不穏の足音
耳をつんざくようなけたたましいサイレンの音と、世界を真紅に染める光が響き渡っている。
それが緊急事態を告げる警報のサイレンだという事は、長い廊下を駆け抜ける二人の女性には分かり切った事だった。――なぜなら、この警報をならしている「緊急事態」は、この場に侵入した彼女達自身なのだから
「まったく、これはどういう事ですか!?」
けたたましい警報の音を聞きながら走る女性は、整った眉をわずかに歪めて不快な感情をありありと表した棘のある声で吐き捨てるように言い放つ
腰まで届く濃紺の髪を三つ網にした女性が、前方から雨のように降り注ぐ侵入者撃退用の光学兵器の閃光を目にも止まらぬ動きで回避しながら、その清流のように澄み渡った雰囲気に隠しきれない憤りを見せる
「先輩が間抜けにもトラップに引っ掛かったからじゃないですかぁ?」
そんな女性と共に、降り注ぐ閃光を回避しながら緊張感の欠片もない声で応じたのは、そのやや後ろを走る眼帯をつけた銀髪の少女。
二人が交わしている会話は極めて緊張感のないものだが、そうしている間にも亜光速の光線が二人に容赦なく降り注いでいる
「しばき倒しますよ。我等人間界王様の勅命を受けてやって来た使者に対して警備システムを最高レベルで作動させるとは何事ですか。という意味です」
「あぁ、なるほどぉ」
前方から飛来した閃光を、前面に展開した障壁で相殺した薄墨色の髪の女性の言葉に、背後の眼帯の少女が頷く
今まさに侵入者迎撃用の警備システムの歓迎を受ける二人の美女はロンディーネと同じように人間界城に仕えている魔道人形であり、この二人が迎撃を受けているこの場所は、人間界の貴族の中でも特に十世界との一時的、あるいは表面的調和を強く推進する者達のリーダー格――「ルドルフ・アークアート」の屋敷。
光魔神をお披露目するパーティの招待状を出したにも関わらず、突如連絡が途絶えた事を疑問に感じた人間界王の命を受けてこの場を訊ねた二人は、一向に応答がない事に疑問を覚え、屋敷の扉を開けた瞬間に警備システムの洗礼を受ける事になったのだ。
ちなみに眼帯の少女が言った「トラップに引っ掛かった」は、この屋敷の警備を担当する自動機械の警告と制止を振り切って最初に扉を開け、屋敷内に一歩足を踏み入れた薄墨色の髪の女性の行動に対してのものだ
「そんな事も分からなくなるようではもう終わりですね。この仕事を機にスクラップにおなりなさい」
「ああ、辛辣です先輩! でも、そんなところも好、ぐほぉっ!!」
前を行く女性の辛辣な言葉に頬を赤らめた少女は、その言葉を言い切る前にその先輩からの容赦ない掌底で壁に叩きつけられる
「ぼさっとしない。自動機械に気付かないようでは、本当にスクラップになりますよ」
前方に出現した魔法と科学で動く無人機械――「自動人形」を一瞬にして破壊した女性は、静かな声で壁にめり込んだ銀髪の少女に冷淡な声を向ける
「非道いです先輩! 攻撃から守るなら障壁でもいいじゃないですかぁ」
その声に壁から頭を引き抜いた眼帯の少女は、心なしか瞳を潤ませて拗ねたように声を上げる
「気にしないでください。ただの八つ当たりです」
「あ、なるほどぉ……って、それ何気に私被害者ですよね?」
一瞬納得しかけた眼帯の少女は、ふと思いなおして自分を八つ当たりで壁にめり込ませた薄墨色の髪の女性に対して抗議の声を上げる
「行きますよ、『パセル』」
しかしその言葉を聞き流し、壁にめり込んだままの眼帯の少女――「パセル」に声をかけて通路の奥へと走っていく
「先輩!? 待って下さい、『ヴァローナ』先輩!!」
そうして光線の雨をかいくぐり、通路をふさぐ障壁を力任せに破壊して屋敷の奥へと走ったヴァローナとパセルは、重厚にして荘厳な扉の前で足を止めていた
「……ここですね」
「生体反応はありませんよ? とっくに逃げちゃったんじゃないですかぁ?」
薄墨色の髪の女性――ヴァローナの言葉に、隣に立っている眼帯の少女「パセル」が首を傾げる
パセルが言う生体反応とは、界能の事を指している。界能をはじめとする霊的な力はこの世にある万物に宿っており、生物と無生物などでその性質や特性が全く異なる
魔道人形の探知機能によって感知した界能の中から非生物の界能を除外し、生物の界能のみを感知する事で生物の存在を感知する事ができる
だが、目の前にある扉の向こうからは、二人の性能を以ってしても、生命反応を一つも感じることはできなかった
「……何から逃げるのですか?」
「え? えっと、それは……なんでしょう?」
ヴァローナの言葉に、パセルは首を傾げる
二人は別にここに犯罪の摘発に来たわけではない。「ルドルフ・アークハート」は、単に一時的に十世界との協定を組む事によって、人と全霊命の混濁者を生み出し、それを人間界の軍事力として利用する戦略を主張しているにすぎない
その思想そのものは人間界として褒められたものではないが、彼が十世界と内通しているという情報は無く、仮に内通していようと背信行為や攻撃行動を行わない限り処罰などの対象になる事は無い
人間界王が二人をここに派遣したのは、「ルドルフ・アークハート」をはじめとする十世界との一時的な協定を主張する者達に光魔神の存在を見せつける事でその行為を抑制するためのパーティで、彼らこそが最も重要な来賓であると言ってもいいからだ
「……それに、生体反応があろうとなかろうと、ここが一番怪しいのはあなたにも分かるでしょう?」
「それは、まあ……」
ヴァローナの言葉に、パセルは軽く背後に視線を送って自分達が通って来た道を一瞥する
そこに積み上げられているのはおびただしい数の自動人形の残骸。邸内の警備と侵入者の実力排除を目的とされた高度な戦闘力を有する形状も大きさも様々な無人無意識戦闘機械の数は、この部屋を中心に配置されており、この部屋に近づくほどその数も強さも上昇していた
確かに陽動を兼ねた罠という可能性も捨てきれないが、それを踏まえても現状を進展させるだけの情報が目の前の室内にあるのは間違いないだろう
「では、開けますよ」
抑揚のない口調で言ったヴァローナは、開けると言いながらその扉を力任せに粉砕する。
「わお。先輩ったら過激」
「私達相手に警備システムを使うのですから、この程度は当然です」
けたたましい轟音と共に崩れ落ちた扉を見て目を輝かせるパセルの言葉に、ヴァローナは無表情のまま淡々と応じる。
王の勅命を受けてやって来たにも関わらず、侵入者排除モードに入った警備システムとおびただしい数の自動人形との戦闘で溜まっていた苛立ちを、扉にぶつけてひとまず発散したヴァローナは先ほどよりも幾分か清々しい表情で室内に足を踏み入れる。
「っ」
「嘘、これって……」
しかし、その場に広がっていた目を疑う様な光景に二人は絶句し、その場に立ち竦む。
その部屋は会食やパーティなどに用いられる巨大なホール。それなりに高級な調度品で彩られた部屋の中央に置かれた巨大な机の上には豪勢な食事が並んでおり、大勢での食事が催されていた事が一目で分かる
しかし室内に踏み入れた二人の目の前に広がっているのは、その部屋の中で物言わぬ肉片となり、血の海に沈んだ元は人間だったであろう屍の山だった
「そんな馬鹿な……これは……」
目の前に広がっている凄惨な光景にヴァローナとパセルは半分腐敗している屍に視線を落とす
意図的に窓の無い構造をしたその部屋は、薄暗い闇に覆われており、血の匂いと強烈な腐臭が入り混じり並の神経の人間では直視する事すらままならないような状態になっていた
「……ルドルフ様」
既に本人の判別が難しいほど損傷していてもそこに転がっている屍の一つに「ルドルフ・アークハート」の姿がある事を確認したヴァローナは目を細める
「先輩、七大貴族の方々まで……」
引き攣ったパセルの声に目を向けたヴァローナの口から、思わず言葉が声をこぼす
「一体誰が、どうやって……」
貴族とは人間界王に実力を認められた者の証。そして七大貴族とはその中でも突出した力を持った者に与えられる名。貴族であるという事は戦闘面に置いて常人を遥かに凌ぐ実力を有している事の証明だ
しかしここに転がっている屍の多くは、ほとんど抵抗も出来ずに絶命している。部屋中に血がべっとりとこびり付いているにも関わらず、室内の装飾や壁に損傷と破損がほとんど見られない――戦闘の痕跡が見受けられない事からそれは明らかだ
つまりこの惨状を作りだした犯人は、人間界屈指の実力を有す者達に抵抗らしい抵抗も許さずに一瞬で絶命させた事になる。一人か二人なら油断させた、隙をついたで済むかもしれないが、それが数十にまで及べばその可能性は低くなる
「……パセル、人間界王様に連絡を」
「は、はい!」
パセルが通信回線を開いたのを確認して血と屍に埋め尽くされた室内を見渡したヴァローナは、自分達の知らない所で何か途轍もない事態が進行しているのを確信し、恐怖と戦慄を覚えていた――。
※
その頃舞戦祭予選第三ブロック、一回戦第三試合「シャーリー+ザッハ・ウィンザートvsリューネリア+ディートハルト」は佳境を迎えようとしていた。
地上から天空に向かって打ち上げられる紅蓮の砲弾。その合間を表情を変えることなくかいくぐる光の翼を持った乙女――リューネリアは、自身の上空から光の刃を持って降下してくるフルフェイスヘルメットにライダースーツを着ているようなスマートな体型をした人型のそれの攻撃を瞬時に展開した障壁によって防御する
「……!」
その斬撃を仮想盾によって防いだリューネリアが視線を移動させると、今まさにリューネリアに攻撃を加えている人物と全く同じ容姿をした無数の人物が身の丈を越えるほどに長い砲身をもった巨大な銃で天空を飛翔するリューネリアを狙い撃つ
「発射」
地上に佇む無数の人物が放った大量の砲弾が障壁で仮想刃の一撃を受け止めているリューネリアに一斉に降り注ぐ
しかしその無数の弾幕は、リューネリアに届く寸前で横から飛来した気の斬撃に打ち落とされ、空中に炎の花を咲かせる
「……感謝しますディートハルト様。ですが援護は不要でした」
爆炎を疾風で吹き払ったリューネリアは、淡々とした口調でその攻撃の主――「ディートハルト」に視線を向ける
「もう照れちゃって、このツンデレさんめ」
リューネリアの言葉に、顔にタトゥーのある男――ディートハルトは、手にした槍を肩に担ぎながら、気の抜けた笑みをみせる。
「ディートハルト様」
「相変わらず固いなぁ。気安く『ディーちゃん』って呼んでくれって言ってるじゃないかぁ?」
「前」
軽口をたたくディートハルトの言葉を完全に無視したリューネリアの言葉と同時に、煌めく閃光を伴った横薙ぎの斬撃がディートハルトに襲いかかる
「っとぉ……」
その斬撃を槍の柄で受け止め、その衝撃波が会場の地面を粉砕する様を見たディートハルトは攻撃の主である寡黙な美青年――ザッハ・ウィンザートに視線を向ける
「よォ色男。随分余裕がないじゃないか」
身の丈ほどもあるバスタードソードのような大剣を軽々と扱うディートハルトは、切れ長の細い目に腰まで届く長い黒髪を持った中性的な長身の美男子。
ある意味、全ての男が望む一つの願望の形のような美男子は、ディートハルトの軽口に答える事無く、防がれた大剣に、自らの気を注ぎこむ
「……ヤバッ!」
それを見たディートハルトが咄嗟に飛び退くと同時に、静止しているはずの大剣の刀身から衝撃波が広がり、大剣を中心として破壊を生みだす
「動きを止められる事を前提とした気の遅発性爆撃。……ったく、器用な戦い方をするな」
「シャーリー!!」
ディートハルトを牽制したザッハの声を受けたのは、人型の機械の中に佇む可憐な少女。白衣のような羽織を纏い、ヘッドセットに似た機械を付けた黒髪の女性――シャーリーの頭の周囲には、無数の画面が折り重なるように展開されている。
無数の空間画面に包み込まれた女性は、ザッハの言葉に無言のままで小さく頷くと、抑揚のない淡々とした口調で言葉を続ける
「……みんな行くよ」
シャーリーのその言葉を合図に、周囲に立っていた無数の人型機械が銃を持つ者、仮想刃を出現させる機能を持った柄だけの剣や槍を取り出した
「……あれ、反則ですよね」
無数の人型兵士が各々に武器を構えて戦闘態勢を取る壮観な景色を客席で見ていた詩織の独白を聞いたロンディーネは、一瞬だけ詩織に視線を向けてから抑揚のない口調で言葉を続ける
「先ほども申し上げましたが、あの人型機械は操作系武装の一種で、思念を乗せた気で操っています。自律的な思考が行える魔道人形でも自動人形でもありませんから、何体同時に扱おうとルールには抵触しません」
シャーリーが扱っている無数の機械兵士は、霊的な回線で繋がった使用者と五感を共有し、まるで自分の体のように操る事が出来る遠隔操作の人型機械。
本来は遠く離れた場所で機械を操る……例えば危険な場所の探索や局所作業に用いられる技術として用いられる「操動人形」と呼ばれる物だ。
操動人形はその名の通り、遠隔操作で操る使用者の身体。その機能として独立駆動は備わっておらず、その一挙手一投足は使用者が操る事になる。
そのため舞戦祭のルールでも使用制限は設けられておらず、扱える限りの操動人形を戦闘に用いる事が出来る
「いえ、それは聞いたんですけど何て言うか気分的に……」
ロンディーネの言葉に若干ばつが悪そうに答えながら、詩織は会場に目を落とす
事前にロンディーネからその説明をされていても、会場に十数体も存在する機械仕掛けの人型兵器が統制のとれた動きをしながらリューネリアとディートハルトの二人に向かっていく様を見れば、そんな感想が浮かんでくるのも仕方のない事なのかもしれない
「確かに詩織さんの仰りたい事は分かりますが、操動人形は遠距離で動かす自分自身です。本来は一人が一機を動かすもので、あれだけ同時に操動人形を操るというのは、右手で絵を描きながら左手で計算式を解き、同時に人と会話しつつ読書をするようなもので、極めて優れた技巧なのですよ?」
「…………」
諭すように言ったロンディーネの言葉に詩織は思わず絶句する
無数の操動人形を一度に操作して戦うのは一見卑怯な行いに見えるが、実はそうではない。
元々危険な場所の偵察や探索、局所作業でのリスクを下げるために造られた操動人形は、一人が一機を動かすようにしか作られていない。
それを一度に何機も動かすというのは、同時にまったく異なる思考と行動を両立させる極めて難度の高い技術で、誰にでも易々と出来る事ではない
卓越した才能と訓練によって行われる同一意志の完全分離駆動は、使用者の能力として高く評価されるべき項目なのだ
「……武装展開」
シャーリーの操作によって、それぞれがまったく違う武器を携えた操動人形を一瞥したリューネリアは、仮想翼によって空中に停止したままその身の周りに光の情報を発動させる
リューネリアによって展開された霊的な情報体が仮想機能によって現実世界に結像し、そこに刻み込まれた情報を実現させる光の仮想体へと形を変える
『これは、圧巻です!! リューネリア選手の周囲に、無数の仮想兵器が顕現したぁーーーっ!!』
『これだけの情報を適切に処理できるのは、彼女が魔道人形だからですな』
『そうですね、メルストキア条約の締結以降製造が禁止された魔道人形の戦いを見られるのも、この舞戦祭の醍醐味の一つです』
「……魔道人形って珍しいのか?」
その説明をモニター越しに聞いていた大貴は首を傾げる
ロンディーネをはじめ、人間界城の中にはかなりの数の魔道人形がいる
それを当然の光景として見てきた大貴には、魔道人形が特別珍しい存在とは思えなかったのだ
「知らないの? 人間による生命の創造を禁止した『メルストキア条約』っていうのが作られてから、どんな理由や目的があっても新しく魔道人形は作っちゃいけないって事になったの。
今いる魔道人形の大半は人間界軍が引き取ってて、それ以外の魔道人形は結構珍しいんだよ」
メルストキア条約――別名「生命創造禁止法」は、魔道人形、生物兵器を筆頭に、魂、あるいは霊格、人格を有した存在を人工的に生みだす事を禁止した、黒き千年、緋蒼の白史よりも遥かに古い法律で、その名称は人間界の都市「メルストキア」で結ばれた事に由来している
「……なるほど」
ルカの説明を聞いた大貴は、内心で納得しつつモニターに意識を戻して魔道人形が夜の王族と同じだと正しく推察していた。
「……元々魔道人形は、人工的な霊格を作りだして、人間を超えた存在を作る目的で生み出された半霊命が全霊命に対抗するための可能性の一つでした。
もっとも、人が創造したものが真の意味での神の被造物と比肩できるはずもなく、早々にその道は断たれる事になります……亜人よりも古い人間の負の遺産と言ったところでしょうか」
時をほぼ同じくして大貴と同じ質問をした詩織に、事情を説明したロンディーネはさらにその言葉を付け加える
魔道人形の人格は、「霊子情報によって疑似的な人格、霊格を持った魂が作れるか」という魔法の限界に挑んだ研究に端を発し、その可能性の一つとして「人間の霊格を超えた存在を生みだす」という道が示されたにすぎない。
結果的に疑似的な人格を持った生命体を作りだす事には成功したが、結局界能の限界を超える事は出来ないとして、全霊命を超えるという目的からは早々に外された選択肢でもある
「ロンディーネさん……」
「そんな顔をなさらないでください。私は今の生活がそれなりに気に入っているのですよ。『人間の都合で生み出した存在を人間の都合で破棄するなんてできない』と言って下さった当時の人間界王様の温情で我々は人間界軍に籍を置き、こうして充実した人生を送れているのですから」
何と言葉をかければいいのか分からないといった表情を見せる詩織に、優しく微笑んでみせたロンディーネは、会場にいる自分の同胞に視線を送った
モニターに映し出されているリューネリアは、自身を飛行させるための「仮想翼」に加え、両手に巨大な「仮想刃」、その身の周りに六つの「仮想砲塔」を携えている。
さながら天空に舞う機械天使と化したリューネリアは、何の感情も移していない透き通った瞳で地上にいるシャーリーと十数体の機械兵士を一瞥する
「……駆逐行動を開始します」
「仮想」は、人間界における霊的科学――「魔法」の特性を最も強く顕在化させた技術と言われている。
仮想は一言で言えば、特定の情報を投射する事で、そこに構築された霊的な「情報」を、物理世界に投影し、仮想的にその情報を実在させる技術。
例えば「刃」という情報を現実化すれば、それは正しく刃としての役割を果たす。それが仮想盾ならば「盾」として、仮想翼は「翼」としての機能を果たし、情報に刻み込まれた通りの物理的作用を現実にもたらすことになる。
さらにこの技術は戦闘技術に限らず、装霊機の空間に浮かぶ画面などにも応用されており、霊的な力を科学的に用いる「魔法」の中で最も人の生活に定着した技術でもある
そうして仮想的に実現させた仮想砲塔が火を噴き、シャーリーが操る操動人形の軍勢に砲弾の嵐が降り注ぐ
しかしその弾丸をを冷静に見据えるシャーリーは、瞬間的に自分が操る機械兵士を操り、障壁を展開させて砲弾の嵐を遮る
それと同時にそれ以外の兵士が地上から宙を舞うリューネリアに対空砲撃を仕掛け、同時に同様に仮想翼によって飛翔した兵士が四方八方からリューネリアに迫っていた
「確かにこれだけの数を一度に操る能力には脱帽しますが、これを操っているのは結局一人という事実は変わりませんよ」
その攻撃を自身の手に実体化した仮想刃で受け止め、弾くようにしながら宙を舞うリューネリアは、その攻撃の合間を縫って、仮想砲塔による弾丸で全ての機械兵士の頭脳であるシャーリーを狙撃する
これが実戦だったなら、シャーリーは安全な場所から多くの機械兵を操って戦う事が出来た
確かにそうなれば厄介だが、これは会場という限られた空間内での戦い。必然的に機械兵を統率している操り手――シャーリーの姿も会場の中にある
「……狙撃」
仮想砲塔から放たれた空気を貫くような鋭い閃光も、シャーリーの前に立ちはだかった機械兵士の障壁に阻まれ、完全に無力化される
「……と、当然そんな弱点はあなた自身が一番理解しているでしょう!? だからこそあなたは、常に自分の周りに数体の護衛代わりの操動人形を置いているのでしょうからね」
しかし、その攻撃が防がれるのもリューネリアの計算の内。無数の機械兵を操るために無防備で佇む自分自身が最大の弱点であることなど本人が一番よく知っているだろう。だからこそその対策も万全にしている。
現にシャーリーも、操っている機械兵の内の何体かを常に自分の周りに置き、不測の事態に対応できるようにしていた
「……情報構築完了。現実化!!」
そして銃弾を防ぐために一瞬自分からシャーリーの意識が離れたのを確認して、リューネリアは戦闘中に構築していた武器の情報を、仮想機能を使って現実の事象としてこの世界に顕現させる
リューネリアの身体から吹き荒れたのは、仮想の光。まるでリューネリアの身体から吹き荒れる吹雪のようなそれは、周囲を取り囲んでいた無数の機械兵隊にこびり付き、蓄積し、ついにはその動きを完全に封じ込めてしまう
「……っ」
自身の操動人形が制御を失い地に落ちていくのを見て、わずかに目を瞠ったシャーリーの理解力に内心で感心しながら、リューネリアはあえてその無言の理解に言葉で肯定を示す
「はい。仮想によって超重量質の粘性物質を仮製し、私の周囲の操動人形に付着させました。操動人形も仮想も機能の全ては物理的に作用し、霊的な作用を生みません」
抑揚のない口調で言ったリューネリアは、仮想翼を広げて一直線にシャーリーに向かって飛翔する
例えば「剣」を作る際、それを物理的に作ろうとすれば材料の調達、加工、仕上げと言った製造工程を経る事になる。仮想技術とは、その製造工程を霊的概念に置き換えてしまう事で物理を仮想的に現実化させる技術なのだ
それ故に、仮想によって現実化される兵器は全て「物理・化学兵器」に限られている
それは仮想で作られた仮想武装は、あくまでも「情報体」に過ぎないからだ。
例えば仮想翼によって飛行能力を得たとしても、それは自らを縛る物理法則を霊的に除外して飛翔しているのではなく、飛行機、あるいは別の飛行技術を「情報」という形で「仮想翼」に込めているからに過ぎない
つまり、「仮想」で用いられる仮想兵器は、すでに確立された技術か、詳細な物理的理論によって、作ろうと思えば作れるという実現可能な技術に限られている
そして、たとえその機能に魔法による多少の霊的補助があるとしても仮想や操動人形そのものが霊的な能力を発揮する事は出来ない
これだけ高度に科学や文明が発達した人間界で、未だに普通の剣などが普及しているのは、霊的な概念を以って構築された霊的構造体には、強化であれ加速であれ、新たな情報を上書きする事ができないという「法則」があるためだからだ
魔道人形特有の優れた演算能力を持つ頭脳によって、リューネリアが戦闘中に作り出した、蓄積する事で質量が増す強粘着の仮想物質に絡め取られた機械兵士たちは、それを構成する法則に従って物理的にその動きを封じられる事になる
これが強力な気の使い手であれば、気の力でその情報体事態を破壊する事ができただろうが、遠隔操作されている機械人形に過ぎない操動人形には気を扱う能力は無い。そのためこの束縛から逃れるためには、物理的にこの粘性物質を破壊するしかない
「……つまり、これであなたの戦力を大幅に削ったという事です」
仮想は、情報だけとはいえ物理的な物。材質や機能、メリット・デメリットを正確に再現しており、強度限界や消耗限界も当然存在する
そのためリューネリアが作った粘性の重量物質も、それを溶かす中和剤などを作って無効化する事が可能だ。――だがそれは、時間があればの話。そんな時間を与えるつもりはリューネリアには毛頭ない
邪魔な機械兵たちを一時的に行動不能に陥れたリューネリアは、シャーリーが対策を打つ間を与えないために、そのまま空を切って一直線に機械兵たちを統率する美しき指揮官の元へ飛翔する
「っ、シャーリー!」
それを横目で見ていたシャーリーのパートナー――ザッハ・ウィンザートが踵を返そうとするのを槍の一線で制し、ディートハルトが不敵な笑みを浮かべる。
「おっと、あんたの相手は俺だぜ?」
「……っ」
直接戦闘を不得手としているからこそ操動人形を使う。そんな事は十分承知しているザッハは、戦力の大幅低下を余儀なくされた自分のパートナーの身を案じ、目の前で軽薄な笑みを浮かべているディートハルトを睨みつけたまま険しい表情を浮かべた
その顔に浮かんだ動揺を一瞬で消したシャーリーは、自分に向かってくるリューネリアの接近を遮るために、まだ動く数体の機械兵を使役して自分を守るように配置する。
「確かに、あなたの周りにいた機械兵士の動きは封じていません。ですが……」
静かに言いながら音を遥かに超える速度で飛翔するリューネリアは、その手に一振りの仮想剣を作り出し、すれ違いざまに機械兵を真っ二つに切り裂く
「この程度の数なら問題ではないのですよ」
そもそも操動人形と魔道人形ではその性能に桁違いの差がある。リューネリアが苦戦を強いられたのは統率のとれた攻撃と、数の差があったから
それが小さくなれば、戦力として高いリューネリアが力づくで道を切り開く事は難しい事ではない
そのまま速度を殺す事無くシャーリーに肉迫したリューネリアに、先程までとは比べ物にならない鋭い動きで仮想刃を携えた機械兵が反撃を加えた
「数が減れば操作能力が上がる。……あれだけの数を一度に操っていたのですから、それが数体にまで減ればその操作性がはね上がるのは当然の事ですね。しかし」
機械兵の仮想刃を、自身の仮想刃で受け止めたリューネリアがわずかに視線をずらす
「……っ」
リューネリアの視線を追ったシャーリーは、そこにあった物を見て息を詰まらせる。
シャーリーの目に映ったのは、自分が立っている場所の真上。完全に死角になる位置に設置されていたのは一台の仮想砲塔
「私の勝ちです」
抑揚のないリューネリアの口調と共に、上空に配置された遠隔操作機能を持つ仮想砲塔が火を噴き、上空からシャーリーを射抜く
「っ……」
身の危険を覚え、反射的に障壁でそれを防いだシャーリーだったが、その攻撃に完全に意識をとられ機械兵士達の操作が一瞬失われる
その隙を逃す事無く、仮想刃で今動いているたった三体の機械兵士を両断したリューネリアは瞬時にシャーリーの間合いに入り込むと、瞬時に具現化した仮想の刃でシャーリーの身体を切り裂く
「御心配無く。切断する刃ではなく、気絶させるための刃です。殺傷力はありません」
「……っ」
抑揚のないリューネリアの言葉を聞きながら、シャーリーの意識は瞬時に閉ざされた
「シャーリー!」
自分のパートナーが崩れ落ちるのを視界の端に捉えたザッハの意識が離れたのを相対していたディートハルトが見逃すはずもなく、手にした槍を閃かせる。
「……っ!」
反射的に身を逸らして攻撃を回避したザッハだが、その槍の先端が微かにその頬を掠め、一筋の紅い液体を頬から流させる。
その攻撃は本当にかすった程度。いわば薄皮を一枚切ったという程度のもの。しかしそれを見たディートハルトは、勝利を確信して口元を歪めた
「……悪いね」
同時に、体中の力が抜け、地に崩れ落ちそうになるのをあと一歩のところで堪えたザッハは、全く力の入らない自分の身体に目を細める
「っ……これは」
力の入らない手から、ザッハの身の丈を超える巨大な大剣が滑り落ち、微かに身体を痙攣させるザッハに手にした槍を見せながらディートハルトはバツが悪そうに笑みを浮かべる
「毒の尾……それがこの槍の名だ。武器としての槍に毒を生成できる機械を組み込んだ特注品でな。この槍の刀身にはそうして精製した毒が常時絡みついてるんだよ
……で、あんたに打ち込んだのは即効性の麻痺毒。……あんたほどの実力者なら、気の力ですぐさま中和出来るだろうが、さすがに一瞬ではできないだろ?」
「……!」
その言葉にザッハの目がわずかに見開かれる
通常仮想をはじめとする魔法を用いた科学兵器には後天的に別の気の力を付与できない
しかし毒の尾は、武器としての槍と毒の精製機を別々に取り付けている事で気を注ぎこめる槍と、それを補助する機械の利点を活かす事ができ、「毒の刃」を作るのではなく、「強化された刃」に「毒を塗っている」形をとる事ができる
そしてディートハルトがザッハに打ちこんだのは、即効性を持つ麻痺毒。強力な界能を持つ半霊命は、その力によって体内に侵入した異物や危険物を無効化する事が出来る
例え即死するような猛毒でも強力な界能の持ち主ならば、すぐさま中和が始まり、しばらくすれば完全に無効化されてしまう。
しかしその解毒が終わるまでは、ザッハの動きは毒の効能によって著しく制限される。その隙をディートハルトが見逃すはずは無く、手にした槍を一線して目の前でほとんど膨大同然になっているザッハの身体を逆袈裟に斬り裂く
「……ぐっ」
「あんたは強いよ。多分一対一ならあんたが勝ってた」
ライトに照らされて紅く輝く鮮血を噴き上げ、力無くその場に崩れ落ちたザッハを一瞥してディートハルトは小さく呟いた
『ザッハ選手戦闘不能ーーーっ!! 勝者、リューネリア、ディートハルトペア!!』
シャオメイの宣言が響き渡るのと同時に、会場中から声が上がる
『賭け率で圧倒的優勢だったシャーリー、ザッハ・ウィンザートペアが敗退するという大番狂わせ!!』
『例え一対一で劣る者でも、パートナーと協力する事によって自分より強い相手に勝つ事が出来る。……こういう事が起こるのが、タッグバトルの醍醐味ですな』
※
そんな実況と解説の会話を聞きながら、控室へと戻っていくディートハルトは、先ほどの戦いの疲れを吐き出すように大きなため息をつく
「……明後日の本番に向けて軽く肩慣らしのつもりだったのに、予想以上に手こずったな」
「ですから、私はこんな試合に参加するのは反対だったのです。明後日の仕事に差し支えたらどうなさるおつもりなのですか?」
「……人間界城襲撃作戦か」
小さく呟いたディートハルトに、リューネリアは咎めるような視線を送る
「…………ディートハルト様、あまりそういう事を口に出されるのは感心しません。今回のお仕事は、私達にとっても、とても大切な仕事なのですから」
「……ああ、そうだな」