戦う者、支える者
静かに鼓動が刻まれる。
抑制された感情と興奮が血液と共に体中を巡り、吐き出される吐息が体内に蓄積した様々な感情と熱を外に吐き出していく
「……そろそろだね」
緊張を吹き消すように大きく深呼吸をしたルカは、隣で普段通りに佇んでいる大貴に視線を向ける
「ああ」
ルカの固い言葉にその緊張を感じ取った大貴だが、それを解きほぐせるような言葉を思いつかずに簡潔に答えるに留める
二人の間に訪れた短い静寂と沈黙を打ち破るように、会場からシャオメイの明るく澄み切った声が響いて来る
『さあ、お待たせいたしました!! これより舞戦祭タッグバトル第三ブロック準決勝を始めたいと思います!!』
「……さて、いくか」
「うん」
その声を聞いた大貴の声に、ルカは一度だけ頷いてゆっくりと歩を進める。そんな二人を迎え入れるように、会場の光が開かれた扉の向こう側から溢れてくる
『まずはこの二人、一回戦で規格外の強大な力を見せつけた謎の新人! ルカ、大貴ペア!!』
会場の割れんばかりの声援に包まれながら、大貴とルカは並んで会場へとその姿を現す
『そして第一回戦で、見事なコンビネーションを見せてくれた、ミスリー・サングライル、トランバルトペア!!』
そしてシャオメイの言葉に、大貴達が出てきた扉とは反対側の扉から、ワインレッドの髪をなびかせた美女と、それよりも小柄な少年が連れ立ってその姿を現す
「……こうして話をするのは初めてね。一回戦であなたの力を見てから是非戦ってみたいと思っていたの」
「それはどうも」
ワインレッドの髪の美女――「ミスリー・サングライル」の言葉に大貴は目線で会釈を返す事で応じる。
やや素っ気ない気もしたが、これから戦う相手とあまり親しげにするのもどうかと考えた大貴の対応を受けて煙たがられているのではないかと感じたのか、わずかに苦笑しながらミスリーがそっと手を差し出してくる
「互いに全力を尽くしましょう」
「……ああ」
大貴がその手を取って握手を交わしたのを見たシャオメイは、モニターにその姿を移して高らかに声を上げる
『さあ、両チームの親睦が深まった所で、そろそろ参りましょうか!! ……試合開始っ!!』
シャオメイの言葉と同時に、二組のペアは互いに後方に飛び退いて距離を取る
『さて、この二つのペアですが、賭け率はほぼ同じです。解説のディエゴさんはどう見ますか?』
『そうですな。大貴選手のハーヴィン級の圧倒的な力、ミスリー選手、トランバルト選手の洗練されたコンビネーション、どちらが勝ってもおかしくない名勝負になるのは間違いないんですな』
実況と解説の会話を聞きながら、大貴が装霊機から刀を出すのを見ていたミスリーは、自分の斜め後ろに控えているトランバルトと一度だけ目くばせをして、目の前に立つ対戦相手を見据える
「最初から全力でいかせてもらうわよ」
静かな宣言と共にミスリーの身体から膨大な量の気が噴き上がり、その姿を瞬く間に獣のそれへと変化させる。
サングライルの能力獣化によって人から、二足歩行の獅子のような姿へ姿を変えたミスリーはその両手に剣のような爪のついた手甲の刃を一度擦り合わせて金属が擦れあう高い音を鳴らすと力強く地を蹴り、一直線に大貴へと向かっていく。
「……!」
それは常人には捉える事すらできないほどの速さ。その強靭な筋力と気の力で強化された脚力によって地が砕け散ったかと思った次の瞬間には、大貴に限りなく肉薄している
「はああっ!!」
その速度を殺す事無く、獣となったミスリーの手甲の剣爪が振り抜かれる。
まるで閃光のような斬撃を完全に見切った大貴は、それと同等以上の速さで刀を振り抜き、ミスリーの斬撃を撃墜する
「……!」
大貴が持つ王族と同等以上の規格外の気が込められた斬撃とミスリーの剣爪がぶつかり合い、会場の大地が砕け散り、衝撃波が会場内に吹き荒れる
圧倒的な威力を持つ斬撃を受けたミスリーは、身体強化をして尚身体を貫く衝撃とそれに伴う苦痛に歯軋りをしつつ後方へ飛び退く
「……逃がすか」
すぐさまそれを追撃しようとした大貴に、地面を這うように放たれた閃光の銃弾が肉迫する
ミスリーを影にして完全な視角から放たれた仮想の銃弾による銃弾。気の力を込めない銃弾は、界能を認識する知覚能力で捉えにくい。
「――っ!」
その知覚で捉えにくい攻撃に紙一重で反応した大貴は、咄嗟に刀を一閃させて銃弾を撃ち落とす
知覚能力で捉えにくい仮想銃弾は、界能――気の力による強化がないため威力が弱い。
そのため、大貴の膨大な気の力に耐えられるはずもなく、仮想の力によって実体化していた銃弾は呆気なく砕け散って消滅する
「……だろうね」
しかしそれも、その仮想銃弾の主――トランバルトにとっては想定内。その銃弾で大貴を牽制したトランバルトの背後の空間が波紋のように揺らめき、銃口が人間の顔ほどもある巨大な砲身がその姿を現す。
「あれは、一回戦の……」
一見空間から銃を出現させているかのように見えるその技は、見栄えこそ派手だがさほど特異なものではない。
装霊機に収納した銃の銃身の身を空間から出現させ、それを操作系武装の技術によって遠隔操作しているだけだ。
しかし単純な技術であるが故に、絶え間ない研鑽と工夫によって強力な武器となり得る可能性を有している
空間から出現した銃口が一斉に火を吹き、膨大な熱量を保有した強大な砲撃が一斉に大貴に向かって降り注ぐ。
しかしその膨大な光の波動は大貴に届く事は無い。大貴が撃ち落とす前にその前で格子状に重なった鎖が結界を展開してそれを阻んだからだ
「……ペンデュラムによる防御か」
ルカが張り巡らせたペンデュラムの結界に攻撃を防がれたトランバルトは、すぐさま自らの意志によって空間から出現させている銃の放出機能を切り替え、再度意識の中で引き金を引く。
それに呼応して空間からその砲身をのぞかせる銃が再び一斉に火を噴き、今度は先ほどとは比較にならない数の砲弾の雨が一斉に降り注ぐ
『こ、これは、トランバルト選手が一回戦で見せた広範囲爆撃だーーっ!!』
「……あれか」
一回戦でトランバルトが放ったこの弾幕には、光学迷彩がかけられた機雷が紛れこまされており、それによって対戦相手を撃破している。
「オオオオオッ!!」
その事を瞬時に思い出した大貴は、手にした刀に強大な気を纏わせて最上段から振り下ろす。
それに合わせて王族と同等以上の強さを持つ膨大な気が解放され、まるで光の柱のような破壊が視界を埋め尽くす
『これは凄い。大貴選手の一撃でトランバルト選手が放った砲弾がかき消されたーーっ!!』
『これなら、一回戦の様に地中に機雷を隠しておく事は出来ないですな』
「……っ、冗談きついよ。本当」
超広範囲に亘って放たれた弾幕が一太刀の元にかき消され、天を貫く光の柱から障壁で身を守りながら退避したトランバルトは、障壁の防御を超えて通った波動で軽傷を負った腕を一瞥して苦々しい表情を浮かべる
大貴の斬撃によって発生した気の柱は、大貴の前方180度をほぼ埋め尽くすほど巨大で強大なものだった
普通同じ事を師匠としても生半可な気の力ならば、弾丸が気を突き破れたはずだ。しかしそれすら叶わず、一刀の元に前方一帯をかき消すデタラメな破壊力を目の当たりにすればでトランバルトが渋い表情を見せたのも当然と言える
「さすが!」
大貴の斬撃の余波が消えると同時に、歓喜の声を上げたミスリーが閃光のごとく再度大貴に肉薄する
「……!」
常人では反応する事すら難しいであろう超速の攻撃にも当然のように反応した大貴は、手甲に装備された剣爪と刀をぶつけ合う
そして繰り広げられるのは、目に見えないほどの速さの斬撃の応酬。
ミスリーと大貴が攻撃を繰り出しながら体を入れ替え、衝撃波の嵐を吹き荒らしながら大貴とミスリーの姿があまりの速さに会場から消える
『は、疾い!! 目にも止まらない超高速戦闘です!! ……はっきり言って、私には何がなんだかわかりません!! 解説のディエゴさん?』
会場のいたるところで起きる気と気がぶつかり合う閃光と衝撃波、それによって生じる破壊によってかろうじて二人の戦闘の痕跡を確認する事は出来るが、今まさに戦っているはずの大貴とミスリーの姿を確認する事は出来ない
『これは、互いに一歩も譲らぬ互角の戦い……ですな?』
『って、あんたも見えないのか!?』
言葉の後半で首を傾げたディエゴに、実況のシャオメイが突っ込みをいれる。
常人では見る事すら適わない速度域に到達した大貴とミスリーの戦闘を見る事が出来るのは、この会場でも極限られた者に限られている
その一方で、人々の知覚を越えた速度域で戦闘を繰り広げる大貴に、ミスリーは獅子のような口元に笑みを刻む
「ハハッ!! 私の速さについてくるなんて、本当に凄いね、君。一体何者なの?」
「どこにでもいる一般人だ!」
歓喜の声を上げるミスリーに、大貴は気を凝縮した斬撃を放つ。
煌めく破壊の意志と力が込められた気の斬波が会場を真っ二つに両断し、底が見えないほど深い裂け目を会場の地面に刻み込む
「どうしたの、悪手じゃない!?」
大貴の斬撃を身を反らして回避したミスリーは声を上げる。
強力な威力を持った斬撃は、それだけで大きな隙を作る。常人の目には映らないほどの超速戦闘の中ではそんな一瞬の隙が命取りになる。
回避から一転、瞬時に攻勢に転じたミスリーは、大振りの斬撃を放って隙を生みだした大貴に剣爪による刺突を放つ
「……それはどうかな」
しかし、大貴は動じるどころか口元に不敵な笑みを刻む
「っ!!」
それに危機感を覚えたのは、ミスリーの戦闘経験値によるもの。
反射的に後方に飛びずさったミスリーにペンデュラムが閃光の槍となって襲いかかり、咄嗟に回避したミスリーの頬に一筋の傷をつける
(あの大振りの攻撃は私の攻撃を誘う囮!? でも、どうやって私に的確に攻撃を……!?)
自分の頬を掠めたルカのペンデュラムを見て、ミスリーはわずかに目を見開く
ミスリーは決してルカと、その援護の事を失念していた訳ではない。しかしルカの気による身体強化で超速戦闘をしている自分たちに不用意に攻撃を仕掛ければ、味方である大貴に攻撃を当ててしまう可能性が高い。
そういった事態――同士討ちを避けるためにルカは自分達に攻撃を加えてこないだろうと、ルカの力を正確に測った上でのミスリーの判断だったのだが、その目論見は完全に外れた事になる。
「……あれは」
怪訝な表情を浮かべたミスリーが大貴の後方に視線を向けると、四つのペンデュラムを装備するルカが静かに佇んでいる。
「気付いたか?」
「っ!」
それに気を取られていたミスリーに肉迫した大貴は、間髪いれず自身の樹を纏わせた剣を一閃させて斬撃を放つ
会場からその様子を見ていたロンディーネは、ペンデュラムを操作しているルカに視線を向けて静かに口を開く
「……感覚共化ですね」
「なんですか、それ?」
「詩織さんは全霊命の方の結界に守られた事は御有りですか?」
首を傾げた詩織に、ロンディーネは微笑を浮かべながら優しく声をかける
「はい……あるというか、いつもでしたけど」
「その時、光を遥かに超える速さで動き、戦っているはずの全霊命の方々の動きがはっきりと見えるようになりますよね?」
「あ、はい」
その時の事を思い出している詩織に、優しい声音でロンディーネが微笑む
「それが、感覚共化です。ある特定の人物の知覚を共有する事で、自身の知覚を越えた情報を獲得する能力だと思って下さい」
「なるほど……何となくはわかりました」
ロンディーネの言葉に、詩織は自らの体験と記憶にそれを重ね合わせて頷く
自身の力の及ぶ限り、既存の法則などを一切無視して世界に自らの望んだ事象を顕現させる事ができる全霊命の戦闘では、光など足元にも及ばないほどの神速による戦闘が繰り広げられている。
しかし、これまでその神速の戦闘を詩織はその目で見てきている。それこそが感覚共化と呼ばれる知覚共有化現象であり、今まさに会場でルカが使っている技能でもある。
「ですが、それだけではありませんね。おそらく天の視点を用いています」
会場のルカに視線を送るロンディーネの目に光が灯る。
「天の視点……?」
魔道人形として搭載された解析機能を用い、ルカを分析したロンディーネの説明に詩織はやや困惑気味に首を傾げる
「天の視点は、感覚共化の応用に当たる技能なのですが、空間そのものと自身の知覚を共有し、第三者の視点で世界を見る能力……つまり、その力を使っていれば三次元的多面で自分を客観的に捉える事が出来ます」
「凄いですね……」
ロンディーネの説明に、詩織は感嘆の声を漏らす
天の視点は、自身の気を空間と同調させ、そこに刻まれた情報を感覚共化する技術。
例えば格闘技やスポーツなどを横から見ている分には大した事が無いように感じられるが、いざ自分が戦うとなるとそうはいかないように、客観的視点と主観的視点では得られる情報が異なる
通常の視界に加えて、自分自身を客観的に見た情報を得た天の視点の能力は、全方位を把握し、死角をなくすという事に等しい。それによって、よほどの差が無い限り相手の持つ速さという長所をも殺す事ができるのだ
「ええ。……もっとも、自分の視点と空間視点を脳内で処理しないといけませんから、かなり難度の高い技ではあります」
最後にそう付け加えて、ロンディーネは会場に視線を戻す
天の視点の最大の欠点は、自分の視点に加えて第三者から見た全方位からの映像を自前の脳内で処理しなければならない事にある。
ほぼ全方位を多元的に捉える天の視点がもたらす視覚情報は極めて膨大で難解。それを一つの空間として認識し、把握するのはもはや天性の才能によるものと言っても過言ではない
「彼と感覚共化している事で、私の速さも見切っているのね……!」
「……浅いか」
大貴の斬撃を咄嗟に後方に飛んで回避し、わずかにかすった刃先で傷を負ったミスリーは、小さく歯軋りをして新体操のようなしなやかな動きで一気に大貴から距離を取る
通常のルカの能力では、ミスリーの速さと動きを完全に把握する事は不可能だ。
しかし感覚共化によってミスリーとほぼ同等以上の速さを持つ大貴の知覚を得る事で、ルカはミスリーの動きと速さに完全に対応する事ができるまでになっている。
そして感覚共化の能力が優れているほど、実力差や経験値を考慮せずにどんな相手とでも息の合ったコンビネーションを実現する事が出来るようになる
それこそが、自身が決して高い戦闘力を持たないルカが舞戦祭でタッグバトルにエントリーした最大の理由だ。
(……彼女の事を完全に侮っていたわね……彼の力の強さに隠れがちになるけれど、あの後方支援は厄介だわ)
王族と同等以上という気の強さを持つ大貴の派手な力に気を取られ、ルカの能力を見誤っていた事に、ミスリーは内心で自らを戒める。
「逃がすか!」
距離を取って体勢を整えようとするミスリーに追撃をかけようとした大貴の眼前に、トランバルトが無音で放った弾丸が肉迫する。
しかしその弾丸は地を這うように空を切り、大貴の正面で一気に天へと上ったルカのペンデュラムによって粉砕される
「……っ!」
「オオオオオオッ!!」
ルカの援護が分かっていたのか、一切速度を緩めることなく大貴に肉迫した大貴は、自身の気を纏わせた斬撃をミスリーに向けて放つ
しかし、獣化したミスリーはその優れた身体能力によって大貴の斬撃を紙一重で回避し、大地を砕く気の波動に紛れて後方へと飛びずさる
『一回戦とはうって変わり、大貴選手とルカ選手のコンビネーションが形になっているんですな』
『そうですね。攻撃を繰り出す大貴選手とそれをサポートするルカ選手。まさに夫唱婦随、鴛鴦の契り、比翼連理の如くですね』
その解説と同時に、人間界城の一室ではまさに「ビシィイイッ」という音でも聞こえてきそうなほど空間が冷たく凍てついていた
「ひぃっ」
「キュウッ」
周囲の空間を満たす絶対零度の怒気と、圧倒的なオーラに思わずリッヒとザイアの口から悲鳴にも似た声が漏れる。
リッヒとザイアがこの空間を凍てつかせた張本人――ヒナに恐る恐る視線を向ける。
「この実況の方、面白い事を仰いますね。一体誰と誰が仲睦まじい伴侶なのでしょう?」
リッヒとザイアの恐怖に彩られた視線を向けられるヒナは、そんなものなど一切意に介する事無く、テレビに視線を向けたまま、薄い笑みを浮かべている
(目が笑ってませんよ、お姉様……)
しかし、生まれた時からずっと姉の事を見ているリッヒには、いくら表情が笑っていてもヒナの目が全く笑っていないのは一目瞭然だ。
もっともそんな事を知らなくとも、ヒナの身体から放たれる容赦ない絶対零度の負のオーラを見ればそんな事は分かり切った事なのだが。
「お、落ち着いて下さいお姉様。単なるものの例えじゃないですか」
「キュ、キュ」
慌ててフォローを入れるリッヒに、ザイアも渾身の速さで首を縦に振りながら肯定の意を示す。
夫唱婦随、鴛鴦の契り、比翼の連理はいずれも仲睦まじい夫婦仲などを表す際に用いられる言葉。
実況のシャオメイとしては、攻撃と支援を分担しつつ、抜群のコンビネーションを発揮して戦う大貴とルカの姿を仲の良い伴侶に例えただけに過ぎないのだろうが、その言葉が未だに進展の少ない大貴の婚約者筆頭であるヒナの感情を刺激するのは必然というものだろう。
「大貴さんも大貴さんです……私というものがありながら、いくらペアを組んだとはいえ、あんなにも息を合わせられて……別に大貴さんが複数の伴侶を持つのを反対する気はありませんが、まずは私を正式に伴侶にしてくださってからだと思います」
リッヒの言葉など全く耳に入らない様子で不機嫌そうに呟いたヒナは、画面に映し出されている大貴に恨めしそうな視線を向ける。
多夫多妻制を導入している人間界で生まれ育ったヒナにとって、複数の伴侶を持つ事はさほど抵抗のある事ではない。全く無いわけではないが、「人にはそれぞれ魅力があり、それぞれ違う部分を愛された」と納得する程度の感性は当然持ち合わせている。
しかし、それと感情は別の話だ。先に婚約者候補として大貴と関係を築いていた自分よりもテレビの中で共に戦うルカと大貴の方が親密な関係に見えるのだから、ヒナとしては面白くないに決まっている
「……お姉様、ではこうしてはいかがですか?」
「?」
ヒナの様子に苦笑したリッヒは、テレビに映る大貴とルカに羨望と嫉妬の眼差しを向ける姉に穏やかに微笑みかけた
それとほぼ同時刻。会場の客席の最上段からその戦いを観戦していたレスターとメリルは、息を合わせて戦う大貴とルカを見て目を細める
「ルカが本領を発揮しているようだな」
「ですね」
会場の最上段に設けられた柵に頭を乗せるようにして試合を観戦しているメリルは、レスターの言葉に肯定を示す。
「ルカちゃんは戦闘能力こそ平凡ですが、集団戦闘ではその中核を成す典型的な支援型ですです。感覚共化と知覚共有で連携をサポートする事で、戦況を把握し、戦力を掌握する……支援系能力に関しては、かなりの実力者ですからね」
そう言ってメリルは会場のルカに視線を向けた
「……っ、やるじゃない」
大貴の斬撃を紙一重で回避したミスリーは、内心で冷や汗をかきながらも平静を装ってその獅子のような顔に笑みを浮かべる。
(今の一撃は危なかった。我ながらよくかわせたわね……)
「……だから特別に、私のとっておきを見せてあ・げ・る」
甘い声とは裏腹に一瞬にして表情を消したミスリーが軽く手を振り払うと、瞬時に周囲に無数の障壁が展開される。
「っ、これは……?」
『これは、ミスリー選手、自分の周囲に無数の障壁を張り巡らせたーーっ!?』
自分達の周囲を囲うように展開された無数の障壁に視線を巡らせる大貴と対峙するミスリーは、先ほどよりも頭一つ分ほど高い位置から声を向けてくる
「これは対ミリティア・グレイサー用の奥の手だったんだけど……仕方ないわよね」
その言葉に、ミスリーを見た大貴は思わず息を呑む
大貴に向かって一歩踏み出したミスリーの脚――先程まで獣の脚だったそこには、巨大な剣と一体化した装甲が纏われており、巨大な剣そのものとなった脚の切っ先で地面を突き刺し、まるで竹馬のように佇んでいる
「……脚にも、剣を?」
《気をつけて大貴君》
《ああ》
剣の脚となったミスリーを前に息を呑む大貴の脳裏に、思念通話によるルカの声が響く
「……いくわよ」
静かにミスリーが呟いた次の瞬間、紅の獣となったミスリーの姿が大貴の眼前から一瞬にして消失する
「っ!」
まるで蝋燭の火を吹き消したかのような刹那の消失。しかし、大貴の優れた知覚と強化された同大使職は、目にも止まらぬ速さで瞬間的に移動したミスリーの姿を正確に捉えていた
その場で俊足で移動したミスリーは、周囲を囲むように張り巡らせた障壁を足場にしながら跳躍し、一瞬にして大貴の背後に移動する。
「はああっ!」
「……っ」
障壁を足場にして大貴の背後に移動したミスリーの剣爪の斬撃を反射的に迎撃した瞬間、体を捻ったミスリーが剣と化した脚で大貴の首筋を狙って蹴りつける
(っ、疾い……しかもなんて変則的な動きだ!)
剣となった脚での蹴りを紙一重で回避した大貴は、すぐさま気を纏わせた斬撃をミスリーに向けて放つ
「この……っ!」
しかし、大貴の斬撃が届く前に跳躍して距離を取ったミスリーは、再度障壁を足場にしながら目にも止まらぬ速さで三次元を跳躍する
「逃がすか……っ!」
咄嗟にそれを追おうとした大貴だが、不規則に配置された障壁にその動きを遮られ、ミスリーの後を追う事が出来ない
「なら、こんなもの……!」
動きを制限する障壁を破壊しようと刀に気を纏わせるが、それに気付いたミスリーは三次元を超高速で跳躍して斬撃を放つ
「っ!」
「させる訳無いでしょ?」
それを紙一重で回避し、唇を引き結ぶ大貴にミスリーはその獣の顔に不敵な笑みを浮かべる。
障壁とは、仮想された仮想盾。そこに刻まれた情報は人間界が誇る粒子物理防御壁――いわゆる「バリア」なのだが、仮想のシステム上その強度は物理のそれに準じる事になる。
人間界屈指の防御力を誇る仮想盾だが、強力な界能による物理を超えた霊的破壊力を備えた攻撃を防ぐには難しい。当然その弱点を把握しているミスリーは、大貴に障壁を破壊させずに、その動きを制約しつつ自身の速さと変則的な動きで撹乱する優位な戦場を維持する戦略を取る
「いけない……!」
その様子を見て咄嗟に援護のために放ったルカのペンデュラムが流星のように奔り、ミスリーが張り巡らせた障壁の合間を縫うように一直線にミスリーに向かっていく
しかしその流星は、同じように障壁の合間を縫って飛来した閃光に撃ち落とされる
「……っ」
「そう簡単に援護させる訳にはいかないな」
「なら……!」
不敵な笑みを浮かべて、手にした光銃を手の中で巧みに操るトランバルトに唇をかんだルカは、一度に三つのペンデュラムを放つ。
三つの流星は、それぞれが全く異なる軌道を描きながら空を奔る。しかしトランバルトはその三つの流星を障壁で相殺し、同時に両腕で構えた銃の引き金を引き、左右から迫るものを的確に撃ち落とす。
「残念」
冷静な判断力と、精度の高い射撃によって完全に攻撃が封殺され、ルカはわずかに唇を噛み締める。
「彼はちょっと手強いからね。……悪いけどまずは君から倒させてもらうよ」
そう言って、トランバルトは両手に持った光銃を上空に放り投げつつ、装霊機の収納空間からマスケット銃に似た銃を取り出す
空間から出現する巨大な銃、先程まで両手に持っていた二丁の銃のように最新鋭の科学と魔法が搭載された武器とは異なり、新たに取り出されたマスケット銃は、火薬で鉛玉を弾く古典的な武器。
しかし魔法による性能と技術の補助が無い単純な武器だからこそ、気による威力強化、能力強化を行う事が出来る。
ルカにマスケット銃の銃口を向けてトランバルトが引き金を引くと、「気」によって威力が強化された銃弾が螺旋の回転を受けながら一条の光となって空を射抜く。
気の力によって銃としての威力の限界を超え、そのあまりの威力に発射した衝撃だけで大地が砕け散る
「……っ!」
トランバルトが自分に銃口を向けた時点でその攻撃を見切っていたルカは、自身の正面に瞬間的に無数の障壁を展開し、さらに今まで操っていなかった四本目のペンデュラムを自身の正面に渦巻かせて防壁を作りだす。
それとほぼ同時に、トランバルトの放った気弾が重複された障壁を次々に貫いてルカに迫るが、渦巻状に壁を作りだしているペンデュラムの結界に遮られた
「……さすが。一筋縄ではいかないな」
自身の気を凝縮した銃弾を阻まれ、必然と割り切っているようにも、驚嘆を覚えているようにも聞こえる声で呟いたトランバルトは、マスケット銃の引き金を引く
トランバルトの気が凝縮され、光学兵器を凌ぐ破壊力と戦略兵器と同等以上の破壊力を与えられた銃弾が今度は三発、銃声と共に放たれルカに向かって空を貫く。
その攻撃を防げないと瞬時に判断したルカは、ペンデュラムを自身の身体に巻きつけ、その力で自分自身を投げ飛ばす事でトランバルトの攻撃の射程から逃れる
「……でも、まだまだ甘い」
いくら気で強化されているとはいえ、元は銃弾。その射程は直線距離に限られる。勿論、後天的な軌道制御は決して不可能な事ではないが、消費が大きいため滅多に使われる事は無い。
それを互いに分かっているからこそ、ルカはペンデュラムによって明後日の咆哮へ飛び、トランバルトはそれを見越して攻撃を配置する
「……っ」
『こ、これは』
ルカと実況のシャオメイが同時に息を呑んで目を見開く。
ルカが距離を取ったのとほぼ同時にトランバルトの周囲の空間が一斉に揺らめき、そこから十ではきかない砲身が一斉にその姿を現す。
「……っ!」
まるで無数の砲身を従えているかのような出で立ちになったトランバルトは、思念で繋がっている全ての砲身に指令を下して一斉にその引き金を引く
一斉に火を噴いた砲身から奔る閃光に、ルカは左右の手にそれぞれ二つずつ持っているペンデュラムを操作し、障壁の足場と併用しながら全ての閃光を軽やかに回避していく
『これは凄い!! ルカ選手、ペンデュラムと障壁の足場を利用して、この砲弾の雨を巧みにかいくぐっていきます!!』
『いや、まだなんですな!!』
解説のディエゴの言葉と同時に放たれた閃光が空中で軌道を変え、ルカめがけて空を奔る
『これは、追尾!?』
『え、ですが解説のディエゴさん、光学兵器に追尾機能はつけられないんじゃ……』
驚愕を隠しきれない様子で訊ねたシャオメイに、解説席のディエゴは眉間に皺を寄せながら話を続ける
『おそらく、あれはただの光学兵器ではなく、光学兵器に用いられる光粒子を発生する機能を持った操作系武装の銃弾なんですな。
発射された銃弾は、光粒子を放ちながら飛翔し、亜光速で放たれるその様子は通常の光学兵器と瓜二つ。そして操作系武装を用いる事で、後天的弾道操作を可能としているんですな』
「……正解」
ディエゴのその解説を聞いて、トランバルトは小さく口元を歪める
光学兵器を搭載した実体弾は、人間界軍でも用いられる武装の一つだ。
しかしその使用目的は主に実体弾で誘導したポットから全方位に光学兵器を射出する、いわば誘導型のクラスタービーム爆弾として用いられる。トランバルトのように光学兵器に見せかける使い方というのは、極めて稀有なものだと言わざるを得ない。
トランバルトの独創性のある武器の利用に、驚愕と驚嘆を隠せない様子のディエゴは、解説席からわずかに身を乗り出して空中を乱舞する光の軌跡に目を向ける。
「っ、なら全部撃ち落とすだけ!!」
空中で自在に軌道を変えて向かってくる閃光を見たルカは、気を注ぎこんだペンデュラムを操り、自分のに纏わせて防御と攻撃を両立させる渦を作り出す。
ルカが張り巡らせたペンデュラムの嵐は、トランバルトの光学兵器をことごとく無力化し、破壊した光の粒子と爆発を旋風によって吹き飛ばす
「……うん、そう来るよね」
しかし、ルカのその行動すらトランバルトの計算の内。
ルカが攻撃を迎撃すると同時に、長い袖の中から手のひらに収まるような小さな銃を取り出して、その引き金を引く。
「……っ!」
鈍い銃声が轟き、次いでルカの体勢が崩れる。
その脇腹からは紅い液体が染み出しており、トランバルトの放った銃弾がルカの身体を貫いた事を如実に物語っている。
『これは、ルカ選手にトランバルト選手の攻撃がヒット!!』
『おそらく、ルカ選手の能力を逆手に取ったんですな』
『……と、言いますと?』
思わず声を上げたディエゴに、すかさず実況のシャオメイが問いかける
『天の視点は、周囲の空間全てに自身の知覚を巡らせる技能。確かにその優位性は優れたものですが、逆に言えば周囲全てが見えてしまっているんですな。
さらに感覚共化によって限界を超えた知覚を得ているルカ選手は、自身の限界を超えた知覚領域で、この会場全ての視覚情報を自前の脳で処理している状態なんですな。
おそらくトランバルト選手は、ルカ選手に防がれるのを見越して操作系武装の弾丸の中に、何かしらの光信号を含ませ、全方位を視る事ができるルカ選手が、それを全て視野に入れてしまう事で、その情報処理を妨げたんですな』
『なるほど、全てを見てしまうが故に、本来なら入らない視覚情報で混乱させられてしまったんですね』
『その通りですな』
(……なるほど、道理で……)
そのやり取りを聞きながら、わずかによろめいたルカは銃弾を受けた脇腹に手を当てて、その苦痛に整った表情を歪める
先ほどの一瞬、全ての包囲を視ていた自分の身体の動きと反応が瞬間的に鈍った事を思い出してその理由を把握したルカは、一瞬にして自分の天の視点の欠点を見抜き、それに対応して見せたトランバルトに敬意と感嘆と驚愕の感情を同時に抱いていた
『……それにしても、一回戦といい、この戦況に応じた様々な戦術を立てる機転と、それを実現させる武装の数々は見事としか言いようが無いんですな。トランバルト選手は、優れた造能の使い手ですな』
解説席のディエゴの言葉に含まれた聞き慣れない単語に、客席の詩織は首を傾げる
「……造能?」
「科学をはじめとした霊的な力よりも、世界の法則に準じた技術の総称です」
それにすかさず答えたロンディーネの言葉に、詩織は納得しながら小さく頷く
「本来は霊的な力を全く用いずに使う技術の総称なのですが、現在では高度な科学や、魔法に対してつかわれる事が多いですね」
そう付け加えて、ロンディーネは会場に視線を戻す。
造能は、霊的な力を持たない「被造能力」の総称。霊的ではなく物理的に生み出される力を指し、剣や銃などを作るのも、超高度な科学によって人型兵器を作るのも同様に造能と呼ぶ。
「……なるほど」
詩織の質問にロンディーネが答えるという、すでに定番となりつつあるやり取りが客席の一角で行われている頃、わずかによろめいたルカに不規則に配置された障壁の檻に囲まれた大貴が咄嗟に視線を向ける
「……っ」
「そっちにばかり気を取られていいのかしら!?」
刹那、妖艶な声に我に返った大貴は、手甲の剣爪と脚の剣に気を纏わせて肉迫するミスリーを見て目を見開く。
「しまっ……」
一瞬の隙を突いて肉迫したミスリーに咄嗟に斬撃を放つ大貴だが、ミスリーもそれは織り込み済み。大貴の反応よりもさらに半瞬だけ早く地を蹴って上空に飛び上がり、障壁を足場にして大貴の上空からかかと落としの要領で脚に装備した大剣を振り下ろす。
「ぐっ……!」
完全に不意をつかれた大貴は、その攻撃に翻弄され肩口にその一撃を受けてしまう。
「……!」
肩口に食い込んだ剣が血に濡れ、大貴はその苦痛に顔を歪ませる。
その手応えを感じるミスリーが険しい表情を浮かべると同時に、大貴は苦痛を堪えながら手にした刀に渾身の気を注ぎ込む。
「く、そっ……オオオオオオオッ!!」
ミスリーが攻撃を当て、その動きを止めた一瞬の隙をついた大貴は、王族と同等以上の強大にして莫大な気の力を解放する。
強大な破壊の気の奔流が障壁に囲まれた空間の中に吹き荒れ、その圧倒的な破壊力に無数の障壁がその破壊力に耐えきれずに打ち砕かれ、無力な光の粒子となって気の奔流の中に溶けていく。
『こ、これはすごい!! 大貴選手の気の波動が、無数の障壁を一瞬にして薙ぎ払っていく!』
『あれだけの数の障壁ともなれば、おそらく装霊機の処理量の限界に近いはずなんですな。それをこうも容易く薙ぎ払うとは……』
その光景にシャオメイとディエゴが感嘆の声を漏らす。
障壁は無限に展開できるわけではない。装霊機に武装ソフトとしてインストールされている障壁は、その本体である装霊機の性能によって一度に出せる枚数が決まる。
通常ならば一度に展開できる障壁の数は三~五枚。ミスリーは装霊機の容量を増やす事で数十枚の障壁を同時に展開しているが、装霊機のスペックを考えても、この技を使っている間障壁以外の機能は使えなくなっている。
さらに障壁には互換強化作用があり、一度に複数枚重ねる事で相対的な防御力を上昇させる事ができる。不規則ではあるが無造作に並べられている訳ではないミスリーの障壁の檻は、この作用によってそれ相応の強度強化が行われている。
相対的に強化された障壁の檻を一撃の元に粉砕され、その気の奔流を振り払ったミスリーは、その衝撃を堪えるように剣のごとき装甲を纏った脚で地を突き刺しながらトランバルトの横にまで移動する
「……っ!」
「惜しかったですね。紙一重で回避されましたか?」
「……命中したわ」
自分の近くまで吹き飛ばされてきたミスリーに、声をかけたトランバルトは、険しい表情で語られた若干の恐怖と戦慄を含んだ声音に思わず目を瞠る
「……え?」
「だから、私の攻撃は確実に彼を捉えた。でも彼の強大な気の防御に阻まれて、あの程度の傷にされたのよ」
その言葉の意味を掴みあぐねるような声を漏らしたトランバルトに、ミスリーは若干語気を強める
「冗談……ですよね?」
「そうだったら、嬉しいんだけど……」
愕然とした様子で言うトランバルトに、ミスリーは動揺を押し殺しながら応じる。
ミスリーの一撃は完全に大貴の不意を衝き、その脚剣による斬撃も確実に大貴を捉えた。並の騎士なら――否、あの一撃で勝敗がついているはずだったのだ。
にも関わらず大貴の桁外れの強大な気は、ミスリーの渾身の気を込めた斬撃を受けてもわずかにその刃が食い込む程度の傷しか与えられていない。
その一撃が巨大戦艦すら一太刀の元に両断する威力がある事を知っているトランバルトの驚愕は、筆舌に尽くし難いものがある。
「……っ」
戦闘が出来ないほど深くは無いが、決して浅く無い傷を受けてとめどなく血を流している肩の傷に手を当ててその痛みに歯を食いしばる大貴の脳裏に、ルカの思念が響いてくる。
《大貴君》
《……ただのかすり傷だ》
それが自分の身を案じての事だと分かる大貴は、務めて平静を装いながらルカに応じる。
《それより、お前の傷は平気なのか?》
《……うん、ありがとう》
大貴の思念通話を受けたルカは、血に濡れた腹部を抑えて頷く。
ルカの脇腹を射抜いた銃弾は、致命傷こそ避けているが大貴同様決して軽い物でも無い。しかしルカはあえて自分の状態を大貴に告げずに、普段通りに応じる。
幸いにも、気には治癒の能力もあり、身体能力の強化によって回復力も上昇させる事が出来る。この程度の傷なら時間さえあれば完治させる事は容易だ。
(……あの人は強い。でも私は……)
ミスリーの隣に立つトランバルトに視線を向け、ルカは目を細める。
その脳裏によぎるのは、ルカがこの舞戦祭に参加した理由。友人が重傷を負っても、無関係な他人である大貴を巻き込んででも叶えたいこの試合にかけた自分の願い。
(私は、負けられない!)
先ほどの攻撃で大貴を倒せなかった悪夢のような出来事をかき消すように、ミスリーは小さく首を横に振って自身を鼓舞するように強い口調で言い放つ。
「……一気にたたみかけるわよ」
「はい」
互いに一撃ずつダメージを与えたミスリーとトランバルトは、対戦相手である大貴とルカに視線を向けて武器を構える。
気による傷の回復が可能である以上、ここで時間をかけてはせっかく与えたダメージが無駄になってしまう。何よりこの戦いは「予選第二回戦」。本戦に出るには次の試合を勝ち抜かねばならず、優勝を目指すなら本戦に出てからも勝ち続けなければならない。
消耗を最小限に抑えるため、ここで勝利を手にするために剣爪を構えたミスリーは地を蹴り、常人には不可視の速さで大貴に肉迫する。
「はあっ!!」
しかしその速さにも大貴は対応し、肩の傷など感じさせないほどの動きでミスリーの剣爪による攻撃を受け止める。
このまま超速戦闘に持ち込んでは、先程までと同じ。だからこそミスリーは別の戦術を選択する。剣爪を防がれたミスリーは、その爪を起点に身体をねじり、剣を嵌めた脚による蹴りを放つ。
「……!」
それを交わした大貴は、先程まで直立二足歩行をする獣だったミスリーの姿がワインレッドの髪の美女のそれになっている事に目を見開く
「……!」
(姿が……)
人間の姿に戻った事で動揺を見せた大貴に向けて、ワインレッドの髪の美女――ミスリーは妖艶な色香を纏った笑みを向ける
「一つ覚えておきなさい。人と獣の姿を分ける亜人は、変身前と後でその能力は全く異なるものになるのよ!」
その言葉と同時に、装霊機から細身の刀身を持つレイピアを取り出したミスリーは、園先端を大貴に向けて弾丸のような突きを放つ。
人と人型の獣の姿を使い分ける亜人種――「人獣」は、その姿によって能力が異なる。
獣の姿は一般的に身体能力に長け、その能力を活かした力任せの戦闘を得意とするが、人間の姿は自身の能力を活かす技巧的な戦い方を得手とする事が多い。
「はあああっ!!」
「っ!」
これまでの身体能力に任せた力任せの戦闘から、洗練された技巧的な戦闘へ。
超速で戦闘をしながらその二つの姿を使い分け、次々に切り替えた攻撃を繰り出すミスリーに大貴は翻弄される
(……やりにくい)
力任せの速さから、研ぎ澄まされた技巧的な速さへと。自身の姿と能力を交互に使い分けて戦うミスリーの変則的な戦闘能力に手こずる大貴は、その攻撃を捌きながら歯噛みする
「はああっ!」
そんな変則的な速さで攻撃を繰り出すミスリーが、刹那の加速を以って大貴に斬撃を放つ。
「……っ」
その斬撃が自分の腕を狙って放たれたのを見た大貴がは、咄嗟に手にした刀から手を離してその攻撃を回避する。
しかしわずかに間に合わなかった大貴の腕をミスリーの剣先が掠め、紅いものが宙に舞う。
「……やるじゃない」
「それはどうも……っ!」
不敵な笑みを浮かべたミスリーに笑みを返した大貴は、そのレイピアを気で強化した足で力任せに蹴り上げる。
「……っ!」
ミスリーのレイピアを弾き飛ばした大貴は、先ほど手を話した刀の柄を再び空中で掴み、そのまま薙ぎ払うように斬撃を繰り出す。
しかしその斬撃も、瞬時に獣化したミスリーが剣爪に阻まれその衝撃波が会場の大地を撫でながら粉砕する。
「……!」
その光景に反射的に銃を抜いたトランバルトは、閃光を纏って飛来したペンデュラムを後方に跳んで回避する。
「させない」
地面に打ち込んだペンデュラムをアンカー代わりに、自身の身体をトランバルトの元へと一気に引き寄せたルカは、その背後の空間から無数のペンデュラムを出現させて自分とトランバルトを渦巻くペンデュラムの檻に閉じ込める
「……っ、これは!?」
「私も、相手の妨害は得意な方なの。私のペンデュラムで封印空間を形成しました。この中にいる限り、魔法と科学は封じられる」
「……!」
わずかに目を瞠ったトランバルトに、ルカは言葉を続ける
「一般的に造能を好んで使うのは、気の力が弱い人。あなたは後方からの援護射撃を基本戦術にしているし、気を込めた銃弾もこの試合中四発しか使っていない。
だから思ったの。もしかしてあなたは気の総量が決して多く無く、気を使った戦闘が苦手なんじゃないかって」
その言葉を証明するように、わずかに険しい表情を浮かべたトランバルトは小さく肩を竦めて自分をペンデュラムの結界に閉じ込めたルカに視線を向ける
この空間は、ルカのペンデュラムによって構築された霊的情報体そのもの。犯罪者を取り押さえるためなどに一般的に用いられるこの封印空間は、物理に対して優先的拘束力を持つのに対して同質の霊的な力の抵抗を妨げる力は弱い。
つまり、この霊的封印空間の中で、霊の力を行使できないという事はルカの霊的封印力に抗うだけの霊的な力をトランバルトが有していないという事の何よりの証明といって良いものだった
「……それで僕を閉じ込めてどうするの? これで勝てるとは限らないんじゃない?」
「大丈夫。だって、一対一なら大貴君が負けるわけ無いから」
トランバルトの言葉を否定し、ルカは強がりでも虚勢でも無い、信頼に満ちたまっすぐな視線と言葉を紡ぐ
「……!」
トランバルトからすれば、その言葉であわよくばこの封印空間を解除しようとしたのかもしれない。或いはルカの隙をついて何かをしようとしていたのかもしれない。
しかし、大貴の勝利を信じる――あるいは妄信しているルカにそれをするのを諦めたのか、臨戦態勢に入っていた身体を脱力させる
(だから大貴君、あとはお願いね……!)
トランバルトから戦意と隙を窺うような鋭い視線が消えたのを確認して、ルカはペンデュラムによって作り上げた結界の中から、ミスリーと向かい合う大貴の背に微笑みかける
『これは、ルカ選手、トランバルト選手の戦闘力を封じたのか!?』
『おそらくトランバルト選手は、気による戦闘力が低いんですな。だからこそ、ルカ選手の封印の力場に抗う事が出来ないんですな』
「……どうやら、あの二人は戦線離脱の様だな」
「ええ。つまりは私たちの内、勝った方がこの試合の勝者って事よね」
シャオメイとディエゴの解説を聞きながら視線を交わし、大貴とミスリーは互いの武器に気を充実させていく
地響きのような音を立てて空間が軋み、これまでの戦闘によって砕かれた地面や世界がその力に共鳴して震える。
その空間の振動と、二人の間に漂う緊張感が客席でその戦いを見ている観客たちにも只ならぬものを感じさせるのか、会場の観客達も固唾を呑んでその様子を見守る。
息をする事すら重々しく感じられる緊張感と静寂。それを破ったのはミスリーだった。
「いくわよ!!」
渾身の気の力を込めた剣爪をかざし、獣化した自身の身体機能の全てを発揮し、一筋の紅い閃光となって大貴に向かって突撃する
常人の目には映らないほどの超スピードで大貴に肉迫するミスリーは、一直線に突っ込むように見せかけながら、その最中に長い尾で地面に突き刺さった自身のレイピアを拾い上げる
先刻の攻防で大貴に弾き飛ばされたレイピアを、自分の尾ですれ違いざまに拾い上げたミスリーは超速で移動しながらそのレイピアを投げナイフのように投擲する。
「……!」
今まさにミスリーを迎え撃とうとしていた大貴は、虚を突いて投げ放たれたミスリーのレイピアに怯む事無く、防ぐ事も避ける事もせずに気を纏わせた刀を振り上げる。
回避も防御もしない大貴にミスリーが目を瞠ったのはほんの一瞬。すぐさま獲物を狩る狩人の顔に戻ったミスリーは、跳躍し独楽のように回転しながら渾身の気を注ぎこんだ剣爪と足の大剣を大貴に向けて放つ。
「ハアアアッ!!」
「オオオオオオッ!!」
投擲したレイピアを腕で受けた大貴は、そのまま渾身の力を込めた刀を最上段から袈裟掛けに振り下ろす。
四肢に刃を纏い、全てを切り裂く旋風となったミスリーと大貴の一太刀が真正面からぶつかり合い、剣爪ごとミスリーの武器を一太刀の元に斬壊させる。
圧倒的な力を持つ大貴の気がミスリーの気を真正面からかき消し、会場を包み込む結界すら破壊するのではないかという程の力の奔流が衝撃波となって会場を蹂躙する。
「……っ!」
武器を粉砕され、気の衝撃波を叩きつけられたミスリーの身体はそのまま糸の切れたマリオネットのように崩れ落ち、その場に膝をつく事でかろうじて姿勢を支える。
ミスリーがレイピアを投擲したのは、気の絶対値で劣っている以上、真正面からの激突では自分に分が悪いと分かっていたからだ。
「……大したものね、あなたって……」
力で劣っているからこそ、真正面から力で勝つ――その戦術をあえて受ける事でそれを上回る真正面からの力で打ち破られたミスリーの胸中には、清々しい程の敗北感しか無かった
「あんたたちもな」
「……私の負けね」
大貴の言葉に小さく独白したミスリーは、ワインレッドの髪を持つ人間の姿に戻る。
戦意の消えたミスリーの視線を受けたトランバルトは、一瞬だけ浮かんだ無念の感情を微笑で押し殺して頷く
「……降参します」
その言葉を聞いたシャオメイは、小さく頷いて目を伏せると手を高々と掲げる。
『勝者! ルカ、大貴ペア!!』