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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天界訪問編
90/305

天界の王と四聖の翼





(凄い……)

 アース、そして天界の姫であるリリーナに先導されて天界城の中心にある巨大な塔――天王宮と呼ばれる建造物に大貴や神魔達と共に入った詩織は、神殿と教会を合わせたような宮殿内の光景に思わず感嘆して息を呑む


 白亜を思わせる外壁と床に囲まれた塔の内部は、一点の曇りもない白と彫刻のような金色の柱によって支えられており、調和のとれた美しい光のコントラストが豪華であって派手すぎず、むしろ落ちついた荘厳な雰囲気を作り出している。

 天を貫くほど巨大な塔である天王宮は、その形を成している柱が移動装置そのものの役割を果たしている。つまり、塔を支える直径数百メートルにも及ぶ巨大な柱は全て中身が空洞となっており、その中を移動する事によって全霊命(ファースト)の神速を損なう事無く、好きな区画へと移動する事ができるようになっているのだ


 そして、天王宮の一階はそれそのものが広大なエントランスとなっており、城内に入った者を出迎える城の顔にふさわしい荘厳なと神々しさを醸し出している


 壁や個室などの仕切りが一切ない、視界に収まりきらない程広大で開放感に満ちたエントランスは、建物内とは思えない程に広大で、周囲を見回せば数人の天使が目につく。

 高さ数十メートルはあろうかという天井に照明器具のようなものは一切付けられていないが、まるで太陽の光で形作られたかのような白亜の天井や壁、床から放たれる微かな光が、城内を明るく照らし出しており、建物の中にいるはずなのに屋外にいるような感覚を覚える空間を作り出していた


「天界王様は最上階でお待ちだ」

 言外に「ついてこい」と言って翼を広げたアースとリリーナに倣って、大貴達は光に満たされた宮殿内を光よりも早く翔け抜けていく

「玉座の間に、悪魔の方々を招くのは初めてですので、特にお三方に関しては少々不愉快な思いをされるかも知れませんが、どうかお許しください」

「分かっています」

 その最中、前もって謝罪を述べたリリーナの言葉を受けた神魔は、それに首肯を返す


 世界に無数に存在する世界の中でも、九世界を支配する八つの全霊命(ファースト)の種族同士はほとんど交流を持っていない。

 九世界の間で執り行われる会議も世界と世界の境界――「時空の狭間」に設けられた中立地帯で行われるため、互いが互いの領域に入ることなどほとんどないのが実情だ

 そのため、各世界の王がいる玉座の間にまで他の全霊命(ファースト)種族――特に、光の全霊命(ファースト)世界の玉座の間に、闇の全霊命(ファースト)が立ち入る事、あるいはその逆は極めて稀な事であることは神魔達も十分に承知している


 世界で初めて天使の王の玉座の間に招かれる三人の悪魔を引き連れ、アースとリリーナは天王宮の中心を貫く巨大な金色の柱の中へと入り、そのまま一気に最上階に向かって飛翔する。


 天王宮の中心を貫く黄金の柱は、唯一玉座の間に直結する、玉座の間へ向かうためだけの道。直径数百メートルにも及ぶ巨大な天へ続く道を神速で駆け抜けた神魔達は、瞬く間に最上階にある区画へと続く最後の扉へと辿りつく

 大貴達が辿りつくのを待っていたかのように、重厚な金属音を響かせて金色の円扉が開き、その内側に一同を招き入れる


 金色の円門をくぐりぬけた先に広がっていたのは、礼拝堂を思わせる厳かな一室。光に満ち、白亜と黄金の装飾で彩られたその部屋は、ただでさえ聖浄な天界の中で、一際澄み渡った神聖な空気に満たされていた

「よく来てくれた」

 その瞬間、大貴達に抑制された静かな声が響く

「天界王様、光魔神様とその一行をお連れいたしました」

 その声に答えるように、アースが深々と頭を下げ、隣にいるリリーナもそれに倣う

(あれが……天界王)

 アースとリリーナが頭を下げている先――神殿の祭壇を思わせる一角に設けられた玉座に座った金色の天使を見た大貴は、目を細めてその姿を焼きつける


 そこに座していたのは、その身から光を放っているかのような光輝な存在感を持った人物。

 玉座に座っているため正確には分からないが、腰まで届くほど長い金色の髪を持ち、その身に纏った純白の衣の上に色鮮やかな宝玉をはめられた金の縁取りがされた銀の鎧を纏った一対二枚の白翼を自身の存在感で輝かせた天使が、天界へと来訪した異端の神と三人の悪魔、そしてゆりかごの人間に視線を向けていた


「お初にお目にかかる。『天界王・ノヴァ』だ」

 精悍で整った顔立ちをした天使の王――「ノヴァ」が口を開き、威厳に満ちた声音で名乗ると、その背後から六対十二枚の純白の翼を持った朱色の髪の天使が姿を現して、軽く目礼する

「『アフィリア』と申します」

 ノヴァの声に続くように、玉座の傍らに佇んでいた赤い髪を持つ造形されたように整った顔立ちを持つ「アフィリア」と名乗った美しい天使が慈愛に満ちた笑みを浮かべる

 一点の混じりけもない純紅の髪から、澄み切った金色の視線を向けて、紅で彩られた唇に微笑を刻んだアフィリアは、母親だけはあって、リリーナと面差しがよく似た表情で大貴たちに視線を向ける


 客として招いた大貴はもちろんのこと、天敵であるはずの悪魔である神魔たちやゆりかごの人間である詩織にもわけ隔てのない慈愛に満ちた笑みを向けたアフィリアの傍らで、大貴たち一行を招き入れたアースとリリーナは、王と女王のやり取りを妨げないように配慮を怠らず、静かに玉座の下段に移動する

 玉座に天界王(ノヴァ)、その傍らに天界女王(アフィリア)が佇み、その一段下に天界姫(リリーナ)が立つと、それを合図にするかのように床に足をつけたアースの横に、部屋の端から新たに姿を現した三人の天使が並ぶ


「――!」

(……四聖天使が勢ぞろいか)

 水色に近い青い髪を逆立たせた温和な印象の六枚翼の青年、夕焼けのような鮮やかな橙の髪を持つ八枚翼の女性、白銀の鎧に身を包んだ白色に近い金髪の男性。そしてアース。

 魔界でもその名が知れ渡っている天界の誇る最強の四人の天使が一同に会した豪華な様子に、神魔は内心で感嘆の声を漏らす

「魔界の使者として参りました。『瑞希』と申します」

 天界王の前に瑞希を中心にして三角形の頂点の位置に跪き、神魔と桜が恭しく頭を垂れる

 それを見て、慌てた様子でそれに倣った大貴と詩織を見て、天使の王「ノヴァ」が抑制された声を向ける

「……楽にしてくれればいい」

「お心遣い、痛み入ります」

 ノヴァの言葉に、瑞希が再度深々と頭を下げた瑞希が立ちあがると、それに倣って神魔達も立ち上がり、玉座に座っている天使の王へ視線を向ける

(人間界みたいに大仰な出迎えはされないんだな……まあ、当然か。この方が気楽でいいな。ただ――)

 敬意を示す形式的な所作を終えた大貴が、六人しかいない天使側の出迎えを見て、おびただしい数の人間と、崇拝に似た感情を以って迎え入れられた人間界での出迎えを思い出して、胸を撫で下ろす

 光魔神の力に列なる直系の存在である人間界の人間とは違い、天使は九世界の創造主でもある「光の神」に列なる存在。それを考えれば、出迎えの差は必然ともいえるのだが。

(天界王よりも、あの後ろの女王って人の方が光力が強いな……しかも桁外れに)

 天界を統べる七人の天使と拝謁した大貴は、眼前で玉座に座す天界王「ノヴァ」よりも、その背後にいる「アフィリア」と名乗った天使の方がはるかに大きい。


 大貴の知覚能力が捉えた限り、今ここにいる七人の天使の中では、アフィリアが群を抜いて強い力を持ち、次いでノヴァと四聖天使、リリーナの順で続いている


(まあ、力が強ければ王って訳じゃないか……)

 人間界では、王族(ハーヴィン)が他を圧倒する存在だったが、天使の世界では強ければ王になれる訳ではないのだろうなと、自己完結した大貴の前で、玉座に座す天界王・ノヴァがその口を開く

「話は魔界王から聞いている。こちらで世界を訪問する者――つまり、君たちの情報を整理して、他の光の世界に口利きをする事には、我々としても異論は無い。ただ……」

 自分達が事情を把握している事をあらかじめ話した上で、ノヴァは一度言葉を区切って大貴達に言葉を続ける

「天界の側からも、光魔神に同行する者をつけさせてもらいたい」

「……!」


 天界を筆頭に、光の全霊命(ファースト)が支配する八つの世界「天界」、「天上界」、「聖人界」、「妖精界」に闇の全霊命(ファースト)が侵入する事は容易な事ではない。

 今回大貴達が天界を訪れたのは、光の側の世界の筆頭である天界に口利きをしてもらう事で、神魔達悪魔をスムーズに各光の世界へ入らせる根回しをしてもらうためだ


 十世界に手を焼いている天界としても、かの組織にいる「反逆神」に対抗するために光魔神を自分達の味方に引き込もうとする魔王の考えに、一時的な協力関係を築く事はやぶさかではない。

 しかし、光魔神に同行する者が闇の全霊命(ファースト)――悪魔だけでは、光魔神(大貴)の好感度、あるいは十世界討伐の成果が闇の世界に偏ってしまいかねない。後々の事や、もしもを考えれば、それは光の側としても避けたい事だ


 事実上の交換条件を提示したアースは、その意図を正しく理解している神魔達に小さく口元に微笑を浮かべて視線を、大貴達の背後――そこにいる二人の天使に向ける

「心配しなくてもいい。同行させるのはそこにいるクロスとマリアだ。その方が君も気兼ねなく接する事ができるだろう?」

 新しい誰かよりも、これまで交友があった人物達の方がいいだろうと、クロスとマリアの同行を提案された大貴は、丁寧な言葉遣いで答える

「……助かります」

「二人ともいいな?」

 大貴の許諾を得たノヴァが、声だけをクロスとマリアに向けると、二人はその場で胸に手を当てて腰を折り、頭を下げる

「はい、謹んでお受けいたします」

「同じく」

 クロスとマリアの同行を取りつけて満足気な表情を浮かべたノヴァは、小さく息をつくと同時にわずかに憂いを帯びた表情に変えて言葉を続ける

「さて、大きな事を言ったばかりで悪いが、君達には闇の世界から回って欲しいと思っている。少々説得に時間がかかる奴ら(・・・・・・・・)もいるしな」

彼ら(・・)ですか……畏まりました」

 ノヴァの言葉に合点がいったように瑞希が応え、言葉には出さずとも神魔と桜も同意を示し、クロスとマリアが渋い表情を浮かべているのを見て、大貴と詩織が首を傾げる

「――……?」

 九世界に全く詳しくない大貴と詩織がその意味を理解できずにいる中で、ノヴァはさらに一行の引率的役割をこなすであろう瑞希と、本命である大貴に言い聞かせるように言葉を紡いでいく

「だが、先に闇の世界だけ(・・)を回っては、光の世界(こちら)も都合がよくない。――そこでだ、『闇』と『光』の世界を交互に訪問して欲しい」

「分かりました。そのように取り計らわせていただきます」

「手間をかけるな。それと、一つ注意してもらいたい事がある――いや、正確には気に留めていてほしいことだが」

 恭しく頷いた瑞希に謝辞を述べたノヴァは、その目に剣呑な光を宿す

「ここ数百年、どうも堕天使界が不穏な動きを見せている。今まで直接的に何かをされたという報告は無いが、その目的が分からない以上油断は禁物だ。『英知の樹(ブレインツリー)』もいるしな」

「分かりました。お心遣い感謝いたします」

(九世界も、結構いろいろあるんだな……)

 ノヴァの警告に感謝の言葉を述べる瑞希を横目に、大貴は分かり切っている事とはいえこれからの訪界も一筋縄ではいかないであろう事を悟って目を伏せる

 そんな重苦しい雰囲気を切りはらうように、一度だけわざとらしく咳払いをしたノヴァは、明るく穏やかな口調で、玉座の下にいる客人達全員を見回す

「さて、堅苦しい話はここまでだ。歓迎とまではいかないかもしれんが、もうすぐ日も落ちる。今日はここに泊っていくといい」

「ありがとうございます」



                 ※



「……よろしかったのですか?」

 大貴達がリリーナ達に連れられて部屋を出た後、天界の女王であるアフィリアは淑やかな声で玉座に座ったままの伴侶――天界王・ノヴァへ視線を向ける

「マリアを同行させた事か?」

「はい」

 一拍の間をおいて返されたノヴァの言葉に、アフィリアは小さく首肯する


 ノヴァは自分が何を言いたいのか分かっている。それでも、あえて訊ねるように言ったのは、マリアに同行命令を下した自分の判断に、少なからず後ろめたい感情があるからだとアフィリアは十分に承知していた


「マリアの母――アリシアは、お前にあの子を託す時、混濁者(マドラス)という忌児を殺させないために、あの子に祝福という名の呪いをかけた。この結果は必然だったのかもしれん」

 まるで言い訳をするように淡々と言葉を紡ぐノヴァに、アフィリアは感情のこもらない視線を向ける

 非難するでも、咎めるでも、肯定するでも、慰めるでもない――あえていうなれば、ノヴァの心中を正しく推し量ろうちしているかのようなその視線に気づいた天界の王は、降参とばかりに肩を竦め、自嘲混じりの笑みを浮かべる

「――などと、言い訳は出来ないな。私は彼女を利用しているのだから」

「そうですね。自分の娘の幸せを望まない母親などいないでしょう。……私にもその気持ちは痛いほどわかりますから」

 自分を責めているであろうノヴァの言葉に、アフィリアは沈痛な面持ちで静かに目を伏せる



 マリアの母「アリシア」は、アフィリアと姉妹に近い関係を持つ大天使だった。だからこそアリシアは、禁忌を犯して産んだ混濁者(マドラス)の子供――「マリア」を親しい関係にあるアフィリアとノヴァに預けた

 天界において屈指の存在だったアリシアが禁忌を犯してまで産んだマリアをノヴァやアフィリアが引き取ったのは、単に親しい間柄だったから、という理由ではない。

 禁忌を犯した者として命を狙われる身になりながら、最愛の子を守るために天界の王と女王である友人に自分の子を預ける決意をしたアリシアは、王としての二人がマリア()を守り、育ててくれるように母の愛による祝福をかけたのだ

 神器を宿した娘ならば、切り札としてノヴァやアフィリアたちが庇護してくれるはずだ、というアリシアの目論見は確かに成功した。

 しかし、ただ生きていてほしいと一身に願ったアリシアが行った苦肉の策が、さながら呪いのように、今守りたかった存在であるマリアを苦しめる事になっているのは皮肉としか言いようがないことだが



「母の愛情とは、かくも恐ろしく尊いものだな……だが、私はこの道を選ばねばならん。仮にアリシアに恨まれる事になろうとも」

「……非道い人ですね」

 強い決意を伴って紡がれたノヴァの本心に、目を伏せたアフィリアは慈愛に満ちた笑みを浮かべて天界王として選択に心を痛める夫の肩にそっと手を重ねる

「ですが、忘れないでください。そういうあなただからこそ、皆があなたを天界王として選んだのだという事を――無論、私も」

 子守唄のように優しく紡がれるアフィリアの言葉にノヴァは、耳を傾けながらそっと目を伏せる

 互いに寄り添う天使の王と女王を玉座の間を満たす光が照らしだし、二人の姿を一枚の絵画のように演出していた



                  ※



「なあ、一つ聞いていいか?」

 天界の中枢たる天を衝く塔――天王宮の下層に用意された居住区に案内された大貴は、塔の中だというのに公園のような緑までがある生活区を囲むように作られた廊下を歩きながら、隣を歩く神魔に声をかける

「なに?」

「天界王よりも、後ろにいた女王の方が強いよな?」

 自分の中で一度完結させた事とはいえ、知覚によって覚えた疑問を簡単に拭う事はできない。「実力だけで王を選んでいるのではない」という自分の推測を確信に変えるために問いかけた大貴の言葉に、神魔は微笑んで頷く

「そうだよ。天界に限らず、光の世界は実力主義の闇の世界と違って、単純な戦闘能力だけでは王を選ばないからね」

(やっぱり、そういう事か……)

 自分の想像が当たっていた事で、胸の中に湧き上がっていた疑問を解きほぐされた大貴が、息をつく隣で、神魔はそれの補足を咥える

「女王アフィリアは、神から生まれた最初にして最強の天使――『十聖天』の中で、天界に残った唯一の天使だけど、今の天界王『ノヴァ』は、王としての器を天使たちと、そのアフィリアに認められて二代目の天界王になったんだよ」

 その会話――というよりは、恋する乙女の因果で神魔に意志を剥けていた詩織は、ふと耳に入ってきた二人の会話に興味を抱いて、不躾とは思いながらもそこに割って入る

「二代目って事は、初代はどうなったんですか?」

「先代の天界王――つまり初代天界王は、十聖天最強の天使『ロギア』って言ってな。今は堕天使の王だ」

 何気なく詩織が発したその疑問に答えたのは、意外にも神魔では無くクロスだった

 そもそも全霊命(ファースト)は耳もいい。この程度の内緒話なら、ほとんど普通に話しているのと変わらない程度で聞きとる事ができる。どうしても聞かれたくないのなら、思念通話のような手段をとるのが確実だ


 あえて大貴がそれをしなかったのは、思念通話は会話の内容こそ分からなくとも、相手がそれをしている事を神能(ゴットクロア)のやり取りから察する事ができるためだ。

 神魔と内緒話をしては、天界の天使達の心証を損ねかねない。九世界の事は分からないが、その程度の配慮をする事は、意外に気が回る一面を持つ大貴にとって造作も無い事だった


「え!? それって……」

「ロギア様の事は、あまり訊ねないでください。天界でその話題に触れるのは、タブーとされておりますので」

 クロスの答えに、詩織がさらに疑問を投げかけようとした瞬間、聞く者を魅了する神の福音のようなリリーナの声がそれを遮って話題を終わらせる


 十聖天とは、天使の原在(アンセスター)――光の神から最初に生まれた天使の原型とも言える十人の天使の総称だ。

 神に最も近い十人の天使は、他の天使とは隔絶した力を以って世界を支配し、悪魔をはじめとする闇の全霊命(ファースト)達との戦いによって、その大半が命を落としたり、何らかの理由で天界を離脱し、現在天界に残っている十聖天は、天界の女王である「アフィリア」一人だ。

 マリアの母である「アリシア」も、この十聖天の一人であり、堕天使達の王である「堕天使王・ロギア」に至っては、十聖天最強の天使にして、十聖天の長、そして最初の天界王をも務めた人物だ。


 しかしロギアは、天界を裏切って堕天使となり、堕天使を生み出す能力を持った堕天使の王として、堕天使界と呼ばれる世界に君臨している。

 光の天使の始祖にして最強の天使であるロギアが堕天使となった事は、天使達の間では禁忌とされており、追及や言及は暗黙の了解としてしないことになっている


「……そうですか」

 本音を言えば興味津々だが、追及しないでほしいという事を訊ねるのはよくないだろうと、好奇心を懸命に抑え込んだ詩織に、リリーナは肩越しに視線を向けてそっと目を伏せる

「感謝いたします」

(大人になったじゃないか、姉貴)

 詩織が知れば、「失礼な」と怒り出しそうな事を考えながら、実の姉に子供の成長を喜ぶ父親のような視線を向けていた大貴は、ふと前方に立ちはだかる強大な光力に気づいて足を止める

「……!」

 天界の宮殿内に天使がいる事には何ら疑問をさしはさむ余地はないが、大貴達を先導していたリリーナとアースまでもが足を止めたのには、れっきとした理由があった

(この光力……玉座の間にいた天使の一人だな)

 知覚から前方にいる天使の正体に気づいている大貴が視線を向けると、案の定先ほど玉座の間で王と女王よりも一段低い場所で異世界からの来訪者を迎えた四人の天使の一人――水色に近い青髪を逆立たせた六枚翼の天使が、通路の中央に立って一同を待ち構えていた

「やあ、会えて嬉しいよ」

 開口一番、親しみを込めた口調でそう言った水色の髪の天使は、ゆっくりと大貴はもちろん、神魔達にも視線を向けて微笑む

「……『オルセウス』か、何の用だ?」

「何の用だ、は非道いんじゃないかい? 俺は、光魔神や悪魔のみんなと親睦を深めたいだけだよ」

 抑揚のないアースの言葉に、オルセウスと呼ばれた水色の髪を逆立たせた天使は、苦笑混じりに答える

「……オルセウス? この人が、あの(・・)オルセウス?」

 その言葉に驚きを滲ませた声で反応した神魔と同様に、桜、瑞希も興味深げにオルセウスに視線を向けて、その全身を舐めるように見る

「そう。その(・・)オルセウスだよ」

 神魔達悪魔勢の反応の意図が正しく分かっているクロスは、その言葉を不機嫌とも取れる硬質的な声で肯定する

「桜さん」

 暗に「説明してください」と問いかけてきた詩織の言葉に、癖の無い艶やかで美しい桜色の髪を持つ絶世の美女は、オルセウスいう名の天使に視線を向けたまま、涼やかで淑やかな声で応じる

「……彼は、九世界の『三大事変』である『ヘイルダートの悪夢』において、その力を示し、四聖天使に任命された、最も新しい四聖天使です」

「……三大事変?」

 聞き慣れない単語に怪訝そうな顔を浮かべた大貴と詩織に、マリアが視線だけを二人に向けて補足的な説明をする

「九世界の歴史に刻まれる中でも、『創界神争』、『異神大戦』、『聖魔戦争』の『三大大戦』と並んで、世界の歴史の指標にも用いられているほど大きな事件の総称です。『ヘイルダートの悪夢』、『天の落日』、『ロシュカディアル戦役』――これら三つの事件を総称して、『九世界三大事変』と言います」


 九世界は、世界創世から数える事すら億劫になるほどの歴史を積み重ねている。元来不死身に近い全霊命(ファースト)達にとって歳月などさほど重要な事ではない事もあって、九世界では年数などを記録し、歴史を年表として表す事がない

 そんな中、九世界の歴史を表す指標とされるのが、大きな戦いや、事件などだ。人間界で言えば「黒き千年」や「緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)」もそれに相当し、九世界全体では、「三大大戦」と「三大事変」が特に世界共通の指標として認識されている


「『ヘイルダートの悪夢』は、彼――『オルセウス』という天使が、闇の全霊命(ファースト)達と協力して九世界に戦乱と混乱をもたらそうとした者達を討滅した戦い――まあ、ちょっとした英雄譚のようなものね」

「へぇ……」

 それまで沈黙を守っていた瑞希の言葉に、詩織が感嘆の声を漏らすと、神魔達の監視役にして光魔神の護衛たる魔界の使いの麗人は、オルセウスに水晶のように透き通った視線を向けて言葉を続ける

「彼がいなければ、九世界に四度目の大戦の歴史が刻まれていた……そう言われる程、『ヘイルダートの悪夢』は大きな事件で、それを止めた彼の功績は大きい。――歴史的に見ても最大規模の聖魔共戦として知られているわね」

「でも、それって凄い事ですよね。光と闇の全霊命(ファースト)が協力して戦うなんて」

 瑞希の説明を受けた詩織は、生ける伝説とも言える英雄――オルセウスを見て、わずかに目を輝かせる


 光と闇――相反し、敵対している者同士が手を取り合って、大きな事を成し遂げる。それは、神魔(悪魔)という自分とはまったく異なる存在に対して想いを寄せる詩織には、異なる存在同士が心を通わせる事が、決してただの絵空事ではないと証明してくれているかのようにも思えたのかもしれない


「そんな事はないよ。天使も悪魔も……光も闇も、ただ守りたいものが違って、守り方が違うだけなんだ。彼らにとって守る必要があるもののためなら力を貸してくれるし、真っ直ぐ想いをぶつければ分かってもくれる」

 そんな詩織の言葉に、若干照れた様子を見せながら答えたオルセウスは、堂々と胸を張って確信に満ちた声で言い放つ

「光と闇は、相反しているようですごく近しい存在なんだよ」


 光と闇の全霊命(ファースト)の違いは、光か闇かではない。多くのものを守ろうとする光の存在に対し、闇の存在は自分の大切なもののためならば、世界すらも躊躇わずに滅ぼしてしまう

 ある意味において、純粋で一途で、他を顧みないが故に、闇の全霊命(ファースト)は美しく、気高く、そして愚かしく恐ろしい。

 確かに、光と闇の存在の間には九世界の創世から積み上げられてきた恨みや憎しみ、犠牲に加えて、決して越えられない意志の亀裂が横たわっている。しかし、だからといって、光と闇が分かり合えない訳ではない。

 互いが互いに抱いている負の感情と同じだけ、言葉も、心も、願いも、友愛も、親愛も全てが届くのだから


(まるで、あいつ(・・・)みたいな事を言うんだな……)

 オルセウスの言葉に、昨日会ったばかりの十世界盟主「奏姫・愛梨」の姿を重ねていた大貴と、その言葉に希望と未来を幻視して目を輝かせる詩織。そんな両者を一瞥した神魔は、オルセウスに視線を戻して言葉を続ける

「天界の『四聖天使』は、天界王(ノヴァ)と同等以上の力を持つ最強の天使であると同時に、天使達の四つの思想の象徴なんだ」

「?」

 不意に向けられた神魔の言葉に大貴と詩織はもちろん、当人であるアースとオルセウスも視線を向ける

「『聖魔不干渉』の『アース』、『聖魔共存』の『オルセウス』、『聖一世界』の『ファグエム』、『聖界繁栄』の『ノエル』……偶然か必然か、天使達を四分する思想を体現する四聖天使って言われているからね」

 天界において、天界王と同等の力を持つ四人の天使――「四聖天使」は、その世界に対する在り様が偶然にも天界を四分する思想と同じ事で知られている。


 聖と魔は必要以上に干渉せず、戦う必要がある時だけ戦えばいいという「アース」

 自身の経験から、光と闇は手を取り合って共存できるという「オルセウス」

 闇を滅ぼす事を光の命題とし、世界を光で満たす事を望む「ファグエム」

 魔など関係なく、天界をはじめ光の世界の守護と繁栄を強化するべきだと考える「ノエル」


 互いに異なる四つの思想を持つ天使達は、時に反目しながらも天界を守護し、その存在と力は九世界中に轟いている

「……ハハ、まあそういう風に言われてるのは知ってるけどね」

 神魔の言葉に、苦笑するオルセウスと無言のまま目を伏せたアースは、その言葉が不本意でありながらも事実であるために反論できないといった様子を見せる

「でも、そういう人なら、十世界を支持するんじゃないんですか?」

 光と闇の共存を謳う天使の筆頭であるオルセウスを見て首を傾げる詩織の言葉に、かつての大事件の英雄たる天使は、「そんな事無いよ」と言って答える

「確かに、十世界の言い分は魅力的だとは思うよ? けど、彼らは組織として未熟すぎる。理想は高いけど、それは限られた一部の者だけだ。それ以外は盟主である姫を慕っているだけか、あの組織を利用しているだけ……今のままでは危険な要素が大きすぎる」

 十世界の最大の欠点は、組織が組織として機能しきっていない事にある。姫という絶対的なカリスマ持つ存在を中心とする事で、かろうじて形を保っているに過ぎない組織は、それ故に大きな危険を孕んでいる

 その欠点があるからこそ、先日の人間界への襲撃のように、愛梨の意図しない事態が起こる事になるのだが、オルセウスが十世界を肯定しないのにはもう一つの理由がある

「それに、強制的に仲良くしても意味ないだろうしね」

「……!」

 軽く肩を竦めて見せたオルセウスの言葉に、詩織は小さく目を瞠る


 かつて自らの心一つで闇の全霊命(ファースト)達の信頼を勝ち得たオルセウスだからこそ、誰に強要されなくとも、世界に生きる誰もが誰とも心を通わせる可能性を有している事を知っている。

 そして、人は人であるが故に、分かり合えない相手がいる事も分かっている。協調も調和も誰かに与えられるものではなく、自分の意志で手にするものなのだと確信している


(そっか。形は違っても、この人も同じなんだ……)

 かつて十世界の思想に「仲よくする相手は自分で選ぶ」、「余計なお世話」と言っていた神魔の言葉を思い出した詩織は、誰もと仲良くする事と、誰かと仲良くする事が違う事、そして、誰かと仲良くする事と、誰かと敵対する事が根本的には同じものなのだと気づかされる

「もういいか?」

「あ、うん」

 目から鱗とばかりに目を見開く詩織をよそに、いつまでも立ち話をしている気が無くなったのであろうアースの言葉に、オルセウスは小さく頷いて大貴達に道を譲る

「天界王様も苦渋の決断だったと思う」

 道を譲って、壁偽を向けて立ったオルセウスから、すれ違い様に囁くような声音で話しかけられたマリアは、その目をわずかに細めると、微笑を以ってそれに応じる

「はい。分かっています……」

 すれ違うほんの一瞬でオルセウスと会話したマリアは、そのまま振り返る事無く、大貴達と共に歩んでいく

(分かっています)


 クロスは知らないだろうが、マリア自身は知っている。混濁者(マドラス)である自分が、なぜ天界王の庇護を受け、軟禁状態でこの天王宮の一角に隔離されていたのか。――そして、天界王が護衛として大貴に同行を命じたもう一つの(・・・・・)目的も。


(分かっています……天界王様は、万が一のために、私という神器(・・・・・・)の力をいつでも使えるようにしようとなさっている)

 自分の胸にそっと手を当てたマリアは、母が自分を天界王に守らせるため(・・・・・・)に神器を融合させた事を知っている。

 自分に埋め込まれた神器がただの神器ではない事も、それが母の愛情によるものだという事も、そしてそれが意味する事も全てを理解している




(――世界のために、私を殺す決意をなされたのだと)





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