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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天界訪問編
76/305

王の戦






 ガラスが砕けるような硬質の破壊音を伴い、神器「神眼(ファブリア)」を封じ込めていた永続結界が成す術もなく破壊される

「……っ」

 その様子を見つめて唇を噛み締めた神庭騎士(ガーデンナイト)・シルヴィアは、戦乙女を彷彿とされるその身体から炎のように揺らめく全霊命(ファースト)特有の血を立ち昇らせ、結界を破壊した男――戦兵(レギオン)のジュダを睨みつける


 神器・神眼(ファブリア)を守るために、自身と対になる存在であるジュダと戦いを繰り広げていたセルヴィアだが、そこにジュダと同じ神に列なる眷属である斥候(スカウト)が乱入した事によって拮抗していた力が崩れ、たった一人でここにやってきているシルヴィアは一挙に窮地に立たされていた


「悪く思うなよ、お前と違って(・・・・・・)、俺達は我が神の意志に従って十世界に仕え、今この場にいるのだ」

 破壊された結界の中に安置されていた神の力の欠片――神器・神眼(ファブリア)を手にしたジュダは、血炎を上げているシルヴィアを見下ろして不敵な笑みを浮かべる。


 もちろんそれは、「ある人物」の意志によって行動しながらも、それを否定しているシルヴィアに対する皮肉だ。単独による独断の行動だと言っているシルヴィアの危機に、都合よく援軍が現れてしまえば、その背後にある意志を決定づけてしまう。

 それができない――否、してはならない(・・・・・・・)事を知っているジュダは、シルヴィアに対しての援軍がやってこない事も、心の中で確信していた


「くっ……」

()神眼(ファブリア)彼ら(・・)に渡す訳には……)

 ジュダと自身の眼前に立つ斥候(スカウト)の男へ交互に視線を向けたシルヴィアは、焦燥にかられる内心を覆い隠すように平静を装って、手にしたハルバードを握る手に力を込める

(かくなる上は、私の命を賭けてでも……)




 その頃、茉莉によって隔離された人間界王都では、その上空に浮かぶ悪意に蠢く巨大な戦艦からおびただしい数の敵兵が無人となった王都へと降り立ち、進軍していた

 機鎧武装(アルマトゥーラ)を纏った人間、自動人形(オートマタ)、竜騎など人型から全長十メートルに及ぶのではないかという巨大なものまで、悪意によって毒された軍勢が、まるで神隠しにでもあったかのように人の消えた、世界屈指の大都市である人間界王都・アルテアを闊歩していた

「……無粋なことですね」

 決して急ぐ訳ではなく、悠然と一歩ずつ王都を闊歩する悪意の軍勢の行軍する先で、金色の髪をなびかせて立つ女性――人間界王・ゼル・アルテア・ハーヴィンの愛娘の一人にして、次期人間界王・ヒナ・アルテア・ハーヴィンの実妹である、シェリッヒ・ハーヴィンは、ただ一人で敵の軍勢の前に立ちはだかりながらも、微塵も動揺した様子を見せずに、淑として佇んでいた


 王都の外の大軍を囮に、王都に進軍してきた大軍を迎撃するために、ゼル、ヒナ、フェイア、シェリッヒをはじめとして人間界城に残っていた王族達は、バラバラに散っている。

 元々十世界の軍勢と戦うために、あの場に集まっていた戦力の大半をそこへ向けてしまったために、王都の側に残っていた戦力は少ない。しかし、その残ったほんの一握りの人間が、世界最強の半霊命(ネクスト)である王族(ハーヴィン)であるならば、戦力的にもなんら問題はない


(いくら仮初のものとはいえ、この世界の中心である王都を破壊されていい気分はしませんからね。なるべく早く殲滅する事にしましょうか)

 そんな思案をシェリッヒ――リッヒが巡らせていると、不意に立ち止まった敵軍の中に電子光を纏った少女が姿を現す

「シェリッヒ・ハーヴィン」

「……!」

 不意に眼前に現れた少女――魔法によって作られた、自我を有する人工知能――魔法生命体(サード・アストラル)である「ネイド」を見止めたリッヒは、その口元に微笑を刻んでわずかに目を細める

「……おや、これはもしかして当たりでしたか?」

 ネイドの事は、先日の舞戦祭(カーニバル)での騒乱の後にロンディーネから報告され、リッヒはその存在を認識し、把握している

 そして、自身の眼前で悪意に呑まれる事無く敵兵を率いているその姿を見れば、ネイド(彼女)が十世界の同胞を悪意に売り渡した側であり、今回の件の首謀者の側である事は一目瞭然だ


 少々厄介な敵軍を事務的に葬り去るだけだと考えていたリッヒだったが、突如目の前に現れた本命の敵ともいえるネイドの存在に、思わずその顔から不敵な微笑がこぼれる

「――いいえ、大外れよ」

 そして、そんなリッヒをあざ笑うかのように、ネイドは悪意に蠢く機械の人型へと融合すると同時に、周囲の空間に波紋を起こし、そこからおびただしい数の悪意の機械兵団を召喚する。

 一体一体が簒奪の悪意によって王族(ハーヴィン)に匹敵、あるいは同等以上にまで高められた軍勢が数十から数百。リッヒ一人を取り囲んだおびただしい数の悪意兵を従えるネイドは、勝利を確信して高笑いしながら王の直系たる金髪の美少女を睥睨する

「いくらあなたでも、この数を相手にしては分が悪いでしょう?」

「さて、それはどうでしょうか?」

 しかし、眼前の軍勢に全く動じることなく静かに言葉を紡いだリッヒの手元の空間が揺らぎ、装霊機(グリモア)に収納されていた物がその手に召喚される。

 リッヒの手の中に召喚されたのは、剣や槍――それどこから武器ですらなく、百科事典のような分厚く頑強な装飾が施された一冊の本。

「……至宝書・ファルシュ・メティウラ!?」

 しかし、全く戦闘とは無縁にしか思えない金色の金属と宝玉による装飾が施された分厚い本を見たネイドは、その正体を瞬時に見抜き、驚愕に声を詰まらせる。

 そんなネイドの言葉を肯定するように微笑を浮かべ、至宝書ファルシュ・メティウラを持っているのと反対側の手に一本の槍を携えたリッヒは、その身体から強大な気の力を噴き上げて、ネイドと悪意に蠢く十世界の軍勢を睥睨する

「――さて、始めましょうか」




 煌めく気の力が全てを薙ぎ払う破壊の風となり、それに呑み込まれた悪意に蠢く暗黒の人型と巨兵達はその力の前に成す術もなく塵と化していく

「……少々、数が多いですね」

 悪意を薙ぎ払う破壊の風――その手に持つ片手剣による斬撃の余波を見つめながら、人間界の次期王を担う女性、ヒナ・アルテア・ハーヴィンが抑揚のない声で呟く

 ヒナの周囲を取り囲んでいるのは、数え切れないほどの悪意の軍勢。百や二百どころか、千や万でも利かないであろう強大な力を持つ敵を前にしてもその表情には微塵の恐怖も映ってはいない

「オオオオオッ!」

 地の底から響くような、重低音のうめき声をあげながら押し寄せてくる悪意の軍勢を睥睨したヒナは、右手に剣を持ちながら、反対側の手に装霊機(グリモア)から一本の槍を召喚し、それに自身の界能(ヴェルトクロア)である「気」を纏わせて流れるような動きで投擲する

 まるでダーツの矢を放つ様な極小の動きから放たれたとは思えない程の速さで打ち出された槍は、閃光を貫く速さとなって悪意に毒された軍勢に直撃し、極大の爆発によってその力の波動に呑まれた全ての敵を瞬時に駆逐する


 しかし、ヒナの攻撃はそれだけでは終わらない。槍の投擲と同時に反対側の手に召喚したのは金属製の和弓に似た弓。気の力で構築された非実体の矢を、その場で舞うように回転しながら流れるような動作で放ち、全方位の敵を瞬時に爆撃する


 人間界次期王であるヒナの力は、人間界最強の人間界王(ゼル)に次ぐそれ。人間界でも最強位に位置する気の力を帯びた槍や一本の矢には、その一撃で地平の彼方まで世界を抉り取るほどの力を持っている。

 しかし、悪意によって簒奪の力を得た十世界の軍勢を容易に殲滅する事は難しい。理性を失っていても知性を失っている訳ではない悪意の軍団は、敵を屠るために連携し、臨機応変に戦況に対応する能力を有している。

「オオオオッ」

 自身を障壁(シェル)のような防御結界で取り囲み、ヒナの攻撃を凌いだ全長十メートルにも及ぼうかという巨大な悪意の巨兵が地響きのような重低音を上げながら、ヒナの気の光を引き裂いてその姿を現す

「――ォ……ッ」

 まるで巨木のような腕を振りあげた巨兵だが、それを振り下ろすよりも速く、巨大な槌の一撃がその頭部を砕き、閃光を背にする速さで巨兵の頭部に槌を撃ちこんだヒナは、そのまま気を宿した剣を一薙ぎする

「はああっ!!」

 ヒナを中心に巻き起こった気の竜巻が天に立ち昇り、そこに込められた意志が暴虐なる力を生みだして悪意の軍勢をその力の中に消滅させていく


 ヒナをはじめとする「ハーヴィン」をその名に持つ人間界の王族達は、力を持って生まれたその瞬間から、この世界とそれを動かす法と秩序、そしてこの世界に生きる人々の生活と命を守り、次期人間界王になるために研鑽される。

 十二至宝の中核である「至宝冠・アルテア」によって選別される人間界王は、本来十二の至宝の全ての所有者。――即ち、王の力に列なる者達は、十二至宝の正しき主であるために、最低でも至宝と同じだけの武器を使いこなす事ができる


 そして、全ての武器による戦闘を極めた人間界王族であるヒナの戦闘スタイルは、あらゆる武器を戦闘中に取り出し、交換しながら戦うというもの。複数の異なる武器を一から複数個同時に使いこなし、さらに戦闘中にその武器を自在に持ち変えて戦うのがヒナの――王族の基本的な戦闘方法だ


「――……」

(この力は……)

 破壊の力の渦の中央に立ち、その流れるように艶やかな黒髪を風になびかせるヒナは、吸い込まれる程に透き通ったその瞳に、わずかな憂いを滲ませる

やはりあなたでしたか(・・・・・・・・・・)

 その端麗な顔立ちに剣呑の色を浮かべたヒナは、その目で自身の背後にそびえ立つ山よりも巨大な人間界の中枢たる城に視線を送った




 その頃、人間界城の中――隔離された仮初の城内の一角では、自身から流れた赤い血の水たまりに膝をついたエクレールを、身の丈ほどの大剣を手にした今回の一件の主犯「ジェイド・グランヴィア」が微笑と共に睥睨していた

「……っ」

 人形のように整った麗端な顔立ちに苦痛と驚愕の色を浮かべ、雪のように白い肌を自身の赤い血で染め上げたエクレールは、その艶やかな唇を噛み締めて眼前に立つジェイドを見上げる

 その身から発せられている王族以上(・・・・)の気の力に知覚を焼き切られそうになりながら、エクレールはその身体から発せられている力と同質のそれを記憶から呼び起こし、その力を持つジェイドを氷の槍のような視線で射抜く

「あなた、その力(・・・)は……」

 最近感じたばかりの強大で歪な世界最強の力――それと同質の気を放つジェイドに、半ば確信を以ってエクレールが声を向ける

「察しがいいな……そうだ。この力は、魔装人(マギアレイス)の素体と同じものだ」

「……っ!!」

 先日の舞戦祭(カーニバル)会場襲撃事件――その中で感じた二つの王族以上の歪な力。エクレール自身は実際に目の当たりにしたわけではないが、後にそれが魔装人(マギアレイス)という存在から放たれた力だという事を知った。


 世界に紛れた王の血を宿す者を何度も人工的に交配し、培養を繰り返して生み出した王族の力を持つそれに、竜をはじめとする強大な半霊命(ネクスト)の力をかけあわせて生み出された素体。

 エクレールには知る由もないが、先の舞戦祭(カーニバル)の戦乱の際に、グリフィスとエストが行使したその力の源であるそれは、全部で三つ。そしてジェイドの身体に宿っているのは、グリフィスとエストが魔装人(マギアレイス)として行使していたその素体そのものの力だ


「な……っ」

「それは、解せないな」

 驚愕の色を隠せずに、思わず声を上げようとしたエクレールを、静かな声が遮る

「……っ!!」

 軽く目を瞠るエクレールとは対照的に、ジェイドはその人物(・・・・)に背を向けたまま、微笑を浮かべる

「直々にお出まし願えるとは光栄だな――王よ」

 自身の背後に、子犬ほどの大きさの白竜――至宝竜・ザイアローグを従えて立つ人間界を統べる王、「ゼル・アルテア・ハーヴィン」は、ジェイドの背に視線を送りながら、その歩を止める

「……遅くなったな」

「ゼル様……」

 血に塗れたエクレールに、穏やかで慈悲に満ちた視線を送ったゼルは、すぐさまその視線を険しいものへと変えてようやく振り向いて自分と対峙したジェイド・グランヴィアを睨みつける

やはりお前だった(・・・・・・・・・)か」

「……あぁ、やはり気づいていたか」

 静かに抑制された怒りの中に、どこか物憂げな響きを宿す声音で言葉を紡いだゼルの言葉に、ジェイドは嘆息してから笑みを浮かべる

 まるで、自分の事を見抜かれていた事を(・・・・・・・・・)知っていた(・・・・・)かのようなジェイドの言葉に、ゼルは一度目を伏せて静かに言葉を続ける

「今でもありありと思い出せるほど遠い昔のあの日……。舞戦祭(カーニバル)に彗星の如く現れた才能あふれる新人――当時、貴族姓も持たなかったお前をテレビ越しに一目見たその瞬間から、お前の瞳の奥に、底知れない野望と何か……危険なものを感じていたのは事実だ。

 だからこそ、お前ほど優れた七大貴族を王城での職務から外していた――よもや、これほどの事をしでかすとは夢にも思わなかったがな」

「なるほど、さすがは人間界王様――と言ったところか」

 その時に思いを馳せているであろうゼルが、淡々とした口調で遠い視線で語ると、ジェイドが喉の奥で笑みを噛み殺しながら応じる


 ジェイド・グランヴィアは、極めて優秀な能力を有した七大貴族だった。それこそ、人間界軍の主戦力やリーダー格になる事も決して不可能ではなかっただろう。

 しかしそれほどの力を持つジェイドが人間界軍に所属せず、舞戦祭(カーニバル)にその籍を置いていたのは、ひとえにゼルがその内に秘めた何かを警戒していたからだ


「それで? 解せないというのは?」

 自分の内に秘めていた野望に、漠然といえど気づいていたゼルの慧眼に感服しながら、微笑から冷笑へと表情を移ろわせたジェイドは、最初の問いかけに立ち戻って問いかける

「改めて聞くまでもないだろう? ……お前の力の事だ」

 そんなジェイドの言葉に、ゼルが剣呑な眼差しで応じる

「お前のその力はなんだ? ……まるで、王族に生まれ変わった(・・・・・・・・・・)かのようなその力は……!」

 目を鋭く細めるゼルの言葉に、ジェイドはその口端を吊り上げて、その整った顔に不気味な笑みを浮かべる


 ジェイド・グランヴィアの力が魔装人(マギアレイス)――霊素物質化(クロアマテリア)の技術は、その力の源である素体に欠点を抱えており、力の行使、供給、制御において致命的な欠陥を備えている。

 にも関わらず、ジェイドの身体から発せられる力は、まるで王族(ハーヴィン)のそれのように微塵の澱みもなく、まるで最初からこの力を持って生まれてきていたのではないかと思わせるほど。――これほどの安定度と完成度を誇っているのであれば、霊素物質化(クロアマテリア)の技術は根底からその存在意義を見直す必要があるかもしれないとさえ思える


「そうだな。確かに魔装人(マギアレイス)を作った根底の技術である霊素物質化(クロアマテリア)には、修正しようのない致命的な欠陥があった。――だから、俺のこの力は霊素物質化(クロアマテリア)でも魔装人(マギアレイス)でもない」

「……何だと?」

 得意気に答えるジェイドの言葉に、ゼルは怪訝そうに眉をひそめる

「俺が禁書庫の中で本当に欲しかったのは、この霊素物質化(クロアマテリア)――正確には、最強の素体を作り出す事だ」

 ジェイドの言葉の意味を把握しきれないゼルを横目に、舞戦祭(カーニバル)最強の男にして、この一件の主犯、そして今は禁忌の力で王族のそれに迫る力を持った男は嘲るような笑みと共に言葉を紡いでいく

「だから俺は、素体の力を十全に引き出す事を是とした」

「……っ、まさか」

 ジェイドの口から紡がれた言葉に、ゼルの脳裏にある可能性がよぎる

 しかし、その考えはありえない――否、出来る筈がない(・・・・・・・)と分かっているにも関わらず、ゼルは自身の中で何故かその考えが間違っていない事を漠然と確信していた

「そうだ、俺はグリフィスによって作られた最強の人間たり得る素体を成体にまで育て上げ、そしてその意志と力を支配したのだ」

「ばかな、そんな事ができるはずが……っ!?」

 そして、ゼルの最悪の予想の通りの答えがジェイドの口から紡がれる


 魔装人(マギアレイス)が持つ致命的な欠陥とは、人工的な半力と交配によって生み出されたその素体の力を、機械によって使用者が制御する事によって生まれる本来の力とは違うムラに起因しているといっても過言ではない。

 即ちその欠点を改善するのならば、確かにジェイドの言うように完成した素体を自分が則り、その身体と力そのものを自分のものとするのが正しい。――もっとも、そんな事ができるのならの話ではあるが


 他人の肉体と例の力を自分のものとするなど不可能だと知っているゼルが驚愕と動揺を浮かべるのを見て、ジェイドはその反応を楽しんでいるかのような口調で静かな声で言い放つ

「ああ、普通はできないな。――だからこそ俺は、そのために十世界に入ったんだ」

「っ、そうか……悪意か!!」

 ジェイドの含みを持たせた言葉遣いと視線に、ゼルの脳裏で瞬時に様々な思考が一つの答えとなって紡がれていく


 悪意――「悪意を振り撒くものマリシウス・スキャッター」と呼ばれる存在の神は、最強の異端神の人柱である「反逆神・アークエネミー」。

 その名が示すように、反逆神の力の特性は「反逆」。悪意の欠片である「セウ・イーク」が「愚者の行軍(ライグラスマーチ)」という「強さ」へと敵対する能力を有しているように、悪意の中には「存在」に牙をむく力を持つ者がいる。

 「あの人のようになりたい」、「あの人のようでありたい」、「もしも自分がこうだったなら」――そんな誰しもが願い、誰しもが一度は考えるであろう自分が自分である事への疑問。

 そんな願いを叶える「悪意」を持つ者の力を借りる事が出来たとすれば、「素体」となった人物の意志と身体を自分のそれにしてしまう事など造作もない事だろう。


「その通り。俺は悪意の力を借りて、王族(ハーヴィン)と数多の半霊命(ネクスト)が融合、交配されたその素体の意志と力を自分のものへと変えた。――そう、俺は『ジェイド・グランヴィア』から『ジェイド・ハーヴィン』へと生まれ変わったのだ」

 意志と魂という、本来は個体特性の塊であるそれすらも自身のそれとして取り込んでしまえる、「自己への反逆」――その力によって全くの別人を(・・・・・・)自分へと変えた(・・・・・・・)のだ

「ジェイド・ハーヴィンだと!? ……ふざけた事を」

 ジェイドの言葉と名乗りに、ゼルの表情に隠せない義憤の炎が灯る

「お前のような危険な存在を野放しにしていたのは、私の落ち度だ」

「……だとしたらどうする?」

 静かに激昂するゼルの手に、金色の槍――十二至宝の一つ、至宝槍・ラキスヴァインが顕現するのを見てわずかに目を細めたジェイドは、その余裕を崩さずにその様子を笑みをたたえたまま睥睨する

「ここでお前を討ち取る!!」

 余裕の表情と姿勢を崩さないジェイドへ至宝槍(ラキスヴァイン)の切っ先を突きつけたゼルに応えるように、子犬ほどの大きさの白竜が天空へと舞い上がる

「キュウッ!!!」

「ザイアローグ!!!」

 その小さな身体とつぶらな瞳に戦意をみなぎらせたザイアは、現在の自分の主である人間界王――ゼルの声に応じ、その身体を光輝く力の塊へと変える

 強大な力の塊と化したザイアがゼルの身体に融合した瞬間、至宝竜(ザイアローグ)だったその力がゼルの身を包む鎧となって顕現する。


 白を基調に、金色の装飾による縁取りと宝玉をちりばめた色どりが加えられており、竜と融合した事を証明するかのような荘厳で威風堂々たる甲冑のような鎧を纏ったゼルは足元まで届くほどの長さを誇る金の刺繍が施された漆黒のマントを翻らせる


 頭にかぶった角のように巨大な王冠――至宝冠・アルテアと至宝槍・ラキスヴァインに加え、神々しいほどの威圧感を放つ鎧、至宝竜・ザイアローグという三つの十二至宝を纏ったゼルを見てジェイドの目が程められる

「……『霊と物質』を司る十二至宝、『至宝竜・ザイアローグ』。その権能は、主たる者と融合し、その魂の形を、全霊命(ファースト)の纏う霊衣のような形で表す――だったか。……なるほど、目に見えてその身に纏う雰囲気が変わったな」

 完全武装で立つゼルを見たジェイドは感嘆の言葉と共に、余裕の姿勢を崩して臨戦態勢を高めていく


 十二至宝の一つである「至宝竜・ザイアローグ」は、霊と物質という世界を「構成」する要素を司る至宝。魂と心、肉体を司る至宝竜は自身が司るそれを象徴するかのように、自身と融合して纏う者の特性を如実に表した鎧へと姿を変える権能を有している。

 さながら自身の力の守りの形である、全霊命(ファースト)が身に纏う衣装、「霊衣」と同様のそれになる力を持ったザイアローグの力は、使用者の力の性質に合わせた鎧となってその身を守る事だけではない。至宝竜(ザイアローグ)と融合した者の体は神格を帯び、人間としての限界を超えた能力を得る事も可能になる。――即ち、人間の半全霊命(ファースト)化。それが十二至宝、至宝竜・ザイアローグの権能だ


 そして、王を選定し、人と神を繋ぐ「神意」の至宝――「至宝冠・アルテア」の権能が発現し、ゼルの気を光に極化した白い気「陽極気」と、闇に極化した黒の気「陰極気」の二色へと変化させる。

 気を神格化した力――半神能(ゴットクロア)である至宝冠(アルテア)の権能「太極気」を発現させたゼルは、白と黒の気を放出して世界を軋ませる

 至宝竜と至宝冠の権能を発現した人間界王の能力は、もはや半霊命(ネクスト)の領域を超越し、半分全霊命(ファースト)の領域に足を踏み入れていると言っても過言ではない。しかし、半分神格され、人を超越した存在と化したゼルを前にしても、ジェイドは全く動じた様子を見せず、むしろ不敵な笑みすら浮かべていた

「至宝槍に至宝竜……ようやく、この力(・・・)を試す事ができる」

 太極気を放ち、神々しい鎧を纏って戦意を漲らせる人間界王「ゼル・アルテア・ハーヴィン」を見ながら抑揚のない口調でそう呟いたジェイドの背後の空間が、装霊機(グリモア)の空間収納の力によって揺らぎ、その手の中に真紅の剣を召喚する

「――っ、まさか……!!」

「なっ……!?」

 目を見開き、驚愕を隠せない様子の二人の様子に冷笑を浮かべたジェイドは、その視線を自身の血にまみれたエクレールへと向ける

「エクレール、なぜ俺が禁書庫から禁術を持ち出して、この身体(・・・)を作らせたか聞いていたな――これが、その答えだ」

 そう言葉を紡いだジェイドは、その手に持った真紅の剣を見せつけるように構える

「――至宝剣・セイオルヴァ……!!!!!」

「かつての大戦で失われた至宝……!」

 ジェイドの手に握られている真紅の剣を呼んだゼルに、エクレールの息を呑む声が続く


 ジェイドの手に握られているのは、金色の装飾と宝玉を煌めかせ、さながら燃え上がる炎や闘志、あるいは太陽を象ったのような鮮やかな緋色をした両刃剣。

 神々しいほどの存在感を放つその剣は、かつての大戦の中で失われ、その所在が掴めなくなっていた半霊命(ネクスト)界最強の力――十二至宝の一つ、「至宝剣・セイオルヴァ」。


「十二至宝は、王族(ハーヴィン)級の力がない限りその力を行使する事は出来ない。――だからこそ俺は、その剣の力を手に入れるために、この身体と力を手に入れる必要があった」

 隔離された空間のなかでも本物のそれとなんら遜色のない輝きを放つ月の光に照らされ、ジェイドの手に握られた真紅の剣が妖しくも神々しい煌めきを放つ

「貴様、それをどこで……!」

 戦乱の中で失われたはずの人間界の神宝を持つジェイドに、さしものゼルも驚愕を隠せない様子で声を向ける

 かつて、失われた十二至宝を探し出すために、人間界軍を大量に導入したかなり大規模な捜索が行われたが発見する事はできず、失われたのではないかとすら思われていたそれが突如目の前に現れたのだ。ゼルの驚愕も当然の事だった

「たまたまさ……いや、運命とでも言うべきかな?」

 しかし、そんなゼルのようすをあざ笑うかのようにジェイドが笑みを浮かべる

「ほざけ! いかに至宝剣(セイオルヴァ)を持っていたとしても、それ一振りだけで私に勝てるとでも思っているのか!?」

 抑制された激情に呼応するように至宝冠(アルテア)の権能によって神格化した黒白の気――太極気がゼルの身体から太陽のように燃え上がり、暴風のように吹き荒れる。

 一見軽薄な挑発に乗ったように見えるが、元々臨戦態勢に入っていたゼルが戦闘体勢に入っただけだという事をジェイドは十分に理解している

「なら、試してみるといい」

 静かな言葉と共に、ジェイドの身体――正確には、ジェイドが乗っ取ったハーヴィンの力を持つ素体にに刻みつけられていた悪意の力が噴き出し、その身体に悪意の衣を形作る

「……!」

(悪意の衣……!素体の心身を自分のそれと変えていても、後から入れられたジェイドの存在は悪意の影響を受けないのか? ――いや、悪意と仲間だからこそ、あえて意志を乗っ取られないようにされているのか?)

 愚者の行軍(ライグラスマーチ)の力によって悪意の力を得たジェイドの身体が悪意の衣に包まれたのを見て、ゼルが怪訝そうに目を細める


 隔離された都市の外で繰り広げられている戦いの情報はゼルの下にも届いている。悪意の力によって強さに反逆し、王族(ハーヴィン)のそれにすら匹敵する力をえた軍勢は、自我を失っているという情報も得ている。

 しかし、眼前で悪意の衣を纏って立つジェイドには意志を奪われた様子はない。悪意の力が埋め込まれていた素体の影響は、その心身を乗っ取って支配しているジェイド自身に効果を及ぼさないのか、それを施した悪意――即ち、反逆神の眷属によって及ぼさないようにされているのかは分からないが。


「いいだろう。この世界の王として、貴様の野望はここで阻む!!」

 人の手によって禁忌を犯して作り出された心体に悪意の洗礼を受け、十二至宝の一つを手にした事で人の領域を遥かに超越した力を得たジェイドに、至宝の力によって半全霊命(ファースト)と呼べるほどの格と力を手にしたゼルは、神格化された自身の黒白の気を纏った金色の槍の切っ先を向ける



 半霊命(ネクスト)の限界を超えて高められたゼルとジェイドの力がせめぎ合い、人間界と十世界、それぞれの王達による互いの意志と誇りをかけた決戦が始まろうとしていた





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