カーニバル・ドラゴン
舞戦祭会場が結界で閉ざされ、人間界軍が人工竜をはじめとした敵軍と戦闘に入るより少し前。
舞戦祭会場に突き刺さったオールド級戦艦から現れた髪を振り乱した獣のような少女の「殺戮ショー」という言葉に、その場にいた全員が目を向ける
『あ、あなたは一体……』
「シャラ~~ップ!! あたしの名は『ピーベリー』。これからあんた達には自分の命を賭け金にして、あたし達が仕掛ける戦争に参加してもらう
「戦争……彼女、頭壊れてるのかな?」
「会長、もう少し緊張感を持って下さい。どう見ても宣戦布告じゃないですか」
へらへらと笑いながらピーベリーと名乗った少女の言葉を聞いていたシグロを、細小が呆れながら嗜める
「画面を! また誰か出てきましたわ」
その時、画面を注視していたエカテリーナが静かに、鋭く警戒の声を発する
「下がれ、ピーベリー」
重厚な声に気付いたピーベリーが一礼してその場を譲ると、その背後から白い髭が印象的な男がその姿を現す。
外見は初老に差し掛かったほどの壮年の男。その身に威厳と威圧を纏った白い髭の男は陣羽織に似たコートをはためかせて会場とその周囲にいる人々を睥睨する
「っ、あれは……」
「誰だ?」
その姿を画面越しに見て声を詰まらせた細小の様子に、大貴が抑揚のない口調で訊ねる
「『ロジオ・虹彩』。ルドルフ・アークハートと並んで十世界を利用して全霊命との混濁者を兵器として利用しようとする馬鹿共の筆頭だよ。……一時期は派手に行動してたんだけど、ルドルフを筆頭とする勢力が台頭してきてからはめっきりおとなしくなってたと思ってたんだけど……まさかこんな事をやらかしてくれるとはね」
大貴の声にいつものように答えたシグロだが、その目にはありありと嫌悪と侮蔑の色が浮かんでいる
「聞け! 人間界の王に誑かされた愚かなる民草ども!! 我が名はロジオ・虹彩! この世界に新たな変革をもたらす者なり!!!」
そんな視線を送られているとは露知らず、ロジオ・虹彩は固く握りしめた拳を目線と同じ高さまで掲げて重厚な声で言葉を紡ぐ
「我ら人間は、九世界の一角を占めていながら、唯一の半霊命だ。諸賢らもそれに忸怩たる思いを抱いてきたはずだ!
だが、我等は力を手にする事ができる。歴史が証明しているのだ!! かつて人と全霊命の間に生まれた混濁者は、全霊命と同等の力を持っていた、と!! 何故目の前にある力を手に入れようとしないのか、諸賢らは考えた事があるか!?」
高圧的に話しているにも関わらず、どこか丁寧な言葉と抑揚の利いた口調は人の意志を集めるのに十分な力を持っている
説得しているような、命令しているような、語りかけているような、あるいは先導し、扇動しているかのような口調で話すロジオは、そこにいる全員を見渡すと、掲げた拳を勇ましく前方に突き出す
「王族は恐れているのだ! 自らの支配が終わる事を!! 己らの持つ優位性が失われる事を!!
我はここに宣言する。摂理と秩序の維持と守護などという言葉でもっともらしく自分達の権威を守ろうとする傲慢なる王族を地に落とす事を!!」
高らかに宣言するロジオに、徹底的なまでの侮蔑の感情を向けてシグロがその身を翻す
「……王位の簒奪宣言とは恐れ入ったよ。馬鹿もここに極まれりって感じだね」
「隊長?」
「行くよ、細小。あいつを駆除する」
細小の言葉に冷酷無比な口調で答えたシグロは、ゆっくりと歩を進めて控室を後にする
「……はい」
「ですわね」
その後に続いた細小とエカテリーナ、画面に映し出されたロジオを交互に見て、大貴は小さく独白する
「……ま、駆除するかはおいといて、確かにほっとく訳にはいかないな」
大きくロジオ・虹彩の姿を映し出している画面に背を向けて走り出した大貴が、通路を通って会場に足を踏み入れるのを待っていたかのように、戦艦の上で饒舌に語っていたロジオは小さく口元に笑みを刻む。
「どうやら聴衆も揃ってきたようだな。……では会場の諸賢、その目にしっかりと焼きつけるがいい!!」
会場に選手や貴族達が揃うのを待っていたかのような口ぶりで言ったロジオの言葉に応じて、会場に突き刺さった戦艦の側面が開いたかと思うと、そこから次々に何かが放出され、会場のいたるところに落下する
「……なっ!?」
それを見た百戦錬磨の猛者達も、さすがに言葉を失う
それは、少なくともそこにいる誰の知識にもない「何か」。その影形は人間に酷似しているが、人間のものではない。例えるならば人に竜を張り付けているかのような人型の竜。
しかしそれは、人間が知る「竜」の印象とは全く異なっているもの。焦点を結ばない眼と、立っているにも関わらず這いつくばって動くような気色悪い動きは、生者に喰らいつこうとする動く屍を彷彿とさせる
「何だ、これは……!?」
「アンデッド……に似てはいますが、あれらは肉体的な意味で生きていますわね。肉体中に気が正常に張り巡らされていますわ」
思わず目を見開いた大貴に、エカテリーナが説明するように言う
「……悪い、説明してくれるか?」
「御存じかも知れませんが、アンデッドとは、『情報生命体』と呼ばれる肉体を持たない意識だけの半霊命が寄生して動かす屍の総称です。
例えるなら屍という人形を動かしているようなものなのですが、アンデッドは肉体と霊の性質が違うために力の伝達がうまくいかず、あのように歪な動きになる事が多いのです」
エカテリーナの言葉の意味を掴みあぐねる大貴に、細小がかみ砕いた説明で答える
「ですが、目の前のあれは、肉体と魂の力が正常にやり取りされているにも関わらず、まるでアンデッドのような動きをしている、彼女はそう言っているのです」
「……なるほどな。助かったよ、ありがとう」
「いえ」
大貴の感謝の言葉に、細小が事も無げに応じたのとほぼ同時にロジオ・虹彩の野太く力強い言葉が響く
「初めて見るだろう!? これは、新たなるサングライル――『竜人』を生みだす過程において失敗した竜と人の力が混じった紛い物の『出来損ない』だ!! ……しかし、これは失敗ではない!! 成功――即ち、人間が全霊命と等しい存在になるための道標なのだ!!」
「竜人……まさか、そんな事に手を出してるとは、本当に見下げ果てた奴」
冷ややかな視線を送るシグロとは対照的に、熱弁をふるうロジオは、力強く勇ましい声音で会場にいる人々に堂々と宣言する
「我等は既に竜人を完成させている!」
その言葉に応じるように、天空から三つの影が飛来する。
「……っ!」
一人は血のように赤いドレスを身に纏った二十代半ば程の女性。一人は山のように巨大な身体で堂々と佇む中年ほどの男。そしてその二人の間に立っているのは、漆黒の衣を纏い、金色の髪を刈り上げた精悍な顔立ちの青年。
山のような巨躯が特徴の男以外の二人――赤いドレスの女と、金髪の男はどちらもその頭部に角を持ち、身体の一部に竜のものと思しき鱗をもっている。その姿は確かに獣人型の亜人である事を証明していた
「本当に竜人……?」
「蜥蜴系じゃなくて……?」
ざわつく会場を見回して勝ち誇ったような笑みを浮かべたロジオは、三人の竜人の一人――山のような巨躯を持つ男に視線を向ける
「……『ブランドル』。見せてやれ」
ブランドルと呼ばれた大男は、ロジオの言葉に頷く事すらせず、一歩踏み出す
「オオオオオオッ!!」
そうして会場の視線がブランドルに集まったその瞬間、その身体が一気に巨大化する
頭部からは二本の巨大な角が出現し、次いでその背から巨大な翼が出現する。瞬く間に十メートルにはなろうかという巨体に変貌したブランドルの身体を鈍い銀色の鱗が覆っていく
「……っ!」
その場にいる誰もが目を瞠る中で、変貌を遂げたブランドルは、太陽のように爛々と光る真紅の目が煌めかせる直立不動の竜と化していた
「……竜族……!」
「グオオオオオッ!!!」
巨大な竜の姿へと変貌を遂げたブランドルが、天に喰らいつくように顎を開き、重低音の咆哮を放つ
それはただの声。しかし、半霊命最強種――竜として隔絶した力を持つ竜の咆哮は、それだけで会場を軋ませ、大地を粉砕する
「ここまで、身体が膨張するのか!?」
まるで爆発に巻き込まれたかのような咆哮の衝撃を堪えながら、大貴は目を細める
大貴自身、人と獣の姿を使い分ける人獣型の亜人、「ミスリー・サングライル」と戦っている。しかしミスリーが変身した姿は、確かに獣が二本脚で直立したような姿だったが、身長そのものはそこまで変わっていなかったはずだ。
「獣化すると、身体が大きくなったり、羽が生えたりする人獣は結構いるけど……確かに、ここまで変身前と後で姿が違う事は無いね……。まあ、それが竜人だからなのか、まだ竜人そのものが不完全だからなのかは知らないけど」
大貴の質問に応えるように、シグロが言う。
普段通りに振舞っているように見えるシグロだが、その頬には一筋の汗が伝い、存在しないはずの竜人を目の当たりにした驚愕と動揺が見え隠れしている
「これだけでも分かってもらえたと思う! 時代は既に変わっている! 今のままでは人間界は永遠に九世界最弱の世界のままだ!
竜人は始まりにすぎない! 我々はこれを皮切りに、新たなる段階に昇り詰める!! そして、人は全霊命と等しい存在へ、人のあるべき姿へと戻るだろう!!」
力強く宣言したロジオは、両手を広げてまるで何かを掴み取ろうとするかのような体勢を取って会場を埋め尽くす聴衆を見回す
「さあ、我が意志に賛同する者は来たれ!! 共に戦い、我等人間をあるべき姿に戻そうではないか!!!」
ロジオの野太い声の残響が会場内にこだまし、一瞬の静寂が訪れる。
息を呑む者、言葉を失う者、周囲をうかがう者、ただ黙してロジオを見る者、様々な反応と思惑が作り出した沈黙を破ったのは、会場に立つ男の抑制の利いた静かな言葉だった
「……話はそれだけか、臆病者の演説家」
「アーロン・グランヴィア……!」
その言葉の主に視線を向けて、ロジオ・虹彩は、その目を鋭く細める
「あなたの詭弁は聞き飽きているのよ」
アーロンとロジオ、二人の間に走った張りつめた緊張感を静かな声が切り裂き、会場に漆黒の髪をなびかせた美女「エクレール・トリステーゼ」と「ミリティア・グレイサー」が降り立つ
「……!」
「エクレール様とミリティア様だ……」
大貴が視線を送る先で、一瞬でロジオから聴衆の注目を集めた舞戦祭屈指の美女達にロジオは全く動じることなく嘲るように言い放つ
「詭弁!? 貴様こそ愚かだな。そんな事だから混濁者は神の摂理に反している、などという全霊命共の言葉に踊らされる!!」
エクレールに語りかけているようで、実質この場にいる全員に言葉を向けているロジオは、勝ち誇ったような笑みで目の前に伸ばした手を固く握りしめる
「この世界を作った神が混濁者を禁じたか!? 答えは否だ!! なぜなら、世界最初の混濁者は、その神と全霊命の間に生まれたからだ!!
そう、全霊命は自らを弱くする交雑を望んでいないだけだ! 奴らにとって混濁者は、人と獣が交わって生まれる『異物』のようなもの――それ故に、その存在そのものを嫌悪しているだけだ!!
だが、私はあえて言おう。『それがどうした!?』と。全霊命にとっては忌まわしい事でも、半霊命《我々弱者》にとっては、新たなる存在への扉を開く鍵なのだ!!」
ロジオがいうこの世界を作った神とは、九世界、そして全霊命、引いてはこの世界に存在する全てを生みだした「光」と「闇」の正当なる神の事だ。
しかし、そんなロジオの言葉を聞いたエクレールは呆れたように息をついて、侮蔑を隠さない視線で戦艦の上で演説をする白い髭の男を見る
「あなたは、言われなれければ何をやってもいいとでも思っているの? 自らを律し、自ら思考し、善悪を判断する。時に自らが劣っている事や弱い事を認め、受け入れる事が重要なのよ」
確かに神が混濁者そのものを禁じたという記録は無い。それどころか、九世界の歴史を紐解けば、世界最初の混濁者はロジオの言う通り、神と全霊命の間に生まれており、元々その子個人を指す言葉だった混濁者が、後に異なる存在同士の混血児を指す言葉に変わったに過ぎない。
その混濁者が現在世界で忌まわしきものと忌避され、異なる存在同士の交雑が禁じられているのは、純血に近いほど強い全霊命にとってその能力を著しく落とす可能性がある事と、意志疎通ができても異なる存在同士で交雑する事を良しとしなかったからだ。
「仮に犬と人間の間に意志疎通ができたとして、そしてその間に恋愛感情が生まれたと仮定して、異なる種族同士の間で子供をつくる事を是とするべきか。――否」という摂理観と倫理観の元に九世界の協定でそれを禁じているのが混濁者だ。
確かに、神は「否」と明言はしていない。しかしだからと言って、何でも好きな事をやっていいかと言えば、その答えもまた「否」だろう。
「弱者とは力及ばない者。敗者とは挑んで届かなかった者。それは恥じる事でも後ろめたい事でもない。残酷な言い回しをすれば、資質と資格がないだけ。
けれどあなたのそれは弱さに立ち向かう強さではないわ。『お金が欲しいけど働きたくない、働いても欲しいだけもらえない。なら、わざわざ頑張らなくても持っている人から取ればいい』。そういう山賊理論を、綺麗な言葉でもっともらしく飾っているだけに過ぎない。…………分かるわね?」
「……」
淡々と言葉を紡いだエクレールは、ありありと侮蔑の感情の籠った視線と言葉でロジオを射抜く。
ロジオの言い分はもっともらしいが、実に傲慢で我儘だ。
例えるとすれば、強盗を犯した人間が「月百万は給料が欲しかったのに、一生懸命働いても月二十万しかもらえない。お金がもらえていたらこんな事はしなかった。悪いのは自分が欲しいだけの給料をくれなかった会社や国だ」と喚いているのと同じだ。
確かに人間は九世界の中で最も劣っている。しかし、それを理由にルールを犯していい理由にはならない。
弱者が強者に守られる権利を持っているならば、強者はルールを作る権利を持っている。本来弱者が持つ選ぶ権利とは、強者に「従って生きる」か「逆らって死ぬか」の二択。守られるべき弱者とは、強者にとって利用価値がある者だけを指す。そうでない弱者など、そもそも守る理由はおろか、生かしておく理由すらもない。
もちろん、それは極論の話だ。どこまで歩み寄るかはそれぞれの世界や国の判断だが、決して強者と弱者の力を蔑ろにしてはならない。その関係に線を引かなければ、世界は混迷を極めて内部崩壊を起こすのが目に見えているからだ
それ故に、ロジオのように人間を弱い側とみなすならば、強い側である全霊命が作ったルールを我が物顔で好き勝手していい理由など、どこにもありはしないのだ
「人は人として、あるべき姿で生きるべきだ……か」
エクレールの言葉の意図を察して呟いたロジオに、会場にいた青年「テオ・ラインヴェーゼ」が続く
「その通りです。何より、あなたの言い分は最初から破綻しています。なぜなら、半霊命と違って、全霊命は心から愛した人としか子供を作れない。
半霊命が全霊命に恋愛感情を抱いてもらえる確率は、もはやあり得ないと言っても過言ではないほどに小さいんです」
圧倒的威圧感を持って佇むロジオに怯む事無く、テオは普段通りの穏やかな口調で淡々と言葉を紡いでいく
そもそも、九世界に置いて全霊命が半霊命に恋愛関係を持つ事自体が異常な事だ。
全霊命同士――天使と悪魔などが恋愛関係に発展した事はそれなりの数があるが、特にその相手が半霊命となると、ただでさえ少ないその数が急激に少なくなる
「さらに、もし仮にあなたの言う事ができたとして、そうして生まれた全霊命と半霊命の混濁者達は、やがてこの世界の覇権を求めてこの世界を束ねるために戦争を引き起こすでしょう。その被害の大きさは……考えるまでもありませんよね?」
テオが優しく、しかし険しい表情でロジオに問いかける
より強い者が生まれれば、それが世界の覇権を握る事になる。少なくとも九世界はそういう仕組みをとっている。
そしてどんなにうまく制御しようとも、力と格で劣る人間が、全霊命と同等の力を持つ混濁者達を制御し切れるはずがない。遅かれ早かれ限界を迎え、破綻するのは分かり切っている
天使や悪魔達の王は最初から決まっていた。神から最初に生まれた最も神に近い最強の「原種」。あるいは、それに王の座を認められた者――いずれにしても全霊命と半霊命の混濁者が治めた世界は、今の全霊命達の世界ほどうまくは回らない。
なぜなら、最初から最強の力を持っている全霊命の王達と違い、ロジオの手段では、王よりも強い混濁者が次々に生まれてくる可能性がある。それが短期間に次々現れれば、世界がどれほどの混迷を極めるか想像に難くない。
そして、テオの言葉をミリティアが引き継ぐ
「何よりも、あなたが作ろうとしている混濁者は、いわば全霊命もどきに過ぎない。ごく平均的な全霊命と同じくらいの能力を持っていても、他の八つの世界を統べる最高位の全霊命には及ぶべくもない――つまり、あなたの理論で、人間は全霊命と対等になんてなれないの」
「……」
その一連の言葉に、ロジオ・虹彩は、忌々しげな表情を浮かべる。
「そういう事よ、分かったかしら? ……弁えなさい、ロジオ・虹彩。あなたは弱者ほど強い訳でも、敗者ほど勇ましい訳でもない。ただ、卑しくて浅ましいというだけ。――いい歳をして無様を晒すものではないわよ」
軽く歯を噛み締めるロジオに、エクレールが抑制の利いた声で嘲るような不敵な笑みを浮かべると、ロジオは、感情をむき出しにすることこそなかったものの、目を細めて怒りの感情が渦巻く瞳で周囲を射抜く
「言ってくれる、小童共が。……いいだろう、ならば、力づくで証明して見せてやろう。我等の力と覚悟を!! そして貴様達の死を以って、我が正義を世界に知らしめるがいい!!」
その言葉を合図として、周囲で蠢いていた無数の竜人の兵達が一斉に全方位に散る。それだけではなく戦艦の中から機械の鎧に身を包んだ兵隊達が次々に現れ、数メートルはあろうかという巨大な兵器までが次々と参戦する
「……始まりましたね」
「大貴君。こうなってくると、もうルカちゃんの身に何かがあったと考えざるを得ない。ここは僕達が何とかするからルカちゃんをお願い」
細小の言葉を受けたシグロが、今まさに戦線に踏み出そうとしていた大貴の服を掴んで引き止める
「……いいのか?」
「僕達は貴族だよ? 人間界と人々を守って戦う義務と責任がある。何よりも、ルカちゃんは君のパートナーなんだ」
得意気な笑みを浮かべて微笑んだシグロの言葉に、一瞬だけ思案した大貴だったが、会場のいたるところで吹きだした強大な気を知覚し、ここにいる戦士たちの実力を改めて思い出す。
エクレールやミリティアをはじめ、これまで戦ってきた人間界の猛者達の実力は大貴には十分わかっている。そんな戦士たちへの信頼が大貴に安心感を与え、その背を押す
「わかった。ここは頼む」
「了~解」
踵を返した大貴が振り返ると同時に、上空から一機の人型兵器が飛来する。
白銀の装甲に固められた人型の機体は、光の粒子をまき散らす翼で超音速で天空を自在に飛び回りながら、懐から長い砲身を持つ銃を取り出してその引き金を引く。
吹き出した光は、対消滅反応のエネルギー。敵の制圧ではなく殺傷や破壊を目的とする際に用いられる人間界でもっとも普及した基本武装。――その力が、天空から大貴に向かって一直線に迸る。
「……っ!」
それを知覚で把握していた大貴は、装霊機の中から取り出していた刀に気を宿し、それを迎撃しようとする。
「っ!!」
しかし、それよりも速く天空から不規則な軌道を描いて飛来した白い本体に青のラインが刻まれた花弁に似た無数の機械が飛来し、大貴の前に四方形の障壁を作り出す
「これは……」
突如目の前に出現した四方形の障壁に、刀の柄に手をかけたまま硬直した大貴の目の前で、それ以外の花弁が、天空を飛翔して上空の人型兵器を貫いて破壊する。
敵機を撃墜した機械の花弁は再び天空を飛翔してその主――細小の元へと帰り、その身体を纏った鎧に装着される。
「立ち止まらずに行ってください。」
「……ああ」
細小の言葉に頷いて走り去った大貴の背を見送りながら、乱戦に参入し、何時の間にか大貴の元へ近寄っていたバルガスが竜兵を殴り飛ばしつつ、不敵な笑みを浮かべる
「おぉ、さすが若人。天翔武装を使いこなすなんて、オジサマ感激」
「年齢を言い訳にするのは簡単ですよね」
細小が身に纏った飛翔兵器を見て、感嘆の声を漏らしたバルガスに白群色の美女の冷淡な言葉が返される。
細小の武器、天翔武装は、人間界で一般に普及する武器の中で最も近年――とはいっても、千年ほど前――に実用化された武器であり、物理兵器と魔法武装のハイブリッド兵器の総称だ。
遠隔操作系武器「操作系武装」を基本に、そこの内部に「核」として気の力を行使するための通常武器を組み込んでいる。
つまり、通常の武器を遠隔操作性と機動力に特化した独立機動型の操作系武装で持ち運ぶ事により、気をはじめとする界能による攻撃ができない、という弱点を克服した兵器だ。
その開発理念は、「気を宿した剣を操作系武装の翼で遠隔操作する」という単純なもの。気を宿した武器を全方位攻撃として利用できるという利点を持つ半面、通常の操作系武装ならば魔法動力で永続的に浮かせ続けられるところを、その攻撃の要である「武器」に気を蓄積するために一定時間ごとに身体に鎧とした纏っている気の供給ユニットに帰還させなければならないという欠点を持っている。
近代まで実用化が難しかったのは、気を注ぎこんだ武器をその供給源である人体から離して扱うための、気の蓄積技術が実用化に足るレベルに至るまでに時間を要したからであり、バルガスが年齢を引き合いにして感心してみせたのも、そういった背景によるものだ。
「……可愛くねぇ」
「何か?」
自身の代名詞でもある酒を煽りながら苦虫を噛み潰したような表情で言ったバルガスに、その言葉が聞こえているにも関わらず、あえて無機質に応えた細小に、酒豪の男はさらに顔をしかめる
「何でもないっす」
今はそんな事で言い争っている場合ではないと思ったのか、口では勝てないと思ったのかは分からないがバルガスは視線を逸らして、小さく舌打ちをする。
それと同時に、会場では波涛の力が噴き上がり、無数の敵兵を竜兵を水の刃で細切れにしたエクレールが、機能を失っていない戦闘時の音声を拾うための拡声機能を利用して号令を飛ばす
「聞こえているわね!? 選手、貴族達は手分けして観客達や戦えない人達を守りつつ敵を倒しなさい! ここにいる敵の主戦力は私達が倒すわ」
「……侮ってくれる、小娘」
エクレールの言葉に、怒りの感情をその目にありありと浮かべたロジオが装霊機から取り出した身の丈ほどの長刀を構えて、獲物を狙う獣のような鋭い目でエクレールを睨みつけた瞬間、ロジオの視界を遮るように長いコートをなびかせた人影が立ちはだかる
「っ、よもや貴様が出てくるか……ジェイド・グランヴィア!」
その姿を見止めたロジオは、武器も構えずに自身の眼前に佇む燃えるような紅蓮色の長髪を首の後ろで束ねた眉目秀麗な美青年――舞戦祭シングルバトルで頂点に立つ最強の男、「ジェイド・グランヴィア」の姿を見て戦意に満ちた目を細める
「当然だろう? さすがにこの事態を静観しているほど、俺は呑気じゃないさ」
解説の時の丁寧な口調とはうって変わり、抑制が利いた言葉でロジオを見据えたジェイドは、装霊機から白銀の刀身に金色の装飾が施された剣を取り出す
「実戦もせずに、こんな遊技場で頂点だともてはやされている貴様が、研鑽を絶やさぬ儂に勝てると思うなよ」
「ここでの戦いが遊戯と見えているなら、やはりあなたはただの愚者だ。――だからあなたはここで死ぬ」
微塵の隙も無い構えで、ただ悠然と佇むジェイドを睨み詰めたロジオは、燃え上がる炎を連想させる気を自身の長刀の刀身に巻きつかせていく
「ほざけ!!」
ジェイドの言葉に、吠えるように答えたロジオは力強く地を蹴った
※
会場で、竜兵を次々に食い殺していく巨大な狼に似た幻獣、蒼狼とそれを使役する棘。そんな二人に狙いを定め、ピーベリーが髪を振り乱しながら血にまみれたような真紅のメイスを振り上げる
「ヒャッハアアアァァァァァ!!」
狂気すら宿っているかのような声と共に、ピーベリーの気を帯びたメイスが、流星のような軌跡を描いて棘に振り下ろされる
「……っ!」
幻獣を使役して戦う調教師だからといって、棘は戦えない訳ではない。むしろその逆で、調教師には、幻獣を従えるだけの戦闘力が要求される。基本は幼体の頃から手懐けるのだが、それでも高い戦闘能力が要求されるのは変わらない。
自身が使役する蒼狼と同等以上の力を持つ棘は、反射的にその攻撃を槍で防いだが、ピーベリーの力は棘を遥かに凌いでおり、爆弾を叩きつけられたかのような破壊の衝撃に耐えきれずに防御ごとメイスの一撃で吹き飛ばされる。
「もう一丁ォオオオオオッ!!」
一撃の元に大の男を軽々と吹き飛ばしたピーベリーは、体勢を崩した棘に止めを刺すべく、再び気を纏わせたメイスを振り下ろす
しかし、あらゆる敵を粉砕するピーベリーのメイスは、標的を捕らえる事無く、何かに遮られてその力を四方に拡散させる
「……っ!!」
自身の眼前に閃光の速さで介入してメイスを受けとめた橙色の髪をなびかせる美少女を血走った眼で睨みつけたピーベリーは、怨嗟の念でも籠っているかのような声でその名を呼ぶ
「ミリティア・グレイサァァァ……!!」
「――あなたの相手は私よ」
※
乱戦状態に陥る会場の中で、四方に散った竜兵たちは会場にいる観客達にも襲いかかる。理性と知性を奪われ、その身体に刻まれた指令を忠実に守るだけの戦闘兵器であっても、並みの人間を遥かに上回る気と身体能力を持つ竜人のなりそこないの力は、十分な脅威だ
しかし、その前に立ちはだかるのは本戦第一回戦をアーロン、テオペアと行うはずだった筋骨隆々とした大男――「ギグリオ・サングライル」と、髪を短く刈り上げた少年、「ムルバード」そして漆黒の衣装に身を包んだ金髪の麗人、「エカテリーナ・フォスキアル」が立ちはだかる
「グオオオオオオオッ!!」
向かってくる竜兵の前に立ちはだかったギグリオは、「サングライル」の名の通り咆哮と共にその力を解放し、人間の姿よりも一回り大きな漆黒の体毛に覆われた狒々を思わせる人獣の姿へと変貌する。
狒々の姿へと変貌したギグリオは、気の力で強化した拳で竜兵を力任せに殴り飛ばす。ただでさえ並みはずれた膂力を持つ狒々系人獣の力がさらに爆発的に強化され、そのあまりの破壊力を受けきれずに竜兵は錐揉み状態で十メートル以上も吹き飛ばされて壁に叩きつけられる
「旦那、やる気満々だぜ」
その様子を見ていたムルバードは、その手に纏った手甲に自身の気を注ぎこみ、それを向かってくる竜兵に向かって的確に打ち込む
「まだまだぁああ!!」
ムルバードの一撃を受けて吹き飛ぶ竜兵に、間髪いれずにムルバードの連撃が叩き込まれる。獣化したギグリオのような膂力は無くとも、瞬間知覚外加速とその粗雑な振る舞いとは真逆の精密な気のコントロールによって、刹那の間に数千発を超える打撃を叩き込む
「オラアアアアアッ!!」
そして最後に叩き込まれた一撃が竜鱗ごとその身体を粉砕し、絶命させる
竜鱗の特性は、世界最硬レベルの硬度以上に物理的、霊的な力を大きく削る耐性の高さにある。半霊命最強レベルの界能によってコーティングされた竜鱗は、例え人間界の貴族であっても生半可な攻撃では傷一つつけられない程の圧倒的防御力を誇っている
できそこないであるとはいえ、竜の兵達の防御力、耐久性にはその竜鱗の防御力が反映されており、半霊命最強級と目される防御を抜くのは並大抵の事ではない
「……あらあら、随分と野蛮な戦い方ですわね」
「あ゛!?」
その様子を微笑と共に見物していたエカテリーナの背後から鎧に身を包んだ兵士が襲いかかる。
その身に纏う魔法と科学の鎧、機鎧武装によって高い戦闘能力を得た兵士がムルバードと視線を交錯されるエカテリーナの隙をついて攻撃を仕掛けてきたのだ
「あぶ……っ!」
反射的に声を上げようとしたムルバードだったが、敵の周囲にエカテリーナの手から伸びたロープのようなものが踊っているのを見て、心配は杞憂だったとその言葉を呑みこむ
エカテリーナの手に握られたそれは、ロープのような形状こそしているものの、そんな生易しい代物ではない
それは円盤状の刃が何百、何千枚と重ねられて作られた武器などという言葉にはあまりにも不釣り合いな「凶器」だ。
重ねられた円盤の刃は、エカテリーナの気によって強力なっ切断能力を獲得し、同時にそれをつなげる事でロープ状にしたそれは、操作系武装としての能力を持ち、エカテリーナの意志を受けて、超速で回転する刃の鞭となる
「……っ!」
それに気付いた敵兵が気付いた時には既に手遅れ。
超速で回転する刃がその身体に巻きついて締め上げ、機鎧武装の装甲ごと中の人間を細切れにする
「ぎゃぁああああああっ!!!!」
断末魔の悲鳴と鮮血と肉片をまき散らして、原型すらとどめないほどに砕け散る光景を斜に睥睨しながら、エカテリーナは麗しくもおぞましい笑みを浮かべる
「ふふふ……快・感」
「…………」
(こいつ、ヤベェ……!!)
その光景を見ていたギグリオとムルバードは、あまりに凄惨な光景に思わず絶句する
もしこの場に大貴がいたら、「こいつと戦うのは嫌だ」と舞戦祭が中断された事を喜ぶような不謹慎な考えを持った事だろう
「図に乗るなよ、人間どもが!!!」
その様子を見ていた巨竜――竜人の一人「ブランドル」が姿を変えた姿である竜が、その顎を大きく開き、その口腔内から視界を埋め尽くすほどの力の波動を吐き出す。それは、竜が吐き出す界能を合宿させた破壊の息吹。
半霊命最強種である竜の息吹は、全ての物理を超越し、万象を無に帰す破壊の力。この場で炸裂すれば、この会場程度ならば人工星ごと一瞬にして塵にしてしまうほどの圧倒的破壊力を誇っている
しかし、その竜の咆哮は放たれた瞬間に激流に巻き込まれ、次の瞬間には氷結し、分解されてその力を失う
「っ!!」
「……あなたの相手は私かしら?」
全てを無に帰す破壊力を持つ竜の息吹を防ぐ手段はたった一つ。それと同等以上の霊的な力によって防御、攻撃による相殺のみ
自身の放った竜の息吹を無効化した水が、ただの水ではなく竜と同等以上の界能――「気」を注ぎこまれたものだと瞬時に理解した巨竜は、この会場でこんな芸当ができるであろうたった一人の美女の言葉に、爛々と燃えるように輝く目を向ける
「竜人、ブランドルだ……いいのか? エクレール・トリステーゼ」
「……?」
ブランドルの言葉に、声は出さずとも怪訝そうに目を細めたエクレールに、並みの人間ならば対峙しただけでその力の差に絶望し、死を覚悟する竜を前にしても事も無げに佇む舞戦祭の女帝に得意気に語りかける
「ここにいるのは、確かにわが軍の主戦力だが、我らだけが竜人ではなく実力者ではない。さらに、まだ我々は戦力を全て出している訳ではないぞ」
そう言って、ブランドルは天に向かってその顎を開く
「オオオオオオオオオオッ!!!!」
巨竜の咆哮に応じるように天空に無数の門が開き、そこからブランドルと同等以上の巨躯を有した、おびただしい数の竜が群れとなって戦場の上に現れる
「……竜」
「そうだ。竜人と同様に、人の手によって生み出された竜の紛い物だ。――もっとも、その力は本物と比べてもなんら遜色は無いがな」
「なるほど……」
ブランドルの言葉に、エクレールは天空を埋め尽くす人工竜の大軍に目を細める
竜は半霊命の種族として最強を誇る存在。現在竜と化しているブランドルとエクレールが対峙できているのは、正当な半霊命ではない半霊命である人間の中で、力と才に恵まれたが故に持つ圧倒的な気の力によるものだ。
もし、人間界の世界、大貴族未満の人人間や人間以外の半霊命が竜一体と戦おうとすれば、数万を超える兵と装備が必要になる。
それだけの力を持つ竜が数十体――百体に及ぼうとする数がいるという事は、その戦力は一つの世界を瞬く間に破壊しつくすだけの戦力がここに結集している事になる。
「クク……お前たちだけで、我等の軍勢と戦力を凌ぎきれるか?」
世界すら殲滅できるほどの戦力を揃えたブランドルが、勝利を確信するのは決して間違っていない。
この状況は、蟻一匹を殺すのに、周囲一帯を絨毯爆撃するようなもの。本来ならば戦いとも呼べない虐殺になるような戦力だ。――ただし、その戦力を持ち出して来たのが人間界でなければ、だが。
「……そんな事?」
「っ!?」
人工竜の大群の出現にも、全く動じた様子も無く事も無げに応じたエクレールは、面食らって言葉を失ったブランドルに氷雪の視線を向けてから肩を竦めて魅せる
「それこそ、余計なお世話よ。人間界に戦争まがいの攻撃を仕掛けた割には、危機感が欠如しているわね」
まるでその言葉に合わせたかのように、天空を埋め尽くす人工竜の首が斬りおとされ、同時に生命の拍動を失ったその巨躯が、まるで糸の切れた人形のように力なく地面に向かって次々に落下していく
「……なっ!?」
驚愕と戦慄の感情と共に目を見開き、竜の処刑を信じ難い様子で見つめていたブランドルの意識を、エクレールの涼やかな声音が現実へと引き戻す
「――この程度の軍勢で、私達を止めようなんて御粗末にも程があるわ」
その言葉を聞きながら、竜の軍勢をたった一人で駆逐している仮面の人物を見止めて、ブランドルは竜の姿になったその身で牙を噛み締める
「ギルフォード・アークハートか……!」
「覚悟はいいかしら? 舞戦祭を貶めた罪、命を以って贖ってもらうわよ」
水によって刃を構築した剣の切っ先をブランドルの眉間に突き付けて、エクレールは絶対零度の怒りが込められた視線で銀色の巨竜を見据えた
「始まったわね」
「ああ」
その様子を見ていた赤いドレスの女、黒い衣の男の二人の竜人が静かに言葉を交わす
戦況は優位とは言い難い。むしろ、舞戦祭本戦の真っただ中であった事もあって、実力者もかなりの数が残っている分、押され気味と言った方が正確だろう
「随分と余裕だな」
にもかかわらず、二人の竜人は全く動じた様子も見せずに、戦場を観察していた竜人二人の前に三人の男が立ちはだかる
「…………」
そこに現れた三人を見て、悠然と佇んでいた金色の髪の男は、剣呑に目を細める
二人の前に現れた三人の男――身の丈にも及ぶであろう大剣を携えた男、アーロン・グランヴィア。赤と青の双剣を携えた灰色の髪の青年、テオ・ラインヴェーゼ。そして雪色の髪をなびかせる少年、シグロ・虹彩。
――七大貴族の名を冠する二人と、タッグバトルの頂点である青年を前に、二人の竜人はそれぞれ臨戦態勢に入る
「お前は、あっちの女をやれ。こっちは俺がやる」
「……了~解」
目の前の二人から目を逸らす事無く言ったアーロンの言葉に、シグロは静かに頷く
気の強さを知覚すれば、金髪の男の方が赤いドレスの女よりもはるかに強いのは一目瞭然。それをあえて引き受けるというのは、よく見れば強者の義務や責任だが、強い相手と戦いたいと思う人物からすれば獲物を取られたという感覚になる。
アーロンがどういう意図で金髪の男を引き受けたのか、あるいはシグロがアーロンの言葉を肯定したのかは本人たちのみが知るところだ
「……さて、と」
血のように赤いドレスを纏った竜人の女性を前にして、雪色の髪の少年――シグロが満面の笑みを浮かべて
「とりあえず自己紹介をしようか? 僕は人間界七大貴族の一人、シグロ・虹彩っていいます」
「……ヘルミナ」
「ヘルミナちゃんかぁ……」
ヘルミナと名乗った竜人の女性と対峙するシグロは、普段通りの笑みを浮かべてその手にダーツの矢に形状の似た投剣を出現させる
「お別れのあいさつが済んだ所で、早速始めようか」
「……せっかちなのね」
手の中で投剣を弄ぶシグロの言葉に、ヘルミナは妖艶な色香に満ちた視線を雪色の髪の少年に向けて微笑む
「……テオ、気を抜くなよ」
「うん」
今まさにシグロとヘルミナの戦いが始まろうとしている傍らで、アーロンの言葉に小さく頷いてみせたテオは、感覚共化を発動しつつ大剣を携えたパートナーから一歩下がる
テオは舞戦祭で無敗を誇っているが、それはあくまでもサポート役としての能力の高さに由来するもの。
直接的な戦闘力そのものが決して優れている訳ではないテオが安全のための距離を取ったのを確認していたアーロンに、青竜刀を思わせる剣を構えた金髪の竜人が抑揚のない口調で話しかける
「……竜人の長。『ヴォルガード』だ」
「アーロン・グランヴィアだ」
自分から律儀に名乗ったヴォルガードに、一瞬目を見開いたアーロンだったが、すぐにその言葉に名乗り返す。
封じられていたはずの禁忌の技術によって生まれた竜人と、竜人の失敗作の兵士、そして人工の竜の群れ。王都の上空に浮かぶ人工の星で繰り広げられたこの戦いは、あらゆる意味において歴史に刻まれる戦いとなり、そしてこれより始まる悲劇によって人間界の歴史にこう書き記される事になる
――『竜人戦宴』と。