。この気持ち、もう絶対に解けないで。


「もう少しで部活が終わるから。だから、ここで私のことを見てて」


 思えば、絢ちゃんが私のところに来てから随分と時間が経ってしまった。これ以上、絢ちゃんの邪魔をしてはいけない。


「うん、ここまで待ってる。絢ちゃんのことを見守っているよ」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


 絢ちゃんは手を振って、グラウンドの方に駆け出していった。

 走り去ってゆく絢ちゃんの後ろ姿を見るのはこれが初めてかも。普段だったら、今の彼女を見て多少なりとも寂しい気持ちを抱くと思う。でも、今は全く寂しい気持ちはなかった。

彼女とここでまた必ず会えるからかな。

 絢ちゃんと別れなければいけないかもしれない、という状況になったからこそ、分かることがある。絢ちゃんという人がどれだけ素敵で、愛おしくて、私にとってどれだけ大事な存在であるかということを。この先、何があっても絢ちゃんと離れることだけは、絶対に嫌だという気持ちがより強くなったことを。

 そんな気持ちを絢ちゃんと一緒にお父さんに伝えれば、きっと……お父さんも分かってくれるはず。分かってくれなくても、分かるまで話せばいいだけだよね。


「諦めなければきっと……絢ちゃんとの未来を確かなものにできるよね」


 グラウンドで駆け抜ける絢ちゃんの姿を見ながら、私はそう呟くのであった。

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