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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
54/305

ランチタイム






 予選第二回戦、第一試合終了と同時に、大貴とルカが会場から去るのを不安げに見送った詩織は、二人の姿が会場から消えるのと同時に、意を決した様子で立ちあがる。

「まったく……ちょっと大貴の所へ行ってきます」

「はい」

 頷いて詩織を見送ったロンディーネは、自身の目の前に画面を展開し、そこに映し出される文章に目を通す。

(ルドルフ・アークハート様を含め、十世界との一時的な協定を提案していた貴族の方々が一斉に殺害され、犯人は不明……)

 軍専用の回線で送られてきた秘匿文章に険しい目を向けるロンディーネの背後に、魔道人形(マキナ)であるロンディーネにすら気取らせる事無く、一つの影が出現する

「……!」

 咄嗟に背後を振りむいたロンディーネは、そこにいた人物を見て目を見開いた。





 その頃、会場から控室に続く通路を歩きながら、ルカは肩口から血を流している大貴に不安そうに目を向ける

「大貴君、怪我大丈夫?」

「……ああ、治癒にある程度気を割いてるし、次の試合までは時間がある。だから心配しなくてもいい」

 ミスリーの斬撃を直に肩口に受けた大貴は、その時に出来た傷に手を当てながら、今にも泣き出しそうな表情を見せるルカに努めて穏やかな口調で話しかける。


 充実した気が込められたミスリーの斬撃は、常人なら肩口から腕がバッサリと斬り落とされていたであろう程の威力があった

 それがこの程度なのは、ひとえに大貴の人並み外れた規格外の気があってこそのものだ

 その強大な気は、霊の力が持つ「自身を常に最高の状態に保つ」という特性に従い、損傷を受けた大貴の身体の自己修復を始めている。

 さらにそれに消費される気の量を意図的に増やす事によって回復能力そのものを増加させる事も出来るのだ


「……ん?」

 そうして歩いていた大貴がふと目を上げると、そこにはこの会場で働くスタッフの制服に身を包んだ女性が優美な所作で佇んでいた

「試合、ご苦労様でした。お怪我の治療には医務室をご利用ください」

「あ、いや別に……」

「駄目だよ、大貴君。ちゃんとお医者様に見てもらわないと。……それに、もし次の試合で負けた時に医務室に行かなかったから、なんて思われたくないでしょ!?」

 医務室へ行くのを拒んだ大貴を、まるで医者に行きたくない子供をなだめる母親のような口調でルカが嗜める


 元々身体が丈夫な方だった大貴は、地球でもあまり医者にかかった事が無い。光魔神として覚醒し、真の人間としての身体を手に入れてからはそれに拍車がかかっており、光魔神としての覚醒後は病気はもちろん、体調不良の経験すらない

 回復力そのものが飛躍しているため、多少の傷もすぐさま治癒する事もあって医務室行きを拒否している大貴だが、実は医者そのものが苦手というのは詩織をはじめ、身内や親しい人間しか知らない事実だ


「……わかったよ」

 ルカの真剣な眼差しと、医者が苦手という事実を知られるのを拒否する事を考慮した結果、大貴の選択は素直にルカの言葉に従うという所に落ち着く事になる

 その言葉を聞いたスタッフは、行き届いた対応で微笑む

「医務室の場所は、装霊機(グリモア)で確認していただけます」

「さ、早く行くよ大貴君。」

 不承不承といった様子で頷いた大貴の腕を取ったルカは、装霊機(グリモア)で案内地図を出し、鼻歌交じりに医務室に向かって歩き出す

「何で、そんなに嬉しそうなんだよ?」

 その様子に怪訝そうに眉を寄せた大貴の言葉に、ハッとしたルカは慌てて視線をあらぬ方向へ向ける

「え? ……気のせいだよ」

「そうか?」

「そう、そう」

 ルカの様子に納得がいかない大貴ではあったが、それ以上深く追求するのも憚られたため、大貴はその疑問を脳内から追いやる事で解決をはかる

 大貴の手を引いて歩いているため、大貴からルカの表情を窺い知る事はできない。

「……ま、いっか」

 大貴の手を引き、その温もりを直接感じているルカは、わずかにその手を握る手に力を込めて、顔を赤らめながら満面の笑みを浮かべる


「……!」

 そうして医務室の近くまで来た時、ふとルカが足を止める

「どうした?」

 装霊機(グリモア)の画面を空間に表示したルカはそこに目を落としながら大貴の問いに応える

「あ、うん電話みたい……ごめん大貴君」


 使用者の界能(ヴェルトクロア)と融合してその性能を発揮する装霊機(グリモア)は、その情報のやり取りを使用者の脳内に情報として直接伝える事が出来る。

 通信の着信などはその旨が情報としてテレパシーのように直接伝わるため、着信音などが鳴る事が無く、他人が傍から見ているだけではそういった情報を窺い知る事は出来ない


(セリエ……?)

 表示された通信相手の名前を見たルカは、一瞬だけ逡巡して大貴に頭を下げる

「ごめん、ちょっと電話にでないと……」

 他の相手なら、通信を保留にして後でかけなおすという選択肢もあったのだが、相手がセリエとなるとそうはいかない。

 仮にそうしても何も言われないだろうが、怪我をして出場できなくなったセリエの代役として大貴に出場を頼んだルカには、その選択肢はなかった

「ああ、気にするな」

 申し訳なさそうに言うルカに応じ、大貴は医務室に向かって歩き出す

 その背を見送ったルカが装霊機(グリモア)を思念で操作して通信状態にすると、空間に浮かんだ画面にセリエの整った中性的な顔が映し出される。

【やあ、ルカ。試合見てたよ。二回戦突破おめでとう】

「ありがとう、セリエ。でもほとんど大貴君のおかげなんだけどね」

「いやいや、これはタッグバトルなんだ。勝利は二人のものだよ。ルカが本当に足手まといなら、さっきの戦いは勝てなかっただろうからね」

 音声だけではなく、映像も繋がっている通信を介したセリエの手放しの賛辞に、ルカはやや照れくさそうに視線を逸らす

【……心配かい?】

「え?」

 これまでの明るい口調から真剣な声音に代わったセリエの言葉に、ルカは画面に映る友人に視線を向ける

【大丈夫。あれだけ目立つパートナーと一緒なんだ。きっとルカのお兄さんも見ててくれると思うよ】

 努めて明るい口調で、画面越しにセリエがルカに激励の言葉をかける


 ルカが舞戦祭(カーニバル)に参加したかった最大の理由は、人間界中に中継されるこの放送を介して、生き別れになった兄に自分の存在を伝える事にある。

 そのために一度でも多く勝利し、少しでも長く、鮮明に自分の存在を人間界中に伝えたいというのがルカの願いだ。

 だが、ルカも最初からこの手段にかけていた訳ではない。思いつく限りのあらゆる連絡手段を駆使し、それらが成果を上げられなかったからこそ、最後の手段として舞戦祭(カーニバル)参戦を決意したのだ。


 しかし、心のどこかでこれも無駄に終わるのではないかという不安は消せない。そんな心情を正確に見抜いているかのようなセリエの言葉と気遣いにルカは小さく頷く事で応じる

「……うん」

 本来なら、セリエが怪我をした時点でルカは棄権扱いになるはずだった。しかしルカの事情と舞戦祭(カーニバル)にかける願いを知っているセリエが直談判をしてくれた結果、今こうして念願の舞台に立っている。

 自分の勝手な都合を懸命に応援してくれる友人と、それに巻き込んでしまったパートナー(大貴)のために、自分が真っ先に落ち込んでいる訳にはいかないと、ルカは自分を奮い立たせる

【……にしても、おまえは一体どこであんなとんでもない奴を見つけてきたのさ?】

 そんなルカの様子を温かい目で見つめていたセリエは、ふと話題を変える。

「えっと……ショッピングモールで」

【いや、それは聞いたよ……私が聞いてるのは、あんなとんでもない実力者が何で今まで誰の目にも触れずにいたのかって事さ】

 セリエの言葉に、ルカは暫し黙考してあっけらかんとした表情でその問いに答える

「……分かんない」

【分かんない、って……ルカ】

 その答えに、画面越しに呆れたようなセリエの声が返ってくる



 ルカを心から応援しているセリエだが、正直なところ自分の代役が務められるような実力者を見つけてくるのは、ほぼ不可能に近いだろうというのが偽らざる本心だった。

 その実力が一般人とは比べるべくもないセリエにとって、それは傲岸でも不遜でもなく正確で冷静な見立てだ


 問題なのは、貴族どころか王族に匹敵するほどの力を持ちながらも、今日まで無名のままだったルカのパートナー――大貴という青年の方だ。

 人間界をはじめ、九世界では実力で評価される社会制度を取っている。あれだけの実力があれば軍の上層部に名を連ねるどころか、「王家(ハーヴィン)の一員としてその名を冠する事も何ら不思議ではない。

 しかしその桁外れの実力者が今日までその名を知られる事無く、無名のまま何の評価も受けずに生きてきたというのは、人間界の常識から見れば、「ありえない」と言っても過言ではない事だ。



 その「ありえない」人間が目の前にいて何の警戒心も持っていないルカは、口元に指を当てながら思案しつつ首を傾げる

「そんな事聞いた事ないから……」

【まったく、そんな事で大丈夫なの? ただでさえあんたは警戒心というか、防御が薄いというか……】

 さも問題ないとばかりに答えるルカの無防備さというか、無償の信頼にそれを見ているセリエの方はただならぬ不安を覚える。


 今まで無名だったという事は、人前でその力を見せてこなかったという事か、隠し続けてきたという事。

 これまで世界の表舞台に立つ事がなかったあり得ないほどの強大な力を持つ人間が、突如表舞台に立ってその力を見せつける。――その理由を考えた時、何の疑念も不安も抱かないという方が無理な話だろう


「大丈夫だよ。大貴君はいい人だもん」

 しかしそんなセリエの心配をよそに、ルカは一点の曇りもない穏やかで済んだ目と声で微笑む。

【まあ、感覚共化(ルカの得意技)がある以上、私もそこまで心配している訳じゃないけど……】

 大きくため息をつくセリエは、画面越しに無警戒で不用心な親友に呆れたような声を向ける


 ルカの得意技感覚共化(シェアリンク)は、その名の通り対象と知覚を共有する技術。全霊命(ファースト)のそれと異なり、意図的に感覚を繋げる人間の感覚共化(シェアリンク)はその心情などもある程度感じ取る事が出来るようになる。

 例えば激情や動揺は手に取るように伝わってくるし、恐怖などの感情もはっきりと感じ取る事が出来るようになる。感覚共化(シェアリンク)をかけられている方はそうでもないが、かけている側――ルカには大貴の心がある程度自分の感覚として認識されている。

 もし大貴に悪意や敵意、害意があれば感覚共化(シェアリンク)しているルカにはそういった負の感情がダイレクトに伝わってくるはずだ。しかし大貴からは、自分たちや世界に対して危害を加えたりするような意志を感じられない事がルカの信頼の要因の一つになっている。

 また、感覚共化(シェアリンク)には個人的な相性もあるとされ、ルカがレスターを苦手としているのはそこに由来している。

 理由ではなく、理屈ではなく、生理的に、心理的に、存在として相性が悪い。――それがルカとレスターの関係だ


「うん。だから心配しないで……でも」

【でも……?】

 心配してくれる友人に感謝をしつつも、ルカはふと視線を逸らして口籠る

「……今までいろんな人と感覚共化(シェアリンク)してきたけど、大貴君と共化すると不思議な気持ちになるの。何て言うか……こう、気持ちが安らぐっていうか……」

【ほほう。】

 うまく自分の感覚を説明できずにいるルカの言葉に、画面の向こうに映るセリエの目にこれまでとは違う光が灯る

「な、何?」

 友人の目に宿った妖しい光に気付いたルカの言葉に、セリエは苦笑交じりに答える

【いやいや、何でも無いよ】

「嘘。セリエがそういう顔する時は、大体変なこと考えてるんだから!」

【本当に何でもないって】

 人気のない選手用の通路の中で、画面越しに繰り広げられるルカとセリエの応酬は、それからしばらく続いた。





 遡る事、数分前。客席から城内に入った詩織は、未だに使いこなせない装霊機(グリモア)でなんとか案内図を表示し、大貴が向かうであろう医務室に向かっていた

「えっと、医務室はこっちのはず……」

「おや? あなたは……」

 懸命に案内図に目を落としていた詩織は、優しげな声に反応して顔を上げる

「あ、あの時の」

 そこにいたのは、金色の髪をオールバックにした長身の美青年。昨日、詩織が誤って街中でぶつかってしまった人物だった

「あの時はどうもすみませんでした」

 深々と頭を下げて謝罪する詩織に、「そんな事気にしていない」という意思表示のために軽く手を振りながら金髪の美青年が答える

「いえいえ……舞戦祭(カーニバル)の観戦ですか?」

「はい」

「そうですか、ご武運をお祈りしておりますよ」

 金髪の美青年の言葉に、詩織は再度頭を下げる 

「ありがとうございます」

「では、私は人と会う約束がありますので」

「あ、はい。引き止めてすみませんでした……あ、あの」

 和やかに言葉を交わし、今まさに歩き去ろうとしていた金髪の美青年は、詩織に呼びとめられてその足を止める

「はい?」

「お名前、教えて頂いてよろしいですか?」

 突然の詩織の申し出に、一瞬困惑したような表情を見せた青年だが、一瞬の黙考の後「ええ」と優しく微笑む

「……グリフィスです」

「私、詩織っていいます」

「詩織さん、ですね。……では、またいずれ縁がありましたら」

 軽く会釈をし、歩き去っていくグリフィスと名乗った美青年の背を見つめる詩織は、グリフィスに背を向けて小さな声で噛み締めるように、その名を反芻する

「グリフィスさん、か……」



 詩織と別れたグリフィスは、装霊機(グリモア)の通信回線を音声のみで開いて、その向こうにいる相手と言葉を交わす

「ええ、今依頼人(クライアント)に会ってきたところですよ。さて、エスト君。リィン達の準備は出来ていますね?」

【……ああ、抜かりは無い】

 画面越しに返って来たエストの言葉に、満足げに頷いたグリフィスは回線を切って小さく笑みを浮かべる

「さて、今日は舞戦祭(カーニバル)以上に楽しい最高のセレモニーをご用意できそうですね」

 微笑んでそう言ったグリフィスは、それまで浮かべていた笑顔を張り付けた仮面のように一瞬でかき消すと、抑制のきいた厳かな声音と共にその目に剣呑な光を灯す

「……人間界の諸君、今日が世界の変わる日ですよ」



「……エスト様」

 グリフィスとの回線を切断したエストの背に、左右非対称色の瞳を持った美少女が、おそるおそるその背に声をかける


 左右非対称色の瞳を持つ少女――リィンとその主であるエストがいるのは、舞戦祭(カーニバル)が行われている会場である「闘技場」を形作る無数の建物の内の一つ。

 その屋上で人工的に作られた星であるこの地を吹き抜ける風に吹かれながら、エストとリィンをはじめとする数人の竜人たちは出撃の合図を待っている


「何だ」

 感情の読み取れない静かな声で応じたエストの背を見つめ、リィンは意を決したように言う

「……よろしいのですか?」

 それ以上の言葉は、二人には必要がない。それだけでエストは、リィンの言葉の意味するところを十分に理解する事ができる

「何の事だ」

 しかし、あえて話をはぐらかそうとする自らの主に、リィンはわずかに剣呑な光を目に宿す

「私達にセリエという少女や、大貴というパートナーを戦闘不能に追い込むように命じられたのは、この計画に妹君――ルカ様を巻き込むのを恐れたからではないのですか?」

「……関係ない」

 リィンの言葉に、一瞬の間をおいてエストは答える。

 視線を向ける事無く言ったその背は、リィンの目にはどこか寂しげに見えた

「しかし、このままでは確実にルカ様はこれから起こる戦いに巻き込まれます。最悪命を落とす事もあるでしょう。それでは、それではあなたは何のために……」

「止めろ」

 堰を切ったように溢れだすリィンの言葉を静かに、だが有無を言わせない口調で遮ったエストは、暫しの沈黙を破り、消え入りそうな小さな声で言葉を続ける

「……少し、ここを任せてもいいか?」

「エスト様……」

 その言葉に目を輝かせたリィンは、その場で膝をついて深々と頭を垂れる

「御意。ルカ様を守って差し上げて下さい」

「…………」

 その言葉に応える事無く、エストはその場に控えるリィンをはじめとした竜人達に背を向けた




 仮想(マトリクス)のプレートで「医務室」と表示された部屋に到着した大貴がその扉の前に立つと、その存在を感知して扉が自動で開く。

 無音で横にスライドして開いた扉から、大貴が一歩室内に足を踏み入れるとその奥から、腰まで届く漆黒の髪をなびかせた淑やかな雰囲気を纏う美女が姿を見せる

「怪我の治療ですね」

 その存在を主張せず、美しく可憐に咲く霞草のような雰囲気を持つ淑やかで優しげな風貌の和風美人は、白衣とコートを合わせたような衣装を身に纏い、丁寧に切りそろえられた癖の無い緑の黒髪を揺らして部屋に入った大貴に微笑みかける

「……はい」

 その微笑みに、大貴は小さく頷く


 大貴は初対面の相手、目上の相手に対して敬語を使う程度の認識は常識として持ち合わせている

 しかし光魔神(人間の神)という特別な立場から、周囲の人間に恐縮されるためにその言葉遣いを避けていたにすぎない


 そんな大貴の言葉遣いに、黒髪の美女はくすくすと口元を隠しながら優しく上品に微笑む

「そんな畏まっていただく必要はございませんよ? 何しろ、あなたこそが我々の神なのですから……そうですよね、光魔神様?」

「……!」

 その言葉に目を瞠った大貴に、黒髪の美女は胸にそっと手を当てながら穏やかな口調で話を続ける

「こうしてお目にかかるのは初めてですね。『天宗(たかむね)(まゆみ)』と申します。わたくしも明後日のパーティに呼ばれておりますので、あなたの歪な強さを見れば、おおよその見当は付きますよ」

「……なるほど」

 檀と名乗った黒髪美女の説明に、大貴は小さく頷いて応じる


 天宗(たかむね)は七大貴族の一角。そして檀は人間界王が主催するパーティに招待されている関係で、事前に光魔神の来界を情報として仕入れている。

 大貴の王族(ハーヴィン)を凌駕する圧倒的な気の力と、界能(ヴェルトクロア)にそぐわない力任せの戦闘を見れば、大貴=光魔神という予測を立てる事は難しくないのだろう


「では、お怪我の治療をいたしますね。どうぞ、こちらへおかけください」

「……どうも」

 診察用の椅子を指し示しながら言った檀に頷き、大貴はそこに置かれていた背もたれの無い治療用の椅子に腰を下ろす

「ふふ、ですからかしこまらなくてもよいのですよ」

「……いや、そういう訳には……」

 苦笑しながら言う檀に、大貴は照れ隠しに視線を逸らす

 そんな大貴の様子を微笑ましそうに見つめる檀は、それ以上言及する事無く大貴の傷口に手をかざして癒しの光をその手に灯す


 霊的な構造を持った存在に、新たに霊的に情報を上書きする事はできない。つまり、その身体、魂、存在に、それを構築する霊的な力を持った生物の霊的構造を新たに上書きする事は、法則として不可能な事象となる。

 にもかかわらず霊的な「治癒」を施す事が出来るのは、「個人」という霊的概念を有する存在に対してではなく、「傷」、「病」という、「現象」、「概念」そのものに「治癒する」という現象を与えて作用させる事で、その効能を顕在化して傷を癒す事が出来るためだ。

 ただし、「治癒」という概念そのものには「光」という「属性」がある。そのため、存在としての属性が完全な闇である闇の存在に対しては、その効果が逆効果になってしまう。


「光魔神様……いえ、今はまだ大貴さんとお呼びした方がよいのでしょうね。あなたほどの気の総量があれば、ある程度傷をふさぐ治療を施しておけば、回復も容易でしょう」

「……はぁ」

 大貴の傷に治癒の光を注ぎこみながら、檀は琴の音のような澄んだ声で微笑む。


 元々人間としては最強の「気」によってダ受けるダメージを軽減していた事、高い回復力を有している事も相まって大貴の治癒力は極めて高い

 その能力を活かせば、この治癒の力だけでも十分な治療効果が期待できると判断しての事だ


「…………」

 檀の髪から漂う甘い香りに鼻腔をくすぐられる大貴が居心地悪そうにしていると、それに気付いた檀は装霊機(グリモア)を思念で操作して、周囲に浮かんでいた無数のモニター映像の内一つを手元に呼び寄せる


 檀が座るのであろう机の上には空間に浮かぶ画面が八つ同時に開いており、その全てに違う会場の映像が映し出されている。

 その画面に映し出されているのは、舞戦祭(カーニバル)の予選が行われている八つの予選ブロック会場。通常八つ同時に見て認識している画面の内の一つ――大貴が戦う第三ブロックの画面を呼び寄せた檀は、治療の間大貴に気を使わせないようにその画面を拡大して見せる


『さあ、お待たせいたしました!! これより第三ブロック第二回戦第二試合、リューネリア、トランバルトペアvsエクレール・トリステーゼ、ミリティアグレイサーペアを開始いたします!!』

 檀が拡大して見せた画面の中では、今まさに第二ブロックの二試合目が行われようとしており、この試合の勝者が大貴とルカの相手となり、第三ブロックの覇者となるべく戦う事になる

『試合開始っ!!』

「始まりましたね」

「……ああ」

 シャオメイの試合開始の合図と同時に画面の中で繰り広げられる戦いに目を向けながら、大貴は小さく頷く。

「どちらが相手になるかは分かりかねますが、今のままでは大貴さん達が次の決勝戦で勝利するのはかなり難しいと思われます」

「……だろうな」

 檀の言葉に、大貴は重い口調で応じる


 エクレールとミリティアの力が優れているというのは前回の戦い、今回の戦いでもはっきりを理解できる。気の総量や大きさでこそ大貴が圧倒的に凌駕しているが、戦闘経験、戦闘技術共に二人の足元にも及ばないであろうことは想像に難くない。

 その差をいかに埋める事が出来るか――ルカとの連携こそが次の試合の勝敗に直結してくる事を、大貴は漠然とだが理解していた


「ですが……」

 さらに続けられた檀の穏やかな声音に、大貴は彫像のように整った顔立ちの和風美人に視線を向ける

界能(ヴェルトクロア)は、神能(ゴットクロア)よりも弱い分、より応用が利く力です。特に神能(ゴットクロア)にはない、『蓄積(チャージ)』による『超過(オーバードライヴ)』を使いこなせば、より高いレベルでの戦いができるようになるでしょう」

「なんで、そんな事……」

 檀の助言に、その真意を掴みあぐねる大貴に医務室の主たる黒髪の美女は微笑みを以って応じる

「わたくしとしては、立場上特定の選手を贔屓するような事はよくないのですが、光魔神(あなた)にならば許されるでしょう」

 大貴の疑念に先回りするかのように、檀はその理由(・・)を微笑みながら答える。

 光魔神は人間を創造した神。自らの創造主である光魔神――大貴に、親愛の情を向けるのは人間として決して珍しい心情ではない



 檀の言う蓄積(チャージ)とは、その名の通り自身の気を蓄積する特性の事を指し、その力を解放する事で身体にかかる大きな負荷と引き換えに自身の持つ気の絶対値を越えた大きな力を使う事を超過(オーバードライヴ)と呼称する。

 自身の気の絶対値を超える力を行使する蓄積(チャージ)超過(オーバードライヴ)は、常に絶対値の力しか行使できない神能(ゴットクロア)界能(ヴェルトクロア)の大きな違いの一つでもある。


 神能(ゴットクロア)の扱いに慣れ、常に自身の力の身を振りまわしている大貴にとって、この蓄積(チャージ)超過(オーバードライヴ)を使いこなす事は、界能(ヴェルトクロア)を用いて戦う上で、避けて通れない道の一つだ。



蓄積(チャージ)超過(オーバードライヴ)か……)

 檀の言葉に、大貴は視線を地に落として思案する。


 それらの技術はロンディーネから聞いて知っている。しかし同時に、大貴はその使用を「極力控えるように」とも言われていた。


 舞戦祭(カーニバル)では、結界の中での戦闘である事、気の力の特性「効果対象の限定」によって効果対象を可能な限り限定する事で被害を軽減しているために大袈裟には見えないが、貴族姓を持つ様な上位の人間が使う気の力が制御なしで発動すれば、見渡す限りの大地を地平の果てまで更地にする様な威力が出てしまう。


 そんな貴族達のさらにその上に立ちはだかる王族(ハーヴィン)は、陰で『半霊命(ネクスト)三大最強種族「特異体(ユニーク)」、「竜族(ドラゴン)」、「人間界王族(ハーヴィン)」』と言われるほど桁外れの力を持つ存在だ。

 ただでさえその王族(ハーヴィン)を凌駕する圧倒的な力を持つ大貴が超過(そんな事)をして制御を誤れば、どれほどの力が出るか想像もつかない。だからこそロンディーネは、その力を自重する事を大貴に求めたのだ



「ところで、一つお伺いしてもよろしいですか?」

「……?」

 難しい顔で黙り込んでしまった大貴を見て、わずかに表情を綻ばせた檀は治療の光を維持しながら穏やかな声音で声をかける

「なぜ、大貴さんはこの舞戦祭(カーニバル)に参加なされたのですか? 本来でしたら王城でおもてなしを受けていて然るべきかと存じ上げますが」

 檀は光魔神の存在を知っていても、大貴が何故この舞戦祭(カーニバル)に参加したのかは知らない。

「……ああ、ちょっと喧嘩を売られたからな」

 檀の問いかけに、舞戦祭(カーニバル)に参加した理由を思い出した大貴は、一瞬目を細めて戦意と敵意を身体から立ち昇らせる。

「そうでしたか……」

 大貴の言葉に、事情をある程度察した檀は、それ以上追及する事をせずに目を伏せる。


 そもそも大貴がこの舞戦祭(カーニバル)に参加したのは、先日喫茶店で存在しないはずの亜人――竜人と思しき正体不明の人物に襲われ、その謎の人物がこの大会に参加しないように脅迫してきた事への反発だ。

 竜人の事について檀に話すという選択肢もあったのだが、ヒナをはじめとした王族や軍の調査結果が出る前に、未だ確定していない情報を自分が勝手に吹聴するのは良くないと考え、大貴はその部分を伏せた曖昧な答えを返す事しかできなかった。


「で、ちょっとそれについて聞きたいんだけど……こう、俺より一回りくらい大きな奴いませんか?」

 決して忘れていた訳ではないが、檀の言葉でその本来の目的と敵を再度強く認識した大貴は、治療を施してくれている檀に視線を向けてその謎の人物に関して訊ねる。

「……申し訳ありません。心当たりがない訳ではございませんが、あなたよりも大きな方というだけでは……かなりの人数がおりますし」

「……そうですか」

 申し訳なさそうに言う檀に平静を装って応じながらも、大貴は内心で小さく肩を落とす


 医務室の番人として選手を知り尽くしているであろう檀ならば、あの謎の人物に心当たりがあるかもしれないという大貴の楽観に満ちた希望的観測も、予想通りに打ち砕かれる

 もちろん、元々襲われた本人である大貴にすら判然としない敵の正体を、見た事もない檀が知っている事など奇跡に近い事くらい分かってはいたが、心のどこかに「もしかしたら」という淡い期待が宿っていたのも紛れもない事実だ



 大貴の身長は百七十五センチ前後。人間界の人間もそのくらいが平均身長だが、大貴より背の高い人物など女性でもちらほら見かけるほどには数が存在している。いくら姿を隠していたとはいえ、今この舞戦祭(カーニバル)に参加している人物の中から目当ての人物を探し出すのは、至難の業だろう。

 そもそも、選手として来ているとは限らないどころか、ここに来てすらいない可能性がある。その可能性ももちろん考慮していなかった訳ではないが、大貴は何も起こらない事に安堵しつつも、同時に自分を襲ったあの謎の人物が姿を見せない事に不満を覚えていた


「お力になれず、申し訳ございません」

 難しそうな顔をする大貴を見て、檀が視線だけを伏せて謝意を示す

「いえ。こっちこそ無理を言いました」

 自分のために気を使わせてしまったと、檀の口調で瞬時に理解した大貴は平静な表情に戻って軽く頭を下げる。


 大貴はこの世界の人間を生み出した神――「光魔神」だ。その存在、その意志、その考えは大貴本人が思っている以上に、周囲にいる人間に影響を与える事になる

 今更ながらにその事を再認識した大貴は、自分の短慮さに内心で苦虫を噛み潰しながら自分の傷をいやしてくれている檀の優しい治癒の光の感覚に意識を沈める

 傷だけでなく、心まで癒してくれているかのような檀の治癒の光にしばらく身を任せていると、不意にその温かさが消える

「さ、これで大丈夫です。次の試合までには完治するでしょう」

 掌から生み出していた治癒の光を消し、大貴から一歩分距離を取った檀は、淑やかに微笑みかける

 檀のその言葉を確かめるように軽く手足を動かした大貴は、完全に通常に戻った感覚に小さく笑みを浮かべる

「……どうもありがとうございました。俺はこれで」

「あ、光魔神様」

 部屋を出ようとする大貴を引き止めた檀は、淑やかに微笑んで恭しく頭を下げる

「影ながらではございますが、わたくしもあなたの勝利とご武運をお祈りいたしております。我が神よ」

「……ありがとう」

 今にも傅きそうなほど恭しく言った檀に苦笑交じりに返して、大貴はゆっくりと医務室を後にする。

「……大丈夫です、光魔神様。あなたは誰よりも強くなれますよ」

 大貴を見送った檀は、小さく口元を綻ばせる


 檀はあえて口には出さなかったが、光魔神(人間の神)である大貴は、その力を完全に使いこなす事さえ出来れば、最強の人間(……・・)になれる。

 その可能性と片鱗を見抜いていた檀は、大貴が出て行った部屋の扉に視線を向けて小さく微笑んだ



 大貴が医務室を出ると同時に、まるでその時を見計らっていたかのように装霊機(グリモア)が着信の情報を直接大貴の思念に伝えてくる

「通信……ヒナから?」

 小さく首を傾げた大貴が装霊機(グリモア)を起動させると、それに呼応して空間に出現した画面にヒナの姿が映し出される

【あ……た、大貴さん】

 画面越しに大貴の顔を見たヒナは、戸惑いがちに微笑む。

 ヒナとしては、画面に映る大貴にどうやって話を切り出せばいいのか迷ってのことだったのだが、それを大貴は「何か事件があったが、言い澱んでいる」という方向へ間違った解釈して、真剣な口調で答える

「……どうしたんだ?」

【い、いえ……あの、少々ご迷惑かと思ったのですが……勝利のお祝いを……】

 怪訝そうに訊ねてくる大貴に、ヒナはわずかに頬を赤らめながら視線を伏せる

 てっきり何か事件が起きているのではないかと懸念していた大貴だったが、そのヒナの様子を見て「緊張してただけか」と考えを改めて、自身の懸念が杞憂に終わった事への安堵と普段の凛とした佇まいとは違う様子にわずかに口元を綻ばせる

「そうか、ありがとな」

【っ、……いえ、とんでもございません。それよりもお怪我の方はいかがですか? テレビで拝見してる限り、そこまで重傷ではなかったように見受けられましたが……】

 わずかに笑みを浮かべながらの大貴の言葉に、息を呑んで顔を赤らめたヒナは、気恥ずかしさと動揺で赤らんだ顔と心情を隠すかのように不意に話題を変える。

 テレビで大貴が怪我をしたのを見ていたヒナが、怪我の事を心配していたのは紛れもない事実だが、テレビ越しでもさほど大きな怪我ではないというのも分かっていた事もあり、心配半分、確認半分といった程度の質問だ。

「ああ、今治してもらったところだ。次の試合には完全に回復するさ」

【そうですか……それは何よりです】

 大貴の言葉を聞いて画面の向こうでほっと胸を撫で下ろしたヒナは、小さく息を一つつくと綻んでいた表情を引き締めて大貴を画面越しに見つめる

【ところで、界能(ヴェルトクロア)の戦いにはもう慣れましたか?】

「……? まあまあって所だな」

 突然のヒナの質問にその意味を掴みあぐねる大貴は、特にその意味を考える事も無く漠然と応じる


 同じ霊の力であっても、神能(ゴットクロア)界能(ヴェルトクロア)は勝手が違う

 そのため大貴は、ただ力に任せればいい神能(ゴットクロア)と異なり、かなり技巧的な活用を要求される界能(ヴェルトクロア)の力を使いこなすのに苦労している


 ようやく界能(ヴェルトクロア)を使っての戦いに慣れてきたという感覚を覚えている大貴の言葉に、画面の向こうでヒナは小さく微笑む

【それは何よりです……実は今回連絡させていただいたのには、もう一つ理由がございまして……】

「……?」

 画面越しに首を傾げた大貴に、ヒナは厳かな表情と佇まいで言葉を紡いでいく

【――――】

「……!」




 セリエとの通話を終えたルカが医務室へ近づくと壁にもたれかかりながら空間に浮かぶ画面と向かい合っている大貴の姿を見止める

「大貴君?」

 まるでルカが到着するのを待っていたかのように装霊機(グリモア)の通信を終了した大貴は、そこに佇んでいる自分のパートナーを見て体重を預けていた壁から背を離す

「……ルカ」

「誰と話してたの?」

 腰の後ろで手を組み、ほんの少しだけ身長が高い大貴を下から覗き込むような姿勢でルカが訊ねる

「あー……えっと、婚約者……かな」

 ルカの視線から逃れるように目を逸らした大貴は、ややバツが悪そうに言う

 わずかに赤らんだその表情が照れ隠しをしている大貴の心情を雄弁に語っているが、ルカはそんな事など気にならない事実に目を見開く

「大貴君、婚約者いたの!?」

「まあ、一応最近……な」

 思わず声を上げたルカを、口に人差し指を当てて「静かに」と無言で制した大貴は周囲に人がいないのを確認してルカに向き直る


 人間界では元々多夫多妻制度を採用している事もあり、将来有望な実力者を伴侶として見初めたり、見初められたりして婚約関係を持つ者はさほど珍しくはない。

 大貴のように、王族(ハーヴィン)と同等以上の力を持ちながら貴族姓を冠していないような人物は本来なら引く手数多であり、むしろそういう相手がいない方が不自然なくらいだ。

 もちろん、実力や才能というのはその人間の魅力の一つであり、一つでしかない。それ以外の要素――例えば人柄などでももちろん伴侶は選ばれ、何よりも互いの意志による了承が無ければ婚約関係は成立しない。

 なぜなら、姓が力の証明にすぎず、家名を持たない人間界の人間にとって、夫婦あるいは伴侶という繋がりの証明は当人たちの心にしかないのだから。


「そっか……そうだよね」

 大貴ほどの力があり、ルカから見て心優しいと感じる人物にそういった関係の女性がいない確率の方が少ないと思い知り、ルカは力なく肩を落とす



 多夫多妻制が普通の人間界で、既に恋人や伴侶がいるというのはさほど大きな問題ではないように思えるが、実際にはそうではない。


 人間界に限らず、九世界全体で多夫多妻制度が採用されているのは、世界的に「愛情に優劣は無い」というのが考え方だからだ

 愛情も友情と同じで、特定の個人に対する感情。友情に順位などつけないように、愛情にも順位は無い

 それぞれに魅力があり、その個人に対して愛情を持っているかだけが重要な事だという考えによるものだ


「ルカ……?」

「あ、ううん。何でも無いそれより、この後どうする?」

 力なく肩を落としていたルカは、首を傾げた大貴の声に、不意に覚えた胸の痛みや、心に穴が空いたかのような喪失感、虚脱感を振り払うように笑顔を浮かべる

「このあと……?」

「今の試合が終わったら、午前の部は終わりだよ?次の試合――予選最終戦は昼食の後。だからそれまではお昼休みなの。」

 言葉の意味を掴みあぐねるかのような表情を見せた大貴の様子を目ざとく見抜き、ルカはその理由を説明する

「そうか……」

 その説明に納得して頷く大貴を見つめるルカは、意を決して声をかける

「そ、それでね。もしよかったら……」

「ん?」

 頬を赤らめながら視線を下に向けながら、自身の左右の手の指を忙しく絡めるルカはやがて熱っぽく潤んだ瞳を大貴に向けて言う

「もし……もしよかったらだけど、一緒にご飯食べない?」

 精一杯の勇気を振り絞って言ったルカは、固く目を閉ざして祈るように大貴の答えを待つ

「そうだな」

 ルカの体感時間にして何十分にも及ぶかという一瞬の沈黙の後、大貴はそんなルカの緊張に微塵も気付く事無く、当然の事として躊躇い無く答える


 ルカにとって大貴は、少し気になって来たという人物。しかし大貴にとってルカは仲の良い女友達というような関係。それによって二人が互いに向ける感情にはかなりの温度差が生じている


「いいの!?」

「ああ、姉貴達も呼んで一緒に食べるか」

 思わず目を輝かせたルカに、大貴は小さな笑みを浮かべて答える

「え? あ……えっと……」

 その言葉に、ルカは目を点にして言葉を失う

 ルカは、「二人きりで」という意味で大貴を食事に誘っている。しかし直接言ったわけではなかったために、大貴はルカの言葉を、単純に「一緒にみんなで食事をしよう」という意味で解釈してしまっていた。

「どうした?」

「あ、あのね……」

 大貴の勘違いを訂正しようと引き止めたルカは、怪訝そうな表情を浮かべる大貴を二人きりの食事に誘おうと先ほど以上の勇気を振り絞る

「大貴」

 しかし、ルカの形の良い艶やかな唇から清流のような清らかな声で言葉が紡がれようとしたその瞬間、それを妨げるように大貴を呼ぶ声がかけられる

「姉貴?」

 その声の主――大貴の実姉である詩織の姿を見止め、ルカは今にもその場で崩れ落ちそうなほどに脱力する。

 燃え尽きた灰のように真っ白になっているルカの視界の中で、何故かここにいる姉の姿に呆けている大貴の対応に、詩織は半眼になって唇を尖らせる

「何よ、その顔は?心配して見に来てあげたのよ」

「そうか、それはどうも」

 拗ねたように言う詩織に、傷が治った事と食事の提案をした大貴は、ふと思い出したようにルカに視線を向ける

「そういえばルカ、さっき何言おうとしてたんだ?」

「……ううん、何でもない」

 がっくりと力なく肩を落とし、項垂れながら言うルカの姿に大貴は怪訝そうに首を傾げる

(なんだ? 変な奴……)

 その様子を見ていた詩織は、事情を知らなかったとはいえ大貴からの食事の誘いを受けてしまった事を内心で若干後悔していた

(……もしかして悪い事したかな?)

「……はぁ」

 その考えが気の所為で無い事を、悲しげなルカの背中は雄弁に語っていた。

(ルカちゃんも気の毒に……っていうか何でこいつ、こんなに好感度高いの? 人間の神様だから?)

 一方でルカの心情になど全く気付いていない朴念仁の双子の弟を一瞥した詩織は、呆れながら小さくため息をつくしかなかった。



 その後ロンディーネとも合流した大貴達は、会場内に設置された大きな食堂に入る。

 見渡す限りに広い食堂には、既にそれなりの人数の人々が溢れかえっており、部屋の壁四方に設けられた仮想画面が、現在行われている試合を映し出している

『勝者、エクレール・トリステーゼ、ミリティア・グレイサーペア!!』

 その時、大貴達にとっては会場で聞きなれたシャオメイの済んだ声が響き渡り、画面に視線を向けた大貴達は勝ち名乗りを受けるエクレールとミリティアの姿を見止める

「やっぱり、あの二人が勝ったね」

「……ああ、俺達の決勝の相手だ」

 大方予想通りの結果とはいえ、大貴は画面に映る二人の美女に視線を向けながらこの後に控えているこの二人との戦いに身を強張らせる。

「ほら、今からそんなに緊張しないの。今更じたばたしても意味無いんだから」

 険しい表情を浮かべる大貴に、詩織は腰に手を当てながら呆れたように息をつく


 その時、全ての画面が一斉に切り替わり、そこに総合司会であるルイーサの姿が大きく映し出される

『さて、これを持ちまして舞戦祭(カーニバル)タッグバトル午前の部を終了いたします。午後の部――予選第三ブロック決勝は十三時からとなります。みなさんくれぐれも遅刻しないようにしてくださいね』

 身振り手振りを加えながら言うルイーサの言葉を聞きながら、大貴、詩織、ロンディーネ、ルカの四人は丁度空いていた六人掛けのテーブルに腰掛ける



 人間界の食堂は、かなり自動化が進んでいる。

 装霊機(グリモア)には財布の機能も備えつけられているため、手で触れるだけで自動で料金の支払いが終了し、机に備え付けられた仮想モニターを介して注文した料理を機械人形(オートマタ)が、用意された食事を所定のテーブルまで運んでくれる。

「わ、すごい……」

 店主の趣向なのか、純白の外装を持つ女性型の自動人形(オートマタ)が人混みを器用に避けながら運んで来たのを見て、詩織は驚嘆と感嘆の声を漏らす

 まるでSFを思わせるその光景に、声こそ出さずとも大貴も内心で感動にも似た感情を覚えている。ロボットと言えばある種の男の浪漫。大貴もその例にもれず、そういうものには標準的な男子並みの関心と興味がある

(……まあ、科学万能も善し悪しなのですがね)

 驚愕に目を輝かせる大貴と詩織を一瞥し、ロンディーネは内心で独白する


 科学が究極レベルにまで発達している人間界では、その辺りの人間よりも機械の方が遥かに優れている。コストと作業効率を考えた時、人間と機械には大きな隔たりがあるため、貴族のように生来優れた気の力を持っているか並外れた才能でも持っていない限り、人間の労働力は機械の足元にも及ばない。

 そのため、実はこの世界で職についているのは世界全体の人口の1%にも満たず、それ以外の99%の人間は職に就いていない。――というより、その能力を必要とされないために職に就く事が出来ないといった事態を引き起こしており、ロンディーネの独白はそういった世界の背景から来るものだ。


 ちなみに職に就けない人間にも衣食住は保障されており、そういった人々の生活費、あるいは公共施設の料金、学校の教育費は全て世界の1%の人々によって基本的に無料で利用できるようになっている。つまり、この世界の人間の99%以上の人間は、1%未満の人間のいわゆるヒモをしている事になる


「ねぇ、大貴。ちょっとずつ取り換えっこしよ?」

「……ったく、しょうがねぇな」

 そんなロンディーネの傍らで、大貴の前に置かれた料理と自分のそれを見比べながら詩織が満面の笑みを見せる

 そんな姉に渋々といった様子で少しずつおかずを取り換える大貴をロンディーネとルカが微笑ましそうに見守る


 蛇足ではあるが、魔道人形(マキナ)は生物であり無生物でもある境界の存在。故に人間と全く同じ事をする事が出来、その中には食事も含まれる

 摂取した食物からカロリーをエネルギーとして吸収する事ができる魔道人形(マキナ)は、食べ物の味や食材、栄養バランスまで口の中で把握する事が出来るほど優れた味覚を有している


「こんにちは」

 そうやって食卓を囲んでいた大貴達に、清らかな清流のような声がかけられる

「っ、ミリティア様、エクレール様……」

 そこに立っていた二人の美女――エクレール・トリステーゼとミリティア・グレイサーの姿を見止めたルカは思わず息を呑む

「ご一緒していいかしら?」

 大貴達の視線を一身に集めながら、エクレールは表情を綻ばせた




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