人形の心
――この身に宿ったのは、仮初の心と真実の魂。
真実と知りながら、それを幻想を蔑んで、ただひたすらに真実を求める。
今、目に見えるものが、今感じているこの想いが真実だと知りながら、それでもその証明を深い混迷の闇の中に求め続ける
隔離された人間界王都を背に、悪意に毒された軍勢と死闘を繰り広げているのは、王族を筆頭とする人間界の主戦力達。
その一角で、悪意に蠢く漆黒の身体を持った人型と機械仕掛けの巨兵を斬り伏せたのは、その両手に飾り気のない無骨な剣を携えた男――七大貴族の長の一人「アドルド・グランヴィア」。
重厚な鎧に身を包み、マントを翻らせた男が雷光のような速さで戦場を駆け、烈火の如き攻撃が眼前の敵を斬り伏せていく
「はああっ!!」
裂帛の声と共に二本の剣を振るい、次々と悪意に毒された敵兵を屠っていくアドルドだが、悪意によって強化された十世界の軍勢は、七大貴族の長を以ってしても容易な敵ではなく、さらに理性は無くとも知性は持っているため、戦況に対応した戦術を取ってくる
「オオオオッ」
「――っ!!」
地の底から響くような悪意に蠢くモノの攻撃を剣で受け流し、反対側の剣で胴を薙ぐように斬り返したアドルドは、まるでその隙を狙っていたかのようにその漆黒の身体に口のような器官を作り出して砲撃を放ってきた悪意に毒された敵兵に、忌々しげに目を細める
障壁など意にも介さない程の破壊力を有している悪意に染まった力の波動を、二本の剣を交差させて受け止めたアドルドは、それを力任せに粉砕する
「……くっ」
反逆の悪意によって簒奪の力を得ている黒く蠢く敵兵の攻撃はアドルドにすら、骨の髄まで響くような衝撃を与えており、全身を襲う痺れたような感覚に、七大貴族の長の一人たる男は、忌々しげに目を細める
「っ!!」
その瞬間、天空から飛来する「何か」を知覚したアドルドは、反射的ともいえる動きで咄嗟に後方へと飛び退く。
その瞬間、天空から飛来した両刃剣の刃の形状に似た漆黒の物体が、先程までアドルドがいた場所に突き刺さり、その大地を円形に蒸発させる
「天翔武装!? ……いや、ただの操作系武装か」
それを見て、目を細めたアドルドに、さらに上空から数十を超える同型のそれが飛来し、全方位から多角的に襲いかかる
「――くっ!」
悪意に染まった両刃剣の刃――使用者の意志によって身体から離れて自立駆動する科学兵器である操作系武装の最大の特徴は、使用者と分離して動くことによって多角的、かつ高密度の連携を伴った攻撃を可能とする事。
まして、悪意の力によって簒奪の力を得ているそれは、現在に人間界で普及しているあらゆる操作系武装、そしてその強化系である自身の気を一定量付与させて行使できる天翔武装を遥かに凌ぐ速さと破壊力を以って、全方位からアドルドを包囲している。
「くっ……!」
いかにアドルドと言えど、複雑に動くその兵器を完全に回避する事はできず、それが放つ破壊の閃光や、仮想の刃となっての突撃によって、その身体に傷を刻んでいく
「このままでは……っ」
いかに至宝旗の権能によって能力を強化されているとはいえ、数十に及ぶ全方位からの超光速の高く攻撃を捌き切る事は難しい。
対して、一つの意志によって統制される悪意色の空飛ぶ刃は、計算された動きと行動で徐々にアドルドを追い詰めていた
今は回避する事がかろうじて出来ているが、このままではいつか追い詰められ、確実に止めを刺されるであろう事を理解しながらも、防戦一方のアドルドには、ただその思惑の通りに追い詰められていく事しかできない
「――っ!」
そんな歯痒い思いに唇を噛み締めていたアドルドは、不意に遥か遠くからこちらに向けて飛来してくる破壊の力を感知し、思わず目を見開く
それと同時に、遥か彼方から飛来した光の矢――矢と呼ぶにはあまりにも巨大な力の塊が、閃光となって天を貫き、その軌道上に存在していた悪意に染まった飛空剣をその光の中に消滅させる
「……すまんな、助かった」
天空を貫いた閃光を放った人物の正体を知覚によって把握しているアドルドが視線を動かさずに言うと、さながら空間転移のような速さで移動してきた人物――たった一人しか冠する事のない名を持つ七大貴族の長の一人にして、かつては王族に名を連ねていた男、「レイヴァー・ブレイゼル」が不敵に微笑む
「礼には及ばない――奴らは、我等共通の敵なのだから」
アドルドの言葉を受けたブレイゼルは、流れる金色の髪を風に遊ばせながら、その手に持った細身の剣と身の丈ほどの大剣――左右で大きさの違う二振りの剣を構えて、周囲を埋め尽くす悪意の軍勢を睥睨する
かつて王族に名を連ねていただけの事はあり、ブレイゼルの戦闘スタイルは、複数の武器を自在に使い分ける王族特有のものだ
「それよりも油断するなよ、こいつらは他の奴とは違うぞ」
「――あぁ、分かっている」
ブレイゼルの言葉に、アドルドも険しい表情で共感する
先ほどの操作系武装を思わせる自立武器もだが、アドルドの周囲を取り囲んでいる軍勢は、他の戦場にいるそれらとは一線を画していた。
至宝旗の権能の優れた所は、全ての戦場をその所有者である「ミレイユ・ハーヴィン」が統率する事によって、その権能が及ぶ全ての範囲の戦場を、戦場で戦う戦士達が把握できる事にある。
つまり、この場にいながらアドルド達には他の戦場の戦況が把握できるという事になる。だからこそ、アドルドの危機に計ったかのようなタイミングでブレイゼルが駆け付ける事ができたのだが、その権能によって、二人はこの戦場の異様さも否が応でも理解せざるを得なくなっていた。
悪意に毒され、その心身を黒く蠢くものへと変えた十世界の軍勢には、理性は無くとも知性があり、戦況に対応する柔軟性や戦闘技能は残っている。しかしその戦闘技能はあくまで個体のそれに限られ、集団での統率された動きに関しては、訓練された軍人のそれには到底及ばない。
現に、至宝旗の権能によって伝わってくる他の戦場では、どれほどの数がいても、力と数に任せた物量戦術で戦っている。――しかし、この戦場でだけは、悪意に蠢く軍勢が、まるで統率された軍隊のように……否、一つの生き物のように一部の隙もない動きをして見せているのだ
(これほど統率された動きは単体の判断力では不可能――つまり、どこかにこいつら全員に指令を下している奴がいるという事になるな)
静かに戦場を見回したブレイゼルは、その知覚能力を研ぎ澄ませて、周囲をくまなく索敵する
「……そこか!」
刹那、装霊機の中に収納されていた銛に似た形状の槍を、限りなく小さな動作で投擲する。
槍を取り出してから放つまでの動きは流れるように美しく、そして大ぶりな動きなど一切ない小さなもの。しかし、かつて王族に名を連ねていたブレイゼルが放った槍の一撃は、閃光を貫くほどの速さとそれ以上の破壊力を以って中空に突き刺さる
本来なら、その場を通り過ぎて虚空の彼方に消えるべき槍は、空中に留まったままその動きを止め、そこに宿っていたブレイゼルの気が激流のように、月光に映える夜空に流れ込んでいく
「……さすがは、『レイヴァー・ブレイゼル』といったところですね」
槍の突き刺さった空間で抑揚のない声が応えたのと同時に、そこが蜃気楼のように霞み、その身に漆黒の鎧を纏った女性が姿を現す
機鎧武装のように全身を覆ったり、中に乗り込むようなものではなく、生身を露出させた状態で纏う、文字通りの鎧。その背にアドルドを苦しめた操作系武装を持つ翼を持ったその姿は、黒色の機械天使といった印象を見る者に与える
「――魔道人形か、道理で知覚にかかりにくい訳だ」
天空に現れた人物を見て目を細めたブレイゼルは、合点がいったように呟く
無霊命。そう呼ばれている人の手に作られた生命体である魔道人形は、生命体と言っても霊の力を有している訳ではない。
そのため、他者の界能――霊の力を知覚して敵を感知する能力では捉える事が難しいという特性を持っている
「……リューネリアと申します」
ブレイゼルの言葉に、その無機質な表情を崩す事無くリューネリアと名乗った魔道人形の女性は、眼下から注がれる敵意と殺意に満ちた視線など意に介した様子もなく、恭しい所作で一礼してから居住まいを正す
「希少な魔道人形だからといって、容赦してもらえると思うなよ」
その手に持つ美しい装飾を施された両刃剣に燃え盛る炎のような気を纏わせて戦意をむき出しにするブレイゼルの言葉に、天に佇んでいるリューネリアはその口元に冷笑を浮かべる
人工的に生命体を作り出す事を禁じた「メルストキア条約」によって既に無霊命――魔道人形の製造は禁止されているため、現存する魔道人形は全てその条約制定前に生まれた個体であり、この世界に生きている個体数にも限りがある。
「思っておりませんよ、そのような事は。――ただ、一つだけご忠告をさせていただけるならば、いかにあなた方と言えど、そう簡単に私を倒せると思わない事です」
ブレイゼルとアドルドの視線に応えたリューネリアが静かに言葉を紡ぐと同時に、まるでタイミングを見計らっていたかのように、全方位から悪意に毒された十世界の軍勢が二人に向かって襲いかかる
(なるほど、あの女がコイツらの動きを統制しているのか……!)
この一角を占有する悪意に毒された軍勢がみせていた連携の正体が、魔道人形であるリューネリアによって制御されたものだと瞬時に看破したブレイゼルは、自身の気を宿した拳で悪意を地面に叩きつけると同時に、霊の力による事象干渉によって飛翔する
「ここは任せる。私はあの魔道人形を叩く」
「――分かった」
言うが早いか、天空へと駆け昇っていくブレイゼルを見送り、アドルドは周囲を取り囲んでいる数え切れないほどの悪意に蠢く軍勢を見回す。
リューネリアによって統率されたその動きは、他の場所にいるそれとは厄介さが格段に違うが、ブレイゼルとの戦闘でわずかにでもその制御に乱れが生じてくれれば十分に勝機を見出せる。――そんな一抹の期待を抱きながら、天へと翔け昇っていくかつて王の名を冠していた男へと視線を送った
「……おおよそ、予想通りの動きですね」
自身に向かってくるのは、七大貴族に数えられているとはいえ、かつては最強の半霊命と呼ばれる人間界王族――「ハーヴィン」の名を冠し、現在でもその当時となんら遜色のない実力を有しているブレイゼルを前にしても、リューネリアの無機質な瞳には微塵の動揺も見られない
そして、そのリューネリアの理由証明するように、突如夜天を切り裂いて飛来した人影が、天空へと舞い上がったブレイゼルを捉える
「……っ」
咄嗟に剣でその一撃を防いだブレイゼルは、全身を駆け巡る衝撃にわずかに歯噛みし、自身に攻撃を仕掛けてきた漆黒の人物を見る
どこか竜を思わせるシルエットを持つ悪意に蠢く漆黒の人物は、その悪色の身体に爛々と翡翠色に光る一対の眼を輝かせ、研ぎ澄まされた蹴りを受け止めたブレイゼルを見ている
しかし、その悪意の人型による一撃を受け止めたブレイゼルは、その脚と自分の剣がぶつかり合っているその設置点から、空間に亀裂が入っていくのを見て軽く目を瞠る
「――っ、これは……」
(天震……!)
ブレイゼルがそれを理解した瞬間、亀裂が入った世界から放出された膨大な「世界」と「空間」の力が、一つの破壊の渦となって炸裂し、その激流の如き力が七大貴族最強の男をその力の中に呑み込む
世界を構築する空間そのものを破壊し、その時に発生する膨大なエネルギーを破壊の力として用いる――界能による最大破壊攻撃の一つ。
場合によっては世界すら滅ぼしてしまうほどの破壊力を有するその一撃が直撃すれば、さしものブレイゼルも全くの無傷という訳にはいかない
「――っ」
天空を噛み砕く破壊の力の渦から自身の気を宿した盾で身を守りながら離脱したブレイゼルは、宙に立つ先ほどの悪意が、その足元からクモの巣状に空間に亀裂を入れているのを見て、忌々しげに目を細める
(連続での天震か……悪意の力を得ているとはいえ、厄介な能力を……!)
天震を放つには膨大な力を消費とする事を要求される。通常、七大貴族に名を連ねているような猛者でも、連続で放つ事は難しいのだが、悪意の力によって簒奪の力を得た悪意は半霊命最強といわれる王族にすら匹敵する力を持ち、それによって連続での天震を可能にしている
いかにこの場にいる全員が至宝旗の力によって強化されているとはいえ、天震を多用できるような相手を野放しにしておく事などできない――標的と定められたのか、敵が自分を逃すつもりが無い事を感じ取って、ブレイゼルは新たに現れた悪意の迎撃のために、自身の装霊機から、身の丈ほどの大剣を召喚する
「邪魔をするな」
一刻も早く下の戦場に蠢く悪意を統括して操っているリューネリアを倒そうと、ブレイゼルが戦意をむき出しにするのを見て、悪意に蠢く人型が静かに言葉を紡ぐ
「……そうはいきませんよ」
「なっ……!?」
機鎧武装であろうその姿から表情を読み取る事は出来ない。しかし、はっきりと微笑混じりの言葉で応じた悪意にわずかに目を瞠ったブレイゼルを、間髪いれずにクモの巣状に張り巡らされた空間の亀裂から噴き上がった極大の破壊の力が呑み込む
「っ、ぐ……オオオッ!!」
世界級の災害とも呼べる圧倒的な破壊の力を、その身に宿った王族としての最強の気の力で凌いだブレイゼルは、さらなる天震の追撃を避けるために、閃光のような速さで悪意の人型に肉薄し、袈裟掛けに斬撃を放つ
光すら斬り裂くほどの速さと破壊力を以って放たれた斬撃だが、悪意に蠢く人型はその斬撃をその身に宿った力を凝縮させた腕で受け止める
「貴様は一体何者だ!?」
「十世界に所属しております、『メリッサ』と申します」
斬撃を放ったブレイゼルの言葉に、悪意に毒された人型――「メリッサ」が静かに応じる
「……なるほど。つまり、十世界の幹部という訳だな」
言うが早いか、ブレイゼルの刃が力任せに悪意に蠢く鎧に身を包んだメリッサを弾き飛ばす
「いえいえ、私などただの雑兵に過ぎませんよ」
しかし、ブレイゼルの一撃によって弾き飛ばされたメリッサは中空で踏みとどまると、その両の手に杭のような形状の槍を召喚する
「――ただ、あなたの足止めをできる雑兵ですがね」
メキメキと空間を軋らせる音を走らせる杭のような槍を携え、メリッサは悪意に毒された漆黒の鎧の上からでもはっきりと分かる笑みを浮かべる
「…………」
悪意の仮面に隠されたメリッサの笑みに、ブレイゼルは不快気に目を細める
ここでメリッサに足止めをされれば、リューネリアによって統率される悪意の軍勢によって、長引けば長引くほど大軍を任せてきたアドルドが追い詰められていくのは明白。
しかし、悪意の力によって王族に匹敵する力を得、その力によって空間すら容易く破壊できる力を得たメリッサを止める事は、自分にも容易ではない事をブレイゼルは理解している
「さあ、夜はこれからです。ゆっくりと戦いましょう」
「……っ」
ブレイゼルの心中を見透かしたかのように得意気に言うメリッサに、かつて王の名を冠していた最強の七大貴族の長が忌々しげに目を細める
「ここはお任せ下さい」
その瞬間、緊張が走った二人の間を切り裂いて、澄み切った声が高らかに響く
「……っ!」
その声に視線を向けたブレイゼルとメリッサの二人は、遥か彼方から仮想の翼を広げて飛来してくる影を見止める
ロンディーネ、ミネルヴァ、ヴァローナ、パセル――人間界城に仕える魔道人形達が向かってくるのを横目に、ブレイゼルとメリッサは、同時にこのタイミングで増援が来た理由を見抜いていた
(……ミレイユの差し金か。相変わらずよく手の回る)
(やはり至宝旗の権能は厄介ね……とはいえ、ここに持ってこれる戦力が彼女達である辺り、向こうにも余裕がないという事でもある)
仮想の翼によって音を遥かに凌ぐ速さで宙を翔け、天空に浮遊する悪意の鎧を纏ったリューネリアに向かっていく四人の背中をブレイゼルとメリッサが無言で見送る
四人を差し向けたのは、十二至宝の一つ、至宝旗・クラウセイスを持ち、その権能によってこの戦場を把握し掌握している、人間界特別戦力、六帝将の長「ミレイユ・ハーヴィン」であるのは間違いない。
しかし、「愚者の行軍」によって、強さに反逆する力をえた悪意の軍勢の力は、人間界王族すら脅かすほど強大なものとなっている。
それの対応に戦力を割かざるを得ない現状で、個々に差し向けられるのがロンディーネ達魔道人形だけだというのが、現在の戦況がいかに逼迫しているかを雄弁に語っていると言える
(奴らがどれだけやれるか……それが鍵になりそうだな)
悪意に毒された鎧を纏っているリューネリアと、それに向かっていく四人の魔道人形の乙女達に視線を向けたブレイゼルは、静かに息を吐き出して眼前のメリッサに視線を向ける
ロンディーネ達も至宝旗の権能によってその能力を強化されており、その能力をはるかに高められている。元々貴族よりもわずかに劣る程度の能力は有している魔道人形達が至宝の権能によって強化されていれば、その実力は貴族を凌駕し、七大貴族に比肩している目算は十分に立つ
(だからといって、私がする事は変わらないわ)
おそらく並々ならぬ力を有しているであろうロンディーネ達人間界の魔道人形達の姿を横目に見送りながら、メリッサは悪意に蠢く鎧の中からその視線を人間界王城の方へと向ける
メリッサにとって、リューネリアやディートハルトといった協力者は、有用だが必要不可欠ではない。利害関係の一致から互いに利用し合っているだけである以上、究極的には目的が達成されるならば、その二人の生死になど興味もない
(――私たちの王、「ジェイド・グランヴィア」様によって当代の人間界王が打倒されるまで……そう、ジェイド様が新たなこの世界の王になられるまでこの戦線を維持すればよいのだから)
顔を隠す鎧の下でその時を待ち望み、期待とジェイドへの想いに胸を高鳴らせるメリッサは、眼前の宙う空に佇んでいる「レイヴァー・ブレイゼル」へ視線を戻すと、静かに臨戦態勢を取った
それと同時刻、ミレイユの指示によってブレイゼルとアドルドの援護に訪れたロンディーネ、ミネルヴァ、ヴァローナ、パセルの四人の魔道人形達は、天を翔ける仮想の刃で空を切り裂き、戦場の上空に浮かぶリューネリアに攻撃を仕掛ける
ミネルヴァとヴァローナが霊の力によって、物質と機能の情報を仮初の現実として紡ぎ上げる仮想の技術によって自身の周囲に無数の仮想の砲塔を作り出し、そこから科学の力で生み出された破壊の力を波動として放つ
至宝旗の権能も手伝って、科学と物理の限界を超越して放たれた無数の破壊の波動が天を貫き、漆黒の鎧を纏っているリューネリアに向かって迸る
しかし、二人が放った破壊の閃光はリューネリアが放出した操作系武装が作り出した結界によって阻まれ、空中で無残に砕け散る
「……さすが、悪意の洗礼を受けているだけの事はありますね」
想定内だったとはいえ、至宝の加護を受けて限界を超えて強化されている砲撃の嵐を軽々と防がれたのを見たミネルヴァは、わずかに表情を険しいものに変えて結界の向こう側にいる自分と同じ魔道人形の女性を見る
とはいえ、ミネルヴァ達の攻撃が終わったわけではない。二人の攻撃に身を隠して左右に展開していていたロンディーネとパセルがその腕から仮想の刃を作り出して、リューネリアに両側から斬撃を放つ
「はあっ!」
「やああっ!!」
細く洗練されたロンディーネの刃と、バスタードソードを思わせる巨大な刃を放つパセルへと視線を向けたリューネリアは、その両腕に纏った悪意の鎧から自身の身の丈を超える巨大な刃を作り出して二人の斬撃を受け止める
「お、重っ……!」
まるで巨大な柱のようなリューネリアの仮想刃を受け止め、パセルはその圧倒的な威力に歯を食いしばる
愚者の行軍による「強さへの反逆」の能力によって強化された鎧は、それだけで王族のそれに匹敵するほどの性能を得ている。
本来ながら受ける事も防ぐ事もままならない程強大な力だが、至宝旗の権能によって強化されている事で、かろうじて魔道人形達でも、複数で囲めばかろうじて対応する事ができるほどまでには、その力の差は縮められていた
「リューネリアさんでしたね」
「……どこかでお会いしましたか?」
巨大な光の刃を仮想の刃で受けとめるロンディーネに名を呼ばれた事に、リューネリアが怪訝そうに目を細める
「先日の舞戦祭を拝見させていただいておりました」
「なるほど」
ロンディーネの言葉で、面識がないはずの相手が自分を知っていた事に納得したリューネリアは、その無機質な表情で自身と同じ魔道人形の侍女を見つめる
とはいえ、ロンディーネが自分の事を知っていた時点で、リューネリアは先日の舞戦祭の事に思い当っていた。
面識のない相手が自分を知っているとすれば、全国で放送されている舞戦祭が真っ先に思い浮かべられる。それでもあえて訊ねたのは、それを確認するためという意味合いが強い
「なぜあなたは十世界などに……っ!」
無機質な表情を浮かべているリューネリアとは対照的に、ロンディーネは憤りと困惑を同居させた表情で同じ魔道人形である女性を見る
生命を創造する事を禁止した条約「メルストキア条約」によって、魔道人形の製造は禁止され、その製造方法も禁書庫に保管されている資料以外はすべて破棄されている。
つまり、ロンディーネとリューネリアは例え立場が違っても、この世界に残された、限りある同胞という事になる。例え初対面であっても、そんな同胞と命をかけて戦う事を良しとは思えないロンディーネの気持ちは、リューネリアにも理解する事が出来る
だからこそ、どちらかと言えば寡黙な部類のリューネリアも、その重い口を同胞のために開く事を是とする。――たとえ、限りある同胞と敵対してでも戦う「理由」を。
「……欲しいものがあるのです」
静かな言葉を紡ぎながらも、リューネリアの攻撃が止む事は無い
悪意に染まった操作系武装が宙を縦横無尽に飛翔してミネルヴァとヴァローナを迎撃し、さらに空間の中から召喚された巨大な暗黒色の砲台を両腕に装備したリューネリアが、ロンディーネとパセルへその引き金を引く
「欲しいもの……?」
リューネリアの両腕に装備された砲台から放たれた極大の波動を、至宝の加護を受けた仮想の翼の性能を最大限に発揮して回避したロンディーネは、自身の周囲に召喚した仮想の砲台から反撃の波動を放ちながら目を細める
四人の人間界王城に仕える魔道人形達からの攻撃を障壁で相殺したリューネリアが、その身に纏った悪意の鎧から、全方位に向けて砲撃を解放する
「――人間界王城内、禁書庫に眠る禁術」
リューネリアの身体から放出された全方位への光の雨を回避しながら、その言葉を聞いた魔道人形の侍女達が驚愕に目を瞠る
「っ!?」
「……狙いは禁書庫ですか」
ガウルと同じように禁書庫の中身を狙っているリューネリアを見て、それを防げなかったミネルヴァが自責の念と共にわずかに唇を噛み締める
「なぜ、そんなものが必要なのですか! あそこにあるのは、この世に出してはならないものばかりなのですよ!?」
無数の操作系武装を召喚したヴァローナが、激昂を抑制した声音と視線をリューネリアに向ける
天空を不規則な軌道を描きながら飛翔する操作系武装同士が迎撃し合い、天空に爆撃の花が咲き乱れるのを睥睨しながら、リューネリアは淡々とした口調で全方位に散開している四人の同胞へ言葉を向ける
「……あなた達は人を愛した事がありますか?」
「――っ!」
その言葉に、四人の魔道人形の侍女達が小さく目を瞠る
それと同時にリューネリアの背後の空間が揺らぎ、そこから悪意によって毒された無数の巨大砲塔が出現する
「私達には心があり、人を愛する事も出来る。けれど私達の身体はただの作り物。決して命あるそれではない――心があって、想う事も想われる事も出来るのに、どれほどの愛を重ねても、どれほど想いを通じあわせても、魔道人形と人は繋がり合う事ができない」
静かな声音の中に激情を隠したリューネリアの言葉と同時に空間から出現した巨大な砲塔から一斉に破壊の極光が放たれ、全てを破壊する光の一閃が世界を貫く
「まさか、あなたは……」
悪意の洗礼によって世界すら焼き尽くすほどの破壊力を備えた極光を、何重にも重複させた障壁を壁にして回避したロンディーネは、悪意の鎧を纏って天空に立つ同胞を見て動揺に揺らいだ視線を送る
その言葉に、リューネリアはその目を一度伏せると、この戦いで初めて見せる穏やかで慈愛に満ちた優しい微笑を浮かべる
「私は、ディートハルト様をお慕いしています。一人の女として」
「……っ!」
リューネリアの告白にその場にいた四人の魔道人形の侍女達が息を呑む
同じ魔道人形であるからこそ、ロンディーネ達四人には、リューネリアの言葉が痛いほど胸に届き、その願いに無条件の理解を示す事ができた
「――ですが、人と全く同じ心を持ち、ほとんどの人よりも優れた身体を持ちながら、人によって作られたこの身は、新たな命を育む事ができないのです」
浮かべていた慈愛の笑みを悲痛な色を帯びた自嘲気味のそれに変え、リューネリアは天を貫くほどにまで巨大させた巨大な仮想の刃を振るう
無霊命と呼ばれる人によって作られた命なき生命体である魔道人形の魂や心は人間のそれとなんら変わりがない。喜怒哀楽もあれば、想像力も持ち、当然愛情も解する事ができる。
究極の科学によって作られたその身体は、たとえ機械仕掛けのそれであろうと飲食はもちろん、人間と肉体関係を持つ機能まで備えている。――それでも、生命想像禁止法によって生命の創造を禁じられている以上、魔道人形には子供を作る機能は無い
「人と人間である以上、それは避けられない事――私はそう思っていました。ですがある時、禁書庫の中には人の身体に私達のような仮初の魂を移しかえる技術があると聞いたのです」
巨大な仮想の刃を回避したロンディーネ達の耳に、リューネリアの言葉が届く
亜人を生みだした人工的な生命の苗床――「人工子宮」は、禁術指定とはいえ、すでに十世界が竜人を作るために使用している。しかし、仮に人工子宮を用いても魔道人形であるリューネリアでは、本当の意味で子供を作る事ができない
しかし、禁書庫にあると教えられたもう一つの禁忌――人工的に作った、あるいは命を落とした人間の身体に魔道人形や魔法知能、あるいは高度な人工知能を持つ仮想人格を埋め込む事で高い肉体性能を誇る人間を作る技術を用いれば、自分の自我を宿した人間の身体を手に入れられると、リューネリアは考えた
「――もうわかったでしょう? 私は人間になりたいのです。どんなに優れていても、こんな機械の身体など要らない。ただ愛する人と愛し合い、その人との間に子供を作って……ただ平凡な人間として、一人の女として生きたいのです」
いつも通りの無機質な声音で紡がれたリューネリアの戦う理由。
しかしその言葉は、人の手によって作られた人を超えた存在である無霊命として生まれたリューネリアの心からの慟哭のようだった