罪過まみれの正義
「お前が、舞戦祭を襲った? ……しかも十世界?」
「……ああ」
エストの言葉に、大貴はその身体から戦意に満ちた気を立ち昇らせる。
大貴にとってエストが十世界である事は問題ではない。ルカを傷つけた人物、そしてここを襲ったという事実の方が重要な事だ
「戦うのか? その死に損ないを抱えたままで」
「……!」
しかし、大気を焼き切るような大貴の気の力は、エストの言葉ですぐさま霧散する。
エストの言葉によって大貴は自分の腕の中で満身創痍の状態で、浅い息を繰り返すルカの存在を改めて強く認識させられる。
ルカは満身創痍だが、命に関わるものではない。医療の知識は無くとも、生命力そのものである「気」の力を知覚する事ができる今の大貴には、ルカの身体に巡らされる生命の維持に必要な気の力をはっきりと感じ取る事ができる。
しかし、だからと言って今のルカは長時間放置しておいていいはずがない。最低限の気の力があれば、生命力を維持するために自己治癒の能力が働くが、今のルカはそれにほとんど力を回せないほどまでに、生命力を削られて消耗している。
「俺にも一応身内の情というものがあってな。仮にもそれは実の妹だ。少なくとも今は直接手をかける気分ではない。今は一応瀕死で留めてあるが、必要に迫られれば殺す覚悟くらいはあるぞ」
「……っ」
さらに追い打ちをかけるように向けられたエストの言葉に、ルカの肩を大貴の抱く手に力が込められる。
確かにエストのルカの痛めつけ方は絶妙だった。満身創痍ではあってもそのままなら何とか死なないが、もうひと押しで確実に瀕死に至るというダメージの与え方。
確かに今二人を逃がす訳にはいかない。しかしエストは、戦闘の開始と同時に満身創痍のルカを重点的に狙い、殺すと宣言している。その言葉を鵜呑みにする訳ではない。しかしだからといって、エストが実の妹のルカを殺すはずがないとたかを括るのは危険すぎる。
いずれにしても、今大貴が取れる手段はルカを身捨てる覚悟でエストと戦うか、エストを見逃すかしかない。そして大貴に、前者の選択肢を取ることなどできる筈がなかった。
「……っ」
何もできない無力に歯を噛みしめながら俯き、大貴はエストから視線を逸らす。
ルカを確実に死なせないためには、ここでエストをやり過ごし誰かにルカを任せて後を追うしかない――大貴が出した結論は、エストによって導かれた必然の結果だった
「……いい子だ」
半ば嘲るようにして、エストは大貴に背を向ける。
しかしエストが背を向けようとした瞬間、大貴の腕の中にいたルカが、自分を抱き起してくれている相棒の肩を血にまみれた手で掴む
「……!」
「大貴、くん……」
「ルカ」
エストとリィンが視線を送る中、閉ざされていた目を薄く開いたルカは、心配そうに自分を見つめている大貴を見上げる。
「おね、がい……私の、事は……いい、から、お兄ちゃ、を止めて……」
「……何言って……」
弱り切った身体に残された力を振り絞り、かすれた声で絞り出されたルカの言葉に大貴は息を詰まらせる
自分を本当に心配してくれている事が嬉しくて、大貴を腕の中で小さく唇の端を上げたルカは、唇を引き結んで言葉を続ける
「今のままじゃ……私、死んでも、死にきれない……お兄ちゃ、んが、こん、な事したままじゃ……」
「ルカ……」
薄く開いた目から溢れだす涙が、エストのした事、そしてこれからしようとしている事を、人間界に所属する者として、何より妹として止められなかったルカの自責の念を言葉を交わしたようにはっきりと大貴に伝える。
このまま自分の兄が舞戦祭を破壊し、それによって出るであろうおびただしい数の犠牲者の命を考えたルカは、自分の命を守るために兄を見逃してほしくないと大貴に懸命に伝えてくる
「お願い……大貴君、助けて」
絞り出すように紡がれたルカの言葉。
そこには、パートナーとして半日間共に戦い続けてきて芽生えた確信に似た信頼と願いが込められていた。
「自分には止められなかった。でも、あなたならできる。だからお願い」――そんな想いをルカの言葉から受け取った大貴は自分の肩に添えられていたルカの手を優しく、そして強く握りしめて涙で曇ったルカの瞳をまっすぐ見つめる。
「……任せろ、ルカ」
「あ、りがと……」
大貴の言葉に、微笑んだルカの目から涙が流れると同時に、その意識が闇に閉ざされ、ルカの体から力が抜ける
気を失い、自分に身を委ねるように脱力したルカを優しく地面に横たえ、その目に溜まった涙を優しくぬぐった大貴は刀の柄に手をかけて戦意に満ちた気を立ち昇らせる。
「いいのか? 言っておくが、俺がそいつを狙わないとは限らないぞ?」
「やってみろよ」
大気どころか、空間そのものを震わせているのではないかという強大な気の力を纏った大貴は、低く抑制された声と感情をエストとリィンに向ける
瞬間、大貴が放出する気の力が床と壁にひびを入れ、エストとルカの身体にまるで瀑布に呑み込まれたような衝撃が叩きつけられる
「……っ」
張り巡らせた知覚領域を一色に塗り潰すような大貴の力に戦慄を浮かべるリィンの隣で、エストも目を細める
「これ以上ルカは傷つけさせない、けどお前達も倒す」
そう言って大貴は手にした刀に、王族すら凌駕する強大な気を纏わせる
大貴にはルカの遺志を汲んで、ルカの命を犠牲にしてでもエストを止めるなどという選択肢は無い。
ルカをこれ以上傷つけずに守りながら、同時にエストとリィンの二人を倒す。――どちらかを選ばない。どちらをも選ぶこと、それが大貴の選択だ
「ちょっとばかり規格外の力を持っているからって、図に乗り過ぎているんじゃないか?」
その言葉の意図を正確に汲み取ったエストは、憤りを隠せない表情で世界を塗り潰すほどに強大な力を放つ大貴を睨みつける
大貴の言葉が決して冗談で放たれたものでない事を、放たれた気から感じ取っていたエストは、目の前にいる青年の答えに、内側から湧きあがってくる激情を押し殺していた
大貴の選択は選ばれたもの――力を持つ者が取り得る選択肢だ。例えどれほどの力を持っていても、できる事、できない事にはそれぞれ限りがある
この世界に生きるものは、自身の力で成せる事を常に選びながら生きている。力が及ばなければ「選ぶ」しかない。だが、力があれば選ばない事を選ぶ事ができる。――そう、どちらかではなく、どちらをも選ぶ事ができるようになる
「……いいだろう。その傲岸を打ち砕いてやろう」
持つ者の力と意志と存在を目の前に、持たないが故に足掻いてきたエストは、その力を解放する
「いくぞ、リィン」
「はい、エスト様」
エストの言葉に応じたリィンの周囲の空間が歪み、そこから無数の人間が姿を現す
リィンによって召喚された人間達の目には全く生気が宿っておらず、気も感じ取る事が出来ない。それはまるで、というよりも屍そのもののように大貴には思えた
「……LINK」
静かなリィンの声とともに、その背中から光の翼が広がる。しかしそれは翼ではなく竜の鬣。強大な気の力が織りこまれた髪がまるで一本の線のように変化したかと、おもうと生気の感じられない虚ろな眼で立っていた人間に絡みつく。
リィンの髪が絡みついた人間は、その目に鬼火のような怪しい光を灯し、その姿を竜と人の姿が混じった半竜半人の姿へと変える
「……っ、それは!?」
目の前で無数の竜人の軍勢を従えたリィンは、その手に巨大な刃を持つ薙刀を召喚し、その切っ先を地面に向けて構える
「いつぞやの喫茶店ではお世話になりました。竜人の長姉『リィン』と申します」
「そうか、おまえが……」
言われて、大貴はリィンが従えている半竜半人を見る。
意識を集中させて知覚した大貴は、目の前に並ぶ半竜半人が、確かに先日喫茶店で自分に攻撃を仕掛けてきた人物と同じものである事を感じ取っていた
「これは操動人形と操作系武装を併用した私の私兵であり、武器でもある屍達です。
一体ならば、翼を出すまでもなく操れるのですが、この数を操るにはこの状態でないといけませんので」
無数の軍勢を従えたリィンは、驚愕に目を見開いている大貴に先日は絡みついていなかった光の線を補足的に説明する
「ちなみにですが、この人間達は十世界に所属している人間達です。会場を跋扈している竜人の失敗作とは違い、後天的に竜の細胞や力と融合させる実験の失敗作ですね。
結局生きた人間に竜の力を組み込むのは失敗しましたが、それが屍なら、霊の力がない分、簡単に私の竜の力を付与できるのですよ……そうですね、人形の手足を付け換えるようなものでしょうか」
事も無げに言うリィンの言葉に、大貴はわずかに目を細める
その表情には、人間を道具のように扱うリィンやエスト達に対する嫌悪感や拒絶の意志がありありと浮かんでいるが、あえてそれを言葉に出す事は無い
「私の竜の力を付与された人の屍は、私の竜の力を持つ屍兵となります。これが私の『竜の祝福』です」
「随分、色々教えてくれるんだな」
エストと比べて無口に見えたリィンの饒舌な語りに、大貴が言い返すと左右非対称色の目を持つ竜の乙女は、わずかに目を瞠って微笑を浮かべる
「そうですね、少々気が昂っているのかもしれません……何しろ今日が、最期の日なのですから」
「最期の日か……お前達のだろ?」
リィンの言葉にそう言い放った大貴は、手にした刀に超絶なる気の力を注ぎ込む
「さすがに、お前のような化け物相手に手札を隠したまま勝てるとは思っていない。しっかりと見ておけ。これが、新時代を築く力だ!!」
臨戦態勢に入った大貴に視線を向けたエストは、ルカを倒した自身の切り札の力を解放した
※
同時刻、閃光のような速さで飛翔してくるグリフィスの気の波動を、檀はその身に纏った羽衣で造作もなく撃ち落とす
特殊な金属を繊維として織りこまれた檀の羽衣は、それ自体が鎧であり剣であり、変幻自在の動きと戦闘力を発揮できる操作系武装系の武器だ
「まったく、私の計画が台無しですね」
「あら、それは残念でしたね」
その清楚な見た目にも関わわず、七大貴族の一人に数えられるほどの実力者である檀を前にしても全く動じることなくグリフィスは嘆息交じりに肩を下げる
その言葉に口元を隠しながら上品に微笑み返した檀は、その身に纏った羽衣の先端をグリフィスに向けて放つ。檀の意志と力を伝達された羽衣はあらゆるものを貫通する布槍となり、グリフィスがいた場所を貫く
「……まだですよ」
布槍を回避したグリフィスに優しく囁きかけた檀の言葉に応じ、先程まで槍だった布は刃と鞭を兼ね備えた武器として蛇のようにうねりながら触れるもの全てを粉砕し、細切れにしていく
「……ちっ」
まるで刃の龍がのたうつ様なその攻撃の前に障壁と結界を粉々に破壊されたグリフィスは忌々しげに舌打ちをしながら紙一重で檀の攻撃を回避する
今回の事はグリフィスにとって計算外の事だった。当初の予定では、決勝の終了後に襲うはずだったにも関わらずその予定を大幅に前倒しして決勝の開始時刻に計画を決行されてしまった。
こんな事が出来るのは、グリフィスの計画協力者である依頼人しかいないが、今はその真意を確かめている暇は無い。想定外とはいえ、始まってしまった計画を今更中断する訳にもいかない以上、グリフィスは予定通りに事を起こす必要があった
「仕方がありませんね」
檀の攻撃を回避し、距離をとって地に降り立ったグリフィスは、小さくため息をついて計画を続けるにあたっての当面の障害――羽衣を纏い、自分の前に立ちはだかっている和風美人「天宗檀」を見る
「予定よりも早いですが、これ以上あなたに時間を割く訳にはいきません。……見せて差し上げましょう。この計画の核を担う力を!」
「……!?」
その言葉を合図に、グリフィスの身体から漆黒の力が吹き上がる。
「――っ!!」
それを見た檀は、その姿に小さく目を瞠った
※
「なんだそれは……!?」
大貴は、目の前で変容を遂げたエストの姿に目を見開き、驚愕と動揺を隠せない様子で声を絞り出す
漆黒の球体に包まれたエストは、その姿を変容させていた。
その身に纏うのは漆黒の鎧。全身をくまなく覆う黒色の鎧はどこか竜を連想させる出で立ち。巨大な両刃剣に似た翼のような鎧を背負ったエストの胸の中央でまるで心臓のように脈打つ宝玉が鎧の中に隠されると、その目に紅蓮の灯がともる。
「これが、新たなる人間の地平――『魔装人』だ」
「違う! 俺が聞きたいのはそんな事じゃない!! ……なんなんだ、その力は!?」
自身の言葉を否定した大貴の表情に浮かんでいる驚愕や恐怖とは違った感情を見て、エストは鎧に隠されていても分かる、狂気すら宿した笑みで応じる
「やはり、それだけの力を持っていれば知覚できるか。ルカは教えてやるまで気付かなかったぞ!?」
「……正体? それが……そんなものが、正体だと!?」
恐慌に彩られた大貴の憤りすら宿した声を聞き流し、エストは、得意気な声で話を続ける
「情報生命体を知っているか?」
「…………」
エストの問いかけに、大貴は無言で応じる
大貴の脳裏によみがえってくるのは、会場で竜の兵達を見たエカテリーナとシグロ、細小の言葉。
アンデッドのようだと表現した際に、そのアンデッドを動かす存在の事を情報生命体と呼んでいた記憶がある
沈黙を貫く大貴に、エストは「まあ、構わない」とばかりにその返事を待たずに言葉を続ける
「情報生命体は、幽霊やアンデッドを生みだす、肉体をもたない意識生命体――即ち、見方を変えればこの世で最も全霊命に近い存在だ」
「……!」
その言葉に大貴はわずかに目を瞠る
全霊命はその身体そのものが自身の霊の力である神能によって形作られている。
人間のように肉体を持たず、自身の霊の力のみでこの世界に存在している――そう考えれば、確かに全霊命と酷似していると言えなくもない
「情報生命体は、世界に満ちる界能に意志が焼きつけられる事で生み出される、意識生命体だ」
驚愕に目を見開く大貴に、エストは勝利を確信したような笑みを浮かべながら淡々と言葉を紡ぐ
霊の力が存在や魂の根源ならば、その霊の力――界能とは、意志や心を育む苗床と言っても過言ではない。
全霊命がそうであるように、魂――霊の力とは死と同時にその形を失い、世界に力そのものとして放出され、世界に溶けていく
魂とは「存在」、「生命」、「本能」、「意識」、「記憶」と層が重ねってできているようなもの。存在が命尽きれば、それが消滅し霊の力そのものに還る事になる
しかし、稀にそうならない事がある
界能が事象に作用し、事象を改変するように、或いはエクレールがそうであるように、適合率さえあれば、世界の界能――元素に自身の気を通してその対象を操る事すらもできる。
つまり、霊の力とは意識しているいないに関わらず、世界にわずかながらその力を伝道し影響を与える力を持っている事になる
例えば死の間際にそれを心から拒絶する、あるいは憎悪など強い感情を持って命を落とした場合、その意識がその人物の霊的な力を介して世界の界能に焼きつけられる事がある
意識を焼きつけられた元素は、不安定で仮初に過ぎないとはいえ、魂と酷似した働きをする。
ただの意識エネルギーに過ぎなかったその仮初の魂の中で、特に強い意識を焼きつけられた魂に酷似した特性を持つ界能の塊を「情報生命体」と呼び、これが密度を濃くして情報体のまま活動する存在は幽霊、あるいは「レイス」などと呼ばれ、仮初の肉体に宿ったものはアンデッドと呼ばれる事になる。
「全霊命と半霊命の絶対的な差は、その霊格、および物質たる肉体にある。ならば、意識的に超高密度の霊格を構築し、それを情報生命体のように世界に顕在化させる事が出来れば、人間の存在は全霊命に限りなく近い存在となる……そうは思わないか?」
「……つまり、その姿はあんたの霊格を具現化したものって事か」
「まあ、概ねその通りだよ」
情報生命体や幽霊、レイスあるいはアンデッドに対する知識がほとんどない大貴の言葉に、エストは嘲るような笑みと共に応じる
「で、それがそれにどんな関係があるんだ……!?」
「まあ、焦るな」
憤りと焦燥を隠せない大貴に、エストは鎧の中から勝ち誇ったような笑みを向けた
「――ですが、その理論は机上の空論として破棄された過去の遺物のはずです」
同時刻、エスト同様に魔装人の姿へと変わったグリフィスを前にした檀が、平静を装いながらも、驚愕を禁じ得ない様子で問いかける
「さすがは七大貴族の一人、詳しいですね。――確かに、人間の霊格だけを顕在化して存在化するという都合のいい事は不可能でした。まあ、その研究の過程で生まれたのが魔法生命体である事を考えれば必然とでも言うべきでしょうか」
檀の言葉に、漆黒の鎧に身を包んだグリフィスが微笑を浮かべて応じる
檀の言うように、グリフィスやエストが魔装人と呼んでいる技術は、すでに人間界で研究されていた技術。
人間の霊格そのものを存在として顕現させる事で、肉体――「物理」という枷を取り払い純然たる霊の力を行使する存在へといたる技術は、その中で情報のみで構築された躰――「仮想体」を持つ魔法生命体に用いられている。
しかし、その技術は魔法知能に用いる事は出来ても人間に用いる事は出来なかった。なぜならば、人間――半霊命は、意味も無く物理の肉体を持っている訳ではない
界能の霊格には、全霊命の神能ほどの力がない。つまり存在そのものを超霊的な存在として顕現させ続けるほどの力を持っていないのだ
その証拠に、一般的な情報生命体や幽霊はもちろん、極めて高い密度で界能が集まったレイスのような存在ですら半実体化が限界だ
「そもそも全霊命と半霊命には『霊格』という絶対的な壁が存在しています。人間界には堕格反応をキャンセルする事で、物質をその上位格である原始霊素として抽出する技術がありますが、それはほんの一瞬の事
堕格反応は永続して行えない上、霊の力に及ぼされた堕格反応を無効化する事は不可能です」
得意気に言いながら檀に対峙するグリフィスは、鎧に包まれたその手をそっと前に差し出す
「ならば、発想を逆転させればいい。自身の霊格を神格化できないなら、神格化した霊格を纏えばいいのです」
「……!」
グリフィスの言葉に、檀はわずかに目を瞠る。
「そうして作り出した仮想の霊格を操るのがこの外殻。つまり、魔装人とは、人工的に作り出した霊格を持った身体を操る機鎧武装と操動人形のハイブリット技術なのです」
そう言ったグリフィスの身体から、強大で濃厚な力が吹き上がる。
黒く渦巻く力は、気と酷似しながらも歪に歪んで変質した力の奔流。しかし、その圧倒的な力はただ放出されただけにも関わらず檀の肌を焼き、肌が爛れる様な感覚を与えてくる
「っ、この力は……王族と同等!?」
その圧倒的な力の濃度に思わず目を瞠る檀に、目の前に立つグリフィスは勝利を確信した様子で歓喜に震えた声を上げる
「いかがですか? もちろん、あなたならご存知でしょうが、全くのゼロから完全な霊格を作るのは、技術的にも理論的にも不可能です
しかし、魔法生命体のように人工的な人格をつける事は出来る。それによって、人工的に作り上げた霊格素体を宿した鎧を私の人格と直結する事で意のままに引きだす事が可能になるのです
今はまだこの程度の力しかなく、素体が三つしか確保できていませんが、いずれは全霊命と同等の霊格を行使できるようにしてみせましょう」
「まさか、その素体は……」
歓喜に染まった言葉を紡ぐ鎧姿のグリフィスとは対照的に、檀は戦慄と驚愕に彩られた表情で目の前の男を見ていた
グリフィスが言うように、完全な霊格を人工的に作る事は不可能に等しい。亜人は元からできている霊格の融合体、魔法生命体はいわば機械仕掛けの素体に人工的な人格を取りつけているだけ。
ならば、グリフィスが纏う魔装人をいう鎧の元となる霊格は、何からできているのか――そう考えた檀の脳裏に最悪の可能性がよぎる
「お察しの通り、魔装人は王族や竜をはじめとしたあらゆる霊格を亜人を作る技術の応用で作り上げたものです」
「……っ!!」
自身の予想通りの答えに、檀の身体に冷たく冷え切った灼熱の感情が奔る
「特に苦労したのは、魔装人の素体となる王族の力を入手する事でした。本当に苦労しましたよ。王族ならざる王族を捕らえて人工的に交配させ続けるなんて、機械的な作業には……ね」
事も無げに肩を竦めたグリフィスの言葉が、どれほど残虐な行為を意味しているのか檀には十分理解できた
この世界は実力主義だ。仮に王族と呼ばれる王名十三家に生まれようと、力がなければ王姓を名乗る事は許されない
それを理由に追い出される事は無いが、中には自らの意志で外へ出ていった王の血を宿した者がいる。あるいは、多夫多妻制度を取る九世界――その一角である人間界では、歴史上何度か王族が十三家以外と関係を持ち、王に列なる力を持つ子供を産ませた事があるという史実がある。
現に、ゆりかごの世界を生みだすきっかけとなった緋蒼の白史と呼ばれる事変の際、至宝冠が選んだ二人の王の片方はそうして生まれた、王族ではない王族だった。
そうして外に出た王の力に連なる者、あるいは王族の血を受けた外の人間を捕らえ、人工的に王族と同等の力が顕在化するまで交配を続ける。亜人を生み出す技術に必要不可欠な人工子宮があれば、一度に無数の検体を作り出して培養する事が出来る。
より強力な個体を選別し、掛け合わせ、淘汰し、また交雑を繰り返す――そうして、本来は低い力の発現確率を無理矢理高め、そして王族と呼べるだけの力を持った個体を作り出す。
しかし、グリフィスが行ったのはそれだけではない。そうして抽出された王族の個体に、竜をはじめ亜人や人工竜を作った要領で強力な力を持った個体や種族を次々に混ぜ合わせる。
そんな事をすれば、元になった存在の意識や身体はズタズタになって壊れてしまう。
しかし、そんな事はどうでもいいのだ。必要なのは力と霊格。むしろ生命として生まれないその力の塊は、世界に満ちる元素のように、力の共鳴を制御を容易にしてくれる。
「……っ」
素体である人間だったなにか、そしてそこに混ぜられた力によって歪になったその力は、嘆きと絶望、生きながらにして死んでいる狂気をふりまいている。
その力を知覚し、思わずこみ上げてきた吐き気を堪えた大貴は、目の前でそれを得意気に語ったエストに言いようのない怒りを伴った気を放つ
「そこまで……そこまでしなきゃならないのか!? お前は人間をなんだと思ってるんだ!?」
激昂して声を荒げる大貴を鎧越しに睥睨し、エストは重厚な怨念の籠った低い声で嘲るように応じる
「愚問だな。貴様は薬を作るために実験台にされる実験動物が喜んで実験台になっているとでも思っているのか? 人間の命と実験動物の命――その重さに何の違いがある? 俺達は実験動物ではなく人間の命で先に踏み出しただけだ」
「ふざけるな!! 弱さや劣っている事を理由に、高みへ至るために、どんな手段を使ってもいいなんて事はないだろ!!」
エストの静かな言葉を大貴の強い声がかき消す
科学の発展には犠牲がつきものだ、という言葉を否定する気は無い。それは今の世界を作り出すために失われてきた命や犠牲になって来た人たちを冒涜する行為に他ならない。
また、良かれと思って作った物が事故や、思わぬ作用で人に害を成してしまう事はある。そうして生み出されてしまった犠牲から学び、それを乗り越えるのか或いはその道を諦めるのかは人間が決める事だろう。
だからエストの言葉は決して間違いではない。しかし、正しくもない。過ちから正しい道を模索するのと、自ら忌まわしき手段に手を染めてそれの正当性を謳うのは違う――例え偽善だと言われようと、大貴はそう思っている。
大貴の言葉に、エストは鎧の向こうから自嘲の笑みを浮かべる
「……気持ちの悪い正論だ。選ばれた強者の言葉だな。確かに、今俺達がしている事は悪だろう。もっともらしい論理で自分の悪逆を正当化していながら、こうして勝てそうなところでそこそこの人数を殺して、力や正義や正統性を主張し誇示しているだけ。……これではただのテロリストでしかない。」
自虐気味にそう言ったエストは、大貴にその手を掲げて見せるとその拳を握りしめる
「だが、知っているか? テロリスト、クーデター……呼び方は様々あれど、そう呼ばれるのは勝てないからだ。例え武力だろうと、非道な手段だろうと、覇権を奪取すれば、その行為は正当化され、『革命』と呼ばれるようになる」
「――!」
その言葉に大貴の表情にその理屈を認めつつも、エストの手段を忌避する感情が同時に宿る
「そう、世界を救う英雄と戦犯は同じ人間だ。ただ立ちはだかる敵を殺し続けた者達を分けるのは、勝者か敗者かという結果の境界。だからこそ、俺達は決める必要があるんだ――どちらが勝者なのかを!!」
そんな大貴の心情を見透かしているかのように、力強い声で言葉を続けるエストは、まるで大貴ではなく自分に言い聞かせているかのようにも見えた
「……そうか、なら俺がお前を弱者にしてやる。お前の夢や希望を間違っていると力任せに砕いてやるよ」
「やってみろ!」
まるで自分を信じているかのような安らかな表情で気を失っているルカに、視線を向けた大貴が刀を構えると、エストとリィンは静かな殺意を噴き上げた
※
「……非道い事をしますね」
まるで苦痛と憎悪に嘆いているかのような力の波動に、檀は目を伏せてグリフィスに聞こえないような小さな声で呟く
「半霊命は全霊命に勝てない。現実はそういうものだと諦めて、世の中はそういうものだと自分を納得させる――そうしたい人はそうすればいいでしょう。
ですが私はそんなのは御免なんですよ。どんなに醜くとも、どれほど非道だとしても、私は頂きを目指すのです……そう、この手で天を砕き、この足で神を踏みつけてやると誓ったんですよ」
そんな檀の前で、高らかに宣言したグリフィスは、鎧に包まれたその身体で目の前に立つ麗人に勝利の確信に満ちた視線と声を向ける
「分かりますか!? この力こそが、今現在における半霊命の最高位!! ここに込められた力は王族や竜のもの。いかにあなたが七大貴族であろうと、王の力には叶わないでしょう!?」
まるで爛れるような力の波動をその身に受ける檀は、その身にとぐろを巻く龍のように羽衣を纏って優しく慈愛に満ちた笑みをグリフィス――その中で力を生みだす原動力と化した魂に向ける
「大丈夫ですよ、すぐに眠らせて差し上げますからね」
「――クス」
薄い紅に彩られ檀の花唇が刻んだ微笑は、渦を巻く羽衣に遮られてグリフィスに届く事は無かった