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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
64/305

竜の真実






「オオオオッ!」

「ハアアアアッ!!」

 舞戦祭(カーニバル)会場の中央。そこで二つの軌跡が混じり合い、行き場をなくした力が、さながら噴火のように天空へと放出される。

 それに誤って触れてしまった竜の兵や、敵軍の自動人形(オートマタ)機鎧武装(アルマトゥーラ)が一瞬で蒸発し、この世から消滅してしまう事から、そこにいかに強大な力が込めらえれているかが見て取れる

「……やるな」

「貴殿――いや、貴殿ら(・・・)こそ」

 そう言って視線と言葉を交わし、距離を取ったアーロン・グランヴィアと竜人の長、ヴォルガードは離れ際に全く同じタイミングで自身の力を斬撃の波動として放出し、それをぶつけ合って力の爆発を引き起こす。

「……強いな。他の奴よりも圧倒的に」

 自身の気の刃が破壊されたのを見て、アーロンは小さく独白しながら目を細める。


 今のアーロンは、舞戦祭(カーニバル)タッグバトルの頂点、テオ・ラインヴェーゼの感覚共化(シェアリンク)により、その能力を限界以上に引き上げられている。

 しかし、竜人の長と名乗ったヴォルガードは純粋な個人の能力だけでその超強化状態のアーロンと互角以上に斬り結び、渡り合っている。


《――彼は多分、竜王種かそれに近い上位クラスの竜の力を持つ竜人だよ》

《ああ》


 繋がった感覚を介して、思念に直接話しかけてくるテオの言葉に、アーロンは頷いて軽く舌なめずりをする。


 半霊命(ネクスト)最強種である竜族(ドラゴン)。その中にも人間における貴族、七大貴族、王族(ハーヴィン)のような実力におけるある程度のランク分けが存在する。

 竜王種は、竜の中でも頂点に限りなく近い位置にある個体の呼称。人間で言えば王族(ハーヴィン)に相当する、何百万分の一程度の確率でしか誕生しない強大な力を持つ竜を指す。


 その目は殺意と敵意を宿しながらも、強敵と命をかけて斬り結ぶ事への恐怖と歓喜に爛々と光り輝き、アーロンが強者との戦いに対してこれ以上ないほどに血沸き、肉踊らせているのが共化しているテオには手に取るように分かる。

(まったく……)

 この危機的な状況の中で強者との戦いに歓喜しているアーロンに内心でため息をつきながらも、テオはそれを自分も責められない事を自覚している。

 ヴォルガードは強い。それも圧倒的に。感覚共化(シェアリンク)によって力が遥かに向上しているアーロンと互角以上に斬り結ぶその力に、テオ自信も昂りを感じているのを否定できないからだ。

「素晴らしい……いや、凄まじいと言うべきか。単純な戦闘能力では竜人最強であるこの俺と互角以上に斬り結べるとは」

 青龍刀のような巨大な剣を手にしたヴォルガードが感嘆と歓喜と驚愕が入り混じった声で、身の丈ほどの大剣を手にしたアーロンと、その力を高めているテオに視線を向ける。


 アーロン達は知る由もないが、ヴォルガードは研究所においてグリフィスやエストの最終兵器魔装人(マギアレイス)の調整のために、常にそれらの相手をして戦っていた。

 王族(ハーヴィン)のそれに間違いなく匹敵する能力を持つヴォルガードの力はまさに竜人最強。狂わされる前の――否、仮に狂わされていてもその存在は、この計画において極めて重要な役割を担う表向きの(・・・・)最終兵器なのだ


「…………」

 命を落としたヘルミナ、エクレールに追い詰められていくブランドル。そして視界の外と中で次々に屠られていく竜の兵達を認識し、それでもヴォルガードは小さく口元に笑みを刻む

「本当に素晴らしい……最期の戦いとして申し分ないな」

「……?」

 その言葉に、アーロンはわずかに目を細めた





 地面に、数滴赤い染みをこぼしながら立つ大貴は、一向に衰える様子を見せない闘志と気を放ちながら、鎧を纏ったエスト、リィン、そして竜に毒された屍の兵たちに視線を向ける

「……ハァ、ハァ」

「しぶとい奴だ……この戦力でまだ殺せないとは……」

 肩で荒い呼吸を繰り返す大貴に、魔装人(マギアレイス)の鎧で顔が伺えなくても、渋面を浮かべているのがありありと分かる口調で忌々しげに言い放つ

「はい。しかし、彼はここで殺しておかなければ、確実に計画の妨げになります。あの力の前では、私達の死(・・・・)も無駄になってしまうでしょう」

「ああ。その通りだ!」

「――っ!?」

 リィンとエストの会話に怪訝そうに目を細める大貴に、エストは禁忌の技術によって手に入れたその膨大な力を込めた刃を力任せに振り抜く

「今の、どういう意味だ?」

 まるで漆黒の龍のように飛来してきた刃の鞭を刀で弾き飛ばし、全方位から放たれた竜に毒された屍兵の攻撃を竜巻のような気の波動でかき消した大貴はエストを睨みつける

「簡単な話だ。そもそも、この計画で竜人は全て死に絶える(・・・・・・・)のさ――他ならぬ俺の手によってな」

 大貴に弾き飛ばされた刃の鞭を伸ばしたまま硬化させ、ギロチンの刃へと切り替えたエストは、それで大貴の身体を力任せに薙ぎ払う

「っ……!!」

 その一撃を刀身で受け止めた大貴は、足元で気を失っているルカと引き離されないようにその圧力に耐えながら、鎧に身を包んだエストに視線を向ける

「どういう事だ!? 竜人はお前達の仲間じゃないのか!?」

 竜人を自身の手で滅ぼすと宣言したエストは、大貴の声に鎧の下で唇を吊り上げて不敵な笑みを浮かべる

実は(・・)な」

「?」

「分からないか?表向きは竜人と俺達は敵同士(・・・・・・・・・)というのが、この計画の本当の形なんだ」

 その言葉を理解できずに、怪訝そうに目を細めた大貴に、休まずに斬撃を繰り出しながらエストは嘲笑を込めた口調で言い放つ

「そもそも、何のために舞戦祭会場(ここ)を竜人とロジオ達に襲わせたと思っている!?」

「……っ!」

 エストの剣鞭による斬撃を刀で受け止めた大貴は、その言葉に目を細める


 理由。エストにその言葉を向けられて、大貴はこの異常事態の中で完全に失念していた事柄を否応なく認識させられる。

 竜人による舞戦祭(カーニバル)の襲撃が計画だったならば、一体何が目的なのか――この計画の先に何があるのかという考えが自身の中に生まれなかった事と、そこまで考えが及ばず、ただ起きた事態を収拾しようと行動していたにすぎない自分を、大貴は内心で叱責していた


「俺達の真の目的は、半霊命(ネクスト)全霊命(ファースト)と同等以上の存在へと昇華させる事だ。――そのためには、我等の正しさと王族(ハーヴィン)の過ちを証明し、世間の意志をいかなる犠牲を払ってでも高みを目指すという方向へと導く必要がある」

 自身の斬撃に加え、リィンの薙刀、おびただしい数の竜に毒された屍兵とたった一人で互角以上に切り結ぶ大貴に、エストは手を休める事無くその理由を語り始める

「人間は人間のまま、半霊命(ネクスト)として高みを目指しつつ、決して道を踏み外さず全霊命(ファースト)に挑む。――この世界の連中は、そんな王族の戯言に毒されている。

 普通に魔装人(これ)を見せたとしても人間どもは受け入れないだろう。これが全霊命(ファースト)に近づく最も可能性が高い手段だと分かっても、非人道的という理由でこの力を忌み嫌い、拒絶するのは目に見えている」

 鞭の機能を持った刃を、感情に任せて叩きつけるようにしながら、エストは忌々しげに言い放つ



 一言で言えば、エスト達が求めるのは世界の――人々の意志の変革だ。

 現在人間界を統治している王族たちは、摂理を重んじ、人倫を尊び、定められたルールとあるべき真理の中で、例え敗者であろうと、弱者であろうと、等しく人として生きる事を良しとし、人々もその考えに共感している。


 だが、自分達は知っているのだ。ただあるがまま自らの力を研鑽しようと、今の生き方を続けていようと人間(自分達)全霊命(ファースト)を超える事など絶対にない、と。

 この世は平等であっても、それは等しいという事ではない。全ての者の中に強弱が存在し、優劣が生まれ、勝者と敗者を隔てるという事など分かり切っている。しかし、勝てないと分かっている相手に挑み続けるなど――弱さを認める事、敗北を許す事も生きる事だなどという戯言に甘んじる気は、少なくともエストにはなかった。


 この世に生まれ、生きているからには弱者や敗者で甘んじる気など毛頭ない。現在、司っている法や掟を無視すれば、少なくとも今以上の可能性に至る事が出来る。しかし、長年の間に培われた道徳観や倫理観がその道に踏み込む事を躊躇わせる。――頭で分かっていても、心が拒否し、心で分かっていても、頭が拒否するのだ



「だからこそ、その意識を変えなければならない。そのために竜人は贄となるのだ」

「贄、だと……!?」

 エストの言葉に、大貴の背に冷たい感情が奔る

 大貴には、未だにエストの真意を推し量る事が出来ない。しかしそれでも、これから紡がれようとするエストの声が、少なくとも自分には許し難い言葉を紡ぐであろう事を大貴は直感的に理解していた

「そうだ。竜人によって舞戦祭(カーニバル)の猛者たちは倒され、命を落とす。大勢の死と犠牲は、絶望の嘆きとなって今のままでは駄目だという意識を民衆に植え付ける

 そして、その竜人を魔装人(我々)が駆逐する。その時民衆はどう思う? ――そう、王族()のやり方では駄目だ、と確信する。……いや、仮に確信しなくても疑念が生まれる」

 ギロチンに替えられた刃を刀で、リィンの薙刀を気で強化した腕で受け止めた大貴はその言葉に言葉を失う


 エスト達は、現在禁忌として封じられている技術を世界に認めさせ、王族の統治と培われてきた倫理と道徳にヒビを入れようとしているのだ。

 ただ人としてあるがままに生き、人としての頂きを目指すという王族の思想に異を唱え、勝たなければ意味がない、勝つためならいかなる手段を用いても正当化される――そういう考えを人の中に植え付けようとしている。そのために竜人は生み出され、エスト達が作り出した力を誇示する道化として踊らされている。

 つまり、この舞戦祭(カーニバル)襲撃における最大の目的は、自分達が作り出した存在である竜人の抹殺(・・・・・)、その最期を華々しく飾りつけ、世界に魅せつけることだったのだ。


「表向きは我等は敵同士だ。人らしく頂きを目指した戦士たちを、禁忌によって生み出された竜人が蹂躙し、さらにその竜人と禁忌の先にある奇跡の可能性である魔装人(マギアレイス)が駆逐する。――その時に、大勢の人間はこの力の先にある希望を――人間が全霊命(ファースト)と肩を並べる未来を幻視するだろう」

 愕然とした様子で目を見開く大貴に、エストは刃と共に満足気な声を叩きつける

「お前達は、最初から竜人を殺すつもりで……」

「ああ。この計画は竜人が貴族や七大貴族を殺し、魔装人(この力)でその竜人を殺す事で完結する。もちろん、その瞬間にはこの結界を解除してその様子を世界中にテレビ中継して、な」

「……っ!」

 大貴が渾身の気の力を込めた刃を自分を囲むように斬り払うと、気の斬撃波が渦を巻いて攻防一体を成す全方位攻撃となり、エスト、リィン、竜に毒された屍兵を同時に薙ぎ払う

「それでいいのか!?」

「当然だ」

 大貴の全方位への斬撃を力任せに叩き斬り、エストは静かに揺るぎの無い声で言い放つ

「お前じゃない! そっちのお前だ。……リィンだったな。お前は――お前達はそんな風にお前達の命を使われて満足なのか!?」

 その言葉を受けたリィンは、その無機質な表情を微塵も変える事無く、左右非対称色の双眸を大貴へと向ける

「愚問ですね。……全て承知の上です。私は今日ここで殺せる限りの人間を殺し、エスト様の手にかかって死ぬ。――そしてエスト様達は、この世界に新しい道を示されるのです」

 竜に毒された屍兵を斬り捨て、リィンの薙刀をはじいた大貴は真横から迫り来るエストの剣鞭を受け止める

「おかしいだろ! 作られたからって、そいつのいいなりに死ぬっていうのか!? お前の命も、お前の意志も……お前だけのものだろ!?」

 刃を弾かれたリィンは、すぐさま体勢を立て直し、弧を描くように下段からその刃を斬り上げる

「……あなたは勘違いをなさっておられますね」

 その刃を半身ずらして回避した大貴に、リィンは無機質な目を向ける

 薙刀を回避した動作に合わせて大貴が放った刺突をあえて避けずに自身の手を貫かせて、刃を封じこめる

「――っ!」

「私は、私の意志でエスト様のためにこの命を使う事を望んでいるのです」

 捨て身で刃を封じた事に一瞬目を見開いた大貴だが、その程度では今の大貴を止める事は出来ない。刃に力を込めてそのままリィンの腕を吹き飛ばそうとした大貴は、リィンの背後から振り下ろされてくるエストの剣鞭を見て反射的に刀の柄から手を離す

 刹那、破壊の鞭が炸裂して天を衝くほどの爆発を巻き起こし、鮮血をふりまきながら気を失ったルカを抱えて後方へ飛び退いた大貴は、その場所を埋め尽くしている屍兵を突風のような気の波動で薙ぎ払い、その場所へ着地する

「……くっ」

 エストの刃によって肩から袈裟掛けにざっくりと切り裂かれた大貴は、そこから溢れだす鮮血を抑えながら苦悶の表情で、自分同様に肩口を切り裂かれているリィンに睨みつけるような視線を向けた

 リィンを巻き込む事をいとわないエストの斬撃。鞭のようにしなる特性がある剣であったためにその傷は大貴ほど深くはないが、一歩間違えば致命傷を受けていたのは間違いない

「お前ら……っ!」

 大貴の視線を受けても平然とたたずむエストの傍らで、肩口から血を流しながらリィンが無機質な視線で応じる

 自身の腕に突き刺さったままの大貴の刀を力任せに引き抜いて放り投げると、硬質な金属音とともに刀が地面に転がる

「人は何のために生きるのですか? 愛のため? 幸せのため? ……きっと人それぞれでしょう。ですが、生きる事は死へ向かう事。生き続ければ死に近づく。

 ある者は老いによって、またある者は別の要因によって。この世界に生きるという事は、死と共に歩み事」

 そこで一度言葉を切って、リィンは左右非対称色の目で、まっすぐに大貴を見る

「――この世界に在るあまねく生命は、生きるために生まれ、死ぬために生きているのですよ?」

 そう言いながら、リィンは真横に構えた薙刀に自身の力を纏わせていく

 まるで燃え上がる炎のような力を宿した薙刀の切っ先を地に向けたリィンは、その無機質な表情の中に、大貴が初めて見る喜びと幸福の色をありありと浮かべる

「その終わりの形を、私が望んだそれで迎えられる。……こんなにも、こんなにも幸せな事があるでしょうか? あなたには分からないかもしれません。ですが、私はそんなあなたに言い放って見せましょう。『生きてきてよかった』と」

「……っ!」

 そう言い放ったリィンは地を蹴り、同時にその支配下にある竜に毒されたおびただしい数の屍兵、そして歪んだ力を剣鞭に込めたエストの攻撃が一斉に目を瞠っている大貴に向かって奔る

 エストと竜と屍、禁忌と禁断の破壊の力が一斉に解放され、武器を奪われた大貴を容赦なくその力の爆発に巻き込む。


 まるで太陽が生まれたような錯覚を覚える爆発が世界を揺るがし、衝撃波が周囲一帯を一瞬にして蒸発させていく。

 決して一つになりえないエストと竜の力は互いに貪るように絡み合い、世界を塗り潰して光と音と景色を一瞬世界から剥ぎ取る


 瞬間的な破壊力は、空間の崩壊――天震(ヘヴンズ・クエイク)を遥かに凌ぐ破壊の力の余波で軋む世界が震える中、その力をさらに塗り潰す強大な気が天を衝いて吹き上がった

「なっ……!?」

「っ!!」

 その力に鎧の下でエストは驚愕と動揺の声を上げ、リィンはそのまま距離を取る

「勘違いするなよ」

 抑揚の利いた言葉と共に、力の波動が一瞬にして吹き消され、その中に佇む大貴が静かな声音とは対極的な燃えるような怒りの籠った視線でエストとリィンを睨みつける

「……っ!」

 その圧倒的な力と視線に思わず身を強張らせた二人は、先ほどの攻撃で全身に浅くない傷を負いながらもまったく衰える様子の無い大貴を見る

「死ぬために生きるんじゃない。……生きてるから死ぬんだ。一生懸命生きて、その結果死ぬのと、死ぬために生きるのじゃ、意味が全然違う!」

 まるで溢れだしそうな感情を噛み殺すように歯をくいしばった大貴は、その感情が形になったかのように荒らぶる気を纏ってエストとリィンを睨みつける



 リィンの言う事はある意味では間違っていない。それは大貴も分かる。生きている命はやがて死ぬ。この世で最も死から遠い存在である全霊命(ファースト)さえ、殺されれば命を落とす。

 生きる事は死へと向かう事。この世に生きている限り、死と滅びの運命を逃れる事は出来ない。しかし、命は死ぬために(・・・・・)生きているのではない。生きた結果(・・・・・)命を落とすのだ。大貴はそれを神魔やクロス、これまで戦ってきた全霊命(ファースト)や人間達から学んだ。


 誰もが自分の願いや想いのために命を懸けて戦う。ただ命を落とさないために生きるのではなく、生きている事の証として、自らの意志を貫き戦い、時にそれを叶えて生き、叶えられずに命を落とした。

 大貴とこれまで出会った者達は、決して命を軽んじていなかった。それでも決して譲れない自身の信念のために戦っていたのだ。それは、この世に生まれた自分という存在、その命、その心を何よりも重んじる行為。


 しかし、リィンのそれは違う。生きる事を前提にして死ぬのではなく、死ぬ事を前提にして生きている。――それは、懸命に生きる命への冒涜だ。

 大貴の脳裏に光魔神として覚醒してから今日まで戦い、無念の内に命を落とした者、自分が殺めた者の姿が蘇り、それに伴って死ぬための生(それ)を強要したエストと、それを許容したリィンに対して言いようのない怒りがこみ上げてくる



 砕けんばかりに歯を食いしばり、大貴は全ての想いを込めてエストとリィンに向かって咆哮した。

「――命を舐めるな!!!」

 刹那、大貴から吹き上がる気が漆黒と純白の二色に切り分けられた




 世界が軋み、焼き切れんばかりの力が竜と戦士達の戦場と化した舞戦祭(カーニバル)会場を呑みこむ。




「……っ!!」

「これは……光魔神様?」

 その身体を氷結させられていた巨大な銀竜が目を見開き、その身を水を一体化させた女帝が目を細めて天を仰ぐ



「なっ……!?」

 刃を交えるアーロンとテオ、竜の長であるヴォルガードを筆頭にミリティアやシグロ・虹彩(ツァイホン)、ジェイド・グランヴィアがその圧倒的な力の鼓動に目を見開く



「オイオイ、冗談だろ? これは……」

 大勢の民衆を守りながら立つマクベスの顔が驚愕に引きつる。その背後では民衆や選手達もその力の前に畏敬の感情を露にして立ち竦み、天を舞う人工の竜達も天を衝いて噴き上がる白と黒の力の柱から恐怖を露にして離れていく




「……これは、まさか……王が直々に出向いてきたとでも言うのですか!?」

「ふふ……さすがですね」

 驚愕に声を上げるグリフィスと相対する檀は、その力の主を瞬時に理解して、この力の主である自分達の神へと清楚な笑みを向ける



「気が神格化されてる? ……嘘でしょ!? だってこれ……至宝冠(アルテア)の権能……!」

 天を仰ぐシャロは、世界を塗り潰す力に、その目を限界まで見開いて恐怖と戦慄にわずかに身体を震わせていた




 白と黒、二色の気を纏った大貴を前に、魔装人(マギアレイス)の鎧に身を包んだエストは目の前で起きている信じられない光景に恐怖と動揺を隠せずに反狂乱になりながら声を絞り出す

「馬鹿、な……こんな、こんな事があるはず……っ、これは……この力は(・・・・)、神の力だぞ!?」

 声を上げるエストの隣に立ちつくしているリィンは、もはや王族は愚か半霊命(ネクスト)の限界を超えて高められた絶大な力に震えながら、限界まで見開かれた目の中に輝く左右非対称色の瞳で黒白の気を見つめる

「っ、王の証……王だけに許される神の領域へ至った光と闇の気――光の神格気(陽極気)闇の神格気(陰極気)を同時に行使する、『神意』の十二至宝、至宝冠・アルテアの権能――『太極気』……!」

 無機質だったリィン表情が、ありありと恐怖を張り付け、歯の根が合わずに立ちつくす先に立つ神の力を纏った大貴を見る


 「太極気」……それは界能(ヴェルトクロア)でありながら、神――光魔神の加護により神性を授かったその力は、神能(ゴットクロア)界能(ヴェルトクロア)の中間に位置する力。全霊命(ファースト)のものでも、半霊命(ネクスト)のものでもない、この世で唯一の「半神能」。


 この世で至宝冠(アルテア)を継承した人間――人間界王にしか使えないはずの力を放って佇んでいる大貴を前に、エストとリィンはただ茫然と立ち尽くす事しかできない

「死ぬのが本望だと!? 殺されるのが望みだと!? ……なら、そんな理屈こねくりませないようにしてやるよ! 死にたくなくなるように――死ねないように、お前達の計画をここで丸ごと叩き潰してやる!!!」

 静かに言い放った大貴の感情に呼応すように、白と黒の気の力が一層その力を高め、これまでの戦いで負った傷を瞬く間に回復していく

「治癒……いえ、これは復元能力……!」

 その様子を見て、リィンは驚愕に目を見開く


 傷を治すのは無く、再生させるのでもなく、傷を受ける前の状態へ回帰させる完全回復能力。――界能(ヴェルトクロア)にもその力はあるが、攻撃に込められている「破壊と滅殺」の意識が「回復阻害」を引き起こしているために、その力は完全な力を発揮できずに徐々に回復が行われていく事になるのだ。

 それが瞬く間に治癒していくのは、攻撃に込められた破壊の意志――相手の力よりも大貴の霊格が高い証拠。太極気を纏った大貴の霊格は、半霊命(ネクスト)の限界を超えて、全霊命(ファースト)の領域に足を踏み入れている。


「なんだ……なんなんだ、お前は!?」

 もはや平静を保つ事が出来ず、反狂乱になったエストが大貴に声を向ける。

 自分達が禁忌を犯し、倫理を踏み倒して尚至れなかった半霊命(ネクスト)を超える半霊命(ネクスト)の頂きに立っている大貴の存在は、大貴が光魔神である事を知らないエストにとっては、これまでの人生の全てを否定されたのと等しい

「大貴様!」

 その声に大貴が答えるよりも先に、抑制の利いた声が響き破壊された会場に仮想翼を纏ったロンディーネが詩織を連れて飛来する

「……ロンディーネか」

「大貴……」

 白と黒の力を纏って立つ大貴に目を丸くする詩織を横目に、洗練された所作で歩みだしたロンディーネは歓喜と崇拝に似た感情を浮かべる

「そのお力は……やはり、太極気」

「太極気……?」

 怪訝そうに目を細めた大貴に答えるようにその前に跪いたロンディーネは、まさにその力を示している人間の神に最大級の崇敬の念を込めた恭しい所作で言葉を紡ぐ

「……我が主より、万が一の場合にはあなた様に届けるようにと仰せつかっていた物がございます」

「届け物?」

 普段ならこのような態度を取られると気恥ずかしさから委縮してしまう大貴だが、今の状況でそれを言うほど呑気でもない。ロンディーネの言葉から我が主がヒナの事を指していると察して怪訝そうに目を細める

「こちらを」

 そう言ってロンディーネは装霊機(グリモア)のように別空間に収納していたヒナからの預かり物を大貴に献上するように差し出す。

「あれは……っ!」

 ロンディーネが差し出したのは大貴の身の丈ほどの柄に、両刃の大剣のそれを思わせる刀身を持つ金色の槍。荘厳にして神々しい威圧感を見るものに与える槍を見たエストはさらに驚愕に染まった声を上げる

「……これは?」

「人間界王が持つ四つの十二至宝、その一つ、『至宝槍・ラキスヴァイン』にございます」

 大貴の言葉に、ロンディーネが静かに応じる


 緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)によって失われた二つの至宝、至宝剣(セイオルヴァ)至宝珠(イグニシス)。そしてその後六帝将(ケーニッヒ)に下賜された至宝弓(ゾーラザッファー)至宝盾(ギルディローガ)至宝甲(ゼルドノード)至宝槌(ガルヴァリオン)至宝杖(ミスティラム)至宝旗(クラウセイス)の六つを除いた、王が持つ四つの至宝――至宝冠(アルテア)至宝竜(ザイアローグ)至宝書ファルシュ・メティウラ、そして至宝槍(ラキスヴァイン)

 王族(ハーヴィン)という名を冠するほどの力を持つ者しか使う事の出来ない、かつて光魔神が人間のために遺した半霊命(ネクスト)が行使しうる最強の力を宿した十二の遺産の一つである至宝槍(ラキスヴァイン)を、ヒナは万が一の事態になった場合に、その状況を打開する切り札としてロンディーネに持たせていたのだ。


「そうか……ルカを頼む」

「御意」

 丁度刀を失ってしまっていたという事もあり、ヒナの送り物に感謝の意を示して金色の槍を受け取った大貴の言葉にロンディーネは恭しく頭を垂れる

(大貴……?)

 まるで王と臣下のやり取りのような言葉を見て、詩織は思わず息を呑む。


 大貴の纏う雰囲気は太極気のせいだけではなく、確かに自分が知る双子の弟と違っていた。――しかしそれは決して変わったという事ではない

 詩織の胸中に到来するのは、まるであるべき姿に戻ったような懐かしさと、自分の知らない所に立っているような哀愁を伴った孤独感――例えて言うならば子供が独立した親か、娘を男に取られた父親のような心境とでもいえばいいのだろうか

 前に進んでいく大貴の成長とたくましさに嬉しさを覚えながら、詩織はただ戦場へと赴くその背中を言葉に出来ない感情と共に見送っていた


 手にした至宝槍に、白と黒の神格化された気――太極気を絡みつかせた大貴は、ただ茫然と立ちすくんでいるエストとリィンに向かい合う。

 気を失ったルカと詩織をロンディーネの障壁(シェル)が包み込むようにして守護し、魔道人形(マキナ)の侍女に背後と憂いを任せた大貴は、黒白の力を纏う金色の槍を一薙ぎする。

「……っ!!」

「――さあ、終わりにしようか。お前達の夢を!」





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