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姫等木ユナその少女

 「おいケン。あの子、もう20分近く動いてないぞ。実はすでに変わり身でも使ってんじゃねーの?」

  『おい、君……!』

  『…………』ヒュン――――

  『馬鹿め、そちらはすでに残像だ』

  『な、何ィ……!?』

 みたいな。

 「う、動いてないっていっても微妙に動いてるよ……!」

 「はい、たまに溜息をついたりしてますよ」

 「本当かぁー?」

 最初の方に視力を高めすぎて、ぼくはもう目を使う事さえ億劫になっていた。

 「というかケン。話しかければいいじゃねーか。恋は出会わなきゃ始まらねーぞ」

 「そんなこと分かってるけどぉ……。いいんだ。オレは彼女が幸せならいいんだよ、それでさ」

 「そんなものはお前の抱く幻想だ。相手を見守る前に自分の気持ちと向き合えよ。お前と話すその時間こそが、彼女にとっての幸せにだってなりうるんだぞ」

 「無駄にいいこと言うのが腹立ちますね、志乃森さん」

 「ぼくが名言を吐かない日なんてない」

 「自分を過信しすぎです……」

 まあもちろん口から出まかせ、戯言、虚言妄言なんだけど。吐かずにはいられない、いい加減この状況にも飽いていたところだ。

 ケンはと言うと、予想以上にぼくの言葉を重く受け止めているらしく、ぼくの言葉と自分の気持ちを頭の中で咀嚼している様子だった。

 「芳兄……。オレ、話しかけてみるよ…………!」

 「…………」

 まがいもない決心だった。ケンの瞳には揺るぎない意志が、砕けない決意が、情熱の炎が込められていた。

 荒野に立つ歴戦のガンマンよろしく、ケンは、日向ひなたにその姿を現す。

 それは今までに見たこともないくらいに凛々しく、同じ者だと思えないほどに雄々しい姿―――。

 その背中には、彼の生きた十数年のすべてが背負われていた。

 「やっぱ無理ぃ~~……」

 戻ってきた。

 無駄にモノローグったのに。

 「使えねーヘタレだな……。いいだろう。ぼくが出る」

 「なっ……! 芳兄が……!?」

 「危険です! 傘の次は何になるつもりですか!?」

 「その話はやめろと言ってる」

 黒歴史だ。

 しかもあれはちょっと都合が悪かっただけだ。ぼく雨嫌いだし。あとあの日、実は朝からちょっとお腹痛かったし。

 ケンには兄貴分的な立場として教えてやるべきなのだ。女性との話し方ってやつは奥深いもので、センスがない人間は、ぼくのようなセンスある人間の言動を見て聞いて覚えるしかない。

 あいつはまだまだ青臭いガキだ。だからこそ、熱いうちに打ってやらないとな。

 ぼく優しすぎ。仏かよ。


 「あ、あああ、あのぉ……。しゅ、しゅみませんが少しだけお話させていただいても、よろしいですかねぇー……? ……………………よし、完璧だ。じゃあ行ってくる」

 「練習段階では全然完璧じゃなかったけど、志乃森さんが本番に強いタイプであることを信じます。いってらっしゃい」

 「お、オレのイメージダウンになるようなこと言うなよ!」

 なんで命令口調なんだよ。

 そして悩める少女のもとに、ぼくは歩みだした―――――。






 「すいません。わたし今プライベートなんで」

 あっさりきっぱりと断られてしまった。別にカフェに誘ったとかナンパしたわけじゃない。

 “少しおしゃべりする事”を断られたのだ。

 それだけ言って彼女は、その場を去った。

 「…………あ、はい……」

 はい…………?

 「何だよプライベートって……。芸能人気取りかよ……」

 やるせない気持ちでいっぱいになったぼくは、何故か喉の渇きを覚えた。

 すぐ近くの自動販売機で自分の分の飲み物を買い、ついでに桔梗の分も買ってやる。

 散々吟味した結果、ぼくは非炭酸のオレンジジュースを、桔梗にはアツアツおしるこを購入。

 買うのはいいけど元の場所に戻るまで持ってる手がひたすら熱いんだよなぁ……。

 しかしいざ戻ってみると、桔梗は、口を半開きにしてほうけていた。

 「……ケン、お前……」

 「オレは何もしてないよっ」

 「でも……」

 再び視線を桔梗に戻す。やはり、桔梗は依然呆けたままだった。

 「おーい、桔梗ちゃーん?」

 持っていた缶(冷たい方)を桔梗の頬にあてると、桔梗はびくんと体を震わせ、意識を取り戻した。

 「ハッ……! すいません、意識を再起動リブートしてました」

 「パソコンかお前は」

 なぜ一度シャットダウンしたのやら。

 「どうしたんだ、突然?」

 そう問うと、桔梗はリカちゃん人形を手に入れた子供のように目を輝かせた。


 「姫等木ひめらぎユナちゃんですよ!!」


 …………はあ?

 「ひめらぎゆな? 誰だそれ。桔梗のペンネームか?」

 「なんで小説書いてること知ってるんですか!?」

 「適当に言ったんだけど」

 「って、違いますよ! アイドルです! 現役高校生アイドルっ!」

 「高校生だったのか……。……って、アイドル?」

 「アイドルって、あの、テレビに出るやつ……?」

 「はいそうです! 二人ともテレビ見ないんですか!?」

 「「見ない」」

 さすが師弟だ。息ぴったり。

 「はぁ……。今どきの若い子ならみんな知ってますよ、たぶん。姫等木ユナ。現役高校生アイドルにして今最も売れてて、歌やダンスもさることながら、演技も業界人から認められている新進気鋭のアイドルです!」

 「ふーん。でもそんな人がなんでこんな所に?」

 「最近体調を崩して帰省中だって噂です。しかしまさかこんなところで遭うとは……」

 「こんな偶然あるもんだな。じゃあ、ぼくは部屋に戻る」

 「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! 追いかけなくていいんですか!?」

 「そうだよ芳兄……! サインとかサイン色紙とかサインTシャツとか貰わなきゃ……!!」

 サイン貰いすぎだケン。

 「いや、お前らも聞いての通り、いや聞こえてないか。まあでも、あっちは今プライベートだ。営業で地方に来てるわけじゃない。サインだろうが握手だろうが、今求めるのは場違いだ。ましてや療養中だぞ。場違いを通り越して不謹慎ってもんだろ」

 「正論なのが悔しいですが……、たしかにそうですね。でも今仲良くなっておけば、貰えるかもしれませんね」

 「まあそれならいいんじゃないか? どちらにせよ、ぼくはいいや」

 「なんでだよ?」

 「有名人だろうが、ぼくはファンでもないし、そもそも知らないからな。中途半端な人間にサインを求められるくらいなら求められない方がマシだろ」

 「たしかにそうかもしれません……。まあ私は大ファンだから求めますけどねっ!」

 「勝手にどうぞ……」

 そもそもの話、ぼくにはサインを貰うという行為の意味が分からない。

 どうせサイン書いた本人はそのサインに特別な想いなんて込めてないぜ。込めてるものなんて社交辞令程度の感謝だけだ。そんな量産品を貰って何が嬉しいのやら。それならまだ使用済みパンツを貰った方がよっぽど価値がある。

 「ぼくは部屋に戻るよ。行くぞケン」

 「お、おう…………。さよなら桔梗さーん!」

 「さよならー」

 ケンの恋路には今後も期待しよう。望みは薄いと思われるが。

 待ち遠しいエレベーターが屋上に到着し、扉が開く。

 「…………」

 「…………」

 先客。

 姫等木ユナ。

 そこにいたのは、さっき屋上から去ったはずの姫等木ユナその人であった。

 姫等木はぼくを見上げるような形で、少しだけ頬を赤らめた。


 「わ、忘れ物を取りに来ただけです……」

 「訊いてない」



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