装甲騎士と甲冑騎士
基本的に舞戦祭では、種目ごとに競技内容が変わる。
例えば、一対一の戦いの場合は、参加人数が桁外れに多いため、一人一日一試合の勝負を約半年にわたって行い、総合成績を競う。チームバトルでは総当たりのリーグ戦が主流で、タッグバトルの場合にトーナメント方式が用いられる事が多い。
舞戦祭の花形競技は、一対一のシングルバトルにある。タッグバトルやチームバトルはそのシーズンオフの時に設けられる座興的な意味合いの強いものだが、シングルで強い者が初戦で敗退したりと、一筋縄ではいかない事や一対一では味わえないスリルなどがあって、シングルよりもファンが多い競技でもある。
また試合開始前に優勝を予想する超高倍率の「優勝予想」、一試合ごとに勝敗を予想する最もオーソドックスな「勝敗予想」を主軸として、楽しく賭博を楽しめるように工夫された多種多様な方法が用意されており、観客としても賭けとしても楽しめるように考えられている。
「とりあえず、大貴の勝ちに賭けてきました。少しですけど」
「……一試合ならまだしも、優勝にまで賭けてくるとは……正直それは難しいかと」
第三ブロックの試合会場の客席に腰を下ろした詩織は、隣にいるロンディーネに先ほど窓口で購入してきた勝敗予想と、優勝予想のデータチケットを見せる
「え、そうですか?」
「ええ。第一試合ならともかく、優勝予想では大貴さんとルカさんのオッズは二百倍を超えています。もし的中したとしたら、とんでもない事になりますね」
目を丸くする詩織に、ロンディーネは苦笑交じりに応じる
確かにダークホースが期待されるのは間違いないが、そんなノーマークの出場鞘が何年、何十年と実戦の中に身を置いてきた歴戦の戦士達相手に金星を上げる事は滅多にはない
「シグロ・虹彩・招霊細小」ペアですら、七大貴族の名を冠していながらその優勝倍率が十二.五倍に設定されている事を見ても、大貴とルカの勝率が低いとみている客たちの考えが見て取れる
「……でも」
ロンディーネの言葉を聞いて口を開こうとした詩織の声は、第三会場の客席に設けられた巨大スクリーンに映った映像と、声に遮られる。
『さあ、本日も開催の時を迎えました。舞戦祭タッグマッチ!! 人間界中から集まった有名無名な騎士達は、どんな結果をもたらすのでしょうか!」
画面に映った長い銀色の髪の女性が、身振り手振りを交えながら鈴の音のような声で解説をする
『と、言う訳で今日もメインの司会はこの私、「ルイーサ」です。そして解説には舞戦祭最強の男「ジェイド・グランヴィア」様にお越しいただいております!』
『どうもよろしく』
ルイーサと名乗った銀髪の女性が画面を導くように手を動かし、その画面に一人の美青年を映し出す
燃えるような紅蓮色の長髪を首の辺りで束ねた美青年は、やや熱の篭ったルイーサとは対照的に、落ち着いた静かな声で頭を下げる
『そして、傷ついた選手を癒してくれる医療団を率いるのは、戦場に咲く麗しき一輪の花「天宗檀」!』
ルイーサの言葉に応じるように、艶やかな漆黒の髪を持つ美女の姿を画面に映し出す
清楚な居住まいの美女が画面に映し出されると同時に、観客席の男性陣から声が上がるが、その中で詩織はわずかに表情を曇らせる
「……少し、桜さんに似てる」
「詩織さん?」
天宗檀と呼ばれた淑やかな和風美人を見た詩織の脳裏によぎるのは、今ここにいない桜の姿と、その桜の夫であり、自分が想いを寄せる神魔の姿
意識して考えないようにしていた想い人の事を意図せずに思い出す事になり、わずかに唇を引き結んだ詩織は、隣にいるロンディーネに努めて笑顔を作って答える
「いえ、何でもありません」
「彼女に会いたいからって、わざと怪我をしないでくださいね」と画面の向こうからルイーサが冗談交じりに言うのを聞きながら、詩織は不安に押しつぶれてしまうそうな感情を抑え込もうとするかのように自分の胸に手を当てて呼吸を整える。
『さあ、選手の皆さん!! 各ブロックを勝ち抜いて是非このメイン会場でその力を振るって下さい』
ルイーサの激励と共に画面が切り替わり、肩にかかるほどの黒みがかった常盤色の髪の女性が映し出された
視線をずらすと、大きなモニターの先、会場の中央に浮かんでいる台座にその女性が立っているのが分かる
インカムやマイクのような物は見えないが、その音声が会場に響いているのを考えると、画面では見えないところに音声を拾う何かがあるのだと詩織は推測していた
『はい。という訳で、ここ第三ブロックの司会を務めさせていただく「シャオメイ」です。そして解説のディエゴさんです。』
『どうもですな』
シャオメイと名乗った常盤色の髪の女性の言葉に、会場を見渡せる一室に座っているやや年齢を感じさせる壮年の男性の姿が映し出される。
「あら、ディエゴさんですね」
「知ってるんですか?」
画面に映し出された朗らかなおじさんといった雰囲気を持つ目の細い壮年の男性の姿を見たロンディーネは、唇に手を当てて小さく微笑む
「ええ、軍の方ですよ」
「ああ……なるほど」
ここで行われるのは、賭博形式とはいえ実力者を見いだす実戦形式の戦闘。専門的な解説や説明のために軍に属する「現役」の人物を呼んだと詩織が内心で納得していると、シャオメイの明るい声がその思考を遮る
『さあ、では早速選手入場です!!』
その言葉と共に、闘技場に設けられた重厚な扉が開き、そこから金髪の美青年とその半分ほどの背丈の少女が現れる。
『まずはレスター選手とメリル選手!!』
レスターとメリルの二人が出てきた扉の真正面にあるもう一つの扉が重厚な音を立てて開き、そこからいつもと変わらない様子の大貴と、緊張して若干身体を強張らせたルカが姿を見せる
『次いでルカ選手と、大貴選手です!!』
『ルカ選手は、パートナーが事故による怪我で参加不可能になってしまったために、急遽代役を立てたんですな。つまりあの二人には共闘経験がほとんどないんですな』
会場の中央に向かって歩いていく二組を見ながら、ディエゴが淡々と解説をする。
『なるほど、なるほど』
『レスター選手は、貴族にも手が届くと言われる本年度王立学院騎士科主席卒業者。そしてメリル選手は人間界軍にも協力する技術者。
それに対してルカ選手は即席パートナーとどの程度息の合った戦闘をできるのかがポイントですな』
「……学院主席卒業者ってそんなにすごいんですか?」
解説の言葉を聞いていた詩織は、隣に座っているロンディーネに問いかける
学院というのは、地球でいう学校の事だろうと予想はつくが、だからこそ詩織にはその凄さというものがいまいち分からない
分からないとまで言えば語弊があるが、あまり共感できないのは事実。そんな詩織の率直な意見に、ロンディーネは会場に視線を向けて言う
「――凄いですよ。この人間界で一番強い学生ということですから」
半霊命は、全霊命のように親から「記憶以外の知識を継承する」能力を持っていない。
半霊命が継承する事が出来るのは、生命の維持に最低限必要な感情――即ち「本能」などと呼称されるようなごく一部のものに限られている
そして半霊命の中で最高位に近い人間界の人間であっても、例外ではない
そして、人間界に住むすべての人間が教育を受けるのが「学院」と呼ばれる世界が運営する機関だ。
学院は、人材を育てるための人間界の直轄機関であり、その運営はすべて人間界によって賄われているため、無料で通うことができる
その教育課程では、幼いうちは共同課程学習、そしてその後科目ごとの成績に分かれ、最終的には進みたい分野へと専門的に特化していくようになっている
つまり、幼いうちは男女、成績を問わずに同じ内容の学習をし、ある程度学年が進んだ時点で国語、数学などの科目ごとに得意な者、不得手な者にランク分けし、長所を伸ばし、短所を補う学習を行う
そして最終的には進みたい分野へ特化する事で、可能な限り個人の才能を引き延ばすような教育をしている
そんな中でも特に個人の戦闘に特化した者――自身の気の力で戦う「騎士」が集められるのが「騎士科」
そして、その主席卒業生ということは、その中で最強の実力者であるということ。つまり、現段階で最も優秀な学生、そして将来人間界にとって有望な人材となり得るということだ
『しかーーし!! 学院の成績はあくまで個人の戦闘力を順位づけしたものにすぎません!』
『その通りですな。補助や援護が得意ならタッグバトルでは勝敗を大きく分ける可能性があるんですな』
その時、ロンディーネの言葉を補足するように、解説の二人の会話が会場に投げかけられる
「……なるほど」
それを聞いた詩織が納得していると、その視界の端で筋骨隆々とした男が立ち上がり、大きく背を逸らして天を仰ぎながら野太い声を張り上げる
「せぇーの!!」
その男の掛け声に合わせて、その周囲に集まっていた数十人、あるいは百人に及ぶであろう男達が一斉に声を張り上げる
「ルカちゃ~~~~~ん!!」」
『おおーっとぉ。応援団かぁ!? ルカ選手大人気です!!』
『魔性の女ですな』
会場が割れんばかりの野太い大声援を聞いた大貴は、隣にいるルカに視線を向ける
「……人気者だな」
「聞こえない、何にも聞こえない!!」
大貴の言葉に、ルカは耳を押さえながら、羞恥で真っ赤に染まった首を懸命に横に振るのだった
「相変わらず、ルカちゃんは野郎共に人気だね~……羨ましい?」
その様子を、会場の最上段から眺めていた雪色の髪の少年は、苦笑交じりに視線を隣に立っている白群の髪の女性――細小へと向ける
容姿だけで言えば、ルカも細小も大差はないが、誰にでも分け隔てなく接するルカの純粋無垢さは男共にあらぬ誤解を抱かせ、勘違いさせるには十分な威力を持っている
そうして無自覚に男共を虜にしていったルカは、今では一部に熱狂的なファンを持つアイドルとしての立場を確立していた
対して棘を持った薔薇のような不用意に人を近づけない雰囲気を持っている細小は、「怒られたい」男たちには絶大な人気を誇っているが、ルカのようなアイドル的人気はなく、影から淡々と見守るような人々に行為を寄せられている
「……私達も試合があるのに、偵察に来ていてもよろしいのですか?」
シグロの悪戯じみた言葉を無視し、細小は事も無げに応じる。
「ん~? どうせ僕達は、第四試合だし~? 試合時間が九十分っていったって、実際そんなに戦う事なんて無いでしょ?」
そんな細小の素っ気ない反応に毒気を抜かれたのか、シグロはつまらなそうにそう言って視線を会場に戻す
タッグバトルでの一試合は三十分と決められているが、制限時間いっぱいまで戦いがもつれる事はほどんどない。それどころか、その半分も立たずに勝敗が決する事がほとんどだ。
そのため第四試合のシグロと細小が、大貴達の試合を待合室のモニターではなく会場で直接見る程度の時間は十分に確保できる
「……彼が気になるんですか?」
シグロの言葉を無言で聞き流した細小は、もはや無駄な反論は諦め、七大貴族の名を与えられた雪色の髪の少年が興味を向けている相手――大貴へと視線を移す
「僕の攻撃に初見で反応した人なんてほとんどいないからねぇ」
シグロが待合室での一幕の事を言っていると瞬時に理解している細小は、目を細めて会場にいる大貴に視線を向ける
「隊長が得意とする、攻撃軌道を持たない特定空間座標への攻撃――『点撃』は、結像するまでのコンマ数秒のタイムラグを感知しない限り、防御も回避も難しい技ですからね」
点撃とは、空間そのものに攻撃点を設置するいわば空間に仕掛ける機雷のような攻撃。直線でもなく、曲線でもなく、その特定のポイントに攻撃を仕掛けるため、極めて回避が困難な事を最大の長所とする攻撃だ。
しかし、同時に卓越した空間把握能力を要求される超高等技術でもあり、シグロのように目で見ていない場所の空間に対して発動させる事は、王族と呼ばれる者達にすら不可能だとされている
「ま、戦闘スタイルの都合で、空間座標の把握は得意な方だからね」
「得意な方……ですか。私もあなたと似たスタイルですが、会長みたいな事はできませんよ?」
細小がやや非難めいた視線を送ると、シグロは誤魔化すように笑って会場に笑う
「それは、ホラ。誰にも得手不得手があるってことだよ」
「彼があなたのように空間に作用する攻撃を得手としているか、知覚能力が突出しているだけかもしれませんよ? あなたの点撃を躱せた事が、セリエの代わりが務まるかどうかとは別の話だと思いますが?」
冷静に言った細小の言葉に、シグロは小さく笑みを浮かべる
点撃は、空間点に作用する攻撃ではあるが、決して回避不可という訳でも知覚不能という訳でもない。
知覚能力が高いか、シグロや細小のように空間認識力が優れていれば、決して回避できないものではないのだ。それを戦闘力と直結して考えるのは早計であり、早合点と言っても過言ではない
「代わりになる……どころじゃないかもね」
細小の意見を聞いたシグロは、しかしそんな事などまったく意にも介した様子もなく、確信に近い感覚を以って大貴に対して好敵手に向ける視線を送っていた
※
シグロと細小がそんなやり取りをしている頃、会場ではレスターとメリル、大貴とルカのペアが、一触即発の状態で対峙していた。
「……まさか、初戦からお前と見える事になるとは、これも天啓か」
早々に大貴と戦う事が出来た嬉しさがにじむ声と共に大貴に視線を向けたレスターは、装霊機の中に収納していた身の丈に迫るほどの円錐形の刀身を持ったランスを取り出す
「気をつけて、大貴君。レスター君は貴族に近い実力者よ」
「……ああ、分かってる」
ルカの警告に簡潔に答えた大貴が装霊機の中に収納していた刀を取り出したのを確認した司会のシャオメイが高らかに天に手を掲げる
『では、試合開始っ!!!』
「行くぞ!!」
その言葉と同時に、レスターの身体から逆巻く瀑布の様な気の奔流が吹き荒れ、その正面に半透明の障壁が構築される
多角形の障壁は、二枚、三枚と何重にも積み重ねられ、障壁の層を形成する。まるでミルフィーユのように障壁を重ね掛けしたレスターは、腰をかがめて槍を前に突き出す構えを取tった
『おーっと、これはレスター選手、自分の正面にを何重にも重ねられたバリアを出現させたーっ!?』
『これは、自身の気による防御壁に、装霊機に搭載した障壁を何重にも重ね掛けした重複防御ですな』
叫びにも似たシャオメイの言葉に、解説のディエゴが淡々と応じる
「これは俺と奴の決闘だ。邪魔するなよ」
「……ハイハイ、です」
最初に会った時の宣言の通り、大貴と決闘を望むレスターはタッグバトルであるにも関わらず、メリルの参戦を拒んで一歩前に出る
「あれが彼の戦闘形態よ。自身をこれでもかってくらいの結界と防壁で守って、重防御をかけたまま突撃戦闘に持ちこむ典型的な重近接戦闘スタイルなの」
「……なるほど」
ルカの説明に、大貴は納得と感嘆の籠った声を上げる
自身の前方に鉄壁の壁を構築し、それによって相手の攻撃を全て無力化しながら相手の懐に潜り込んでの直接攻撃を繰り出すというシンプルであるが故に強力な戦術。
レスターの類い稀な才能と、膨大な気によって構成され、重複された防御はまさに鉄壁。頑強な装甲車と真正面から戦うようなものだ
「まずは、あの何重にもなった防壁を破らないと。でも人間界軍の絨毯爆撃でも持ちこたえるくらいの防御力があるあれを、正面から破るのはほぼ不可能。基本的には後方から……って大貴君!?」
レスターの戦闘スタイルの恐ろしさを十分に理解しているルカが息を呑みながら説明していると、大貴は、その言葉を振り切って一歩前に歩み出る
「いや、ちょっとあの結界がどの程度のもんか確かめてくる」
「え!? 何言ってるの!? あの防壁を真正面から破れるのなんて貴族姓を持っているでもほとんど無理……」
さらりと言い放ち、抜き身の刀を軽く振った大貴を引き留めようとしたルカは、大貴がその力を解放すると同時に言葉を失う
「――なっ!?」
それはまるで世界そのものを塗り替えたのではないかと思われるほどの膨大にして濃密な「気」。
本能に直接訴えかける圧倒的な力が、会場の熱気を一瞬にして奪い静寂に包み込む
『嘘……』
大貴の身体から噴き上がった圧倒的な気の奔流に、その場にいた誰もが……試合を盛り上げる立場にあるはずのシャオメイですらもあまりの事に言葉を失い、傍観者に徹していた
人間界の人間は能力の強弱こそあれど、例外なく相手の霊的な力――界能を知覚する能力を有している。
その知覚能力が教えてくる圧倒的な力の前に、会場にいる誰もがその力の発生源である大貴を、畏怖と畏敬の念の籠った視線で見つめていた
「……いくぞ」
場が静寂に包まれる中、自身の気を刀の刀身に纏わせた大貴が鋭く研ぎ澄まされた刃の様な視線でレスターを射抜く
「っ!!」
その言葉にレスターが息を呑むのと、大貴がその眼前で刀を振りあげるのはほぼ同時だった。
刹那、天を切り裂かんばかりの威力を纏って振り下ろされた力の刃がレスターの壁を一刀の元に粉砕し、何重にも重なった防壁がまるでガラスが砕け散るように粉砕される
反射的に後方に飛び退いたレスターは、かろうじて残った数枚の障壁を再展開しながら舌打ちする
「……化け物め」
「なるほど、硬いな……」
対してレスターが構築した何重にもなる障壁の大半を一撃の元に破壊して見せた大貴は、その手ごたえを確認するように刀を握った自分の手に視線を落とすと、軽く刀を振って口元にわずかな笑みを浮かべる
「でも今ので加減は大体分かった。次は壁を壊してダメージを通せる」
大貴は先ほどの一撃を全力で放ってはいない。舞戦祭では意図的な殺害は御法度だが、戦いの結果として命を落としてしまう事に対しては不慮の事故として処理される事になっている。
自身が王族を凌ぐ力を持っている事を自覚している大貴は、その力でレスターを殺さないように事前にどの程度の力を出せばレスターに致命傷を与えずに済むのかを確認したのだ
『……ハッ! こ、壊したーーーっ!? 大貴選手あの重複防御の大半を一撃で粉砕しました!!』
『今の気の量……ハーヴィン級ですな……』
大貴の言葉と共に、あまりの強大な気に惚けていたシャオメイが意識を取り戻し、愕然とした様子で声を上げる
「……まさかこれほどの実力者だったとはな」
観客のざわめきによって、客に冷静さを取り戻したレスターは眼前に立つ大貴に最大級の警戒を込めた視線を向けると、手にしたランスを握りしめ、怯むどころかさらに戦意を充実させていく
「しかし、ここで退くなど俺の矜持が許さん!!」
レスターの戦闘スタイルは相手に真正面から切り込む近接戦闘。
戦術の最大の要である防壁が体の前面にしか展開されていない事からも、レスターが真正面からの戦いにそれだけ誇りを賭け、自信を持っている事が分かる
「行くぞ!!」
「ああ」
宣言と同時に地を蹴り、ランスを構えて閃光のように一直線に大貴に向かっていく
レスターのランスは、突き貫く事に特化した武器であり、その特性を最大限に活かした攻撃を行うためのもの。
膨大な気と障壁によって強化された身体ごと突撃する事によって、レスターは自身をあらゆるものを穿つ無敵の槍と化している
その突撃を真正面から迎え撃つ大貴は、レスターの突撃を自身の気を纏わせた刀で斬り払う
刹那、衝撃が打ち砕かれる轟音と、ランスと刀がぶつかり合う金属音、強大な衝撃が一体となって会場を揺らす
『レスター選手の突撃を刀で弾く大貴選手!!まさに力と力のぶつかり合い!! ここにいる私も、そのあまりに凄い威力に吹き飛ばされてしまいそうですっ!!』
二人の攻撃の衝撃波は、宙に浮く台座の上で実況するシャオメイにも容赦なく襲いかかるが、台座に常設された結界がそれを防ぐ
さながら波に揺られる草舟のように揺れる台座の手すりにしがみつくようにしながら、シャオメイはそのプロ根性で解説を続けていた
選手たちが戦いを繰り広げる舞戦祭の会場は、強大な戦闘力を持つ選手の攻撃が万が一にも観客席の一般人に及ばないように、客席との境目に極めて強力な結界が幾重にも張り巡らされている
大貴とレスターの力の激突によって生まれた衝撃はその結界によって阻まれ、会場内にいるシャオメイとは違い観客の髪の毛を一筋揺らす事も無い
「……っ!!」
大貴の斬撃によって体勢を崩されたレスターだが、すぐさま体勢を立て直し、巨大なランスを振るって大貴に追撃を加える
その攻撃を全て捌く大貴とレスターの間に砕けた気の火花が散り、衝撃波が地を砕いて舞い踊る
一撃一撃の威力は大貴が勝っているにも関わらず、巧みに操られるランスと身体の前面に重複展開された障壁が大貴の攻撃を完封していた
「随分高度な戦法ですね……なるほど。貴族に近いというのも頷けます」
それを客席から見ていたロンディーネは、感嘆の混じった吐息を漏らす
「……高度、ですか?」
首を傾げた詩織の問いに、会場の戦いから目をそらさずにロンディーネが言葉を続ける
「障壁や防壁と言うのは盾と同じです。『相手からの攻撃は防いでも、自分からの攻撃は通す』などという都合のいい効果はありません。
つまり、盾を持ったまま突撃しても、あの防御を前面に構築している以上、盾を挟んで反対側にいる相手には攻撃ができないのです」
「え、でもあの人は壁を出したまま戦ってますよ?」
首を傾げた詩織に、ロンディーネは小さく頷いて話を続ける。
「そこが高度な部分です。彼は攻撃の一瞬だけ、武器の軌道にあたる部分の障壁を消去しています。
しかも攻撃に対しての結界消去誤差は数ミリ程度。……つまり攻撃が通るギリギリの穴を障壁に開けて、そこを数ミリのズレもなく通しているのです」
「そんな事、出来るんですか……?」
ロンディーネの説明に詩織が息を呑む
口で言うのは簡単だが、それがどれほど難しいことなのかは戦闘のイロハを知らない詩織でも容易に推察することができた
「相手の攻撃軌道の見極めと予測。緻密で細密な気と障壁のコントロール。それにあの巨大なランスを数ミリの誤差しかない穴に確実に通す技術があれば可能です」
「……っ!」
ロンディーネの説明を理解した詩織は、思わず声を詰まらせる
「戦闘手段の割には、意外と繊細なのですね」
レスターの戦術は、壁に開いたボール一個がギリギリ通る穴にボールを投げて通す事を何度も繰り返すようなものだ。それを高速戦闘中に行う技術の難しさは筆舌に尽くしがたい。
戦術そのものは防御力に任せて相手の懐に潜り込んで肉弾戦に持ち込むという単純明快なものだが、それを実現させるためにレスターが行う技巧は単なる力任せとはかけ離れた緻密で繊細なものだ。それこそがレスターを学院第三位たらしめているものでもある
「とはいえ、今の状態なら気の総量で圧倒的に上回る大貴さんの勝利でしょう……ですが」
「……ですが?」
不安そうに訊ねてくる詩織を横目に、ロンディーネはレスターの後方、未だ動こうとしない彼のパートナー――メリルを見る
「戦いはまだ、始まったばかりですから」
※
「あらら……これは決闘とか呑気な事言ってられないですですね」
レスターの防御が紙切れのように破壊され、圧倒される様子に驚愕を隠せずに二人の戦いを冷静に見ていたメリルは、どこか気の抜けた声で呆れたように言う
この戦いを見ていれば、レスターが押し切られるのは時間の問題。勝利のためには、もはやレスターの決闘などにこだわっていられない
(まったく、世界は広い……!)
大貴と刃を交えながら、レスターは内心で驚愕と歓喜に打ち震えていた
目の前の青年――大貴の持つ気の量は、解説のディエゴの言葉の通り七大貴族どころかハーヴィンと同等以上。自身が研鑽し、練磨してきた重複障壁を常時展開する戦術もその力の前に成す術もなく打ち砕かれる。
だからといって、前方に展開した障壁を消す事は出来ない。そんな事をすれば気の最大量で劣る自分が力負けする事は明白。
今はかろうじて重ねた障壁が大貴の攻撃を防いでいるからこそレスターは目の前の敵と斬り結ぶ事が出来ているのだ
(だが、だからこそ滾るというものだ!!)
生まれ持った圧倒的な力。その力に恐怖し、嫉妬しながらも、生と死を紙一重で感じる事の出来る戦闘にかつてないほどの高揚と歓喜を覚え、レスターの口元が自然と緩む
「オオオオオオッ!!!」
咆哮を上げたレスターがランスを地面に突き立てると、そこから膨大な気の衝撃波が巨大な波涛となって噴き上がる
レスターを起点に、扇状に広がる気の波動が噴き上がり、まるで津波のような波涛が大貴とルカに向かって地を舐めるように奔った
『お、大きい!』
「ルカ!!」
「任せて!」
大貴の言葉に声を張り上げたルカが両手を広げると、その手から重厚な鎖の音を響かせながら短剣ほどの大きさがあるペンデュラムが伸び、まるで竜が天を舞うように空を翔ける
その内の一本のペンデュラムが大貴の胴に絡みつき、そのまま力任せに天空へと放り投げる
それと同時にもう一つのペンデュラムはルカの前で渦巻き状に固定され、強力な結界を生じさせてレスターの攻撃を防いでいた
『ルカ選手の手から伸びたペンデュラムが、レスター選手の巻き起こした気の瀑布を防ぐっ!!』
『操作系武装ですな。』
その光景を見て、ディエゴが淡々と解説する
操作系武装とは、思念を送り込んだ気によって操る武器の総称を。
有線であれ、無線であれ思念や機械制御によって操られる武装はそう呼称され、人間界では装霊機の起動操作をはじめとして、日常的に用いられている技術でもある。
その一方、ルカのペンデュラムで上空に放り上げられた大貴は、空中に障壁を発生させてそれを足場代わりにしてレスターに向かって跳躍する
障壁は装霊機に搭載される『仮想盾』と呼ばれる防御用の武装ソフト。
装霊機に搭載されたバッテリーを使用する事で気を消費する事無く発動する事ができる戦闘用の科学技術である武装ソフトの中で最も一般的なものの一つである障壁は、空間に防御用の壁を発生させる能力を持っている。
無限にして無尽蔵であるため、消費を気にすることなく使う事が出来る神能とは違い、界能は体力のように使えば使うほど減ってしまう。
もちろん体力と同じで時間と共に回復するが、その力を使い切ってしまわないように、力を使う配分を考える必要が生じてくる
元々膨大な気の絶対値を持っている大貴の力は滅多に底をつく事は無いが、その力を無駄にしないためにロンディーネのアドバイスで防御を障壁で補っているのだ
「おおおおっ!!」
空間に設置した障壁を足場にして跳躍した大貴は、全身にその強大な気を纏って流星のようにレスターに向かう。
障壁で作った仮想盾を足場にするのは、人間界で比較的多く用いられている応用法。気の力が強ければ飛翔による空中戦も難しい事ではないが、飛んでいる間気を消費し続けるため、可能な限り気の消費を抑えたい戦いの場合は、障壁を足場にするという戦術が多く用いられている
「甘いですですっ!!」
空中で方向転換した大貴がその勢いのままにレスターに上空から攻撃を加えようとした瞬間、大貴の耳朶を甘い声が叩く
「っ!!」
その声に瞬間的に反応した大貴が視線を向けると、大貴とほぼ同じ高さまで飛翔していたメリルと視線が交錯する
「私の事を忘れてませんですか?」
『おおーーっとぉ!! ここに来てメリル選手が参戦だーーーっ!!!』
手を振りあげたメリルの身体が燐光を帯び、次の瞬間物質化した金属がその身体に構築されていく
メリルの小柄な体を包みこんで結実した金属は瞬く間に形を成し、三メートル近い金属質の甲冑となって具現化すると、その手に巨大な槌を召喚する
「なっ……!?」
西洋甲冑と武者甲冑と足して二で割ったような巨大な人型の鎧。金属と機械と気の力を纏った機兵が、その巨躯に見合った巨大な鉄槌を振り上げる。
「いきますです!!」
甲冑越しに響くメリルの高い甘声と共に、その手に握られた巨大な槌が瞬間的に加速し、大貴に向かって直進する
それを見た大貴は、先ほどと同じように障壁を足場にしてメリルの攻撃を回避しようとするが、槌から離れるはずの大貴の身体は吸い寄せられるように槌へと向かって移動していた
(なっ……!?)
自分の身体が槌に引き寄せられた事に目を見開いた大貴がさらなる回避運動を取る暇もなく、巨大な槌がその身体を捉える。
「ぐっ……!」
「大貴君っ!」
「『重力制御機構』!!」
ルカが声を上げるのと同時に、巨大な槌によって吹き飛ばされた大貴の身体が宙を貫き、地面に激突して天にまで届くように槌煙を巻き上げる。
「……余計な事を」
「何を言ってるんですです? 私が助けなければ間違いなく負けてましたですよ? 私はルカちゃんの代わりなんでしょうけど、出るからには優勝を目指してますです。
申し訳ありませんが、レスター君のつまらない意地にこだわって負けてあげるつもりはないんですですよ」
頬を伝う汗を拭って舌打ちしたレスターに、巨大な鎧人となったメリルが呆れたように言う
「……っ、勝手にしろ」
メリルの言うように、一対一では自分が圧倒的に不利だと身を以って理解しているレスターは忌々しげに目を細め、吐き捨てるように言う
『今のは、重力制御機構によって槌に発生する力のベクトルを横向きに変化させる事で攻撃を加速、さらに大貴選手の身体と槌の間に引力を発生させる事によって攻撃そのものへと引き寄せ、武器そのものへの質量干渉によって質量を増大させ、攻撃力を高めているんですな』
「……なるほどな」
土埃をその身に纏った気の力で吹き払った大貴は、軽く手首を動かしながらディエゴの解説に合点が言ったように呟く
『大貴選手、無傷です!!』
『先ほどの攻撃は、障壁では防ぎきれないんですな。恐らく反射的にあの強大な気で結界を張って攻撃を防いだんですな』
『なるほど』
「ちょっ……あれ、ルール違反にならないんですか!?」
その頃、その様子を観客席で見ていた詩織は、メリルを取り込んだ人型の機械甲冑に思わず声を裏返えらせる
メリルが召喚したのは、三メートル近い大きさを誇る人型機械甲冑。SFなどでよく見る巨大ロボットと言って相違ない物だ
詩織から見れば、人間同士の戦いに戦車を引っ張り出してくるような事態にしか見えない
「あれは、『機鎧武装』という鎧です。武器……というよりは、防具扱いですから反則にはなりません」
「……あれが、防具?」
ロンディーネの言葉に唖然としながら、詩織は会場に出現した巨大な甲冑に視線を戻す
機鎧武装は、パワードスーツの一種に分類される防具で、軍でも正式に採用されている。
主に局所作業や、気があまり強くない者が武装として利用するのが一般的で、物理現象を操る科学と物理現象を代行顕現する魔法を合成する事によって自身の身体と変わらない反応で、自身の身体の限界を超えた超絶的な駆動性能や武装を使う事が出来る。
またその規格も様々で、身体に密着するサイズの物から数十メートルを超える巨大なものまで多種多様に存在しており、カスタマイズによって自分好みの戦闘特性を獲得できるのも大きな魅力となっている。
とはいえ、機鎧武装そのものがかなり高額で、民間人には手に入れにくい代物の上、貴族の名を冠すような気の力が強い者ならば自身の気を使った方が強いため、中途半端にしか普及していない代物でもある
「……あの二人は共に重装甲を武器としているのですね」
唖然として言葉を失う詩織の様子など意にも介さず、ついに二対二のタッグバトルの様相を呈してきた戦いに、ロンディーネは興味深げに目を細めた
それと時を同じくして大貴の傍に駆け寄ったルカは、レスターとメリルから意識を離さずに声だけを大貴に向ける
「メリル先輩は自力での戦闘力は強くないけど、科学と魔法のプロフェッショナルで、あの機鎧武装も先輩が自分で造った物なの」
「そうか……ところであのロボは力任せに壊せるのか?」
(ろぼ……? 多分機鎧武装の事だよね?)
聞いたの事のない単語に内心で首を傾げたルカだが、大貴の言葉からそれが機鎧武装の事を指していると判断して肯定する
「うん。それは大丈夫だけど……」
「そうか」
大貴とルカが言葉を交わしたのはほんの一瞬。その間にレスターとメリルは、既に次の攻撃のための準備を整えていた
「覚悟するです!!」
機械の巨人が天高く掲げた槌が振り下ろされると同時に、大貴達の上空に魔法陣に似た円が出現し、大貴とルカの身体が地面に吸いつけられる。
「……これは!」
「重力制御機構の超加重……」
『メリル選手が発生させた重力場が大貴選手とルカ選手の動きを封じるーーーっ!!』
『おそらくあの二人には今、本来の体重の数十倍の加重がかかっているんですな』
「さらに、とっておきを披露しますですよ!!」
実況の解説を聞きながら言った機械甲冑の正面が重力球が発生し、その中で光が連鎖的にはじけていく
それと同時にさりげなくメリルの前に立ったレスターがその力を最大限に解放し、人間の倍以上ある背丈の甲冑を覆い尽くすほどの巨大にして強大な防壁を作り出した
『こ、これは!!』
『とんでもない隠し玉ですな』
メリルが発生させた球体にシャオメイは声を張り上げ、ディエゴも硬い声を漏らす
「大貴君、早くここから逃げないと!!」
「……あれはなんなんだ!?」
明らかに焦燥を浮かべてペンデュラムを操るルカは、大貴の言葉に目を丸くする
「大貴君、もしかして勉強苦手だった?」
「いや……まあ、な」
周囲の反応を見る限り、今の目の前でメリルが行っているのは人間界では常識的なものらしい。しかしまだ人間界に来て日が浅い大貴がそんな事に精通している訳もない。
意外そうなルカの言葉に大貴が言葉を濁していると、ペンデュラムの力でメリルの発生させた超加重を中和しているルカがその問いに答える
「あれは、重力制御機構の限定空間内におけるエネルギーの法則崩壊。堕格反応を還元して原始霊素を取り出しているの」
「……分かりやすく言ってくれるか?」
聞いた事のない専門用語の羅列に渋い表情を浮かべる大貴に、ルカは一瞬考え込んでから言葉を続ける
「学院で習ったでしょ!? 物質っていうのは、『原始霊素』っていう界能が堕格反応によって霊格を落とされて生まれた『霊質のユニット』なの。
あれは物体から物質を取り除いて、最も神能に近い界能――原始霊素を取り出してるんだよ」
「……なるほど、そういう事か」
ルカの言葉で、ある程度の内容を把握した大貴は、小さく息をつきながら目を細める
ルカの言っている事を完全に理解している訳ではないが、今の大気にとっては物質が霊質のユニットであり、物質を霊質にもどしているという要点だけが分かれば十分だ
光魔神にとっての人間のように、ユニット能力とは自らの力の系譜に連なる存在を生み出す能力。
そして光魔神のユニットである人間が光魔神と同等の力を持っていない事が証明しているようにユニット能力を行使する際、自身と同等の力を持った存在を生み出す事はできない。
なぜならば神能であれ界能であれ、霊的な力は絶対定数。自分と同等の存在を創りだす事は複製でもクローンでもなく、自分自身を創り出す事に等しくなる。
しかし、自分が同時に複数人存在する事は因果律上成立しえない矛盾。そのため全てのユニットは堕格反応によってその神格、霊格を劣化させる事で自分ではない存在として生み出されている。
そして重力制御機構は、単純に重力を扱う技術ではなく、特定質量及び限定空間に対して引力と斥力を発生させる技術。
その機能と霊的な技術作用――魔法による物理法則の情報改変を利用し、限界を超えて圧縮された物質を、引力と斥力を交互に発生させる事で物理限界を超えて回転させる。
そうする事によって物理限界を超えた圧縮と加速を受けた物質は、遠心力分離や脱色などに近い現象を物理的な根源レベルで引き起こし、物質からそれを構成している「世界の界能」――原始霊素を抽出しているのだ
「それは俺達の切り札だぞ? こんなにあっさり使っていいのか?」
巨大甲冑を守る巨大な防壁を展開しながらも、背後のパートナーに呆れたような口調を向けるレスターだが、その言葉はメリルによってあっさりと切り捨てる
「大丈夫ですです!! むしろこれくらいしないと彼には勝てないですですよ!? レスター君も分かってますですよね?」
「……っ」
メリルの核心をついた言葉に、レスターは忌々しそうに表情をしかめる。
原始霊素は、界能としては最も強力なエネルギー。それを用いた兵器は軒並み圧倒的な破壊力を有している。
舞戦祭でも一定の威力に達していなければ使用は認められているが、その破壊力は並みの人間はおろか、貴族であっても防ぎきれる保証は無い
「いきますです!!!」
原始霊素の抽出と精製を終えたメリルの宣言と同時に、メリルの巨大甲冑を守っていたレスターの防壁が消え、甲冑の正面に凝縮された圧倒的な力の塊が極大の奔流として迸る
「大貴君、早く回避を……」
「必要ない。下がってろ」
重力制御機構の超加重をペンデュラムによって無効化したルカの言葉を遮り、大貴は抑制を解き放った最大級の気を放出する。
「なっ……!?」
『……っ!』
もはや人間の枠を超えた圧倒的な気の奔流が天を貫き、世界を一瞬して塗り潰す。
その場にいる全ての人間がその超絶な力に圧倒され、息を詰まらせる中、大貴はその膨大な気を刀に収束し、そのままその刃を最上段から真一文字に斬り下ろす
「オオオオオオッ!!!」
圧倒的な力の奔流を宿した刃が目にも止まらぬ速さで振り抜かれ、メリルが放った強大な力の奔流を一刀の元に斬り捨てた
まるで大きな波が小さな波など意にも介さずにを呑み込むように、全てを凌駕する圧倒的な気の波動がメリルの放ったエネルギーを吹き消すかの如くにかき消し、会場そのものを力の衝撃と威圧によって震わせる
『か、かき消したぁ!?』
「ちょっ……嘘ぉ!?」
最も強大な界能がさらに強大な力によってかき消される様に、解説のシャオメイが実況を忘れて唖然となり、メリルが信じ難い現実の前に声を上げる
「ルカ!!」
「っ、うん!!」
大貴のあまりにも圧倒的な力を目の当たりにして茫然としていたルカは、大貴の声で我に帰りすぐさま地を蹴って駆けだす
「させん!!」
「……っ」
全力で地を蹴ったルカの前に、巨大なランスを構えたレスターが肉迫する。
原始霊素は強力な分、力の溜めと放った後に致命的な隙が生じる。中でも使用後の一時的なエネルギー欠乏は致命的で、駆動に関して最低限のエネルギー以外がまともに作用しなくなるほどの不可がかかる
即ち、しばらくの間メリルは重力制御機構はもちろん、その甲冑に搭載されたほとんどの武装が動かなくなってしまうのだ
それを理解しているレスターはその隙を補うべく、一方でルカはその隙を突くべく行動を開始していた。
しかしルカの相手は学院第三席。個々の戦闘力では、ルカの戦闘力はレスターの足元に及ぶべくもない。
しかしそれは一対一ならばの話だ。レスターがルカの前に立ちはだかったのとほぼ同時、閃光のような速さで介入した大貴の刀が、レスターのランスを弾き飛ばす
「……っ!!」
「行け、ルカ!!」
「うん!!」
一太刀の元に重複障壁で守られたレスターの身体を吹き飛ばした大貴の言葉に頷いたルカが走り去っていくのを見送りながら、大貴に視線を向けたレスターはわずかに表情をしかめる
先ほど会場全体を震撼させる程の圧倒的な攻撃を繰り出したにも関わらず、ほとんど疲労が見られない大貴を見て戦慄を覚えながらも、相対するレスターの表情には笑みが浮かんでいた
「あれだけの攻撃を繰り出して、まだ戦えるとは……まったく、恐れ入る」
その強大な力に対する羨望と賞賛の色を帯びた諦めに似た笑みを浮かべたレスターは、手にしたランスを構え直し、再び自分の正面に幾重にも重ねられた防壁を発生させる
その表情には疲労の色があるが、瞳に宿る覇気には微塵の衰えも感じさせなかった
その傍らでメリルに向かって走るルカはおごそかな声音で言葉を紡ぐ
「LINK」
その言葉と同時に、ルカの周囲の空間が波紋のように揺らぎ、そこから数十本を超えるペンデュラムが出現し、一斉にメリルに向かって奔る
「っ、ヤバイですです」
それを見たメリルは機械甲冑の飛翔機能によって宙を駆けながら、縦横無尽に宙を奔るペンデュラムの群れを回避する
全方位から容赦なく遅いかかる龍のようなペンデュラムの束を急加速、急減速を繰り返し、時に高く舞い上がり、時に地面すれすれを飛翔する見事なアクロバットを披露しながらメリルは思案を巡らせる
(ルカちゃんのこの技は、多くのペンデュラムを操作する分消耗が激しいです。元々ルカちゃんは、気の絶対量そのものはそれほど多くないです。この攻撃から逃げ切れれば、戦闘技術も復旧まで時間を稼げますです)
しかしそんな事はルカ本人も十分理解している。だからこそルカはこの唯一無二のチャンスを逃さないように短時間で決着をつけるべく、全身全霊の力を注ぎこむ
「はあああっ!」
ルカの渾身の気を注がれたペンデュラムは、これまで以上の速度と物理現象ではありえない複雑な軌道を描いて四方八方からメリルに襲いかかる
「ひああっ! ですぅ」
その速さと複雑な軌道に対応できなくなったメリルの甲冑に次々とペンデュラムが突き刺さる
本来ならさほど攻撃力が高くないルカの攻撃を障壁などによって防御する事は容易い。
しかし今は原始霊素の使用によってほぼ全ての機能が一時的にダウンしてしまっている。そのため、今のメリルにルカの攻撃を防ぐ事はできなかった
「……あ、しまったです……」
ルカのペンデュラムの攻撃を受けてしまったメリルは思わず声を漏らす
同時に鎖によって繋がったペンデュラムからルカの気が流れ込み、そこに付与された情報がメリルの機鎧武装のシステムを上書きし、その機能を強制的に停止させる
『ルカ選手のペンデュラムによって、メリル選手の機鎧武装の機能が強制シャットダウーーンっ!! メリル選手戦闘不能です』
『見事な情報改変能力ですな』
ペンデュラムの直撃を受け、鈍いノイズと共にその機能を停止し、力なく弛緩した機械甲冑を元々操作していた四本のペンデュラムが縛り上げる
「うぅ、さすがルカちゃん。情報付加や書き換えはお手の物ですね……です」
ハッキングに近い原理によって、機鎧武装の機能を奪われた以上、生身の戦闘力ではルカにすら劣っているメリルに戦闘を続行するほどの力は無い。
脱出と抵抗を奪うために甲冑を纏ったまま縛りあげられたメリルは、動きを封じられたままがっくりと肩を落とした
「おおおおっ!!」
レスターのランスによる斬撃をかいくぐり、人外の質と量を持った気を纏う大貴の刀が煌めく
幾重にも重ねられたレスターの防壁が粉砕され、砕け散った防壁と障壁の破片が宙に舞い、光の粒子になって空気に溶けていく
「どうした、動きが鈍くなってきてるぞ?」
「……っ!!」
大貴の静かな声に、唇を噛み締めたレスターは光の刃のランスを大貴に向ける。
それと同時にエネルギーが具現化されたランスの刃が大貴を貫かんと超スピードで伸び、大貴はその攻撃を体をわずかに捻る事で回避する
「……ハァ、ハァ……」
『これは……レスター選手、かなりの消耗が見て取れます』
まだ余裕が見える大貴とは違い、傍から見ても消耗が激しくなっているレスターに、解説の意識が向けられる
『当然ですな。レスター選手の重複防壁は、気の防壁を何枚も連続して持続的に発動しているため、使用している間は常に力を消費し続けているんですな。
しかも大貴選手によって砕かれた防壁を再度展開する度に気を消費していれば、彼ほど気の量が多くても底をついてしまうんですな』
大貴とレスターの攻防を実況するシャオメイと、それを補足する解説のディエゴの言葉を聞いたレスターは大貴から距離を取って自嘲する。
「……まったく無様なもんだ」
ルカのパートナーに相応しいのは自分だと息巻き、大貴に決闘を申し込んだ。
最も貴族に近いと言われる自分の力に慢心していた訳ではない。自分の力がそれだけのものであると事実として受け止めていたし、相手が貴族でなければ――否、貴族であっても勝てる。負けたとしても、簡単には負けないという自負があった。
レスターの気の総量は生まれつき多く、いつか貴族に名を連ねるかもと言われ、その期待にこたえるべく日々の努力と研鑽によって自分の力を高めてきた。
しかし目の前の男は自分が磨き上げてきた技術を、自分が高めてきた技の全てを単なる力任せで全て打ち砕いた。そこにあるのは人間という存在としての圧倒的な「格」の差。神に愛された者だけが持つ天賦の才。
もはや自尊心も誇りも打ち砕かれていたレスターは、絶望に打ちひしがれながらもどこか清々しい感情を覚えていた。
自分よりはるか高みにある力に魅せられ、それに憧れると同時にそれを越えたいと願う意志だけがレスターを突き動かしていた
(……もう、この先は無いな)
メリルはルカに敗北し、戦闘能力を奪われてしまった。そして自分の気はほとんど底をついているにも関わらず、相対する大貴はまだ余裕を残している。
仮にこの場で勝利を収める事が出来たとしても、次の試合を戦い抜くだけの戦力を残す事は不可能だとレスターは理解し、自らの全ての力をこの場で使い切る事を決める
「……!」
自身の身の丈を越える巨大なランスを構え、その刃に全身全霊の気を注ぎこんでいくレスターから発せられる覚悟を受けて、大貴はわずかに眉を寄せる
『最後の一撃に全身全霊を注ぐつもりなんですな』
「まだ、こんな力が……」
まるで消耗などしていないかのように強大な力を生み出すレスターに、その戦いを見守っていたルカが愕然と声を漏らす。
「……お前」
自身の最大の武器である重複防壁に使う力すらもその一撃のために注ぎこんだレスターは、巨大なランスを構えて大貴をまっすぐに見据える
「もう、勝敗も優勝もどうでもいい。ルカのパートナーもお前でいい。……だが、俺にも男の意地ってもんがあるんだ。……悪いが最後の悪あがきに付き合ってもらうぜ」
「……ああ」
まさに命を燃やして生み出したと言っても過言ではない気の力を纏った武器を構えるレスターの覚悟を感じ取った大貴は、手にした刀に渾身の気の力を注ぎこむ。
王族すらも越える絶大な気の力が注ぎこまれていく様に、戦慄と昂揚を同時に覚えてその身と心を震わせるレスターは、ランスを握る手に渾身の力を込め、力の限り地を蹴る
「行くぞ!!!」
全ての力を込めたランスを突き出して突撃するレスターは、まさに全てを貫く光の流星となって大地を削りながら一直線に大貴に向かっていく。
それをその場に佇んだまま迎え撃つ大貴は、まるで燃えているかのような気の奔流を纏う刀を水平に構え、そのまま力の限り真横に薙ぎ払う
「オオオオオオオオッ!!!」
光の流星と閃光の斬撃がぶつかり合い、砕け散った力が銀河のような渦を巻き、膨大な力の奔流となって噴き上がる噴水のように天を貫く
『な、何という力の激突!!』
噴き上がる力の波動が会場中を埋め尽くし、会場と客席を隔てる結界にぶつかって砕け散る様はまるで窓ガラス越しに嵐を見ているかのよう。
会場中の人間を圧倒する力の奔流が収まるのと同時に、会場中の視線が会場の中央に佇む二人の男――大貴とレスターに向けられる
「……チッ、やっぱり駄目だったか……」
全霊の力を人たちの元に吹き飛ばされ、大貴の気の力によって砕け散った槍の刀身を見て笑みを浮かべたレスターは、肩口から血を噴き上げ、そのまま力なく崩れ落ちる
『レスター選手、ダウーーーンッ!!!』
静寂に包まれる会場の中、シャオメイの声が響き渡る
文字通り全ての力を使いきったレスターには、もはや立ちあがる力はおろか、身体をまともに動かす力すら残っていない。
ピクリとも動かなくなったレスターの元へ宙に浮く台座を操作して近づいたシャオメイは、台座を操作して中空に浮き上がり、高らかに手を天に掲げる
『レスター選手戦闘続行不能! よって勝者ルカ・大貴ペア!!!』
シャオメイの勝利宣言と同時に、湧き上がった歓声が興奮と熱狂に会場を包み込んだ。
人々の声の波に呑みこまれた会場の中で、大貴は、刀を装霊機に納め、駆けよって来た医療班の応急処置を受けているレスターに視線を向ける
「……いい勉強をさせてもらった」
自分には無い気を操る高度な技術への手放しの称賛を贈った大貴の言葉に、レスターはただ、その口元に笑みを浮かべた