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不謹慎ですが病院コメディーです。友達のお見舞いに行ってる時に思いつきました。今思うとすげぇ不謹慎だな……。
ぼくの入院生活が始まって1ヶ月が経過した。
オタクを自称する友人が差し入れとして持ってきた『魔法少女シャイニー☆レティ』のDVDもすでに8周してとうとうやる事も尽き、お見舞いに来る者も次第に減っていき、ぼくは入院生活の苦しさを悟るようになっていた。
楽しみと言えば、たまにやってくる可愛い看護師との会話、部屋の窓から見える野鳥の観察、そして、『魔法少女シャイニー☆レティ』9周目。
ちなみに野鳥の観察と言ったのはただのかっこつけだ。
楽しみが看護師との会話とアニメ視聴だけだったらまるでぼくが変態みたいじゃないか。
間に野鳥観察を挟むことによってぼくに対するイメージが少しでもプラスに傾くように仕向けている。いや、昔からこうやって頭を使う技術には長けているんだよな、ぼくって。ぼくはもしかすると将来は大手企業の重職を務めているかもしれないな。
そう考えると未来は輝かしい。
全然輝かしくなかった。
「はぁーーーー…………」
思考が現実に追いつき、全身に重くのしかかる倦怠感。
何が楽しくてぼくは『魔法少女シャイニー☆レティ』を16周もしなければならないのだ(さっきは8周と言ったが、あれは嘘だ)。
3週目まではただのありがちな勧善懲悪ヒーローアクションものだと思っていたのだが、4周目あたりで物語に隠された本当の意味を理解した。
そこからはユートピアであった。
見れば見るほど引き込まれてゆく。どれだけ奥に進んでもまだ底が見えない。
10周目を越える頃には、ぼくは世界の真理にたどり着いていた。
善って一体何なんだ。悪って何なんだ。人を殺すのは悪であり、悪を殺すのは善である。その狂った共通認識。そして誰もその異常に疑問も抱かない更なる異常。
正義とは、
悪意とは。
とにかく、考えさせられる作品だった。
みんなも一度見てみると言いよ。
『魔法少女シャイニー☆レティ』
いや一度じゃない。何度だって見るがいいさ。
ぼくが『魔法少女シャイニー☆レティ』の第13話、『決戦! シャドウガール!!』を見ていると、ノックもなしに病室のドアが開く。
「おーす志乃森! 相変わらず廃人だな!!」
無駄に元気に入ってきた彼こそが、ぼくを蛇の道に引き込んだ張本人。
自称オタク。管川 稜その人である。
「ぼくが廃人ってるのはお前のせいだろ……」
「あ? そーだっけ? 心当たりが無いなー……」
「…………しばらく運動してないから体が鈍ってんなー。瓦割りでもしたい気分だ。おっと丁度いいところに魔法少女シャイニー☆レティのDVD-BOXが――――」
「ちょ……マジやめてくださいよ…………」
目つきと声色が本気だった。
「冗談はこのくらいにして、どうだ、調子は?」
「善からず悪しからず、て感じかな。ぼく自身は大して悪いと思ってないけど、先生が言うには相等ヤバイらしいし」
「手術とかは?」
「もうやった。今は様子見の段階だとさ」
「ふーん……。大変なんだなー……」
何だその心の籠らない返事は。
「いやそんな事どうでもいいんだよ!! こんな暑い日にわざわざお前の病室まで出向いたのには訳があるんだ!!」
「無条件で見舞えよ……」
わざわざってなんだよ。
「この病院にすんげぇ可愛い看護師さんがいるらしいぜ!!」
いやそんな『この学校の屋上に幽霊が出るらしいぜ!!』みたいに言われても……。
当事者だし。
ぼく当事者だし。
「うん。いるな」
「見たことあんのかよ!? すっげぇー!」
いえいえ、驚かれるほどのことでは。
「あれは今すぐにでもモデルになるべきだ。女優でもいい。本当はアイドルが一番向いてるんだけど、彼女の聖性をアイドルという俗っぽさで消してしまうわけにはいかない。それを言いはじめると芸能界という汚らわしい世界に彼女は不釣り合いだ、というのがぼくの本音だったりする」
「うおー! 言いたいことの3割ぐらいしか分かんなかったけど、お前が100文字以上に渡って無呼吸で語るなんて相当の事がないとありえねー!! すげー!!」
褒めるな褒めるな。照れるだろうが。
「名前は何!? どこ住み!? どこ住み!? 何歳!? 趣味とかは!? スリーサイズは!? てかLINEやってる!??」
出会い厨か。
「名前はたしか――――美波さん、だったかな」
「名前可愛いー!」
いやこれ苗字……。
「ちなみに身長は153cm。バスト78、ウエスト55、ヒップ79。体重はプライバシーに考慮してあえて明かさない」
「何でそんな知ってんの……キモ……」
「急にマジになるなよ……」
スリーサイズを訊いてきたのはお前だぞ。
と、その時かすかにノックの音が聞こえた。
いや野球部の話じゃなくて。
扉をノックする音。
その後すぐに扉の開く音は聞こえるが、カーテンを隔てていて姿は確認できない。
「失礼しますねー……」
女性の声。
ぼくは確信した。
「うわさをすればなんとやら」
「えっ!? この人が……。どうしよう心の準備が……」
足音は間近で止まり、稜の背後のカーテンがとうとう開く。
心を落ち着かせ、今の自分にできる最大限のイケメンスマイル(こいつの顔は悪くないがこの時ばかりは何故かむしろ崩れていた)を整え、いざ、振り返る。 初めに見えたのは、腹筋だった。
「……………………」
稜は徐々に目線を上に寄せる。胸筋、上腕二等筋、鎖骨、首。目線が顔に到達して、ようやく“それ”が自分の求める人ではないことに気付いた。
胸元の名札のあたりで気付けよ。
ぼくの部屋にやってきたのは、恐らく地上最強の看護師、剛田美代子(27)だった。
「あらあら、お友達?」
その瞬間、管川稜は絶命した。
もとい、気絶した。
騙されるやつが悪いのだ。