麗水の女帝と舞花の姫
会場の興奮が冷めやらぬ中、次の開始時刻間際になって会場を包んだ空気に詩織は首を傾げる
「ロンディーネさん、なんか会場の様子がおかしくないですか?」
先程は大番狂わせの結果となったために、大半の者が悲嘆にくれる中で一部の者が歓喜の声を上げるという雰囲気だったが、今の会場は一様に興奮に包まれ試合の開始を今か今かと待ちわびている様子がひしひしと伝わってくる
もちろん今までの戦いも、選手の登場を待ちわびていたのは確かだったが、今会場を包み込んでいる雰囲気はそれとは何かが違っているように詩織が感じられた
「次の戦いが始まるのを待ちわびているのですよ」
「え?」
その詩織の疑問に、隣に座っているロンディーネが静かに微笑んで応じる
「次に出てくるのは、この第三ブロックで最も優勝する確率が高い『優勝候補筆頭』。――さらにこのタッグバトルの優勝予想でも二位につけている本命中の本命ですから」
「……!」
ロンディーネの口から紡がれた言葉に思わず息を呑んだ詩織は、弾かれるように見開かれた瞳を会場へと向ける
『さあ、皆さまお待たせいたしました! 舞戦祭第三ブロック一回戦最終試合、ついにこの方々の登場です! このブロック一番人気! そして舞戦祭に咲く麗しき花!』
会場のモニターを独占したシャオメイの言葉に、会場から歓喜の声が漏れる
そして今か今かと待ちわびる会場の声に応えるように、戦場を取り仕切る役目を与えられたシャオメイは、その本領を発揮して高らかに「その名」を呼ぶ
『女帝、エクレール・トリステーゼ! そして舞戦姫、ミリティア・グレイサー!』
その名が呼ばれると同時に、会場が割れんばかりの声援に包みこまれる。男女問わずに吹き荒れる声の嵐の中、二人の女性が会場に出現する
一人は腰まで届く艶やかな黒髪をなびかせた女性。何物にも触れ難い薔薇の様な高貴な印象を見るものに与える美貌を携え、声の嵐などまったく意にも介さずに静かに、そして優美に会場の中心に向かって歩いていく
もう一人はまるで朝やけの空の様な色鮮やかな橙色の髪をなびかせた女性。見る者全ての視線を集める大輪の牡丹のような華やかで可憐な容姿と温かな陽だまりの様な空気を纏って、声の嵐が吹き荒れる会場ににこやかに手を振っている
「すごい人気ですね……」
割れんばかりの声援に無意識に耳を手で抑えながら詩織が言うと、会場の二人の女性に視線を向けたままでロンディーネが応じる
「当然です。彼女――エクレール・トリステーゼ様は舞戦祭のシングルバトルで年間トップ5に君臨し続けている「女帝」と呼ばれるほどの実力者。
そしてミリティア・グレイサー様は『舞戦姫』の通り名の通り、この舞戦祭の顔ともいえる容姿、実力共に優れた人間界屈指の有名人。その二人がタッグを組んだのですから、人気があって当然です」
「はあ……戦うアイドルって事ですか」
ロンディーネの言葉に、詩織は感嘆の息をついて、会場で人々の声援と関心を一手に集める美貌の戦士達に視線を向けた
「……まったく、いい客寄せパンダね」
会場中の視線を一手に集める二人の美女の片方――エクレール・トリステーゼは、その艶やかな黒髪を軽く手で払って煩わしそうに口を開く
「まあ、仕方ないですよ。お互いちょっと有名人ですから」
凛とした表情を全く崩す事無く言ったエクレールの言葉に、隣を歩く橙色の髪の美女――ミリティア・グレイサーが苦笑しながら応じる
基本的にシングルバトルで戦っている二人が今回のタッグバトルに参加したのは、単純に舞戦祭を運営する胴元に頼まれたからだ
つまりは客寄せのための演出。舞戦祭屈指の美貌と実力を持つ二人がタッグを組んで出場すれば世間の耳目を集めるのは明白で、人と収益を容易に集められると踏んでの事。エクレールが「客寄せパンダ」と揶揄したのはそのためだ
そしてその見え透いた客寄せ作戦が、まるで予定調和のように成功している事がエクレールの機嫌の悪化にさらに拍車をかけていた
「まったく、あれこれと金儲けの手段をよく思いつく……」
忌々しげに小声で吐き捨てたエクレールの言葉は、会場を包み込む声援にかき消され、隣を歩いているミリティアの耳にすら届かない
「何か言いました?」
「いや、私はあなたみたいに愛嬌を振りまくのは得意じゃないと思っていたのよ」
首をかしげるミリティアに、エクレールは先ほどの考えをわざわざ言うのは愚かしいと考えて、若干自嘲気味に笑いながらまったく別の話題で答える
「いいんじゃないですか? 私、愛嬌をふりまくエクレールさんなんて想像できませんから」
「……褒め言葉として受け取っておくわ」
あどけない笑みを浮かべたミリティアの言葉に、エクレールはいつも通りに涼やかに応じる
『対するは、ストール・シュラウトハウト、ウォンレイペア!』
エクレールとミリティアがそんなやり取りをしている中、シャオメイの宣言に応じて反対側の入場口から二人の男が現れる。
一人は全身に漆黒の衣を纏い、口元まで隠す純白のマフラーを足元までなびかせた青年。もう一人は腰まで届くほどの長い髪を首の後ろで一つに束ねた細身の青年だった
「こんなに美しいレディ達と一回戦からヤれるなんて俺は運がいい。よかったら、今夜お食事でもいかがです?」
会場の中央で二組四名の選手が向かい合うと、戦闘前の緊張感などまったく感じさせない軽薄な口調で背の高い長髪の男――「ウォンレイ」がエクレールとミリティアに軽くウインクして見せる
「えっと、それは……」
「食事だけなら、考えてあげてもいいわ。……ただし」
戦闘前の申し出に困惑した様子を見せるミリティアを制したエクレールは、涼やかな視線でウォンレイを見据える
「ただし?」
「私達に勝てたら、ね」
その言葉に、ウォンレイの口元が自然とつり上がる
「約束だぜ?」
答えたその横で彼のパートナーであるストールが盛大に肩を落としてため息をついていたのだが、そんな事をウォンレイは歯牙にもかけていない
「ええ、この名に誓って」
『試合開始っ!!』
ウォンレイの言葉にエクレールが微笑を浮かべたのと同時に、まるでタイミングを見計らっていたかのようにシャオメイの声が響き、戦いの火蓋が切って落とされる。
それと同時にウォンレイが装霊機を起動し、その空間に収納していた身の丈ほどの巨大な刀身がついた槍を取り出す
「……っ、大槍刀」
それを見て、詩織が息を呑む。
大槍刀。バスタードソードのような巨大な刃を持つ槍の様な武器。神魔も武器として用いていたその特殊な形状の武器は、普通に作ったのでは巨大すぎるが故に槍として持った時に重くなりすぎる刀身と、柄の強度保持の難しさ、扱いづらさなどから実戦に耐えうる物を物理的に作るのがほぼ不可能な武器。
それが実現できるのは、機構として霊的な回路――「魔法」を組み込む事で、様々な物理のマイナス面を極小化して実用化しているためだ。
大槍刀を持ったウォンレイの姿に、遠く別の世界にいる想い人の事を想い、詩織は無意識に膝の上に置いた手を硬く握りしめていた
「オオオオオッ!」
大槍刀を手にしたウォンレイは自身の気を流し込むと、気を纏わせた刀身を一薙ぎして力の波涛として解放する
『ウォンレイ選手、強烈な先制攻撃を放ったーーっ!!』
地を舐めるように走り、触れるもの全てを粉砕する意志を込められた気の波動が迫っても、エクレールとミリティアはその場から微動だにしようともしない
決して怯えて足が竦んでいるのではない。二人はまったく表情を変える事無く自分達に向かってくる気の波動を静観している
「……なるほど、中々のものね」
小さく呟いたエクレールが目を伏せた瞬間、その足元から波涛が噴き上がる。
それは気ではなく、仮想でもない紛れもなく実在する本物の「水」。エクレールの足元から生まれたおびただしい量の水は二人の美女を包み込むと天に逆巻く滝となって立ち昇る。
その水の壁がウォンレイの放った気の波動を受け止めて相殺し、空中に水飛沫を舞い散らせていた
「綺麗……」
ウォンレイの波動によって粉砕された水の破片が天空に舞い、ライトの光を反射して煌めく幻想的な光景をモニター越しに見ていた詩織の口から、思わず感嘆の息が漏れる
「あの水は装霊機に収納されていたものです。エクレール様は純粋な『水属性』の使い手ですから、あらかじめ装霊機に収納していた水を自らの力として操っているのです」
モニター越しに映し出される幻想的な光景に見惚れていた詩織を、ロンディーネの静かな言葉が現実に引き戻す
「水……属性?」
首を傾げた詩織に小さく頷いたロンディーネは、モニターに映るエクレールに視線を向けて言葉を続ける
「気に限らず、全ての界能には大きく『霊』、『火』、『風』、『水』、『土』の五つの属性があります。霊属性とは光と闇の事ですが、人間はその二つの属性を等しく持つ唯一の存在ですので、一括りに『霊』という属性として扱われています
エクレール様はその中で水の属性に特化しているため、その力を水に宿す戦闘手段を得意としておられということです」
「なるほど」
ロンディーネの説明に、詩織は合点がいったように呟く
詩織が水属性という言葉に疑問を呈したのは、聞き慣れない言葉だったからというわけではない
むしろ、地球で慣れ親しんだゲームなどでよく聞いた単語をここで聞くとは思わなかったからという理由の方が大きい
そして、その疑念に対し、詩織はその知識にあった「水属性」とこの世界における水属性の違いを理解し、認識を修正したというのが正しい
このロンディーネの言葉は、霊的な力に対する認識に乏しい詩織に説明するために要点のみを抽出したものであり、要点が省かれている
具体的には、「界能」に存在するという五つの属性――「霊」、「火」、「風」、「水」、「土」は別々に存在するのではなく、同時に存在しているということ。
つまり全ての界能が等しくこの五つの属性を有しており、この場合の「水属性」とは、五つの属性の中で最も強く表れる「形質」を意味している
そしてその中核をなすのが「霊」属性。「霊」とは即ち「界能」そのものの事を指しており、この世界で唯一光と闇の力を同時に有す「光魔神」から生まれた人間界の人間は、霊属性として「光」と「闇」を等しく持っている
しかし人間を除く半霊命はこのどちらかに比重が傾いており、神能には光か闇のいずれかしかない。
そのため、本来は「光」・「闇」と区別するのだが、人間の場合はそれが完全に等しいため、「霊」という属性として一括りにしているというのが正確な情報だった。
「さて、それでは詩織さん。気をはじめとした界能がどのように体中に巡らされるか御存じですか?」
「え? えっと……」
不意の問いに首を傾げた詩織の答えを待たずに、ロンディーネは軽く人差し指を立てて話を続ける
「それこそが、『属性』なのです。存在そのものから生み出された界能は、全ての存在が持つ霊的な五つの回路を通って身体に供給されています。
その霊的な五つの回路を属性と呼び、その中で最も属性を通しやすい回路がその個体の最適属性になります」
人間に限らず全ての半霊命が持つ五つの回路は、全て同時に使用されている。しかしその中で、その個体の特性として通りやすい回路と通りにくい回路がある。
「意志」や「心」、「事象」といった「概念」を介するのが「霊属性」。
「皮膚」や「骨」、「肉」といった「個体」を介するのが「土属性」。
「血液」などの「液体」を介するのが「水属性」。
「呼吸」によって取り込んだ「空気」などの「気体」や神経の信号を介するのが「風属性」。
「運動エネルギー」、「カロリー」などの「エネルギー」を介するのが「火属性」。
「――即ち、自らの界能を行使する際に肌や肉、骨に最も比重が多く力が通れば、その個体は土属性の存在になるという事です。半霊命の大半はこの四つの属性のいずれかに強く適性を持つと言われます。
その中で霊は四つ全ての属性に作用しますが、火、風、水、土の四つを完全に均等に持つ場合のみ純粋な『霊』属性となります。光魔神様やハーヴィンと呼ばれる方々は、皆この霊属性なのですよ」
界能を単純な構造として表すと、「霊」――即ち光、闇という属性が四つの属性の基礎となっている。
つまり、界能が持つ属性は「光火」、「光風」、「光水」、「光土」、「闇火」、「闇風」、「闇水」、「闇土」、「光」、「闇」の「全十種」。人間にとってはこの内、光と闇が同じもののため、「九種」の属性を持つ事になる。
「一般的に、『現象』に作用して『事象』を改変するこれら四つの属性よりも、『事象』を改変して『現象』として世界に顕現させる霊属性の方が強力な力を持ちます。
霊属性の界能こそが、最も神能と力の構成が似ていますからね」
属性という概念に対して知識の乏しい詩織に対し、ロンディーネが静かな声音で丁寧な説明を重ねていく
界能は、何属性であろうと自分にとって有利な事象――例えば「威力」、「速さ」などを「強化」し、自分に不利な事象――「摩擦」や「物理法則」を「弱化」している
しかし五つの回路の中で「霊」の属性だけが「概念」から「事象・現象発現」への直通回路となっている。しかし他の四つの属性は、「概念」から「物理(血、肉、息、熱)」を経て「事象・現象発現」というプロセスを踏んで発動している。
界能はこの「物理的なプロセス」を踏む際に力が弱体化されるとされ、事実同じ気の大きさの者同士なら、霊属性が他の四つの属性に比べて高い能力を発揮できるというのも研究結果として報告されている。
「もちろん、それはあくまで一般論――平均の話です。エクレール様のように強力な属性使いの方もみえるので必ずしも霊属性が優れているという訳ではありません。
そしてこれら四つの属性を強く持つ方々は、自然の中にある他の志向性の影響を受けていない物理に自らの気を流す事でそれらを……」
「ロンディーネさん」
淡々と説明を続けるロンディーネの言葉を、詩織の震える声が遮る
「はい」
「頭がパーンしそうです……」
その声に隣に視線を向けたロンディーネは、今にも泣き出しそうな目で視線を向けてくる詩織を見る。
見る人が見れば、理解の限界を超えたためにショートを起こし、煙を上げているようにも見えたであろう詩織の様子を見てわずかに肩を落としたロンディーネは、画面の中でウォンレイの気の波動を水の障壁で完全に防ぎきっているエクレールに視線を向ける。
「……つまり、エクレール様は液体に通しやすい性質の『気』をお持ちで、装霊機で持ち運んでいた『水』に自身の気を通し、自在に操って戦うのが得意なのです」
ロンディーネが説明を始めてから、詩織が音を上げるまでに要した時間は約一分。何の予備知識もない詩織がそれだけの時間でこれほどの情報量を処理しきれるはずも無いと思い直してロンディーネが簡潔に答える
戦闘に自然の水を用いるのは、森羅万象として存在するただの水なら、霊的な力を最も強く顕在化させる「意志」――「霊属性」の影響を受けいないため扱いやすいという利点があるからだ。
他人の界能を自分が操れないように、特定の意志を宿した霊の力を操るのは限りなく不可能に近い。しかし「世界」の界能は、ただ現象としてその場に存在しているだけ
そういった主観的な思念――「自我」を有さないものの方が概念を上書きしやすく、自らの界能の影響下に置きやすい事、さらに世界の界能――「元素」は、最強の界能である「原始霊素」に最も近く、紡ぎ、束ね、織り重ねる事で強大な力を生み出す事が出来るというのも利点の一つだ
「ちっ、やっぱダメか……」
気の波動をことごとく防がれるウォンレイは、軽く舌打ちをして前方に立ち昇る清流の波涛を一瞥する
エクレールの気と、世界の界能である元素が紡ぎあわされた水の力はあまりにも絶大。
ウォンレイの強力な気の力ですら、全く寄せ付ける事無く全ての攻撃を完封していた
エクレールは人間界中に名を知られる有名人。その実力や戦術も舞戦祭を見ていれば情報として得る事が出来る
これ以上は危険と判断したウォンレイは、気の波動を放つのを止めて、宙空に舞い上がっている水滴を睨みつけるようにして意識を集中させた
ウォンレイの気の波動とぶつかり合う事で相殺され、砕け散っていた水の欠片はそのまま水の珠となって空に留まり続け、会場を照らし出すライトの光を受けてまるで天に浮かぶ星のように天空で煌めいている
『飛び散った筈の水滴が、地面に落ちる事無く宙に浮かんでおります。いつ見ても、何度見ても圧巻の光景です』
『攻撃、あるいは防御に用いた水を飛び散らせ、空中に待機させる事で自身の武器と成す……まずは様子見といったところですな』
エクレールの気による「水の支配」は、相殺された水滴にも当然及んでいる。砕かれた水の水滴一つ一つが、エクレールの気による制御と統制を受けて天空に配置された水の珠は、それ自体が攻防を兼ね備える武器となる
「そろそろ、私の番でいいかしら?」
静かに呟いたエクレールの言葉と同時に、天空に浮かぶ水珠が矢となって一斉に降り注ぐ
物理法則を無視して瞬間的に加速された水の矢は、不規則な軌道を描きながらも音の速さすら軽々と通り越して全方位から図ったかのようにウォンレイに向かって収束されていく
「オイオイ、テレビで見るよりもずっと疾いな……っ!!」
一筋の汗を流しながら、引き攣った笑みを浮かべたウォンレイは、気を注ぎこんだ大槍刀の波動を水の矢雨に向けて解放する
超広範囲に降り注ぐ水の矢と、超広範囲を薙ぎ払う気の波動。二つの力が真正面からぶつかり合い、会場を震わせるほどの衝撃波を生み出して相殺される
「クソっ!」
自身の気の波動を砕かれた衝撃波に身を晒しながら舌打ちをしたウォンレイは、静謐な佇まいでただ佇んでいるだけのエクレールを一瞥する
自分は決して手を抜いている訳ではない。しかし、水流と波涛を従えて目の前に静かに佇む美女は、微笑を崩す事無く自分を見てくる
エクレールは人間界中にその名を知られた有名人。だからこそ、その戦術も戦闘スタイルもよく知られている
だからこそウォンレイには分かる――分かってしまう。このデタラメな威力の水流による攻撃が、彼女にとってただの水遊びに過ぎないという事を。
「中々の威力ね、感心したわ」
戦慄に心身を凍てつかせるウォンレイに凛と佇んだ居住まいを崩す事無く言ったエクレールは、両ひじを抱えるように組んでいた腕をほどき、軽く手を振るう
その動きに合わせて相殺されたはずの水滴が一つに収束され、巨大な水の玉となって空中に浮遊する
「なら、これは避けられるかしら?」
軽く手を払ったエクレールの動きに合わせ、空中に浮かぶ水の玉が渦を巻きながら超高水圧の槍となってウォンレイに向かっていく
エクレールの強大な気と、その気によって自然界の水から引き出された元素の力が折り重なった水の螺旋槍が、大地を軽々と削り砕きながらウォンレイに向かって音を遥かに凌ぐ速さで走り抜ける
「ちっ!」
その槍を回避不可能と判断したウォンレイは、装霊機に意識を向けて発動させた障壁を、一度に何十枚も出現させる
しかし、エクレールによって紡がれた水の槍は、何十枚にも重ねられた障壁に激突すると、そんな物など無いかのように重ねられた障壁を軽々と次々に粉砕してみせた
「……ちょっ、マジ!?」
その光景に愕然として声を漏らしたウォンレイを水の槍が捉えようとした瞬間、その前方に巨大な純白の盾が出現し、波涛の槍を受け止めて砕け散る
『これはっ! 突如出現した盾がエクレール選手の攻撃を防いだぁ!?』
「すまん、ストール」
自分を守って砕け散った盾の持ち主を一瞥したウォンレイの言葉に、その視線の先にいる黒服の青年――ストール・シュラウトハウトは小さくため息をついて目の前のエクレールに視線を向ける
「あとで奢りな」
「それ、『暗黒物質』? ……珍しい武器を使うのね」
自分に視線を向けてきた黒服の青年が、その身体に靄のような漆黒の何かを纏っているのを見たエクレールは、感嘆の息と共に微笑を浮かべて見せるのだった
「暗黒物質」……ですか?」
その言葉をモニター越しに聞いていた詩織が隣に視線を向けると、それを受けたロンディーネは色々と含みのある声音で微笑みかける
「……説明しますか?」
「う゛……なるべく簡単にお願いします……」
先ほど属性の説明で音を上げた事実がある詩織は、一瞬言葉を詰まらせて申し訳なさそうに頭を下げる
「畏まりました。暗黒物質とは、質量だけを有した非物質と物質の中間にあたる状態の物理……簡潔に言えば『物質になる前の物質』という概念を与えられた魔法物質です。
あの暗黒物質に、使用者が気を流す事で暗黒物体が原子を形成し、さらに物質として固形化させる事が出来ます」
「つまり、気を流して武器にするって事ですか?」
詩織の希望に沿って、可能な限り分かりやすく要点のみをかいつまんで説明したロンディーネの努力が功を奏したのか、詩織は漠然とながらもその説明の意味を正確に読み取って応じる
「ええ。武器に限らず、原子と分子で構成されているあらゆる『物質』として構築が可能です。もっとも、生物は構築できませんが」
詩織の言葉にロンディーネが肯定の笑みを浮かべる
ロンディーネの言葉の通り、暗黒物質とは物質として世界に存在する前の物質という定義を魔法によって固定された物質の原型。
そこに気を注ぎこむ事で質量を収束し、物質として物理的に顕在化する。注ぎこむ気の量によって原子構造を変換、原子同士を結合させて物質としてこの世に顕在化させる能力を持った不定形武器で操作系武装の一種として定義されるものでもある。
それが生物を構成できないのは、物理的な分子の配列だけでは霊的な存在を持つ生命を生み出す事が出来ないという理由に加え、倫理的に禁止されているからだ。
「原子構造と結合、形態構成に精通していなければならない上、意識を大きく割かなければならない超高難易度技術。今では廃棄物を資源に再利用する位にしか使われていないと思っていたけれど……」
暗黒物質は、使うのが極めて難しい武器でもある。まず、気の配合で様々な原子へと変換し、分子として結合させ、形を作り出す。
その過程に極めて専門的な知識を要求される上、気を注ぎこんで形を定着させるために通常の戦闘よりも大きく意識を振り割る必要性を求められる。
装霊機にそのデータをあらかじめ入力しておき、戦闘時にそれを起動させる事でその過程を簡略化した技術もあるが、パターン化された武器しか作らないのなら装霊機にあらかじめその武器を収納しておけばいいだけの事で、実用性に欠ける。
装霊機に搭載されたOSである程度補助するという手段もあるが、武器を精製するよりも、複数の武器を保持していれば暗黒物質の最大の特性である適応力もある程度補えてしまうため、今ではこれを戦闘に用いる人物はほとんどいない
「まあ、もの好きな奴もいるって事さ」
「なるほど」
そんな事情を当然知っているストールの言葉に、エクレールは微笑を浮かべて凛とした鋭い視線で二人の男を射抜く
「さてと……そろそろいいかしら」
その言葉と共にエクレールの纏う雰囲気が一変する
先程までの雰囲気が澄み渡った清流ならば、今の雰囲気は全てを凍てつかせる極寒の凍気
しかしその凍気のような気を制するように、今まで傍観に徹していたミリティアが静かに声をかける
「待って下さい。エクレールさんが本気出したら、二人一度に倒しちゃうじゃないですか」
「何か問題があるの?」
本当に一人で二人のタッグを同時に倒そうとしていたエクレールの言葉に、肩を落としながら呆れたように言う
「一応タッグなんですから。私にも少しくらい見せ場を下さい」
ミリティアの言葉に一瞬だけ沈黙したエクレールは、凍気のようだった気配を清流のような穏やかな物へと変えて、小さく微笑んで見せる
「……仕方のない子ね」
「ありがとうございます」
エクレールの言葉に軽く頭を下げたミリティアが一歩だけ前に出ると同時に、その身体が煌めく光に包み込まれる。
『観客の皆さん、お待たせしました! エクレール選手の戦衣変換です!』
「ドレスアップ?」
シャオメイの言葉をモニター越しに聞いていた大貴が怪訝そうに首を傾げると、隣にいたルカが苦笑交じりに答える
「装霊機に搭載された衣装着脱機能で服……っていうか鎧を付け換えているだけなんだけどね。ミリティア様がやると絵になるから、いつの間にかそんな風に呼ばれているの」
「……ほォ」
ルカの説明に、大貴は納得したような感嘆しているような声を漏らす。
装霊機には衣装をデータとして保存し、必要に応じて一瞬で着脱する機能が備わっている
着にくい服も一瞬で着れてしまうためファッション界で重用されるこの技術は、本来重装甲などを纏う兵士が着脱がしやすくするという理由で考案された軍事技術でもある
そして正しくその製造理念に則ってその機能を行使したミリティアは、画面の向こうで先程までとは趣の異なる煌びやかな衣装と、足と腕を覆う装甲を纏っていた
『キャアーーーーッ、ミリティア様ーーっ!!』
会場にシャオメイの黄色い声が響き渡る
本来中立であるべき実況担当がする発現としては適切とは言えないだろうが、それを非難する者はどこにもいない。それだけミリティアの人気は確固たるものなのだ
チャイナドレスを彷彿とさせる、ミリティアの芸術的な身体のラインを見せつける純白のドレスにはそれを彩る色鮮やかな紐が絡みつき、華や羽をイメージしたらしき飾りが随所にちりばめられている
手足を守る鎧は、蛍光色の光を放っており、その手や足が動くたびに空中に幻想的な光の軌跡を引いて残す
煌びやかでありながら決してけばけばしくも、下品でも無い美しさを携えたミリティアは、戦場に咲き誇る一輪の花のように、画面の中からそれを見る者全ての視線を奪っていた
「さあ、いくよ」
「っ!」
ミリティアの言葉と共に、ウォンレイとストールが同時に身構える
刹那、ミリティアの身体がまるで幻影のようにぼやけたかと思うと、数十メートルはあったであろう距離が一瞬にしてゼロになり、煌めく大輪の花がストールに肉迫していた
(っ、疾い……っ!)
「はあっ!」
ストールが暗黒物質を凝縮して盾を創りだすの同時に、ミリティアの鋭い蹴りが炸裂する
「ぐっ……!」
強力な衝撃を受けきれずに大地が砕け、吹き飛ばされたストールは軽く手を振るって暗黒物質を剣として構築し、一斉に射出する。
「ストールっ!」
蹴り飛ばされたストールに視線を向けたウォンレイは、背筋に寒気を覚えて咄嗟にその場を飛び退く。
それと同時に、先程までウォンレイがいた場所を無数の水珠が矢となって貫き、そのあまりの威力に地面が砂塵と化すほどに砕け散る
「あなたの相手は私がするわ」
「こんないい女に指名してもらえるなんて光栄だね」
軽い口調で言ったウォンレイだが、その口元に浮かんだ笑みが若干引き攣っているのを隠す事は出来なかった
一斉に射出された剣の雨は、ミリティアを捉える事が出来ずに虚しく空を切る。
右から左へ、上へ下へと三次元をフル活用するミリティアはその移動の瞬間を見せないほどの速さで次々にその位置を変えていく。
その姿を見止めたと思った次の瞬間には、まったく別の方向へと移動する……まるで幻影と錯覚してしまう様な超スピードと、気によって物理法則を極小化する事で、予測不能の軌道で変幻自在に移動する
「……っ」
目にも止まらないほどの速さで移動するミリティアの姿が結像したその瞬間、その煌びやかな衣装と類い稀な美貌がライトに照らされ、まるで美しい花が咲いたような光景が生まれる。
戦っているというのに、目を奪われるほどに美しく、息を呑むほどに優雅で幻想的、エクレールとウォンレイの戦いすら目に入らないほどに見る物を魅了するその美しい戦舞に、会場の至るところから息を呑む気配が伝わって来る
その例に漏れる事無く、息を呑んで空に咲くミリティアという美しい花に目を奪われていた詩織を、ロンディーネの静かで抑揚の利いた声が現実に引き戻す。
「あれは瞬間知覚外加速という戦闘技術です。霊の力によって自身の存在を世界の位相軸から一時的に乖離して、世界を縛るあまねく法則を振り払う神能の事象模倣――かなり高純度の霊格を必要とする超高等技術です」
「えっと……?」
「つまり、全霊命の神能と同様に世界の影響を切り離し、自身の世界を顕現させているのです
もっと突き詰めた言い回しをするならば、時間に対して限りなく直角に移動することで、通常の時間を遥かに延長して体現できるということですね。
ガイハルト・ハーヴィン様が大貴さんとの模擬戦で使ったのも、喫茶店で襲って来た人物が使ったのもこの瞬間知覚外加速です」
「……へぇ」
ロンディーネの簡潔な説明に詩織が感嘆の息を漏らす。
瞬間知覚外加速とは、限りなく純度の高い霊格を持つ者にのみ許された事象乖離、および現象破棄の総称。
全霊命の神能が行っているあらゆる現象や法則の影響を受けず、自身の力の及ぶ限りにあらゆる事象を発現させるそれに限りなく近い状態を作り出す刹那の奇跡。
事象や現象を強化する半霊命の界能では、これに等しい状態を作り出すことは霊格が足りないために実現不能とされているが、極めて高度な霊格を持つものに限れば、一瞬の刹那だけ限りなくそれに等しい状態を顕現させることができる
瞬間的に世界のあらゆる事象、現象、法則から乖離された人間は、世界に流れる時間に対して延長された実働時間を確保し、それを現象へ回帰させることによって界能の効果の限界を超える効果を発現できる
「通常の瞬間知覚外加速は、文字通り刹那の間しかその効力を発揮しません。しかしミリティア・グレイサー様は、この瞬間知覚外加速を得意としておられ、限りなくゼロに近いタイムラグで連続使用することによって超高速戦闘を可能としているのです
そして、この技に限れば人間界屈指の才能を有しておられるミリティア様の瞬間知覚外加速の実質的到達速度は、直線移動に限り光の速度すら越えます」
「……っ!」
詩織が息を呑むのを横目で見たロンディーネの視線の先では、降り注ぐ剣の雨を軽々と回避したミリティアの蹴撃が、暗黒の雲を纏ったストールを弾き飛ばしている
瞬間知覚外加速は、その性質上、持続的な連続発動が限りなく困難な技能として知られている。現にハーヴィンと呼ばれる者たちでも、連続発動に一秒近いラグが生じてしまう
しかしこの技に対して世界最高の使い手と名高いミリティアは、連続発動の際のタイムラグが限りなくゼロに近い。結果的にミリティアの移動速度はその霊格――界能が許す亜光速を常時、そして瞬間的に光をも超える速さを実現することを可能としている
「くっ……!」
ストールが軽く手を振るうだけで質量を持った暗黒の雲が瞬時に形を成す。
時には地面から天に昇る柱のような刃の群れとして、時には奇怪な形状の武器として変幻自在に上空、地上全方位からミリティアに向かって凶器の群れが襲いかかる。
しかしその攻撃はことごとく空を切り、時には気の込められた蹴りと打撃で打ち払われる。
命を刈り取る凶々しい狂気の武器の数々が、皮肉にもミリティアの美しさを引き立て、戦場の中で一際その存在を強く際立たせていた
「さながら洗練された舞のように美しく、人々を魅了する。……それが舞戦祭の理念です。この場で示された力に、ある者は憧れて頂きを目指し、ある者は恐怖して敵意を殺がれる。
この場で行われているのは『魅せる』戦い。観客にその力を、圧倒的存在を。選手は自らの力と己の存在を。世間に、世界に魅せつけ、その目に、その心に焼きつける。それこそがこの舞戦祭の本質」
画面の中で亜光速で移動し、ストールを圧倒するミリティアを見ながらロンディーネが子供に語り聞かせるような優しい声音で言葉を紡ぐ
「そして、その理念を最も強く体現しているのが彼女――ミリティア・グレイサー様です。彼女の存在は戦場で最も美しく強く輝き、彼女の存在は、敵も、味方も、観客も、全ての目と心を魅了する。
彼女は決して最強ではありません。ですが、彼女こそが舞戦祭の理念をそのまま体現した存在……『舞戦姫』なのです」
「っ、オオオオオッ!」
亜光速で自在に軌道を変えるミリティアに追い詰められたストールは、渾身の気を身に纏う暗黒の雲に注ぎ込み、自身に纏わせて暗黒の鎧と化す
そのまま暗黒の鎧にさらに気を通して、右腕そのものを身の丈ほどの巨大な剣に変えたストールは、物質化させた鎧と武器に全霊の気の力を注ぎこみ、自身そのものを一つの刃と化してそのまま一直線にミリティアに向かって直進する。
「はああああっ!」
しかしその攻撃にまったく怯む事無く自身の得意な加速によって刹那の間にストールに肉迫し、その脚に金色の光を纏わせてストールの刃に真正面から叩きつける
煌めく金色の光が炸裂し、圧倒的な光と熱が会場を呑み込んでその中にある全てを蒸発させ、消滅させていく
『ミリティア選手の覇光が炸裂ーーっ!』
「覇光……?」
膨大な熱量とエネルギーが吹き荒れる破壊の力に呑み込まれる結界内から響くシャオメイの言葉を受け、怪訝そうに眉を寄せた詩織にロンディーネが微笑みかける
「詩織さんは『音の壁』は御存じですか?」
「え? あ、はい……名前くらいは」
言った詩織にロンディーネは言葉を続ける
「物体が音速を越えようとする際、周囲の空気が一点に収束される事で生じる衝撃波。それが音の壁です。
そして覇光とは、それの光速版とでもいうべき『光の壁』の事です。物体が光速を越える際、周囲の空間を満たす光が一点に収束される事で生じる数兆度を超える超高熱の光の壁が生じます。
その時に発生した力をそのまま直接相手に打ち込む攻撃を覇光と呼称するのです。……その破壊力は実質物理的無限大に達する、物理攻撃としては最強レベルの攻撃です」
そう言葉を締めくくったロンディーネは、会場に視線を戻す
物質が光速を越える際に生じる光の壁の熱とエネルギーをそのまま相手に直接叩きつける覇光は、物理的には最高の破壊力を持ち、無制限にその力を放てば数光年に亘って焦失させるほどの威力がある
しかし、いかに人間界の人間であろうと、光の速度を物理的に超える事はかなり難しい。気をはじめとした界能を用いていも光速を超えられるほどの実力を持つ者は決して多く無く、気によって摩擦や抵抗といった物理現象を極小化して光速を超える場合には、物理干渉をほぼゼロにしてしまうために光の壁が発生しないからだ。
ミリティアが物理的に光速を越えられるのは、気によって強化された身体能力に加え、瞬間知覚外加速による世界の事象乖離による刹那的な現象破棄があるからだ。
瞬間知覚外加速を用いて自身の身体が光速を超えた一瞬に、乖離していた現象を瞬間的に回帰させ、現象として混合させることで実質的に物理的な光速突破を可能にすることが出来る。
その力に志向性を与えて叩きつけるのが覇光。最低でも光の速度を超える加速を生み出せなければ扱えないこの技能は、人間界の貴族でも限られた極少数の人間しか使う事が出来ない超高等技能だ。
「くっ……!」
会場を焼き尽くした光の蹂躙から転げ出たストールは軽く舌打ちをして優美に佇むミリティアを睨みつける
ストールが暗黒の雲を物質化してその身に纏った鎧は、ミリティアの放った超光熱によって蒸発させられており、わずかに白煙を立ち昇らせていた
いかに物理的無限大の威力を持っているとはいえ、覇光はあくまでも物理的に最強の攻撃。界能による物理干渉によって霊的に威力を殺してしまう事ができる以上、世界最強の攻撃ではない
しかし、界能がいくら霊的にその威力を減衰させられるとは言っても、光速を超えて生み出された物理エネルギーを完全に相殺し切ることは難しい。結果的に防御を超過した物理エネルギーがダメージとして直接その身を襲う事になる
全身から白煙を立ち上らせ、軽く乱れた呼吸を整えているストールを一瞥したミリティアは、花のような麗しい笑みを向けて、穏やかな口調でストールに語りかける
「まだやれる?」
物理限界を超えた一撃である覇光は、並の人間では気の防御を上回り一瞬で蒸発させてしまうほどの威力を持った攻撃。ミリティアがそれをストールに躊躇い無く放てたのは、ストールの力を知覚し、これを防げると判断したからだ。
ミリティアがストールに声をかけたのは、嫌味などではなく純粋に戦闘を続けられるかギブアップするかを確認するためだった。
「当たり前だ!」
「いいね……じゃあ、一緒に踊りましょう」
力強いストールの言葉と、それを事実と裏付ける強大な気の奔流を確認してミリティアは花のような美しい笑みを浮かべた。
「この二人、完全に別格だな」
「うん、舞戦祭でも上から数えた方が早い実力者同士のタッグだから……でも、次の戦いをお互いに勝ち抜いたら、このブロックの決勝で戦わないといけない相手だよ」
その戦いをモニター越しに見ていた大貴の言葉に、強張った声でルカが応じる
「まあ、そんな先の事より次の試合だけどな」
そんなルカの緊張を解きほぐすように軽い口調で言って、モニターの中のエクレールとミリティアから意識を離した大貴は、自分達の背後で同じようにモニターの戦いを見ている次の対戦相手――ミスリー・サングライルとトランバルトのペアを一瞥する
「……そうだね」
その戦いは人の目を奪うほど美しいものではあったが、展開としては一方的だった。
エクレールが操る全方位から自在に襲いかかる水の前にウォンレイは成すすべもなく打ち倒され、ミリティアの舞う様な戦いに翻弄されたストールは徐々に追い詰められていく
実力に任せて一方的に斃す事はせず、かと言って展開を無駄に引き延ばす事をせず観客の集中と興奮を巧みに掌握し、まるで最初から予定されていた劇かショーのように絶世の美女二人が二人の男を打ち伏せる事で終局を迎えた
「残念だけど、食事はお預けね」
静かに優しく声をかけたエクレールの言葉に、地面に横たわったウォンレイの口に自嘲じみた笑みが浮かぶ
「……ああ」
『勝者、エクレール・トリステーゼ、ミリティア・グレイサーペア!』
会場中に響き渡るシャオメイの声を合図に、第三ブロック第一回戦全ての試合が終了した。