全霊命(ファースト)
薫に呼ばれてリビングに戻ると、テーブルの上にはごく平凡な家庭料理が並べられていた
だが、四人家族の分にしては明らかに多いその分量と、用意された二つの席が、この食卓に天使と悪魔を招くことを前提としていることを雄弁に物語っていた
「ごめんなさいね。こんなものしか用意できなくて」
「いえ。わざわざ僕たちの分までありがとうございます」
悪魔という名称と、そこから受ける印象からはかけ離れているように思える丁寧な言葉遣いで薫に頭を下げた神魔と、天使であるクロスは薫にすすめられるまま用意されたテーブルに座る
「そういえば、普通に用意しちゃったけど悪魔や天使って何を食べるの?」
二人が席に着くのを見届けた薫は、ふと思いついて薫は神魔とクロスに問いかける
つい何も考えずに二人に普通の家庭料理を出してしまったが、もしかしたら天使や悪魔が食べる物はこちらの人間とは違うのかもしれないと今さらながらに気付いてのことだった
「大丈夫ですよ。僕達は食べ物なら何でも食べられますから」
その質問にさらりと返した神魔の言葉に薫は胸を撫で下ろす
「そうなの? よかった」
「九世界では普段どんなものを食べているんだい?」
箸も問題なく使いこなして食事をする神魔とクロスに、待ちきれないかのように一義が目を輝かせて話しかける
その目には、この世界とは違う世界に暮らす存在や、その生活への興味や好奇心がありありと浮かんでいた
「それぞれの世界にいる生き物とか、たまに他の世界から入ってくる物とか色々ですね。全然食べない人もいますけど」
「え? 食べない人がいるんですか?」
神魔の言葉に詩織が目を丸くする。それは界道家の他の面々も同じようで、一斉にその視線が神魔とクロスに向けられる
「半霊命であるあなた方から見れば不思議でしょうけど、僕達全霊命は基本的にエネルギーが無限で無尽蔵なので、食事も睡眠も必ずしも必要ではないんです。
だから食事や睡眠といった行為は、僕達にとっては娯楽といった認識の方が正確ですね」
「じゃあ、食べなくても寝なくてもいいの?」
「はい」
(う、羨ましい……それなら家計がどれだけ浮くか……)
食事をしなくてもいいという事実を聞いた薫が、頭の中で食費と献立を考えて家計に想いを馳せたのは主婦の性というものだろう
「ところでさっきのネクストとかファーストとかって何のことなんだ?」
大貴の脳裏には紅蓮の言葉が思い出されていた
《並みの半霊命なら死んでいてもおかしくないんだがな》
紅蓮の気配に押し潰され、意識が朦朧としていたために自分の記憶を疑っていたが、神魔の言葉でその言葉が靄が晴れたように脳裏に甦ってくる
「九世界の存在の体系だ」
そう言って、クロスはその手に純白の光の炎を灯す
「天使なら光力。悪魔なら魔力。この力は物理を超越した力。――あなた達に分かりやすい表現を取れば霊的な力、魂や存在とでも言えばいいかな」
手に灯した純白の炎を消したクロスの言葉に、詩織、大貴、一義、薫の四人はそれぞれに思案気な表情を浮かべる
「霊的な力……」
「これはこの世に存在する全てに宿る力です。あなた方はもちろん、道端の石などにも力の格の違いや大小はあれど、必ず宿っているものです
それで、この『力』によって存在を百%構成されている存在を『全霊命』。物理的な肉体を介してこの力を行使する存在を『半霊命』と呼びます」
全霊命と半霊命につい説明したクロスの言葉を受け、神魔はそれをもう少しだけ補足する
「この力はかなりの『格』を持っていない限り、この力だけで天使や悪魔のように、肉体として存在を構築する事が出来ません。通常は物質の身体を介して存在、魂から顕現するこの力を行使しています
命や心といったものもこの『力』の一つで、意識していようがいまいが、どの存在も生きているだけでこの力を行使できます」
「……我々がいう所の『気』のようなものか」
「そうだな。人間の使う『力』を『気』と呼ぶし、そういう認識でいいと思う」
霊的な力などと言われても今一つ判然としないが、漠然とした知識でそれに該当する事柄を見つけ出した一義に、クロスは一つ頷いて応じる
「つまり全霊命はその霊的な力によって身体や存在の全てが作られ、半霊命は物質の身体でその力を使うという事でいいかな?」
「ええ、その通りです」
これまでの話を総合して自分なりの解釈を述べた一義に、神魔は肯定の意味を込めて頷く
「けど、その全霊命と半霊命は見た目はあんまり違わないのね」
その話を聞いていた薫は、感心したように呟いて神魔とクロスを交互に見る
「そうですね。翼とか角とか多少の差異はありますが、全霊命の見た目は、基本的にこんな感じですよ。例外もありますけど」
「たださっきも言ったように、自身の『力』そのもので存在が構築されている俺達全霊命は『食事』や『睡眠』は娯楽程度で涙を流したり、気絶したり、排泄したりはしないって感じだな」
神魔の言葉にクロスが続く
何もしなくても無限かつ無尽蔵に供給される存在の力によって存在し続ける全霊命にとって、消化器など無用の代物。摂取した食物は完全にエネルギーに変換する事が出来る。
また気絶とは存在の弱い半霊命の自己防衛機能。存在そのものが強者であり、勝者である全霊命は気絶もしないという事になる。
「まぁ、涙が流せないのは、身体から出た時点で力そのものに変質してその形状を維持できないだけなんですけどね。
涙が流せなくてもちゃんと感情はありますし、食事しなくてもいいとはいえ、ちゃんと料理の味は分かりますし、寝なくてもいいとはいっても、布団の気持ちよさも分かりますから」
「なんていうか……ものすごく無意味にハイスペックなんですね」
「そうですね」
唖然としながら言う詩織に、神魔は苦笑交じりに応じる。
半霊命というのは往々にして必要な能力だけを持っている。進化の過程で必要とされる能力に特化して進化し、生存競争を生き抜いてきた。そのため不要な能力や必要以上の力を持っていないことは少なくない
しかし全霊命がこの世で恐れるモノは同じ全霊命のみ。限り無く最強で無敵に近く、この世で最も格の高い存在である全霊命は、それゆえか必要以上に不必要な身体スペックを持ち合わせているのだ。
〈何だか、すごくデタラメな存在って事は分かったわ〉
神魔の言葉に内心で納得し、興味と好奇心に満ちた視線を二人に向けて薫はふと呟く
「……ちょっと、触ってみてもいい?」
「私もいいかな?」
その視線の先にはクロスの純白の翼があった。天使という種族の証である柔らかそうなその純白の翼の触感への興味を覗かせる薫に、一義も鼻息を荒くしてやや興奮気味に言う
「……あ、あぁ」
クロスが苦笑しながら言うと二人は席を立ち、クロスの純白の翼にそっと手を這わせる
「もふもふしてる……それにシルクみたいな……すごく気持いい」
「おぉっ!! 何とこれは……」
極上のシルクをも凌ぐ肌触りとその羽の柔らな触感のもたらすあまりの感動に、二人が声にならない声を上げるのを見て詩織もそっと立ち上がる
「本当だ、すごく気持ちいい」
うっとりとして翼に触れる三人の姿を冷めた目で見る大貴と、笑いをかみ殺している神魔にクロスはややうらめしそうに視線を送る
「ついでにこっちも」
そう言って一義はまるで子供のように神魔とクロスの手を握る
「……?」
「翼にも肌にも体温らしきほんのりとした温もりがある。半霊命とさほどの違いは感じられないが……」
身体の全てが「霊」の「力」によって構築されているという全霊命の身体は触れる限りでは人間とさほどの差を感じない。せいぜい生まれたての赤ちゃんと同等以上の肌触りがある程度だ
「見た目にはそれほど違いませんよ?」
「……その様だ」
神魔の言葉に感心して頷く一義に代わって二人の手を取った薫は思わず目を瞠る
「すごい! 神魔達のお肌スベスベでつるつる!!」
「えぇっ!?」
薫の言葉に詩織が即座に反応する
(それ、今大事な事か?)
内心で呆れながら無言で視線を向ける大貴の前で、薫と並んで神魔とクロスの手の感触を確かめ、穴が開くかと思われるほど凝視した詩織は感動しつつもがっくりと肩を落とす
「本当だ」
(私よりずっと綺麗な肌してる……なんか複雑かも)
二人の肌は産毛の一つすらなく、まるで陶器のようにスベスベでありながら、絹のような極上の肌触りを持っている
「彼等全霊命の身体は霊的な身体。言ってしまえば質感と肌触りを併せ持った絵のようなもの。ということか」
冷静な分析をした一義が納得したように頷く傍らで詩織と薫の母娘は別の衝撃を受けていた
(なんて羨ましい……!)
「確かにそういう認識で間違ってはいませんが、こういう肌とか九世界では割と普通ですよ? 人間界の人間もそうですし……むしろゆりかごの中の人間が九世界の普通とは違っているんです」
羨望と嫉妬に彩られた表情を見せる詩織と薫の母娘に、神魔は苦笑しながら言葉を続ける
「さっきも言いましたが、全霊命や九世界の人間は、神の写し身。ゆりかごの人間はそれとは異なる『生物の進化』という形で生まれた存在ですから
「なるほど! そういう事か」
神魔の言葉に一義が感嘆の息を漏らす
神から生まれた存在である全霊命や九世界の人間はそのまま「神の写し身」ともいえる存在。
しかしゆりかごの人間はそれとは異なり、「猿から進化」した――言い換えれば、「人間に似た猿」でしかないという事になる
「いかんな。どうしても、人間として常識が先に立ってしまっている」
結果的に見た目は似ていても、細かな部分や根源的な部分で理解と認識に大きな差異が生じている――それを理解した一義は腕を組んで低い声で唸る
その様子を一瞥する大貴は、神妙な面持ちを浮かべて父の言葉を深刻に受けとめる
「俺達の常識は、九世界じゃ非常識って事か……」
「僕達もあなた達も、誰だって自分の主観で世界を見て勝手に世界を計る。常識なんて言ってしまえば主観や思い込み、決め付けみたいなものですから。
九世界を知らないあなた達が、自分達の主観で世界の常識を決めるのは仕方のない事です」
神魔の言葉に一義は納得したように頷く
「確かに我々の常識は自分達の中でだけで通用するものだ。例えば我々の常識は、きっと宇宙人には通じないだろう――もしかしたら異なる世界を知るということは、自分達の常識を失う事なのかもしれない」
その言葉に一瞬の静寂が界道家の食卓を包む。
人類はこの星で良くも悪くも文明を持った唯一の知的生命体。だからこそ世界を自分達の常識で塗り固める事が出来ていた
しかし、この宇宙が本当の世界から干渉されないほど見放されている世界だと知ったら?
高等な生物を自負していた人類が実は真の世界の中ではあまりに取るに足らない下等な存在だと知ったら?
今まで信じていたものが自分達の勝手な思い込みに過ぎないと気付いてしまったら?
「もし、それをこの世界の人が知ったら全霊命であるあなた達九世界の人とは仲良く出来ないでしょうね」
薫が静かに呟きそれに一義が続く
「昔から地球の人類は、自分達こそが最も優れた生物だという考えで今まで生きてきた。もしそれを知っていれば……
いや、あるいはだからこそ九世界の全霊命は、この世界の半霊命を見捨てたのかもしれない……」
神魔とクロスは言っていた。「人間界の人間はかつてゆりかごの世界の人間と共存を求めたが、何かの理由でそれを断念した」と
もしそれが、人類が九世界から見れば決して優れていないはずの自分達の存在を驕り、自らの分をわきまえなかった為だとしたら
「違いますよ」
一義の言葉を遮ってクロスがはっきりと言い放つ
「確かに力の差は歴然としてますが全霊命は半霊命を見下してはいません。何しろこの世界の存在は、九十九%が半霊命で、全霊命はほんの一握りですから」
クロスの言葉に続いた神魔の言葉に界道家の全員が目を丸くする
「そうなのかい?」
クロスは小さく頷く
「ええ。『神から最初に生まれた存在』という意味で『全霊命』。それに『次いで生まれた存在』と言う意味で『半霊命』
全霊命は、この世界で神から直接生み出された存在の事で、確かに九世界最強の存在ではありますすが、数そのものはそれほど存在しませんから」
クロスの言葉に神魔が続く
「九世界の中枢をなす九つの世界でいえば、人間界を除く八つの世界を支配する種族と、あとほんの一部だけが全霊命です。他の種族も絶対数はかなり少ないので全霊命の大半はその八つの種族に限られます」
「その話、変じゃないか?」
その言葉を聞いた大貴が不意に口を開く
(え!? 何が……?)
しかし、大貴の問いの意味を理解できない詩織は内心で首を傾げる
「九世界の人間は『光魔神』という神から生まれたと言ったのに、九世界の人間が全霊命じゃないから……かな?」
「あ、あぁ……」
質問の内容を先に言い当てた神魔の言葉にわずかに驚愕の表情を浮かべながら大貴が頷くと、それに気付いた一義が顎に手を当てて思案するような表情を見せる
「確かに、おかしいな」
(だから、何が?)
未だに大貴と神魔達の会話の意味を理解できない詩織は、内心でさらに首を傾げるが、それを質問する事が出来ずに、ただ会話に耳を傾ける
「つまり、九世界の人間は、全霊命じゃないってことだよな」
「ああ」
大貴の言葉にクロスが頷く
「だから人間は九世界の中でもっとも異端な種族なんです。……何しろこの世界で人間だけが唯一全霊命として生み出されるはずだった半霊命なんですから」
「!? どういう……?」
神魔の言葉に、界道家一同の脳裏にクロスの言葉が甦る
《八つの世界に、最も異端な存在である人間の支配する世界を加えた九つの世界を総称して九世界と呼ぶ》
「つまり人間っていうのは、元々全霊命として生み出されるはずだったんだが、ある事情で半霊命としてしか存在できなかったんだ」
「……ある事情?」
首をかしげる大貴に、神魔が話を続ける
「さっき見せた僕達の『力』……『光力』は『光』の力。悪魔の『魔力』は『闇』の力。物質と違って霊質は、対極にある力と反発しあう特性を持っていて、九世界ではその方が常識的な認識です」
神魔は静かに話し始める
霊と物質は全く異なる「力」。そのため特性や性質も物質とは全く異なっている
「つまり、磁石なら『N極』と『S極』の様な対極にある力が引き合うのは実は物質だけの特性で、霊はそういった対極の力を拒絶する性質を持つ。
故に『光』か『闇』のどちらかしか力を持てない。――しかし『光魔神』だけが九世界で唯一の例外。この神は九世界で唯一の光と闇の力を同時に持つ神。必然的にその神が生み出した人間も光と闇の力を同時に持っている」
クロスの言葉に神魔が続く
「九世界では光と闇の力は同時に使えないのが常識です。現に九世界の九つの世界でも、人間界を除いた八つの世界は半分が光の世界、半分が闇の世界と完全に分かれています」
神魔の言葉にクロスがさらに話を続ける
「光魔神も最初は人間を『光と闇の力を持つ全霊命』として生み出すつもりだったらしい。
しかしその性質は光魔神だけのもの。いかにその被造物である人間でも光と闇の力の反発によって存在を維持できなかった。
そこで光魔神は、人間の存在を光と闇の両質を内包できる物質で構成された半霊命にまで劣化させる事で、人間をこの世界に生み出した」
クロスの言葉に、大貴が口元に手を当てて頷く
「なるほど……光と闇の相反する力を同時に持っているから全霊命になれずに、半霊命としてこの世界に生み出された。それが、九世界の人間が『異端』って呼ばれている理由って訳か」
「そうです」
大貴の言葉に神魔が頷くと、それにクロスが続く
「ああ。人間は九世界において、光と闇の調和を表す象徴的な存在。だからこそ、その『異端』さが九世界の一端を担う理由なんだ」
光と闇の力を同時に併せ持つ「人間」は、最も異端な種族でありながら「光と闇の調和」の象徴。
故に「力」においては他の八つの種族に遠く及ばない半霊命でありながら、「世界の中枢」たる「九世界」の一角を任せられている
「光と闇、それぞれ四種族ずつの全霊命が、光と闇を象徴し、人間が光と闇の調和を象徴することで、九世界という世界の在り方を表しています」
「なるほど、大体分かったよ」
「そう?よかった」
「うむ……やはり、人間の知らない事は多いものだ。な? 詩織」
「え!? あ、ぅん。そう、だね……」
突然話をふられた詩織は、それに呆然としながら頷く
(あんまり理解できなかった……何で、父さんも大貴も、あの話についていけるの?)
クロスの翼の感触を楽しんでいた詩織は、一義の言葉に分かっているかのように言いながらも、内容の半分ほどしか理解できずに頭を悩ませる
その所為か、ふと力のこもった手がクロスの純白の翼から透き通るように美しい白い羽を抜き取ってしまう
「あ。ご、ごめんなさい」
思わず抜いてしまった白い羽を手に、詩織は深々とクロスに頭を下げる
「気にすることじゃない。天使の羽は結構簡単に抜けるんだ。それに一枚くらい抜けたうちには入らない」
「でも……」
その時、申し訳なさそうに言う詩織の手に握られた新雪よりも白い羽が、光の粒子となって詩織の手の中から消滅して消える
「っ! 羽が、消えた……!?」
驚愕に目を見開く詩織と他の面々に神魔が口を開く
「あぁ、それはクロスの身体が力に戻っただけですよ」
「どういう事ですか?」
その言葉に首をかしげる詩織に、神魔は話を続ける
「全霊命の身体は『力』そのもの。その『力』は、僕達の『魂』や『存在』から生み出され、それによって僕達の心体は具現化され、維持されています。
だから僕達全霊命の体組織は、身体から離れた瞬間にその概念を失い、力に戻ってしまうんです。」
「?」
「詩織さんと大貴君はクロスが怪我して血を出すのを見てたでしょ? あれは身体の外に出た『血』が、その『概念』を失って『力』に戻ったんだよ」
「そういえば……」
「え? え? ……どういう事?」
「つまり、全霊命の身体は、自分の本体から離れると消滅するって事だ」
神魔の言葉に頷く大貴と、首をかしげる詩織にクロスが続ける
紅蓮との戦いで傷を負ったクロスの傷口から出た血は、まるで赤い炎か煙のように傷口から立ち昇っていた。
あれは血が身体の外に出て「血」という概念を失ったため、元々それを構築している「力」に戻る事で、まるで赤い炎か煙が立ち昇っているように見えたのだ
「まあつまり、あれは俺たちの生理現象みたいなものだから、気にするなって事だ」
「……はい」
クロスの言葉に、詩織は小さく頷く
「何だって!!! そうか、それで……」
突然の一義の言葉に、その場にいた神魔とクロスを含めた全員が目を見開く
「昔から『天使は火から作られた』という神話の伝承があった! ……つまり、そうやって傷口から血が炎か煙のように立ち昇る様を見てその身体が炎で出来ていると錯覚したのか……!?
いや、『炎』とはそもそも全霊命を形作る霊的な力の事なのか? そうだとすれば、同じように人間を作った『土くれ』とは物質の事という事に……まさか、まさかこれが神話の真の姿なのか!?」
「……また始まったわね」
呆れて溜息をつく薫の言葉に、大貴と詩織が同意を示して無言で頷く
「かつてゆりかごの世界にやってきたという人間がこの世界で伝えた九世界の事実がその様に解釈されてこの世界に残った……もしや世界のいたるところに存在するというOパーツもその時の知識から生み出された遺産だったのか!? フフ……フフフ……」
「……?」
何やら歓喜して独り言を呟く一義に、冷ややかな視線を送って薫は大貴と詩織に声をかける
「さ、早くご飯食べちゃいなさい。神魔さんとクロスさんに迷惑かけちゃ悪いから」
「はーい」
その言葉にクロスの翼から離れて薫と詩織は自分の席に戻って食事を始める
「二人もあの人の事はあまり気にしなくていいから」
「はぁ……」
不気味な笑いを浮かべる一義に視線を向けた薫は、神魔とクロスを見て微笑んだ
「私は今、世界の真実に触れている!!!!」
その歓喜に満ちた叫び声は、本人の昂りとは裏腹に虚しく夜の闇の中に吸い込まれていった