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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
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ゆりかごの世界






 首都を兼ねる都心から電車で一時間足らずにある街。都心で働く人々のベッドタウンとして人気のこの街の一角に界道家はあった

 元々ここにあった古民家を改築した家は予算と比べれば広く、かなりいい買い物といえる


「ただいま」

 その扉を開いて一見どこにでもいる中年の男性がその家に入る

 彼の名は「界道一義かいどうかずよし」。この界道家の大黒柱であり、詩織と大貴の実父だ

「お帰りなさい」

 一義が実家に帰宅すると、奥から長い茶色がかった髪を頭の後ろで一つに束ねた女性が顔を出す

 彼女の名は「界道薫かいどうかおる」。一義の妻で、詩織と大貴の母親。歳はたった一つしか違わないが、その外見は時折詩織と姉妹に間違われるほどに若い

「どうしたんだ?」

 正直頭は上がらないのだが、妻として出迎え、尽くしてくれる自慢の女房が駆け寄ってくるのを見るのが毎日の楽しみである一義は駆け寄ってきた妻を見て違和感を覚える

 普段は落ち着き、笑みを携えて出迎えてくれる妻の表情が青ざめている。その様子に一義の胸中には様々な不安が一瞬にして渦巻いていた

「実は……詩織と大貴がお客さんを連れてきたんだけど……」

「お客?」

 動揺を抑え、努めて平静を保ちながら訪ねた問いに言い淀む妻の様子にただならぬものを感じた一義は、はやる気持ちを抑えてその「客」と子供達が待っているというリビングへ向かう

 突然の客、それも詩織と大貴が連れてきた人物だという。半ば顔を青褪めさせながら足早にリビングへと向かい、その扉を開けると、テーブルを挟んで双子の子供と向かい合って座る二人の人物がその目に飛び込んできた


 一人は漆黒のコートと羽織を合わせたような衣装に身を包む黒髪金眼の青年。そしてその隣にいたは金色の髪と目に白を基調とした服を纏った純白の翼を持った人物

 そのどちらも、この世界に存在していながらどこか現実味のない存在感を纏っており、直視していることさえままならないほどの畏怖を刻み付けられる


「っ、まさか……!?」

 一義の目に最初に飛び込んだのは神魔では無くクロス。この世界にはいない背中に翼を持った存在に、、一義はまるで心臓を握り潰されたかのような感覚と共に、身体が凍りつくような感覚を覚えていた

「…………」

 扉を開いて真っ先に目に付いた純白の翼を青ざめた表情で見ている一義に、神魔とクロスは静かに視線を向ける。

「ごめんなさい……電話しようかとも思ったんだけど……」

 手にした携帯電話を握りしめ、目を伏せた()の手がかすかに震えているのを見た一義は、その言わんとしていることを理解して静かに視線をリビングにいる二人の客人へ戻す

「いや……」

 その様子を見た神魔とクロスは、共に最初に薫と会った時の事を思い出して、その瞳に剣呑な光を宿した

(……この人も、か)



 初めて会った詩織と大貴の母である薫も、神魔、特にクロスを見た時に表情を引き攣らせた。

 ゆりかごの人間にとっては空想の存在でしかない全霊命(自分達)を見た時の反応は、大気と詩織のように自分達をはるかに凌ぐ上位の存在を前に、信じ難いものを見る目と畏怖と恐怖に震えるのが常だ

 しかしこの二人は明らかに違っていた。まるで会いたくないものに(・・・・・・・・・)出会ってしまった(・・・・・・・・)かのような表情を浮かべたのだ。その反応は神魔とクロスから見れば明らかに異質なものだった


「はじめまして」

 共に同じ疑念を抱きながらも、神魔とクロスはそれについては言及せずに丁寧に挨拶と自己紹介をする

「あ、あぁ……はじめまして」

 隣に寄り添う妻の体温に我を取り戻した一義は、可能な限り平静を装って答えるとテーブルに向かい合って座る二人の客人と双子の子供を同時に見る事ができる位置に置かれた椅子に腰掛ける

「そ、それで一体どういう話でしょうか?」

 言葉をわずかに詰まらせ、動揺を隠しきれない様子で言う一義に詩織が代表して説明をはじめる

「実は――……」





 神魔とクロスから一通り話を聞き終えた一義は、思わず止めていた息を大きく吐き出して肺の中の空気を入れ替える

 それは初めて存在と向き合った天使、悪魔という九世界の存在に、ではなく安堵の溜息であるように神魔とクロスには聞こえていた

「なるほど……それで家に居候したいという事ですか」

「本当は僕一人の予定だったんですけど、それを知った彼が自分もと言って聞かなくて」

 肩を竦め、呆れたように言う神魔の金色の視線を受けたクロスは、それに不機嫌そうな表情を浮かべる

「悪魔を一人、住まわせる事なんて出来わけないだろ」

「やれやれ、僕は危害を加える気は無いって言ってるでしょ? むしろ守ってあげるくらいの気持ちでいるんだけど?」

 神魔の言葉を半信半疑といった様子で聞いたクロスは、その言い分に疑念に満ちた瞳で睨み付けるように言う

「……どういう風の吹き回しだ? 随分とこだわるじゃないか」

「まぁ、ちょっと個人的な事情があってね」

 詰問するようなクロスの視線と言葉を軽い声で受け流した神魔は、素知らぬ顔で未だに自分をにらみ続けている天使から視線を逸らす

 そのため、わずかに伏せられたその目からのぞく金色の瞳に、一瞬遠い日を思い返すような色が浮かんだことにクロスは気づくことはなかった

「あの……」

 天使と悪魔だからなのか、あるいはそれ以外の理由があるのか、傍から見ていても決して仲がいいとは言えない神魔とクロスのやり取りを見ていた一義が、一かを代表して恐る恐る口を開く

「……事情を話して国とかに護って貰うというのは?」

「無理ですね」

 自分達の顔色を窺っているのか、躊躇いがちに言う一義の言葉は、言い終わるが早いか神魔に即答で切り捨てられる

 神魔の答えに、それを聞いていたクロスは小さく頷いて同意を示すとその理由を補完するために口を開く

「仮にその話を信じたとしても、ゆりかごの世界の力ではどんな事をしても俺たちに傷一つけられない」


 たとえば、現在この地球上にあるすべての国が一致団結し、非人道的な戦略兵器までを含めて戦いを挑んでも天使や悪魔の前では全くの無力と化してしまう

 天使や悪魔達とこの地球の人類では、その能力に天と地という比喩でさえ足りないほどの開きがあるのだ


「あの……ところで、さっきから言っている『ゆりかごの世界』というのは、一体何なの?」

 その時、その話を聞いていた薫が、二人が当然のように使っている「ゆりかごの世界」という聞きなれない言葉に恐る恐る手を挙げて問いかける

「そうか。まずはそこからか……気が付かなくてすまない」

 九世界の智識が全くない地球(ここ)――ゆりかごの世界の人間を相手にするには、まずそこから説明しなければならないことに気づいたクロスは、失念していたことを軽く詫びると丁寧な言葉遣いでそれに答える

「ゆりかごの世界というのはこの『世界』の名称だ。あんたたちに分かり易く言うなら、『宇宙』ってことになるのか?」


 九世界で言う世界とは、生命、事象などを内包する一つの器であり概念ともいえるもののこと。世界はそれが一つの単位であり、互いに時空間によって隔てられている

 そのため世界は世界と干渉しない。故に地球と他の惑星は、同じ空間内に存在する別御領域でしかなく、「世界」という括りとしては認められない

 だからこそ九世界で言うところの「ゆりかごの世界」とは人間が言う「宇宙」を意味する単語なのだ


「あ、なるほど」

 質問をした薫だけではなく、一義はもちろんこのやり取りを聞いている大貴と詩織が理解を示すのを見て頷くクロスを一瞥し、神魔がその話を引き継ぐ

「そもそもゆりかごの世界に生きるあなた方と、九世界最強の種族の僕たちとでは、そもそも存在としての()が違いすぎるんですよ。

 だから今みたいな平常時ならまだしも、戦闘時には立っているどころか生きて向かい合う事すら出来ません――二人なら分かってくれると思いますけど」

 その言葉と共に神魔に視線を向けられた詩織と大貴は、今日の体験からそれが決して誇張でも嘘でもないことを思い返して神妙な面持ちで頷く

 殺気はもちろん、その存在から放たれる威圧感のようなものを感じただけで、死を認識させられたことは、今でもありありと思い出すことができる

「なるほど……話を戻しますが、大貴の中にあるものを取り出す手段は無い。そして大貴を守れるのはあなた方だけということですね」

 大貴と詩織の様子を見て、それが嘘ではないことを察した一義は、眉間に皺をよせ、難しい表情を浮かべて重い口調で問いかける

「ああ」

 それに即座に肯定の意を返したクロスと視線を交錯させた一義は、この会話を真剣な眼差しで見守っている二人の子供達に意見を求める

「……二人はどうなんだ?」

 自分達や神魔、クロス達の言葉を思った以上に早く受け入れている父の言葉を受けた大貴と詩織は、互いに顔を見合わせて順にその口を開く

「私は、大貴を死なせたくない」

「俺は自分の中に何があるのか、それに向き合うにも二人の力を借りたいと思ってる。それに助けてもらった恩もある」

 強い意志を以って発せられた大貴と詩織の言場を聞いた一義は、静かに目を伏せてしばし逡巡する


 一義はもちろん、薫もかけがえの無い子供をみすみす死なせるような事はしたいはずはない

 そして、そのためには大貴のために何も出来ない自分達がどうするべきなのか――そう考えれば、それに対する答えは一つしかなかった


「そうか」

 短く発せられたその言葉は、二人の意見を受け入れ、神魔とクロスを受け入れることを了承するものだった

「じゃあ……」

「分かりました。是非、二人を守ってやってください」

 表情を明るくする詩織の声を聞いた一義は、対面する神魔とクロスに向かって頭を下げる

 それを見ていた薫もまた、その判断が現状自分たちが取りうる最善の手段であり、唯一の手段だと理解しているからからこそ、反対するようなことをせずに沈黙を以って了解の意を示す

「こちらこそ、お世話になります」

 一義の許可を得、晴れてこの界道家に居候することができる神魔とクロスは、感謝の言葉と共に深々と頭を下げる

「……では、部屋が使っていない部屋が二つに、屋根裏部屋が一つありますから、どこでも好きなところを使ってください」

「ありがとうございます」



「……何か意外です」

「?」

 その様子を見て思わず呟いた薫の言葉に神魔とクロスの二人は視線を向ける

「あ、いえ。神魔さんは悪魔なのに、すごく礼儀がなっているっていうか……姿形も人間とほとんど変わらないし」

(確かに)

 今日まで抱いてきた「悪魔」というイメージとはかけ離れた神魔の様子に、驚きを露にする薫の言葉に大貴と詩織も内心で同意を示す

「それは逆ですね」

 薫のその言葉に優しい笑みを浮かべた神魔のに、その場にいたクロス以外の全員が怪訝そうに首を傾げる

「逆?」

悪魔(僕達)が人間に似ているのではなくて人間が(・・・)悪魔(僕達)に似ているんです。九世界の歴史的に見れば僕達悪魔の方が人間よりも先に存在していたので」

 九世界の歴史はゆりかごの世界(宇宙)と比べて遥かに歴史が長い。つまり悪魔の方が存在として人類よりも遥か以前から存在しているのだから、後から現れた人間の方が似ているという解釈の方が正しい

「なるほど……そう言われれば、確かにそうですね」

「で、話は変わるが、よければ九世界というものについて教えてくれないか? もちろん君たちがこの世界に干渉できない事は十分承知だが、可能な限りで構わないんだ」

 納得したように呟く薫の言葉に今まで無言を貫いていた一義は、身体を半ば乗り出すようにして鼻息を荒くする

 その目は少年のように輝いており、未知のものに対する好奇心に満ち溢れているのが容易に見てとれる

「あぁ……始まっちゃった」

「ったく」

「父さん神話系のこういう話、大好きだもんね」

 頭を押さえる薫に続いて二人の子供の溜息が聞こえる

「まあ、簡単な話くらいならいいですよ」

 好奇心のままに目を輝かせる一義に、クロスはこれからお世話になる恩義を感じているのか、それとも熱意に負けたのかゆっくりと口を開く



「この世界には空間を隔てて無数の世界が存在し、その中で最強の力を持つ八つの種族……『天使』、『悪魔』、『天上人てんじょうびと』、『鬼』、『聖人せいじん』、『死神』、『精霊』、『妖怪』と、九世界で最も異端な存在である『人間』が支配する九つの世界が中心となり、すべての世界を統括しています。

 この九つの種族が支配する九つの世界――『天界』、『魔界』、『天上界』、『地獄界』、『聖人界』、『冥界』、『妖精界』、『妖界』、『人間界』を『九世界』と呼び、同時にこの世界にある『世界」全ての名称としてもそれを使います」

「なるほど。で、この宇宙……ゆりかごの世界は人間界というわけだね」

「違うな」

 鼻息荒く得意気に語る一義の言葉を、クロスは何のためらいも無く即座に否定する

「あれ?」

 その様子に驚くのは一義だけではなく界道家の全員だった

 なんだかんだと言いながらも、結局九世界の話が気になる彼らは一義とクロスの会話に耳を傾けている

「厳密に言えば、ゆりかごの世界は人間界の管轄ではありますが人間界ではありません。……言うなれば、人間界と接する別の空間といったところですね

 もちろん『接する』というのはあくまでも比喩表現で、実際には空間を隔てて存在し、そこを通らなければ干渉する事も出来ませんが」

「なるほど。しかし何故ゆりかごの世界にあなたたちは干渉できず、人間界はこの宇宙と関係を持たないんだい?」

 神魔の言葉に納得したように頷いた一義は、次いで出てきた疑問と共に身を乗り出すようにして二人に問いかける


 このゆりかごの世界が「九世界非干渉世界」で九世界の存在が干渉してはならないという事はすでに聞いている

 その「九世界の存在」には当然ゆりかごの管理世界である「人間界」も含まれるのだが、何故このゆりかごの世界がそうなるのかという所はその場にいる全員の興味があるところだった


「それは……」

 一義の問いに言葉を詰まらせるクロスと目が合った神魔は、小さく溜息をついてその話を引き継ぐ

「ゆりかごの世界は九世界ではとても異端な世界なんですよ」

「異端?」

「ええ。九世界の世界のほとんどは世界そのものに大地が広がり、空が世界を満たしています。けどこの世界は大地と空が『星』という限られた空間に限定されて存在し、その間を空間が埋めています」

「それってつまり他の世界には『宇宙』がないってことですか?」

「そうです」

 自分達の常識――「宇宙という空間の中に星という生命が存在する」という自分達の常識が、実は常識ではないという事実に、詩織は驚愕を露にする

「意外……」

「九世界との交流がないあなた達から見ればそう見えるかもしれませんが、僕達から見ればこの世界の形の方が不思議なんです」

 自分達の常識こそが非常識だったことを知り唖然としている界道家の面々に、神魔は優しく微笑んで静かに言葉を続ける

「話を戻しますが、その世界の形と同様に、九世界の常識ではゆりかごの世界の人類――つまりあなた達を『人間』という種族とは認めないんです」

「!?」

 その言葉にクロスと神魔を除いた全員が息を呑む

「九世界において『人間』とは『光魔神こうましん』という神から生まれた存在という定義があります

 ゆりかごの中の存在は、その神から生まれていないから正確には人間としては扱わないんですよ。人間に似た別の存在ということになりますね」

「……!」

 神魔の口からさらりと告げられたその事実に、それを知っているクロス以外の全員が言葉を呑む


 かつてこの星では「人は神が生み出した」と信じられていた。しかし科学の発展と研究によって「人は猿から進化した生き物」という事が証明され、その結果「人は神が生み出した」という定説は否定される事になった

 しかし、もしも「自分達が人間である・・・・・・・・・」という根本的な定義の方が間違っていたとしたら――


「……だから、人間はゆりかごの世界に干渉しないのかい?」

「さぁ? その辺りは人間界の事情ですから」

 一瞬脳裏をよぎった考えに表情を強張らせ、で恐る恐る問いかけた一義の疑問を神魔は落ち着いた声で否定する

「?」

「はるか昔、人間界はゆりかごの世界と交流を持とうとしたらしいですよ? でも何故かそれをやめてゆりかごを九世界非干渉地域にしたんです。

 これは余談ですが、ゆりかごの世界に中途半端にある悪魔とかに関する知識はそのときの名残でしょうね」

「……なるほど」

 神魔の言葉に一義は感嘆の息を漏らす


 かつて人間界はゆりかごの世界との交流を持とうとした。しかしそれはなぜか中断されてしまう。

 その時ゆりかごの存在に与えられた九世界の知識が長い年月を経る中でこの星の人間に独自の解釈を加えられたり、誤って伝わったものが現在のゆりかごの世界に定着し、多種多様に一人歩きをはじめた結果、現在のような知識へと形を変えたのだ


「ああ。だから悪魔は私達のイメージとは違うんですね」

 その説明に神魔へと視線を向けた詩織は、その意味するところを理解して感慨深げにつぶやく


 悪魔という言葉から連想されるその姿と、今の前にいる悪魔――神魔の姿は大きくかけ離れている。

 紅蓮には角があり、神魔は瞳が金色――全く同じというわけではないが、人間と比べてもそれほどの違いを感じることはないものだ


「そうだね。まぁ、どんな印象かは聞かないでおくけど」

 詩織の言葉に応じた神魔は、おおよそ予想がついている印象を苦笑を以って一笑に伏す

「なら……」

「はいはい、そこまで」

 好奇心に目を輝かせる子供のようにさらに話を聞こうとする一義をさすがの貫禄で薫が制する

「ご飯の用意をするから話はその後にね。神魔君とクロス君も、あんまりおもてなし出来ないけど先に部屋を決めてくれるかしら?」

「ありがとうございます」

 薫の言葉に一旦解散する事になり、神魔とクロスは詩織と大貴に連れられて空いている部屋を借り受ける

 神魔は屋根裏部屋、クロスは空いている一部屋を借り受ける事になった

「……神魔」

 部屋を借り受けた神魔の元にクロスがゆっくりと歩み寄ってくる

「悪魔のお前が人間を守ろうとするなんてどういうつもりだ?」

「言ったでしょ? 個人的な事情だって」

 一度は中断した質問をしつこくしてくるクロスに、神魔は辟易した様子で静かに言う

「個人的な事情?」

 声を荒げてこそいないが、その声音や表情が更なる追及を拒んでいる事に気付きながらも、クロスはそこで引き下がるつもりはない

「クロスには関係のないことだよ」

 しかし、そのクロスの更なる追及の意志を突き放すように冷ややかな言った神魔は、言外にそれに答えるつもりはないといわんばかりだった

「何だと!?」

 その言葉が気に障ったのか、クロスの身体からわずかに怒気をはらんだ光力が立ち昇った

「別に戦ってもいいけど、僕は空間隔離しない(・・・・・・・)よ? 空間隔離を維持しながら僕と戦って勝てる?」

「っ……!」

 神魔の言葉に忌々しそうに唇をクロスは、臨戦状態にまで昂らせていた光力を静める

 この世界で九世界の存在である自分たちが力を振るうのはまずい。ましてや、空間隔離に意識を割いていては、ただでさえ実力差がある神魔との力の差が大きく広がるだけだ

「そうそう。今は互いの利益のために、一時停戦といこうよ? 何といってもここは『ゆりかごの世界』――九世界とは違う(・・・・・・・)んだから」

「…………っ!」

 そう言った神魔の声からは、その思惑を読み取る事はできない。

 しかし、それ以上の追求を拒んでいる事だけははっきりと理解したクロスは、これ以上粘っても結果は変わらないと結論づけて話題を変える

「……まぁいい。それより気付いているだろ?」

「それって、あの二人の事?」

 クロスの言葉に神魔が小さく答える。クロスと同じ事を感じていたであろう神魔は、クロスの言葉を正確に理解している

 神魔とクロスが話している「二人」とは、詩織と大貴の両親「一義」と「薫」の事だ


 自分達のことを見て見せた反応と言い、自分達を居候させるにあたっての説明でも、神魔達が疑念を抱くほどに物分かりが良かった(・・・・・・・・・)

 本来ならば、突然現れた天使と悪魔を警戒し、もっと根掘り葉掘り色々なことを聞いてくるだろうし、まして同居など渋るのが当然だ

 にも関わらず、二人は自分達の言い分をほぼ素直に受け取って、対処した。それは九世界と交流を持たないゆりかごの人間としては少々異常な反応だ


「あぁ。あの二人、多分天使と面識があるぞ」

「……そうだね」

 それらの事実から立てた共通の推論を確認し合った神魔とクロスの言葉は、誰の耳にも届く事無く、静寂の中で静かに響いていた




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