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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天界訪問編
87/305

九世界への誘い







 茉莉が展開した空間隔離が崩壊し、世界が回帰する少し前。丁度神魔と桜が戦兵(レギオン)のジュダとの戦いによって隔離された空間を貫いた少し後。


 そこは人間界城の宝物庫から繋がる中庭の一角。――そこには激しい戦いの爪痕が刻みつけられ、機鎧武装(アルマトゥーラ)に身を包んだ何人もの兵士と自動人形(オートマタ)の残骸が転がっており、いかに激しい戦いが繰り広げられていたのかを如実に物語っている

「ハァ、ハァ……」

 その戦禍の中心で雪のように白い髪を血で斑に染めた青年――人間界で王に次ぐ力を有す七大貴族に数えられる「シグロ・虹彩(ツァイホン)」が肩で荒い呼吸を繰り返していた

「……ご苦労様でした、シグロ・虹彩(ツァイホン)様」

 疲労困憊、満身創痍といった体で横たわるシグロの許へ歩み寄った人間界軍に所属する白髪の麗人――「クーロン・ラインヴェーゼ」が少なくない傷を負った体で労いの言葉をかける


 人間界城の宝物庫に眠っていた神器「神眼(ファブリア)」を手に入れようと画策した十世界に所属する人間「ガウル・トリステーゼ」の企みによって人間界城を守護する王族、七大貴族、貴族といった主戦力が空間隔離に捕らえられてしまった事で、人間界側には七大貴族の一人であるガウルを止める事が出来なくなってしまった。

 当時、主要な七大貴族も人間界城に集まっていた事もあって空間隔離によって人間界軍は完全な戦力不足に陥ってしまった。そこで、やむをえずクーロンは遊撃部隊とはいえ、正規軍ではない七大貴族の一人、シグロ・虹彩(ツァイホン)に助力を求めたのだ


「……もう二度と、あいつと戦うのはごめんだよ?」

 肩で息を繰り返しながらため息混じりに吐き出したシグロの言葉に、クーロンはその切れ長の目を伏せて無残に破壊された人間界城の一角へ視線を向ける

「そうであればいいと願っております」

「まあ、結局逃げられちゃったしね」

 クーロンの意味深な言葉に苦笑し、ゆっくりと身体を起こしたシグロは誰もいない戦場を見回して小さくため息をつく


 シグロ達の眼前に広がる戦いの傷痕には、人間界の兵士達や兵器はあっても、敵対していた「ガウル・トリステーゼ」の姿は無い

 この戦いで仕留め損ねた以上、まだガウル――十世界が何らかの形で世界に危害を及ぼさないとは限らない。クーロンの言葉はそんな悲観的観測を自身で否定したがっている様な色を孕んでいた


「なんか、ここ数日大きな事件が続くね」

 結局のところ、何がどうなっているのかをまだ説明されていないシグロは状況を理解しかねて、凛と佇んでいるクーロンに視線を向ける

「そうですね」

「あのね……ッ!?」

 しかし、そんな視線をまるでそよ風のように受け流すクーロンに納得がいかない様子でさらに問い詰めようとしたシグロは不意に世界を塗り潰した強大な力に言葉を失う

(これは!? ……魔力はさっき来た悪魔達のだろうけど、何で光力まで? ……それにこの力は?)

 シグロが人間界に到着して感知できたのは、人間界王城の宝物庫で戦っていたシルヴィアとジュダ、そしてそこに遅れてやってきた神魔、桜、瑞希の力だけ。


 人間界王都の空間隔離は、通常の人間の知覚領域の限界をはるかに超えた遠方から施されたために、茉莉、紅蓮、ラグナの存在を王都の人間は誰ひとり知覚できていない。


 そこに、突如無数の魔力と光力、そして光魔神の神能(ゴットクロア)である太極(オール)が出現したのだから、シグロの驚愕も当然のことだった

「どうやら、お帰りになられたようですね」

「ちょっ……一体何がどうなってるのさ?」

 光魔神の事を含めておおよその事情を把握しているクーロンが安堵に胸をなでおろしている横で、やはり何も知らないまま、この事態に直面したシグロはさすがに驚愕と動揺、困惑の色を隠せない声を上げる

「心配せずとも、後ほど説明をさせていただきますので。無論、時が来るまでは他言無用に願います」

「わかってるよ」

 光魔神の事はいずれ人間界王族から世界に発信される事実。とはいえ、勝手にその話題を広められても困るため、念のため釘をさすクーロンの言葉にただならぬものを感じ取ってシグロは小さく首肯する

「とりあえず場所を……」

 ガウル・トリステーゼに対抗するためとはいえ、何も知らないまま戦いに巻き込んでしまったシグロに説明もせず、沈黙だけを強制して返す様な不義理な真似をしたくないと考えているクーロンが、治療と説明のために雪色の髪の七大貴族に声をかけようとした瞬間、人間界王城の天空に世界を繋ぐ門が開き、そこから強大な光力を纏った存在が姿を現す

「――なっ!?」

 長い金色の髪をなびかせ、純白の翼をはためかせながら、神々しい光を纏って世界に降り立った天使を見て、クーロンとシグロを筆頭とする人間界の軍勢が声を詰まらせる

 その姿を地上から見上げているクーロンたちは、滑るように優しく人間界王城の一角に降りていった金髪の天使――「アース」の姿を見送りながら、今日の騒動がまだ終わっていない事を漠然と理解していた

「……本当に、何がどうなっているのでしょうね……」





「久しぶりだな」

 時空の門を開き、人間界へ降り立った天使――天使の始祖たる最強の天使、「十聖天」を除けば最強の力を持つ天使である「四聖天使」の一人「アース」は開口一番、実の弟であるクロスと天界王の命によって光魔神の許へと派遣されているマリアに声を向ける

「お久しぶりです」

「……なんで来たんだよ」

 アースの言葉に恭しく頭を下げるマリアの隣で、クロスはいかにも不満そうな表情を浮かべて突如人間界に現れた実の兄を見る

「なんだ、まだ聞いてない(・・・・・・・)のか?」

「……?」

 意外そうに目を丸くして言うアースに、クロスは小さく首を傾げる

「申し訳ありません。少々、こちら側が立て込んでおりましたもので……これから人間界王様に説明をさせていただくところです」

 その疑問に答えるように、ヒナに跪いていた瑞希が静かに立ち上がって答える

「なるほど……なら、俺も混ぜてもらおうか」

 瑞希の言葉に視線を横に向けたアースは、人間界城の一角に刻みつけられた小さくない戦いの傷痕を見ておおよその事態を理解して小さく頷く

「では、お二人とも城の中へ」

 既に何かを知っているらしきアースと瑞希が視線を交わしているのを見て、新たなる人間界王となった「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」が二人を人間界城内へ招く

「ロンディーネ。――光魔神様達をお願いしますね」

「かしこまりました」

 身を翻しながら発せられたヒナの言葉に頷いたロンディーネは、洗練された所作で大貴達の許へ移動して、自らの主君の命に従い、人間の神とその仲間達を城内に迎え入れようと頭を垂れる

「では……」

「お前が光魔神か?」

 ロンディーネが言葉を発しようとした瞬間、いつの間にかその背後に移動してきていたアースの確認に近い問いかけに大貴が無言で小さく首肯すると、クロスの実兄たる最強の天使は、その表情を綻ばせる

「いつも愚弟が世話をかけているだろ?」

「いや……そんな事は……」

 その言葉に不機嫌を露にするクロスを見て、困惑した表情を浮かべつつ曖昧に答えた大貴と握手を交わしたアースは優しい兄の表情を浮かべる

「気を使わなくてもいい。色々と迷惑をかけるとは思うが、これからもクロスと仲良くしてやってくれ」

「……はい」

 アースの言葉に大貴が頷いたのを見たクロスは、半目になって最強の天使である自身の兄を見据え、冷ややかな口調を向ける

「行かなくていいのかよ」

「つれない奴……じゃあ、また後でな」

 クロスの言葉にわざとらしく肩を竦てめて身を翻したアースは、先ほどの一連の会話を横から見ていたヒナと瑞希の元へ歩み寄っていく

「それにしても、なぜアース様が人間界に?」

 ヒナと瑞希と合流し、人間界王の先導に従って城内に向かうアースの背中を見送って、マリアが怪訝そうに目を細める


 アースが所属する四聖天使は天界にあいて最強を誇る天使達。必然的にその役割は天界王と天界の守護であり、滅多な事で天界を離れる事は無い。

 仮に誰かが人間界に来なければならない用事があったとしても、天界の代表として直接出向いてくるような人物ではないのだ。


「魔界王様の差し金だよ」

 そんな人物が人間界にたった一人でやってきた事に、ただならぬ事態を感じ取っているマリアとクロス、そしてその様子を横から見ている大貴と詩織に、全てを知っている神魔があっけらかんとした口調で答える

「?」

 神魔の言葉に意図を理解できず、二人の天使と最強の異端神、ゆりかごの人間に加えて人間界城に仕える魔道人形(マキナ)の侍女が説明を求める様な視線を向ける

「どういう意味だ?」

 天界最強の天使が悪魔の王である「魔界王」の差し金で人間界にやってきた――その言葉に疑問と驚愕を禁じない様子のクロスの言葉に、神魔は息を吐き出すような静かな声音で、五対の視線に答える

「それが、僕のお願い(・・・)なんだけど」

「どういう意味だ?」

「……まあ、この後でお願いするつもりだったし、今言っても同じか……」

 本来なら別室に案内された時にでも言おうと考えていた事を問い詰められ、神魔は少しの間思案してその視線を大貴に向ける

「大貴君」

 いつになく真剣な表情を向けてくる神魔に、ただならぬ雰囲気を感じ取った大貴がそれに真っ直ぐ応じると、黒髪の悪魔の青年が不意に頭を下げる


「――僕達と一緒に、十世界と戦ってください」





 その頃、巨大な樹がひしめく原生の森に囲まれた湖畔に佇む一人の女性が、薄い紅で彩られた艶やかな唇を開いて清流のように清らかで澄み切った声で、蝶のように美しい言音を言葉として紡ぐ

「ロード様の仰ったとおりになりましたね」

 腰よりも長く伸びた漆黒よりも暗く、漆よりもなお艶やかな髪を揺らめかせた絶世の美貌をたたえる女性の言葉に、その背後に立っていた三本の角を持つ長い黒髪の男が小さく笑みを浮かべる

「当然だ。魔王は……魔界王は良くも悪くも王の鑑だ。――だからこそ、あいつの手の内を読む事はさして難しくない。何よりも魔界を、そして九世界全体の利益を考えれば、こうするのが最適だからな」

 理性と野性が同居する整った顔立ちの男は、その黒髪に映える白を基調とした着物と羽織を纏っている女性の言葉に応じる


 魔界王は王として高い能力を持っている。悪魔として最強の実力はもちろん、悪魔たちを統率する政治の腕もそれに見合ったものだ。

 「王の中の王」――そう呼ばれる事もある「魔界王・魔王」は、世界の秩序を何よりも重んじ、常に魔界よりも敵対する光の存在まで含めた九世界全体の事を最優先に考える。

 それ故にその思考は、世界にとって最適の選択を選択する事ができ、それを出来てしまうが故に、その選択を予見する事も可能になる


「はい。……これで、ロード様の予定通りに事が運びますね」

 そよ風のような軽やかな動きでその身を翻した黒髪の美女は、その絶世の美貌に慈愛と慈悲に満ちた穏やかで淑やかなで笑みを浮かべてロードと呼んだ男を見る

「ああ。これからが本番だ……俺達も行くぞ『撫子』」

 三つの角を持ち、闇よりも暗い漆黒の髪を携えたロードの言葉に、撫子と呼ばれた淑やかな美女が恭しく応じる

「かしこまりました」

 ロードの三歩後ろに芍薬のように美しい立ち姿で控えた撫子は、ロードの歩みに続いて百合の花のように歩を進める

 静かな湖畔が一陣の風によって揺らぎ、その水面に映していた景色が乱れるのと同時に、二人の姿はその場から消え去り、再び訪れた静寂が新緑の自然だけを映しだしていた





「極刑に処す」

 神魔と桜に無慈悲な判決を突きつけた魔王は、それを沈黙して受けとめる二人に視線を向けたまま小さく息を一つついて言葉を続ける

「お前達二人をここで殺すのは容易い。――だが、お前達には幸か不幸か世界にとって重要な利用価値がある」

「……利用価値?」

 魔王の口から語られる言葉の意味を理解する事が出来ず、困惑の表情を見せる神魔と桜を見下ろす魔王は不敵な笑みを浮かべて、さらなる宣告を告げる

「そうだ。だから選ばせてやる。今ここで死ぬか。世界のために苦しみ抜いて死ぬのかを」

「……!」




「――って、訳で僕達は九世界を回って十世界を殺す役目を仰せつかって、こっちに戻ってきたって訳。ご丁寧に監視付きでね」

「……あ」

 あの後、ロンディーネに案内された部屋の中で、向かい合うように並べられたソファに腰掛けて自分達に下された極刑判決の内容をかいつまんで説明した神魔の言葉に、二人と共にやってきた瑞希の存在を思い出して詩織が声を漏らす

「もちろん、僕達が十世界を――正確にはその盟主を殺せたら、無罪放免にしてくれるっていう交換条件を提示してもらってるんだよ」

「……何とも無茶な条件だな。ほぼ不可能だろ」

 その説明に目を細めるクロスに、神魔は苦笑を浮かべる

「だから死刑なんだって」


 今分かっている限り、十世界には『反逆神(アークエネミー)』と『覇国神(ウォー)』。――最強の異端神「円卓の神座」に数えらえる異端神の内、最低でも二柱の神が所属している。

 そんな強大な戦力を持つ十世界を相手に戦いを挑んでも神魔と桜に価値の目は無い。遅かれ早かれ十世界の猛者に殺され命を落とす事になる。

 つまり、神魔と桜に極刑を下した魔王は、「今ここで処刑されるか」「ほんの一縷の可能性を対価に、十世界と戦って死ぬか」の選択を迫り、後者を選択した二人に監視役として瑞希をつけて帰還させたのだ。


「そんな……」

 まるで他人事のように事も無げに言う神魔の言葉に、その帰還と再会を喜んでいた詩織は、再度絶望に突き落とされ、目の前が真っ暗になってよろめく

 まるで死刑宣告を受けたかのように青褪めた表情を浮かべる詩織に、本当の死刑宣告を受けた神魔は「でも」と強い意志と決意の宿った口調で話を続ける

「正直、この条件で生還する事は難しい……でも、こっちの提案には奇跡的な確率で生きられる可能性がある。……だから僕と桜はその条件を呑んだんだ」

 どちらも極刑であるのは間違いない。しかしこちらの選択肢には、奇跡にも近い確率で処刑をまぬがれる可能性がある。――神魔と桜は今処刑されるより、その命の限り戦ってその奇跡的な可能性を実現する事にかけたのだ。

「なるほど、それでか」

 神魔の言葉に合点が言ったように声を漏らした大貴は、さきほどの十世界盟主「奏姫・愛梨」との戦いで神魔が言った言葉を思い出していた


手間が省ける(・・・・・・)んだ》


 つまりあれは、あの場で十世界の盟主である愛梨を殺す事が出来れば二人は極刑を免れ、晴れて無罪放免になる事ができるという意味を孕んだ上での言葉だったのだ

「うん、あそこで彼女を殺せていれば、僕達は無罪放免だったんだけどね」

 その言葉の意図を正確に理解して神魔が困ったような笑みを浮かべて答えるのを見て、光魔神の姿でその姿を見る大貴は、内心で呆れと感嘆の混じったため息をつく

(律義な奴ら。……約束だけしておいて逃げるって手段もあるだろうに……)

 条件を受ける振りだけしておいて逃走を図るという選択肢もある事を考えた大貴だが、すぐさまその考えを馬鹿馬鹿しい事として否定する

(ま、その極刑(判決)も自分達の行動の結果――その責任に背を向けて逃げる様な奴らじゃないか)

 短い付き合いだが、大貴は神魔と桜の人となりをそれなりに知っているという自負がある。

 二人に下された判決は、地球への滞在と干渉がそれに該当する罪だと知っていながら、それを貫いた神魔達自身が招いた結果。「自分達は悪くない」というのでも、言い訳するのでもなく、自身が招いた行動の結果に対して真正面から向き合うその姿は、大気の知る神魔と桜そのものだった

「そういえば、向こうで聞いたよ。僕達の減刑をお願いしてくれたんだって?ありがとう」

「ありがとうございます」

「……気にするな。何が出来たって訳でもない」

 ふと思い出したように言って深々と頭を下げる神魔と桜に、大貴は気恥かしさを覚えながら照れ隠しに視線を逸らす


 自分ができたのは、それを願ってもらえるように人間界――ヒナに頼んだ事だけ。実際に交渉したのも人間界で、自分はこれといって何かを成した訳ではない。結果的に二人に極刑が下される事になったのも大貴の無力感に拍車をかける要因になっていた


「ううん、その気持ちだけでも嬉しいよ」

「その通りです」

 神魔と桜の言葉に、さらなる気恥かしさといたたまれなさを覚えて気まずそうに視線を逸らした大貴の困惑に答えるように部屋の扉が開き、ロンディーネが入ってくる

「詩織さん、検査の準備が整いましたので」

「あ、はい」

 ロンディーネの言葉に、座っていたソファから腰を上げた詩織を見て大貴が問いかける

「検査? 姉貴、どうしたんだ?」

「それが……」

 その質問に言葉を濁す詩織は、大貴達が空間隔離の中で戦っている間に人間界で起きた宝物庫の襲撃事件とそれに伴う人間界軍と十世界に所属する「ガウル・トリステーゼ」との戦い、そしてその戦いの中で「神器・神眼(ファブリア)」が自分の体と融合した事を簡潔に説明する



「はあ!? 神器と融合した?」

「……うん」

 その事実に目を丸くする大貴の言葉に、気まずそうな表情を浮かべる詩織。そしてそれを見るクロスとマリアを見て、ロンディーネがその話を補完する

「正確には破壊される事を恐れた神器が詩織さんの身体に逃げ込んだのです」


 神器には自らを使う者を選ぶ程度の意志に近い者があり、それであるが故に自身に危害を加えようとするものから身を守ろうとする。

 その時、神器を十世界に渡すまいとした神庭騎士(ガーデンナイト)・シルヴィアの攻撃によって破壊される窮地に瀕していた神眼(ファブリア)はその身を守るため、その時に触れた詩織の身体の中に逃げ込んだのだ


「大丈夫なのか?」

「おそらくは。神器がその防衛本能で意図的に隠れてしまったという事は、それを取り出す事は我々の技術では不可能です。この検査はあくまでも、ゆりかごの人間である詩織さんが神器によってどの程度影響を受けるのかを調べるものですから」

 大貴の問いかけにロンディーネは、目を伏せて答える


 九世界の中で最も科学が進んだ世界である人間界の技術力をもってしても、全霊命(ファースト)には遠く及ばない。まして神器は九世界を統べる全霊命(ファースト)のさらに上位の存在である「神」の力の欠片。それに手が及ぶはずもない。

 この検査はロンディーネの言うように、世界で最も霊格の低い存在である「ゆりかごの人間」である詩織に対して、世界で最も高い神格を持つ神器がどの程度影響を及ぼすのかを調査するためのものなのだ


 小さく一礼して詩織とロンディーネが部屋から出ていったのを確認した大貴は、不意にその表情を険しい者に変えて神魔に視線を向ける

「……本当の事を教えてくれないか?」

「どういう意味?」

 とぼけるように質問に疑問を返す神魔を見る大貴は、まるで真偽を問いただす裁判官のような目で、黒髪の悪魔の青年を見える

「さっきの話、嘘があるだろ」

「……!」

 確信に近い確認をする大貴の言葉に、金色の瞳を抱く神魔の目がわずかに細められる

 桜の表情からは何も読み取る事は出来ないが、その隣に座っている神魔からは、わずかながらも確かな反応を得る事ができた。

 それを肯定と受け取り、大貴は自身の考えを根拠と共に淡々と言葉を並べていく

「仮に魔界の目的が十世界を殺して回らせることだとしても、わざわざ監視役までつけるとは思えない。……いくら俺が馬鹿でもそんなことするはずないって事くらいは分かるぞ」

 確かに話の大筋は神魔の言う通りであろう事とは大貴にも分かる。それなりに筋も理論も通っていたように感じられる。

 しかしたったその一点――魔界軍に所属している悪魔である瑞希を護衛として同伴させてまで十世界と神魔達を戦わせる事に対して、大貴には納得のいく理由が思い付かない

「……そうだね」

 詰問するような大貴の視線を受け、しばらく逡巡していた様子の神魔だったが、やがて諦めたように小さなため息と共に苦笑を洩らす

「神魔様」

 まるで犯罪を自白する容疑者のような神魔の言葉に、これまで沈黙を守っていた桜が確認するように隣にいる伴侶たる黒髪の悪魔の青年を見る

 その視線は咎める訳でも諫める訳でもなく、「本当にいいのですか?」と神魔自身に真実を話す覚悟を再確認しているかのように感じられた

「いいんだよ、桜。元々隠すのはよくないと思ってたし、大貴君が気づいてるなら、下手に隠して後々こじれるよりは本当の事を話した方がいいよ」

「……かしこまりました、神魔様のお心のままに」

 大貴が全く気付いていないならまだしも、疑念を持っている上であえて隠しておくよりも、自分達の腹の内をはっきりと示す事を是とした神魔の言葉に、桜も同意を示して頭を垂れる

 そんな桜から視線を戻した神魔は、その金色の瞳で真っ直ぐに大貴を見据えると、ゆっくりと口を開いて先ほどの大貴の質問に答える

「僕達が生かされたのは、大貴君――君と親しいからだよ」

「……!」





 それは、魔界王・魔王から極刑判決を受けた時の事。「お前達には利用価値がある」という魔王の言葉に、神魔と桜が怪訝そうな視線で応える

「利用価値……ですか?」

 代表して訊ねた神魔の言葉に、魔王はその目をわずかに細めて淡々とした口調で言葉を紡いでいく

「そうだ。お前達は光魔神と親しいらしいな」

「……そうですね、まあそれなりに」

 不意に魔王の口から出た光魔神――大貴の名前に困惑しながらも、これまでの事を思い返しながら応じた神魔に、魔界を統べる王にして最強の悪魔たる男はさらに言葉を続ける

「十世界には反逆神がいる。最強の異端神の一柱である奴に対抗できるのは今の世界では光魔神ただ一人だ。……分かるな?」

 その言葉によって、魔王の真意を理解した神魔は、不満を滲ませた声を魔界の王へ向ける

「……つまり、僕達を利用して光魔神を味方に引き込みたいって事ですか?」

「そうだ」


 十世界に所属する異端神、最強の異端神「円卓の神座」の№2である「反逆神・アークエネミー」は、現在の九世界において最強の存在。この神に比肩する力を有するのは、円卓の神座の中でも「光魔神・エンドレス」だけだ。

 九世界が十世界の理念――「光と闇を含めたすべての統一と世界の恒久的平和」を受け入れるつもりがない以上、反逆神を擁する十世界と戦う力が必要になる。

 魔王は偶然にもこの世界に再誕した光魔神を浅からぬ縁で結ばれた神魔と桜を利用し、かの神を九世界側に引き込もうと考えているのだ


「お前達は光魔神を連れて九世界を回り、十世界と戦え。そうする事で光魔神は、九世界に対して少なからず愛着を覚えて九世界を裏切れなくなる。

 同時に、十世界に所属する者を殺す事で奴らに光魔神への敵意を芽生えさせ、十世界に入りづらくすることもな」

 口元に微笑を浮かべながら言う魔王の言葉に無言で耳を傾ける神魔と桜は、悪魔の王の策謀の緻密さに辟易しながらも、その意義を理解していた


 魔王の言う通りにすれば、望む望まざるにかかわらず光魔神(大貴)は九世界とその中枢にかかわらざるを得なくなり、親しくなればなるほど九世界を離脱して十世界に合流しづらくなる

 さらに十世界と戦う事で十世界側に可能な限り損害を与えれば、あの奏姫はまだしもそれ以外のメンバーに光魔神への反感を敵意を抱かせる事ができる。そうなればいかに姫であろうとも、光魔神を十世界に加える事が難しくなるだろう


「そして、未だ不完全な覚醒しかできていない光魔神を覚醒させるために、必要とあればお前達の命を使え。それなりに親しい関係にあるお前達を殺されれば、その怒りや憎しみで覚醒を促せるかもしれん。

 そのついでにお前達を生かして放免する事で九世界に対して少なからず好感を抱いてもらえれば万々歳といったところだ。――悪くない条件だろう?」

 さらに神魔と桜の命を使う事で大貴に恩を売り、その命を使う事で光魔神に完全な覚醒を促す事ができる事を付け加えた魔王の腹黒さに、神魔と桜は呆れつつも感心していた


《なるほど、僕達を殺さず利用するだけで一石四鳥って事か……》

《確かに、この手段を用いるならわたくし達は恰好の存在ですね》


 魔王の目的は光魔神を九世界側に引き込み、十世界と敵対させる事。世界全体の利益を考えれば、神魔達二人を処刑するよりも、その命を利用した方がはるかに有意義に決まっている。

 そして魔王が対価として提示してきた条件は、十世界の盟主――『姫』を殺す見返りに罪を放免すること。

 断われば即処刑、断わらなくても十世界を相手に生き残れる可能性は極めて低い。それはあまりにも神魔達にとって不利な取引きだったが、二人に選択の余地はなかった。


「……分かりました。その条件でお受けいたします」

 一度顔を見合わせて小さく頷き合った神魔と桜が視線を返すと、二人がそう答える事が分かっていたかのように、魔王は微笑を浮かべる

「賢明な判断だ。他の世界にはこちらからこの旨を打診しておく。とりあえず光の世界に入るには天界王あたりに許可を得る必要があるだろうからな」

「……わかりました」





「……なるほど、それでわざわざ兄貴が来たって事か」

 神魔の説明を聞いたクロスは、苦虫を噛み潰したような表情で、なぜか人間界にやってきた兄「アース」の事を思い出していた。


 闇側の世界ならまだしも、悪魔である神魔と桜が光の側の世界に入るのためには、光の世界側のリーダー格である天界に許可を取り、他の光側の世界に事前に連絡と許可を取る必要がある

 アースの人間界来界は、天界王が魔界王の提案に乗った証拠。光と闇、九世界の創世以来敵対し、戦い続けてきた二つの勢力が、十世界打倒という共通の目的を果たすために、皮肉にも協力関係を築いた証拠と言える


(皮肉なもんだな。光と闇の協力が、それを否定することで成り立っているなんて)

 十世界の理念に敵対するが故に、十世界の理念に限りなく近い協力関係を築く事になった事を鼻で嘲笑っているクロスの前で、神妙な面持ちをした神魔が大貴を真っ直ぐ見つめる

「そう、今二人は人間界王様にこの事を伝え、大貴君をつれて九世界へ旅立つ許可をもらっている所だよ」

 その言葉を聞いたマリアは、澄み切った水晶のような目を抱く瞳をそっと細め、人間界と天界、魔界の代表による対話の結末を予測する

「……おそらく人間界側はこの提案を呑むよね。天界がそれを許諾したんだから」

「だろうな」

 マリアの言葉にクロスは目を細める


 光魔神の再臨によって九世界最弱の世界から、九世界最強の世界へと立場を変えつつある人間界を統べる王としては、他の世界に示しをつけるためにも、その力を独占するような事をする訳にはいかない上、十世界の理念を拒否する立場として、これは絶好の機会だといえる


「これで、納得してくれた?」

「……ああ」

 神魔達が利用され、さらに自分が利用されようとしている事を知った大貴は、その問いかけに理解しながらも、許容し難い様な複雑な表情を浮かべる

「だから、全てを知った上でもう一度お願いします」

 一度目を伏せた神魔は、揺るぎない真っ直ぐな視線で自分達の命の要である大貴を見据え、真剣な声音と面持ちで言葉を向ける

「大貴君を利用する形になる事は否定しないけど、僕達はまだ死にたくない。だから、大貴君の力を僕達に貸して下さい」


 神魔達は自分達が利用されている事を知っている。しかしそれを自分達の罪の対価として受け入れてもいる

 対価の無い善意は時に堕落を招き、法を崩壊させる悪となる。それを分かっているからこそ、神魔達は自分達の命を守るために、世界のために命をかけて戦うという対価を払う決意をした


 神魔と桜の言葉に、まだほとんど知らない九世界の事や、今日会った十世界盟主、奏姫の事を思い出しながら自分の取るべき道を思案し、迷いながらも一つの結論を選択した大貴は、固く閉ざしていた口をゆっくりと開き、自らの意志と思いを言葉として紡ぐ


「……俺は――」





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