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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
48/305

カーニバル・プレリュード





 一夜明け、天空に鎮座する神臓(クオソメリス)が太陽の煌めきを放ち、生命の源となる太陽の光が絶え間なく降り注ぐ人間界城の城門で、戦装束に身を包んだ大貴とヒナが向かい合っていた。

 大貴の肩には子犬ほどの大きさの小竜ザイア。その両隣には、大貴に同行して会場へ行く詩織とロンディーネがおり、ヒナの背後にはシェリッヒが控えている


 人間界が用意した大貴の戦装束は、光魔神の姿を彷彿とされるデザイン。黒い縁取りがされた純白の長い陣羽織を羽織った着物のような衣装

 布地で統一された衣装は、傍目には軽装で、勾玉のような宝玉が嵌めこまれた手甲だけが、かろうじて金属質の重厚な輝きを放っている


「御気をつけて行ってらしてくださいね」

 白と黒が映える戦装束に身を包んだ大貴に、ヒナが持っていた刀を差し出す。

「……ああ」

 黒塗りの鞘に収められたそれを受け取った大貴は、装霊機(グリモア)にその刀を収納しながらヒナに笑みを返す。

「画面越しにですが、ご武運をお祈りいたしております」

「……まあ、やれるだけはやってみるさ」

 ヒナの穏やかな微笑みに、大貴は軽く応じる

 簡単な手ほどきを受けた程度だが、人間の界能(ヴェルトクロア)を用いた戦いは、全霊命(ファースト)の戦いとは趣を事にする工夫と駆け引き、知識と技術、鍛練と才能の戦い。

 いくら力があっても、一夜漬けの一朝一夕で高みへ昇り詰める事が容易ではない事は、模擬戦でガイハルトに敗北した大貴自身が一番よく分かっている。

「キュウッ!!」

 まるで大貴を叱咤するように、力強い声と共に翼を広げたザイアを見て、大貴とヒナが苦笑交じりに顔を見合わせる。

「ザイアは、大貴さんが優勝すると信じているようですよ?」

「……ま、俺も出るからには、優勝は目指してるさ」

 ヒナの言葉に、大貴も苦笑しながら言う。

 軽い口調で言ってはいるが、その言葉が決して偽りではないと、その目に宿った強い光が雄弁に物語っていた。

「だそうですよ、ザイア」

「キュ、キュキュウウウッ!!!」

 大貴の言葉を受けたザイアは、可愛らしい仕草で力強く翼を広げ、勇ましく雄々しい咆哮を上げる。

(か、可愛い……)

 本来は勇ましく感じるであろうその動作も、子犬サイズの小竜がすれば、愛らしい仕草にしか見えない。その仕草に胸をときめかせながら、詩織は小竜を抱きしめたい衝動を懸命に堪えてその姿に頬を緩ませる。

「では、ロンディーネ、大貴さんをお願いしますね」

「畏まりました」

 軽く手を差し出して大貴からザイアを受け取ったヒナは、護衛として同行するロンディーネに視線を向ける。

「詩織さんも、人が多いですから気をつけて下さいね」

「……あ、はい」

 最後に詩織に優しく微笑みかけたヒナに見送られ、大貴達は城を出て舞戦祭(カーニバル)の会場へと向かうのだった。



 大貴達を見送ったヒナの背後で沈黙を守っていたリッヒは、身を翻して城内に戻る姉に意味深な笑みを向ける

「……順調なようで何よりです」

「っ、別にそんな事はありませんよ? まだ、特に関係が進んだ訳では……」

 リッヒの言葉が意味する事に瞬時に気付き、春の花のような穏やかだったヒナの顔が一瞬にして紅潮する


 普段冷静沈着な姉が、大貴の事を話題に出すと途端に初々しい反応を見せるのを、リッヒは好ましく見ていた

 二人が無事結ばれる事を心の底から願いながらも、同時に姉に大貴の話題を振って、顔を赤らめて困惑する姉の様子を観察するという事に喜びを覚えるという嗜虐心にも目覚めつつあった


「そんな事より、光魔神様はどの程度活躍できるでしょうか?」

 顔を火照らせて動揺するヒナの言葉を意図的に聞き流し、リッヒは話題を変える

 悪戯っぽい笑みで問いかけてくるリッヒに、反論のために話題を戻しては妹の思う壺だと判断したヒナは、火照って動揺した感情を鎮めながら、普段通りの落ち着いた声で応じる

「……相手にもよりますが、優勝は難しいでしょう。いくら王族(ハーヴィン)を凌ぐ力を持っているとはいえ、貴族姓の持ち主や、その有望株と当たった場合、力押しで勝利するのは不可能に近いと言わざるをえません」

 舞戦祭(カーニバル)には、戦闘を通じて実力者を発掘するという目的がある。しかし同時に貴族の姓を持つ者の実力を画面越しに見せつける事で、抑止力としての貴族、王族の存在意義を世界に再認識させるという隠れた目的も存在する


 そのため、舞戦祭(カーニバル)には貴族姓の持ち主も参加し、極稀にエキシビションとして王族(ハーヴィン)も参加する事がある

 今日の舞戦祭(カーニバル)にハーヴィン姓の持ち主の参加は無いが、七大貴族をはじめ、貴族姓を持った者、あと一歩で貴族に届くほどの実力者の参加は少なくない

 その中で界能(ヴェルトクロア)の戦いに不慣れな大貴が優勝するのは、かなりの難関だというのが、先日大貴の実力を間近で見たヒナの率直な意見だ


「……確かに、先日の事で大貴さんもそれは学んでおられるはずでしょうから、一対一ならばよい結果も期待できます。

 ですが今日行われるのは、二対二のタッグです。単純な実力だけが勝敗に直結するとは限りません」

 しかし、ヒナは落胆する事もなく自身の言葉を否定する。


 一対一ならヒナの予想の通り貴族姓を持つ者達に、つい先日界能(ヴェルトクロア)の使い方を覚えたばかりの大貴が勝利する事は難しいだろう。しかしそれがタッグバトルとなると、また話が違ってくる。

 現に一対一で強くても、タッグバトルで成績を残せない者も少なくない。個人としての強さと、複数人での強さが必ずしもイコールにならないのが、神能(ゴットクロア)界能(ヴェルトクロア)の決定的な違いでもある


「……それと大貴さんを襲ったという竜人も気になります。リッヒ、そちらの方はどうなっていますか?」

「今のところ、特に報告は来ていません」

 気の置けない家族と話す口調から、世界の政を司る者としてのそれに切り替えたヒナの言葉に、同様に凛とした口調でリッヒが応じる

「そうですか……後手に回らざるを得ないのはもどかしい限りですが、後手に回る以上あらゆる可能性を考慮して対策を打つしかありません」

「御意」

 ヒナの言葉に、凛とした硬い口調でリッヒが応じる

舞戦祭(カーニバル)が襲われる事はもちろん、その情報を囮にして別の場所への襲撃も可能性に入れ、不特定多数の場所で同時多発的に事件が発生しても対応できるように軍を配備し、警備と監視も怠らないようにしてください」

「心得ております」

 リッヒと肩を並べながら、ヒナは窓の外に見える空に浮かんだ球体に視線を向ける

 九世界では、空に浮かぶ大地は珍しいものではない。しかし窓の外に見えるのは、そういった天然の浮遊大陸とは違う人工の浮遊物

「何事もなければよいのですが……」

 祈るように言いながらも、そうはならないであろうことを、ヒナは心のどこかで感じ取っていた





 舞戦祭(カーニバル)の会場は、『闘技場』と呼ばれる施設で行われる。地上に造られたドームから転移装置(ポータル)によって移動できる闘技場は、人間界の上空に浮かぶ人工星内に造られた戦闘用の施設だ

 人間界の主要な都市に必ず一つはある闘技場は、いわば人間界の「実戦訓練場」。気や武器を用いての実戦や訓練を行う際に使用される人工の戦場で、様々な地形や環境を再現する事も出来る

 元々不特定多数の人間が使用可能な模擬戦闘訓練場として造られた闘技場には、舞戦祭(カーニバル)用の会場としての役割もある


「うわぁ……広いっていうか、凄……」

 転移装置(ポータル)から移動し、闘技場の正面エントランスに到着した詩織は、開口一番に感嘆と驚嘆の入り混じった声をあげる


 会場に来たというよりも、街に来たと表現した方が適当に思える広大な敷地。

 大小さまざまなドームがまるで天球儀のように配置されており、正面エントランスから見るその光景は、まるで宇宙の中にいるかのような錯覚を覚えるものだった


「姉貴、迷子になるなよ」

「なる訳ないでしょ!?」

 あまりにも幻想的で壮大な闘技場の様子に目を奪われていた詩織は、さらりと横を通り過ぎていった大貴の言葉に頬を膨らませる

「……確かルカちゃんとは、エントランスの前で待ち合わせだったよね?」

「ああ」

 大貴と並んで歩きながら訊ねた詩織は、その視線の先に目をやって「ああ」と納得したように言う

 大貴が視線で示した先には、ボブカットにした亜麻色の髪を風に遊ばせながら、人混みの中でも一際その存在を際立たせる美少女が、柱にもたれかかっていた

「あ! 大貴君!!」

 柱にもたれかかるようにいていた美少女――ルカも、ほぼ同時に大貴達の存在に気付いて、柱に預けていた身体を起こして大きく手を振りながら駆け寄ってくる


 人混みの中でも特定の人間を見つける事が出来るのは、相手の霊的な力を感知できる知覚能力によるもの

 そのため、人混みの中でも大貴はルカを見つけ、ルカは大貴の存在に気付く事ができたのだ


「待たせたな」

「ううん、気にしないで。私が早く来すぎただけだから」

 大貴の元に駆け寄ったルカは、嬉しそうな笑みを浮かべながら自分のパートナーの背後にいる二人の連れ添いにも視線を向ける

「詩織さんと、ロンディーネさんもお久しぶりです」

「弟がお世話になります」

 既にルカとの面識がある詩織とロンディーネは、どちらからともなく大貴とルカ、詩織とロンディーネの二組に別れる

「……では我々は観客席で拝見しておりますので」

「頑張りなさいよ大貴。とりあえず私、あなた達に賭けるから」

「やり過ぎるなよ?」

「……頑張ります!」

 姉が博打で破産しない事を心底心配する大貴の傍らで、ルカは張りきった様子で拳を握りしめる

 気合いを入れているのだろうが、傍から見るとやや幼く、可愛らしい仕草にしか見えないのは、ルカの性格によるものだろう。――それを本人が良しとするかは別としてだが。

「さて、じゃあ行くか」

「うん。……あ」

「?」

 不意に握手を求めるように手を差し出してきたルカの意図を掴みきれず、大貴が怪訝そうに眉を寄せる

 それを見たルカは、静かだが強い口調で大貴をまっすぐに見据えながら口を開く

「あらためてよろしく、大貴君。」

「……ああ」

 ルカが差し出した手と、その迷いのない瞳から勝利への意志と自分への信頼を感じ取った大貴は、それに答えるように小さく頷き、差し出されたその華奢な手を強く握りしめた




 舞戦祭(カーニバル)の会場となる闘技場に入った選手達は、事前に行われた選手登録の確認を受けた後に、専用の入り口から会場の中に通される。

 急遽出場が決まった大貴が、選手登録と証明データを発行してもらうのに若干時間を取られる事になったが、それ以外は特に大きな問題もなく会場へと入る事ができた

 登録の際に装霊機(グリモア)にインストールされた電子マップに会場内を誘導するための仮想アイコンが表示されるため、迷う事無く目的の場所に移動する事が出来る


 仮想アイコンは、いうなれば建物内を案内するために装霊機(グリモア)によって表示される案内表示。目の前に出現する画面に、通路と目的へ誘導する矢印が表現されるため、これを持っていればどんな建物や施設内でも迷わないという代物だ

 仮想アイコンは人間界で広く普及している技術らしく、大貴が「知らない」と言った時にはさすがにルカも驚いていたが、人間界城などの重要施設や、個人宅、重要機密を扱う場所では使えないようになっていると聞いた大貴は、この便利な技術の存在を知らなかった事を内心で納得していた


「……便利なもんだ」

「何か言った?」

 思わず漏れた大貴の小さな声に、大貴と肩を並べていたルカは少し高い位置にある大貴を上目遣いで見つめる

「いや、何でもない」

「そう……あ、着いたよ」

 大貴の言葉に視線を前に戻したルカは、通路の突き当たりにある扉を指して満面の笑みを浮かべる


 装霊機(グリモア)に記録されたデータを読み取る事で通行の可不可を決める扉は、選手と関係者に対してのみ開く仕掛けになっており、二人が近づく事で自動でその情報を取得し、まるで迎え入れるかのように自動で扉が開く


 補足ではあるが、この扉を通行する許可のない人間が通行許可のある人間の影に隠れて一緒に通過するという事はできない。

 なぜならば、たとえ扉が開かれてもそこには漏斗のような能力を持った透明な結界が張られており、そこを通る人物の情報を選別し、許可情報を持った者だけを通すという都合のいい機能を備えている。

 そのため、この機能で閉ざされた扉の向こうへ無許可で通るには、力任せに扉と結界を破壊する以外に方法は無い。もちろん、そんな事をすれば即警報装置が働くのだが。



 そういう機能を持つ扉が開かれた先には、まるでここでも試合ができるのではないかと思われるほど広い部屋が広がっていた


 大小様々なソファや椅子が設置されており、そこではすでに到着している出場選手が思い思いに身体を休めている

 特に目を引く正面の壁一面の巨大なスクリーンは、その巨大な画面を分割していくつかの映像を同時に映し出しており、ここで選手が試合の観戦をできるようになっているのが一目で分かる

「……凄いところだな」

「そっか、大貴君は初めてなんだね。ここが、選手控室兼、待合室だよ」

 扉をくぐった大貴の感嘆の声に、隣にいたルカが得意気に説明する。しかし得意気に語るルカも、実は学院の施設見学で来た事がある程度だ


 荷物を装霊機(グリモア)の空間収納にしまう事が出来、同様の方法で着替えも出来る人間界では、個人用の控室を用意する必要性は薄い。

 そのため、選手はこの共同の空間で身体を休めつつ試合の時間まで待つのがこの世界では常識になっている

 もちろん武器の手入れ、調整に使う個室、仮眠室も別の所に用意されており、またシャワールームやトレーニングルームなども併設されており、自由に使うことができる


「さ、入口に立ってたら邪魔になるからどこかに座ろ?」

 そう言ってルカが大貴の手を取るのと同時に、横から落ち着いた声がかけられる

「ルカ」

「……細小(いさら)さん」

 その声に視線を向けたルカは、そこに佇んでいる女性を見て声を漏らす


 ルカに声をかけたのは、限りなく白に近い青――いわゆる白群色の長い髪をなびかせた凛とした顔立ちの女性。

 どこか女学生のような雰囲気を持つルカとは対照的に、幼さやあどけなさを微塵も感じさせない大人びた容姿と秘書のように落ち着いた印象を受ける隙のない佇まいをしている


「仲がいいのですね」

 その凛とした清流のような澄んだ眼に見つめられたルカは、その視線がしっかりと握られた自分と大貴の手にむいているのに気付き、顔を赤らめながら慌てて繋いでいた手を離す

「……っ、ち、違います。からかわないでください!」

 顔を真っ赤にするルカの言葉など聞こえないかのように、白群色の髪の美女はその視線をルカから大貴に移して目を細める

「そちらが、あなたの新しいパートナーですか?」

「はい、大貴君です」

「……どうも」

 ルカに紹介されて頭を下げた大貴に、軽く視線だけで会釈をした白群色の髪の女性は、その表情をわずかに綻ばせる。

「はじめまして。『招霊(おがたま)細小(いさら)』と申します」

「……!」

(貴族姓持ちか……!)

 招霊細小と名乗った少女を見て、大貴は表面上は平静を保ちながらも警戒感を募らせる


 姓を持っているという事は貴族の証であり、つまりそれは、王が認めるほどの実力があるという証拠でもある

 貴族に選ばれる実力の基準は分からないが、油断できない相手なのは間違いない


「あ、細小(いさら)~」

 その時、どこか間の抜けた声と共に、両手にアイスクリームのような食べ物を持った雪のように白い髪の少年が愛らしい笑みを浮かべて細小(いさら)の元へ歩み寄って来る


 大貴よりも頭一つ分ほど背が低く、細小(いさら)と比べても同じかわずかに低いほど。

 年齢は不詳だが、小柄の身長とやや幼い顔立ちが、大人になる前の青少年を彷彿とさせる


「隊長探していたのですよ。どこにいらしたのですか?」

「ん~? ちょっとその辺を散歩してきたとこ」

 呑気ともマイペースともとれるほのぼのとした口調で語る雪色の髪の少年が、両手に持ったアイスクリームを口に入れて、嬉しそうに微笑む

「あまり勝手に出歩かないでくださいね」

「分かってるよ~」

 のほほんとした口調で答える雪色の髪の少年を、細小(いさら)がその抑揚のない口調でたしなめる。

 傍目には姉弟のようでもあり、先輩と後輩のようでもあり、母と子供のようでもある雪色の髪の少年と細小(いさら)のやり取りを何気なく見ていた大貴は、心臓を締め付けられるような危機感を感じ取って一瞬でその場を離脱する

「っ!!」

 ほとんど本能的な直感で、反射的に後方に飛び退いた大貴を見て、ルカと細小(いさら)が怪訝そうな表情を向ける

「……大貴君?」

 首を傾げるルカとは違い、細小(いさら)は最初こそ怪訝そうな表情を浮かべていたが、すぐに何かに気付いたように目を瞠り、ほのぼのとした笑みを浮かべている雪色の髪の少年に鋭い声と視線を向ける

「っ、隊長!!」

「分かってるよ。別に当てるつもりはな~いもん」

 細小(いさら)の鋭い声にわざとらしく肩を竦めて見せた少年は、そう言って大貴に背を向ける

「行こ、細小(いさら)

「……では、健闘を祈っています。日頃の鍛練の成果を発揮して頑張ってください」

 追及を断ち切るように言った少年の言葉に、細小(いさら)はわずかに目を細めると、ルカにそう言ってその場から離れていった

「……ルカ、あいつは?」

 雪色の髪の少年の後ろ姿を見送る大貴は、冷や汗を拭いながらやや硬い表情でルカに訊ねる。

 まるで猛獣にでも遭遇したような表情を浮かべる大貴の様子に怪訝そうに眉を寄せながらも、ルカはその問いに答えるために口を開く

「あの人は、『シグロ・虹彩(ツァイホン)』様。細小(いさら)さんと同じ人間界軍遊撃部隊に所属していて、その隊長をしてるの

 遊撃部隊って、正規の人間界軍じゃないでしょ? だから、よく舞戦祭(カーニバル)に出場してて、予備戦の区画が一緒だから親しくさせてもらってるの。ちょっと変な人だけど、いい人だし、ものすごく強いんだよ」

「なるほど……」

 虹彩(ツァイホン)は、人間界最強の「七大貴族」の一角。つまり王族(ハーヴィン)に次ぐ実力を持っていると人間界王に認められた人物という事になる。

(……あれが七大貴族か)

「逃げずにやって来たようだな」

 大貴が息を呑んでシグロの後ろ姿を見送っていると、場の雰囲気を一瞬で破壊するような底抜けに明るい声がかけられた

「レスター君」

 その声に同時に視線を向けた大貴とルカは、両手を腰に当て、胸を張って佇んでいる金髪の美青年――レスターの姿を見止め、内心で辟易して力なく肩を落とす

「……!」

(ああ、そう言えばいたな、こんな奴……)

「この俺に恐れをなして逃げ出すかと思っていたが、のこのこやってくるとはよほど自信があるらしい――いや、ただの命知らずか?」

 完全に忘れられていたとは気付かないレスターは、得意満面な笑みを浮かべて大貴とルカの前で仁王立ちしながら、力強く大貴を指差す。

「お前の実力がどの程度かは知らないが、この俺がお前達の関係に引導を渡してやる! ……そして、ルカ!! 君は俺をパートナーに選ばなかった事を後悔する事になるんだ!!」

「…………」

 呆れたような大貴の視線と、まるで頭痛を堪えるように眉間を抑えているルカのため息すら耳に入らない様子で、レスターは高らかに笑いながら身を翻す。

「おっと、あまり戦いの前に語るのは無粋というもの。騎士たる者、戦場で刃を交えて語り合おうではないか。フハハハハハッ!」

(フハハハって……そんな笑い方する奴初めて見た……)

 高らかに笑いながら歩き去っていくレスターを大貴が見送っていると、その隣で困惑したような笑みを浮かべていたルカが、やや戸惑いがちに口を開く

「えっと……舞戦祭(カーニバル)ってトーナメント方式なんだけど……」

「あいつとは当たらない事を祈るか……」

「……だね」

 小さく独白した大貴の言葉に、ルカは心の底から同意を示した。

「あ~。あれは今、『俺、格好いい事言った』って思ってますですね」

 そうしていると、幼く甘ったるい声が嘆息交じりに大貴達の耳に届く

「……?」

 その声に視線を向けた大貴は、高らかな笑い声を上げながら歩き去っていくレスターを呆れて見送る幼女の姿を見止める。

(……子供?)

 肩にかかるほどの長さで内側に巻いた淡い桃色の髪。大貴の胸当たりまでしかない小柄で凹凸のほとんど無いなだらかな体型をした愛らしい幼女が腰に手を当てているのを大貴が見つめていると、隣に立っていたルカがその幼女を見て目を見開く。

「先輩!」

(先輩!? どう見ても子供にしか……)

 ルカの言葉に、さすがに驚きを隠せないでいる大貴の様子には気付かずに、甘い声の幼女は深々と頭を下げる

「なんて言うかすみませんです。レスター君は悪い子ではないのですけど、残念な子なんです」

 自身の三分の二程度の背丈しかない幼女……にしか見えないルカの先輩に、残念な子扱いされたレスターの背に憐れみと同情の視線を送っていた大貴に気付かず、ルカの先輩である幼女は胸に手を当てて満面の笑みで微笑む。

「あ、私は『メリル』と申しますです。レスター君とはパートナーを組んでますです。なるべく優勝目指してお互い頑張りましょうです」

 前半の言葉を大貴に、後半の言葉をルカに向けて微笑んだメリルと名乗った少女の言葉に、ルカは力強く頷く

「はい、先輩」

「ではでは。私はレスター君の所に戻ってますです。あの子一人じゃ心配ですからね」

 そう言って、得意満面な笑みを浮かべながらとてとてという足音が聞こえてきそうな可愛らしい足取りで去っていくメリルを見送る大貴は、やや戸惑いがちにルカに声をかける

「……なあ、ルカ。あれが先輩?」

「ああ、メリルさんは私が所属していた学院で先輩だったんです。すごい人で、今では人間界軍で働いてるんですよ」

 目を輝かせ、遠ざかっていくメリルを一瞥してからまるで自分の事のように得意気に言ったルカに、大貴は喉まで出かかっていた言葉を呑み込む

「……いや、何でもない」

 「お前の知り合いは、変な――個性的な奴が多いんだな」としみじみと感じていた大貴がその言葉を呑みこむと、それを見たルカは首を傾げる

「変なの……」

 何もしていないというのに、何故か疲れたような表情を浮かべる大貴の様子に首を傾げたルカだが、すぐに気を取り直して大貴に視線を向ける

「頑張ろうね、大貴君」

「……そうだな」

 力強く拳を握って言うルカの傍らで、大貴は精神的な疲労に辟易しながらも努めて平静に頷くのだった





「うわぁ、凄い人ですね……」

「……ええ」

 一方その頃、詩織とロンディーネは大勢の人であふれかえる闘技場の総合フロアにやって来ていた。

 まるで人の波に揉まれているかのような人の群れにうんざりとした表情を浮かべた詩織は、その人混みの中でやや上方を見つめているロンディーネを見て首を傾げる

「ロンディーネさん?」

「……もうすぐ対戦表の発表です」

「対戦表?」

 ロンディーネの視線の先には、このホールに設置された全方位から見る事が出来る超巨大画面。

 空間に画面だけが表示された画面には、今は諸注意のようなものが映っているだけだった

「本会場で戦闘が行われるのは、残り八組になってからです。本戦に出場する選手を決めるために、八組十六名が八つのブロックにランダムで割り振られ、その中で優勝した一組だけが本戦に進出できます」

「予選って事ですか」

「ええ。こ――いえ大貴さんがどなたと当たるかを見てからその会場に移動する必要がございますので」

 光魔神と言いそうになったのを訂正してロンディーネは、詩織に微笑む

 八つのブロックに割り振られた選手たちは、それぞれ別の会場で戦闘を行う事になる。自分が応援したい選手がいる場合、その会場へ移動するため、どの選手がどのブロック、どの会場で戦うのか発表を待つ必要がある

「やっぱり、できるだけ弱い人と当たった方がいいんですか?」

「そうですね。一試合が三十分、試合ごとに最低一時間のインターバルが設けられます。お昼休みをはさんでいるとはいえ、限りなく実践に近い戦闘を一日六回ですから、かなりのハードスケジュールになります。ですので、いかにスタミナを温存し、無傷で勝ち上がるかが重要になります。

 とはいえ、舞戦祭(カーニバル)に出場する選手は皆腕自慢の実力者で、貴族や七大貴族まで出場しますから、無傷で優勝なんて難しいでしょう」

 ロンディーネの説明を聞いた詩織は、わずかに思案してどこか腑に落ちないような様子で口を開く

「……って事は、実力よりも運が大事になるって事ですか?」

「運があっても、実力がなければ勝ち抜けませんよ?」

 ロンディーネに事も無げに返された詩織は、難しい顔で思案する

「あぁ、そっか……奥が深いんですね」

「誰もが簡単に勝敗を予想できるようでは、利益が出ませんからね」

「あぁ……なるほど」

 舞戦祭(カーニバル)は賭博興行。勝敗が目に見えていては、面白みがない上にすぐに破産してしまうのが目に見えている

 故に舞戦祭(カーニバル)主催者側からすれば、いかに勝敗を読むのが難解な勝負を仕掛けるのかが最も重要になる。そのためのトーナメント、そのためのランダムバトルだ

『皆さま、お待たせいたしました。これよりランダム抽選の結果による予選八ブロックトーナメントの対戦表を発表いたします。尚、この情報は装霊機(グリモア)でもご覧いただけます』

 その時、アナウンスと共に上空の画面に次々と対戦表が映し出される。

「大貴は第三ブロックか……」

「っ、これは……」

 画面に映し出された対戦表を見て呟く詩織の傍らで、それに目を通したロンディーネはわずかに目を見開いて息を呑む。



 舞戦祭(カーニバル)タッグトーナメント、予選第3ブロック。

 第一試合「ルカ+大貴vsレスター+メリル」。

 第二試合「ミスリー・サングライル+トランバルトvsバルガス+(おどろ)」。

 第三試合「シャーリー+ザッハ・ウィンザートvsリューネリア+ディートハルト」。

 第四試合「エクレール・トリステーゼ+ミリティア・グレイサーvsストール・シュラウトハウト+ウォンレイ」。



 会場を埋め尽くす人混みの中、画面に映し出された対戦表を見ていた影が、わずかに口元を歪める。

「これなら、早々に退場できそうだな……ルカ」

 その声は溢れかえる人混みの喧騒にかき消され、誰の耳に届く事もなかった。





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