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魔界闘神伝  作者: 和和和和
妖界編
98/305

美花戦舞




 天空を無数の光の柱が貫く。さながら天を射止める矢のように、大地を縫い止める槍のように煌めく光が空天を貫き、無数の帯となって迸る

「……面倒な!」

 煌めく光の中を神速の速さで駆け抜けながら、一人の女性が忌々しげに舌打ちをする。

 その手にある巨大な鋏は、その存在そのものが顕在化した武器。そしてその顔に浮かぶ紋様は、この世界――妖界を統べる全霊命(ファースト)、妖怪である事の証。

 まるで泡のような形状を見せる妖力を持つその女性の視線の先にいるのは、四枚の翼を持ち、金色の長髪をなびかせる天使の女性の姿

「はあああっ!!」

 翼を模した杖を携えた女天使――マリアの透き通った凛々しい声に、世界を貫く光が無数の槍となって、鋏の武器を携える妖怪の女性を筆頭とする十世界の妖怪達に降り注ぐ

「舐めるな!!」

 強い語気と共に解放された泡状の妖力は、無数の光とぶつかり合い、その光をまるで捕まえるかのように(・・・・・・・・・)力づくで捻じ曲げ、その軌道を逸らしていく

「――!」

(……あの妖力、泡に見えるあれは、一つ一つがまるで鳥韈(とりもち)のように強い粘性を有しているようですね)

 自身の光力の波動が捻じ曲げられる様を見て、マリアはその女性妖怪の妖力特性を冷静に分析する。


 九世界で最も変質的で、特異性に富んだ神能(ゴットクロア)――妖力は、個人によって放出された際の視覚的な形が異なり、中には特殊な能力……というよりは、特性を有したものも存在する。

 マリアが対峙する妖怪の女性も、まさにその特殊な特性を有した妖力を保有する妖怪であり、その妖力特性は強い粘性を帯びている。その妖力に絡め取られた者は、その粘性にからめ捕られ、さながら蜘蛛の巣に囚われた蝶のように動きを封じられ、鈍らされる。

 さらに光力のような神能(ゴットクロア)すらも瞬間的に絡め取るその妖力は、その粘性によって先ほどのマリアの光力砲のように、まるで無数の障害物に阻まれたかのようにその威力を殺ぎ、軌道を捻じ曲げてしまう事が出来る


「……捉えた!」

「――ッ!?」

 その刹那、にぃと口角を吊り上げると同時に、さながら泡のような形質で世界に顕在化する女妖怪の妖力の渦が、マリアを呑み込んで渦を巻く


 女妖怪の妖力は、マリアの見立ての通り強い粘性に似た特性を帯びている。それは、例えるならば蜘蛛の巣のように女妖怪の妖力に触れた対象――たとえそれが全霊命(ファースト)であっても、絡め取ってしまう

 霊的な力でありながら、現象的干渉力をも保有しているこの妖力の泡は、敵の攻撃を封じ、動きを妨げるなど極めて多様な能力を誇り、近接戦や接近戦において女妖怪に圧倒的な優位性(アドバンテージ)を約束する


「……これは!?」

 女妖怪の妖力に呑み込まれたマリアは、泡のような妖力が自身の身体に触れると同時に弾け、身体に絡みついてくる感覚に目を細める

「私の妖力に捕らえられたら、簡単には抜け出せないよ!!」

 言いながら自身が放った妖力の渦に、己の存在を戦うために顕在化した身の丈に及ぶ鋏の形状をした武器を携えた女妖怪が、勝利の雄たけびと共に肉迫する

「――ッ!」

 自身の妖力に捕まるはずも無く、神速でマリアを武器の間合いに捉えた女妖怪がその鋏の刃を大きく開き、四枚翼の天使の細い首をその挟みこむ


 女妖怪の持つ大鋏の刃と刃が剪断力によってこすれ合い、重厚でありながら、研ぎ澄まされた斬撃音を響かせる。妖力の残滓と刃が閉じる残響だけが刹那を支配し、切り落とされ、宙空に舞う金色の髪の切れ端が輪郭を失い、形と概念を失って霊の力として世界に解けていく

 その刃には、全霊命(ファースト)の炎である血炎が、うっすらと絡みついており、その刃が確かにマリアの身体を傷つけた事を物語っている


「……ちっ」

 しかし、女妖怪の口からもれたのは、自らの目論見が外れた事に対する小さな舌打ち。空を切った鋏の刃を一瞥し、自らの刃を逃れた獲物に対する憤りを滲ませる

(――まったく、光の力ってのはこれだから……!)

 忌々しげに内心で吐き捨て、天空を仰ぎ見た女妖怪の視界に収まっているのは、首筋から炎と見紛う血炎を立ち昇らせたマリアの姿だった


 女妖怪の粘性を帯びた泡状妖力は、決して万能でもなければ無欠でもない。同等以上の神能(ゴットクロア)によってかき消す事もできる上、肝心の粘性そのものも、全霊命(ファースト)相手では動きを封じるには至らず、精々戦闘中に足を引っ張ったり、攻撃を阻害しる程度の効力しかない。

 女妖怪の攻撃手段は、あくまでも妖力による一時的な動きの阻害によって敵に隙を作り、その隙をついて自身の武器でその命を奪うというものだ


 だが、今回女妖怪が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているのは、ただ単にマリアを仕留め損ねたからという訳ではない。もちろん、結果としてマリアを殺せなかったから渋い表情を浮かべているのだが、その理由は単純に攻撃をかわされたからではない。

 先ほどの攻撃手順は、完璧ではなく、理想的ではなくとも本来ならば敵の命に刃を突き立てるに十分なものだった。しかし、それが失敗に終わったのは、マリアの力――天使の神能(ゴットクロア)である「光力」が原因だ


 光と闇の力に上下はないが、相性や優劣、差異は存在する。闇の力は光の力に比べて単体として強大な力を持つ代わりに、光の力に対して劣勢となる。

 闇の力に対して約十倍の優位性を誇っている光の力は、闇の力十に対して一の割合で相殺でき、結果として総量として劣る力の均衡が保たれることになる

 故に、マリアの光力はその優位性によって、女妖怪を妖力を容易く浄化して無力化し、紙一重で回避する猶予を生みだしたのだ


 しかし、敵を紙一重で仕留め損ねた女妖怪と同様、間一髪でその刃を逃れたマリアは、肝を冷やしながら巨大な鋏を携えた女妖怪に視線を向ける

(危なかった……あの妖力特性は少々厄介ですね。距離を取って……)

「――ッ!!」

 女妖怪の力に危機感を募らせ、対策を講じていたマリアは別の方向から自分の上空に出現した新たな妖力に小さく目を瞠る

(別の妖力……新手!?)

 マリアが肩越しに視線を向けると、そこには丁寧に切り揃えられた漆黒の髪をなびかせた女妖怪が、端正な顔立ちに歓喜に満ちた笑みを浮かべてマリアとその下にいる女妖怪に視線を向けていた

「キャハハハハハッ、苦戦してるみたいじゃない!? ヤマセ」

 丁寧に切り揃えられた黒髪を揺らめかせ、そこに付けられた簪を鳴らすその女性は、着物を彷彿とされる霊衣を翻して血のように赤い瞳でマリアと「ヤマセ」と呼んだ巨大鋏を持つ女妖怪を睥睨する

「……会忌(えいみ)!?」

 黒髪を揺らめかせる妖怪――ヤマセに「会忌(えいみ)」と呼ばれた女妖怪は、黒蝶のような妖紋が刻まれた切れ長の目をアーチ状に歪め、三日月型に口を吊り上げる

 全霊命(ファースト)の例にもれず、完全な左右対称に整った顔立ちは、なおさらにその不気味な笑みを凶悪な物として演出し、マリアの背に冷たいものを感じさせる

「仕方がないから、私がその天使を殺すのを手伝ってあげる。ねぇ――」

 まるでおもちゃを見つけた子供のように歓喜に満ちた声で言葉を紡いた会忌(えいみ)は、感情が宿っていないのではないかと感じるような、底冷えのする視線をマリアに向ける

「……ッ!」

 まるで永久凍土のように凍てついた声が会忌(えいみ)の唇から紡がれた瞬間、マリアはその背後に出現した漆黒の影に目を見開く

花魁錦(おいらんにしき)

「なっ!?」

 その瞬間、会忌む(えいみ)の背後に出現したのは、まるで会忌(えいみ)自身を投影したかのような美しい女性の人形。十二単のように鮮やかな着物を何枚も着重ねたその美女の下半身は、上半身の美しさとは対照的に、百足を連想させるような長く、複雑にうねる不気味なもの。

 その異様な姿に一瞬意識を奪われたマリアの前で、その人形の背から蟷螂のそれを彷彿とさせる巨大な鎌が出現し、その六つの切っ先を宙空に留まっている女天使に向けて刹那の介在すら認めない速さで襲いかかる

「――っ!!」

(人形……いえ、絡繰型の武器!? ――特異型)

 美しかったその顔を、般若のように歪めて襲いかかる人形を見て我に返ったマリアは、四枚の純白の翼をはばたかせてその攻撃を回避する


 全霊命(ファースト)の武器とは、神能(ゴットクロア)が各々の特性に合わせて具現化させたもの――即ち「戦うための自分」の化生であり、それそのものが使用者たる全霊命(ファースト)そのものといってもよい。

 それ故に、その武器は個人によって形状が異なり、「剣」「刀」「槍」「杖」「弓」「玉」「大槍刀」など一般的に見られる形状以外にも、稀に珍しい形状や能力を持った武器を持つ全霊命(ファースト)がいる。

 紫怨の斧槍のように、複数の武器の特性を併せ持つ「複合型」と呼ばれる武器がその代表格だが、中には極めて異質な――それこそ、武器とも呼べないような異常な形状を持つ武器が存在し、それらを総称して「特異型」と呼ぶ


「まだまだ。その程度じゃ、私の武器『花魁錦(おいらんにしき)』の攻撃はかわせないわよ?」

 世界の万象と事象を超越する神速で飛翔し、その凶刃を回避したマリアを高所から睥睨する会忌(えいみ)が小さく呟くと同時、般若の如き顔をした人形の頭部がありえない方向にねじ曲がり、同時にその口腔から極大の妖力砲が放出される。

(っ!!)

 触れるもの全てをこの世から滅消させる意志を込められた極大の妖力砲は、神速の速さで回避する間もなくマリアを呑み込む

 しかし、その妖しき闇の力が光の力によって切り裂かれ、そこから球状の光力結界に身を包んだマリアが力ずくで妖力砲を振り切って姿を見せる

「……ま、簡単には死んでくれないわよね」

 その様子を見て口元を歪めた会忌(えいみ)の言葉と同時、妖力砲を放出した人形の百足に似た下半身のパーツが分裂して天空を飛翔し、そこから無数の刃が出現して一斉にマリアに襲いかかる

「なっ……!?」

 それを見たマリアは、自分に向かって飛翔してくる剣群れを飛翔と結界と迎撃を以って打ち落としながらその金色の髪と純白の翼を世界に翻らせる

 時間も断わりも超越する神速で飛翔する刃群は、多々やみくもに宙を舞う脳ではなく、一つの意志で制御されながらマリアを仕留めるためにその軌道を計算しながら向かってくる

「いつまで逃げ切れるかしらァ!?」

 その声と同時、下半身を切り離した人形の上半身が会忌(えいみ)の許へ移動すると、その上半身が前方から真っ二つに開き、その身体を呑み込む

「――ッ!?」

「二人羽織」

 人形の上半身を衣――鎧として纏った会忌(えいみ)は、静かにそう呟いて十二単のような鮮やかな着物の袖から引き抜いた禍々しい形状の槍を手にする

(これは……人型武器庫!?)


 マリアが対峙する人形型の武器は、九世界でも極希少な特異型。そして、特異型の武器には総じて単純な武器のそれとは違う能力や、異質な機構が備わっている事が多い

 会忌(えいみ)の武器である「花魁錦(おいらんにしき)」もその例に漏れない。人形のような形をしたその武器は、それ自体が武器として自立し、さらにその身体にはまさに絡繰の如くおびただしい種類と数の武器が機構として組み込まれているのだ


「さぁ、天使の解体ショーを始めましょうか」

 まるで棘のついた骨のような凶々しい形状をした槍を手にした会忌(えいみ)が舌舐めずりをするのを一瞥したマリアは、その目を剣呑に細めて自身の背後でため息混じりに多鋏を構えたヤマセを見る

「これは、少々困りましたね」

 自身の武器である杖を握る手に力を込めたマリアは、自分を挟む位置に立つ二人の女妖怪に交互に視線を向けて、その表情をわずかに強張らせた





 あまりにも巨大な谷のため、その底にまで問題なく陽光が注ぎ込む妖牙の谷(ザナフバレー)の上空で無数の妖力が煌びやかに踊る。

 炎を彷彿とさせる妖力、水を連想させる妖力、風を纏っているような妖力――妖怪たちの個々の力が天空でせめぎ合い、荒々しくも幻想的な光景の下、詩織は瑞希の結界の中でその戦いを見守っていた

(神魔さん、大貴、みんな……)


 祈るように胸の前で手を組んでいる詩織に一番近い位置で戦っているのは、クロスと詩織の存在の根底に隠れている神眼(ファブリア)を狙う堕天使ラグナ。

 この場からは見えない神魔や桜、大貴達の身を案じていた詩織の傍らに、遥か彼方から飛来した何かが叩きつけられ、岩盤をめくり上げる

「……きゃっ!?」

 瑞希の結界の中から谷底の地面が砕ける様を見た詩織は、反射的に目を硬く閉じる

 魔力によって構築された瑞希の結界は、その衝撃やそれによって飛来する岩の破片を完全に遮っているが、条件反射を止めるには至らない。ただでさえ戦う力を持たない詩織が反射的に目を閉じてしまったのは必然と言えるだろう。

「……なに?」

 しばしの静寂の中、目を瞑っていた詩織が恐る恐る目を開くと、砕けた岩盤を押しのけ、土煙を振り払ってその中から見慣れた人物がその姿を現す

「李仙さん!?」

 詩織の視界に映った李仙は、その身体から炎のように見える全霊命(ファースト)特有の血――血炎を立ち昇らせながら、苦悶の表情を浮かべて戦場を睨みつける

「――ぐッ」

 戦況の読めない詩織でも、李仙が何者かの攻撃を受けて吹き飛ばされてきた事くらいは理解できる。

 無言のまま戦場を見据える瑞希の背後で結界に守られながら視線を向ける詩織の前で、口元の血炎を軽く拭った李仙がその表情を険しいものに変え、自分が吹き飛ばされてきた戦場を睨みつける

「なんて……」

 絞り出すような声で言葉を紡いだ李仙の視線の先――戦場の中からゆっくりと一つの影が歩み寄ってくる

「他愛もないですわね」

 そこから現れた余裕の見える笑みを浮かべた女妖怪を見て、李仙は力強く言葉を発する

「なんてけしからんわがままボディなんだ!!」

「……え?」

 李仙の言葉に詩織は目を点にし、瑞希は絶対零度の侮蔑の色をその瞳に宿す


 戦場の中から現れたのは、褐色の肌に鮮やかに映える紅で唇を彩った妖艶な色香を放つ女妖怪。その目元菫色の妖紋が彩り、緩やかに波打つワインレッドの髪を揺らすその女性は、そのグラマラスな肢体を際立たせるドレスのような霊衣を身に纏っている。

 その身体に絡みついている六本の鎖は、その先端に楔形の刃を持っており、鎖で繋がれ重厚な金属音を響かせるそれは錨を彷彿とさせる

 とりわけ目を惹くのは、その女性のたわわに実った双丘。母性の象徴であるその部位は、ただ大きいだけではなく、女性の色香と魅力を十分に引き出している


「はち切れんばかりにたわわに実った爆・乳! バイーンなボイーンなんて、オイラは……オイラは、 ヒャッハーーーッ!!」

 血炎をあげながらも、だらしなく鼻の下を伸ばして歓喜の声を上げる李仙の姿に、瑞希と詩織が揃って侮蔑の瞳を向ける

「……駄目ね、この人」

 声だけで斬り殺せるのではないかと思えるほど怜悧な声で小さく吐き捨てる

「あらあら、困った子ね。ですが仕方のない事ですわ。これがわたくしの魅力ですもの」

 瑞希が侮蔑の視線を向ける一方、李仙の様子を見た女妖怪は満更でもない様子で、まるでメロンのようにたわわに実った自身の双丘に手を添えてその頬を紅潮させる

「くっ……だが、デカければいいってものじゃない!!」

 女妖怪の動作にに合わせて柔らかそうに揺れる女性の象徴を、目を皿のようにしてその眼球と記憶に焼きつけながら、李仙が全く説得力の無い言葉をこれでもかと言わんばかりに力強く言い放つ

「そう、大きくても小さくても、オイラは……」

「あら、なら触ってみます?」

 まるで自分自身に言い聞かせるように李仙の言葉を、妖艶な微笑を浮かべた女妖怪の声が遮る

「触っ……」

 その言葉に言葉を失った李仙は、女妖怪の表情とたわわに実った二つの膨らみに交互に視線を向けて、息を呑む

「いいんですか?」

「ええ」

 李仙の確認の問いかけに、女妖怪はそっとその腕を組んでその大きな膨らみを持ち上げるようにすると、強調されたその部分がそれに合わせて誘うように揺れる

(いや、それはどう考えても罠……)

 それを傍目に見ていた詩織でさえ、女妖怪の言葉に違和感を覚える。しかし、その大きく柔らかそうな神秘の果実の虜になり、その魅惑に釘付けになっている李仙は、一も二も無く、何の警戒も持たずに欲望と煩悩を全開にして飛びかかる

「ウッヒョーーーッ、グベラッ」

 そして案の定、女妖怪の身体に絡みついている鎖付き楔の一撃を受けて、宙空に打ち上げられる

「……あ」

(なんて無様な……)

 神速で飛びかかったために制止する間もなく天を舞った李仙を見て、詩織が声を零し、瑞希がどこまでも冷え切った視線でそれを見る

 女妖怪の一撃を受けて宙を舞った李仙の身体は、空中で錐揉み状に回転し、そのまま地面に叩きつけられる

「くッ……なんて卑怯な」

 地面に叩きつけられた李仙が歯噛みしながら、悠然とたたずむ女妖怪をにらみつけるのを結界の中から詩織と瑞希が冷ややかな視線で見る

「んふふ、可愛い子。けれど、わたくしもこれ以上あなたと戯れている暇はありませんの。だからそろそろ葬って差し上げましょう――『私艶恋架(しえんれんか)』!」

 鮮やかな紅で彩られた唇を吊り上げ、笑みを噛み殺した女妖怪の言葉に応じるように、その身体に巻き付いていた楔――「私艶恋架(しえんれんか)」と呼ばれた武器がまるで自分の意志を持っているかのように蠢き、鎖の先につけられた刃の切っ先を李仙に向ける

「李仙さん!」

「……っ!」

 その鎖の楔に貫かれ、磔にされる姿が容易に想像できる光景に詩織が声を上げ、瑞希が自身の魔力を双剣として顕在化させる

 その瞬間、女妖怪の身体に絡みついた六つの鎖が光すら置き去りにする神速へ刹那の間も無く加速させ、その刃を李仙の身体に突き立てようと宙を貫く

「――ッ!」

 しかし、その刃は李仙の身体に届く前に重厚な金属音と共に弾き飛ばされ、楔のような刃をつけた鎖が中空に跳ねあげられる

「……なっ!?」

 寸前のところで攻撃を止めた瑞希が目を瞠り、詩織が息を呑み、李仙が言葉を失う中、自身の武器を弾き飛ばされた女妖怪は、その視線を横にずらして、紅を纏った唇に笑みを刻む

「……出てきましたわね」

 女妖怪が視線を向けた先――そこに立っていたのは、長い黒髪を翻らせ、さながら風に舞う花弁を思わせる妖力をその身にまとった絶世の美女。

 艶やかな着物を揺らし、それ以上に美しい容姿に微笑をたたえる傾城傾国の美女は、その手に身の丈にも及ぶ巨大な筆を携え、一輪の可憐な花の如く佇んでいた

「――玉章(たまずさ)

玉章(たまずさ)さん!」

 歓喜と敵意が同居した女妖怪の声と詩織の声が重複し、その場に佇む絶世の美女――玉章(たまずさ)の降臨を出迎える

「間一髪だったわね、大丈夫?」

「は、はひっ!」

 自身の身の丈にも及ぶ軸に、さらにその倍近い長さを持つ純白の穂白を持つ筆に似た武器を携えた玉章(たまずさ)に優しく微笑みかけられた李仙は、その顔を紅潮させて力強い声で応じる

「こんなところに大将がのこのこ出てくるとは、少々不用心なのではありませんか?」

 その武器である楔の鎖を蠢かせながら皮肉混じりの笑みを向ける女妖怪の言葉に、たった一人で戦場に現れた玉章(たまずさ)は、その艶やかな唇から吐息のような妖艶な笑みを紡ぎだす

「随分と買いかぶられたものね。私は、夫や子供たちにばかり戦わせて屋敷の奥でそれをただ眺めているほど殊勝な性格はしていないわ」

 玉章(たまずさ)の言葉に、女妖怪はその豊満な身体を見せつけるように小さく身体を揺らし、蔑むようにやや見下した姿勢で嘲りの言葉を向ける

「あら、そうでしたの? てっきり誑かした男に守ってもらっている女郎蜘蛛だとばかり思っておりましたわ」

「ふふ、随分貧相な妄想ね。羨ましいのかしら?」

 互いに笑みを浮かべながら、その柳眉をピクリとも動かさずに言葉を交わす玉章(たまずさ)と女妖怪だが、その穏やかな口調とは裏腹に目には全く感情がこもっておらず、凍てついているかのような殺意を互いに向け合う

「…………」

(こ、怖ぇっす……)

 そのやりとりを傍らで恐怖に竦みながら見ていた李仙は、本能的に二人の美女から半歩後ずさる

 玉章(たまずさ)の持つ筆に似た武器の穂が純白の龍のように揺れ動き、女妖怪の身体に絡みついた鎖付きの楔が、金属音を響かせながらまるで生きているかのように蠢く。

 純然たる殺意が込められた微笑を向けながら対峙する二人の美女は、すでに臨戦態勢に突入しており、いつその均衡が崩れてもおかしくない状態だった

虎落(もがり)

「……?」

 不意に口を開いた美女の言葉に、玉章(たまずさ)がその意味を掴みあぐねて目を細める

「わたくしの名前ですわ。死ぬ前に覚えておきなさいな――あなたよりも強く、美しいこのわたくしの名を」

 嘲りの色の宿った声で玉章(たまずさ)に死の宣告をした虎落(もがり)は、自信に満ちた目で睥睨する

「そう。わざわざ名前を教えてもらって悪いけれど、私はあなたの冥福を祈ってはあげないわよ」

「――減らず口を」

 玉章(たまずさ)が静かで抑揚のない口調で淡々と挑発すると、虎落(もがり)はその美麗な眉を不愉快そうに歪めて、その身に絡みつく鎖楔を鞭のようにしならせて、静かに佇む絶世の美女に向けて解放する

 神能(ゴットクロア)の力によって、世界の理を越えて神速で玉章(たまずさ)に鎖楔が迫るが、その刃がその華奢な身体を捉えようとした瞬間、その刃が硬質な金属音と共に弾かれる

「――なっ!?」

 鎖楔が弾かれ、目を瞠った虎落(もがり)の視界に、玉章(たまずさ)の周囲の地面から白色の刃が伸びているのが見て取れる

(あれが、噂に名高い彼女の妖力特性という訳ですか)

 そしてその刃が玉章(たまずさ)が携える筆の先から伸びているのを見て、虎落(もがり)は伝え聞いていた妖力特性に、目を細める


 玉章(たまずさ)の妖力特性は「花墨」。花弁のように舞う妖力は墨のように世界に形を描き、玉章(たまずさ)の意のままに世界に干渉する事が出来る。

 刃の特性を持たせれば刃として、盾の性質をもたせればそのように形質を表し、自在に世界に顕在化させる。

 しかし、それだけならば普通の神能(ゴットクロア)と大差はない。玉章(たまずさ)の妖力の最も優れている点は、その色を映す(・・・・)事にある


「何を驚いているの? まさか、知らないとは言わないわよね? ――私がかつて、三十六真祖に名を列ねていた事を」

 剣呑に目を細める虎落(もがり)を見て、玉章(たまずさ)が疑問と侮蔑の籠った視線を送る

 その言葉を聞いた虎落(もがり)は、その妖艶な唇を不敵に歪めて優美に佇む玉章(たまずさ)を見て嘲りの色を帯びた声を紡ぐ

「知っておりますわよ? 身内の罪を庇うような奴には執政を任せられないって追放されたんでしたわよね」

「……ええ」


 玉章(たまずさ)はかつて三十六真祖に名を列ね、一時とはいえ妖界王に代わってこの世界の執政を司っていた事もある実力の持ち主。

 しかし、(うてな)の母――つまり自分の娘が混濁者(マドラス)の娘を連れて逃げてきた際、それを為政者として裁くのではなく、匿うという行為を行った。

 法を守り、司る者は誰よりもそれを体現しなくてはならない。世界の禁忌である混濁者(マドラス)とその両親を身内だからという理由で匿った玉章(たまずさ)は、その一件によって真祖の座を追われ、この谷底で神器を守護する役割を与えられたのだ


「けれど勘違いしないで頂戴。私は弱いから真祖を追われたのではないわ。だからこそ(・・・・・)この場の守護を任されているのだから」

 自身の武器である巨大な筆を槍のように構え、玉章(たまずさ)が凛とした口調で言い放つ


 たしかに三十六真祖の座を失った玉章(たまずさ)だが、それは弱いからではない。その実力だけならば、現行の真祖たちにも引けは取らないからこそ、妖界王からこの地とそこに眠る神器の守護を任されているのだ


「そうですわね。あなたは弱かったのではなく――甘かったのですわ」

 微笑の中に、明確な侮蔑の色を宿し、嘲るように妖艶な色香を纏う言葉が紡がれた瞬間、虎落(もがり)の身体に絡みつく鎖楔が、まるで自分の意志を持っているかのように複雑な軌道を描いて玉章(たまずさ)に襲いかかる

 妖力を帯びて、時間と理の壁を貫いて奔る神速の刃を、刃のように研ぎ澄まされた筆の穂が弾き飛ばすのを見て、虎落(もがり)はその美貌を歪めて声を上げる

「昔の栄光を振り翳すなんてみっともないですわよ」

「知った風な口をきくものではないわよ」

 互いに微笑を浮かべなが、その瞳に相手への蔑みの色を宿して玉章(たまずさ)虎落(もがり)が互いの武器を構える

「折角だから見てお逝きなさいな。――『花墨綴(かすみつづり)』!」

 静かな清流のように澄んだ声音で、自身の手にする筆の名を呼んだ玉章(たまずさ)の声に応じ、その身から放出される妖力が、花弁の渦となって天空へと舞い上がる

「いいでしょう。わたくしも教えて差し上げますわ。……目につく花は、手折られる運命(さだめ)にあるのだと」




「はあっ!」

 澄んだ声とともに太刀が一閃され、空間を断絶せんばかりの斬軌が世界に刻みつけられる

 それを紙一重で回避した十世界の妖怪の筆頭――鋼牙は、その口元に獰猛な笑みを浮かべながら、両手に持ったナイフを眼前の敵――かつて妖界城で共に王に仕えていた女妖怪「(うてな)」に向けて構える

「斬撃に特化した妖力特性――お前の領域(テリトリー)に不用意に踏み込めば、たちどころに斬り刻まれる。相変わらず外見に似合わないえげつない力だな」

 久しぶりに体感する妖力に感嘆の声を、嘲るような笑みと共に向ける鋼牙に、(うてな)は髪に隠されていない左の目を剣呑に細めて、その武器である太刀を構える

「よく言うわね。私の斬撃にも耐える強化特性の持ち主のあなたが」

 互いの妖力特性を知り尽くしている(うてな)と鋼牙が互いの武器を構えて、純然たる殺意の込められた視線を交錯させる

「多少は腕を上げたようだが、この程度じゃ俺の命は取れねぇな」

「……勝ったつもりで余裕を見せていると、首を切り落とされますよ」

 獰猛な笑みを浮かべる鋼牙は、静かな表情で応じた(うてな)の言葉に、その笑みを一層深いものに変える

「おお、怖い怖い」

 おちょくるような口調で(うてな)に応じた鋼牙は、次の瞬間その表情を消して無機質な殺意の牙を剥き出しにする

「なら、首を切られる前に殺しておかねぇとな」

 二人が互いの武器を構え、再度その刃を交えようとした瞬間、その場にいた全員の知覚に、強大な力が乱入する


「――ッ!?」


 その場で戦っていた九世界、十世界、天使、悪魔、堕天使、異端神を問わず、突然の乱入者の神能(ゴットクロア)に目を瞠り、その力がやってくる方向――天空へと意識を割く

「この力……堕天使!?」

「二人も!? しかも、片方はかなりの強さだな」

 天空から飛来する二つの力を知覚し、大貴と紅蓮が刃を交えたまま視線を向ける





「伏兵か……!」

 魔力を共鳴させ、桜と共に茉莉と相対していた神魔が忌々しげに目を細めると、その言葉に茉莉が動揺を禁じ得ない様子で声を漏らす

「違います……」

「!?」

 その声に神魔と桜が怪訝そうな視線を向けると、それを受けた茉莉は緊迫が混じった硬質な声音で、目の前の二人に答える

「少なくとも、私が知る限りこの光魔力の波長を持つ堕天使は十世界にいません」




「十世界でもない堕天使が、妖界(ここ)に来たっていうのか!?」

「……そうとしか思えん。あんな強大な力を持つ堕天使を、俺達が知らないなど……」

 奇しくも同じ事を話したラグナに、クロスが糾弾の色が混じった声を向けると、十世界に所属する堕天使は目を細めてその瞳に剣呑な色を宿す


 確かに茉莉もラグナも十世界のメンバーを一から十まで把握している訳ではない。故に、ここにやってくる二人の堕天使が、茉莉やラグナの知らない人物である可能性は捨てきれない。

 しかし、やってきた二つの力の内、片方は茉莉と同等以上の力を持っている事を知覚によって認識している十世界の面々には、これほどの力を持つ者の事を知らないとは思えなかった


(十世界じゃないなら誰だ!? ……英知の樹(ブレインツリー)か!?)

 嘘を言っているようには見えないラグナの言葉に、クロスは忌々しげに目を細めて神速で飛来する二つの存在に知覚を集中させる


 「世界」の枠を超えて活動する全霊命(ファースト)などそうはいないが、皆無という訳でもない。

 それを考えるクロスの脳裏に真っ先によぎったのは、十世界と比肩される九世界最大の危険組織――神の力である神器を蒐集する集団「英知の樹(ブレインツリー)」だ


「この軌道……まさか!?」

 誰もが突如出現した二つの光魔力に意識を奪われる中、その力の源である二人の堕天使は、この場で行われていする戦いには一切関心を示す様子もなく、一直線にある場所(・・・・)を目指して飛来してくる

 そして全員の目の前で、玉章(たまずさ)の屋敷の一角が爆音と共に破壊され、その残骸が中空に舞い上がる

「あそこは神器のある……」

 それを見て、詩織を結界で守っていた瑞希が動揺と困惑の色を隠せない声を漏らす

 二人の堕天使が貫いたその場所の地下には、玉章(たまずさ)とその家族たちが守っている神器が安置された地下空洞がある

「くそっ……桜!」

「はい、神魔様!!」

 戦いの隙をついて、さながら漁夫の利を得るがごとく神器の許へ近づいた二人の堕天使に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた神魔は、桜と共に茉莉に背を向ける

「預けるよ」

「……はい」

 この戦いを預けると言い残した神魔の言葉に、小さく頷いた茉莉は一瞬にして神速の速さで飛翔した二人の姿を見送りながら、目を細めてその美貌に安堵の色を浮かべる

「よかった……」

 誰の耳にも届かない小さな言葉と共に、目を伏せた茉莉の真意を知る者は、本人以外に誰一人いなかった




「一体何が……!?」

 突然の乱入者に騒然となる戦場で、戦闘を中断したクロスとラグナは、同時に破壊された屋敷の一角へ向かって飛翔する

「――っ!?」

 神速で飛翔する二人にとって、その距離はないにも等しい。刹那の時間すら掛からずにそこへ到着するはずだった二人は、しかし同時に自分達に向かって飛来する力を知覚して小さく目を瞠る


 二人に向かって飛翔してきたのは、三つの羽を持つ巨大なプロペラ状のブーメラン。漆黒の翼を形取ったったかのような巨大な刃を備えたそれをクロスの大剣が弾き飛ばす

 堕天使の力である漆黒の光と、天使の純白の光が飛散し、天空へと打ち上げられた漆黒のブーメランは、しかしまるで自分の意志を持っているかのように空中で方向転換し、持ち主(自分自身)の許へと帰還する


「……できれば、こっちに来ないでほしかったな、クロス(にぃ)

 手元に戻ってきた自分の戦う形である武器を手にした堕天使が、寂しげな色を宿した静かな声音でクロスを見る


 そこに佇んでいたのは、先ほど飛来した二人の堕天使の内の一人。――おそらく、足止めのために残ったのであろう彼は、四枚の黒い翼を持つ少年のような外見の堕天使だった。

 どこか幼さの見えるその顔立ちは、詩織や大貴達が見れば、十代後半という印象を覚えるだろうと思われるほどあどけない。全霊命(ファースト)である以上、実年齢はそんなものではないだろうが、その童顔から若い、あるいは幼いという印象を与える事は必定だ

 その金色の髪は、前髪だけが漆黒に染まっており、その身に纏う霊衣は、漆黒の縁取りがされた白いコートのようになっている


 その堕天使の姿を見止めたクロスの脳裏で、自身の記憶の中にある一人の天使と、眼前の童顔堕天使が重なって映る

「……お前、『オルク』か!?」

「そうだよ」

 驚きと動揺を禁じ得ないクロスの声に、童顔の堕天使――オルクは、抑制の利いた静かな声で応じる

「知り合いか?」

「ああ、天界でよく面倒を見てた天使だ」

 その様子を見て、怪訝そうな視線を向けたラグナに、クロスは視線を向ける事無く言葉だけで応じる


 「軍界王制」と呼ばれる、世界に住む民が「世界」という軍に所属する兵士であるという制度を取る九世界の全霊命(ファースト)世界の中で、天界は特に統制の取れた社会体系を持っている

 その中で、オルクはクロスにとって弟分と呼べるほど近しい関係を築いていた天使だった。決して優秀ではないが、潜在能力は高く、何より純粋で人懐っこい性格をしていたのを覚えている


「なんで堕天使に……?」

 かつて天使だった頃のオルクを思い出しながら、悲痛と憤りの色を帯びた瞳を向けるクロスに、堕天使となった当人は、その表情を曇らせて言い澱む

「それは……っ!?」

 オルクが口を開こうとした瞬間、彼方から飛来した二つの魔力が、クロスの許へと飛来する

「そいつは任せたよ」

 すれ違いざまに、クロスに言葉を残した神魔と、それに寄り添う桜は、そのまま減速する事無くオルクの傍らを通り抜け、破壊された屋敷の下へと入っていく

「なっ――!?」

 一瞬の隙を衝かれ、二人の悪魔の侵入を許したオルクが、慌てた様子で身を翻そうとした瞬間、その眼前を純白の光の斬撃が通り抜ける

「……っ」

 神魔達を追跡できずに立ち止まったオルクがゆっくりと視線を向けると、そこには自身の光力が戦う形を取った大剣を構えたクロスが、険しい表情を浮かべていた

「クロス兄……」

「お前の相手は俺だろ?」

 かつての弟分である堕天使に光力の斬撃を放ったクロスは、大剣を肩に担いで、目を見開いているオルクに抑制の利いた重々しい口調で語りかけるのだった







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