少女が天使と呼ばれた理由④
姫等木ユナ。本名、媛木 優菜は、床にひらひらと落ちた一枚の紙を拾い上げた。病室のドアを開けると同時に落ちたので、ドアの間に挟まっていたものだと推測する。
紙は縦10cm、横5cmほどの小さなもの。それが二つ織りになっている。
優菜は表情ひとつ変えず、それを開く。
『屋上』
紙にはシンプルにそう書かれていた。
そのメッセージが意味するところを、優菜は2つ思い至った。
斬新なラブレターか。
斬新な果たし状か。
どちらにせよ、優菜にとって受け取るのは日常茶飯事。前者は通っている高校で、後者は仕事場で。後者については誰が書いたかも分からないが。 そしてその全てを無視した。
興味が湧かなかったというのもひとつの要因だが、何より優菜は異性と付き合う気もライバルアイドルと競い合う気もからきし持ち合わせていなかった、というのが最たる理由である。
そして今回もまた、無視するだけ。
優菜は小さな紙を更に小さく千切り、自室のゴミ箱に入れた。
「はぁ、馬鹿馬鹿しい……」
一方、屋上待機班は相変わらず待機を続けていた。
「おかしい……、なんで来ないんだ……」
「だから、あれじゃあ普通は来ないって言ったじゃないですか……」
「ケンが考案したんだ。文句ならケンに言え」
「うまくいくと思ったんだけどなー……」
扉の隙間に手紙を挟むなんて、下手すりゃ気付かれないまま終わるぞ……。
「そういえば手紙にはなんて書いたんだ?」
「シンプルに、『屋上』って」
「ばっきゃろぉぉぉぉぉい!!」
「へぶしっ!?」
おもわずケンの頬にビンタしてしまった。
「何すんだ!? お、親父にもぶ…………姉ちゃんにもぶたれたことないのに!!」
親父にはあるんだ!
「そんなもん誰でも来んわ! せめて文章で書けやーっ!!」
「いだだだだだだ! ごめん!!」
「志乃森さん、腕ひしぎ逆十字固めはほどほどに……」
桔梗に促されやむなくケンを解放する。
「今日はもう退散するぞ。このまま待っても媛木は来ない」 二人はぼくの意見に賛成した。反対する余地もなく、媛木が来ないことは明白だったからだ。
ホールでエレベーターを待つ間、次の策を考えた。しかし良い案は思い浮かばない。できれば人のいない場所が良いよな。ぼくらにとっても、媛木にとっても。
しかしそんな場所は、この病院内ではここしかない。媛木が自分から来るのを待つしかないか……。
階を示す光が屋上に止まり、扉が開く。
エレベーターには先客がいた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
人生って、何が起こるか分かんないもんだなぁ……。
「媛木…………」
そこにいたのは件の少女、媛木優菜。
「…………飲み物を買いに来ただけです。ストックが切れたので…………」
「訊いてない」
ほんの少しのデジャビュを感じつつ、ぼくはそう言った。