表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界闘神伝  作者: 和和和和
天界訪問編
70/305

華やかなるパーティの表と裏で





「……姉貴、じゃあ行ってくる」

「…………」

 時刻は夕刻近く。神臓(クオソメリス)の光も夕方のそれに近づき、窓から差し込むその光が若干の赤を帯びてきている中、大貴は個室の扉に備え付けられたインターホン越しに、室内にいるはずの双子の姉――詩織に声をかけるが、その呼びかけに詩織が応じる事はなく、沈黙と静寂だけが応えてくる


 これまで懸命に堪え、紛らわせてきた感情が、神魔と桜の極刑の決定の話を聞いて崩壊し、精神的に参ってしまった詩織は昨夜から室内にこもってしまっている。

 最初の内は、気が済むようにさせてやるつもりでいた大貴だが、さすがに一日以上こもっていられると不安が鎌首をもたげてくる


「光魔神様、そろそろ会場へ向かうお時間です」

 返事のない詩織の部屋の前で立ちつくす大貴に、背後からロンディーネが声をかける


 大貴には、これから光魔神として、そして人間界次期王、ヒナ・アルテア・ハーヴィンの婚約者候補として王族、主要な七大貴族達へのお披露目パーティが控えている。

 確かに姉も気がかりだが、今日のパーティはこの世界にとって重要な意味を持つものだ。それを自分の都合で放り出し、ヒナをはじめとして、お世話になっている王族の顔に泥を塗るような事を大貴が出来る筈もない。


「そうか……悪い、姉貴の事頼んでいいか?」

 ロンディーネの言葉に肩を落とす大貴は、リビングでくつろいでいる二人の天使――クロスとマリアに視線を向ける

「ああ」

「はい。気がかりなのは仕方ありませんが、今日は詩織さんの事は私達に任せて、存分に楽しんでいらしてください」

「ありがとう……お言葉に甘えさせてもらう事にするよ」

 クロス、マリアの言葉に、大貴が謝意を述べるを見計らい、ロンディーネが恭しい口調で応じる

「では参りましょう」




 徒歩で行き来するのが困難なほどに広大な人間界城の中には、収容人数が数十万を超えるホールや宴会場がいくつか設置されている

「こちらです」

 その内の一つ、収容人数が千人にも及ぶであろう広大な大宴会場の裏手に備え付けられた控室へとロンディーネに案内された大貴を、可憐で淑やかなドレスで美しく着飾ったリッヒが出迎える

「御手間をお掛け致します」

 決して地味ではないドレスだが、リッヒがそれを完璧に着こなしているために、そのドレスがシェリッヒ本来の高貴な美しさを相乗的に高めている。

 その部屋にいるのはリッヒだけでなく、おそらくこの城で働く者か軍人らしき女性が数人いるのだが、ドレスのそれを抜きにしても、リッヒの存在感はまさに王族と呼ぶに相応しく、その中で他の追随を許さない程に一際強く輝いている

「いや……大丈夫だ」

 普段見慣れている姿とは違うリッヒを目の当たりにした大貴は、華やかなその姿に感嘆と感心を以って見惚れながらその言葉に応じる

「王と王妃は、会場の方で他の王名十三家一同と共に、七大貴族の方を出迎えております。光魔神様には、ヒナ様――いえ、お姉様の支度が整い次第、会場へ入っていただきます」

「……分かった」

 リッヒの言葉に、大貴は静かに応じる

(ヤベェ……もう帰りたい)

 元々覚悟を決めてきているとはいえ、これから人間界において強い影響力を持つ七大貴族や王族合わせて百人は下らない人数がひしめき合っている会場内へ、ヒナと連れ立ってまるでヴァージンロードを歩くように出ていかなければならない事を考えるだけで、大貴の決意は、既に風前の灯火のように霞んでしまっていた。

「今宵は、光魔神様としての姿でお願いいたします」

「ああ、そうだな」

 緊張で強張っている大貴を見て微笑んだリッヒの言葉に頷き、大貴は一瞬でその姿を人間のそれから、光魔神としてのそれへと変化させる

(この姿に戻る(・・)のも久しぶりだな)

 黒と白が混ざり合う、左右非対称色の翼と、同じく左右非対称色の瞳を持つ人間の想創造主たる神――光魔神の姿になった大貴は、随分久しぶりに思える姿を軽く見まわす。

 その姿を見て、リッヒやロンディーネをはじめ、この控室にいる者全員が崇拝にも似た尊敬と憧れの視線を向けてくるが、大貴はそれに気づかないふりをして、重い沈黙に耐える

(気まずい……すげぇ気まずい……)

 もしも視線に攻撃力があったら、既に満身創痍になってしまっているであろう程に、自身に突き刺さる視線に参っている大貴の傍らで、リッヒが静かに視線を横にずらす

「どうやら、お姉様の身支度が終わったようですね」

 リッヒのその言葉に応じるように、控室の奥に設置された扉が開き、そこから子犬程の大きさの白い竜が、空を滑るように大貴に向かってくる

「キュウ!」

「ザイア……」

 自分に向かって飛来してきた白い小竜――人間界十二至宝の一角、「至宝竜・ザイアローグ」を見た大貴は、宙を円を描くように飛び回っているザイアの奥から侍女に連れられて現れたヒナを見て、思わず息を呑む

「――っ」


 侍女に先導されて現れたヒナは、腰まで届く艶やかな黒髪を花のような髪留めと簪で飾り付けており、うっすらと施された化粧によって、清楚で可憐な印象の中に大人びた色香を纏っている。

 特に、形がよく柔らかそうな唇を彩る紅が、雪のように白くきめ細やかな肌に鮮やかに映えている。その身に纏ったウエディングドレスを思わせる、宝石や花の飾りで美しく飾りつけられた純白のドレスに身を包んだヒナは、神に仕える巫女のように荘厳でありながら、同時に光魔神という神に嫁ぐ花嫁を彷彿とさせる存在感を作り出していた


「お待たせいたしました」

 閉ざされた目を開いて、やや恥じらいに頬を上気させて紡ぐ柔らかく優しいは、聞きなれたヒナのもの。しかし、その身を包む衣装と、普段と違う清楚で上品な色香を纏ったヒナを前にした大貴は、かける言葉を失ってしまっていた

(綺麗だ……)

 普段よりもその美しさを輝かせているヒナに見惚れる大貴は、まるでその姿を目に焼きつけようとしているかのように、ヒナから視線を外せなくなっていた

「どうされました?」

「あ、いや……何でも」

 大貴の熱い視線を感じ取ったのか、恥じらいがちに上目遣いで見つめてくるヒナの言葉で我に返った大貴は、自分の顔が赤く火照っている事を予想し、顔を見られないようにと照れ隠しを兼ねて逃げるように目を逸らす

「光魔神様、差し出がましいようですが、そういう事はちゃんと口に出して差し上げるべきかと存じ上げます」

 しかし、そんな大貴の心情を見透かしているリッヒが、恭し口調で言う。

 リッヒが大貴の心情を理解できたのは、二人の様子を注意深く観察していた事も理由の一つだが、大貴と全く同じ考えをリッヒ自身が持っていたというのも大きな要因だろう

「……!」

 リッヒの言葉に、大貴とヒナが同時に反応する。

 大貴にしろヒナにしろ、恋愛関係に関して全くの初心と言う訳でもなく、互いに異性として意識し合う程度には婚約者候補としての関係を築いている。だからこそ二人は、リッヒの言葉の意味するところをほぼ正確に汲み取っていた。

「…………」

「……っ」

 唇を引き結んで視線を彷徨わせる大貴と、顔を火照らせ、どこか期待に満ちた視線を行き来させるヒナ。対照的だが、似た者同士の二人の間に、見ている方がむず痒くなるような空気が流れる

 そうしてしばらく互いを意識し合っていた二人だが、リッヒの言葉から一分ほど経過したところで、大貴は意を決して、やや戸惑いがちに言葉を続ける

「……よく、似合ってる」

「ぁ、ありがとうございます……」

 大貴の言葉に、ヒナは目を幸せそうに細めながら、感謝の言葉の一字一句を噛み締めながら、慈しむような口調で応じる

「キュウ!」

 その様子を見ながら、ザイアが歓喜の声を上げ、リッヒをはじめ周囲の人々も二人に視線を向ける

「――では、光魔神様、お姉様。王に報告をしてまいりますので、入場の御準備を」

 そう言ったリッヒが傍に控えていた女性に軽く視線を向けると、それを受けた女性が裏手から会場の方へと入っていく

 装霊機(グリモア)の通信機能を使えば早いのだろうが、パーティ中などに通信機能などを使うのは相手に対して無礼に当たると考えられており、こういったパーティなどでは、連絡なども口頭によって行われるのが人間界でのマナーだ

「……参りましょう、大貴さん」

「ああ」

 わずかに頬を赤らめたヒナの言葉に、大貴もやや緊張気味に応じる

「よ、よろしくお願いいたします」

 そういいながら躊躇いがちに手を伸ばしてきたヒナの行動に一瞬理解が追い付かなかった大貴だが、すぐにその意図を察し、恥じらいがちにその手を取る

「こちら、こそ」

 手の甲を上にして差し出されたヒナの手を、大貴が下から掬いあげるように取ると、二人は互いに指を絡ませるように手を握る

 互いの手の温もりと感触に頬を赤らめる二人を、優しい視線を送りながら見守っていたリッヒの許へ、先ほど王へ連絡をさせに向かわせた女性が戻ってくる

「準備はよろしいですか?」

 女性から耳打ちを受けたリッヒは小さく頷いて、婚約者らしくそっと寄り添い合っている大貴とヒナに視線を向ける

「はい」

「……ああ」

「では、入口までご案内いたしますので、こちらへ」

 二人の言葉に頷き返したリッヒは、礼に倣って二人を先導しながら入場口へと移動する。

 元々大貴が通されたのは会場に備え付けられた控室。会場とは通路で繋がっており、一分もかからずに会場へと入る事ができる

「では、ロンディーネ」

「はい」

 リッヒの言葉に頷き、二人を先導してきたロンディーネが先に会場内へと入る。

 中に入ったロンディーネは、扉の前に立ち拡声機能を使って会場の全員の注意を集め、それを合図に扉を開いて光魔神――大貴がその伴侶であるヒナを伴って会場に入るという手筈になっている

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。大貴さんはいつも通りに振舞っておられればよいのですから」

「いや、そう簡単にはいかないだろ?」

 繋ぎ合った手を通して緊張を感じ取ったヒナが、それを和らげようと優しい声で語りかけてくれるが、大貴にすればそれは無理な相談だ

「でしたら……」

 その言葉に、ヒナは静かに呟いて大貴の手を優しく握りしめる

「でしたら、私を見ていて下さい。私なら見慣れておりますよね?私は、あなたに見つめて頂くのは……その……嬉しいです、ので」

 頬を赤らめながら視線と体勢を会場の入り口の扉へ向けたままで囁いたヒナは、そう言って恥じらいながら目を伏せる

「……い、いや。大丈夫だ」

 その言葉に照れながら応えた大貴に、ヒナはさらに顔を赤らめる


 そもそも大貴はヒナを見慣れていない。と言うよりも、直視すればどうしても意識してしまうため、見つめ合うなど恥ずかしくて仕方がないのだ。それがいつも以上に綺麗なヒナを見つめるとなれば、その緊張はこれから晒しものになった方がマシなのではないかと思える


「悪いな……もっと歯の浮くような台詞が言えればよかったんだろうけど」

 いくら恋愛ごとに鈍い大貴でも、こういう場合にもっと気の利いた言い回しがある事くらいは容易に想像がつく。しかし、そういった言葉を抵抗なく口にするのは、まだ大貴には難しい。

 そんな自分の未熟さを反省しながらも、照れ隠しを兼ねて明後日の方向に視線を向けたままで言った大貴の言葉に、ヒナは優しく微笑んで繋いだ手にわずかに力を入れる

「いえ、大貴さんらしいです」

 繋いだ手に力を込め、恥じらいとそれ以上の幸福感を感じさせる笑みを浮かべているヒナと、照れている大貴に交互に視線を向け、リッヒは普段通りの静かな声音で話しかける

「お二人とも、そろそろ扉が開きますよ」

「……!」

 その言葉に二人の意識が引き戻されるのと同時に、会場への入り口となる扉がゆっくりと開いていく。


 普段ならば大貴とヒナのやり取りを微笑ましく、かつ面白おかしく見つめているリッヒだが、今は他の七大貴族が集まる重要な催しの真っ最中。

 大貴とヒナの仲が睦まじいのは望むところだが、今の段階で主賓たる大貴――即ち光魔神とヒナの威厳を損なうのは、他の王族や七大貴族への影響を考えた場合得策ではないと判断したため、入場からしばらくの間は厳格に振舞ってもらうために、二人の意識を会場へと集中させる事を選んだのだ


 まるで夫婦のように寄り添う大貴とヒナの眼前に佇んでいた荘厳な扉が開け放たれ、二人の目の前に煌びやかに飾り付けられた賑やかな会場が広がり、そこに招かれている王名十三家のハーヴィン、七大貴族の中でも、特に人間界に対して強い影響を持つ者達を筆頭とした人間界の中核を成す者達の視線が二人に注がれる

(これが……人間界のトップか)

 会場の中にいる数百人の人間の視線と一身に受けながら、大貴はそこにいる全員をさりげなく見渡す。

 左右非対称色の翼を持つ光魔神の姿となっている大貴に注がれるのは、人間の神である光魔神への畏敬と尊敬の念や大貴の人格を見抜こうとする鋭い視線。――興味や好奇心に満ちた視線などほとんどなく、その場にいる者達のほとんどが人間的に未熟な大貴を、存在だけで圧倒するほどの存在感を有している。

「光魔神様……参りましょう」

「ああ」

 その場にいる王族、貴族達の存在感にわずかに気圧されている大貴の意識を呼び戻すかのように、淑やかな所作で微笑んだヒナと共に、扉の傍らに立つロンディーネに見送られながら、ゆっくりと会場の中へと歩いていく。


 さながらヴァージンロードを歩くかのように華やかに、しかし戴冠式を思わせる厳粛なな雰囲気の中で光魔神という存在への期待と憧れが大貴の身に一身に注がれる

 視線を動かすまでもなく、大貴の知覚は、人間界王、王妃、六帝将(ケーニッヒ)、ガイハルト・ハーヴィンをはじめとする王族に加え、「エクレール・トリステーゼ」、「天宗(たかむね)(まゆみ)」、「ギルフォード・アークハート」、「ジェイド・グランヴィア」ら、見知った者たちの気を感知している

「ようこそおいで下さいました」

 二人の行く先には、人間界王ゼル・アルテア・ハーヴィンとその妃、フェイア・ハーヴィンが待ち構えており、ヒナに連れられた大貴が歩み寄ってくるのを見ると、恭しく頭を下げる


 内心では「止めてくれ」と声を上げたい気分の大貴だが、事前にヒナから「苦手なのは存じておりますが、できる限り堂々としていてくださいね」と釘を刺されているため、可能な限り平静を装ってその歓迎を受ける


 それを待ちわびていたかのように、ゼル達を取り囲んでいた王族、七大貴族の輪の中から男女合わせて八名が姿を現し、大貴の前に恭しく跪く

「……七大貴族の長達です」

 目の前に現れた八人の男女を前にした大貴に、視線を向ける事無く隣に佇むヒナが、優しい声音で語りかける。

 ヒナの言葉を証明するように、跪いた八人の男女の内、金色の髪を獅子のように逆立たせた精悍な顔立ちの男性が口火を切る

「グラセウス・アークハートと申します」

 その声に続き、夜色のドレスを身に纏い、モーニングヴェールのような布で顔を隠した女性が、鮮やかな真紅の紅に彩られた口元に微笑を浮かべる

(ユイ)虹彩(ツァイホン)でございます」

 それを受け、陣羽織のような衣装を身に纏った精悍な顔つきの男性が、厳かな声音で大貴を見つめる

天宗(たかむね)(いつき)と申します」

 胸元の大きく開いたナイトドレスに身を包み、小さな花をあしらったつばの広い帽子と純白の毛皮のようなショールを羽織った見目麗しい美女が、柔らかな声音で微笑みかける

「クリスティナ・トリステーゼと申します」

 その美女の声に、漆黒の髪と口ひげをたたえた、巌のような体躯の大男が厳格な声音で続く

「アドルド・グランヴィアと申す者にございます」

 それに続き、腰まで届く金色の髪に、足元まで届くコート。そして額と首の付け根、手の甲に宝石を埋め込んだ美男子が、改めて名乗る

「レイヴァー・ブレイゼルと申します」

「ゼクス・サングライル」

 漆黒のマントのような衣を纏った、女性と見紛うばかりの白髪の美青年が名を名乗ると、その隣にいる白を基調としたタキシードのような衣装を纏った黒髪の男が続く

「ヴァルガ・サングライル」

 それぞれ名乗った夜の王族――サングライルを統べる亜人の王達は、同時に声を揃えて大貴に視線を向ける

「――以後、お見知りおきを」

「こ、こちらこそ……」

 七大貴族の長達に一斉に挨拶をされた大貴は、これまで以上に大仰な自己紹介を受け、穴があったら入りたいほどの思いで、それに応える

 挨拶を済ませた八人の七大貴族の長達が立ち上がるのを待って、ゼルは会場全体を見回し、拡声機能で増幅させた声を届ける

「我等の許に神が戻られた。今日がこの世界の新たな始まりとなるだろう」

 あまり目立つのを好まない大貴へ配慮をしているのか、声を張り上げるような事はせずに淡々と言葉を紡ぐだけの言葉。

 しかし、それにはその場にいる誰もが考え、これからの人間界の新たな時代と未来を想像し、期待を掻き立てられずにはいられない甘美な響きがあった。――否、この場にいる誰もが、光魔神という存在が人間界に還って来たと知ったその瞬間から、抱き続けてきた願い

(……やめてください、王様)

 ゼルの言葉と、周囲の王族、七大貴族の機体の眼差しを一身に受け、大貴は思わず心の中で敬語になってしまうほど、狼狽してしまう

 そんな大貴の心情を手に取るように理解しているヒナは、隣に立つ人間の神――光魔神の姿に頼もしさと親近感を同時に覚えて、優しい笑みを向ける

「さあ、主賓も到着した事だ。今宵は無礼講で親睦を深めてほしい」

 ゼルの静かな声と共に、会場の中にいるであろうノリのいい七大貴族代表から歓声が上がるが、大貴は、「是非、光魔神様とお話を」とばかりに目を輝かせている王族、七大貴族の獲物を狙う獣のような視線を前に、この先に真の戦いがある事を直感で感じ取っていた。




 その頃、貴賓室の中に併設された個室の一つ――自室として使っているその部屋の中で、柔らかく温かな布団にくるまっていた詩織は、泣きつくして涙も枯れ果てた頃に身体を起こす

「……非道い顔」

 室内に備え付けられた洗面台の前に立ち、鏡に映った目元を真っ赤に腫らした自分の顔を見て自嘲した詩織は、水を出して顔を洗う

「――ふぅ」

 冷たい清水で顔を洗った詩織は、鏡に映った自身としばらくの間、視線を交錯させると、まるで自分の瞳から逃げるように目を伏せる

「……心配、かけちゃってるよね」

 鏡の中の自分に問いかけるように言った詩織は、部屋に設置されたインターホン越しにかけられた大貴やロンディーネの言葉を思い出し、軽く唇を引き結んだ




「……はぁ」

 それからしばらくしの後。大貴は、壁にもたれかかり、疲れ果てた様子で大きなため息を吐き出す。

 ゼルとフェイアによって紹介されてから数時間、王族、七大貴族に囲まれて逃げられない状態で質問と会話を続け、気を利かせてくれたゼルやヒナの計らいでようやくその人混みから解放される事ができた。

「ヒナとか、本当に凄いな」

 未だに大勢の人に囲まれて淑やかに微笑んで応対しているヒナへと視線を送った大貴は、心底感心して独白する。

 これまで王族や七大貴族の長達に気を遣って、声をかけられずにいた貴族達が遠巻きに視線を向けてきているが、あちらも大貴に気を遣っているのかそれ以上近づいてこようとしない

(……もう少し、社交性を身につけるべきなのか?)

 まだ若いながらも、そんな事を漠然と考えていた大貴の前に不意にグラスが差し出される

「はい、どうぞ」

「あ、あぁ……どうも――っ!」

 不意に眼前に差し出されたグラスを取った大貴は、それを差し出してくれている人物を見て思わず目を瞠る

「人気者ね」

「……エクレール」

 大貴にグラスを差し出した黒髪の麗人――舞戦祭(カーニバル)の女帝、「エクレール・トリステーゼ」は、疲れた様子の大貴の隣で微笑を浮かべる

 他の面々と違い、昨日命をかけて刃を交えた仲でもあるエクレールは、他の王族貴族に比べれば大貴にとっては気心の知れた人物。そういう事もあって、比較的気を楽にして話す事ができる

「からかわないでくれ。こういうのは落ち着かなくてどうも苦手なんだよ」

「あなたが気を遣う必要性なんて存在しないと思うけれど? 何と言ってもあなたは、我々人間の神にして最強の異端神の一角――円卓の神座№1、光魔神・エンドレス様なのだから」

「まだ未覚醒の未熟者だけどな」

 エクレールの言葉に自嘲気味に応えると、そんな大貴の言葉を舞戦祭(カーニバル)の女帝が軽く首を横に振って否定する

「そんな事は関係ないわ。あなたの存在そのものが、私達人間にとって希望なのだから――もちろん、私にとってもね」

 そう言って微笑んだエクレールは、普段とは違うドレスと薄い化粧が相まって、可憐な一輪の花を思わせる乙女の色香を香らせている。

 その言葉で、反射的に照れくさそうに視線を逸らした大貴を見て満足そうに微笑んだエクレールは、会場へと視線を向ける

「……丁度いい頃合いね」

「?」

 穏やかな声音で言ったエクレールの言葉の真意を掴みあぐね、大貴が首を傾げる

「言ったでしょう? そろそろミリティアの()なのよ」

「そういえば、『別の形で参加する』って言ってたな」

 エクレールの言葉に、かつて舞戦祭(カーニバル)会場で言われた言葉を思い出して、大貴は合点が言ったように声を漏らす

 その言葉に応じるように会場の灯りがわずかに薄暗くなり、賑やかな会場全体を、視界を遮られない程度の薄暗い闇が包み込む

「……始まる様ね」

 エクレールの言葉に応じ、会場の最奥部の壁が開き、舞台のような設備がせり出してくる。そしてその上に立っているのは、煌びやかなドレスに身を包んだ舞戦姫カーニバル・プリンセス――ミリティア・グレイサー。

「……な!?」

「彼女、結構歌もうまいのよ」

「……歌?」

 得意気に言ったエクレールの言葉に、大貴が思わず目を丸くする

「まあ、簡潔に言えばパーティの余興のようなものね」

「余興……って」

 この場に余興をする人間が呼ばれている事に驚きを隠せない大貴を横目に、エクレールは苦笑混じりに肩を竦める

「問題ないわ。人間界王様も、意味無くこんな大切な場所に余興を呼ぶ訳がないでしょう? ミリティアの人間界への影響力は、ある意味七大貴族と同等以上よ。――つまり、彼女も抱き込もうとしているって事」


 今日催されているのは、一件パーティのように見えて、人間界の総意を光魔神の下に統一する、いわば決起集会のようなもの。人間界全体の在り方を確認するためのこの催しは、最重要の政治的案件と言っても過言ではないほどの重要性を持っている。

 つまり、他の時ならいざ知らず、本来は部外者が立ち入っていい集まりではない。故に、この場に招かれているという事は、その力――影響力を人間界が取り込みたいと思っている人材だという事の証明だ


「……そういうもんか?」

「そういうものよ」

 怪訝そうに首を傾げた大貴に、エクレールは軽く肩を竦める

 二人の視線の先では、会場の視線を一身に集める花となったミリティアが、流れるメロディーに乗せて美麗な声で歌を紡いでいく。

「へぇ、大したもんだな」

「でしょう?かの二大歌姫(・・・・)ほどではないけれど、彼女の歌は人間界では有名なのよ」

(……二大歌姫?)

 ミリティアの歌声に聞き惚れている大貴に、エクレールが舞台上に視線を向けたままで応える。

 初めて聞く単語に疑問を覚えた大貴だったが、それを聞く事は後でもできる。この美しい歌声を遮ってまで今聞かなければならないものではないと考えた大貴は、ミリティアの優しい歌声に耳を傾ける。

 舞台の上で美しい歌声を披露するミリティアは、そこから会場の端で耳を傾けている大貴とエクレールへ視線を送っていた。




「詩織さん」

 扉を開いて出てきた詩織は、自身に向けられたマリアの言葉にぎこちなく微笑んで応じる

「ちょっと、風に当たってきます。――一人で大丈夫ですから」

 自分の行動のために心配をかけてしまった後ろめたさがある詩織は、そんな自分の憂いなど全く意に介さない優しさを抱くマリアの瞳から逃げるように、貴賓室の扉へと向かう

「……いいのか?」

「うん……今は一人になりたいだろうから」

(……神魔さん達には悪いですが、これで良かったのかもしれませんね)

 逃げるように部屋を出ていく詩織の背を見送ったマリアは、クロスの言葉に応えながら、心の中で自分に言い聞かせる。


 ゆりかごの人間は、短い時間を生きるためか人間界の半霊命(ネクスト)全霊命(ファースト)よりも心の変動が大きい。

 全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)。決して結ばれはならない想いに身を焦がし、苦しんでいる詩織の姿を見ながら、マリアはせめて少しでも早くその想いが淡く切ない思い出の一つに変わってくれる事を祈らずにはいられなかった。




 会場を拍手が満たし、歌を終えたミリティアは深々と一礼して舞台を降りると、そのまま一直線に壁際でエクレールと共に立っている光魔神――大貴の許へと駆け寄る

「お久しぶりです、でいいんでしょうか? ……まさか光魔神様だったなとは思いませんでした」

「ああ……まあ、色々あってな」

 陽だまりのような笑みを浮かべる美少女――舞戦姫カーニバル・プリンセスと呼ばれるミリティア・グレイサーに、大貴は苦笑交じりに応じる

 ミリティアとは先日の舞戦祭(カーニバル)でエクレールと共に戦い、食事も一緒にした仲だ。久しぶりと言い合うにはあまりにも短い期間で再会した三人は、それでもどこか同窓会で再会した同級生のような雰囲気を作り出していた

「エクレールさんも知ってたんですよね? 教えてくれればいいのに」

「そんな訳にはいかないでしょう? 一応、人間界の最高機密なんだから」

 興味津々と言った様子で大貴の顔を覗き込んでいたミリティアの言葉に、エクレールは普段通りの素っ気ない口調で応じる


 舞戦祭(カーニバル)の時点で大貴が光魔神だと知っていたエクレールだが、それは世界の最高機密。たとえ信頼が置ける相手であっても不用意に話す事など出来ないのだ。


 それが分かっているミリティアは、軽く肩を竦めてそれに応えると、そこにシャンパングラスを片手にした紅蓮色の髪の美青年が歩み寄ってくる

「婚約者の目の前で両手に花とは、光魔神様も隅に置けませんね」

 声をかけてきた紅蓮色の長髪の男は、「ジェイド・グランヴィア」。舞戦祭(カーニバル)において最強を誇り、先日の舞戦祭(カーニバル)では本会場の解説も務めていた人物だ

 ジェイドの言葉が、本心にせよ社交辞令にせよ、婚約者(ヒナ)がいる身でそう見られているのは、大貴としては不本意なのだが、エクレールとミリティア、人間界でも屈指の美女に挟まれているこの状況で言い返すのは難しく、また決して嫌なわけでもないため、曖昧に笑ってごまかす

「……あら、特に問題はないでしょう?」

「そうですよ」

 しかし、曖昧な笑みで応じた大貴とは裏腹に、多夫多妻制をとる人間界出身の二人は、そのような事をあまり意に介した様子も見せない

「開き直らないでくれ」

「いやいや、謙遜する必要はありませんよ、光魔神様。あなたがその気になれば、この場にいるほぼ全ての女性を娶る事が出来るのですから」

 疲れたような口調で肩を落とす大貴に、そこに長い金色の髪をなびかせた美青年が意味深な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる

「買い被りすぎだ」

「余計な事を言わないの、兄さん」

 金髪の美青年――会場ではつけていた仮面を取り去ったエクレールの兄、ギルフォード・アークハートを前に不満げない大貴と、不快そうなエクレールが応じる

「おやおや」

 妹から向けられた棘のある声に軽く肩を竦めて魅せたギルフォードは、ジェイドへ視線を向けて互いに微笑み合う

 どちらも整った顔立ちをした美青年であるため、その様子は極めて様になる。さらに、たとえ雑談に花を咲かせていようとも、今この会場にいる全員の意識は、さりげなくとも、常に光魔神――大貴に集中している。

(そろそろ動くか……)

 光魔神を中心としたやり取りに、会場中の人間の意識と注意が向いているのを人の群れの中から観察していた巨漢の大男は、時折出入りしている城の侍従や化粧室、通信などのために部屋を出る人々に混じってさりげなく会場を出ていく。

 その様子を人の輪の中から見ていた黒髪の和装美女――「天宗(たかむね)(まゆみ)」は、その目をわずかに細め、薄い紅で彩られた唇を優しく微笑む形に変えた。




 その頃、完全に夜の帳に包まれた空を身上げ、天頂で輝く神臓(クオソメリス)の月の光を廊下の窓から見上げていた詩織は、自身の想いとやり場のない感情に大きくため息を漏らす

「はぁ……」

 全霊命(ファースト)である神魔と自分が結ばれるのは在ってはならない事。マリアにその真実を告げられても、神魔への想いは変わらず詩織の胸の中で燃え上がり続けている


 自分の気持ちが偽りではない事を知っている。しかし、自分の想いが許されない事を理解している。忘れようとしても、忘れる事などできない。

 愛し合って結婚してもすぐに別れてしまう夫婦がいるように、もしかしたら神魔と結ばれても後悔する事になるかもしれない。例え神魔と結ばれなくても、淡い初恋の思い出のように、失恋の痛みのようにやがていつかは消えてなくなるのだとしても、そんな「もしも」で今この胸に灯った想いを止める事などできはしない


(私は、何も出来ない……大貴に頼って、ヒナさん達を信じて、ただ待っているだけしかできない。――もし、私と大貴の立場が逆だったら、もし私に力があったら……私は、どうしてたんだろう……?)

 痛む自分の胸に手を当てて、詩織はそんな埒もない事を考える。


 今までも自分の無力さを感じた事は何度もあった。しかし、今回ほど自身の無力を呪い、力が欲しいと願った事はない。

 戦うのは怖い。もし大貴ではなく自分が光魔神だったら、おそらく双子の弟の様にはなれない。しかし、もしその力があったら、自分は神魔を助けるために、命がけで魔界へ向かっていただろうか、という自身への問いかけが胸に湧き上がってくる


「……はぁ。私何考えてるんだろ」

 軽く唇を引き結んだ詩織が軽く空を仰いでいると、大貴の歓迎パーティで最低限の警備を残して人が出払っている城内の静寂の中で、コツコツという力強い足音がやけに大きな音量で耳に届いてくる

「あの人……」

 その音に振り向いた詩織は、自分の居る方向へと向かって、コートのような衣装を翻らせながら歩いてくる大男の姿を見止める

 精悍な顔立ちに、服の上からでも分かるほど引き締まったがっしりとした体躯。一部の隙もない鋼のように険しい顔立ちの男は、窓の傍に立っている詩織を認めて足を止める

(うわぁ……大きい)

 自身よりも頭二つは背が高い男を見て、驚愕の表情を浮かべて唖然としている詩織を見て、がっしりとした体躯の大男は怪訝そうに目を細める

「ゆりかごの人間? ……なぜここに……お前まさか、あいつ(・・・)の手の者か?」

 装霊機(グリモア)に仕込まれた知覚のジャミングをものともせず、一目で詩織の正体を見抜いた男は、一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに納得したらしい様子を見せる

「……え?」

 その男の言葉に全く思い当たる節がない詩織が首を傾げると、男はその様子を見て呆れたようなため息をつく

「とぼけるのか? ――まあ、いい。邪魔はするなよ」

 取り立てて深く追及する事無く、詩織をやり過ごした男は、そのまま身を翻して歩き去っていく

「あ、待って下さい」

 男が自分の頭の中だけで物事を考え、納得して完結させているのを見ていた詩織は、男が何を言おうとしていたのかがどうしても気になり、頭で考えるよりも先に男を引き留めていた

「……ついてくるのか?」

「え? えっと……」

 どう応えていいのか分からず、詩織が困惑した表情を浮かべていると、その様子を肩越しに見ていた男は、これ以上の押し問答をしたくない――というよりも、一刻の時間も無駄にしたくないとばかりに大きく息をつく

「お前、名前は?」

「……詩織です」

 平静を装っているが、急いでいるような雰囲気を纏っている目の前の大男を見て、詩織は心の中で「なんか急いでいるみたい……引き止めたのは悪かったかな」と考えながら、これ以上相手の機嫌を悪くさせないように、できるだけ腰を低くして応じる

「詩織か……知っていると思うが、俺の名は『ガウル・トリステーゼ』だ。足手纏いになるようなら容赦なく捨てていくからそのつもりでいろ」

「え? ……はい」

 簡潔に自己紹介をして、歩き始めた「ガウル・トリステーゼ」と名乗った大男の言葉に疑問を感じながらも、相手が七大貴族の一人である事、そしてここが人間界城の中枢である事の安心感も手伝って、詩織は半ば雰囲気につられて、その後についていく

(トリステーゼ……って事は七大貴族の人? でも、何でお城の中で足手纏いとかが関係あるんだろ……?)

(一体何を考えている……? 姫のために神器(しんき)を手に入れねばならないというのに、よりにもよって、ゆりかごの人間だと? ――どこのゆりかごから連れてきたかは知らないが、余計な事をしてくれたものだ)

 怪訝そうな様子で自分の後をついてくる詩織に、肩越しに意識を向けながら、ガウルは内心で忌々しげに舌打ちをする


 片や人間界の七大貴族だと思って警戒心の欠片すら抱いていない少女、片や十世界の目的のために人間界城に安置されている神器を手に入れようと目論む男。――互いの間に、決定的な認識の齟齬が生じている事に、詩織もガウルも全く気付く事はなかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ