妖界×妖怪
世界と世界の狭間にある空間――「時空の狭間」。そこは、数多存在する世界の情報が入り混じり、歪に形を成し、世界とはまた違った独特の空間を形成する場所でもある。
そんな時空の狭間のとある場所。その天は漆黒に染め上げられ、まるで暗雲から光が差しているかのように空のところどころから光が降り注いでいる。
まるで雨が降り終わった直後のまま時間が止まってしまったようなその世界には、巨大な一本の樹が佇んでいる。天を貫かんばかりの巨大な大樹の幹に目を凝らすと、明らかな人工物が埋め込まれているのが見て取れる
どこか神秘的な雰囲気を持ち、巨大な宗教的祭壇を連想させるその建造物は、『博界館』。――九世界で十世界と並んで危険視される組織「英知の樹」 の本拠地だ
大樹に埋まっているせいで分かりにくいが、小さな島程度の大きさを持つ博界館の中心部には、水晶でできたような巨大な柱が貫く一室がある。
まるでそれ自体が光を放っているかのような水晶の柱から放たれる光が、室内に光と闇のコントラストを織りなし、まるで世界の真理を示すかのようにその一室を明と暗に分け隔てていた
「また十世界の連中に神器を奪われたか。……『蒐集神』といい、忌々しい事だ」
「仕方がありません。向こうには『奏姫』がいるのですから」
部屋の中心に突き立つ水晶の光樹に追いやられた闇の中から、烈火を思わせる野太い男の声が苦々しく吐き捨てるように言葉を発すると、清流のように静やかな女性の声が微笑混じりに答える
全ての神器を行使することができる能力を持つ神の巫女の末妹「奏姫」。十世界の盟主たる奏姫は、誰もが使えないはずの神器を全て使えるという意味で、神器の正当な所有者といっても過言ではない程の存在。
実際、無数の神器を保有している彼ら「英知の樹」でも、その内の半数以上に所有者が存在していない現状は如何ともし難く、十世界に神器の所有権を主張されれば、反論が難しい現状は否めない
「ならば、手をこまねいて神器が奪われるのを見ていろというのか? それとも、十世界に神器を献上でもするのか!?」
自虐的な嘲笑を込めて、わずかに語気を荒げた男に、闇の中に長い桜色の髪を躍らせる女性は、口元を扇子で隠しながら穏やかな口調で言葉を続ける
「……殿方がそう気を荒立たせるものではありませんよ? 心配せずとも、十世界は組織というよりも奏姫の取り巻きのようなものです。それを利用すれば、わたくしどもにも十分勝機がございます」
「……どういう意味だ?」
闇に舞う桜色の髪を持つ女性の言葉に、これまで沈黙を守っていた男の声が問いかける
「わたくしの息がかかった者を、何人か十世界に送り込んであります。あわよくば、我等の悲願にも辿りつけるでしょう」
もう一人の感情を炎のように燃え上がらせる男とは違い、大地のように泰然とした声に問いかけられた桜色の髪の女性は、すでに成功を確信しているかのような口ぶりで応じる
「ほう。そういえば、ここ最近『霊雷』の姿を見ないな」
「ええ。彼は今、十世界に出向中です」
最近見かけなくなった英知の樹のメンバーの名を呟いた大地のように泰然とした声の男に、桜色の髪の女性が静かな声で応じる
「まさか、神器使いまで送り込むのか?」
「わたくしは止めたのですけれど、彼の強い希望で許可いたしました」
さすがに英知の樹の中でも希少な神器使いをスパイとして送り込んでいるのには驚きを隠せない様子の男の言葉に、桜色の髪の女性が苦笑混じりに応じる
「余計な話はそこまでだ」
その時、先程までの三人とは違った声が会話を遮る
「……!」
その声に三人が視線を向けると、室内を貫く水晶の光樹の前におかれた玉座の上に座っていた人物がゆっくりと立ち上がる
炎を閉じ込めたかのような真紅の宝珠が嵌められた装甲を額に嵌め、先端に行くほど白くなる黒髪が特徴的な男がコートのような衣を翻らせて、一段下にいる三人に視線を向ける
その男の名は「フレイザード」。博界館現館長にして、英知の樹の首領を務める人物だ
光輝く水晶の樹を背にしたフレイザードは、三人の視線を受けると、厳かな声音でゆっくりと言葉を紡いでいく
「いずれにしろ、神器を十世界の好きにさせる訳にはいかない。――だが、英知の樹の目的は、究極の神器にある事も忘れるな」
そう言って三人に背を向けたフレイザードが空を仰ぎ、静かな強い決意を宿した声で言い放つ
「神の英知を手に入れるのは、我々だ」
そう言って光輝く水晶の樹を見上げるフレイザードの視線の先には、法衣のような着物に身を包んだ亜麻色の髪の美女が、水晶の柱に抱かれて覚める事のない深い眠りについていた
※
時空の門とは、「扉」のようなもの。世界に穴をあけ、指定した世界、空間の座標とを繋げる事でまるで扉をくぐれば部屋に入る事ができるように、世界と世界、空間と空間を繋げる力を持っている。
天界で時空の門をくぐった瞬間、大貴達一行はほとんど時間をかける事無く、目的地である――闇の全霊命世界の一つ「妖界」へと到着していた
「ここが妖界か……」
世界の中心から世界の全てを照らす神器「神臓」の陽光が天から降り注ぎ、果てしなく広がる大自然の中に佇むた詩織は、眼前にそびえ立つ巨大な城を見て、感慨深げに呟く
「大きい……っていうか、もうなんか驚かなくなってきた自分が怖い」
まるで山脈のような大きさを誇る人間界城、もはや大きいというよりも、一つの世界なのではないかと錯覚してしまうような天界城を見てきた詩織は、それらと同様に視界に収まりきらない巨大な建造物も、自然と受け入れていた
「あれが妖界の中枢。妖界を統べる全霊命、『妖怪』の王、『妖界王』様が住まう場所です」
瑞希が眼前にそびえ立つ巨大な城を見て、抑揚のない声で言う
妖界の中枢たる巨大な城は、そこまで見えるのではないかと思うほど透き通った海と見紛うばかりに誇大な湖の中心から、その威風堂々たる姿を悠然と見せつけている
「なら、さっさと行くか」
瑞希の言葉に小さく応じた大貴が、橋らしきものが一切ない妖界城へと向かおうと、左右非対称色の翼を広げた瞬間、一行を渇いた爆音が襲う
「なっ……!?」
一瞬、その音に身構えた大貴達だったが、眼前に踊るカラーテープと金紙で作られたような紙吹雪が舞うのを見て、思わず目を丸くする
渇いた爆音――クラッカーの音が鳴り響き、紙吹雪が舞い散る中、突如現れた二人の少女が両手を合わせて、大貴達に視線を向ける
『ウェル』
そのまま体を寄せ合い、回転しながら距離を取った二人の少女の間から三人目の女性が姿を現し、妖界城を背に、満面の笑みを浮かべる
『カム・トゥ』
両側に別れた少女たちが手をひらひらと動かし、中心に立つ女性が両手に持ったラッパホーンのような楽器を鳴らす
『YOUKA~I!!!』
「……何コレ?」
突如目の前で行われた、あまりにも予想を裏切るパフォーマンスにその場にいた全員が目を丸くして、三人の少女を見る
(思ってたのと違う……)
人間界、天界の出迎えとは全く異質な出迎えに呆けている大貴達を見て、華麗なパフォーマンスを披露した三人の少女たちが、やや困惑した表情を浮かべて顔を寄せる
「……変な空気になっちゃったよ? どうしよう」
「きっと、感動のあまり声が出ないのですよ」
最初に現れた二人の内の片割れ――純白の髪を持つ天真爛漫な印象を持つ小柄な少女の言葉に、栗色の髪を持ち、地面につくほど長い袖を持つ霊衣を纏った少女が、無感情で抑揚のない声をで応じる
「ああ、なるほど~。って、そんな訳ないよね!?」
栗色の髪の少女の抑揚のない声に、白髪の少女が目を丸くして答える
「うふふ」
共に小柄な二人のやり取りを見て、抜群のプロポーションを際立たせるレオタードに似た衣の上に、漆黒の燕尾服に似た羽織を纏い、金色の髪を頭の後ろで結い上げた朗らかな印象の女性が笑みを浮かべる
「……あれが、妖怪ですか?」
「そうだよ。妖怪は、全霊命の中で最も強靭な生命力を持つ種族で、最大の特徴は『妖怪紋』っていう個人ごとに色や形が違う紋様がある事なんだ」
唖然とした様子で、何とか絞り出した詩織の問いかけに神魔が答える
「……ああ、なるほど」
神魔の言葉に促されて、三人の女性へ視線を向けた詩織はそれぞれの顔に色も形も違う、紋章のような模様が浮かんでいるのを見て、合点がいったように息をつく
目を凝らして見ると、確かに三人にはそれぞれ、色も形も様々の紋様が憑いている。白い髪の少女は、両目の下に蒼い三角形の紋様、栗色の髪の少女は、額に赤い菱模様、金髪の女性には、両目の周囲に若葉色の唐草模様に似た紋章がある
さらに良く見てみると、全体的に身体を多く隠している二人の少女の妖怪は分からないが、比較的露出の多い金髪の女性には、首筋や、手の甲など白い肌にそれがあり、紋様の色や形、広がっている範囲にも違いがある事が想像される
「だから、その変な歓迎はやめとけって言ったのに」
そうしていると、不意に呆れたような声と共に、逆立った白髪を持つ少年が姿を現す。右頬に赤い炎のような二本の紋様が刻まれた顔立ちは、その少年が妖怪である事を如実に語っている
その少年が纏っている霊衣は、純白のパーカーのような上着に、クロップドパンツに似た八分丈ほどの黒いズボン。しめ縄のように編み込まれた腰帯びが結び目から足元まで伸びているという出で立ちで、その姿は活発な少年という印象を見る者に与える
「始めまして。『李仙』と言います」
「瑞希です」
どこか幼さを感じられる青少年のような振る舞いで自己紹介をした李仙に、一行を代表して瑞希が応じると、それを受けた白髪の妖怪は、一行を出迎えた三人の女性に視線を向けて言葉を続ける
「あちらは、白い髪のが『リシア』、栗色の髪の小さいのが『弔』、金髪のが『今際』といいます」
「ご丁寧にどうも」
瑞希が軽く黙礼すると、李仙は徐に真摯な表情を浮かべて瑞希を真っ直ぐに見据える
「それはそうと立派なものをお持ちですね。揉ませてもらってもいいですか?」
「……は?」
あまりにも真剣に発せられた言葉に、一瞬目を丸くした瑞希だが、李仙の視線が自身の胸に注がれているのを見て、その瞳を絶対零度に染め上げる
「返事がないという事は、同意を得たと思っても?」
「いいわけあるかぁ!!」
「ぐはぁっ!」
きりりと表情を引き締め、真剣な眼差しを送る李仙の顔面に、純白の髪の少女妖怪――「リシア」の蹴りが炸裂し、その身体がゴムボールのように地面とぶつかって弾けながら転がっていく
「すみません。あいつ、エロいだけの馬鹿なので。変な事をしたら半殺しにしてください」
遥か彼方に李仙を蹴り飛ばしたリシアが、軽く裾を払いながらさも当然のように声をかけると、瑞希は返す言葉に困った様子で、まるで頭痛を堪えるようにその柳眉な眉を寄せる
「妖界って、面白いところだね」
「そうですね」
その様子を見て呑気な事を言う神魔の言葉に、口元を着物の袖で隠しながら桜が淑やかに微笑む
「なんか俺、帰りたくなってきた……」
「九世界の人のイメージが壊れてく……」
そのやり取りを見て、大貴が頭を抱え、詩織はこれまでとは全く未体験の出迎えとやり取りに頭を抱える
そんなやり取りがされている中、リシアによって蹴り飛ばされた李仙は、地面にめり込ませていた顔を引き抜き、得意満面な笑みを浮かべる
「クク……やるじゃないか、リシア。だが、俺はこの程度で……ってぎゃあ!!」
不敵な笑みを浮かべた李仙が言い終わるよりも早く、宙空を貫いて飛来した何かがその頭部に向かって飛来し、それを間一髪で交わした李仙は、それを放った人物――栗色の髪を持つ小柄な少女――「弔」に視線を向ける
「馬鹿野郎、弔! 当たったらどうするんだよ!?」
「……外した」
李仙の言葉を受けた弔は、手を隠すほどに長い袖で掴んでいた注射器に似たダーツの矢らしき武器を持ったまま忌々しげに舌打ちをする
(……投擲系の武器か)
そのやり取りを見ながら、大貴は弔の手に握られた注射器のような形状をしたダーツの矢を見て目を細める。
そのやり取りを呆嘆の表情で見ていた大貴達に、金色の髪を持った女性――「今際」が穏やかな声音で微笑みかける
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。こんなところで立ち話もなんですから、妖界城の方へどうぞ」
「……お願いします」
今際の言葉に瑞希が代表して頷くと、金色の髪の女性妖怪が宙に浮かび、橋もかかっていない湖上の巨城へと滑るように移動を始める
「すみません。妖界城に他世界の方が来られるなど、滅多にない事ですし……ましてそれが天使と異端神ともなれば、尚の事です。出来る限りフレンドリーにお出迎えしようと思ったのですが、やはりもっと派手な方が良かったですね」
全容を収める事が出来ない程広大な湖の上を滑るように移動しながら、唇に人差し指を当てて言う今際に、瑞希が返答に困って応じる
「いえ、あれで十分です」
その一方で、何事もなかったかのように同行している李仙は、次の標的を桜に変えて呆気なく袖にされ、しかし全くめげた様子もなく、詩織の方へ視線を向ける
「……フッ」
(は、鼻で笑われた……!)
まるで興味がないとばかりに、自分をスルーして行った李仙を見て、少なからず乙女心に多大なダメージを受けた詩織は、瑞希、桜へ向けた視線を自分の胸に落とす
(よ、容姿はともかく、私だって、もう少しすれば……)
容姿はともかく、自分はまだ十五歳。まだ成長の余地はあると、自分を心の中で慰めつつ、盛大にテンションと肩を落としている詩織の横で、その元凶となった李仙は、敵対する事しかない光の存在に対して、全く動じた様子もなく、マリアを口説きにかかる
「ねぇねぇ、天使のお姉さん。君も可愛いね~。どう? 折角の交流なんだから、俺と仲を親睦を深めない?」
「――っ」
李仙の言葉に、その会話に耳をそばだてていたクロスの口元から、歯を軋らせる音が響く
(苛立ってる、苛立ってる)
マリアを口説かれて面白くないとありありと嫉妬の炎を燃やしながらも、かろうじて自制心を働かせている様子のクロスだが、これ以上事が進めば、今にも飛び出しそうなほど敵意を燃やしているのは明白だ
その様子を見て、桜と微笑ましげに視線を交わす神魔は、万が一クロスが李仙に攻撃でも加えようものならどうしようかと思案しながら、移動を続ける
「え、えっと……・」
もちろん、クロスが苛立ちを露にしているのはマリアも気づいている。クロスが今にも介入してきそうな様子で意識を向けてくれている事に、ほんのりと頬を朱に染めながらマリアが困惑した表情で、妖界の代表者達に助けを求めるように視線を動かす
「その馬鹿は無視してください」
「半殺しまでなら許可」
「……まあ、その図太さというか、物怖じしない所は感心しますけどね」
助けを求めるマリアの視線を受けたリシア、弔、今際が順に答えて、冷ややかな二人の視線と、困ったような一人の視線が李仙に向けられる
「……はぁ」
その答えにマリアが、困惑気味に笑みを浮かべると、全員を先導していたリシアが視線を前に向けて淡々とした口調で話を締めくくる
「まあ、どの道ここで終わりです。――着きましたから」
その言葉が示すように、湖上を滑るように移動していた一同は、その中心に浮かぶ巨大な城――「妖界城」へと到着する
「ちぇ」
さすがに城内ではおいたをする気がないのか、残念そうに顔をしかめた李仙を尻目に、大貴達はリシア達に先導されて、次々と城を取り囲む山脈のような城壁の前に降り立つ
「皆様には、『三巨頭』に謁見していただきます」
「……三巨頭? 妖界王……様、じゃないのか?」
全員が城門前の広場に降り立ったのを確認して、三人の女妖怪の中で、最も大人びた印象を持つ今際が涼やかな声で説明すると、聞き慣れない単語に、大貴が怪訝そうに首を傾げる
「妖界王で結構ですよ。あなたは異端とはいえ神。王よりも格上の存在ですし、何よりあの方は……まあ、お会いになられれば分かります」
「……?」
大貴の言葉に応じたリシアが、言葉の後半を声を濁らせると、それに同意するように弔がため息をつき、今際が苦笑を浮かべる
「では、参りましょうか」
リシアが純白の髪に彩られた後頭部を大貴達に向けて手をかざすと、山脈のように巨大な金属製の城門の一角に穴が開き、城内へ続く入口へと形を変える
(すごい……この城門どこからでも入れるんだ……どういう仕組みになってるんだろ?)
感嘆の声をついた詩織がリシア達の後に続いて城内にはいると、そこには山脈のような城壁が矮小に見えるほど巨大な城が悠然とそびえ立っている。
天界王城のように都市そのものが乗っているのではなく、ただただ巨大な城の姿は、印象としては人間界王城に近い。しかしその巨大さはその比はなく、天界城の中枢である天王宮に勝るとも劣らない
「……慣れたつもりでいたけど、やっぱり九世界はスケールが違うわね」
遠近感が狂いそうなほど規格外に巨大な城を見上げ、ため息にも似た感嘆の声を漏らす
「ところで、三巨頭っていうのはなんだ?」
重厚な金属音と共に扉が開き、真紅の絨毯が敷き詰められた大理石に似た光沢を放つ物質で作られた城内に足を踏み入れた所で、大貴が問いかける
世界同士の交流が少ないため、同じ闇の世界同士であってもその世界の事は詳しくない。故に、大貴のその質問に答えたのは、神魔でも桜でも、瑞希でもクロスやマリアでもなく、この「妖界」という世界に暮らす妖怪――「今際」だった
「妖怪は、闇の神から生まれた唯一の存在である『始祖』と呼ばれる最強の妖怪――『妖界王』様を頂点として、『真祖』と呼ばれる妖界王様に認められた三十六人のリーダー格の妖怪がいます。
妖界王様は、向いていないと仰って御自身で政を行われないので、その三十六人の真祖の中から三人の人物を選び出し、一定期間世界の統治を任せておられます。そして、その時に選ばれたその時代を統治する三人の真祖を『三巨頭』と呼ぶのです」
「……なるほど、期間限定のリーダーって事か」
「そういう事ですね」
小さく納得した様子を見せた大貴に今際が応じる
九世界の中で闇の全霊命が収める世界は、一貫して完全実力主義を貫き通しており、単体としての戦闘力が最も高い個体が王として世界に君臨している。
しかし、戦闘力が高い事がイコールで執政者として相応しいとは限らない。妖界を統べる最強の妖怪――「妖界王」もまたそんな王の一人であり、自身が最も信頼を置ける「真祖」と呼ばれる三十六名の妖怪を選び出し、世界の治安と政治を委ねている。
時代ごとに三人。無作為に選ばれる王の代行執政者たる「三巨頭」は、この世界の統治と執政を担い、世界の安寧と安定を保ってきた
「こちらが玉座の間です」
そんな話をしている間に、一行は巨大な扉の前で立ち止まる。城自体は天を衝くほど巨大だというのに、扉は妖怪のサイズに合わせているため、大きいとは言っても三メートル程度しかない。
建物全体の大きさと比べてアンバランスにさえ思えるその扉がリシアと弔の手によって重厚な音を立てながら開き、大貴達の眼前に玉座の間を映し出す
扉が開かれた先に広がっている玉座の間は、巨大なドーム状の部屋。まるで卵の中にいるような、あるいは繭の中にいるような錯覚を受ける室内には、カーペットが敷き詰められており、随所に配置された燈台から剥き出しの炎が室内を照らしている
そして、入口から見て最奥部に位置する玉座の上には漆黒の繭に似たなにかが置かれており、その周囲には大貴達の到着を待ちわびていたかのように体躯の良い大男と、小柄な女性、そして儚げな風貌を持つ美女が佇んでいる。
リシア達に先導されて玉座の下まで歩み寄った一同は、その場で恭しく膝をついて跪く
「お初にお目にかかります。私は魔界の代表として参りました瑞希と申します。そしてこちらが」
「神魔です」
「桜と申します」
最初に口火を切った瑞希が、涼やかな声で名乗りを上げて視線で合図を送ると神魔と桜もそれに倣う
「天界から遣わされたマリアと申します」
「同じくクロスと申します」
当たり前のように謁見をこなす神魔達に続き、クロス達が挨拶を終えたのを見た大貴は、それを真似て名乗る
「……光魔神、大貴です」
「し、詩織です」
どこか恥ずかしそうにしながらも、卒なく名乗りを終えた大貴を見た詩織は、それに続けとばかりに勇んで、緊張した面持ちで名乗りを上げる
九世界には「名字」という概念が無いことを念頭に置いて、あえて名前だけを名乗った詩織を以って一通りの自己紹介が終わったところで、玉座の上に立つ三人の妖怪の中心に立つ大男が口を開く
「よく来たな。光魔神とその一行。儂は、この妖界城と世界の管理を任されておる『三巨頭』の一人、『乱世』だ」
その精悍で猛々しい顔立ちに相応しく、重量感のある低く野太い声を発した「乱世」と名乗った妖怪は、短く刈り上げられた金色の髪と巨大な二本の角、そして褐色の肌が特徴的な筋骨隆々とした大男。
妖怪の証である紋様は、眉間で交差する黄色のX紋。十字傷にも見えるそれは、たっぷりと口髭を蓄えた乱世のいかつい顔にさらなる威厳と風格を与えている
「同じく『法魚』」
乱世に続いたのは、薄紫の髪を漆黒のリボンで結い、左頬にワインレッドの妖紋を持つ青みがかったゴシックドレス風の霊衣を纏った少女。
乱世と比べても半分ほどしか背丈がないにもかかわらず、その身に纏う雰囲気や存在感は三人の中でも一際熟成されているように見える
「『萼』と申します」
そして最後に名乗ったのは、顔の右側を極めて白みがかった金髪で隠した女性。薄桃の着物風のドレスを纏った儚げな存在感を持つその整った顔には、妖怪にあるべき紋様がない
「ご丁寧な挨拶いたみいる。これからはどうか、楽な口調で話してほしい」
「お心遣い感謝いたします」
自己紹介を終えた三人を代表して乱世が厳かな声音で親密な関係を要求すると、その言葉に瑞希は深々と頭を下げて謝意を示す
「では、お言葉に甘えさせていただいて……早速ですが、一つお訪ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
その場で立ち上がった瑞希は、重厚な声音で応じた乱世に向かって問いかける
「妖界王様は、いずこにおいででしょうか? よろしければご挨拶をさせていただきたいのですが」
この場を見渡す限り、妖界王らしき人物の姿は見られない。いくら執政に携わっていないとはいえ、九世界に光魔神を引き入れる今回の作戦に無関係であるはずはないのだ
瑞希の言葉に、「やはりそうきたか」と言わんばかりに渋い表情を浮かべた壇上の三人は、互いに顔を見合わせて小さくため息をつく
「妖界王様なら、あなた達の目の前にいるわ」
「……?」
眉間に皺を寄せて渋い表情を浮かべた法魚の言葉に、大貴と詩織はもちろん、瑞希達九世界の面々までが怪訝そうな表情を見せる
「これよコレ。この漆黒の繭が『妖界王・虚空』様なの」
そう言って、玉座の上にある漆黒の繭を軽くつま先で小突く
「なっ……!?」
法魚の言葉に目を見開く大貴達を一瞥した乱世は、両腕を組んだ体勢のままその重低音の声でその理由を説明する
「説明するまでもないかもしれんが、我々妖怪の神能――『妖力』は、極めて異質な性質を帯びやすく、千差万別の能力を顕現させる特異な力だ。この繭は妖力を顕在化させる妖界王様の妖力によって形作られたもので、妖界王様はこの中で永い眠りについておられる」
妖怪の持つ神能である「妖力」は、九世界の中でも極めて異質な特性を宿しやすいことで知られている。
中でも妖界王の能力は異質で、放出された妖力が武器や全霊命の身体のように固形体として顕在化するという特性を有している。――即ち、玉座の上に座すその漆黒の繭は、その能力によって固形化した妖界王の妖力によって形作られたものという事になる
「永い、眠り?」
その説明に驚愕を隠せない様子で、瑞希が声を漏らすと、それに続くように全員が声を詰まらせる
「一体、何が……?」
無限の力を有す全霊命は、眠らなくても生きていける。しかし、瀕死の重傷を負った場合、意図的に身体を眠らせ、回復に専念したり、あるいは存在そのものを「封印」された場合にも「眠る」という表現を用いることがある。
いずれにしろ、最強の全霊命の一人である「妖界王」が「眠り」についている。それは九世界の常識では只事ではない
妖界王が永い眠りについているという事態に、驚愕を滲ませる一同を見降ろした乱世は、その勇猛な力を宿す目を伏せて、ゆっくりと厳かな声を紡ぎだす
「実は妖界王様は……」
既にこの妖界では、何か重大な事件が起きているのではないかと意識を強張らせ、重厚な声音で紡ぎ出される乱世の言葉を聞き逃すまいと、一同が固唾を呑んで見守る中、妖界を統べる役目を担う大男は、一拍の間をおいてから口を開く
「引き籠りなのだ」
「……はい?」




