車椅子のケン
なんかおもしろくなってきたぞぉー!
ぼくが菜摘から借りた『魔法少女シャイニー☆レティ』の原作小説を読んでいると(既に4周目)、病室のドアがノックされた。野球の話じゃなくて。
「志乃森くんお熱測らせてもらいますねー」
「おいおい鳴海、来るときは電話しろって言ったろ?」
「患者だけど殴っていい?」
「やだなぁ冗談ですよ。マイケル・ジョーダン」
やってきたのは美波さん。いつもいつもここに来るけど、暇なのかね? それともぼくに惚れたとか?
こほん。冗談は台詞だけにしておこう。
美波さんはぼくのマイケル・ジョーダンネタがあまりにもおもしろくなかったのか、真顔で体温計を手渡してきた。
「36度9分……。平熱ですね」
「相変わらず体温高いんだね」
「はい。体温が高いと冬場、女子高生に『志乃森くんあったか~い』『ほんと? 私にも触らせて♪』って触ってもらえるんで、高めにしてあります」
「体温自分で調節してるの!?」
「はい」
「実際志乃森くんて何人なの?」
「日本人ですよ……」
そろそろ並じゃない人を見たら外国人だと疑う癖をどうにかした方がいいと思う。
「ま、今のは冗談で、本当は……。美波さん。あなたを冬の寒さから守ってあげるためですよ」
「!? イタリア人かー!!」
今のは的確な突っ込みだな……。
「……志乃森くんてなんか人間離れした何かを持ってるよね……。他にも何かあるの?」
「はあ……。人間離れもなにも、ぼくも人間なんですけど……。ああ、そういえば女性を見れば身長とスリーサイズが分かりますね」
「なにそのセクハラスキル……。地味にすごいのが腹立つ……」
「体重は残念ながらその人の体型から推測することしかできませんが……」
「よかった志乃森くんが人間やめてなくて……。体重まで分かったらさすがに別の病院に連れていってる」
まだ人間やめなくてよかった。
「……てことはもしかして志乃森くん……私の身長とスリーサイズも知ってるの」
「もちろん」
ぼくは知っている情報の限りを美波さんに伝える。
「でも美波さんこの数ヶ月で少し痩せました? ウエストが2cm細くなってます」
「全てにおいて当たってる上に私の知らない情報まで……。というかウェストは服で隠れてて分からないはずなのに……」
「ウエストについては肌と服が密着した瞬間を脳に焼き付けてそれを5回ほどそれぞれ別のアングルから見ることによって算出します」
「やっぱり別の病院に移った方がいいんじゃ……。というか別の施設に」
「こ、これくらい練習すればできますって……」
尋常じゃないくらい引いている美波さんにぼくが必死の弁解を続けていると、妙な音が耳に届いた。ギュルギュルとゴムを擦るようなその音は、だんだんこちらに近づいているように聞こえる。
―――あいつが来たのか。と読者そっちのけで悟っていると、とうとう音はぼくの部屋の前まで来た。
「芳兄ィィィィイィイイイイイ!! 事件だ事件だァァーーー!!!」
「小倉くーん……?」
「ひぇっ!? 美波さんいたんですかァー!?」
こいつは小倉ケン。足の負傷により現在入院中。車椅子の操縦技術に長けており、“車椅子のケン”といえばこのフロアで知らないものはいない。
曲がり角でブレーキをかける心遣いを教えてやったその日から、なぜかぼくを師匠と慕っている。
あれか。町一番の荒くれ者にボクシングの道を勧める感じの人か、ぼくは。
「お部屋に戻りましょうねー小倉くん?」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください美波さァん! オレは芳兄と男同士サシで話し合わなきゃならねぇー事があるんだァ!」
「あるの?」
「ぼくにはないです」
「戻ろっか?」
「うわぁん芳兄の裏切り者ぉぉ!!」
そうしてケンは美波さんに連れられて自分の病室へと運ばれていった。
せわしないやつだ。まったく。
それから数分後、ケンはゆっくりとぼくの病室に戻ってきた。
「フゥー……。とんだじゃじゃ馬だったぜ……」
「どっちがだ」
ケンはぼくより3歳ほど下だ。入院歴はぼくのほうが1ヶ月長い。
「それで、事件ってなんだよ」
ぼくは本題を切り出した。こいつとの雑談は余計にカロリーを消費してしまうから苦手だ。
「そうそう、その話をするためにここに来たんだったぜ……」
何でいちいちしゃべり方がむさ苦しいんだ。
するとケンは何故か少しだけ頬を赤らめた。
「芳兄ぃ……。実はオレ…………、恋、しちゃったかもしれないんだ…………」
「はぁ」