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とうとう1だよ!
「最近本当に暇で暇でしょうがないんですよ」
「私とお話しする? 退屈しのぎくらいにはなる…………と思うけど……」
「え? いいんですか??? 美波さんとお話しだぁ!! 先シャワー浴びてきていいですか?」
「シャワー浴びるのは別にいいけど、先にも後にも私はここでは浴びないからね……?」
「えー」
「…………」
美波さんは何か言っていたが、声が小さくて聞こえなかった。
しかし唇の動きからするに、「“お話し”に隠語的な意味はないよ……」と言っているようだ。
入院して実に3ヶ月が経過した。
ここまでいくと学校が恋しいよ……。
学校に行っても1週間ほどで「はぁ……学校めんど。入院したい」とか言うんだろうな。
まったく。
人って奴はいつだって無い物をねだり、有る物を拒むよなぁ……。愚かな生き物だぜ。
その愚かな生き物に甘んじているぼくもまた、愚かなのだけれど。
「何か最近おもしろい事はありましたか?」
「おもしろい事って……、志乃森くんテレビ見ないの?」
「見ませんね、全然。ニュースは大人の見るものだし、バラエティーやドラマは子供の見るものです。青年たるぼくの見たいものなんてテレビには映りませんよ」
「ふーん……」
「それでも――――」
「?」
「プリキュア――――プリキュアだけは、毎週見ますかね。ははは……」
「あ――――――――、そうなんだー」
なんだその間は。
「別に外部の事じゃなくてもいいんですよ。この病院内で起きたこととか」
「うーん病院内ねー……」
美波さんは熟考する。
「ああ、それこそ、この病院の怪談とかでもいいですよ?」
「か、怪談!? そんなん聞いて大丈夫なの!? これからの入院生活中ずっと恐怖に苛まれるよ!?」
「大丈夫ですよ。ぼく恐怖をコントロールできるんで」
「えぇ!? なに人!?」
日本人だよ。
「看護師の間でそういう噂、ないんですか?」
「うーん…………」
「ないなら別にいいんですけど」 「んー……。悪いけど、な――――あ、いや。ひとつだけあった、かも」
「おお! さっすが美波さん!」
「えへへへへ……」
けっこう本気で照れる美波さん。今の台詞は「思い出したぐらいでそんなに褒められても……」的な突っ込みを覚悟して言ったんだけどな。
「えーーーーっと……私が聞いたのも大分昔だからうろ覚えなんだけどね……。あるところにKという少年がいたの」
あるところにって……。この病院じゃないのかよ。
「いやまあ、あるところってのがつまり、この病院なんだけど……」 心を読まれたかと思った。さすがのぼくでも心は読めない。
「K少年は何らかの重い病気で入院していたの」
たしかにうろ覚えだ。
「そんなある日K少年は、同じ病院に入院していた少女――そうね、仮にN海ちゃんとしましょう。K少年はN海ちゃんに、恋をしました」
なぜ不必要な自己投影を!?
「恋―――甘く、切なく、何よりも小さく何よりも壮大な―――恋」
自作ポエムを挟むんじゃねーよ。
K少年とN海ちゃんは互いに引かれあい、知らず知らずの内にいつも一緒にいるようになっていました。ですが、二人の楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
神様は残酷でした。
二人が出会って、およそ7ヶ月が経ちました。空はすっかり色を失い、閑散とした冷たい空気がみんなの肌を貫きます。そんな日の、事です。
K少年は死んでしまいました。
大好きだったN海ちゃんに想いを伝えられないまま、K少年は死んでしまいました。
悲しみに明け暮れたN海ちゃんは、何日も何日も泣き続けました。当時の看護婦さんによると、N海ちゃんは一ヶ月ほどまともに会話も出来なくなるほど弱っていたそうです。
N海ちゃんは、ある決心をしました。
それはきっと最悪の選択です。最低の結末しか迎えないでしょう。
それでも、彼女に迷いはありませんでした。
N海ちゃんは屋上にやって来ました。そして、ここからは想像がつくかもしれませんが――――
N海ちゃんは飛び降りたのです。
それからというもの、屋上で髪の長い女の人の亡霊を見たという報告が後を断ちません。
N海ちゃんはもしかしたら今でも、屋上で神様を憎み続けているのかも――――。
「――――て話なんだけど、どうかな?」
「なんかラブストーリーからのホラー展開って疲れますね」
つか鳴海ちゃん、もといN海ちゃん死んじゃったし。
ぼくの横にいる看護師さんが実は幽霊でした! なんてオチはやめてくれよ……。
「この病院でそんな事が……」
「ん?」
ん? は、ぼくの台詞だ。
「あれ、この病院じゃないんですか……?」
「あっ――いや、そのぉー……」
「この病院じゃないんですね……」
「昨日テレビで――――見たから」
体験談でも聞いた話でもなかった。