至宝凱戦
逆巻く力がさながら竜巻のように吹き上がり、悪意に毒された暗黒の軍勢を一薙ぎの下に吹き飛ばす。その中心に立つのは肩の辺りまで伸びた黒髪を丁寧に切り揃えた妙齢の女性――人間界特別戦力「六帝将」を統べる長、ミレイユ・ハーヴィン
(まさか、この場で六帝将の全力がみられるとは……)
その姿を横目に、ギルフォード・アークハートは、先ほどのミレイユの言葉――「至宝の力を解放する」という言葉を思い返していた。
先代の光魔神が、自らの力に列なる眷属――「人間」のために作り上げた半霊命が使い得る最強の力「十二至宝」。それを一つずつ与えられた六帝将の戦闘力は単体において半霊命界最強。
限りなく神格に近い霊格を有す至宝を持つ限り、同じ至宝を持つもの以外には、その存在を脅かす事が適わないその力が、六つ同時に行使されるなど、人間界の歴史を振り返ってもそうそうある事ではない
ミレイユの背後の空間が揺らめき、装霊機の空間内に収納されていたその「力」が、達を成してその手に中に収められる。
ミレイユの手に握られているそれは、純白の棍のような形状。その棍の本体には漆黒の紋様が刻み込まれており、さらにその棍の先端には、淡く煌めく菱形の水晶のような宝玉と真紅の玉を抱く金色の装飾が施されている。
その手に召喚した至宝――「至宝旗・クラウセイス」の金色の金属による装飾が施された石突の部分を地面に突き立て、自身の身の丈の倍近くの長さを持つ細身の棒を掲げたミレイユは、戦場を見回して高らかに宣言する
「さぁ、見せつけてやりなさい――『至宝旗』!!!!」
その言葉に応えるように、ミレイユの手に握られた荘厳な雰囲気を持つ棍のような武器――至宝旗・クラウセイスがその力を解放すると、身の丈に二倍はあろうかという長い棍の上部三分の一程度の側面から金色の光が噴きだし、長方形に伸びたその光に黒白の紋様が描き出される。
まさに「旗」と呼ぶにふさわしい姿となった至宝旗が戦場に立てられると同時に、その先端に施された装飾から光の輪が広がり、余すところなく戦場を包み込んでいく
「……これは」
「力がみなぎってくる……!」
至宝旗の光は戦場にいる自軍の味方全員の身体に宿り、その力を高め、共鳴させ、ながら仲間たちの力を一つに織り紡いでいく。
その様を間近で見ながら、ギルフォード・アークハートは、金色の光を放ちながら戦場に翻る旗と戦場を見渡す
「億万の兵の力を一つに紡いで指揮し、士気を高め、敵に死期を告げる――これが、至宝旗・クラウセイスの権能……!」
至宝旗の権能は、一言で言えば究極の「感覚共化」。
自軍全ての仲間の力を強化共鳴させ、一つの巨大な力へと昇華させるその能力は、光と闇を紡ぎ、世界そのものを形作っている「太極」の概念を如実に表したものと言える。――即ち、「一を全に、全を一に変える力」。
舞戦祭タッグバトルの頂点――「テオ・ラインヴェーゼ」と同系統でありながら、それを遥かに凌ぐ至宝旗による力の強化は、まさに限界突破と呼ぶにふさわしく、自身の軍勢が全て王族級の力を得るようなもの。
そしてその力によって繋がった全ての仲間は、その中枢を成す「至宝旗」――ミレイユの意志によって一括統制され、いかなる戦場の中にあっても完璧な連携や戦場全体の把握を可能とする
至宝旗が立った戦場は、その全てを至宝旗に掌握されるも同じ。即ちこの戦場は、この瞬間からミレイユの手中に収まったと言っても過言ではないのだ
そうして戦場を手に入れたミレイユは、全員の魂と意識と結びついた至宝旗を介し、厳かな声音で言葉を紡ぐ
「――さあ、征きなさい」
「存分にその力を振るい、全ての敵を殲滅せよ」――戦場に伝えられたその指令に、各々戦場でその力を振るっていた六帝将の面々が高らかに応じる
「了解ッス、姐さん!!!」
自身の身体を包み込んだ至宝旗の光とそこに込められたミレイユの意志に、髪を編み込んだ青年――ストラド・ハーヴィンは高らかに応じると、悪意に毒された戦艦から放たれた力の波動を天を飛翔して回避し、自身よりも数百倍は大きなそれと対峙する。
戦場に蠢くのは、おびただしい数の悪意の軍勢。人、機械を問わず形を変えたそれの中でも、戦艦が形を変えたそれの力は桁外れ。ただでさえ巨大な戦艦が、「愚者の行軍」によって強化されたその力は、間違いなく七大貴族すら脅かし、王族のそれにすら迫るものがあった。
「さあ、ここからが本番ッスよ」
王族の名を冠し、人間界でも屈指の実力を持つ自分ですら油断ならない敵の軍勢を前にして立つストラドは、ミレイユの言葉に口端を吊り上げて笑みを浮かべる
それと同時にその周囲の空間が揺らめき、ストラドの手に握られていたのは、蒼を基調とした本体に、金色の装飾や煌めく宝珠が埋め込まれた弓――「至宝弓・ゾーラザッファー」。
緋蒼の白史の後、時の人間界王から王族の名を持つ者に下賜され、現在ではストラドが所有している十二至宝の一つだ。
至宝弓を手にしたストラドが軽く手を番えると、弓に嵌められた宝玉から光が奔り、その手の中に一本の矢を顕現させる。
手にした矢を番える動作を取ると同時に、至宝弓に光の弦が奔り、一本の矢と共にストラドがそれを限界まで引き絞る。
ストラドが矢を構えたのと同時に、天に浮かぶ悪意に毒された戦艦から無数の砲撃が放たれ、不規則な軌道を描きながら空中に立つ最強の人間の一人に向かって襲いかかる。
普段ならば、戦艦から放たれるのは科学によって生み出される破壊の光。仮に原始霊素を用いた平気であったとしても、最強の人間である王族の中でさらに隔絶した力を持つストラドに害を成す事は出来なかっただろう。
だが悪意によって毒された戦艦は、「反逆」の特性により、弱さを強さに変えている。それによって本来絶対的な差として存在するはずのその力の差は埋められ、その力は最強の王族であるストラドすら脅かせるほどに高められている。
しかし、それほどの破壊の力を秘めた前にしてもストラドは微塵も怯む気配を見せず、自身に向かって放たれる光の速度の超消滅光――その先にある標的を見据えてを矢を番えた至宝弓の弦を離す
刹那、解放された至宝の弓が閃光となって放たれ、悪意に毒された戦艦から放たれたおびただしい数の砲撃を一撃の下に貫き、瞬時に展開された防御結界までも、まるで紙きれのように貫いてその巨大な天に浮かぶ漆黒の艦に突き刺さる。
その瞬間、月に照らし出されている隔離された人間界王都の天空に、燦然と輝く太陽が出現する。
悪意に毒された戦艦に突き刺さった至宝弓の矢は、そこに込められた力を炸裂させ、天空を金色に染め上げる光と共に、その力の波動に呑み込まれた悪意に毒された巨大戦艦の群れを呑みこみ、一瞬にして消滅させていく
天を染め上げる金色の光に、悪意に毒された機械兵を切り捨てた人間界軍総指令――「ガイハルト・ハーヴィン」は、その光の発生源を瞬時に理解して目を細める
「……あれは、至宝弓か。さすがは十二至宝屈指の殲滅力を有する『神裁』の至宝」
至宝弓・ゾーラザッファーは、神の審判、選別を司る「神裁」の至宝。
その権能はその特性を如実に表す「選別と殲滅」。その破壊の力は神罰の如く苛烈で、まさに殲滅の如くあらゆる最悪と害悪を撃ち滅ぼし、その滅びを「選ぶ」力を持っている。
一度その目標として定められてしまえば、何人も神の裁きから逃れる事は叶わなず、攻撃対象ではないものには決して命中しない「必中」の効果を併せ持っている。
個体、全体を問わず、あらゆる敵を確実に滅殺する力を持つ至宝、それが、「至宝弓・ゾーラザッファー」なのだ。
「――っ!?」
天空を破壊の光で染め上げた至宝弓の力に感嘆の息をついていたガイハルトが自身に向かってくる一際大きな「力」を知覚し、自身の気を纏わせた大剣を振り抜いて迎撃すると、敵が繰り出した槍とその刃がぶつかり合い、破壊の衝撃を生みだす
現王族の中でも、王、ヒナ、六帝将に次ぐ実力を持ち、人間界の総指令を務める、まさに最強の人間の一角といえるガイハルトの一撃でさえ、時に悪意に毒された敵兵を屠る事が叶わない。その事実に軽く舌打ちをするガイハルトの耳に、信じ難いものが届く
「さすが、人間界総指令は違う」
「――貴様、意志があるのか?」
その言葉に、ガイハルトが小さく目を見開く。
ガイハルトが瞠目したのも無理はない。
愚者の行軍によって、悪意に毒された者は、その魂すら悪意に呑み込まれて自我を失ってしまう。現に今まで戦った敵兵の中に自我を残している者は一人たりとも存在しなかったのだから
「ああ」
しかし、そんなガイハルトの驚愕をあざ笑うかのように、槍を手にした漆黒の人型が応じる。
その全身を包んでいるのは、悪意に毒された暗黒色の鎧――機鎧武装。機械や物にさえ作用する「反逆の悪意」の力によって王族にすら匹敵、あるいは凌駕するほどの力を得たその人物は、血のように赤い四つの目を爛々と輝かせながらガイハルトを睨みつける
さながら直立した竜の影を思わせるシルエットを持つ機鎧武装の身体に、元々備えられていたのであろう四つの眼だけが暗黒の身体に映える
「――つまり、貴様はこの計画の主犯格という事だな」
悪意によって今日刺される事と引き換えに自我を奪われた十世界の軍勢の中で、自我を残している人物――それは即ち、その人物がこの悪意の影響を受けない立場――悪意との協力関係にある事の証明であり、十世界の軍勢を悪意に差し出した張本人である事も示唆しているといえる
「いやいや、ただのしがない雇われさ」
しかし、ガイハルトの言葉に槍を携えた悪意色の竜鎧を纏った男――「ディートハルト」は軽い口調で応じる
「そうか……ならば、力づくで聞き出すまでだ」
あくまでもとぼける悪意の竜鎧を纏ったディートハルトの言葉に、ガイハルトは至宝旗の権能によって高められた自身の気を、その手に持つ身の丈ほどの大剣に注ぎ込み、その切っ先を突きつけた
悪意に毒された者達は、「愚者の行軍」の特性によって、「強さへ反逆」する力を得ている。さながら、上に立つ人間の足を引っ張るように、弱いが故に強者を追い落とす力となっている。
「オオオオオッ」
悪意に魂を呑みこまれ、物言わぬ兵と化した黒く蠢く人型の爛々と光る目の間――人間で例えれば、丁度口があるであろう位置の闇が開き、口というよりは穴と表現した方が適切に感じられる器官が生じる
そしてその口に似た穴の中に、黒く蠢く身体を持つ人型の悪意の力が収束し、そこから破壊の光が放出される
「――っ」
一斉に無数の人型から放たれた破壊の光を紙一重で回避し、七大貴族の長の一人である麗しき美女――「クリスティナ・トリステーゼ」は、手にした矛に纏わせた気の力を破壊の波動として放つ
至宝旗の力によって王族のそれに匹敵する力を得たクリスティナの気の波動は、山を消し飛ばし、見渡す限りの大地を平らに変えるほどの力を有している。
霊の力特有の効果の限定の能力により、周囲に必要以上の被害をもたらさないように――というよりも、隔離されたこの空間内では、味方を巻き込まないように破壊範囲が限定されたその攻撃を、悪意に毒された黒く蠢く人型は、その手の一薙ぎで打ち砕く
「さすが、悪意の洗礼を受けただけの事はありますね」
自身の一撃を容易くかき消されても動じた様子を見せず、クリスティナは周囲を埋め尽くすおびただしい数の蠢く人型を見回す。
「オオオオオオオオッ」
そんなクリスティナの独白など意に介した様子も見せず、悪意にその身も魂も呑み込まれた人型は、一斉に七大貴族の長の一角を成す美女に襲いかかる
「――っ!」
四方八方から、まさに閃光と呼ぶにふさわしい速さで襲いかかり攻撃を繰り出してくる悪意に毒された黒い人型の攻撃を、手にした矛と体捌き、障壁と気の力を使って防ぎ、時にいなし、反撃を繰り出す
しかし、いかに至宝旗の権能で強化されているとはいえ、相手は神に列なる悪意の加護を受けた存在。その力らは、七大貴族の長と呼ばれ、王族に次ぐ実力者の一人であるクリスティナでさえ脅かすほどのものとなっており、それを防ぐのは容易な事ではない
元々王族貴族を合わせた以上に存在する敵の軍勢。その一個体が王族にすら引けを取らない程に強化されている。それによって、数の暴力がクリスティナを徐々に追い詰めていく
「くっ……!」
周囲を取り囲む、悪意に毒された黒く蠢く人型の攻撃を捌きながら反撃を繰り出すクリスティナだが、その力と数に押され、人形のように整った端正な顔をわずかにしかめる
「グオオオッ!!」
その瞬間、大気を震わせるような咆哮と共に、天空から悪意に毒された暗黒色に蠢く竜がクリスティナに向かって飛来してくる。
「竜騎」――竜の形を模した機械兵が悪意に毒された姿であるそれは、その身に宿った悪意の力を鋭い爪を備える腕に収束し、斬爪の波動として叩きつける
愚者の行軍は、その身体だけではなく、力――人間の気や魔法、科学の力にまで反逆の特性を付与して強化している。それによって隔絶した力を得た蠢く悪意色の竜型の一撃は、隔離されたこの世界の大地を抉り、破壊の力を巻き上げる
「――っ!」
その波動を気の結界で防御したクリスティナは、そのまま矛を地面に突き刺し、防御の隙を狙って襲いかかって来た悪意の人型の攻撃を、突き刺した矛の柄を利用して、さながらポールダンスを踊るように回避しつつ、蹴撃を放つ
「グオオオオッ」
その様子に、まるで業を煮やしたかのように咆哮した竜型の悪意達は、その口腔に強大な力を収束し、地上にいる人型や巨大な機兵までもが一斉に破壊の閃光を放つ
それを迎撃しようと矛に力を収束させたクリスティナの眼前に、金色の装飾を施された緑の装甲で縁取りされた十字架型に近い形状をした純白の盾が飛来し、悪意達の総攻撃を軽々と防ぐ
「……これは」
「よう、待たせたな」
眼前に飛来した盾を見てわずかに目を瞠ったクリスティナの耳に、いつの間にか背後に移動してきて来ていた六帝将の一人、マクベス・ハーヴィンの声が届く
「さぁて、ぶちかましますか」
クリスティナに視線を向けたマクベスの言葉に応じるように、その左腕に装着されたY字に近い形状を持つ紋章に似た盾の中央にある宝玉が煌めくと、それに応えて周囲に空間が一斉に揺らぎ、先ほどクリスティナを守った物と同一の形状をした盾が召喚される。
マクベス・ハーヴィンに与えられた至宝――「至宝盾・ギルディローガ」は、マクベスの左腕に装着されているものが「本体」。そして防御端末とでもいうべき十字型の盾を無数に召喚する能力を有している。
数え切れないほどの十字型の盾が天に並ぶその様は、それが持つ力も相まって、ある者には墓地を連想させる不吉を、ある者には神殿を彷彿とされる神々しさを感じさせる
「グオオオオッ!!」
「――さすがだな。普通の奴なら、これを見てそんな躊躇いなく襲って来ないんだが――いや、反逆の悪意に毒されているからこそ、普通なら躊躇うようなものにも向かってこれるのか」
葬列のように壮烈にならんだ十字盾を見ても微塵も動じることなく向かってくる敵を睥睨して、マクベスが静かに言う
普段やる気がなさそうで、常に気だるそうにしているマクベスだが、鋭く研ぎ澄まされた今の表情は、強者としての畏怖と威圧感に加え、全てを委ねられるような安心感を感じさせる
「……恐怖も躊躇も、警戒も危機感もなく向かってくるなんざ、まさに愚者の行軍だな」
皮肉めいた口調で悪意の敵軍を睥睨したマクベスがその口元に、嘲りと憐れみを同居させた笑みを浮かべると、それに応えるように天に浮かんでいる至宝盾の防御端末が飛翔し、悪意に毒された軍勢へと飛来すると、瞬時に光の結界を展開する。
十二至宝の一角を成す「至宝盾・ギルディローガ」は、「境界」――干渉と不干渉を司る至宝。
光と闇、善と悪、生と死――それらこの世にある万物万象は、光があるから闇があり、悪があるから全があるように、互いに互いの存在を支え合っているが、光が闇になる事がないように、決して超えられない領域を持って存在している。
至宝盾が司るのは、その「相反し相対する二つの事情の境界」。即ち、光と闇、善と悪あらゆる対極の事象が接する一点にして、決して越えられない二つの事象を隔てる一線。
その力を持つが故にあらゆる力の侵攻と浸食を妨げる、半霊命界最強の絶対防御たる至宝盾は、同時にその境界を乗り越える力を有している。
――即ち、光を闇に、善を悪に、その境界線を支点としてさながらどんでん返しのように事象そのものを反転させる力。
至宝盾の防御端末が作り出した結界に取り込まれた存在は、有を無に、生を死に、結界の中において事象を反転され、その命を存在を世界から抹消される
「知らないのか?」
結界に呑み込まれ、まるで食いちぎられたかのように世界から消滅した悪意の塊に向けて視線を送ったマクベスは、不敵な笑みで既にこの世から抹消された者達へ追悼の言葉を送る
「愚者は戦場で真っ先に死ぬもんなんだぜ」
静かに言い放ったマクベスの上空で、竜の形をした悪意の化生が弾き飛ばされる
「格好つけてる場合じゃないでしょ!!」
眼下のマクベスに、束ねた桃色の髪をなびかせた少女が独特の高く声で言い放つ
「シャロ」
遥か天空を舞う六帝将の一格たる少女を仰ぎ見てマクベスが目を細める
「至宝甲!!!」
高らかに自らに与えられた神の力の欠片の名を呼んだシャロが胸の前で拳を合わせると、右手にはめられていた金色の装飾を施された手甲が左腕にも装着され、次いでその両足にも漆黒の装甲がブーツのように顕現する
「はああっ!!」
裂帛の声とともに、至宝甲を纏ったシャロが悪意の竜を力任せに殴り飛ばす
「消し飛べぇっ!!」
ただでさえ人間界において、王に次ぐ実力者――六帝将の一角を担っている最強の人間の一人であるシャロは、その可憐な外見とは裏腹に桁外れの力を持っている。
ただの拳であっても悪意に毒された竜を破壊する事など容易いが、至宝を装備したシャロの攻撃は本来のそれとは大きくかけ離れている
本来ならば触れたものを破壊する一撃であるにも関わらず、シャロの拳を受けた悪意に毒された竜は突如生じた漆黒の穴に呑み込まれ、まるでこの世界から消滅してしまったかのようにかき消える
「――マクベス!!」
竜型の悪意を破壊したシャロが声を上げると、それを聞いたマクベスが至宝盾の防御端末で周囲にいる仲間を一斉に防御する
それとほぼ同時に上空で両手を広げたシャロが、冷淡な視線で敵軍を睥睨しながら、厳かな声音で自身の両手両足に装備された至宝へと語りかける
「喰い尽くせ」
その声に応じるように、シャロの手足を覆う装甲――「至宝甲・ゼルドノード」が黒色の力を噴き出し、周囲一帯を暗黒色の球体に呑み込む。
十二至宝の一角を成す「至宝甲・ゼルドノード」は、手足を覆う手甲――即ち、全ての至宝の中で最も近接での戦闘に秀でた武器だ。
そしてそれと同時に至宝甲には「吸収」の権能が備えられており、誰であろうと――例え物であっても、その力と存在を喰い尽くし自らの糧とする事ができる
「……っ」
(何て凄まじい……これが究極の『吸収』……!)
漆黒の暴食によって全ての敵が世界ごと抉り取られた大地を見て、クリスティナをはじめとする面々は息を呑む。
力やエネルギーはもちろん、身体などの形あるものまで根こそぎ喰い尽くす至宝甲の力はその前に何人の存在も許さず、そして世界の断わりの一つである万物万象の運行――「流転と循環」をその力に持つ至宝甲の力は、吸収だけでは終わらない
敵と世界を喰い尽くした至宝甲は、その力を自身の所有者であるシャロの力として与える事ができ、無尽蔵のスタミナと戦えば戦うほど回復していく底なしの気の力を手に入れる
「さあ、一気に蹴散らすよ」
巨大な穴と化した大地を天空から見下ろしたシャロは、天と地を埋め尽くす悪意の軍勢を見回して力強く言い放った
「はあっ!!」
その身に纏った気の力によって閃光の如く加速した七大貴族の長の一人、「天宗斎」の斬撃が悪意の人型を一刀の下に斬り捨てる
その強大な気を纏った刀と強化された肉体から繰り出される斎の斬撃速度は光の速度すら凌駕し、その速さと威力は舞戦姫と異名を取るミリティア・グレイサーを遥かに凌ぐ。
貴族の長達の中でも間違いなく最速をほこる斎の斬撃によって、悪意の人型や機械兵達は成す術もなく次々に両断されていく
「オオオオッ!!」
しかし、悪意に毒された事で恐怖を感じなくなっている十世界の軍勢は、怯む事を知らない。四方八方から斎へと襲いかかり、そしてそのすべてが一斉に制止する
「――っ!」
(これは……っ!)
まるで時間が止まってしまったかのように動きを止めた世界を見回した斎は、何が起こったのかを瞬時に理解して、まるで戦闘が終了したかのように手にした刀の切っ先を下げる
「失礼いたしますね」
それと同時に、聖母のような笑みを携えた浅黄色の髪の美女が斎の背後に現れる
「クーラ、様……」
浅黄色の髪を揺らす美女――人間界特別戦力・六帝将の一人、「クーラ・ハーヴィン」の手に握られているのは、翼と太陽をかたどったかのような金色の装飾が施された紫色の柄を持つ杖。十二至宝の一つ「至宝杖・ミスティラム」だ
クーラが持つ「至宝杖・ミスティラム」は、「静と動」を司る十二至宝。――故にその権能は、絶え間なく変わり続ける世界の姿と、不変の理を統べる力と呼べるもの。
(至宝杖の権能の能力範囲に囚われた対象は、クーラ様の意志によって思考までを含めたあらゆる活動が停止されてしまう。
抵抗や理解、敵の全てを止めた状態で、使用者と我等のように効果対象外の人物だけが自由に行動し、一方的に敵を虐殺できる――何とも恐ろしい……いや、おぞましい力だな)
クーラの持つ至宝杖の権能によって自分達以外が完全に停止した世界を見回し、斎は内心で自嘲交じりに独白する
至宝杖の「静」の権能は、停止と静止の現象を世界に顕現させる。さながら時すらも凍てついたかのように世界を停止させ、それに伴って動きや思考すらも凍結させてしまう。この領域内では、至宝杖の所有者とそれが許した者だけが自由に動く事ができ、敵の反撃や行動を受ける事無く敵を屠る事ができる。
それは、あまりにも一方的な殺戮を可能とする、残酷にして無慈悲な権能。――しかしこの「静止」の力はそれだけではない。
「安らかに眠りなさい」
静かに言葉を紡いだクーラの言葉に応えるように、その手に握られた至宝杖に嵌められた宝玉が煌めく。
それを合図にしたかのように、静止が解除され、それと同時に周囲を取り囲んでいたおびただしい数の悪意の軍勢が、そん場でまるで糸の切れた人形のように力なく倒れる
(命を止めたのか……)
一斉に事切れた敵の軍勢を見回して、斎はわずかに目を細める
至宝杖の「静」の権能は、あらゆるものを止める力。そしてそれは当然「命」にすら作用する。
停止の力によって、命――生命活動を止められてしまえば、この世に生きている事ができるはずがない。至宝杖を持つという事は、その力の領域にある全ての存在の生殺与奪の権限を得るに等しい。
「――……」
周囲に転がる数え切れない屍を見て、無意識のうちに息を呑んだ斎は、屍に満たされた大地に立つ、生死を司る女神の如きクーラの姿に、神々しく近寄り難いほどの美しさと恐怖を覚えていた。
天空を埋め尽くす悪意に毒された戦艦は、さながら一つの生き物のように変化しており、天空を舞う竜へと砲撃を繰り出す
悪意の戦艦から放たれる膨大な破壊の光は、さながら雨のように天空と視界を埋め尽くし、弧を描くように翼をもつ龍の如き竜――メザノッテに降り注ぐ
悪意の戦艦から放たれた光は、一つ一つが王族の一撃にすら匹敵する威力を持っている。地平の彼方まで容易に更地に出来るほどの破壊力を持った夥しい閃光の雨は、しかし天空を飛翔する巨竜に命中する前に白と黒、二つの力によって破壊される
白い力は、夜の王族の長の一人「ヴァルガ・サングライル」が姿を変えた純白の狼によるもの。
そして黒い力は、同じくヴァルガと双璧を成す最強の亜人――「ゼクス・サングライル」によってもたらされた破壊の力だ。
全身を騎士甲冑のような漆黒の甲殻で覆われ、山羊のように内側に巻いた角を持つ亜人としての姿に変化しているゼクスは、その背に備わった蝙蝠のそれに似た翼をはためかせながら、爛々と輝く目で眼前の戦艦を睨みつける
「ヴァルガ、メザノッテ!!!」
「分かってるよ!!」
「グオオオオオオッ!!!」
漆黒の外殻に包まれたゼクスの言葉に、純白の狼が応じ、天を泳ぐ巨竜が咆哮する。
天を裂く黒い翼、地を砕く純白の牙。最強の亜人の長達と有翼の巨竜が天空を切り裂き、黒い波動と白い爪撃、そして全てを焼き尽くす竜の息吹が悪意の艦隊に向かって放たれる
悪意に毒された事で、自我――というよりは闘争本能にも似た意識を獲得している悪意の戦艦は、その攻撃に反射的に大規模な障壁を何重にも重ねて対抗する。
「無駄だ!!」
悪意に毒された事で桁外れの力を有している戦艦の障壁も、至宝旗の権能によって王族級の力を得ている夜の王族の長達と、巨竜の攻撃を阻むには至らない。
重複された悪意の障壁を軽々と砕き、生き物のように変貌を遂げた黒く蠢く戦艦を貫き、切り裂き、焼き尽くして破壊する
「――っ!」
しかしそれで敵の軍勢を仕留める事など出来ない。漆黒の外殻に身を包んだゼクスが目を細め、純白の狼が軽く鼻と耳を動かして、巨竜と共にその場から離脱する
そして、それと同時に戦艦の主砲とおぼしき破壊の光が、ゼクス達の攻撃によって生じていた爆炎を貫いて先程までゼクスとヴァルガ、メザノッテがいた空間を貫く
「……まったく、厄介です、ねっ!!」
悪意の力に毒された砲撃が空間を焼き払うのを見ていたゼクスは、振り向きざまに自身の背後にいた巨大な悪意の機兵を刃のような翼で斬り裂く
「アァ、うじゃうじゃと鬱陶しい事この上ないぜ!!」
そんなゼクスの独白に、純白の狼が敵を引き裂きながら忌々しげに応じる
知性を持つ機械である「自動人形」や、人が乗るように設計された機械の鎧――「機鎧武装」が悪意に毒された巨兵が天空を埋め尽くし、人間の何百倍という質量と大きさを誇る戦艦がそれを統括する。
その戦力の大半を人間ではないもの――「機械」に置き換えて、それを悪意によって強化しているために敵軍の数は膨大。
悪意の侵食によって強化されたその力で全方位からの攻撃を繰り出してくる十世界の軍勢を前に苦虫を噛み潰していた夜の王族の長達と敵軍を巨大な影が覆い隠す
「なっ……!?」
隔離されたこの空間を照らしていた月光が突如遮られ、それにつられるように背後を振り向いたゼクスとヴァルガは、自分達の背後に立つ天を貫かんばかりの巨人を見て思わず目を瞠る
ゼクス達の背後に立っていたのは、全長二十メートルはあろうかという巨大な人型の兵団。金属のような物質で構築されたその身体は鈍く輝いており、自動人形や機鎧武装とは一線を画したフォルムをしており、それとは別の何かなのだと一目で理解できる
「オオオオオッ」
悪意に毒された蠢く戦艦と機械兵達と相まみえた兵団は、その手に持っている簡素な剣や棍棒、斧などの武器を掲げて戦闘を開始する
「……なんだ、これは!?」
突如現れた自分達すらも知らない巨兵に目を見開くゼクスとヴァルガの後方から、その身に纏った陣羽織を夜風になびかせた巨躯が悠然と天空を闊歩してくる
「どけ。巻き込まれてもしらんぞ、小童共」
鬣のような白髪に、口元に蓄えられた白いひげ。引き締まった筋肉質の体は、ただ鍛えらえれているのではなく、戦闘に最適化された洗練された肉体となっている。
その手に携えるのは、男の身の丈を超える巨大な槌。純白の本体に蒼い装甲と金色と玉の装飾が施された神々しいほどの力を纏ったそれの名は、「至宝槌・ガルヴァリオン」。
「……っ!!」
至宝槌を携えた男――人間界特別戦力、六帝将の一人。最古にして最強と謳われる男、「ドルド・ハーヴィン」の姿に、ゼクスとヴァルガは目を瞠る
「誇りもなく、ただ力を得た憐れな亡霊にかける情けはない。せめて我と至宝槌の錆となって命を終えられる事を誇るがよい」
悪意に毒され、力の代わりに全てを失った十世界の軍勢に憐れみと侮蔑の籠った視線を向けたドルドは、その手に持つ至宝槌を天高く掲げる
それと同時に、ドルドの力と意志を注ぎこまれた至宝槌は、純白のそれだった本体が漆黒に染められる
「ムン!!!」
漆黒の槌となった至宝槌を、ドルドが力任せに振り下ろすと、その眼前に巨大な漆黒の柱――否、壁が現れる。
「っ……!!」
「オイオイ」
それを見たゼクスとヴァルガは、自分達の視界を覆い尽くすほどの巨大な漆黒の柱に思わず表情を引き攣らせる。
彼らの眼前に現れた漆黒の壁は、至宝槌の一撃によって放たれた破壊の一撃。暗黒の柱として立ち昇ったそれは、あまりの効果範囲の広さに壁と見間違えてしまうのだ。
山を軽々と呑みこんでしまうほどに巨大な暗黒の柱は、もちろん単なる攻撃ではない。攻撃を予測し、事前に障壁などで防御を行っていた悪意の戦艦や機械兵の抵抗をあざ笑うかのようにその防御を易々と破壊し、その力の中で無に帰していく
「……これが、『破壊と創造』を司る至宝槌の能力か……」
眼前で行われた容赦ない破壊の洗礼に、ゼクスは思わず声を詰まらせる
十二至宝の一つ、至宝槌・ガルヴァリオンは、「破壊と創造」を司る槌。
先ほどの人型の巨兵のように、自らの望むものを創り出すと同時に、先ほどの暗黒の一撃のように、この世に存在している形あるもの全てを跡形もなく破壊する。
形あるものが滅びた後に新たなるものが作られ、形を持って存在しているからこそ破壊され、その存在に終わりを告げる。――そんな当たり前の世界の真理を体現し、それを力となす至宝槌の権能の前で、この世に存在するものは成す術を持たない
「我等に歯向かった事を後悔してもらうぞ、十世界の小僧共」
一撃の下に悪意に毒された軍団を殲滅し、純白に変えた槌の一振りで何もない空間に無数の兵団を作り上げたドルドは、巨兵と破壊の力を携え、戦場を睥睨してその口元に覇者の笑みを浮かべた