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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
9/305

光魔神





 魔獣達は、目の前で嬲っている人間の少年を脅威とは思っていなかった。


 だが、それは何も不自然な事などではない。


 何しろ魔獣は、同じ半霊命(ネクスト)であっても、ゆりかごの人間と比べて遥かに上位に位置付けされる存在。

 力はもちろん、あらゆる面において劣ってなどいないのだから。

 仮に魔獣が一匹、このゆりかごの文明世界と対立すれば、その一匹に文明が跡形もなく破壊されてしまうほどには力の差が開いている。


 しかし――


「っ、大貴君……」


 失われた左腕を押さえながら身体を起こした神魔は、魔獣達を牽制しようとしてその動きを止めた。


 世界最高位の存在である全霊命ファーストの悪魔ならば、いかにこのゆりかごの生命よりも格上とはいえ、半霊命ネクストでしかない魔獣を、その一睨みで殺してしまう事すら出来る。

 しかし、神魔はその造作もない事をする事はなかった。

 それは大貴の内側から湧き上がる何か・・をその知覚が感じ取ったからだ。


(……何だ? この『力』……)


 大貴の魂の奥に灯った力の火。

 相手の力を感じ取る知覚能力に長けた全霊命ファーストにしか捉えられないその「力」を感じ取った神魔、クロス、紅蓮、レドの四人は思わずその動きを止めていた。


「……馬鹿、な」



 力が欲しい――。守るための力が。

 力が欲しい――。死なないための力が。

 力が欲しい――。戦うための力が。


 死の危機に瀕した「恐怖」が、生まれてはじめて知る「無力」という絶望が、自らの無力に対する怒りと生まれて初めて感じる心の底から湧き上がってくる。

 その想いが、「力」に対する渇望が――「界道大貴」という存在と一体化した『力』をその願いのままに呼び起こす。



 不意に身体の奥に感じた違和感に、大貴は目を見開く。


(……何だ!? この感覚……)


 それはまるで、自分の魂の中にあった鍵のついた扉の鍵が外れ、その扉が開くような不思議な感覚。

 開け放たれた扉から湧き出す「力」にも「意思」にも似た「何か」の感覚が、一瞬にして自分の身体中を満たしていくのが分かる。


(身体についていた錘が取れたような……いや、まるで俺自身が生まれ変わったみたいな……)


 自分の身体に生じた感覚に、戸惑いを覚えると同時に、失っていた自分を取り戻したような歓喜と安心感が入り混じったような感覚が大貴を満たしていく。

 自分の内側に宿った「力」が心臓のように脈打ち、自分に語りかけてきているのを大貴は、本能や直感ともいえるものとして感じていた。


『解き放て。力を。……お前自身を!』


『ああ』


 己の魂が求め、己の魂の導くままに大貴は自らの存在を満たす「自分自身」に呼び起こす


 刹那。世界が塗り変わった



「……馬鹿、な」


 誰ともなく呟いた言葉が、水滴の音が静寂に響くように周囲に広がっていく。


 その場にいた誰もが言葉を失っていた。詩織だけでなく神魔も、クロスも、紅蓮も、レドも、驚愕を隠す事が出来ずに、ただただ目の前に広がる信じがたい光景に目を見開いていた。


 大貴の身体から「白」と「黒」の力が放出される。

 それは「白い光」と「黒い闇」。


 世界を二分する相反する力が同時に顕現し、一つの力となって迸る。

 一切の混じり気のない純粋な白と黒が絡み合い、互いに侵食する事も打ち消す事もなく、ただ白と黒、光と闇の力が絡み合いながら交わる事無く、一つとなって天を衝く。


光と闇の力を同時に(・・・・・・・・・)だと!? ……しかも全霊命ファーストと同レベルの『神能ゴットクロア』。

 そんな馬鹿な!? この力を持ってるのはこの世界でただ一人――」


 それを見ていたクロスの表情は驚愕に塗りつぶされ、それが無意識の内に言葉として零れていた。


 そして大貴の放った白と黒の力が消えた時、そこには自らの力に完全に目覚め、新たな姿に生まれ変わった大貴が静かに佇んでいた。


 その姿は正に「白と黒」。「光と闇」。「天使と悪魔」――本来相反するものが一つの存在に同居しているようだった。


「おいおい、嘘だろ……とんでもないもんが出てきやがった……」


 その光景に、紅蓮は抑えきれない歓喜と戦いへの渇望に瞳を輝かせ、口端を吊り上げて獰猛な笑みを浮かべる。


「あれは……」


 黒一色だった大貴の髪は黒と白が交じり合った二色へと変化し、そこから覗く瞳は、右が金色、左が緋色の左右色違い。

 背には天使のそれに似た黒白二色の翼が生え、その身に纏う霊衣もまた白と黒の二色を基調としており、左右非対称の衣の裾が風に揺れている。

 何より、決して相容れるはずがない「光」と「闇」、「善と悪」、「表と裏」世界を構築する相反する原理を一身に宿した光であり、闇である力がその存在を満たしていた。


光魔神こうましん・エンドレス――!』


「これが、大貴君の中に眠っていた力……」


 覚醒した大貴を双眸に映した神魔は、険しい表情を浮かべて独白する。


 光と闇の両質を有し、そのいずれでもなく、その両方であるもの。この世の全てにして唯一の顕現たる存在。

それは、「光」と「闇」を同時に纏う九世界で唯一の全霊命ファースト。そして九世界において人間を生み出した「神」。


 それこそが、「光魔神・エンドレス」。大貴が化身した全霊命(ファースト)の正体だった。



「馬鹿な!? 何故、こんなところに何故お前がいる!?」


 声を上げたレドに、光魔神となった大貴は静かに視線を向け、自分の周りを囲むゴリラに似た魔獣に視線を向ける。


 光魔神となった大貴が視線を向けると、魔獣達はそれだけで動きを止める。


 今まで地球人だった大貴を玩具のように弄んでいた魔獣達は、今やそれが転じた存在に絶対的な力

を前に動けなく――動くことすらできなくなっていた。


 息をすることも忘れ、自らが生きていることすら忘れたかのように、魔獣達は畏怖と、恐怖と、神々しさと、幻想と、現実を内包したその圧倒的で絶対的な存在に行動も思考も奪われ、ただ恐れ、崇める事しかできずにいた。


(何でか分からないけど……今ならいける)

 確信に近い感情に、光魔神となった大貴は拳を握る。


 突然得た力。本来なら何も分からずに混乱するだけだっただろう。

 しかし、どうすれば戦えるのかが――どうやって戦うのかが、まるで自分の中に自分を教えてくれる自分がいるかのように理解できる。


「……いくぞ」


 小さく声を発した大貴の手から白と黒、光と闇という相反する力を同時に持った力が放出されると、それが一瞬にして全霊命ファーストと同じ、その全てを霊の力で構築された武器として顕現する。


 それは刀。

 柄と鍔は黒。刀身は白。刃は黒。まるで光魔神という存在を体現したかのように、白と黒で構成された武器だった。


「――『太極神たいきょくしん』!」


 刀を握った瞬間、まるでその刀から流れてきた言葉を不意に呟く。


 大貴は、それがこの刀の名前だと理解していた。


「神の持つ武器の名は、その神のもう一つの名。――あいつは、もうその『力』を理解してやがる」


 大貴の言葉を聞いた紅蓮は、歓喜を抑えきれないような表情で小さく呟く。


 その視線の先で、手にした刀を軽く手で振っていた大貴は、刀の柄を軽く握って魔獣達に視線を向ける。


「いける!」

 それと同時に、光魔神となった大貴の背に生えた翼が広がる。


 それはクロスの翼とよく似ているが、大貴の翼は黒と白の二色に別れ、それらが混じり合うことなく両立されたもの。

 右の翼は羽の先端が黒くなっている白い翼。左の翼は羽の先が白くなっている黒い翼。

 白が黒を引き立て、黒が白を映えさせるそれは、まるで光と闇を一身に宿すその存在を象徴するかのような左右非対称色の翼だった。


「っ、待……」

(マズイ! あいつ、力の使い方も知らないくせに……!)

 クロスが静止するよりも早く刀を振り抜いた大貴が、左右非対称色の翼をはためかせた次の瞬間、魔獣が全て一刀の元に両断される。


「ガッ……!?」


 光をはるかに超越する神速の移動。

 斬られた事はおろか、死んだ事すらも理解できないであろう様子で絶命したすべての魔獣は一瞬にして「力」の炎に焼かれて跡形もなく消滅する。


「……完全に全霊命ファーストになっている」


 一瞬で全ての魔獣を斬り裂いた大貴に視線を向けて紅蓮が呟く。


半霊命ネクスト全霊命ファーストになるなんて事があるのか……!?」


 それを見ていたクロスもまた、動揺と驚愕を隠せない様子で呟く。


 半霊命ネクストであったはずのゆりかごの人間が、覚醒した事によって全霊命ファーストとして完全に生まれ変わっている。

 それは、神魔とクロスはもちろん、紅蓮とレドも知識にない、それでも信じざるを得ない事実だった。


「こんな事が、あり得るのか……!?」

 光と闇の力を一身に宿し、一閃の下に魔獣達を殲滅させた大貴の姿に、レドが歓喜に打ち震える。


 神魔も、クロスも、紅蓮も、レドも、その場にいた誰もが、全霊命ファースト半霊命ネクストになるという事例そのものを聞いたことがない。

 しかし、歓喜と狂喜の笑みを浮かべるレドにとってそんな事は些細な事でしかなかった。


「ハハハハハッ! おもしれぇ! まさか光魔神とやりあえるとはな!」


 歓喜の雄叫びを上げて、レドは光の速さを超えて移動すると魔力を込めた拳を大貴に向かって放つ。



「ハアアッ!」

「!」

 レドのその攻撃に一瞬で反応した大貴はその拳を刀で受け止める。


「くっ……!」


 瞬間、手甲と刀が激突し、世界が砕けるほどの魔力と白と黒の力が相殺し合い、弾けると同時に大貴は衝撃波と共に吹き飛ばされる。


「……っ、馬鹿力め!」


「なるほど、力の使い方はまだまだだな」

 吹き飛ばされた大貴を見て小さく呟いたレドは、一瞬でその距離をゼロにすると、大貴に向けて嵐のような怒涛の攻撃を放つ。


「っ!」


 まるで雨のように降り注ぐ漆黒の拳の乱撃。その攻撃は縦横無尽に、不規則に、正確に大貴の命を狙って襲いかかる。


(これが、戦いか……!)


 容赦なく撃ち込まれてくるレドの乱撃に、大貴は内心で歯を食いしばる。


 光魔神として生まれ変わった事で得た「知覚能力」。


 魔力をはじめ、相手の存在の力を感知するその能力は、死角にいる人物や魔力、光力はもちろん、その力が身体を駆け巡る様子や、それに込められた思念すらもまるで会話しているかのようにはっきりと伝えてくる。


『殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!』


 そんな知覚を介して大貴に伝わってくるのは、レドの拳に込められた魔力に宿る一転の曇りも無い完全なる殺意。

 それが休みなく、絶え間なく、容赦なく、雨のように、怒涛のように、嵐のように自分に向けられている事に大貴の背を冷たいモノが伝う。


(こんなにはっきりと伝わってくる……! 相手の意思が……敵意が……!)


 生まれて初めて明確に感じる殺意に怖気を感じながらも、今までのようにそれに屈する事無く大貴はそれを受け止める。


「どうした? そんなもんじゃねぇだろ!? 『円卓の神座えんたくのしんざ』の頂点の力は!」


 咆哮と共に、レドの嵐のような拳が大貴の身体に降り注ぐ。


 それに返答する余裕などない大貴は、歯を食いしばりながらレドの軌道と体勢の全てを無視した拳撃の嵐を懸命に刀で捌く。

 しかし、先頭経験など皆無の大貴が、光魔神としての能力だけで攻撃を防ぎきる事などできるはずもなく、十回に一回は身体に打ち込まれる。


「ぐっ……! くそ……っ!」


 激痛が身体に走る。しかし、それに気を取られてばかりはいられない。


 レドの放つ攻撃は、全て自分を殺す意志をもって繰り出されてくる。

 もし気を抜けば、レドの攻撃が確実に自分に致命傷を与える事を本能的に理解していた。


「……っ」

(このままじゃ押し切られる……! 一度距離を取らないと……!)


 レドの攻撃を受けて、懸命に体勢を整えて攻撃を防ぎ続ける大貴は、レドの拳撃の射程から逃れるために攻撃を防ぎながら距離を取ろうとする。

 光をはるかに超える神速で移動し、物理法則など存在しないかのようにスピードを全く落とす事無く直角に曲がったりを繰り返す。


「逃がすかよ!」

(っ、振り切れない……!)

 しかし、大貴の超速で不規則な動きに、レドは全く離される事なくついていきながら拳を繰り出す。


 全霊命ファーストになりたての大貴と、生まれたその瞬間から全霊命ファーストであるレドでは、元々の力の錬度が違う。

 レドにとっては、「力」は呼吸のようなもの。扱える事が当然で、使おうとすら思っていない。

 当たり前に、当然に、自然に力を使えるレドと、まだ意識してようやく使っている大貴では勝負になるはずなどない。


(くそ……っ、反撃を……!)

 レドの魔力を帯びた拳を受けながら、大貴は刀を握る手に力を込める。


「来い!」

 大貴の身体に漲った力に伝わった戦意を知覚して、レドが歓喜の笑みを浮かべる。


(斬るんだ……! こいつを……!)


「……っ!」

 懸命に自分に言い聞かせながら、戦意を漲らせた大貴は、しかしレドに攻撃を加えようとしてそれをわずかに躊躇う。


「……ぁん?」

 一向に攻撃してこない大貴に、レドは怪訝な面持ちで左右非対称色の目を細めてその様子を観察する。

 攻撃を止めないまでも、首を傾げるその態度には、一向に攻撃してこない大貴への疑問が明確に表れていた。


「? ……あいつ、まさか攻撃できないのか?」

 大貴のぎこちない戦闘を見て、レドと同じ違和感を抱いていた紅蓮は、一つの可能性に思い至って独白する。


「どうした!? 力の扱いがお粗末だぞ!?」


 絶え間なく降り注ぐ神速の拳撃をかろうじて防ぐ大貴に、餌を焦らされた獣のような形相でレドが吠えるように言い放つ。


(力の扱い!? そんな簡単に扱えれば苦労するかよ……!)

 内心で毒づきつつ、大貴は自身の持つ刀に力を纏わせる。


「さっき使えるようになったばかりの力をそんなホイホイ使えるか!」

 放たれたレドの拳を、刀で力任せに弾いて大貴は上空へ飛翔する。


「力をホイホイね……」

 それを見たレドは呆れ混じりに嘆息する。


 レドから逃れて空を飛ぶ大貴の身体には防ぎきれなかった攻撃によって生じた傷が刻まれ、そこから血炎が立ち昇っており。

 その痛みに顔をしかめていると、光魔神として覚醒した知覚能力が、詩織の近くに移動したクロスが、光力で結界を張っているのを認識させる。


(姉貴の方は大丈夫か……)


「……そういう意味じゃねぇよ」


「!」

 心の中で安堵の溜息をついた途端、背後から低く響いてきたレドの声に目を見開く。


「お前に殺す気がないって事だよ!」


 大貴が振り向くと同時に、魔力を込めたレドの拳が炸裂する。

 咄嗟にそれを受け止めた大貴の腕が軋み、魔力の衝撃波が身体を貫く。


「ぐあっ!」

 まるで身体を穿たれたかのような衝撃を生み出す圧倒的な破壊力に耐え切れず、大貴の身体が吹き飛ばされる。


「大貴!」


 漆黒の爆発を受けて吹き飛ばされる大貴を見て、クロスの光力の結界の中から詩織が声を上げる。


「っ……!」

 その声が聞こえたのか、落下中に左右非対称色の翼を広げて体勢を整えた大貴は、口元から立ち昇る真紅の血炎を手で拭ってレドに視線を向ける。


「くそ……っ!」

 飛翔しながら歯を食いしばり、手に持った刀の柄を強く掴む。


(殺す気とかある訳ないだろうが……!)


 自分の手に持った刀が、レドを斬り殺す瞬間を想像するだけで戦意が寸前で鈍ってしまう。

 刃を向ける命の重さ。奪われる命の重さ。それを考えるだけで、レドの言うような殺意に等しい戦意は大貴の中から霧散していく。


「一応戦る気はあるらしいな」


「っ」

 痛み、軋む身体を気力で保たせる大貴は、自分を見下ろしているレドに視線を向ける。


 殺す意思はない。それでも武器を手に戦うのは、守りたいものがあるから。そして、死ぬのが恐ろしいからだった。


(あの野郎……動きはでたらめのくせにやたら疾い。しかも一撃が滅茶苦茶重い……これが全霊命ファーストの戦いか……)


「お前、俺に攻撃するのを躊躇ってるのか?」


「!?」

 これまでの戦いを観察し、刃を交えたことで光と闇の力を併せ持つ神能(ゴットクロア)に込められた意思を知覚したレドの言葉に、大貴は小さく目を見開く。


「殺すのが怖いか?」


「……っ!」


「『力』がぶれたな……光魔神の力。――確か『太極オール』だったか。九世界で唯一の力が台無しだな」


(なるほど……ゆりかごの毒・・・・・・か。道理で)

 その反応で確信を得たレドは、内心で納得しつつもやれやれと溜息を吐いて、殺気に満ちた視線で大貴を睨みつける。


「どうした? 殺す気で来いよ。じゃねぇと俺がお前を殺すぜ?」


「……!」

(殺すとか殺せとか簡単に言いやがって……!)

 軽々しく殺意を口にするレドの言葉に憤りを覚え、大貴は光と闇の力を纏う刀を構える。


(何とかあいつを戦闘不能にするしかない)


 武器を持って命懸けで戦うだけでも抵抗があるのに、命を奪うなど到底できない。

 何より、命はそんな簡単にやり取りをするようなものではないのだ。


「さっきから大貴に殺気が感じられないな」


 その様子を光力の結界の中から見つめている詩織の耳に、クロスの呟きが届く。


「当たり前じゃないですか。私も大貴も人殺しなんてした事ないんですから! それに殺すとかそんな簡単に言うものじゃないんです!」

 クロスにやや強い口調を向けた詩織は、空中にいる大貴に視線を戻す。


(大貴……)

 祈るように手を組んで、詩織は大貴に視線を向ける。――一見ぶっきらぼうに見えるが、大貴は優しい心の持ち主。

 いくら自分に殺意を向けられているからといって、安易に相手に殺意を持って攻撃できるような人間でないと、生まれてからずっと一緒に過ごしてきた詩織には十分分かっている。


「……なるほど」

 クロスは小さく呟くと、大貴とレドの戦いに視線を移す。

(それはマズイな……)




 一方、大貴と向かい合ったレドは、戦意と殺気の篭った視線を向けて口を開く。


「どうした。こんなに待ってやっているのに攻撃してこないって事はこっちから攻撃してもいいってことか!?」

 そう言ったレドは、金色の手甲に魔力を収束させていく。


「……っ!」


(くそ、やるしかないのか!? ――あいつを殺すんじゃない。あいつの攻撃を相殺して、殺さない程度の傷を負わせて戦闘不能にさせる! そうしないとあいつは止まらない!)

 その力とそこに込められた純然たる殺意を知覚した大貴は、思考をまとめると、呼吸を整えて、自分の身体に流れる力に意識を張り巡らせていく。


「……少しはやる気になったらしいな」


 その様子を見てレドは口元に笑みを浮かべる。


(力の使い方なんて分からない。けど、あいつの攻撃を防ぐには全力でぶつかるしかない!)


 少しの間だが神魔やクロス達の戦いを見てきた。

 自分の「力」を砲撃として放ったり、武器に纏わせて攻撃する様子は今でも脳裏にしっかりと焼きついている。


(思い出せ! 神魔やクロスが使っていた「力」を。全霊命ファーストになったんだから俺にだって使えるはずだ。)

 神魔やクロスがやっていた姿を思い出し、自分の力に意識を集中してそのイメージを重ねる。

 覚醒したばかりで使い方など全く分からないが、この「力」を使わなければみすみす殺されてしまうことだけは分かる。


 戦いたくは無い。

 殺したくは無い。

 殺されたくも無い。

 だが、相手はそれを聞き入れない。

 ならばせめて、相手を殺さずに倒すしかない。


(自分の力を武器に注ぎこんで纏わせるイメージ……)


 心の中で反復すると、まるで大貴の意志に答えてくれたかのように大貴の刀「太極神」の刀身に白い光の力と黒い闇の力が絡みついて渦を巻く。

 神魔やクロスと比べても遜色のない闇の力と光の力が相殺する事無く一つの力として絡み合い、刀の刀身で一つに束ねられていく。


「……多少は、力を使えるみたいだな。だが、それでは俺に勝てないぜ? 光魔神」

「やってみなけりゃわからないだろ!?」

 退屈そうな口調で呟き、余裕の笑みを向けてくるレドに、大貴は鋭い視線を向ける。

(この一撃であいつを戦闘不能にする!)

 自身の武器である刀の柄を握りしめ、光と闇の力を同時に併せ持つ光魔神のちからを解放した大貴は、レドを見据えて意識を研ぎ澄ませる。


「分かってるんだよ。いや決まってる・・・・・んだ」


「どういう意味だ……!?」


 そんな大貴の戦意に嘆息したレドは、しかし攻撃的な笑みを浮かべて拳を振りかざす。


「どうせ言っても分からないだろうから、その身体で分からせてやるよ!」


「……っ!」

 吠えるように放たれたレドの言葉を合図に空を蹴った大貴は、その距離を一瞬さえ存在しない速度で消失させる。


 事象を超越する神速を持つ二人にとって、攻撃の間合いに相手を捉える事に時間は必要ない。

 二人の距離は最初から存在していなかったかのようにかき消え、互いに相手を攻撃の射程内に捉えた大貴とレドは、全霊の力を注ぎ込んだ一撃を放たんとする。


「おおおおおおおおおっ!」


 大貴の刀から噴き出す白光と黒闇の力が天を衝き、レドの拳に宿った漆黒の魔力が炎のように噴き上がる。


「レド! 上だ!」


 今まさに大貴の光と闇の力を同時に持った斬撃と、レドの拳がぶつかり合おうとした瞬間、紅蓮の声が空を切り裂いた。


「!?」


 その声で、レドははるか上空から飛来する漆黒の魔力を知覚する。


(しまっ……)


 しかし、気付いた瞬間にはもう手遅れだった。


「終わりだよ!」


 反射的に迎撃しようとしたレドに、天空から漆黒の流星となって垂直に降下してきた神魔が自らの魔力を込めた大槍刀の刀身でレドの身体を貫く。


「がっ、あぁ……!」


 隻腕となった神魔の一撃を受けたレドは、身体を貫かれた激痛に声を上げる。


「レド!」


「神魔!?」


 それに思わず手を止めた大貴の目の前で、左肩口を神魔の大槍刀に貫かれたレドがそのまま神魔の魔力に呑まれて地面に向かって垂直に落下していく。

 魔力を放出する神魔は、漆黒の流星となってレドを呑み込み、そのまま勢いを殺す事無く地面に墜落すると、解放された魔力が炸裂し、漆黒の爆発を起こして天を貫く。


「……っ!」


 まるで天を貫く漆黒の柱がそびえ立ったような光景が広がり、その柱から放たれる神魔の放つ魔力が、それを知覚していた全員の知覚を揺さぶる。


(やられた! 全員が光魔神に気を取られている隙を衝いてレドを仕留めにきやがった!)


 紅蓮が魔力によって地上に生み出された漆黒の渦に視線を向ける。


光魔神(大貴君)に気を取られすぎだよ……まあ、不意打ちになるけど――」


 魔力の黒い渦の中から神魔の声が響き、それに伴って黒い渦は徐々に消え、その中から地面に横たわっているレドの首筋から左胸を大槍刀の刃によって貫いている神魔の姿が現れる。


「卑怯だなんて言わないよね?」


 レドの身体から大槍刀を引き抜いた神魔は、軽く目を伏せて全く感情を見せずに静かに言う。


「……っ!」

 大槍刀を引き抜いた後からまるで火柱のように天に向かって吹き上がるレド血炎に、詩織は口を押さえて顔を覆う。


「……終わりだな」


 それを見ていたクロスの静かな言葉が詩織の耳に届く。


 その意味は、詩織にも説明されるまでもなく理解できる……それは「命の終わり」なのだと。


(レドって奴の力が消えてく……)


 上空から地面に横たわるレドに視線を向けた大貴は、知覚によって伝わってくる命の灯が消える感覚に眉をひそめて目を伏せる。


(こんな事……俺は望んでなかったのに……!)


「目を伏せるな」


「……!?」

 レドの死を前に悲壮な面持ちで顔を伏せようとした大貴の耳朶を、クロスの低く抑制された声が叩く。


 声を荒げているわけでも無いというのに、有無を言わさぬ迫力を内包したその口調に、大貴と同じように目を閉じていた詩織が恐る恐る目を開いてクロスに視線を向ける。


「クロスさん……」


「目を逸らさずに最後まで見届けるのがあいつの命に向き合うって事だ」


 その言葉に詩織と大貴は、地面に横たわるレドに視線を向ける。

 紅蓮もクロスも神魔もただ真っ直ぐにレドに視線を向けており、それはまるでその命の終わりを自分の中に焼き付けようとしているようにも見える。


「……すまねぇ、紅蓮……しくじっちまった、みてぇだ……」

 うっすらと目を開いて自嘲したレドの身体が、光の粒子になって崩れて消えていく。


「身体が……!」


「あれが全霊命ファーストの死だ。全霊命ファーストの身体は全てが自分の『力』でできている。その姿や機能を維持しているのは俺達の命そのもの。

 それが消えれば俺達の身体は無力な『力』に戻って消える……跡形も残さずに、な」


「そんな……」

(死んでも何も残らないなんて……)

 その様子を見て詩織は息を呑み、力の粒子となって消えていくレドの姿を瞳に映す。


 全霊命ファーストの死は何も残さない。

 半霊命ネクストのように死体が残るわけではなく、ただそれを見届けた者の心にしか留まらない儚い夢のようなもの。


(だから見ろって言ったのか……)

 クロスの言葉の意味を理解した大貴は、力の残滓となって溶けていくレドの姿をその瞳に――その魂に焼き付けるように見送る。



 レドの身体が一瞬にして力の粒子になって消滅したのを見届けた神魔は、紅蓮に金色の視線を送る。


「さてと、君の相方は死んじゃったけどどうする?」


「……とりあえず、今回はここで引かせてもらおう」


 神魔に大槍刀の切っ先を向けられた紅蓮は、仲間の死を看取ったその瞳を向け、戦闘中の覇気が嘘のように思える静かな声で応じる。

 その様子からは、仲間であるレドの仇打ちを考えている様子は感じられず、またその命を奪った神魔への怒りや憎しみも見えなかった。


「そう」

 そんな紅蓮の言葉を聞いた神魔は、まるでそれを望んでいたかのようにあっさりと大槍刀を消して戦闘解除する。


「レドが死んでお前らとやり合ったら、それは仇討になっちまう。それは、俺の望む戦いの形じゃねぇんだ」


 片腕をなくした神魔が相手ならば、その仇打ちをすることもできたかもしれない。

 だが、それは戦いを求める紅蓮が望む戦いではない。


 それを自らに戒めるように刃を引く意思を示した紅蓮は、大貴に視線を向けると、その場から一瞬にして消える。


「……行ったみたいだな」

 紅蓮の魔力が完全に消えたのを見届けると、クロスは光力の結界を解除する。


「大貴!」

 詩織は白と黒の左右非対称の翼を羽ばたかせて地面に下り立った大貴に駆け寄る。


「姉貴……」

 詩織の姿を見止めると同時に大貴の意識は深い眠りに誘われ、力なくその場に崩れ落ちた。


「大貴!? 大貴!」





「アハハ。これは面白い事になったなぁ」


 それははるか彼方。ゆりかごの世界――宇宙空間を漂う小惑星軍に腰掛け、オペラグラスに似た双眼鏡のような物からそっと目を離す。


 それは一見どこにでもいるようなやや幼い顔立ちをした青年だった。

 肩にもかからない金色の短い髪。その前髪は顔の右半分を隠している。


「まさか、光魔神が出てくるとはねぇ……いや、これもあの人(・・・)の思惑通りって事か……」

 深々とかぶったニット帽の下から覗く眼を、まるで子供のように輝かせた少年は、笑みを崩さずに独り言を呟いてオペラグラスのレンズを覗き込む。


「まぁ、僕はいつも通りこのまま傍観させてもらおうかな……」





「――光魔神が覚醒しましたか」


 純白に彩られたゴシック建築を思わせる荘厳な建物の廊下を、ゆっくりと二つの人影が移動していた。


 前を行くのは肌を見せない白く壮麗な衣装に身を包んだ女性。

 そしてその後に子供ほどの背丈の少女が続く。


「はい」


 頷いた少女の目の前にあるのは、前を行く女性の足元まである金色の長い髪。

 その髪は優しく淡い金白色の光を放っており、女性の歩みに合わせてその流麗な金髪が揺れるたびに空中に金白色の蛍が舞っている。


「光と闇とその両質である者、そしてそのいずれにも属さぬ者が出会いました……」


 金白色に淡く輝く金色の髪の女性が、透明に澄み渡った美しく清らかな落ち着いた声で静かに言葉を紡いでいく。


 この世のどんな楽器や音楽よりも心に染み渡るその美声に耳を傾けて、少女は目の前を歩く女性に視線を向ける。

 目の前にそびえ立つ白く巨大な荘厳な壁は女性が近づくとひとりでに開き、その扉の内側へ二人を招き入れる。


「これは全ての始まり。これから始まるのです。全ての世界を巻き込む争いが」


 その言葉とともに、開かれた扉の前で金白色に淡く輝く女性の金色の髪が、まるで金色のオーロラのように広がった。





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