1話 捜査開始
「どうぞ」
ノックの主を招き入れる。扉を開けて入って来たのは女子生徒だった。猫背気味の小柄な体、黒髪を2つにくくり化粧っ気の無い顔には大きめの黒縁眼鏡を掛けている。かなり失礼な言い方になるが、ザ・田舎の女子高生である。
「掛けて」
俺は彼女を事務所内のソファーに促す。彼女は無言で頷くとそれに腰掛けた。廃材置き場からリサイクルしたソファーがミシミシと音を立て彼女は落ち着かない様子でキョロキョロとしたが俺が愛想笑いを向けると彼女は意を決したように口を開いた。
「あの、姉を探して欲しいんです。」
「お姉さんを?」
「はい。実は…」
そこから彼女が語り始めた。
彼女の名前は『小田聡子』今年の春、と言ってもまだ1ヶ月も経っていないが、入学したばかりの一年生で田舎の実家を離れ姉『小田礼子』がいるこの学園都市風花町にやって来たらしい。
「この町に来て女子寮のお姉ちゃんの部屋に一緒に住んでたんですけど、お姉ちゃん田舎に居たときとは何もかも変わってて、怖い男の人達と遊んだりしてたんです。そして三日前…仲間と遊びに行くと言ったきり帰って来なくなったんです。」
「なるほど、ところで警察には?」
「まだ…です。」
彼女は顔を伏せ黙ってしまった。
どうやら訳ありのようだ。彼女が怖い男の人達と呼んだ奴らと関係があるのだろうか?
「そう言えば、怖い男の人達って誰?」
「分かりません。でも、お姉ちゃんも悪い事に手を貸してたら…」
なるほど、それが警察に行かない理由か、確かにこういう場合は探偵の出番だ。
「あの、依頼、受けてもらえますか?」
目を潤わせながら俺を見る彼女、俺が返すべき言葉は1つしか無かった。
「わかった、依頼の内容は君のお姉さんを見つけるってことでいいのかな?」
「…その出来れば悪い友達と縁を切って欲しいんですけど…」
「その依頼、承った。」
「ありがとうございます!」
彼女は勢い良く立ち上がり俺の手を取った。直後に顔を赤らめ一歩下がった事から咄嗟にしてしまった行動である事を察することが出来た。
「本当にありがとうございます。先輩、いえ探偵さん」
依頼書にサインをした彼女は俺に可愛らしい笑顔を向けて事務所を後にした。
・
「さて、どうやって探すか。」
小田聡子が帰った後、事務所に1人になった俺はポツリと呟いた。捜査対象である小田礼子は俺と同じ風花高校の2年だが俺は礼子を知らない。恐らく違うクラスなのだろう。
軋むボロソファーに腰掛け聡子から預かった2枚の礼子の写真を睨む。1枚は田舎に居た頃であろう黒髪の地味な少女、そしてもう1枚は明るい茶髪に短いスカートの派手目な女子高生である。恐らくこちらが今の礼子の姿なのだろう。だが惜しい事にこちらの写真は所謂プリクラで美白に目デカの加工三昧、これでは人探しに使えない。1枚目も論外だろう。校外に出て「この娘知りませんか?」という探しかたは諦めた方が良い。それなら…
「お~い進藤~」
次なる策を練ろうとした時、ノックもしない無遠慮な女が事務所に足を踏み入れた。この部屋に入るのに我が物顔で堂々と入ってくる人間は俺以外に一人しか居ない。
「ウルフか…」
「どうだ進藤、依頼は来たか?」
無遠慮な女はそう言って俺の向かいのソファーに寝転がった。ボロソファーがミシミシと音を立てているのにも構わず乱暴に寝返りをうつ。この女の名は『大神 祐希』探偵部の顧問にして俺の助手だ。
手入れの行き届いた綺麗な黒髪に誰もが美人と言う端整な顔立ち、そしてモデルのようなスラリと伸びた手足を持つ彼女、だがそれだけではない。実はこの女、格闘技の達人である。
俺がこの高校に入学する前つまり中学生の頃、喧嘩に明け暮れていた俺は校外での生徒指導の名のもとこいつに粛清された。タイマンなら負けなしで『裏路地の一匹狼』と呼ばれた俺がハイキック1発、たったの2秒で沈められた。それから俺はこの教師に導きで風花高校に入学、俺の発案である探偵部の設立にも助力してくれた事から尊敬の念を込めウルフと呼んでいる。
「おい進藤、依頼は来たのか?」
「え、ああ、来たぜ今年度最初の依頼」
「ほう、聞かせて見ろ」
俺はウルフにさっき来た小田聡子の依頼内容を聞かせてやった。するとウルフも引っ掛かることがあったのか何か思案するように眉間にシワを寄せた。
「小田礼子…確かに欠席していたような気がするな。それはそうと、どうやって調査するつもりだ?」
「依頼人から2枚程写真を預かったがどちらも使えない。だから先に礼子のクラスメイトから交遊関係を聞き出してその情報を元に出現場所を予測する。まあ大した情報が得られなかった時は…気乗りしないが“局”を頼るよ」
「“局”?ああ春日か、頑張れよ。」
「わかってる、まあ今日はもう遅いから帰るけどな」
時計の時刻は5時半を過ぎていた。最終下校時間とやらである。俺はジャケットを羽織り壁の物掛けから黒いハットを取ってそれをかぶった。
「さっさと帰れ、しばらくぐうたらするから戸締まりは任せろ。」
「あいよ、サヨウナラ」
俺はウルフと軽く挨拶を交わしその日は寮に帰った。そして自室でシャワーを浴びキッチンで軽く冷蔵庫の残り物炒めを作り腹に流し込んでベッドに潜り込んだ。
・
朝、俺は黒いジーンズに薄紫のYシャツ、赤いネクタイを締めジャケットはジーンズに合わせた黒を羽織る。ハットはチェックにした。そう言う気分だった。
俺はファッションに自分なりのこだわりを持っている。そんな俺にとって風花高校の校則はぴったりだった。制服という概念はあるのだが基本的に服装は自由なのである大多数がふつうに制服を着るが、あるものは制服を改造しまたあるものは俺のように完全に私服だ。
そうこうしているうちに身支度を済ませた俺は学校へ向かった。
・
HRまでにはまだ時間があった。俺は自分のクラスである1組に荷物を置き、捜査対象者である小田礼子のクラス2年3組の教室に足を踏み入れた。
「ねえ、小田礼子って知ってる?」
3組の生徒達に片っ端から聞き込みを行った。HRが始まるギリギリまで粘ったが、得られた情報は他人に横柄な態度をとる、不良との付き合いがある。という高校デビューしちゃった青少年にありがちな人物像だけでどこの不良とつるんでいる。とか、どこに出没する。などの情報得ることは出来なかった。
仕方が無い、気乗りしないが一時間目終りの休み時間に“局”のところに行こう。
俺はため息を吐いて1組の教室へ戻った。
一時間目の授業は数学だった。俺は真面目に授業を受けるつもりでいたがノートを書くという作業に嫌気が差し諦めて寝た。
そして数学の授業を終えて休み時間、俺は“局”を訪ねて彼女がいる4組に顔を出した。
「おい、情報屋。頼みがある」
教室に入った俺はあくまで冷静に自分のスタイルを保ってそう言う。すると一人の女子生徒が俺のもとに駆け寄ってきた。
「しゅ~んちゃ~ん!」
勢い良く俺にぶつかり腰に手を回して俺をホールドする。彼女が俺が“局”と呼ぶ女、本名を『春日 舞』と言う。俺の幼馴染みで情報屋だ。
「俊ちゃん、会いたかったよ~」
「ハイハイ、わかった、わかったから。今日は情報を貰いに来たんだ」
彼女を引き離し席に座らせる。俺自身も無人の椅子を見つけ彼女の向かい側に座った。
「小田礼子って娘の情報が欲しい、力を貸してくれ」
「小田礼子…小田礼子…ああ、3組の娘ね。」
「ああ、四日前から行方不明なんだ。交遊関係とかよく行く場所とかわからないか?」
「う~ん」
何か考える素振りの後、彼女は手に持ったスマートフォンを操作し始めた。
「いけそうか?」
「ムフフ、新聞部の情報網を舐めるなよ」
彼女が自分で言った通り、局の正体は新聞部の敏腕記者である。主に下世話なゴシップを取材しているようで町中の学生の情報なら大抵のことは知っているのだ。
「来た!え~とね小田礼子ちゃんはね『ブラック・ブル』って言う学生ギャングチームに顔出してるみたい」
「ブラック・ブル…知らないな」
この風花町にはいくつかの学生ギャングチームが存在するその中で『タイガーファング』『ドラゴンテール』という二大勢力はこの町の学生、主に中高生なら誰もが知っているのだが…
「多すぎだよねこう言うチーム」
「ああ、しかも奴ら揃いも揃って風花町統一だなんだって言って縄張り争いしてやがるからな。本当に迷惑な奴らだ。…ってそうじゃない、その弱小チームの溜まり場は分かるか?」
「ええとね、毎晩風花西公園で集会を開いてるみたいだよ」
「風花西公園か俺たちが行ってた小学校の近くだな…張って見るか。情報サンキュー幼馴染み。じゃあな」
必要な情報は得たもうここに用はない。俺は軽く手をふり局に背を向けた。
「待てよ~幼馴染み~」
ちぃ、逃げられなかったか。
「俊ちゃん、情報はギブアンドテイクだよ♪まさかタダで済むなんて思ってないよね?」
俺が局を頼りたくない理由がこれだ。こいつは情報料と称し俺に新聞部の取材を手伝わさせるのだ。それだけなら別に構わないのだが、その仕事内容が下世話極まりない。
「また俺にパパラッチの真似事をさせる気か?隣の地区の学校のババア教諭と用務員のスキャンダルを写真に納めさせる気か?あんな仕事はもうゴメンだ!」
「自分のやった仕事に誇りを持ちなよ。あの記事は本誌独占ってヤツだったんだから」
「そりゃ独占になるわ。あんな情報誰も要らねえよ。ハア…で、何調べりゃいいんだよ?」
「お、なんだかんだ言って乗り気じゃん」
乗り気な訳がない、ただ諦めただけだ。そう言い返したかったがもうそれすらも面倒だった。
「俊ちゃんにはね、これを調べて欲しいの」
局は封筒を取り出し俺に手渡した。恐らく集めた情報をこの封筒に入れて持って来いと言う事だろう。中に1枚プリントが入っている。指令書のような物だ。それにはこう書かれていた。
“風花町連続ATM強盗”