6な~
この国は…このタリエ湖を一望できるように作られ、この国の象徴となったタリエ。国というにはいささか小規模ながらも湖の水運貿易によって発展してきた。タリエの特産物と言えばタリエ湖に生息する水産物である。その水産物を使った加工品によって街は支えられ、さらなる加工品の発明によってさらなる発展を目指す事を目標としている。
そんなタリエの代表である国王、タリエ王五世はとある問題に直面していた。このタリエという国。国王の名前から分かるように、それほど深い歴史を持っている訳ではない。タリエという名前は世襲されるもので、だれが王を引き継いだとしてもタリエという名前は残るシステムとなっていた。同時に小国である以上、優秀なものが王となるべきであるという風潮があり、次代の王は必ずしも先代の王の血縁者という訳ではなかった。
その機能は腐敗することなく機能し、今代の王となるタリエ五世もまた、その優秀な頭脳と指揮を発揮し、タリエの国を発展させていた。
その王が直面していた問題、それは国の『防衛』について、だ。
タリエ湖を利用した水運貿易は発展している。さらに発展している貿易航路は事戦争には重要な選択肢の一つとなる。つまり周りの大国からすれば喉から手が出るほどの御馳走な訳だ。
それを理解していたタリエ王は打開策を探した。探してい探して行きついた結果……。
「今夜こそ成功するのであろうな?」
「もちろんです…王よ」
その姿は筋骨隆々にして精悍。王というよりは武官と言った方が納得を得られるであろうその姿。年齢も三十代後半とまだ若い。これが現タリエの王の姿だ。
「これまでの実験は成功した。それは簡単な召喚物だけだ……。しかし今回のような異世界にいるヒト種に属するものの召喚など可能なのか?」
「もちろん可能ですとも」
タリエ王の声に反応した黒のローブをまといフードを深く被った男は、振り返りながら王に答える。
「そもそもそれが可能となるタイミングを狙い、今まで準備をし、実験を行ってきた訳ではないですか。そして今宵準備が整った。これで失敗するようであれば、それすなわち実行を行った私に責があるという話なだけです」
男は大仰なセリフと動作で、タリエ王に答える。あまりの仰々しい動作にタリエ王は思わずたじろいでしまう。
その男から感じるのは神秘性などではない。それとは真逆にある禍々しさ。黒々としたコールタールの中にでも足を踏み入れてしまったと錯覚してしまう。なにか粘っこく纏わりついてくるものは、王自身の汗なのか…。それともこの視線の主である男から発せられる何かなのか?タリエ王は自身のやっている事に疑心暗鬼になってしまう。今やっているコレは、自国領民の為に有益になるのか…それとも無益なのか、いやそれ以上の悲劇を生みだしてしまうのではないか?自国の正義の為に、自国が存続していくためにも必要不可欠なのだ!どんな手を講じてでも、私はこの国を守り通す!そしてこの国を次代へと送り出す!そのためにもコレは必要な事なのだ!
タリエ王はそう結論を下す。そして先程生まれた疑心暗鬼など拭い去った。自分がやる事は、誰かに非難されることかもしれない。しかしこれは必要悪なのだ!これが無ければこの先この国に未来はない!
タリエ王はそう思い至った。
たじろぎ下げてしまった足を、タリエ王は踏み出して元の場所に戻した。さらに一歩。さらに一歩。前に進む。
「召喚士クラストよ。そう自分を卑下するのではない。そなたの実力は今までの実験からも有能な術者として功績を残しているのは間違いのない事。その実力は折り紙つきといっても差し支えないものだと、私は信じている。――――そうだな、何かあるとすれば…時の運というやつよ」
タリエ王は召喚士クラストの横に並びそう言って、続ける。
「勝負の女神…運の神というのは気紛れだ。こちらが万全の構えで準備して、相手に負ける要素など一切無かったとしてもだ、これらの神が私たちからそっぽを向いてしまえば、それは失敗してしまうだろう。それならばだ、この神々がこちらを向いてくれるよう結果を信じ試してみようではないか。それでだめなら仕方ない。それこそ次回に回せばよいと言うだけの話だ」
タリエ王はそうまとめた。
「こういう事だ。クラスト!私は予期結果が生まれる事を期待している!」
「お任せ下さいタリエ王よ!必ずやそのご期待に添えられる結果をご覧に見せましょう!」
王と召喚士。そして少数の兵と文官のみの地下隠し部屋で、儀式はゆっくりと始められる。
「順調だな…」
「そうだな。これで目的地さえ分かれば文句ない訳だが…」
「そこはお前の魔法が頼りだろ」
「確かに『探索』を使えば分かる。けど向こうに手練れの魔法使いがいれば一発で見抜かれるぞ。ましてや召喚魔法を行おうとするような奴が、その辺に転がる三流じゃないだろう?」
「確かにそれもそうだな…」
「そういう訳だから、ここはリュウ。お前の勘に頼る」
「へいへい。じゃあ…こっちだ」
リュウが指さした方向に二人は進んだ。二人が首尾よく潜りこむことが出来たのは、タリエ城の厨房だった。時間が時間なだけに厨房にいる人間は見当たらない。二人は知らずに忍び込んだこの厨房だが、この厨房は王族専用の厨房であった。城に勤めている兵士たちは、この厨房とは別になっている。兵士である武官、官僚となる文官達は厨房と食堂が一つになった大食堂にて食事を行う。酒こそ祝いの席以外では出ないものの、食堂にて振舞われる料理は、量・質ともに城勤めをしている者たちからは好評価を得ている。そして武官と文官の垣根をなくすために造られたこの大食堂、その役目をきっちり果たし、タリエの国を大きく発展させる事に寄与していた。
それはともかくである。二人が潜入したのは、そんな国の中心を支える人の為の厨房であった。もちろん王族が口にする食事であるため、その警備は厳重となるのだが、この二人にしてみればそんなものはあってないような物。魔法での錠前はリョウが、物理的な錠はリュウが簡単に破壊してあっさりと侵入を許すことになったのだ。
その厨房を出て、リョウはまっすぐにとある場所を目指す。
「そこまで迷いもなく進むと言うからには、なんか理由があるのか?」
「はは…そんな大したもんじゃねーよ。ほら外から見てよ。怪しそうなところは特に無かっただろ」
「確かに。『遠見』の魔法を使って簡単に城の外側は観察したが、特に気になるところは見つからなかったな」
「つまりは『下』って訳だ」
「ほう」
「それによ。この世界に来てから思った事なんだけどな」
「ん?」
「この世界の奴らってさ、なんか自分にとって不都合な事とか後ろめたい事、悪事なんかについてはなんか『地下』とか『下』のほうでやるって感じがすんだよ」
「……あぁ。確かにそれは言えるかもしれない」
リュウの一連の話にリョウは納得した。リュウの事はもっともで、リョウ自身の経験からも身に覚えがあった。確かにこの世界の人間は、
「なにかやる時は潜る事が多いな」
そう思い、リョウは今回のリュウの勘が外れではないと思った。
二人は小声で話しながら、時には決めておいたハンドサインを使って、見回りをしている兵士たちをやり過ごす。そしてリュウが怪しいと睨んだ城の中央部へ急いだ
流石に城の中央ともなれば見回りの兵士だけでなく、そこかしこに立ち番をし周囲を警戒する兵士たちが多くなった。しかも厄介な事に見回りの兵士は途中立ち番の兵士と入れ替わる。リョウは上手く出来たシステムで警備しているな~と思ったと同時に、ここまで城の兵士に手を出さずによかったとも思った。
この交代制がどのくらいの規模で行っているのかは分からない。しかし最低限城内部はこの状態でやっているのであろうと考えた。
「どうしたんだよ。難しい顔してよ?なんか気になる事でもあんのか」
「いえ。ここまで来るのに警備の兵士に手を出さずに来て助かったなと思ったんだよ」
「は?なんでだ?」
「え~…なんていうかな。リュウに分かりやすく言うには…そうですね、こういう怪談話があるのは知っていますか?」
「は?このタイミングで怪談とか勘弁してくれよ」
「まぁアレですよ。我慢して下さい」
「おい」
「いいですか。冬山で遭難した人達が一晩眠らない為に部屋の四つ角に座ると言う話を知っていますか?」
リュウの抗議など無視してリョウは話を続ける。それに対してリュウも仕方ないと思い、
(こいつは俺にでも分かりやすく説明してくれるつもりでいるんだし)
と思い素直に話に乗る事にした。
「まぁ知ってるよ。確かアレだろ。四つ角に座ってそれぞれが眠らないように一人ずつおこしに行くって奴だろ」
「その通り。あの話は四人が四つ角に座り一人ずつ向こうの角に座っている人に声をかけに行く。そして一人が途中で四人で四つ角に座った時、最初にスタートしたところには人はいない。だから目の前で起きているようなずっと続く事はあり得ない」
「いつの間にか五人に増えていたって話だな」
「そうです」
「それとこの城の警備がどう繋がんだよ?」
「簡単です。この城警備は今言った事の逆をやってる」
「……あぁ」
ここまで言われれば、察しの悪いリュウでも気付けた。
つまりは、循環して流れている警備のどこかが何かあって止まれば、そこで何らかのアクシデントがあった事になる。しかもこの警備はペアかトリオで行われている。そこから見ても、一人が異常が起きたと思われる前の集団の確認に行き、一人は後ろの集団に応援を要請に行く事が出来る。この逆も然りという訳だ。
「ホントさっきまで警備兵に手ぇ出さなくて良かったて、今心底思ってるよ」
冷や汗を出しながら言うリュウの姿に、
(コイツ面倒になったらまとめてぶっ飛ばすつもりだったんだろうな)
と、口には出さず、簡単に見える未来に溜息をついた。
「それで気になる場所はこの辺りか?」
「多分…警備が多くてわからなくなった」
「まぁ…コレは仕方ないか。周囲の計画頼む」
それだけ言ってリョウは背もたれにしていた壁と背中に魔法陣を展開させる。こうすることで魔力光を抑えて、警備兵に少しでも悟られる可能性を減らそうとしたのだ。
「『探索!』」
小さいながらも力のある声。一瞬にして指定した範囲の情報がリョウの頭の中に叩きこまれた。その情報量に僅かに頭痛が起きたが、もたらされた結果にすればそれも僅かばかりのものであった。
「見つけたぞリュウ。地下への入り口を!」