歪なる戦宴
「……やはり来ましたか」
突如天空から出現した巨大な円錐形の戦艦が舞戦祭会場に突き刺さったのをテレビの画面と窓越し見て、ヒナは座っていた席を立つ
「予想以上に早かったですね。襲うとすれば、強者が戦闘で疲弊し、敗退者が既に会場を去った決勝終了後だと思っていたのですが」
「そうですね。ですが、既に手は打ってあります。……『ミネルヴァ』」
リッヒを一瞥したヒナの言葉に応じて、その前方の空間に画面が展開される。
その画面に映っているのは、腰にまで届くほど長い紺碧色の髪をなびかせ、純白のドレスを纏った人形のように整った容姿を持つ美女。
「Yes。お呼びですか、ヒナ様」
ヒナにミネルヴァと呼ばれた紺碧色の髪の美女は、まるで清流の流れのように澄んだ透明感のある声音で無機質な言葉を紡ぐ
ミネルヴァは、人間界城に仕える魔道人形達のリーダー格の一人。魔道人形の中でも最高レベルの性能を持ち、人間界城の中枢システムや、動力炉、重要機関の管理と守護、制御を任されており、人間界王の補佐も務める優秀な能力を持っている。
その証拠に、画面越しに映っているミネルヴァがいる場所が人間界王の執務室である事はヒナ達には一目瞭然だ。
「敵の戦力の確認を」
「Yes」
ヒナの言葉に簡潔に応じたミネルヴァは、あらゆる角度、倍率で天空に浮かぶ舞戦祭会場である人工星を映し出した無数の画面を展開する。
「舞戦祭会場には、オールド級戦艦が一隻。それと同時に複数の強い気を感知いたしましたが、現在は後天的に展開された妨害結界により、内側の正確な戦力を把握する事はできません」
複数の画面に映し出された舞戦祭会場のある人工星と、そこに突き刺さった戦艦の様子を映し出す画面を次々に表示し、ミネルヴァは機械的な声で無機質な説明を続ける
ミネルヴァが見せている空間映像は、当時のものを撮影した記録映像。現在、舞戦祭会場は、人工星を覆い尽くすように展開された暗黒色の結界によって、視覚的、情報的に隔離されてしまっており、外からその様子をうかがう事が出来ない
その様子は、まるで青々とした天空に漆黒の太陽が浮かんでいるかのよう。それは視覚的に不気味さを演出し、同時に人の不安を煽る暗黒の球体として天上に鎮座している。
「尚、会場を封鎖した黒色の結界は、空間結界と思われ、敵勢力は硬度な時空干渉系の能力者、あるいは技術を保持しているものと思われます」
ミネルヴァが淡々と言葉を紡ぐ。
空間結界とは、空間隔離の傍系に当たる高等技術。
一定領域を包み込んだ結界上の空間を歪ませる事で、曲げる事空間上の影響を著しく妨害する力を持った特殊な結界だ。
つまり、空間を一枚の紙に例えると、そこに鉛筆で一本の直線を引けば真っ直ぐな線を引く事が出来る。しかし、空間を歪曲させる事により、直線を引いたはずの線がその結界部分で大きくその軌道を変えられてしまう事になる。
情報とは直線――対象から直接獲得しなければならない。この結界に包まれると内側から外側、外側から内側への情報のやり取りが、歪んだ結界によって歪にその方向性や趣向性を捻じ曲げられ、正常なやり取りができなくなってしまう
天空に漆黒の球体が浮かんでいるように見えるのも、本来通過するはずの光が、歪んだ空間によって妨害され、その部分の視覚情報を遮ってしまうからだ。
「最初に会場に突撃したオールド級の戦艦をこちらに呼び出せたのも、その力があってこそでしょうね。あれほど広範囲の時空結界を展開できるのなら、あのサイズの戦艦を一隻隠すくらい造作も無いでしょうから」
ミネルヴァの言葉に、リッヒが補足を加える。
人間界城は、王都を常にレーダーのような観測技術によって監視し、危険な物が接近していないかを探索している。
人間界で広く普及する魔法を用いた「永久動力炉」の反応、人間に限らずあらゆる半霊命が持つ界能を感知する知覚領域をすり抜けるためには、その領域内で完全に対象――この場合は戦艦――を通過させる必要がある。
そのためには、通過させる対象を「この空間に存在しながらも存在していない」という相反した条件を満たす存在として通過させる必要がある。それを可能とする抜け道こそが空間歪曲による存在の完全隠匿であり、現在この手段で通過してくる存在を見つけられるのは時空間に及ぶ知覚能力を持つ全霊命だけだ。
リッヒの言葉に、ヒナと画面と挟んで人間界王、フェイア、ミネルヴァが同意を示す。
「っ、お待ちください時空間に多数の高エネルギー反応を感知いたしました。『空間転移』来ます」
その時、その会話の最中にあって周囲への警戒を続けているミネルヴァが、鋭い警告を発する。
「……!」
ミネルヴァが言い終わるのとほぼ同時、天空に浮かんだ漆黒の太陽の周辺の時空が歪められて無数の穴のような「門」が形成され、そこから無数の戦艦がまるで大小さまざまな鯨の群れのようにその姿を現す
「……ジーナス級戦艦十、ファミリア級戦艦四、クラーシス級戦艦一!!」
「随分と仰々しい装備を揃えてきましたね。……世界でも焼き払う気でしょうか」
ミネルヴァの戦力分析の声を聞いたリッヒが剣呑に目を細める
戦艦に限らず人間界の乗り物は、その大きさ、搭乗可能人数、性能、動力炉出力によって、上から順に「ドメイン」、「レグナム」、「フィーラム」、「クラーシス」、「オールド」、「ファミリア」、「ジーナス」、「スピーチェス」の八種類に分類されている。
例えば収容人数ならば最小規格の「スピーチェス」は、搭乗人物十人未満程。以降段階が上がるほどに搭乗人物の人数が一桁ずつ上がっていき、最大規格の「ドメイン級」ともなればその収容人数は一千万人以上。人間界にもその数は極めて少なく、人間界旗艦「アルヴィレスタ」や、世界最強の戦艦「ゼニスレギア」が代表に挙げられる。
その中で四番目の規格であるクラーシス級に分類される戦艦は、一万から十万人程度の人数を収容できる超巨大戦艦であり、その全長は数十キローメトルにも及ぶ。
さらに脅威なのはその大きさだけではない。一般的にクラーシス級戦艦一隻の戦闘力はそれだけで人間界を除く大半の半霊命達の世界一つの全軍事力に匹敵するほどだ。
「戦艦より出撃する機影を多数確認。……『霊気同調機構』の反応と共に、生体反応は確認できず……『操動人形』と思われます」
その時、ミネルヴァが続けて取得した情報を述べると、出現した無数の戦艦から飛び立つ無数の機影が拡大され、金属で形作られた二十メートルほどにもなる人型の機動兵器が映し出される。
白銀の機体に天を切り裂く鋼の翼。戦艦から飛び立ったおびただしい数の機体が天空にその軌跡を描き、無数の流星群の乱舞の如き幻想的な光景を作り出す。
その光を生み出している鋼の巨機兵――操動人形とは、人間の思念と機体の機能を共化させる事で、機体に乗る事なく離れた位置から無線で自分の体のように操る事が出来る人型の操作系武装系兵装の総称で、主に貴族のように強大な力を持たない人間が用いる事が多い
「現在の数は三千二百六十四体。おそらく、周囲の戦艦内に操縦者がいると思われます。同時に、大型の自動人形を確認いたしました。数は約五千」
さらにたたみかけるようにミネルヴァが敵勢力が持ち出した戦力の数々が告げられていく
先に出現した無数の戦艦と多数の操動人形、そして自我というほど明確ではないが、現状を判断し行動する自立思考能力を持った自動人形が暗黒の太陽と化した舞戦祭会場の周囲を取り囲むように飛翔し、その圧倒的な戦力を見せつける。
「……クーデターやテロリズムにしては規模が大きいですね。戦争と表現した方が適切でしょうか」
「ですが、一体何の目的で……」
しかし、その天空を埋め尽くした軍勢に全く動じた様子もなくヒナとリッヒが言葉を交わす
現在天空を埋め尽くしている軍勢の戦力は、ゆりかごの世界の一つや二つ程度なら一昼夜で焦土と化してしまえるほどの戦力を有し、この人間界でも一つや二つの都市や、数光年程度の大地なら瞬く間にこの世界から消し去ってしまえるほどの力を持っている。
並みの人間から戦々恐々となって逃げ惑うほどの軍事力を前にしても動じる事のないヒナ達は、動じずとも急いで冷静に事態の完全な把握と鎮圧を図るべく動き出す。
「考えても仕方がありません。それは本人達に確認すれば済む事です。軍の出撃準備はできていますね!? 直ちに……」
「ヒナ様!」
その時、さらに追い打ちをかけるようにミネルヴァから鋭い警告が発せられる。
「……あれは、まさか」
その声にミネルヴァが展開している画面に映し出されたモノを見たヒナ達の表情にこれまでには無かった驚愕と動揺が浮かぶ
「竜族!?」
そこに映っていたのは、数十メートルから数百メートルの巨大を持ち、それを巨大な翼で宙に浮かせている存在。
巨大な角と鎧のような外皮を持ち、人間のように神から作られたのではなく、世界によって生み出された本当の意味での半霊命の中で、最も「世界」の界能――元素の寵愛を受けた種族。
稀に生まれる異常な力を持った個体特異体を除いて最強の存在。そして全ての半霊命の頂点に立つ生命体として世界にその名を知られている。
「……No。あれは竜族ではありますが、純粋な竜ではありません。恐らくは生体兵器です」
さすがに驚愕を隠せずにいる王族たちの言葉を、戦況を最も早く正確に把握できるミネルヴァが冷静に遮る
「……クローン体という事か?」
「No。あれは複製体ではありません。確かにその身体を構築する遺伝構造は同一ですが、同時に個体霊子波長の合致を感知しました。――『霊格創造体』であると推測します」
訝しむように問いかけたゼルの言葉を、ミネルヴァは静かに否定する
「あなた」
「ああ、やはり竜人は存在するらしい……!」
ミネルヴァの言葉にわずかに目を瞠ったフェイアの言葉に応じたゼルは、剣呑な光を宿した視線で画面に映し出された竜の大軍を睨みつける
「複製体は、素体となった生物と同じものなのか」……その質問の答えは「否」だ。
クローンとは、細胞内に内包された遺伝構造体の情報を培養して生み出されるもの。
確かに、クローン技術によって生み出された個体は元の素体となった存在と同一の遺伝構造――即ち体構造を保有している。
しかし、身体の設計図が同じでもクローン体と素体には決定的な違いが存在する――それが「霊」の力、即ち界能だ。
生命を構成し、存在を決定づける根源原因である界能は、存在一つにつき一通りしかあり得ない。つまり、同一の界能を持った存在はこの世に存在しえない、というのがこの世界の理だ。
例え同一の遺伝子を持つ個体でもこの例に漏れる事は無く、クローン体は全ての霊格が異なっており、仮に王族の細胞を培養してクローンを作っても、その中で素体と同等の霊の力を持って誕生する個体は限りなく皆無に近くなる。
存在を生みだすのは、男女の霊の力による霊格共鳴。即ち、性的な接触による生命の根幹レベルでの霊の力のやり取りによって交わった両親の霊格反応が決定づけている。クローンではその過程を経ないために、霊格が高ければ高いほど能力が劣化する傾向にある。
母体を超える霊格と存在の精製場所は理論上あり得ないため、その過程を空間中に満ちている「世界」の界能――元素の力で代用する事で劣化する存在を補完するのが一般的な手法だ。
こうして霊格を人工的に操作されて生み出された個体を「霊格創造体」と呼び、人間界ではクローンとは明確に違うものとして定義されている。
この技術は現在メルストキア条約によって禁忌指定されており、人間界城の禁書庫の中に情報として存在するだけの過去の遺物となっている。ゼルが竜人の存在を確信したのは、この技術がなければサングライル――亜人を作り出す事が出来ないからだ。
「……なるほど、ここまで禁忌の術に手を染めましたか……」
憤りを滲ませた言葉で無数の画面に映し出された竜を睨むように見たヒナは、そこで言葉を切ってミネルヴァと共に画面に映っている父――ゼル・アルテア・ハーヴィンに視線を向ける
「人間界王様」
『――なんだ?』
「私が出ます」
ゼルの言葉に厳かな声音でヒナが答える
その言葉に、肩の上に人間界最強の力、十二至宝の一角を担う純白の小竜、「ザイアローグ」を止まらせたゼルがその口を開く前に、会話を遮るように画面が二人の前に展開される
『ヒナ様、いくらあそこに愛しの光魔神様がいらっしゃるからといって、そういきり立たないでください』
「……今の私はそんな冗談を聞き流す余裕はありませんよ?」
ゼルの言葉を遮った画面に映る降り積もった雪のように白い髪をオールバックにし、その髪と同等以上に白い純白の衣と青いマフラーをなびかせた男――人間界軍総司令官、大元帥「ガイハルト・ハーヴィン」の言葉にヒナが剣呑に目を細める
『冗談を言っているのではありません。あなたがわざわざ出向く必要はないと言っているのです』
清楚で可憐な乙女からは想像もつかない圧倒的な威圧感を放ち、並みの人間ならそれだけで身を竦ませてしまうほどのヒナの威圧感をものともせず、画面越しに応えたガイハルトは自分の背後に人間界軍に所属する戦艦の数々を見せて言葉を続ける
『この程度の輩共に、王やヒナ様の手を煩わせる必要性を覚えません。城には六帝将の方々もおられます。ここは我等にお任せ下さい……でなければ、我等の立つ瀬がありません』
その言葉に周囲を震わせる程の戦意を収めたヒナは、画面に映るガイハルトに静かに言葉を続ける
「……分かりました。ですが、あまりにも手こずるようでしたら私が直接出向きます」
『御意』
ヒナとの通信を終了したガイハルトは、安堵した様子で「はぁ」と大きく息をつく。戦闘の前に既に疲労困憊と言った様子のガイハルトを見て、その心情を察したガイハルトの補佐を務める「天宗ワイト」がその背に声をかける
「……ガイハルト様」
「ああ、分かっている」
軍人らしく礼儀正しく腰の後ろで手を組んで佇む見た目三十代から四十代ほどの細身だが引き締まった体躯を持つ男性――ワイトの言葉に応じて、ガイハルトはゆっくりと立ち上がる。
ガイハルトがいるのは、戦艦ではなくガイハルト本人とその補佐官であるワイトしか乗っていない四人程度が定員の空飛ぶ小舟の上。運転そのものは舟に搭載された人工知能が自動で行い、必要に尾維持手ワイトがそれをマニュアルで操作する仕組みを取っている。
ガイハルトが「スピーチェス」と呼ばれる最小規格の舟に乗っている理由は単純。小回りが利く事、そして無駄に巨大な戦艦では自分の力の破壊範囲を制御するのに邪魔になるからだ。
「よし、全軍気を引き締めろ。六帝将ばかりでなく、今日はヒナ様のご機嫌がいつになく芳しくない。手こずるようならあの方々が直接出てくるぞ」
「はっ!!」
おおよそ味方にするものとは思えないガイハルトの鼓舞に、通信が繋がった全ての艦から強い意志の籠った返答が返ってくる。
実は目の前の敵の軍勢よりも自分達の後ろにいる王や六帝将をはじめとする上位ハーヴィンの方を恐れているのではないかと思わせるほどの力強い声に、大いに共感するところがあるガイハルトは、苦笑を噛み殺しつつその勇ましく頼もしい背で目の前の軍勢の前に立ちはだかる。
「さて、悪いが道を空けてもらおうか。……・お前達よりもヒナ様達の方が怖いんでな」
そう言って装霊機から身の丈に及ぶほど長い刀身を持つ長剣を取り出したガイハルトは、その剣に自らの気を注ぎ込んだ
その様子を画面越しに見ていた人間界特別戦力六帝将の一人、ドルド・ハーヴィンは重厚な椅子に座って頬杖をつきながら忌々しげに舌打ちをする
「……フン、ガイハルトが。我等に待機命令を出すとは偉くなったものだ」
「まあ、いいではありませんか。年寄りが大きな顔をして前線に立つものではありませんよ」
その言葉に応じたのは、椅子の斜め後ろに淑やかに佇む美女――六帝将の一人、クーラ・ハーヴィンだ。
世界の法則を捻じ曲げる力を持つ界能は、その力が大きければ大きいほどその若さと寿命を長く維持する事が出来る。初老の老人の出で立ちをしたドルドはともかく、二十代半ばにしか見えないクーラもその実年齢は数千万から数億に及んでいる。
そんな彼らに与えられた人間界特別戦力とは、時に人間界そのものの決定に逆らってでも世界の秩序と平和を守る事。
とはいえ、六帝将そのものは非常時の切り札のようなもの。まだ戦局すら定まっていないこの段階で自分達が出て行く事が早計であると分かっているドルドは、クーラのもっともな指摘に苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて画面に映し出される人間界軍を一瞥する
「いいだろう。奴らがこの世界を守るに足る刃を持つ者どもか見定めるとしよう。……だが、その力が及ばぬと分かった時は、我等――そして我が艦『ゼニスレギア』の力を奴らに見せつけてくれるぞ」
「無論です」
ドルドの言葉に目を伏せて、クーラが淑やかに応じる。
今ドルドとクーラの二人がいるのは、人間界場の戦艦ドックの一角に収められたドメイン級超殲滅戦艦「ゼニスレギア」のメインデッキ。いつでも人間界が九世界に誇る最強の戦艦を動かす準備が整っていく中で、ゼニスレギアの甲板の先端には六帝将の長、ミレイユ・ハーヴィンが静かに佇んでいた
※
膨大な気を注ぎこまれ、ガイハルトの手に握られた長剣の刃が太陽のように煌めく
「オオオオオオッ!!」
裂帛の気合と共にガイハルトがその光剣を一閃させると、その軌跡に沿って強大な気の破壊波動が天を射抜く
その軌道上にある操動人形や自動人形、戦艦が障壁を展開するが、それすらまるで大波が水面の木の葉をさらうように一瞬で薙ぎ払い破片すら残さない程にまでその形状を焼失させる
そして、その一撃こそが開戦の狼煙だった。
ガイハルトの一撃を皮切りに、天空を埋め尽くす両軍の戦艦から閃光の波動が放たれ、操動人形と自動人形が仮想翼によって飛翔する軌跡が入り乱れ、天空に色鮮やかな光の紋様が刻まれていく
「戦力で勝っているから取って、油断してはダメよ。相手は人工の竜を持ちだしてくる連中、心してかかりなさい!!」
「はっ!」
真紅の巨竜艦、「テスタロッサ」を駆るクーロン・ラインヴェーゼの言葉に、艦内から乗務員達の気迫に満ちた鋭い声が返ってくる
この戦いに人間界軍が投入している戦力は、眼下の街への被害を想定して人間界軍旗艦「アルヴィレスタ」をはじめとした大型艦こそ出ていないものの、この戦いの指揮を執る旗艦となるクラーシス級戦艦が一隻、オールド級戦艦が十隻、ファミリア級以下の戦艦を合わせて三十隻。
それに加えて、人間界最強の力を持つ王族の精鋭たちによって作られる人間界軍第一騎士部隊をはじめ、七大貴族、貴族を含む無数の騎士達と兵士達。
その戦力はおびただしい数の人工竜を擁する敵軍など意にも介さない圧倒的な殲滅力を有している。――少なくとも、ほとんどの人間がそう感じ、それは決して間違っていなかった
「……妙だな」
周囲に映し出される戦況を見て、旗艦となるクラーシス級戦艦のメインブリッジで作戦の総指揮を任されている人間界軍大元帥補佐――「カーネル・ハーヴィン」は怪訝そうに目を細める。
真紅の髪を盾が見のように逆立たせ、その髪と同じ赤色の髭を口元に蓄えたカーネルは、精悍な顔立ちをした見た目四十代半ばほどの男。理性と野性を両立させた眉目秀麗なガイハルトとは対照的に、いかにも軍人らしい厳格な雰囲気と威圧感を纏うその姿はガイハルトよりも軍の大将といった雰囲気が似合っている
事実、カーネル・ハーヴィンは、人間界王ゼルハーヴィンと歳が近く、同時にゼル同様に「王名十三家」と呼ばれる十三のハーヴィンの家長の一人でもある。戦闘能力こそガイハルトに一歩譲るが、指揮力、統率力などを総合的に判断すればガイハルトに勝るとも劣らぬ長としての資質と実力を十分に持っているのだ。
その能力をいかんなく発揮し、カーネルが指揮する人間界軍は、順調に敵戦力を殲滅していく。――そう、順調すぎるほどに。
人間界王都の真上で戦争ほどの戦力を引きずり出した敵は、あまりにもお粗末すぎた
この事態を仕掛けた何者かは、当然人間界軍が出てくる事を想定し戦闘になる事を計算に入れていたはずだ。――最悪の場合を考えれば人間界王自身が出てくる事もあり得る
にも関わらず、敵が出してきた戦力は、たった十隻程度の戦艦と操動人形と自動人形、そして人工の竜の大軍。
確かに地方の一都市ならば決して攻め落とせない戦力ではない。しかし、王都で事を荒立てるには戦力が乏しすぎる。いかに竜が半霊命最強種とはいえ、人間の王族は元々全霊命として生まれる筈だった半霊命ならざる半霊命。
その特性を最も強く受け継いでいる限りなく全霊命に近い半霊命の前では、竜の大軍――ましてこの程度の竜では大軍では相手にもならない。
(まさか、勝つ気がないのか……?)
一瞬頭によぎった考えは騎士や兵たちの士気を下げないために言葉にする事はしない。しかし、言い知れぬ不安だけがの中に湧きあがってくる
これが陽動や戦力補充の可能性は十分にある。カーネルは周囲と戦場、敵の動向への警戒を引き上げるとともに、自軍を勝利へと導くべくメインブリッジから指令をとばす
(このままなら我等は勝てる。……だが何故だ、この嫌な予感は? ……まるで敵の手の上で踊らされているような……)
百戦錬磨の経験が告げる嫌な予感に目を細めながらも、カーネルはただ目の前の敵を駆逐するべく戦場の指揮に専念するのだった
「グオオオオッ!!」
天空を翔ける人間界軍の戦艦の砲塔から放たれた光の波動をその亜光速飛行能力によって容易く回避し、人の手によって生み出された禍々しき竜が唾液で濡れて不気味な光を放つ巨大な牙が並んだ顎を開いてガイハルトに襲いかかる
「……人の手によって作られた哀れな兵器か」
人の手によって作り出された紛い物とはいえ、その大気を焼き切るような圧倒的な威圧感を伴う界能は本物の竜と比べても遜色は無い。
人間よりも平均的に能力の高い亜人を生みだした技術によって生まれている事を考えればさほど特別な事でもないとはいえ、その力に感嘆しつつも、本来高い知能を有し、人間や、高い知性を持つ生命体と会話する事が出来る個体もいるはずの竜が知性をはぎ取られて牙を向くその様子には、それ以上の哀れみを覚えざるを得ない
眼前に迫る竜の牙を意に介した風も無く呟いたガイハルトは、次の瞬間、その竜の身体を一瞬にして真っ二つに斬り裂かれていた
「……せめて安らかに眠れ」
無慈悲なまでの一太刀で真っ二つに斬り裂かれ、おそらくは自分が落命した事すら気付かないままであろう竜の巨体は、切り口から生まれた金色の気炎に焼き払われて消失する
気の力が強ければ強いほど、人間は魔法や科学を組み込まれていない純粋な武器を好んで使う。その理由は単純にその方が強いからだが、霊の力は、何も命あるものにだけ宿っている訳ではない。道端に転がっている石ころや、武器を構成する金属などにも大なり小なり何らかの界能が宿っており、気を通す際にこの力が使用者の力の妨げになってしまう。
気の力が大きければ大きいほど、それを押し流して気を使う事はできるが、やはり金属や物質との気の適合率が低いほどその分の力をロスする事は免れ得ない。
それによるロスを極限まで抑えるため、人間界では特殊な技術によって武器の持つ界能の性質を自身の気に近づける事で本来の力を十分に発揮できるようにしており、軍、貴族などが使っている武器はそうして作られたオーダーメイドが大半以上を占めている。
故に必然的にガイハルト専用武器である長剣は自身の気の特性に最適化されており、ガイハルトの力をほぼ完全に伝道する事で、その天変地異の如き力をいかんなく発揮する事ができる。
「次……」
一太刀の元に竜を切り捨てたガイハルトが、宙を埋め尽くす操動人形と自動人形、竜と戦艦を睨みつけた瞬間、その中から小さな何かが超スピードでガイハルトの喉元へと襲いかかる
「……っ」
その何かを軽々とはじいたガイハルトは、視界に映ったその正体を見てわずかに目を細める。
(……竜鱗?)
それは一見手裏剣か弾丸の様ではあるが、ガイハルトにはそれが「竜鱗」と呼ばれる竜の鱗である事は一目瞭然だった。
半霊命最上級種である竜族には、半霊命最強の界能を保有しているという特徴以外にも生物学上の定義がある。
竜族には一般的に知られている形態の「竜」以外にも、前肢が翼のようになっている「飛竜」や、蛇のような形状をした「蛇竜」、飛行能力を持たない「地竜」、足が鰭のように発達し主に水中生活に適応した「水竜」などがいるが、その形状いかんにかかわらず、内骨格と外骨格、甲殻と鱗が合わさった竜鱗と呼ばれる超硬質の外皮を持っているという共通点がある。
そのいずれかが欠けている場合には竜族とは呼ばれず、強力な力を持っているか、形状が似ている場合には「サーペント」、「レックス」などいった別の名称が振り当てられる。
先ほどガイハルトがはじいたのは、甲殻の特性を併せ持った鱗であり、それに加えて内包されている世界の界能――元素の濃度の高さから竜鱗と判断できる。
「オイオイ。どこの化けもんだよ……まだ竜族の方が可愛いだろ」
その時、どこか陽気な声と共に、天空から一人の男がゆっくりと降りてくる。
どこか軽薄な雰囲気を宿すその男の背には竜の翼、頭部から伸びる二本の角と竜鱗に覆われた身体。爛々と光る炎のような目でガイハルトを見るその男は、人と竜の特性を併せ持っていると一目で分かる獣人型の亜人――竜人だった。
「……なるほど。お前が報告にあった竜人か」
「オッ!? 俺っちの事知ってるってか。その通り! 俺っちは竜人の一人『ディージョイ』ってんだ。ヨロシクぅ!!」
まるでラップを踊るかのようにガイハルトに手を向けたディージョイの腕を覆っている鱗が起き上がり、ガイハルトに向けられる
「……ふざけた奴だ。一瞬で叩き切ってやろう」
※
エストは、血の海に沈んだ妹を睥睨しながらその身に纏っていた力を解除する
「…………」
自身の血でできた水たまりの上にその身体を横たえているルカは、気を失っていて全く動く事は無い
エストがルカに与えた傷は、決して軽くは無いが命に別状はないという程度のもの
さすがに実の妹の命を奪う事まではできないエストがわずかに眉を寄せて悲痛な表情を浮かべていると、不意に隔離していた空間が開き、そこから見慣れた左右非対称の瞳の少女がその姿を現す
「エスト様」
「リィン、何故ここに?」
「それが――」
外からの情報を遮断してしまう空間隔離内にいたために事態を把握しきれず、リィンが突然現れた事に目を瞠ったエストに、竜人の少女はやや口籠りながらもこれまでの経緯を簡潔に説明する
「馬鹿な!? 計画の開始は、選手全員が疲弊している決勝終了後のはずだ……グリフィスからは何の連絡も受けていないぞ!?」
「いえ、グリフィス様からではなく、あの方の指示だそうで……竜人も先ほど戦闘を開始しました」
まったく計画になかった事態に、思わず声を荒げるエストにリィンが言葉を続ける
「……わかった、すぐに行く」
「はい」
苦虫を噛み潰したような表情で唇を噛み締めたエストは、忌々しげに吐き捨てて身を翻す
刹那、エストの手によって作り出されていた隔離空間が崩壊し、戦場と化している舞戦祭会場の喧騒が世界を塗り潰す
「…………」
血の海に倒れてるルカを見て、おおよその事を察したリィンは、気を失っているルカに深々と頭を下げると無言のまま立ち去っていくエストに続いた