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 入院して2ヶ月が経過した。

 なぜこんなにも飛ばし飛ばしなのか。それは、毎日毎日語ることがないからだ。

 緩急のない毎日が、衝撃のない毎日が、出会いのない毎日が、別れのない毎日が、ぼくを徐々についばんでゆく。

 よし決めた。

 ぼく、将来はポエマーになろう。


 「やっほー芳乃! 相も変わらず変人してるねー!!」


 「変人はお前だ……」

 ぼくの将来が間違った道に進もうとしていると、突然扉が周りの迷惑も考えずにやかましく開き、現れたのは――――ぼくの姉だった。

 名字のみ公開されていたぼくの名前を補完すべく下の名前を呼びやがって。

 そう。ぼくの名前は志乃森 芳乃。 しのもりよしの。ひらがなにすると無駄に語呂がいいのが特徴だ。

 漢字にしたらなんかあれだけど。乃とか2回使われてるし。

 あと女みたいだし。

 それでもぼくはこの名前を結構気に入ってたりする。

 覚えてね。

 「……何しに来たんだよ」

 「何って……かわいい弟のお見舞い……?」

 「疑問形なのか……」

 姉――――志乃森しのもり 菜摘なつみの手には、フルーツ盛り合わせが握られていた。

 「――――それ……」

 「んー? これ? はい、どーぞ!」

 バスケットごとぼくに渡されても困るというものだ。

 受け取ったフルーツ盛り合わせのバスケット(無駄に長いので以下“フもケット”と呼ぼう)を棚の上に置き、菜摘の方に向き直る。

 「で、どんな風の吹き回しで?」

 こいつが僕の見舞いに来るのは、思えば初めての事だ。

 「んもー冷たいなー芳乃ったら☆ 理由なんてないよー☆」

 「やめろ。その気持ち悪い星マークを使うのを今すぐやめろ……!」

 「いけずぅー」

 はぁ……、とぼくは心からのため息をつく。菜摘に見せつけるように、だ。

 しかし菜摘はにこにこと笑い続けていた。こいつには相手の心境を読むという概念が存在しないのだろうか。漫画だったら主人公にだってなれるね。漫画なら。

 現実なら社会に出た瞬間、即アウトだ。クビだ。

 「いや実を言うとね、今まで来れなかったのは少し訳があったからなんだよ」

 「訳? ……どうせ彼氏と遊んでたとかじゃねーの?」

 「私、彼氏なんてできたことないよ? バリバリ現役の処女だよ?」

 いらねーよその情報。バリバリ現役とか言うな。

 「まあ大した事じゃないから気にしなくてもいいよ。詳しく知りたきゃググレカス!」

 「ここネット環境ねーから」

 しょんぼりだよ。

 「学園の闇を葬ってきただけだからねー。いやほんと大したことなかったよ」

 大したことしかなかった。

 壮大すぎるだろ。どんな次元に生きてるんだよこいつは。

 「てかお友達の――――誰だっけ? 最上川くん? から聞いたよー。なんか最近同じアニメを延々と見続けてるって?」

 名前覚えてあげようよ。あいつ結構お前のこと気に入ってたんだぞ。

 「はぁ?そんな事してな

 「DVD-BOXみーっけ♪」

 意外とバレるのが早かった。おかしいな。あれはめちゃくちゃ長考して思い付いた場所に隠していたはずなのに。

 「なに芳乃ー? こんなもん見てたの? 延々と」

 「ち、ちが……」

 「てかこれ2期あるよ? うちにあるし今度持ってこようか?」

 「早く言え。持ってこい。なぜ知ってる」

 「そもそもこのシリーズは4期に渡る超大作だし」

 「だからなぜ知ってる。持ってこい」

 「そんな口聞いていいのかなー? 悪魔大元帥の正体が主人公の妹だってことばらしちゃうぞ☆」

 「バラしてる。もうバラしてるからそれ」

 なんだよそれ超おもしろそうじゃん。

 「しまったうっかりごめんごめん」

 「ぼくはお前をバラしたいよ」

 悪い意味で!

 悪い意味しかないけど!

 「ところで菜摘――」

 「ん?」

 「父さんと母さんの様子はどうなんだ」

 そう訊くと、だんまりだった。

 「なんとか言えよ……」

 「いやその……お変わりなく、というか」

 「菜摘って嘘をつくとき眉が動く癖あるよな」

 「は!? ないしっ!? これはあえて動かしてるだけだしっ!?」

 「嘘だ。実際は1ミリも動いてなかった」

 「…………………………騙した」

 「“騙されるやつが悪い”」

 「言ったって――――芳乃が傷つくだけだよ」

 「別にいいよ。もう傷つくってことは分かったし」

 「しまった! でもでも……」

 「いいんだよ別に」

 かまわなかった。もう彼らの事は、とうの昔に見限っているから。

 菜摘はしぶしぶぼくの質問に答えた。

 「芳乃が入院してから、毎日異様に元気だよ……」

 「そうか……」

 ばつが悪そうに目を逸らす菜摘。

 「ありがとう」

 ぼくはその頭を、軽く撫でてやるのだった。


 「呼ばれてないけど飛び出てないけどジャジャジャジャーン! 父さん参上!!」


 父親登場。シリアスパートは一瞬にしてコメディーパートへと早変わりした。

 「おう! お前誰だ!! あれ菜摘!? 奇遇だな!! いや運命と呼ぶべきかな? それにしても今日もとっても可愛いね!!」

 「やめてお父さんやめて」

 「嫌がる菜摘も可愛い!! 記念に写真撮っていい!? いいよね!? はいチーズ!! うわ綺麗にとれてる!! んん? なんか心霊写ってるけど…………そんな事は菜摘の美しさの前では何の意味もなさないッ!!」

 「おい親父。それもしかして心霊じゃなくて息子だったりしないか?」

 「あ? うっせーよカス。しね」

 「露骨な嫌悪感を短絡的な暴言で示すな」

 「あ? てめーの意見なんぞ聞いてねーんだよ……。()るか? 屋上でろやクソガキが……」

 「望むところだよ……」

 「二人とも争うのはやめて! 私たちは家族じゃない!! こんなことに何の意味が……」

 「……………………」

 「……………………」

 菜摘は涙目で訴えかける。これはぼくでもクソ親父でも見過ごすわけにはいかない。

 「チッ……。悪かったよ菜つ

 「だよねぇ~! 菜摘の言うとおり!! さすがぼくの菜摘だぜ!! 今日のその言葉でとうとう菜摘名言集~春編~が埋まったよ!」

 「そんなの書いてたの!?」

 「菜摘が生まれたときからやって今まで204冊作ってきたよハハハ」

 「生まれたときからって……まだ言葉喋れてないよね!? というか春夏秋冬一年4冊のペースで書いててもそんなに多くならないでしょ!?」

 「細かいことは気にしなくていいのさ。それよりこれから一緒にお買い物いこうよ!」

 「いやー!」

 「…………」

 そう。こいつは、この父親は、…………“娘が好きすぎる”のだ。

 なので、菜摘と仲のいいぼくの事が死ぬほど嫌いなわけだ。仲がいいって……姉弟なんだから当然なんだがな……。

 見かねたぼくは、菜摘の体をぐいっとこちらに引き寄せる。

 「近づくなよ変態……。“ぼくの”菜摘が嫌がってるだろ」

 「…………ああん? てめぇ菜摘に触った挙げ句、“ぼくの”菜摘だとォ……?」

 「あわわわわ芳乃……まずいよぉ……殺されるよぉ…………」

 「お前は黙ってろ菜摘……。一度こいつとはサシで()りあおうと思ってたんだよ……丁度いい機会だ」

 「あわわわわ……さっきより漢字が凶暴化してるよぉ…………」

 「オモテぇ出ろ……きっちり身の程ってやつを理解させてやる」

 「ハッ……! 生まれたことを後悔させてやるぜ」

 「私のために争うのはやめてぇー!!」


 ついに起こった第162次菜摘争奪戦!

 狂える父親――志乃森京一郎か。菜摘の守り人――志乃森芳乃か。勝利の女神(菜摘)はどちらに微笑む――――!?

 次回、『京一郎、大敗』。

 お楽しみに!!

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