紅葉橋桔梗との談笑
「だからあんなことを……」
「いやはや申し訳ない……。頭がおかしいってよく言われるよ。ははは」
あの後2人で室内に戻り、今はティータイムだ。
自販機で買ったアイスコーヒーだけど。ちなみに彼女の分はぼくの奢りだ。どや。
「わざわざお手数おかけしてすいません……」
「大したことないよ。ぼく困ってる人はほっとけないタイプなんだよね。どや」
「ど、どや?」
うっかり口に出してしまった。“どや”の部分だけ地の文として処理するつもりだったのに……。
「そ、それはそうと、えーと……」
「桔梗です。紅葉橋 桔梗」
「桔梗さんはどうしてあの雨の中あんなところに?」
「呼び捨てでいいですよ。私の方が年下ですし。ただ考え事をしていただけです」
「ふぅん?」
えらく熟考してたんだな、雨にも気付かないなんて。
「――――でも、この病院に君みたいな子がいるなんて知らなかったよ」
「? 君みたいな子、とは?」
「可愛い女の子さ」
「……なんぱ、というやつですか?」
「まさか。称賛だよ」
ぼくが今までナンパをしたことがないのは巷では有名な話だ。嘘じゃないぜ? 近所のタカ坊に訊けば分かる。
「……私は別に、可愛くなんて……」
「可愛いかどうかを決めるのはぼくだ。まあ、ありがたく受け取ってくれよ。謙遜は美徳だが、ぼくはあまり好きじゃない」
「どうしてですか?」
「謙遜というのは、言い方を変えれば否定だ。否定されて嬉しい人なんていないだろ」
「たしかに……」
「でもぼくは可愛いと言われて謙遜するような慎ましい女の子の方がいいと思うけどね」
「なんですかそれ……」
すぐに持論をねじ曲げる男、志乃森芳乃。
「桔梗さん――桔梗は、どこの病室で入院してるんだ?」
桔梗はパジャマ姿だ。入院してない、ということはないだろう。
「……であいちゅー、というやつですか?」
「君は知識があるのかないのかどっちなんだ……」
「いえ、昔からこういう男には気を付けろと両親に散々言われてきたので……」
「……まあ、そうだな。ぼくみたいなのには気を付けた方がいい。他に気を付けた方がいいのはどんな男の人なんだ?」
「すぐに色々奢ってくれる人です」
「あっ……」
言い逃れのしようもない。ぼくだった。
「べ、別に志乃森さんのことは気を付けてないですよ……?」
「いや、気を付けた方がいい。ぼくみたいな奴にはろくなのがいないからな」
「自分で言うんですねそれ……」
事実だからね、と補足する。
「ふー。ま、ぼくは部屋に戻るよ。また会えたらいいね」
「は、はい! また!」
そういって別れた。
今日はいい日だった。可愛い女の子と巡り会えたし。
だがもう二度と会うこともないだろう。
悲しいけれど、しょうがない。一期一会、だ。
翌日、ぼくは突然コーヒーを飲みたい衝動にかられた。
自動販売機は病院内にいくつかあるが、昨日飲んだコーヒーが一番おいしかった。
しかしあのコーヒーは屋上の自販機にしか売っていない。
少し面倒だが……やむを得ない。
エレベーターを待つ時間は嫌いだ。この時ばかりは世界がぼくを中心に回っていないことに苛立ちを覚える。
しばらくするとエレベーターはこの階に止まり、チン、という音と共にドアーが開く。
「…………」
「…………」
「……お久しぶりです。志乃森さん……」
「ああ、昨日ぶりだな。桔梗」
志乃森芳乃と紅葉橋桔梗、漢字5文字ブラザーズ。感動の再会であった。